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みなさん、占い信じますか?雑誌などでの占いコーナーをスルーすることはまずないベル姉。でも本を閉じた時点で見事に忘れている。ラッキーカラーはナニヤラでラッキーアイテムはほにゃららで、あ~そうっすか。で、そのとおりのものを身につけたり購入したりします?ベル姉、そんなめんどくさいことしたことないです(笑)しかし、今夜のテレビ番組で2004年の運のいい誕生日のひと悪い誕生日のひとが発表されて、ベル姉の誕生日は366日(うるう年だった)の中でベスト30に入っていた。正直嬉しい(へへ♪)ま、そりゃ、アナタ!(だれ?)悪いより良いほうがいいに決まってますわね。悪い気はしないってもんです。しかも某出版社が出してる本ではわたしの干支は今後10年ツキにツキまくるらしい。マジですかっ!!!当たらなかったらどうしてくれるのでしょうか?(控え目に脅す)その本を手に入れたいのですがどの本屋にいっても見当らない。かと言って注文するのは恥ずかしい(爆)実物は読まないほうがいいかも、、。セールストークで表は向きはば~~~~ん!と掴みはオッケーなことを言っといて、、、、いや、運勢はいいんですけどね確かに、、、でもそれには条件が、、、なんぞと、、、それもコレもアレもソレもと出てくるかも(あり得る)ま、それでもなんとな~~く、いい気分で年を越せるかなぁ~~、うふふ♪
2003年12月27日
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>今もまだこの世が「21世紀」であることに馴染んでいない、ベル姉である。だいたいさぁ「21世紀」ってこんなもんでいいすか?え?どうよ、ちょっと。子供の頃想像しえた21世紀っていうとそりゃ~~もぉ車なんか地上をチンタラ走ってるワケはなくて空をバンバン飛んでるワケさ。歩道は全部「動く歩道」になってて、一家に一台、、じゃない、ひとり鉄腕アトムのようなロボットがいて人間と共生してたりなんかするのよ。月や火星は地球の植民地となり、移住なんかしてるハズなわけよ。それなのに、、、、、。車は未だに地べたを走ってるし、それどころかロチューが多くせせこましいったらありゃしない。家電はそりゃまぁ便利といや便利だけど、こたつに入ってみかん食べてるのは「昭和時代」となにも変わっていない、小市民状態。電気炊飯器でゴハンたいて肉じゃがとか作ってる。21世紀に!(爆)バイオ、クローン、インターネット、ケータイ、デジタル、ある一方向だけ突出して21世紀モードになっている気配はするが、人の日々の営みは基本的なことはなにひとつ変わってないのだなぁ。「2001年宇宙の旅」という映画(小説)のタイトルは昔は説得力があった。2001年になったら可能だと大人にも子供にも理屈は皆目わからなかったクセニそれは可能だと決めつけていた。しかし、アポロ11号が「月面着陸した」(ベル姉はリアルタイムで見ているのだよ、ポルノグラフティのみなさん/笑)のはアレはいったいナンだったんだ。あれ以来、月はほったらかしではないか。いちおうアメリカが旗たてたんでソ連との宇宙開発競争でのアピール成功でチャンチャンで終わりのなのか。どうせなら月に宇宙ステーションぐらいつくって欲しいものだ。「21世紀の夢」らしく。ロボットは二足歩行するもの、パラパラを踊るもの、「いちおう」はコミュニケーションがとれるものとかがつくられ、夢をみさせてくれそうだ。しかし、巷に生きる我々は年金の問題なぞかかえ、そんな開発予算があるなら、こっちにまわしてくれと言いたい部分もある。でも日常から離れたところでのロマンにカネを使えなくなるのも淋しい。複雑だ。な~~んてことを2003年ももうすぐ終わろうとしている今考えたりなんかしたのだった。あ、その前にモンダイは大掃除だな(^^;;;
2003年12月26日
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クリスマスを前にまたぎっくり腰をやってしまった。今週いっぱいはイイコにしてレスも日記もお休みしようと思ったのだが今や「HPジャンキー」になってしまったベル姉。更新を何日もしていないと指が震えてくる(爆)やっと座ることができるようになったので性懲りもなくこうやってキィを叩いている。母にそんなことするんなら早く年賀状を書き上げなさいと叱られる。もっともである。ずっと座っていて、いざ立ちあがろうとすると背中が伸びなくてネアンデルタール人のような格好になる(笑)それから徐々に背筋を恐る恐るまっすぐにしホモサピエンスに進化する(笑)まだ「屈む」のが難事である。大晦日の「カウントダウン@チャット」では万全の体制で臨みたいものである。みなさまもよろしかったらTOPの「ベースボールバー☆ベルベル」からご参加くださいませ(^^)
2003年12月25日
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クリスマスになると思い出す映画。ひとそれぞれあると思う。わたしは「シザーハンズ」かな。20世紀フォックスのマークに雪が降るあのタイトルからもう、あ~いいなぁ。。と、どきどきする。。手がハサミの人造人間をつくる博士。手がハサミの人間(そうじゃなくてハサミが手なのよ!と応酬するシーンがあるが)をつくってこの博士はいったいぜんたいどうするつもりだったのか。確か、「もうすぐ人間の手にしてあげられる」と言ったところで博士は急死しちゃうのだが、それなら最初からそうしてやれよっ!と言いたいところだ(笑)ジョニー・デップのイノセントな表情が街の人達の偏見を徐々に消してゆく。手がハサミ(ハサミが手か、、もうどっちでもいい)(^^;だからこそ普通の人間にはできないことができる。それは魔法だ、夢だ。怪物だからこそ魅力的だ。人間ってほんとはつまんないかも。最後、大きな氷の塊をジョニー・デップはそのハサミを使って素晴らしいテクニックで彫刻をつくる。彼の両手のハサミがリズミカルに動くたびに氷は雪のように空に舞う。ただ愛するひとのために。その中をウィノナ・ライダーが踊るように手をかざす。とてもとても美しいシーンだ。でもジョニーはウィノナのことで嫉妬する男をあやまって傷つけ恐さのあまり元居た場所に逃げてしまう。そして二度と戻ってこない。泣いた。。。監督のティム・バートンはわたしと同じ「異形のもの」が好きだ。「恋人たちの予感」メグ・ライアンとビリー・クリスタル。うまくいってるときはふたりでクリスマスツリーを抱えて帰る。メグ・ライアンがひとりでツリーをひこじって(笑)帰るときはふたりは別れている。翌年はまたいっしょに抱えて帰る。あ~ヨリが戻ったんだぁ。そんな描写がうまかった。アメリカは切ったまんまのような大きなもみの木をそのまま買って帰るのかぁとちょっと驚いた。「ダイハード」もクリスマス映画、、、と言える、、、か?クリスマスになると否応無しに事件にまきこまれてしまう可愛そうなブルース・ウイルス(笑)クリスマス映画の古典と言われる「三十四丁目の奇跡」などは見たことがない。あ、そう言えば名作中の名作、やはりティム・バートンの「ナイトメア・ビフォー・クリスマス」もまだ見ていないのだ。わたしとしたことがっ!さっそく明日借りにいこう。レンタル中になっていないことを祈りながら、、、。
2003年12月20日
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カープファンになってン十年と、伏字にするのもイマサラだろ、、という管理人であるが、かつて好きな選手に近づき、声をかけ、サインをねだり、写真をいっしょに撮ってもらうということをしようと思ったことがあっただろうか、いや、ない。と反語も出てくるこの頃だ。そんなことは別の世界のことだと思っていた。しかし、ネットを始めてそういう積極的な、ものおじしない、あつかまし、、いや、ずうずうし、(^^;いや、思わず近づいて「ワタシハアナタヲオウエンシテイマス!コンナニふぁんナンデス!」という情熱を態度で示すひとが思ったよりずいぶんと多いことに気付き、イインデスカイソンナコトシテと管理人は呆気にとられたのであった。いや、正直わたしだって、そばに寄って声をかけて、サインをしてもらいたい。2ショットの写真もとってもらいたい。と思ってなかったことはなかったが、それはイツカデキタライイナァの嬉し恥ずかしの世界であった。そころが7月のある日、由宇にてベチにプロモユニにサインをしてもらうことができた。あまつさえ、2ショットの写真に収まることだってできた。あ~、こうなりゃ、もういけません。猫にまたたび(?)状態となり、これからおっかけが始まったのであった。これは中毒になりますな。わたしの場合は月イチで若鯉捕獲というそれでも「抑制」がきいていると自分では思うのだが(おかれてる環境にしては、ずいぶん「自制」している)それでも注入した若鯉エキスが切れると(危)むらむら~~としてくる(はぁあ?!)サイトを運営しているのでどうしても、もっと新しい写真を、新しいネタを、、というサービス精神がうごめくというのもまた事実である。管理人のサガである。いや、それは充分楽しかった。胸がドキドキし、「サインお願いします」「はい」「ありがとうございまいした」「はい」「おつかれさまですぅ」「あ、おつかれっした」そんな会話?でも舞い上がった(^^;もぉ恥ずかしくってできませんよぉ、一人で大野にいって練習見るなんてぇ~~!!といいながら、ドアの前に座っているベチに声をかけ、あまつさえ(←この言葉の使用頻度がかなり高いベル姉の文章)室内に向かって侵入しようとしたのであった。ベチの春季キャンプから始まった、ファンにとってはあとで気付いた想像以上の苦悩に対しては確かに心配したのはもちろんだ。はらはらしながら、一日も早い復活をこころから祈った。そしてそれと平行してわたしはまたソレとは違うファンならではのトキメキにはしゃいだ。今から思えば、悩んでいた真っ最中、サインしてください、写真撮らせてください、、なんて無神経だったのだろう。恥ずかしい。申し訳ない。だけどベチはこころよく受けてくれた。ありがとう。1年間応援させてくれてありがとう。今日、公式HPからベチにメールを出した。16日の日記の内容をかなり縮小した内容と最後に感謝の言葉を。ファンの思いは一方的なものだ。要するに勝手なものだ。もっともわたしはベチにしていただくばっかりでさせていただいたことは1度もない。差し入れしたこともない。誕生日プレゼントも渡したことはない。でも応援する気持は誰にも負けないつもりだ。そしてこれからもずっとずっと。。
2003年12月19日
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中国の諺に「酒を飲むのは時間のムダ、飲まないのは人生のムダ」というのがあるそうだ。要するにムダな時間がない人生はムダ、つまんないってことですな。飲めないわたしは人生を損してるってことになる。わたしはお酒を飲むと酔う以前に気分が悪くなり、頭痛がし、吐き気がしてくる。辛い。。せめて「酔った」という状態を経験してからその段階に入りたい。酔って日常を忘れて違う自分になってばかっ!!なことをあほっ!!なことをいっぱいしてみたい(笑)みんなで飲み会をしても他のひとはもう違う世界にハイっているがわたしは現実に取り残されている。なんだかとっても悔しい(^^;違う世界をもたないわたしは人生半分損してる。でも飲んだら辛くなるんだからしょうがないなぁ。。くっそ~~!!(爆)あ~~、飲んでバカやりたい!(願望)そのかわり?というかわたしはカフェイン中毒である。コーヒーを日に6~7杯飲む。砂糖もクリープも全部入れて飲む。ただ砂糖はカロリー三分のイチのヤツを使っている。みんなでカラオケに言ったとき、ホットコーヒーを頼むのはわたしぐらいだ(爆)座がシラケルといちおう気遣いつつ、飲めねぇもんはし方ないじゃんかよっ!と心の中で主張する。お酒が強くなる方法ないですか?
2003年12月18日
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12月14日付けのスポニチまるごと広島にベチの記事があった。http://www.sponichi.com/ser2/200312/14/ser2140146.html 私生活でもコップを持っただけでも痛かったとあり、びっくりした。春季キャンプで痛めて、でもリタイアする気はなかっただろう。今年はどうしても昨年以上の成績をあげなくてはならない。ドラフト6位のハングリーな若者はここで下に下がる気なんてなかった。オープン戦で先発を任されたが暴投が続き短いイニングで屈辱の降板。その後北別府コーチと病院にいき、泣いて帰った・・らしい(by大下さん)悔し涙は自分に対する怒りかもしれない。手術はせず服薬で治す、、ときいてファンは切らずに済む程度でよかった、と胸を撫で下ろした。ノースロー調整期間を経て、ふたたび球を投げられるところまできた。そして数回2軍での先発のチャンスがあった。だが、それはファンも首脳陣も愕然とする内容だった。ストライクが入らない、どころか暴投が多い。苦しさに甘くいったところを痛打される。市民球場での試合ではスコアをつけていたうっちーが「信じられない、どうしたんだ」という顔をしていた。ライバル心剥き出しのこの同期が苦しむ姿に呆然としていたようにみえた。開幕からずっと炎天下の山のてっぺんの球場で汗を流したふたり。いっしょに1軍に上がろう。いや、オレのほうが先に上がってやるぞ。そのマウンドで勝ち星を競うのだ。そしてそこに先に上がったのはうっちーだった。2試合続けて巨人戦で勝利した。マイクとカメラのフラッシュが彼を追いかけた。「あいつが勝とうものならくそ~と思います」と言う正直なベチだ悔しかったに違いない。でも自分にはやることがある。手術だ。それに踏みきれば一からやり直しだ。かなり最初の頃から「手術」のニ文字は頭をよぎっていたらしい。でも踏みきるまで相当のこころの葛藤があったろう。効き指にメスを入れる。わたしはもっと早く決断すれば(首脳陣がそれを勧めれば)もっと違うシーズンを送れたのではないかと、周りのスタッフをこころの中で責めていた。でもベチは自分の責任で悩みに悩んだ末、結論を出した。記事によるとギプスをはずすまで1ヶ月かかったことになっている。ボールを握り最初の1球を投げたときどんな気持ちだったろう。わたしには安易に想像してでは書けない。先日練習を見られた方の話しでは誰よりも長く練習していたらしい。焦りは来年に対する意欲にしっかり切り替わった。この1年よく辛抱したね。年が明けても地道なトレーニングが続くだろう。アスリートマガジン(現HA)で華やかなエリートではなく「露地もの」と評された彼だ。それが持ってる強さできっと復活してくれるに違いない。今年は彼にとってあとで振り返り「あのときがあったから」と言える年になるに違いない。早く1軍のカクテル光線の真中でうっちーとともに勝ち星を競い合って欲しい。オマエが15勝ならオレは20勝だ。少年のような競争心とプロの世界に生きる男としての野心を燃やして。
2003年12月16日
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よかれと思っってやったことがほんとはその人をあまやかすことになるのだよ、だからひとに同情したりやさしくしたりするのは本人にとっては結局はよいこととは限らないないのだ。という意味では実はナイ。ということは最近ではちゃんと認識されているようだ。わたしもずいぶん前はそう思っていたが。わたしは実は細々ともうひとつ別のサイトを運営している。BBSメインのほんとにほそぼそだ。そこは病の家族を抱えるもの同士がグチを言い合ったり本音をぶちまけたりできるところとして立ち上げた。患者さん本人もカキコミしてくれるときもある。こういう場をつくってくれてありがとうと言われる。でもそれは私自身のためでもある。いや、それが目的だ。自分がブチまけて楽になるためにつくった。でもそれが感謝されることになった。同じ悩みをかかえてるひと同士、助け合いましょうと、ちょっと顔が赤くなるような、でもウソではない立ち上げ目的。それは結局自分にとっての「オアシス」となった。入院してしばらく顔をださないままの方がおられた。4ヶ月たって、ひょこっと訪ねてこられた。調子のいいときはずっとROMってくださったらしい。あ~、この場所があってよかった。影ながら必要としてくれてる方がいた。目にみえなくても繋がっていた。それが嬉しかった。そしてその人の存在がわたしには必要だったのだ。悩みをきいてあげてるようで励まされていたのだった。
2003年12月15日
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もうすぐHPを閉鎖される方がいる。その方とは確か今年の5月頃わたしのHPに遊びにきていただいたのが初対面だと記憶している。応援している選手が同じで息投合。その2ヶ月後にはいっしょに由宇におっかけに言っていた。かなりの遠距離にもかかわらず。地元にいるとそんな方の気持がすごく嬉しいものだ。選手や球団になりかわり感謝したい、いい思いでをつくってほしいと思う。そしてそれが地元のファンとしてこのうえなく嬉しいことだ。この広い日本の中で出会うチャンスなど本来はない環境にお互いがあったのに引き合わせてくれる、ネットの素晴らしさをこんなときに感じる。ネットで生まれた友情なんて希薄と思われる方もいるようだが、最初の出会いがネットとだろうが現実だろうが、関係ないように思う。ネットでは本来のそのひとの人間性はわからないというかもしれないが、HPの管理人さんはそのHPの雰囲気で、ゲストさんはBBSのカキコミでどんな方かだいたいわかるものだ。今までソレが大きくハずれたことはほとんどない。ちょっと合わないナァという方もまたハズレたことはないけど(^^;;このたびHPを閉鎖されるときいたときショックだった。ここ最近はひんぱんにオジャマするということはなかったが、「居てくれる」ということが嬉しかったのだ。そこにいつもいるよね。話しにいこうと思えばいつでもできる。いつでも迎えてくれる。小学生の頃遠くに引っ越してしまう友達を見送ったあとぽっかり胸の中に穴があいてしまったような気持を思い出した。でもまた会える。いつかきっと。約束してのしばしの別れ。それはまたかけがえのない宝物だ。
2003年12月14日
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メールで届いた写真のべっちーは無邪気な笑顔だった。杵を持ってぺったんぺったんとお餅をついている。掛け値なしに楽しそうだ。思わずこっちの頬もゆるむ(^^)某病院での集い(11日)のひとこま。そういうイベントに出る余裕は今年はないのではないかとかと思っていたので安心した。のだが、管理人の所在地の近くで行われたこのイベント、行きたかった~~!(爆)ひとことわたしに言ってくれよ!(なにさま?)毎月のベチ(若鯉)詣でも今月で終わりなのに。今年のベチ納め(笑)したかったよ~。なにはともあれ、指はもう大丈夫のようでよかったよかった(*^o^*)
2003年12月13日
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楽天仲間の方の昨日の日記を読んで12月8日になにがあったかを思い出した。いつもなら忘れない日のはずだったのだが、前日の7日が父の法事で準備やらなにやらででずっとバタバタしていたのですっかり忘れていた。彼が死んだあの年のあの日。年末年始を控えて仕事がいちばん忙しい日々だった。家に帰り疲れた体を暖かい部屋でほっと暖めようと肩にかけていたバッグを降ろしコートを脱ごうとしたその時、ニュースの画面がわたしの目に飛び込んできた。わたしは絶句した。あれから12月8日は忘れてはならない日になったのだ。昨年の日記を見ていたら12月5日にこんなことをわたしは書いていた。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆中学2年のとき「彼」が「日本人の彼女」と結婚したと聞いたとき一番びっくりしたのが日本人だった。あの頃わたしは、悩みといえなくもないものがあったことはあったがそれで夜も眠れなくなるということはなく、朝になって一日が始まることになんの抵抗もない人生でいちばん「楽しい」時期を過ごしていた。いや、毎晩「ジュリー」のことを思っていたのでその数分間だけは「不眠症」だったかもしれない(笑)ある日教室に友達が「ミュージックライフ」を持ってきた。みんな、どれどれと「例の」のグラビアを覗き込んだ。そこには「全然美人じゃなくて、イヤにくっきりはっきりした「意志」が全部顔に現われてる、、要するに「可愛げノまったくない」長い髪を真中から分けた化粧ッ気のない女性の顔が写っていた。わたしと友人たちは「よりにもよってなんで彼がこんなブス(失礼)を好きになったのか」まったく理解できなかった。ただ、「タダのブスではない」というのは直感でわかた。が、どうタダではないのかはわからなかった。彼女はその後彼に多大なる影響を与え、「バンド」が解散に追い込まれたときも彼女のせいだと世界中の意見が一致した。彼と彼女は「ベッドイン」したり、解散後別のバンドをつくり「Give peace a chance」と唄い、彼女をタダモノではないブスと評価したわたしは数年後の高校時代「いちご白書」でその唄を聴いて涙をながした。学生運動が盛んだった。わたしはキドー隊が嫌いだったので「平和のために戦っているお兄さん、お姉さんたち」を応援していた。それから10年経ち、世の中は複雑になりわたしも少し複雑な大人になった。そのあいだも彼と彼女は「LOVE&PEACE]と唄いつづけた。わたしは、その間彼らのレコードもCDも買わなかった。前のバンドのときも「ふたり」になったときも、、、なぜなら彼らの音楽は風のように、いつだってわたしの回りに「吹いて」いたからだ。だから特別「ファン」じゃなかったが「あの日」彼が「暗殺」されたというニュースを聞いたとき「どうしよう」と思った。「どうしよう」「これからどうなるんだろう」「なんで?!」「なんで殺されるの!」信じられない!コレハアッテハナラナイコトダ他の事なら、それはあとでなんとでも必然として片付けられるとしてもコレハアッテハナラナイコトなのだ!わたしはこれからどうしたらいいのか途方に暮れてしまった。迷子になってしまった。こっちのほうだよと教えてくれるひとがいなくなったのだ。わたしはショックだった。彼はわたしにとってとても大事なひとだということが彼を失ってしまって初めてわかったのだ。それからまた10年経ち、世の中はもっと複雑になりわたしももっと複雑な大人になった。そしてそれからまた10年経ち世の中はもっともっと複雑になりわたしももっともっと複雑な大人になったその間も彼の唄はわたしのまわりで風のようにながれていた去年(2001年)の9月、世界が変った。彼の唄は「大きな声」にかき消されそうになったがそれでも、彼にふさわしい場所でふさわしい人たちによって静かに唄われた。どんな時代になってもどんな世界になっても意地でも唄いつづけてやる you may say I’m a dreamer but I’m not the only one・・・☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆そして12月8日の翌日の今日。2003年の12月9日。小泉首相がイラクへの自衛隊派遣を決定、発表した。記者会見での首相の説明は矛盾だらけだった。なによりもなし崩し的にこのようなことが決まってしまったことに不安と恐怖を覚える。欧米が中東アラブ諸国(異教徒)に対する考え方を変えない限り、イスラエルによるパレスチナ人(無防備な市民)に対する虐殺(とあえて言う)にイラクにしたような制裁を加えないという態度をとる限り、テロはこれからも終わることはないだろう。 日本はそれを欧米列強に指摘し和平交渉のテーブルをセッティングできる立場にある国であったのに自らそれを放棄してしまった。 残念だ。。
2003年12月09日
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今日の中国新聞のサイトに外人選手のスカウトについての記事が載っていた。今まで参加したことがない「ウインター会議」に出席し米国での情報網を確立する。この情報社会、たくさんの情報を集めるノウハウとそれを分析する能力がないといい選手はなかなかとれないとの合理的な考えにやっとカープも気付いたようなことが書いてあった。それはそれで管理人文句はないのであるが(が、というからにはあるのか?ある)どうして外人選手というとアメリカのなのですか?アジアにいい選手はいないのでしょうか。ベル姉、思うに、韓国、台湾の選手から見るとニッポンプロ野球に入るってことは、自分のステイタスが上がるという感覚があるんではないのか、と思ったりしてるんですが。ソレはニッポンプロ野球をカイカブリすぎでしょうか?日本人選手が大リーグにあこがれるほど、、だとはいくらなんでもソコまでとは思いませんが。王さんのホームラン記録を破った某韓国の選手は日本でやりたがってる(もしくは日本のほうが欲しがってる?)というのをきいたことがるのですが、そんなすでに完成した選手じゃなくても野心とヤル気のある若いアジア選手に目を向けたほうがいいのではないかとベル姉は思ったりしたのであったのさ。もっともパイプ役になる人脈がいないとムリな話ですが。昔、カープに福士という投手がいて確か韓国のチームに行きましたよね。そのへんのツテというのないもんでありましょうか?もうそろそろ外人選手といえば、大リーグ(その傘下)という○○の一つ覚えの発想は変えたほうがいいのではなかろうかとベル姉は思ったりするわけさ。いかがなもんであろうか?皆の衆(笑)
2003年12月08日
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記憶力というのはトシを経るとともにゆるやかな曲線を描いて落ちていくものかと思いきや、さにあらず、あるとき突然「ガクッ」と急降下して我ながら唖然とする。タレントの名前が、顔は浮かぶのに出てこないというのは日常茶飯事となってしまった。このあいだなんか「雛形あきこ」が出てこなくて焦った。確か風流な感じのする名前だったよなぁ、、とイメージを膨らませ、連想ゲーム的にその名前や言葉が繋がれてる糸を手繰り寄せる作業を試みる。そんなことが最近多い。まぁしかし固有名詞が出てこないのはよくあることと頷く方も少なくはないかもしれない。が、わたしのばやい、、、最近、形容詞や状態を表す言葉がが出てこないっ””””(爆)今日なんか電話で話してて「手ごたえ(がない)」って言いたいのに出てこなかった。「て、手ざわり、、じゃない、、え~~と、て、て、、」電話切ってから思い出した(爆)小説なんぞ書いているが、こういう状態のことをほら、ナントカって言うジャン、、え~~と、、ナントカしい、(甚だしいとか、夥しい)とかえ~と、ということが度々である。これはマズイ、ひじょうにマズイ。「尋常」ではない(←これもすぐに出てこなかった)(爆)脳みそにプチプチと空白ができているのだろうか。んがぁぁあああ!みなさんどうですか?え?「○○歳のアンタといっしょにするな!」ってか?(^^;
2003年12月07日
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日南キャンプでは練習中のBGMに浜田省吾と竹内まりやが流れていたそうだ。どう考えてもコーチ陣の趣味だと思うがどうであろうか?(笑)でもいい趣味だわ♪ハマショーの唄に合わせて若鯉が練習してる図は、、いや~~ん、きゅ~~ん♪あ~この目で見てこの耳で聴きたかった。で、これがアメリカン・ノック、、、外野を左右に走りまわるノックで一番キツいメニューらしい、、アメリカンてぐらいだから薄くて軽いのかと思ったら(んなわけないか)(^^;いや、それはどうでもよく、そのメニューのときは何故かBGMはチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番」になるそうだ。なんで?(笑)あれって、♪ちゃんちゃーちゃ、ちゃーちゃちゃちゃ、ちゃんちゃーちゃ、ちゃ♪ってアレですよね(わからんがな)(^^;だれの趣味だ?でもチャイコさん(略すな!)でノレるんでしょうか?でも林くん曰く「おれたち、やってるな~って気になる」そうです(笑)すごくドラマティックでハデな曲ですからねぇ(格調も高いけど)でもイメージがどうしても浮かばない。。なんでチャイコなんでしょうか?(って略すなって!)モーツァルトではイカンのかい?モーちゃんの曲はお酒の麹もよく醗酵させるし、植物もよく育つし、胎教にもいいのよ(あれ?)BGMはそれなりの根拠があるのかないのか。ただの個人的趣味か?選手に選ぶ権利はないのか。等々、きいてみたい。こういうこぼれ話的なもの興味ありますよね。ムダ知識?へぇ~~~♪度はどれくらいでしょうか(笑)
2003年12月05日
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ある日電話がかかってきた。電話とネットがセットでお安くなるのがございまして、、同じBBフォン同士ですと無料で(あ、確かそうだよね、間違ってたらごめん、、というより、アンタちゃんと確かめて契約しなさいよ<自分)今までのお客さまの契約の内容ですとナントカがイクラでなんとかがイクラになっておりますが、、(ほうほう、そうだったけ?<自分のことだろっ)今回の場合はコレがイクラでこっちがイクラとなりまして、これまでよりお得になっております。(ほうほう、要するに安くなるのね。<わかってんのかい自分)いかがでしょう?(いいんじゃないですか?<ほんとにわかってんんのか、自分)まぁ以前友人に勧められたことはある。その時は元来ものぐさで腰が非常に重い管理人、う~~~~~ん。めんどくさい(爆)自分から申し込むつもりはまったくなかった。ADSLにしたほうがいいんだけどなぁ、、とおもいつつ。。その勧めからずいぶんたって、ヤフーから上記の電話がかかってきた。渡りに船というか、ま、その船にのったわけです。配線工事が終わって二日目。モデムやらナニヤラが届いた。モジュラー、モデム、アダプタ、CDROM、それから恐怖の説明書(爆)包みを開けた瞬間、放り投げようかと思った(爆)特に説明書、「警告」「注意」それからなんたらかんたら、カタカナ文字がとびかう。え~~い、なにをどうせっちゅうんかい?はぁ、ため息をつく。夕方届いたので明日の朝ゆっくりやるべぇ。LANアダプタというのがようわからんかったので、翌朝さっそくきいてみる。「これはお客様のほうで購入していただくものでして」(え~?きいてないぞ~!買えってか?)仕方ないので(ってコレがなけりゃ始まらんらしい)デオデオで買った。それをインストールする。あとは指示通りモジュラーを繋いでCD指示どおりクリックしていけばいいのだった。モジュラーをえ~~とコレをここに、コレはこっちだなと接続する。以前ISDNにしたときNTTの方に電話で指示あおぎまくり、最初受けたひとが「ちょっとお待ちください」と上司(たぶん)に代わった。ベル姉の理解力のなさに業を煮やしたようだ。なんとかかんとか接続したが、わたしもNTTのひとも終わったときは疲労困憊していた(^^;アレに比べれば今回は赤子の手をひねるぐらい簡単だった。まだこれでも順応性があるアタマの状態でよかったよ。これからどんどんネットは日進月歩の進化をとげるだろう。わたしのアタマはこれからちゃんと応用できるようせめて退化はしないようにしたいものである。デジタル地上放送も始まった。一部地域であるが。今のとこ、デジタルがどっち向いてんだかさっぱりなベル姉である。双方向だとかワイド画面でクリア~な画像だとか、、。今のままで全然支障ないんすけどねぇ、正味ナはなし。どうしてもデジタルにしないといけないんすかぁ?8年後ぐらいには全家庭がテレビ買い換えないといかんらしい。おい!誰が決めたんかいっ!責任者でてこいっ!(っていうボヤキ漫才があったな)(笑)国民総動員か?戦時中もそういうのあったぞ(生まれてないけど)ってADSLからだんだん話が違う方へ。。この先ロボットが進出してくるんだろうなぁ。わたしに介護が必要になるような時代「介護ロボット」が一家に一台(一人?)いるのだろうか。いろいろ考えると楽しいようであり、怖くもあるベル姉であった。
2003年12月04日
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「春季キャンプから痛かったけど言えなかった」去年、5勝をあげ、今年は首脳陣もファンも期待した。そしてなにより、本人がいちばんよく知っていた。4年目の今年は開幕から1軍だと。1試合を投げぬく力、1年間を投げぬくスタミナ。それが目標だ。いや、目標というより絶対やり遂げなければならないことだ。キャンプ前、キャンプ中、インタビューで答えた。だから「痛い」なんてクチが裂けても言えなかったのだ、べっちー。負けん気とプロ意識が強いベチにとって今季は屈辱のシーズンだったに違いない。自ら蒔いた種といっても過言ではないかもしれない。それなら自分で刈り取ろう。自ら医者に電話をかけまくり手術することに決めた。聞き手の指に入るメス。こわかっただろう。不安だっただろう。半年間ずっと悩んだ。そして今、「プロは全部はねかえってくる世界」覚悟も決意もできた。もう振り返らない。「ゼロからのスタートです」24日に見た無邪気ともいえる笑顔に試練を耐えた男の強さを見たよ!!
2003年12月01日
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