「頼むから戻ってきてくれよ」
「郁さん、実家に帰ってきてるんでしょう?
お疲れのところ大変申し訳ないんですけど、
ちょっと出てきて、僕達の話聞いてくれませんか」
実家に帰る度に、
前の店のコから電話が掛かってくる。
毎回様々な愚痴を延々と聞かされるが、
今回は、いつものそれとは内容が異なるらしかった。
普段ならば、とっくに寝ている時間。
眠い目を擦りながら、指定の場所まで行った。
「来月、新店舗が出来るって話は知ってますか?」
新店舗が出来るという話は、
私が辞める前から出ていたから知っていた。
新事業を、見切り発進でことを進めていく会社。
あそこでは、当然の如くそうやって話が進められた。
一体それがどうしたというのだ?
あの会社のことだ。少しも珍しいことではない。
「宮口さんが…」
「ミヤグチがどうかしたん?」
「もうずっとカリカリしてるんです」
「あれが新店舗オープン前に、
カリカリしてるのは、いつものことやろ」
新店舗オープン前、新メニュー作成時…
ヤツは決まって、その前後はカリカリしていた。
店長に対する文句、上や会社の体質に対する不満。
荒れ狂うヤツを大人しくさせるがの役目、
そんな風に周りの連中からは思われていた。
“あんたがそんな顔しよってどうするん!?
その感情は皆に伝染するんよ。笑顔!笑顔!!”
“なんしよんね!?
言いたいヤツには言わせとけば良いやろ。
そうやってモノにあたるの止めてくれん?”
“いい加減にしっちゃ!
こんなに手を血だらけにしてどうすると?”
“大丈夫。
ちゃんとしていれば、必ず報われるから。頑張ろ?”
いくつもの言葉をヤツにぶつけた。
私としては、なだめているつもりは欠片もなかった。
ギスギスした、いつ何が起こっても可笑しくない環境。
少しでも仕事がしやすいよう、
常にヤツの動向を気に留め、皆に声を掛けていた。
皆のため、ではなく、自分のために…
“疲れてるのは、皆同じ!
ほらっ、声出していこう!!”
心掛けは巡り巡って、自分に返ってくる。
ただ、それを信じて。
「郁さんが居なくなってから、
誰も宮口さんを止められないんです」
「最初のうちは、
宮口さんも頑張ってたみたいなんですけど…」
「今は駄目です。
営業中、表情が全くないし、上の空っていうか―」
「宮口さんと郁さんって、
お互いの足りないところを出し合ってた感じでしょ。
郁さんが出来ないことを宮口さんがして、
宮口さんに出来ないことを郁さんがする、みたいな」
「比翼の鳥?」
「そう!そんな感じ!!」
「ヤツと一心同体は嫌ですよ」
「そんなこと言わずに、ちょっと会ってあげてください」
会ったところで何も変わるまい。
そんなこと、分かりきったことなのに―
「おう、私が居なくなってから、
ツンケンして皆に辛く当たってるらしいじゃないの」
「綺麗になったな」
「そういう話をしてんじゃなくて」
「………。
俺、本当にきちぃよ。マジ、ぶっ倒れそう。
助けてよ。俺一人じゃ、何も出来ねぇよ。頼むから…」
その先は言われなくても分かる。
“頼むから戻ってきてくれよ”
「宮口さんの表情が戻った…」
ごめん、私にはもうどうしてやることも出来ないよ。
前みたいに、店舗の中で一番近くに居てやることも、
常に気に掛けて声を掛けてやることも…
あんたをこんなにしてしまったのは、私のせい?




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