とみぃのパープルニューヨーク。
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ピンクレディーはアメリカで何をしていたか知ってますか?(今日のネタは俺の日記のコメントを詳しく読んでる人はわかると思うけど。)70年代に老若男女、日本中を虜にしたピンクレディー。次々とミリオンヒットを連発し、いつテレビをつけても必ずどこかのチャンネルに出ていて、CM出演も多数、クイズ番組の司会をしたり、ついにはテレビアニメにもなったミーとケイの二人組み。当時としてはかなりセンセーショナルな露出度の高い衣装(だっただろう、俺は子供過ぎてわからなかったけど)と激しい振り付け。日本中の子供がこの振り付けを一生懸命覚えて、テレビの前で一緒に踊っていた。でも彼女たちの人気もそうは長続きしなくて、人気に翳りが見え始めた頃に新天地を求めて(?)アメリカ進出。でも、日本にいる俺たちの耳にはピンクレディーがアメリカで何をしているのかは全然伝わってこなかった。(少なくとも子供たちの耳には)んで、結論から言うとピンクレディーはテレビのバラエティーショウの司会をやっていたのだ。番組名は「ピンクレディー&ジェフ」(Pink Lady and Jeff)。↓かなりチープな感じ。1980年3月1日にスタートしたこの番組、さすがにピンクレディーの二人だけでは司会は無理ということで、B級コメディアンのJeff Altmanと組ませて、、、っていうかJeff Altmanが実質的にはメインで司会をやって、ピンクレディーはサブ。土曜日の夜10時からNBCで放送されていたこの番組。日本ではスーパースターでもアメリカではまったく無名、「ピンクレディーって誰?」って感じの二人が(名目上)メイン司会な上に、英語がしゃべれずセリフを丸暗記していたピンクレディーによるコントもまったく笑えず、しかも発音が悪くてよく聞き取れないんじゃ、当然視聴率も低迷。(何しろセリフを耳でとにかく丸暗記していたらしく、彼女たちは何をしゃべっているのか全くわかっていなかったらしい、、、、。。。)6週間分が作られたが、5週分しか放送されずにあえなく打ち切りに。3年ほど前にTVガイド誌の「テレビ史上、最悪なテレビ番組」の1位に選ばれていたらしいけど、その話を聞いたとき、「へえ~、1位に選ばれるってことはそれなりに結構有名だったってことじゃ~ん」と思ったけれど、まさか、DVDまで発売されてるとは!二年程前に偶然この番組のDVDを見つけたときには店頭で一人興奮しまくって、速攻で買いました。(笑)でもね、、、、あれから二年も経つのに、、、まだ最初の2回までしか見てない、、、。あ、あまりにもピンクレディーが痛々しすぎて、、、。一生懸命けなげにやってるのが、痛いほど伝わってくるだけに、、、、。もう何かこれ以上つらくて見てられない、、、って感じ。笑えないコントもさることながら、番組の最後にピンクレディーの二人が「これが日本の伝統的な習慣よ!」とか言って、ビキニに着替えてゲストやジェフと一緒にお風呂に入るのがまた痛々しい、、、っていうかアジア人女性ってやっぱこういうイメージなんだよなあ、、、きっと今でも。でもこの番組のおかげか、1980年にリリースしたピンクレディーのアメリカでのデビューシングル”Kiss In The Dark”はビルボードチャート37位まで上がり、見事Top40ヒットとなったのだった。この曲は日本では「波乗りパイレーツ」(オリコン最高4位)の次のシングルとしてリリースされたが、オリコンチャート最高19位までしか行かず、その後、彼女たちのシングルがオリコンTop10に帰ってくることは無かった。でもよく頑張ったよなあ、ピンクレディーの二人。だってこの当時、彼女たちはまだ21歳とか22歳とかでしょ?もし自分がそれくらいの年齢の時に、英語も全然しゃべれないのに、事務所のお偉いさんの命令でアメリカに行って全国ネットのバラエティーショウの司会をやれって言われたら、ちょっと出来ないよ、きっと。そりゃ、会社の命令だったらやるしかないんだろうけどさあ。当時の彼女たちよりはずっと英語もうまくしゃべれるし、年齢だってもっと上で人生経験も積んでる(はずの)自分でも、ここアメリカに来ていろいろ大変な思いをしている。アメリカに来て住んで働くってのは結構大変なこと。今から20年以上も前に異国の地に渡った彼女たちの努力とけなげさの痕跡をたどり、どれだけつらくてさびしくて大変な思いをしただろうと当時の彼女たちの心の内に思いをはせると、何だか他人事じゃないようなせつない気持ちが湧き上がってくる。頑張れ!そして頑張らなきゃ!オフィシャルサイトじゃないんだけど興味ある人はこちらをどうぞ。(英語だけど)
2004.11.06
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