しいちゃんのアトリエ舞踏

しいちゃんのアトリエ舞踏

2020年09月15日
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9月15日しいちゃんのアトリエ舞踏687

​コロナ籠り​でなくしたもの

夕焼け景色 に対する画像結果

コロナ籠り ​​​​​​​でなくしたもの

​この半年のコロナ籠りでなくしたもの、ズバリやる気と私の最後の時間。

毎日なにもせず飯だけはちゃんと三食食べ続けた。この虚しさ。

時は、サイレント映画のように音もなく私の残存期間を奪っていった。

ああ人間はこんなにしても生きていくものだと、時の観念は人間にあって

動物にはないなぞと、えらそうに言っていた自分が恥ずかしい。

朝の日の出が少し遅れてきた。逆に日没はわずかに早くなってきた。

このところ、夕方の散歩で城跡公園の広場のベンチに座り、

夏の夕方の西の空の紅色のスペクタクルを、しばらく楽しんでいる。

コロナ籠りで失くした習慣は多いが、これは新しい出来事だ。

夕べは

堀端の市民会館に何か月振りにともった灯りが、ゆらゆら堀の水面に揺れていた。

半年ぶりのことだ。まだホールの予定は出てないから

夜間の照明テストだろう。だんだん元の街に戻っていくのが

なんだか嬉しかった。

1945年私が10歳の6月、空襲で静岡市はすべて焼き尽くされた。

姉と必死に逃げた大浜海岸の浜に上がった木船の下にもぐり

海から頭上すれすれに飛んでくるB29の編隊に怯えて朝を迎えた。

一夜のうちに町は焼き尽くされ、街から大浜海岸の松並木がはっきりと見えた。

しかしすぐに焼け跡に闇市がたち、力強く街は復興していった。

東大生女子の死者の出た安保デモの夜のことも忘れられない。

私は日比谷公会堂で初来日公演を逃した二度目来日のボリショイレパレエを観て

有楽町の駅に向かうと雨が降り始めていた。

内回りの山手線に次々と学生らしい怪我人が友達に抱えられて電車に乗り込んできた。

血を流して床に横たわる学生もいた。みんな必死の顔をしていた。

神田と次の駅で彼らは降りていった。

怪我人が横たわった床の部分が、雨の雫でびっしょり濡れていた。

乗り合わせた他の乗客たちは無言だった。彼らは警察の追っ手を逃れられただろうか。

家に戻りテレビで安保反対の国会議事堂前の学生デモを知った。

あの夜の日比谷の堀は周りの光にきらきらゆらと美しく揺れていた。


人間の復活のエネルギーはすごい。街がビルが工場が家が残っているだけ

コロナからの復活は早いだろう。

85年の私の人生で敗戦の1945年とコロナの2020年は記憶に残る年となつた。

さてもさても・・いくばくとない残り時間を

感謝してゆっくりと味あおうではないか・・


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最終更新日  2020年09月16日 17時25分45秒
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