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ビストロフの橋
第14章 「サマンサの失敗」
サマンサの失敗
「ダイアゴン横丁」
叫んだとたん、ウィルは自分がハンカチか何かになって洗濯機に放り込まれたのだと思った。
緑色の炎が巨大な渦を作る中を高速で回転しながら流されているのだ。
耳元に滝があるかのような轟音に悩まされながら、水洗トイレに流されたらこんなかも、などともチラッと考えてはみたけど内心ではパニックになる寸前だった。
輪郭のぼやけた暖炉が次々と目の前を通り過ぎ、その向こうの部屋がチラッチラッと見える。ウィルは気分が悪くなって目を閉じた。あとはもう、早くとまってくれることを祈るほかない。
出し抜けに轟音が止まった。と、何かやわらかいものにぶつかって回転が止まったことに気がついた。
恐る恐る目を開けると、まず自分の足が見えた。石造りの床の上に膝をついて頭を下げる格好になっているのだ。足の向こうに暖炉も見える。あそこから出てきたらしい。
「いつまで人にくっついてる気だい?」頭上から声がして、反射的に顔を上げるとモスグリーンのローブに身を包んだ恰幅のよすぎる魔女が立っていた。ウィルはその魔女のお腹に頭から突っ込んでいたのだ。
「あ、す、すいません」慌てて立ち上がって辺りを見る。キャロルが言っていたように、人の洪水だった。
これでは二人を探すなんて絶対に無理だ。ウィルは一人、オリバンダー杖店を目指して人波を掻き分け泳ぐように道へ出た。順番待ちの間に、母さんに手渡された紙袋を書斎に放り込んで置いてよかった、と心の底から思った。
道へ出て振り返ると、今出てきた建物の看板が見えた『ダイアゴン横丁観光案内所』。その向こう、赤いレンガ造りの平たい建物の向こうに見間違いようのない白い塔を透かし見ることができる。
グリンゴッツだ。目印としては申し分ないそれを見ながら、ウィルは歩き出した。グリンゴッツ以外はあまりの人の多さに埋もれてしまい、歩いている道すら見ることができなかった。
足を踏んだり踏まれたり、文字通りもみくちゃにされながらもウィルはどうにかオリバンダー杖店へとたどり着くことができた。
幸いなことに、オリバンダー杖店の周りは他のところと比べると人通りが少なく人と触れ合ったり擦れ合ったりぶつかったりしなくても歩くことができた。
「おや、おや、おや。大変なときによく来たな。どれ、ではさっそく見せてもらいましょうか」いつものように店の少し奥まったところに立っていたオリバンダー翁は、店内に転がり入ってきたヨレヨレのウィルの姿を見つけると口元を歪ませた、これがオリバンダー翁の苦笑いを浮かべたときの表情だということをウィルにはもうわかっている、そのまま店の奥へとウィルを誘った。
「あ、あの。店は?」まだ営業中の時間なのに、平然と店を空にしようとしているオリバンダー翁に、ウィルは慌てて声を掛けた。
「なに、かまわんよ。クリスマスプレゼントに杖を買おうなんて物好き、居りはすまい。今日は開店休業じゃ」
そういわれてウィルはいくつもの謎が一気に解けたと思った。
ウィルがダイアゴン横丁に行くといったとき、なぜ誰もが買い物があるといったのか、ダイアゴン横丁がなぜこんなに人であふれているのか、なぜオリバンダー杖店の周りは人通りが少なかったのか、全てはクリスマスプレゼントのためだったのだ。
オリバンダー翁は、L字型をした店舗兼自宅の建物を通り抜け中庭へと出た。杖用の枝や芯材などが整然と並べてある同じL字型の倉庫とで、四角形を形作る真ん中にある広めの空間だ。おそろしく立派な樫の木が一本立っている。
「どれ」雪の降り積もった中庭に出て、オリバンダー翁はウィルに向き直ってウィルがトランクから宿題を取り出すのを待った。
すぐに取り出せるよう、一番に入れておいた箱を取り出し、丁寧にくるんでいた油紙を取り去り、ウィルは杖をオリバンダー翁の手に握らせた。
その杖をオリバンダー翁は数度優しく撫で、ゆっくりと振り上げると素早く振り下ろした。
以前と同様に小さな茶色い玉が杖先から放たれ、樫の木の幹に当たった。直後、樫の木は枝にのしかかっていた雪を払い落としてクリスマスにぴったりな鈴の音を辺りに響かせた。
「ブラボー! 」オリバンダー翁は叫ぶと同時に杖を持ったままで拍手した。こんなに興奮したのを見るのはウィルも初めてだった。
「いやいや、見事じゃ。これほどよい音を出すのを聞くのは久しぶりじゃ、なにを使いなさった?」
「ニーズルの毛です」答えとともに、ウィルはポケットにしまっていた『飼育許可証』を見せた。ウィルのベッドで丸くなっているチャムが映っている。
「なるほど、なるほど。ニーズルか、わしも若い頃に使おうと考えたことがある。純血のニーズルの毛がどうしても手に入らんのであきらめたが、飼育しておるとなれば手に入れやすいじゃろうな」
「あの、合格、ですか?」宿題の杖をしげしげと眺めたままでいるオリバンダー翁にウィルはおずおずと尋ねた。
雪に埋もれた足先が冷たく、感覚がなくなり始めていたのだ。不合格でもいいから、せめて屋内に戻りたい。
「ん? おお! もちろん、もちろん合格じゃよ。申し分ない出来じゃ」いとしげに杖を懐に入れて、オリバンダー翁はウィルを見つめた。
「さて、ついて来なされ」オリバンダー翁がそういって、さっさと母屋のほうへ引き返したので、ウィルも急いであとを追った。
これで、少なくとも雪に埋もれずにすむ。
ついていった先は夏のあいだ何度も出入りした作業場だった。使い込まれた木造の作業台の上に、革張りでハンドバックくらいの大きさの真新しい茶色のトランクがおいてある。
一度も見たことのないものだったので、なんだろうかと覗き込み、ウィルは息を呑んだ。
表面に金色の文字が打ち込まれている。『ウィリアム・ゴールドマン』、ウィルの名前だ。
「わしからのクリスマスプレゼントじゃ、開けてみなされ」オリバンダー翁の柔らかな声に促されて、ウィルは震える指で可能な限りの丁寧さで、トランクを開けてみた。
かなり凝ったつくりの内部に、大小さまざまな小刀と何種類もの彫刻刀、鑢が収められていた。その一つ一つに、翁が自身で刻んだのだろう、ウィルの名前が彫ってある。
「今度の夏には、枝の削り方を教えようと思うたのでな」何気なさそうに言われた、なんということのない言葉だったが、ウィルはなぜか胸がいっぱいになって涙があふれそうになり、鼻をかむ振りをして拭いた。
夏休みになったら、真っ先にここへ来る、ここへ来て手伝う、ことを何度も何度も約束してウィルはオリバンダー翁の元を辞した。
外に出ると、ダイアゴン横丁の町並みがよく見えた。相変わらず混み合っていて気後れしてしまいそうだったが、ウィルには立ち寄らなくてはならないところがたくさんあり過ぎた。
意を決して一歩を踏み出すと、とりあえずグリンゴッツへと歩き出した。
母さんは言わなかったが、紙袋の中にお金も入れられていることがウィルにはわかっていた。魔法使いのお金に換えておかなければ、今のウィルにとっては何の役にも立たないものだ。
「ウィル!」グリンゴッツのほかにもいくつかの店に立ち寄ったので、遅くなってしまったかと思いあせって道を歩くウィルを誰かが呼んだ。
目を上げると、人垣の向こうでピョンピョン跳ねるルビーと思いっきり背伸びして手を振るキャロルが見えた。二人とも巨大な買い物袋のお供を連れている。
「私たちもちょうど買い物が終わったところなの。一緒に行きましょう」
フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーはルビーが言っていたように街中の喧騒と比べるとウソのように空いていた。
魔法世界とはいえ、やはり冬場のアイス需要は少ないのだろう。もちろん、アイスばかりを扱っているというわけではないから、買い物帰りの女性客が疲労回復に甘いものをパクつく光景がそこかしこに見られた。
三人の先頭を行くのはルビーだったが、暖かな店内をわき目も振らず通り過ぎ、わざわざ寒風吹きすさぶテラスへと突き進んだ。
店内を通り過ぎるとき、キャロルが何度か声を掛けたそうな素振りを見せたが結局ため息を二度ほど吐き出しただけだった。
ルビーはテラスの一番端、ダイアゴン横丁が見下ろせるテーブルに着くと、うれしそうにメニューを取ってテーブルの上に広げた。
テーブルにも、椅子にも、うっすらと雪が付いていて、本来は木目の美しい木のテーブルが白くコーティングされているのだが、気づいてさえいないらしい。
「なんにする? ルビーのお勧めはね”食べる花火シリーズ”『オーロラ』」
「私は『フロスト・フラワー・ポエトリー(樹氷の詩)』が好きだな」
二人がウィルに示したのは、メニューの中でも一段と華やかな写真に彩られた面だった。紹介されている商品その全てが、なぜか揺らめく光に包まれている。誇張されたイメージの演出なのかとも思うけど、魔法世界のことだから実物も輝いているのかもしれない。
「えっと、じゃあ・・・・」ウィルはすばやくメニューの端から端まで目を通し、一番好きな色合いのものを指差した。(あえて味については考えないようにして)
「『シリウス』ね。飲み物は紅茶でいい?」ルビーとウィルが同時にうなずくのを確認して、キャロルが席を立った。
注文を言いにいくつもりらしい。ルビーがテーブルの上の小さな鈴をチラリと見て、呼べばいいのに、というような表情をしたが、一瞬後には自分の荷物に意識を移してしまってキャロルにもメニューにも目を向けなくなった。もちろんウィルにも。
「クリスマスだけど、ルビーのうちにこれる?」荷物の中身をかき回していたルビーがおもむろに訊いてきた。
本心から言えば、行きたい、のだけど・・・。
返事に困ったウィルだったが、その答えは意外な理由で考えるまでもなく出ることになった。
キャロルが戻ってきたのだ、見たことのあるような女性を連れて。
「マゼンダさん!」以前から神出鬼没を地でいく人ではあったが、こんなところで出くわすとは思わなかったウィルは席から飛び上がってしまった。
「父さんに店を追い出されちゃってね、2ヶ月くらい前からここでバイトしてるの。時給はこっちのほうがいいから助かるわ」言われてみれば、確かにウェイトレスの服を着ている。なぜ家業の魔法薬店から追い出されたのか、については訊く気にもならない。それにしても、この人には落ち込むとか悩むということはないのだろうか。
「ご注文の品は以上でよろしかったでしょうか? 伝票をおいていきますね。ごゆっくりどうぞ」絵に描いたようなマニュアルどおりの営業スマイルとともに品物(まさか、とは思っていたがどれも光っている)と伝票をテーブルに置いてマゼンダは店内に戻りかけたが、ウィルのほうに身を寄せるとウィルにだけ聞こえるように小さな声でささやいた。
「今夜、うちの店の前に来て」それだけを早口で告げ、マゼンダはウィルの返事も待たずに店内に戻って行った。
「ごめん、ルビー。今回はいけそうにないよ」席に座りなおしながら、ウィルはルビーの問いに答えを返した。マゼンダが、ウィルを呼びつける理由はひとつしかない。その内容を考えれば、クリスマス
にルビーの家を訪ねることができる、とは思えなかった。時間的に、というのではなく心理的に。
「そっかぁ・・・キャロルはこれる?」ルビーがキャロルのほうに身体ごと向き直って、熱心にパーティーに誘っている。
その声を聞きながら、ウィルは目の前に置かれたアイス・ブルーの輝きに包まれた星型のものにフォークを突き刺した。ものすごい量の光が一瞬だけほとばしったが、気にせず一切れ口に入れた。
ウィルはもう青い光も、妙な形のお菓子も見てはいなかった。今夜マゼンダがウィルに見せるだろう事、話すだろうことを考えて頭がいっぱいだったのだ。なにしろ、その内容は魔法省の定める法に抵触するものだ、とウィルは知ってしまっているのだから。
今夜、自分が罪を犯そうとしているのだ、と考えると気温と関係なく足が震えるのを抑えることができなかった。
思いっきり深く自分の考えに沈んだウィルの横で、ルビーの勧誘は謝絶され、電車の時間に遅れるからとキャロルが先に帰り(ウィルの心の中の葛藤にある程度の察しがついているのだろう、ささやくように「いいクリスマスを」といって、ウィルの返事を待たずに行ってしまった)、ルビーも父方の祖父母が迎えに来たところで、帰り際にキャロルから何か言われたのだろう、同じように席を立った。
去り際に、おじいさんがウィルに「魔法省までの地図だよ」と言って一枚のメモをローブのポケットに入れて行ってくれたことに気がついたのに、お礼も言えなかった。言わなきゃ、と思ったのだが口に出す前にルビーたちは帰ってしまっていた。
「くしゅん!」大きなくしゃみでようやくわれに返り、自分の全身が氷のように冷たくなっていることに気がついたウィルは、もう出ようとテーブルの上に目を向け、伝票がなくなっていることに気がついた。ルビーのおじいさんかおばあさんが払ってくれたに違いない。
申し訳なさと、不甲斐なさで自己嫌悪に陥りながら、ウィルはフローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーを後にした。
どこに行くでもなく、ダイアゴン横丁をぶらぶら歩いて時間をつぶして、暗くなりだしたころ『グリフィスの魔法薬店』の前に来た。考えてみたら、何時にとは言われていなかったのだ。マゼンダの言う『今夜』は何時のことだったのだろう。
最悪、何時間も待たされることになるかも。
足ふみをしながら待っていると、数分ほどしてすぐ後ろでバシッと大きな音がした。
「待たせちゃった?」振り返ると、ウェイトレスの制服を着たままのマゼンダが立っていた。
マゼンダの案内で、路地裏のさらに奥にある小さな家の前に出る。
「店と同時に家まで追い出されちゃって、ここ借りたの。小さいけど、まぁ、自分の城ってことよね」どうしたらこんなにポジティブになれるんだろうかとうらやましくなるほど明るく言ってのけ、マゼンダはウィルを家の中へ招き入れた。
中は意外にというと失礼かもしれないが、テーブルクロスやソファカバーが手作りだったり、その一つ一つにかわいらしい刺繍があったりと「女の子」な部屋になっていた。
マゼンダの個性から得られるイメージ、壁一面に薬ビンが並んでいて魔法薬の本が無造作においてある、そんな部屋とは対称的な明るい雰囲気がある。
「さて、と。面倒な前置きはしないわよ」ウィルを手近なソファに座らせて隣の部屋に姿を消したかと思うと、次の瞬間には水色のローブに身を包んで戻ってきたマゼンダが一言、そう宣言するといきなり核心を話し出した。
あの注文書をそのまま使っては薬が作れなかったこと。本人に言わせれば「われながらばかばかしいミスだった」というミスに五度目の失敗で気がついたこと。その失敗が店を追い出された理由だったこと。そのミスが「絵になる薬を作るなら、当然元に戻る薬も作るはず」だったこと。あの注文書は二種類分だったのだということ。さらに学校で簡単に手に入る材料をいくつか加える必要があったこと。それを割り出すのに相当な苦労を強いられたこと。そして数日前、ついに薬が完成して実験段階に入っていること。など身振り手振りを交えて話してくれたのだ。
「ご苦労様でした」三時間に及ぶ苦労話を聞かされたウィルには、そういうのが精一杯だった。訊いているだけで頭が痛くなるほど薬の調合法を解説されたのだ。マゼンダが相手だから耐えられたけど、スネイプだったら確実に死を選びたくなるような地獄の時間だったろう。
「魔法薬学の論文が八枚は書ける労苦だったわ」ふっ、と遠い目をしてつぶやいたマゼンダ。だが、その直後には表情が一変、興奮で高潮した顔で満面の笑顔を見せ、芝居がかった仕草をした。
「そしてついに、ついに解き明かしたのよ。ドライロットの娘になにが起きたのか、を!!!」
瞬間的に、ウィルは反応できなかった。ドライロットが、魔法省の各機関が全力で調査して解明できなかったことを、こんな短時間で解明できたとは! にわかには信じられないことだった、だが、もしそれが事実なら・・・。
「サマンサを助けられる?」
期待をこめたウィルの問いかけ、だがマゼンダは首を横に振った。
「今から私が見つけたことを実際にやって見せるわ。その結果を見れば答えもわかるはずよ」
実験のためにマゼンダが用意したもの。それは二枚の風景画と、二匹のねずみ、そしてAのラベルを貼られたのとBのラベルを貼られた薬ビン二個だった。
「おそらく、ドライロットの娘。サマンサって言ったわね? 彼女はAの薬を使ったはずよ」Aのラベルを貼られた薬ビンから乳白色のゲル状の薬品を掬い取り、マゼンダは絵の一部に塗りこんだ。そして、その薬を塗られた部分にねずみを二匹とも押し当てる、と直後にねずみは絵の一部となってしまっていた。絵としてみたら色の具合など不自然なところもあるが、間違いなく状態的には絵にしか見えない。
だけど・・・。
「身体ごと絵に? でも、サマンサは身体が残っていたって聞きましたよ?」
そうでなければドライロットが呪いの館に挑戦したりはしなかったはずだ。
母親の気が触れ、娘は行方不明。単にそれだけの事件として片付けられて、少なくとも世間的には終わっていたはずだった。
「そうよ。そこが薬を作る上で私としてもネックだった。身体を残して精神だけ絵にするなんて・・・ってね。それがミスの最大の原因でもあったわ。でも、ミスに気がついたとき、ひとつの仮説が成立したの」
マゼンダは二匹のうちの一匹を指でつついて隣の別の絵に移動させて、今度はBのビンから透明なのを掬い取り、ねずみの上に重ね塗りをした。
絵の中のねずみは見る間に硬直し、そのままポロリ、と絵から抜け出してきた。そして、そのまま部屋の隅へと走り去ってしまった。
「こうなっていれば事件は起きなかったはずよ。なのに、サマンサは失敗したの。ものすごく単純な、ね」
まだもとの絵の中、入れられたところでずっと震えていたねずみに同じことをする。前のと同じように見る間に硬直し、そのままポロリ、と絵から抜け出してきた。違う点は、落ちたまま動かなかったこと。そして、絵の中にはまだねずみの姿があったこと、だ。
「わかる? 絵になる薬と戻す薬を同じところに塗ってはいけなかったのよ。目立たないからわからないけど、塗った薬が残っているところに別の薬を塗る。これのせいで精神を戻すことができなくなったんだわ」
そして、精神を持たない肉体は徐々に生体エネルギーを失って死んでいく。
確かにサマンサの身に起きたことと符合する。符号はするが疑問も残る。
「でも、それなら・・・」
「わかってる。それなら、絵の中にサマンサが残っていてドライロットが到着したときに自分で何があったかを話せたはずよ。でも無理だった。理由はこれ」
そういってマゼンダが出して見せたのは一枚の写真だった。
隅のほうで泣き叫んでいるらしい女性と、その女性をなんとか落ち着かせようとしている男性。中央部では何人もの魔法使いが床や壁を調べている。壁にはいくつもの額が掛けられていて、その額に入っていたはずの絵がズタズタに切り裂かれているのが見えた。
「魔法警察にいる同期の子に頼み込んで、手に入れてもらった事件直後の現場検証中の写真なの。わかるでしょ? 絵が全て修復不能なほどズタズタにされてしまっている。サマンサが絵の中にいたとしても、これじゃどうしようもないわ」
確かに、絵の原型をなくし、紙くずと化したとあっては絵のキャラクターにはどうしようもなかっただろう。それどころか存在すら危うい。
「これは推測なんだけど、サマンサは元に戻るための薬を自分で絵の中に持ち込んで塗るか、母親に塗ってくれるように頼んだはずよ。ところが、戻る段になってさっき見せた失敗をしてしまった。肉体だけで精神が戻らなかった娘を見てあせった母親が、なんとか絵から娘を助け出そうと絵を切り裂きだした。結局、そのためにかえって取り返しのつかない状態にしてしまった母親は気が触れてしまう。・・・いまいち現実感が沸かないけど、大筋では間違ってないはずよ」
「つまり、サマンサはすでに存在すらしていない、と?」
ウィルの問いにマゼンダは黙ってうなずいた。
マゼンダの推測は筋が通っている。あの事件の日におきたことのほとんどがそれで説明できる。ただ・・・マゼンダ自身も口にしたとおり、どこか現実味がない。理由は明白だ、母親の行動があまりにも安易で短絡的過ぎるのだ。なにかがおかしい。
「なんにしても、私には薬のことしかわからない。協力できるのはここまでだわ」
お手上げ、というようなしぐさで両手を軽く挙げて、マゼンダはすっかり冷めてしまったコーヒーをまずそうにすすった。
「あ、そうだ。一応、絵に残ってしまった精神を身体に戻すための薬も作っておいたわ。必要なら、だけど」
もちろん、ウィルは三種類の薬を全て引き取った。このまま終わらせる気はない。ウィル自身はもう少し調べるつもりでいる。どこかで使う必要ができるかもしれないのだ。持っているにしくはない。
「なにか、忘れてたりしないかな?」
書斎のいつもの椅子に座ったウィルは、一人つぶやいた。
マゼンダさんの話が終わったときにはもう日付が変わっていた。今からでは漏れ鍋にも行けない、仕方がないので泊めてもらうことにしたのだが、いくらなんでも女性と同じ部屋に二人で寝るわけにはいかないので書斎で休むことにしたのだ。
休むといっても、サマンサの身になにが起きたのか、まがりなりにもわかったのだ。眠る気になんてなれやしない。ウィルはこれまでにわかった事件の顛末を再確認して、二十二年前サマンサ・サンディスの身に何があったのか考え直してみることにした。
・自宅の絵(吸血鬼の描かれた絵であるらしい)にきれいな金髪に吸い込まれそうな青い瞳の『彼』を発見。
・ホグワーツに入学。
・『夢見るドロシー』と出会う。エルンスト・レーナーを紹介され、絵になる薬の調合法を知る。
・(五月)『グリシスの魔法薬店』に魔法薬の材料を注文する。
・(七月)絵になるのには成功したものの、戻るのに失敗し肉体と精神を分離させてしまった。(らしい)
・(なぜか)絵はズタズタに切り裂かれ、母親は錯乱。
・駆けつけた父フレドリック・サンディスの手によって『石化』の呪文が掛けられ延命処置が施される。
以上が、現在わかっていることの全てだ。これで事件の大筋は明らかになったと見ていいだろう。
頭の中で一つ一つ再現してみて、自分が当事者だったら、と考えてみる。
その中で一番強い引っ掛かりを感じていたこと。
現実味がないと思えた母親の行動、客観的に考えたらあまりに短絡的だけど、実際に自分が同じ状態に置かれたら・・・ウィルは理解できるような気がした。
もらった写真を見つめる、ホグワーツには及びもつかないにしても、かなりの枚数に上っただろう絵の残骸が散らばっている。それも、まるで紙ふぶきでも作ろうとしたかのような細切れになっているのだ。最低でも一・二時間はかかっただろう。
目の前に娘が倒れていて、その身体が徐々に死んでいく。
血の気がなくなり、つやと同時に弾力を失って硬直し始める肌。次第に乾いて白濁していく見開いたままの目。体温を失ってどんどん冷たくなっていく身体。絵の中からは、動揺して泣き始めるサマンサの声が聞こえている。
それが一時間から二時間続いたら、冷静さなんか持てるはずがないじゃないか。
キャロルや、ルビー、母さんがそんな状態だったら・・・ウィルは恐ろしさで考えてみることすらできなかった。マゼンダさんの推測は、かなりの確度で当たっているのかもしれない。
やはり、事件は悲劇のままで終わるしかないのか。
のしかかってくる悲しみ、無力感に押しつぶされてうなだれるウィル。机に突っ伏し、悪夢しか見ないだろう眠りへと落ちていった。
クリスマスの朝、ウィルは最悪の気分で目が覚めた。
あの日の夜、机に突っ伏したまま寝てしまったウィルは見事なほど完璧に風邪を引いてしまったのだ。
本当なら、漏れ鍋か自宅で一人寝込むところなのだが、翌朝顔を合わせると即座に「よくなるまで安静にしていなさい」、厳格な口調で命じてきたマゼンダさんの好意に甘えて、彼女の部屋に間借りする形で泊まり込むことになった。
迷惑を掛けたくない。と意地を張ったウィルをマゼンダさんは実家から運んできた折りたたみ式のベッド(不思議なことにたたまれているときはハンドバッグにしか見えない)に縛り付けるような勢いで寝かしつけ、抗議しかけた口を温かなスープでふさいでくれたのだった。
「おはよう、元気の出る薬が届いてるわよ」書斎に続く狭い階段を軽い足取りで下りてくると、マゼンダさんは両手で抱えていたものをウィルの上に降らせた。
熱のせいにしたいところだが、ウィルはそれがなんなのか瞬時には理解できなかった。
「あ、そうかプレゼントだ」ようやく理解して丁寧に包み紙をはがす。
最初に開けた包みはルビーからで『杖型甘草あめ』と『綿飴羽ペン』、それに陽気に跳ね回るルビーが写った写真付のお手製クリスマスカードが入っていた。
「メリー・クリスマス」写真にそっとささやいて。ウィルは二つ目を手に取った。
二つ目はキャロルからで、手編みのマフラーと手袋が入っていた。どちらもラベンダー色。黄色で『W』とウィルのイニシャルが入れてある。そっと触れると、とても暖かかった。
三つ目、最後のプレゼントはやたらと大きくてふわふわだった。
とても軽くて最高に暖かな毛布。色が薄いピンクなことに抵抗を感じたことは認めないわけにいかなかったけど。とても素敵だった。
「本当は自分用に作った毛布なんだけどね、ベッドとセットで風邪引きさんにあげるわ」軽くウィンクをしてマゼンダさんは微笑んだ。
「そ、そんな! こんなに迷惑掛けてるのに、プレゼントまでもらうわけには・・・」
「クリスマスプレゼントは返品きかないのよ、知らなかった?」ベッドから飛び起きようとしたウィルを、マゼンダさんは素早く抑えつけた。
「それにね、迷惑だなんて思ってないわ。昔から弟が欲しかったの。父さんと母さんの食事に精力剤混ぜたこともあるのよ。どうなったかはコメントしないけどね。いうなれば、あなたを看病することが私にとってのクリスマスプレゼントってこと。ベッドなんて学生時代に使い古した中古品だし、素直にもらっておきなさい」
こうまで言われては、もうウィルが言うべき言葉はひとつしか残っていなかった。
「ありがとう、大切に使います」
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