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ここ2,3年、やつがやって来ることはなかった。今年も平和な春が続くはずだった。そ・れ・が・復活したみたい、花粉症。(笑)今日、突然くしゃみが出て、目が痒くなってきた。イギリスにいた時は全く問題なかった。hay fever と言って花粉症はあるんだけど、スギじゃないので俺には全く影響なくて。やっぱり治った訳じゃなかったか。10年以上も悩まされているからな。そう簡単にはいかなかったみたい。イギリスに帰りたい。
2003年02月28日
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ヤバイよー。一ヶ月ぶりに体重を計ったら+5キロ。ひえー。先月初めはベストの体重だったのに。食事の量も普段よりは少ないんだけど、最近の食っちゃ寝、食っちゃ寝の生活が響いてるなー。でも激しい運動は、まだできないし、どうしたものか?歩くか。(笑)
2003年02月27日
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病院に行くようになって不思議に感じることがある。診察料。先週は診察を受けずに薬をもらっただけなのに今までで一番高かった。ちなみに薬は処方箋をもらうだけ。初診や検査等があった場合は分かるんだけど。母親も今日歯医者に行って、全く先週と同じ治療を受けたにもかかわらず、千円以上違っていたらしい。なんでだろう?なにか騙されているような。払うときに聞けば良いんだけど、小心者なんで。(笑)でも、こんな経験ない?
2003年02月25日
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1月に受けたTOEIC&12月にイギリスで受けたFCEの結果が届いた。なぜ同じ日に?どうでもいいと言いながら、緊張しつつ開封。FCEはとりあえず合格。これはまあ勉強したから当然と言えば当然。でも良かったー。(笑)TOEICは、うーん微妙。悪くもなく良くもなく。とりあえず最低限の目標には達成していたからよしとするか。早速、履歴書書いて出さないと。(笑)
2003年02月23日
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この前久しぶりに都バスに乗った。乗り込むときと降りるときに何か違和感を感じたんだけど、それが何かやっと分かった。「あいさつ」が無いんだ。以前住んでいたオックスフォードでは違った。バスに乗り込むときにHi!とかHiya!と運転手にまずあいさつ。降りる時は前から降りる時はもちろん、後ろから降りる時でさえもThanks!とかCheers!とか言っていた。バスに乗っている誰もがやっていたんで不思議じゃなかったんだけどね。2階建てバスは基本的に後ろから乗って、車掌が検札に来るから運転手はあまり関係無いんだけど、ロンドンでは普通のバスでもほとんどというか、全くしてないな。スーパーのレジでもセンターではあまりあいさつしないし。やっぱり日本もイギリスも大都市に行けば行くほどそうなのかな?地方に住んでいる人、あいさつします?
2003年02月21日
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久しぶりにコンビニで買い物。とくに必要なものがあった訳じゃなかったので、ペットボトルの水(106円)だけ購入。俺はレジに行く前にいつも金を用意しておくので、106円(100円+1円×6)を財布から出して手の中に。そのまま店員に渡そうとすると「111円になります」とのこと。あちゃー、消費税忘れてた!アタフタしながら財布をまた出し、111円がちょうど無かった俺は1000円札で支払いをした。だってさ、イギリス内税なんだよねー。最近出ていなかったボケがまた始まった模様。(笑)
2003年02月20日
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ユーゴスラビアがつい最近セルビア・モンテネグロという国に名前を変え、その歴史に終止符を打った。これを知っている人は国際人として合格。(笑 嘘です。)新聞の国際面に小さく載っていただけなので、日本でそれを気にする人はほとんどいないだろうけど、俺はユーゴスラビアにも行ったことあるし、友達もいるからやっぱり気になった。海外で生活して様々な国の友達が出来たことで、今まで以上に海外情勢が気になる。今まで他人事だったことが他人事じゃなくなった。今回のイラクの件もそう。湾岸戦争の際にははっきり言って、それほど興味はなかった。もちろん、日本がアメリカを支援し、たくさんの市民が犠牲になったことに心は痛めたけど、実感は湧かなかった。でも今回は違う。イラクの隣、トルコにはたくさんの友達がいる。サウジアラビアにもいる。戦争が始まれば、友達が危険にさらされる可能性も高くなる。もちろん、日本でもテロの可能性を否定出来ないけど、現地に比べればその比ではない。イラクの市民への被害だけでなく、アメリカに基地を提供している国々、周辺も必ず被害が及ぶだろう。俺は様々の国の人と接してきて、人間は外見や宗教こそ違いがあるけど、本質的な中身は同じだと思っている。全ての人が早くそれに気付いて欲しい。
2003年02月19日
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土曜日の初詣は神田明神に行った。ここ数年ずっとそう。なぜかというと、2年ほど本郷三丁目に半分住んでいたことがあって、神田明神まで歩いて10分位だったから。そのときにご利益が意外とあって。(笑)本郷三丁目は昔の山の手と下町が交差する街。歩いて20分以内に御茶ノ水、湯島、御徒町、上野、神田、秋葉原、後楽園がある。街自体は、東大だけじゃなく、修学旅行生や外国人が利用する昔ながらの日本旅館、老舗の和菓子屋や料亭から松たか子が来る安くて美味しいケーキ屋、お洒落なフレンチの店まで幅が広い。また、知られていないけど、医療機器メーカーが数十社、ビクター本社、サンヨーの東京本社があるオフィス街でもある。どうでもいいけど、野々村誠の実家の八百屋もある。(笑)週末は天気が良いと必ず散歩に出掛けた。街散策には全く困らないところ。歩くたびに新しい発見があった。湯島天神、上野公園でお花見。神田でうなぎを食べたり、アメ横で買い物、秋葉原の電気街を冷やかしたり。根津、根岸、浅草の下町、ちょっと足を延ばせば日本橋や皇居にも30分で行けた。銀座でも40分もあれば着いた。ここに住んでから歩くのが好きになった。いまだに俺が東京で住みたい街ナンバー1。休日はほとんど街に人がいなくなるけど、すごく安全な雰囲気が漂っている。緑もすごく多い。また、山手線の内側なので、夜遊びしてタクシーで帰ってもたいした料金にならない。買い物もアメ横に行けば安く済むし。東京、西側だけが良いって訳じゃないよ。たまには下町にも行ってみたら。
2003年02月18日
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昨日は、ほぼ一ヶ月振りの外出。やっと初詣に行けた。おみくじは中吉。病はじき良くなるらしい。(笑)でもちょっと歩きすぎた。普段なら平気な距離が大変だった。途中でひざの裏が痛くなってきて。実は今も筋肉痛。
2003年02月16日
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病気になって良かったことが一つ。時間があるんで、新聞を端から端まで読むことが出来ること。新聞読むの好きなんだよね。社会人になってからとにかく忙しくて、新聞読むなら寝る方が良い、ような生活が続いていたから。子供の頃は新聞良く読んでいたから、いろんなことを知っていたな。きっと今より。(笑)家ではA紙だったんだけど、父親が仕事の関係でさまざまな新聞を家に持って帰ってきていて。日経はもちろんなんだけど、日本工業新聞だとか電機新聞だとか。そういう変わったのを読むのも楽しかった。子供には新聞読ませた方が良いよー。絶対勉強になるって。俺が言っても信用ならないかもしれないけど。(笑)ところで、体調の方はほぼ復活。今週末は久しぶりに出掛けよう。イギリスから帰ってきてほとんど誰とも会ってないし、友達と何か美味い物でも食いたいな。
2003年02月13日
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今日は大雨。チェックアウトは12時で良かったんだけど、お土産買わないといけないので10時にホテルを出た。とりあえず、ワイン、お菓子を買った。その間にびしょ濡れに。(涙)本当は皮のジャケットみたいなのを買いたかったんだけど、雨だったから諦めた。時間が来たのでホテルに荷物を取りに帰り、バスで空港へ。チェックインを済ませて、デューティフリーショップを見て、ワインの小ビンを友達のお土産として買った。フラットメイトと食べるための生ハムもついでに。(笑)楽しくて美味しかったポルトガルありがとう。また来るよ。大雨でフライトが少し遅れて今は飛行機の中。ロンドンが見えて来た。自分の家に帰ってきた感じがするなー。これでこの景色を見るの何度目だろう。今では飛行機の上から見えるロンドン市内が手に取るように分かる。バッキンガム宮殿、ビッグベン、大英博物館、自分の家さえも。あーあ、もうすぐ日本に帰るんだなー。今度これ見るのはいつになるかな。
2003年02月12日
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朝寝坊した。本当はアヴィラ(世界遺産の街)に行くはずだったのに。やっぱり疲れているのかな?ということでアヴィラは次回に。朝食を食べ終わって市電に乗ってベレン地区に行った。ここにも世界遺産が2つある。1つはジェロニモス修道院。もう1つはベレンの塔。約30分かけて行ったんだけど、両方とも月曜日は閉まっていた。(実は知っていたんだけど。笑)ということで周りからのみ見学。それだけでも来た甲斐はあったと思う。ちなみにこれは発見のモニュメント。昼食を食べ、時間があったのでリスボンのベルサイユと言われているケルース宮殿を見に今度は電車に乗った。約20分。うーん、たいしたことない。見学者は俺だけ。(笑)係員の方が多いという凄い展開に。(笑)もう少し色とかキレイに塗り変えてあればなー。ということですぐにリスボンに戻ってシエスタ2時間。それから買い物に出掛けた。服が余りに安いのでたくさん買いそうになったのを抑えて、とりあえずジーンズを買った。あとはフラットメイトにポルトワイン。コーヒー豆が安かったので日本に持ち帰り用で買った。ポルトガルのスープの素も買った。(笑)これからラルフとディナー。20:15に待ち合わせ。ラルフはいつも正確に来る。さすがドイツ人。(笑)待ち合わせのすぐ近くのポルトガルレストランに入った。頼んだのは石焼きステーキ。熱く焼かれた石の上に肉の塊が載って来る。肉を急いで切らないとダメとラルフに急かされた。(笑)デザートとハーフワインにコーヒーを飲んで1人10ユーロだった。やっぱり安い。それからラルフの友達がやっているバーを2軒はしごして、ラルフに最後のお別れをして1時に戻った。明日は最終日、お土産買わないと。
2003年02月11日
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朝9時半に起床。ラルフの家に朝食を食べに行く。イネシュがちょっと遅れてきて、11時に朝食開始、13時に終了。そこからリスボンの南、アズールのセバトゥールにラルフの車で行った。霧がすごくてどうなることかと思ったけど、セバトゥールにつく頃には晴れていた。そこからフェリーででアンタジェホに。ここはリスボンっ子の夏のリゾート地らしい。海岸が広い。本当に海がきれい!遅い昼食を海岸横のお洒落なレストランで。やっぱりポルトガル料理大量。イネシュがオーダーした魚介のパスタは鍋ごとでてきた。3人分はありそう。(笑)俺のビーフのポルトガル風も大量。当然イネシュはドギーバッグをもらって、お持ち帰り。それでもその後ケーキを食べて、夕日が沈むのを見て帰って来た。
2003年02月09日
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朝7時半に起床。ひさびさにお風呂に入った。たぶん半年振りくらい。疲れが取れた気がする。朝食を食べに食堂へ。俺しか客いないのかも。幾つもあるテーブルの上にカップが一つだけ。時期ズレてるしな。食堂がホテルの最上階(8階)にあるので、景色が良かった。朝食はパン、バター、ジャムとコーヒーだけだったけど。天気は良さそうだ。太陽が出てる。チェックアウトして荷物だけ預かってもらってまず駅に。リスボン行きの電車を予約。12時5分しかない!余り時間がないなー。とりあえずワイン工場へいこう。エッフェルの弟子が作った橋を渡って、対岸のヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアまで。ワイン工場が並んでいる。そこからポルトの街の風景は最高だった。たくさん並んでいるワイン工場から適当に選んで中に入った。樽だらけ。ワインは荷物になるのでリスボンで買うことにした。バスでポルトに戻り、昼食をカフェで買った。チキンカツがパンに挟んでいるやつ2つ。2ユーロ(約240円)。街をうろついていたらきれいなアズレージョ(装飾タイル)が。荷物を受け取り駅へ。今は待合室で電車待ち。コーヒーでも飲みに行くか。リスボンには予定通りに着く。ホテルを探しにバイシャ地区へ。面倒だったので地球の歩き方に載っていた、最も街の中心にあって安いホテルにした。30ユーロ。(約3600円)思ったよりも部屋は広いし、静か。ちょっと寒いけど。インターネットカフェでメールをチェックし、日記を更新。それから市電でラルフが開いているというクリスマスパーティにラルフの友達の家に。とてつもなく大きいフラットだった。着いたときには参加者は宝探しゲームみたいなのをやっていて、リスボンの街を駆けずり回っている最中だった。約1時間位から、疲れきったみんなが続々帰って来た。(笑)全員で20人くらい。老若男女、様々なナショナリティ。ゲイもいれば、赤ちゃんも。(笑)本当に楽しいパーティだった。日本じゃこんなの考えられないよなー。最後にクリスマスプレゼント抽選会。なぜか俺に巨大なクリスマスツリーが当たり、笑いを買う。当然持って帰れないので、イネシュのポルトガルのマークのバッジと交換。彼女は大喜びだった。それから2時までバーをはしごし、ホテルに帰った。明日はラルフとイネシュとセバトゥールの海に行く。
2003年02月08日
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新たな血液検査の結果が出て、週3の注射から解放されることになった。外出、仕事も始めていいそうだ。まだ1項目の値が正常じゃないので完全復活じゃないんだけど。ただ、昨日一度具合が悪くなっているので、もう少しだけおとなくして、行動開始します。3月頭に血液検査をもう一度して、完全復活の予定。やっと俺の日本生活が始まるよ。(笑)あー、注射嫌だった。
2003年02月07日
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急に体調がまた悪くなった。原因不明。家族と同じものを食べていたのに、一人だけお腹を壊して、さらに熱が出た。また辛い生活に戻るのかー思っていたんだけど、1日寝たら復活した。なんだったんだろう。やっぱり体力が落ちてるだな、きっと。気を付けないと。
2003年02月06日
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朝6時半起き。電車が余りないし、時間を有効に使うため。9時の電車に乗ろうと思って、駅に8時過ぎに着いた。8時半という電車もあったので、それに乗れるかもと期待していたら、インフォメーションでもらった時刻表が全く違っていた。まあ8時55分っていうのがあったから良かったけど。なんて適当な。(笑)予想通り電車のなかでは寝た。(笑)値段は14.5ユーロ(約1800円)。ポルトまでは3時間半だった。到着駅はコンパニャン駅で街の中心から離れているため、電車を乗り換えて街の中心にあるサンベント駅に。そこからホテル探し。でもすぐに見つかった。ダブルベッド、バス、朝食付きで30ユーロ(約3600円)。やっぱりポルトガルは安い。荷物を置いて、すぐに出掛けた。雨が結構強く降っていた。昨日晴れ男だと思ったばかりだったのに。(笑)まずは腹が減ったので、カフェでまたスイートを。ポルトガル、そこらじゅうにあるからなー。マンゴーか何かが挟まったデニッシュと大きなツナコロッケとガラオン(グラスに入ったカフェオレの大)で3ユーロ(約360円)。これで腹いっぱい。そのあとで一通り観光した。街が高台にあるため、階段や坂が多い。寂れた雰囲気がすごくいい。川に架かる橋も素敵。かなり気に入った。歩き疲れたのと雨が激しくなってきたので、ホテルに戻った。夕食までシエスタ。(笑)ディナーは近くのレストランで。野菜スープ、タコの唐揚げ(フライドポテト、サラダ、パン付き)、チョコムース、ワインハーフボトルとコーヒーで10ユーロ(約1200円)。チョコムースはちょっと甘過ぎだった。明日はワイン工場を見学して、またリスボンに戻る。
2003年02月05日
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今日も天気がすごく良い。快晴。旅行の時はたいてい晴れるな。きっと晴れ男。(笑)これからシントラへ。電車は1.5ユーロ(約180円)。45分。シントラは世界遺産の街。イギリスの詩人バイロンが「エデンの園」と呼んだそうだ。多くの貴族の館や城がある。まずは王宮へ。二つの煙突がおもしろい。今までこんなの見たこと無いな。それからバスでペーナ宮殿へ。ここはとにかく景色が良かった。山の頂上に建てられていて、リスボンの街、大西洋が見渡せた。その後、歩いてムーアの城跡へ。これも山の上にある。かなり急な階段や坂を登ること10分ちょっと。もう死にそうに疲れた。(笑)ペーナ宮殿の写真を撮りたかったんだけど、逆光で諦めた。(涙)再びバスで駅に戻る。これからこの旅の目的地、ユーラシア大陸の最西端のロカ岬へ。ちょっと時間があったのでカフェでナタ(エッグタルト)とコーヒーを飲む。やっぱり本場はさらに美味いね。バスに乗ること約45分。ロカ岬に着いた。ほとんど人がいない。歩いて岬の先端に。「ここに地果て、海始まる。」の詩が書かれた石碑が立っていた。自分がここにいるのが不思議な感じ。俺の日記のタイトル『西の果て』を実感した。ロンバケの終わりににふさわしい地だ。岩に砕ける波を見ながら絵葉書を書いた。それからバスでカスカイスに。ここは夏のリゾート地。今は人も少なかった。きれいなカフェがあったので、またコーヒーを飲んだ。今回は洋なしのケーキと一緒。でもたったの1.5ユーロ(約180円)。ポルトガルは甘いもの天国かも。(笑)電車で約35分かけてリスボンに戻った。明日のポルト行きの電車の時刻表をインフォメーションでもらい、ホテルの近くのレストランに。魚のスープと良く分からない本日のお薦めとタラのボイルを頼んだ。良く分からなかったのはアジの唐揚げだった。それにじゃがいものとタラのグラタンがきた。タラのボイルってこのグラタン?ところが、それを食べ終わった後に巨大なタラのボイルが。。。。。。腹いっぱい過ぎてほとんど残した。デザートが美味そうだったけど、どうしても無理だった。(涙)コーヒーだけ飲んだ。これで19ユーロ(約2400円)。ああグラスワインも飲んでいた。アジの唐揚げと魚のスープは最高だった。ひさびさに小魚を食べることができた。でも今日は歩きすぎて10時だけど寝る。(笑)P.S.お問い合わせのあったグリーンワインは、軽く発砲していて、すっきり爽やかな感じ。甘くは全くないです。ぶどうがかなり若いときに摘んでワインにするらしい。かなり飲み易く、安いです。ワイン好きなら一度は飲まないとねー。(笑)
2003年02月04日
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昨日寝たのが2時。5時間しか眠れなくて、まだ眠い。荷物を背負って、地下鉄で約30分でヒースローに。搭乗券を受けとって、手荷物検査。バッグが引っ掛かった。中にはペン、カメラ、携帯とラジオしか入っていないのに。まあ、すぐに無実は証明されたけど。空港のラウンジでしばらく待って搭乗。飛び立つ飛行機が多すぎて、22分遅れで出発。そのまま20分遅れで到着した。リスボンは天気が良かった。なぜかパスポートコントロールですごく待たされた。一人に10分以上かかる人も。イギリス並に厳しい。俺はいつも笑顔で応対なので、すぐに終わったけど。(笑)お金をCDでおろして、市内行きのバスに。運転手がすごく親切で、自分から行き先を聞いてくれて、着いたら教えてくれた。外に出たら暑い。気温は18℃だったんだけど、ロンドンが2℃だったので、気温差で。ホテルに行ってチェックイン。まあまあのホテル。すぐに出掛けた。まずは歩いてバイシャ地区へ。 それからバスに乗って、サンジョルジェ城に行った。ちょうど夕日が沈みかけているところで景色が最高に良かった。そこからサンタジェスタのエレベーターに。ここは街中にある展望台。空港からのチケットがバス、市電1日乗車券とこのエレベーターの乗車券として使えた。ここも真っ暗だったけど、街中のクリスマスの飾りが見えてキレイだった。一度ホテルに戻り、約束していた友達のラルフと8時半に会った。その友達のイネッシュも一緒にサンジョルジェ城近くのレストランでディナー。マティーニを飲んで、エビのココナッツホワイトソース、チキンカレーと野菜のグラタンのようなものを食べた。グリーンワインと言う、ポルトガルにしかないらしい緑色ワインを飲んで、ケーキをデザートに食べて、一人15ユーロだった。楽しくて、ほんとに美味い夕食だった。12時近くにバスに乗ってホテルに帰った。明日は世界遺産のシントラとユーラシア大陸最西端のロカ岬にいく。
2003年02月03日
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何を今さらと思っている方、許して。(笑)すっかり忘れていた、去年の12月に行ったポルトガル日記を明日から更新していきます。でも、今回はズルして元の日付で付けないで、ネタ無いから明日の日記から。(笑)お楽しみに。(って誰もして無いか。) おー、今日の世界遺産、ロンドンだ-!ちょっとホームシックかも。
2003年02月02日
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インターネットを始めたのは、日本でインターネットと言う言葉が世間で一般的では無かった約10年前。工学系の大学の研究室や情報通信系の企業やメーカーの研究開発部門でわずかにアクセスできる頃だった。インターネットにはもう少し前から接続できたんだろうけど、ブラウザ上でというとね。コンピューターはUNIXOSのワークステーション。ブラウザは’mosaic’と呼ばれる、ネットスケープの前身だった。初めて使った時は感動したなー。コレが世界(ほとんどアメリカだったけど)と繋がっているんだって。とにかく遅かったし、英語のサイトばかりだったんだけど、いろいろ試したりして。それからしばらくして、パソコンで接続できるようになり、日本の企業も少しずつホームページを作りだした。そしてよくホームページ新設プレゼントをインターネット上のみでやっていて。インターネット人口が100万にも満たないその時代。アクセスできる人は仕事や研究開発に使っていたから、不純な人は俺の周りくらい。当たった、当たった。毎日何かが届いていた。(笑)それが今はこの前のが数年振りだもんな。(笑)その当時に起業でもしていれば、億万長者か借金まみれのどっちかだったろうね、きっと。(笑)まあ、そこまでの能力が無かったから問題外か。(笑)
2003年02月01日
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