全241件 (241件中 1-50件目)
ずいぶん長いこと更新してませんでしたね・・。時の経つのは早いものです(しみじみと・・・)思い起こせば二年前、「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」でシリウスが死んで以来、小説を書こうという気が起きずほったらかし、それがメインだったこのプログも・・・。そうこうしているうちにダンブルドアも・・・ってなわけで断筆状態でしたが、ようやく書く気になり始めまして、本日、新章「なぞなぞ館の呪い」をアップいたしました。(パチパチパチ・・・)いまさら続きを読もうって人がいるとも思えませんけどね・・。(しくしくしく・・・・)
November 18, 2007
コメント(99)
どっちへ行けばいいのかと辺りを見渡していると、あの大きな目がウィルたちを見つけてくれたらしく、すぐにゴーストが二人迎えに出てきた。 いつものように覗き屋トムが頭上を旋回し、風穴テリーが温室の向こうの林でウィルたちを手招いている。 テリーの後ろについて行くと林の奥に続く小路があって、その先に苔むした石造りの、教室の半分くらいあるかどうかな小さな建物があった。 半分朽ちかけた木の扉を開けると、大方の予想通り、地下へと伸びる階段が黒々とした闇の中でウィルたちを待っていた。 「ルーモス、光よ」三人同時に杖を取り出し、呪文を唱える。依然とは段違いに明るい光が足下を照らし出した。 三人は互いに無言のまま階段を下りはじめ、口を開かなかったのが正解なことを実感した。 黴臭く埃っぽい、湿って淀んだ空気が顔や髪にまとわりついてくる。口を開けていたら、咳き込むことになったであろうことは確実だった。 さして長くもない階段を下り切ったのとほぼ同時に沈痛とは無縁そうな声が、精一杯沈痛な面持ちで挨拶するのが聞こえてきた。 「本日は私、レイチェル・クラッグのため、多数の来席を賜り光栄の至り、まこと感謝の言葉もございません。今宵は思う存分、歓談をお楽しみください」 三人は、レイチェルの言葉がいささか的からずれている、と思わずにはいられなかった。 歓談、しかできないはずなのだ。 ほかになにをすることもできない。なにやら食べ物らしきものがテーブルに載せられてはいたが、ゴーストたちが食べたり飲んだりできないことは周知の事実だ。 「ノックス、消えよ」つけたときと同じく、三人は同時に杖先の明かりを消した。会場内は所々にろうそくが灯され、何かにつまづいたりしなくてすむ程度には明るかった。 ようやく会場内に足を踏み入れたウィルたちは、会場の広さにまず驚いた。城の大広間とほぼ同じだけの広さに何百ものゴーストが思い思いに浮遊している。
December 22, 2005
コメント(0)
そんなわけで、この日はやたらと早く時間が過ぎていった。『魔法史』の授業が眠くならないうちに終わったことでもそれがわかる。 『変身術』ではそれが裏目に出て、ゴブレットに変えるはずのネズミがなぜか緑色の気味の悪い毛玉になってしまって、どうやっても戻せなくなってしまった。 そのために、ウィルだけが『変身術基礎理論』の長いレポートを書く宿題を出されてしまったが、それ以外は概ね平和な一日だった。 幸いなことに、今日は『魔法薬』の授業がなかったのだ。 だけど、残念なことにスネイプの顔をまったく見ずに済む、というわけにも行かなかった。 この日最後の授業だった『妖精の魔法』のあと、パーティーに向かうため急いで歩いていたところで不運にも出くわしてしまったのだ。 スネイプはクラッブとゴイルに魔法薬の教材を運ばせているところだったが、三人を見つけるといつもの冷たい微笑みを浮かべ、代わるように命じてきたのだ。 「レイブンクローにも、点数を稼ぐ機会を差し上げよう」 というのがその理由だったが、クラッブとゴイルにはそれぞれ10点づつあげておきながら、ウィルたちには三人で五点しかくれなかった。 どう考えても運んだ距離は二人より長かったし、一番やっかいな地下への階段もウィルたちが運んだというのに、だ。 もっともスネイプに出会って減点されずに済むだけでも奇跡に近いのが普通だから五点も貰えた、と思うべきなのかも知れない。 「置場所にはそれぞれラベルが貼ってある。文字を読むこともしらんというのでなければ、わかるはずだが?」 文字のかすれたラベルを、ほとんど推測で読みながら教材を並べる後ろでスネイプが意地悪く囁くのを努めて聞き流して、なんとかきちんと並べ終え、ようやく解放されたのは六時四十五分だった。 「あら、ミセス・ノリスがそっちに言ったばかりよ。気をつけなさいな」昼食時にキャロルがバスケットに詰め込んでおいたサラダサンドや鳥の足にかぶりつきながら廊下を急ぐウィルたちに親切な絵、窓辺に座って編み物をする老婆の絵だった、が警告してくれたので三人はその場に立ったまま食事を済ませ、ミセス・ノリスに合わないよう、ゆっくりと城の裏手に出るための廊下を進んだ。 廊下で飲食をすることをフィルチが認めるはずがなかったし、猫の嗅覚をごまかせる自信もなかったから。 それでも、スプラウト先生の温室の前に着いたとき時計の針はまだ六時五十五分を指していた。
December 21, 2005
コメント(0)
クィディッチの最初の試合は、生徒のほとんどが満足の行く結果で終わった。満足しなかった一部(全校の四分の一)の生徒がなにものかをあえて言う必要はないだろう。 観戦すること自体はどんなスポーツであれ、嫌いではないウィルもこの一試合だけでクィディッチがなんでこんなに人気があるのかを理解した。 スピードだった。特にシーカーと呼ばれるポジションの選手は見てるほうが目を回すくらい早く飛ぶ。それにブラッジャーの存在だ。 チェイサーがクアッフルを投げあい、ゴールするだけなら空飛ぶバスケットに過ぎないが、そう思っていると突然ブラッジャーが襲いかかってきて、ピーターがすかさず打ち返す。 一つのフィールド内でいくつもの動きが複雑に、かつ巧妙に絡み合いながらゲームが展開する。観衆が退屈する暇がないのだ。 野球のように区切りだらけではなく、サッカーや他の球技全般がそうなようにボール一つを目で追っていれば試合展開がわかるほど単純でもない。 ウィルは生まれて初めてスポーツに熱中し、何日間も興奮から覚め切れないままになった。 そんなだから、16日の朝。目を覚ましたとき、ベッドの脇に置いてあるカレンダーが赤い光で点滅しているのを見ても、それが何を意味するのかすぐには思い出せなかった。 ようやく思い出すと、ウィルはローブのポケットから大慌てでキャロルの作ってくれた『復習予定表』を引っ張り出し、時間を確認するためにページをめくった。 そして安堵のため息を吐き出した。ここ数日そうだったのだから、もうわかってはいたことだが、七時から九時の時間帯は夕食と入浴の時間ということで予定が入っていない。 夕食を大急ぎでかっ込み、入浴をさぼればなんとか礼を欠かない程度には出席できる。 朝食をとっている最中、ウィルはルビーとキャロルに夕食の時は一緒にいられないことを告げた。 「なんで?」ルビーが無邪気に聞き返すので、ウィルは『絶命日パーティー』に招かれたことを教えた。 二人とも、驚きで目を丸くした。 「生きてる人が招かれることってすごく希なのよ」 「って、いうより。招待されても行く物好きはあまりいないんだよ。生きた人間が行って楽しいとこじゃないから」 二人とも、ウィルが招待されたことよりも、その招待を受けたことに驚いているらしかったが、直後にはウィルの方が驚いた。二人ともウィルについて行きたがったのだ。 招待されていないものをつれていくのがいいこととは思われなかったので、初めのうちウィルはいい顔をしなかったが結局二人がついてくることを承諾した。
December 20, 2005
コメント(0)
【ナール=[北ヨーロッパおよびアメリカ原産]ハリネズミと間違えることが多い。この二つはまったく区別がつかないが、一つだけその行動に重大な違いがある。ハリネズミ用に庭に餌が置かれいると、ハリネズミはありがたくそれをちょうだいするが、ナールの場合は、庭に餌が供えられいると、家主が自分を罠にかけようとしていると考え、その庭の植物や飾り物をメチャクチャに壊してしまう。子供マグルが、いたずらして壊したと叱られることが多いが、真犯人は腹を立てたナールだ】 【ディリコール=[モーリシャス原産]丸々した胴体に、フワフワの羽根を持った飛べない鳥。危険を逃れる手段が際立っている。フッと消えると、その後にフワフワの羽根が数枚浮かんでいる。そして別の場所にフッと現れる。{不死鳥にも同じ能力がある} おもしろいことに、かつてマグルはディリコールの存在に十分に気付いていた。ただし{ドードー鳥}の名で知っていた。ディリコールが思いのままに姿を消すことができるとは知らなかったので、マグルは乱獲によってこの鳥が絶滅したと信じる。このことが、無差別に生き物を殺すことは危険だと言うマグルの認識を高めたようなので、国際魔法使い連盟は、ディリコールがまだ生存していることをマグルに認識させるのは適切ではないとしてきた。】 以上、ホグワーツ魔法魔術学校指定教科書。オブスキュラス・ブックス刊 『幻の動物とその生息地』(ニュート・スキャマンダー著)より引用。 鍋は小さいのが五つ買ってあるから、このうちの三つに基本の柚薬を分けてそれぞれを混ぜ込めばいい。今から作業しても30分と掛からずに済ませられるだろう。 まる一晩かけて煮込めば、柚薬は真に完成する。最初の空いてる時間、は二日後だから十分に間に合う。 その最初の日に杖材に柚薬を塗る。 一種類の柚薬を一回だけ、二回重ね、三回重ねしたもの9本。 実質的なことを言えば、一回塗り、二回重ねはほとんど反応らしい反応は示さないはずだった。 オリバンダー翁の若い頃、新しい柚薬を作った魔法使いがいきなり三回塗りで試し振りをしたところ杖が爆発し、腕を吹き飛ばす事故があった、と話してくれていたので、それを防ぐのが目的だった。 一回塗り、二回重ねのうちから強い反応を示すようなら、そうなる確率が高い、注意が必要というわけだ。 次に二種類の柚薬を順番を入れ替えながら塗ったもの6本。最後に三種類の柚薬で同じことをしたもの24本。 全部で39本、一本一本にどんな処置をしたものかを示す札をつけて作業は終わる。 徹夜しなければならないかも知れないが、一晩あればなんとか終わるだろう。 そのまま乾燥するのを待って、二回目で性能をテストする。乾燥には一週間あれば足りるから・・・。 「うん、大丈夫! 間に合うよ。今すぐに下準備する必要があるけど」手伝うつもりで手にとっていた羊皮紙の束をルビーに返して、ウィルは立ち上がった。 一足先に寮に戻らなくてはならない。二人に付き合った後では遅くなりすぎる。 おやすみを言って、寮に戻ろうとしたウィルにキャロルがなにか言いかけようとしたが、予期していたウィルは振り向きもせずにその声を遮った。 「遅くても30分で終わるから、心配しなくていいよ」
December 19, 2005
コメント(0)
「テ・・・ス・・・ト?」そんな言葉初めて聞いた、というような表情でルビーは切れ切れにつぶやいた。 クィディッチに浮かれていたのが嘘のようにがっくりと肩を落とし、自分の指先を見つめている。 テストのための勉強なんてしたことのないウィルは声もでなかった。テストの結果なんて気にしたこともなかったのだ。 点数が悪くても叱られたことはないし、いい点とったときも誉められた経験がないのだから、気になんてするわけがなかった。 「過去10年分のテストの写し! それが欲しかったの、どうやって手に入れたらいいのかって考えてたけど、これでそれは解決ね。各学科の先生がどんな問題出すか傾向を知ることができる。対策も立てやすくなるわ」 キャロルのうれしそうな声が、暗鬱とした思いに沈んでうなだれたウィルとルビーの頭上を通り抜けていった。 それでも、その日の夜から三人は談話室の奥、窓際のテーブルを一つ占拠して遅くまで起きていることが多くなった。 テストに対する考え方や思いは三者三様、てんでばらばらな三人だったが、一つだけ共通点があった。 他の一年生の大半が即座に選んだ「ペネロピーの演説なんて忘れる」という選択肢を選ばない、という一点に関しては見解が一致したのだ。 詰まるところ、それはなんにしてもテスト勉強に手をつける。ということだった。 キャロルは自分と二人のために復習予定表を作り始めたし、ルビーは無造作に積み重なっていた羊皮紙を大急ぎで教科ごと順番に並べ直す作業を始め、ウィルはシミだらけのノートをきれいに清書することにした。 そうすれば後が楽だし、それにこれなら嫌でも復習することになる。 羊皮紙の山を一度に片付けようとして、かえって手間取っているルビーに、一つの教科ごとに選別していったほうがいい、とキャロルが忠告する声を聞きながらウィルは自分のとったノートを睨み付け、新しい羊皮紙を前に羽根ペンを構えた。 だが、たいして時間の経たないうちに、ウィルは自分が思いのほか早く羽根ペンの扱いに慣れたことを確認した。 どの教科のノートを見ても、最初のほうは本当にひどいものだったが、次第に染みがなくなり、インクの濃淡が均一になっていくのがはっきりとわかった。 ルビーが羊皮紙の山をいくつかの束にまとめて順番を組み替えだしたころには、ついに直すべき箇所が見つからなくなっていた。 「あなたの宿題のことなんだけど・・・」 自分の作業に区切りを着けたウィルが時計をチラリと見て、今度は目の前の束をノートにしようとしているルビーを手伝い始めたところへ、作ったばかりの復習予定表を見ていたキャロルがそっと声をかけた。 「杖の、ってことよ。私、すっかり忘れてて毎日びっしり予定を入れてしまったの。ただ、クィディッチの試合がある日だけは完全に空けてあるからクリスマスまで二回は予定のない日がある。それで足りるかしら?」 ウィルはちょっと驚いた。杖の宿題についてはほんの一・二度触れただけでちゃんと話したことなんかない。それなのにキャロルはちゃんと覚えいて、気にかけてくれたのだ。 キャロルが心配そうな目で見つめる視線を横顔に感じながら、ウィルはやるべき作業を数え上げてみるために目を閉じて、しばらく自分の考えに沈んだ。 基本になる柚薬はすでに完成している。今は火から下ろして熟成の段階にある。後は最後の材料、オリバンダー翁の言う「作るものの個性」を混ぜ込めばいい。 ウィルはこの材料として、「ナールの針」、「ディリコールの羽根」、そして「ニーズルの毛」の三つを用意してある。
December 18, 2005
コメント(0)
絶命日パーティー 傷だらけのニーズルは、寮に入った途端に寮生全てに受け入れられた。はっきり言って、ウィルよりもウケが良かったくらいだ。 「ばぁちゃんの家で飼ってたことあるけど、クォーターでニーズルの血は四分の一程度しか流れてない奴だったんだ」 「尻尾がなくっちゃただの猫だよ」 「こんなに傷ついて、かわいそう」 ウィルそっち退けでニーズルを取り囲み、寮生たちは口々に感想やら批評やらを言い合った。 横で見ていて、ウィルが嫉妬するほどのものだったが、それは長く続かなかった。ニーズルよりも寮生、というよりホグワーツ全体の気を引くものがついに始まったのだ。 クィディッチ。いよいよ来週には最初の試合が行なわれる、というので嫌が応にも熱烈な盛り上がりを見せていた。 ものすごい量の宿題に追われながら、いつ準備しているものなのか着々と応援の準備が整っていく。 そのさなか、ウィルたちレイブンクロー生は地獄の日々に突入することになる。 始まりは監督生、ペネロピー・クリアウオーターの演説だった。 彼女は監督生という立場をあまり露骨に主張するようなタイプではなかった。普段は上級生の一人、という立場で一年生たちに接していたくらいだ。 それが、いよいよ今シーズンの最初の試合、スリザリン対グリフィンドールが三日前に迫った夕方、寮生全員を談話室に集め、「テスト勉強を始めるように」、と宣告したのだ。 キャロルが時折、テストのことを話題にするのを気が早すぎると思っていたウィルは驚いた。だって、テストがあるのは六月なのだ。まだ半年先である。 寮の隅に置いてあった、壊れ掛けの本棚を横倒しにした上に立ったペネロピーはなにか分厚い封筒を握り締め、厳かに聞こえるよう作ったと明らかにわかる声でゆっくり、静かに話し出した。 「いまさら言うのも妙だけど。私たちはレイブンクローの寮生です」 ペネロピーの長い演説は、この当たり前なことを改めて口にすることから始められた。 「組み分け帽子の歌にもあるように、知識を求める賢き者の住まう寮、それがレイブンクロー。もちろん、私だってクィディッチの結果は気になりますし、是非優勝してほしいと切に願っています。ですが、レイブンクローにとってはクイディッチの優勝杯よりも、学力テストの順位、平均点の高さのほうが重要なのです。過去、数百年のあいだ我がレイブンクローはテストにおいて常にトップであり続けてきました。平均点で言えば二位との間に二桁以上の差をつけていた。それが去年、こともあろうにスリザリンに六点差まで詰め寄られると言う失態を演じてしまった。二桁を割ったのは実に127年ぶりという屈辱だったのです」 ここでペネロピーはいったん言葉を切り、寮生の顔を見渡した。特に、一年生と二年生に鋭い眼差しを向けたのだ。 「16週間。テストまでの時間です。長すぎると思うでしょう。どんな気の早い人でも、クリスマス休暇が終わってから始めようと考えていたはずです。確かに、個人レベルで良い成績を収めるには、クリスマスの後で間に合います。でも、寮全体でとなると今から始めなくては遅すぎる。昨日、歴代の監督生から過去10年分のテストの写しが送られてきました。それを使って勉強を進め、今年は二位以下に大差をつけて「レイブンクローの名に恥じない結果を出すように」、とのことです。各々、しっかりと復習しておくよう強く望みます」 マクゴナガル先生そっくりな口調で演説を締め括ったペネロピーは、柄にないことをやった、というような疲れた表情で急づくりの壇上から下り、自分を呆然と見つめる視線から逃げるようにして寮を出ていった。
December 17, 2005
コメント(0)
ダンブルドアはにこやかにうなずくと、整備された庭を散策するような気軽さで、森へと入っていった。 「おおい、ウィル。ちょいと待ってくれ。中にファングがいる。いきなり開けるとあぶねぇかもしれん」小屋の入り口に立ったウィルに、ハグリッドは慌てて声をかけ、『七つ鍵のトランク』を拾うと急いで追いかけてきた。 その声が聞こえたのだろう、小屋の中からメチャメチャに戸を引っ掻く音と、ブーンとうなるようなほえ声が数回聞こえきた。 びっくりしたが、ニーズルはまったく動じないので危険はないのだろう。 「待て、待て、退がれ、ファング」追いついてきたハグリッドが戸を少し開け、飛び出そうとしている黒いボアーハウンド犬の首輪を押さえながら、小屋の中へと押し込んでいった。 続いてウィルも小屋の中に入る、とファングはおとなしく暖炉の前に行って寝そべった。ニーズルの血の匂いを嗅ぎ取ったのだろう、とウィルは思った。 ニーズルの治療は思いのほか手間取った。 当のニーズルが、怪我をしている身でありながらハグリッドには手を触れることすら許そうとしなかったのだ。おかげで治療はすべてウィルがやらなくてはならなかった。 ハグリッドが細かく指示してくれるのだが、あまり器用とは言えないウィルのこと、なかなかうまく行かず時間ばかり掛かってしまったのだった。 「それでえぇ、まぁなんだ、あんまりかっこは良くねぇが傷の治りにゃ変わりあるめぇて。後は毎日包帯を換えてやって、この薬を塗ってやるとえぇ。ニーズルの回復力なら一月もありゃ治るわい」ウィルが巻いた包帯を確認して、ハグリッドが言った。ニーズルはクロワッサンみたいな姿になっていたが、何重にも巻かれた包帯を嫌がりもせず、ウィルの腕の中でまどろんでいるようだった。 小ビンに移し換えられれた薬と、換えの包帯を受け取り、帰ろうかと考えたウィル、その目が机の端に載っているものの上で止まった。 そこには傷を治療するために剃ったり切ったりしたニーズルの毛が、一まとめにしておいてある。 魔法生物、危険を察知し避ける能力、これは「使える」んじゃないだろうか? ウィルは無意識に『七つ鍵のトランク』を探した。それは、戸口の横に置いてあった。 『七つ鍵のトランク』を引き寄せ、三番目を開ける。からの空きビンを必ず一つは入れておくようにしているのだ。 書斎に下りれば空のや得体の知れないものの入ったビンがまだまだたくさんあるので、こと薬ビンに関しては買う必要がない。 ビンを取り出すと、慎重にニーズルの毛を摘み上げ、ビンの中に滑り込ませた。 厳重に蓋をすると、今度は書斎への入り口を開ける。 と、視線を感じて顔を上げる。ハグリッドが少し気むずかしげな顔でニーズルの毛の入った薬ビンを見つめていた。 「あの、なにか?」いけないことだったのかと思いながら、ウィルは声をかけた。 「・・・いや、なんでもねぇ。ちょいとマゼンダのことを思い出しとったのよ。いつも薬ビンを持ち歩いてはおかしなものを詰め込んだり、逆に放り出したりしてたな。そのたんびに何かしら事件が起きたもんだ。まぁ、おまえさんの場合は杖づくりのためなんだろうから草を光らせたり、花に歌を唄わせたりはせんだろう」 マゼンダさんって、学校でなにやってたんだろ。一面の草が夜の闇のなか光っている光景や、日がな一日花が唄っているのを想像して、ウィルは慄然としてしまった。 書斎を開けたことで杖材のことを思い出し、ウィルはハグリッドに手伝ってもらいながら杖材の束を四つ、書斎の隅に重ねた。 これだけあれば、もう十分だろう。 ウィルはハグリッドにそう告げ、丁寧にお礼を言った。 「また欲しくなったら言ってくれや、絶対に自分で森に入ったり何ぞするんじゃねぇぞ。もう、ニーズルをつれていても安全じゃねぇようだからな」
December 16, 2005
コメント(0)
『七つ鍵のトランク』を手に、いつも通りの抜道を通ってハグリッドの小屋へ行く、その途中でウィルはハグリッドにであった。城を出てすぐの空き地に、あの大きな体が屈んでいる。 なにをしているのだろうかと近づくと、ハグリッドは一人ではなかった。なんとダンブルドアも一緒だった。大きな体の陰になっていて分からなかったのだ。 「先生様、森になにか悪いものが入り込んでるのはまちげぇねぇですよ。そうでもなきゃ、ニーズルが怪我するなんざあるわけねぇ」 「うむ。どうやらそのようじゃな、問題は何が目的か、じゃが・・・ん? どうかしたかの?」最後の言葉は、ウィルに向けたものだった。 立ち聞きしていたと思われるかと心配になったが、ダンブルドアの様子からいってそんな考えは持っていないらしくウィルはホッとした。 「ハグリッドの小屋を訪ねるところだったんです。そしたら、ここにいるのが見えたんで・・・」いいながら二人がしゃがみ込んでみていたのがなんなのかを目で追い、ウィルはしばしそれを見つめた。 「いかん! ニーズルは警戒心が強いんだ。おまえさんが引っ掻かれるだけじゃねぇ。こいつも傷がひらいちまう」思わず手を伸ばしかけたウィルの手を、大きな手で制したハグリッドだが、その大きな掌の向こうから猫そっくりな生き物が姿を現し、ウィルの手に顔を擦り付ける仕種をした。 「やっぱり、そうなんだね」それは以前、ウィルが森に入ったときに危ういところを助けてくれた猫そっくりな魔法生物、ニーズルだった。 だけど、猫とニーズルを区別すべきもっとも大きな特徴、ライオンみたいな尻尾、がなくなっていた。三分の一ぐらいを残して、根本から引き契られてしまっているのだ。 それだけじゃない。体中に切り傷を作っていて、血が全身に縦縞を描いている。 「どうして? 危険を察知して避ける能力があるんじゃないの? 前はそれで僕を助けてくれたのに!」『七つ鍵のトランク』を放り出し、手に血が付くことに気がつくこともなく抱き上げたウィルが、半ば泣きそうになりながら問いかけた。 そのぐらい、痛々しい姿をしていたのだ。このまま死んでしまうんじゃないかと思うほどに。 「こいつぁ、驚いた。ニーズルが人間に抱かれることなんぞ、そうあるもんじゃねぇ。魔法族の間でペットになるやつぁたいがい猫の血が混ざってるもんだ。こいつみてぇに生粋のニーズルが人間に慣れるなんて聞いたこともねぇ」 「それだけ、ミスター・ゴールドバンクが信頼されとるということじゃろう。治療を手伝ってもらうと良い」ダンブルドアはニコニコ笑いながら立ち上がり、ウィルをキラキラッとした目で見つめた。 「ウィリアム君。この子の面倒を見てくれるかね? 怪我が治るまで、もしくはずっとでも良い。おそらく、この子自身は『ずっと』、を望むとわしは思う。尻尾を無くしてしまった以上、野性で暮らすのはつらいじゃろうからのう」 「もちろん!」自分でも驚くほどはっきりと応え、ウィルはニーズルを抱き抱えたままでハグリッドの小屋へと歩き出した。 治療を行なうとしたら、そこ以外にはないだろうから。 「ハグリッド、わしはロナンのところに行ってくるよ。話しをしておいたほうがよいじゃろうからな」 「わかりました、先生様。どうか、お気をつけて」 ダンブルドアはにこやかにうなずくと、整備された庭を散策するような気軽さで、森へと入っていった。
December 15, 2005
コメント(0)
「one of oldest human needs is having someone to wonder where you are when you don't come home at night.(人間が最古から必要としていることの一つは、あなたが夜家に帰らなければどこにいるのだろうと心配してくれる人がいることだ)」寮の前に立った途端、低い声が少し楽しげに囁いた。 寮の入り口を守る鷲が囁いたのだと言うことに気付くことができず、ウィルは数秒驚愕で立ちすくんでしまった。この鷲が合い言葉を求める以外のことを言うとは思いもしなかったのだ。 「合い言葉は?」突っ立ったままのウィルに一瞥をくれ、鷲は事務的な口調に戻った。 「Little brooks make great rivers.(小川は大河になる)」合い言葉を言い終えると、ほぼ同時に翼が閉じられ、寮への入り口が開いた。 常夜灯がほのかな明るさをもたらす廊下に比べ、明度が極端に落ちた談話室に入る。入り口が再び閉まってしまうとウィルは再び立ち尽くさなくてはならなかった。目が暗さに慣れるのを待たねばならなかったのだ。 その上、談話室の奥のほうで影のようなものがゴソゴソと動くのを見てしまっては足を止めないわけにはいかなかった。 お化けでないことや泥棒でないことがよくわかってはいても、暗がりで動くものには普遍的に恐怖がつきまとうものなのだ。 「やっと帰ってきた」その暗がりで動くもの、がびっくりするくらいの澄んだ優しい声を発したので、ウィルは声を上げそうになって慌てて自分の口を両手で塞いだ。 こんな夜中に騒ぐわけにはいかない。 「キャロル? まさか、ずっと待ってたの?」まだよく見えてない目でゆっくりと進む。談話室の中頃まで歩いたところで、目が慣れてきたのとカーテンを全開にした窓から入る月光のおかげでようやく相手の顔が見えた。 「待ってたわけじゃないのよ。ただ、・・・眠れなかっただけ」あまりうまくもない言い訳を口にして、キャロルははにかんで微笑んだ。 その微笑みを前にして、ウィルはさっき鷲が言ったことの意味を理性と、それ以外のなにかで理解した。 「月がきれいだしね」泪が出そうになったのをこらえて、ウィルは無理矢理話題を変えて窓に目を向けた、でもそれはキャロルの言い訳よりもうまくいかなかった。 目ににじんだ泪に、明るすぎる月光が反射して、目の縁を銀色に光らせていたから。 それに気付いたのかどうなのか、キャロルは突然睡魔に襲われたようで「おやすみ」の一言を残して女子寮へと続く階段を昇っていった。 ウィルも大きなあくびを連発しながらベッドへと急ぐ、昨夜徹夜だったから『生ける屍の水薬』を飲んだように眠かったのだ。 十一月に入ると、とても寒くなった。学校を取り囲む山々は灰色に凍りつき、湖は冷たい鋼のように張りつめていた。校庭には毎朝霜が降りた。 この頃になってようやく、ウィルはクィディッチというものがなんなのかを知った。 どこにいってもその話しばかりになったので、キャロルやルビーに聞くまでもなく。何もかもが耳に入ってくるのだ。 ルールや道具のこと、各寮の選手のこと、ここ数年の優勝をどの寮がもぎ取っていった(ウィルが聞いたときには「盗んでいった」という表現だった)かということ、今年は百年ぶりに一年生が代表選手になったということ、それが「あの」ハリー・ポッターだということまでが競技というものに関心のないウィルでさえ知ってしまうほどに、ホグワーツ中が盛り上がっている。 ルビーはもちろん、キャロルでさえその例外ではなくて、キャロルが四回に一回ぐらい思い出したようにテストの話しをする他には、クィディチのことしか話さなくなっていた。 それはもちろん、たんに二人がクィディッチに夢中というだけでなくて、ドライロットの件が自分たちの手から離れたことも理由の一つになっている。 薬のほうはマゼンダの報告待ちだったし、絵のほうも「学校にない」ことだけは確実なので自分たちで探すことはできなかったのだ。ルビーのおじいさん経由で調べてもらってはいるが、当然ながら絵の調査だけを専門にやって貰えるわけではなく。暇なときに、なので時間が掛かるのは仕方ないことだった。 そんなわけで、二人に限って言えば、今のところクィディッチとテスト以外に興味を引くものはないのだ。 ただ一人、そうも言ってられないウィルは約束を果たしにハグリッドの小屋へと向かった。ハグリッドとの約束ばかりではない、オリバンダー翁との約束の期日も残すところ一月となっていたのだ。
December 14, 2005
コメント(0)
学校にはあっという間に戻ることができた。ハグリッドが村の外に何か見えない乗物というか生き物を待たせてあったらしくて、それに乗って戻ったのだ。 ハグリッドにひょいっと持ち上げられ、なにか弾力のあるものの上に乗せられたところまでは覚えているが、その後のことはよく分からない。 透明で見えなかったし、暗かったし、何しろ短い時間だったから。 気がつくと、ウィルは城と禁じられた森の間に立っていた。 どこか見た感じのする場所だな、と思ったウィルは突然その理由を知った。そこは以前、禁じられた森へ行くのに使った抜道の前だったのだ。 「そこの抜道を、おまえさんもしっとるっちゅうのは聞いとる。使うのはかまわんが森には入るんじゃねぇぞ」くしゃくしゃな瞳をさらにくしゃくしゃにしてウィンクすると、ハグリッドはなにか見えないものに声をかけながらゆっくりと森のほうへと歩き出した。 その先、わずかな月明りにハグリッドの小屋、その輪郭をぼんやりと見ることができた。 しばらく、その背中を見送ったウィルだが、皮膚を突き刺す冷気に追い立てられて城に逃げ込んだ。 だが、逃げ込んだ先はさらに寒かった。 「問題! 『朝はうっすらぼんやりで、昼は色濃くおチビさん。夕方、背高のっぽになったなら、夜にはチラチラ隠れんぼ。』これ、なぁーんだ?」 ここしばらく姿を見せなかったレィチェルがいつものように風穴テリーと覗き屋トムをつれて待ち受けていたのだ。 こう突然に問題を出されても困る。内心そう思いながら、ウィルの頭は自然と答えを考えてしまっている。 ヒントを求めて、無意識のうちに泳いだ視線の先に、ミセス・ノリスを見つけてウィルは息を呑んだ。ただでさえ気色がいいとは言いがたい痩せた猫が、実物の五倍はあろうかという影を従え、階段の踊り場から見下ろしているのだ。 背筋が冷たくもなろうと言うものだ。と、同時に頭も冴え渡ったようで、ウィルは答えを発見した。 「そうか! 影だ!」朝の弱々しい光に比例して薄くぼんやりしている影、昼の勢い盛んな陽射しに濃くなり上からの光線であるために短くなる影、夕方の横から来る西日に長々と伸びる影、夜の闇と人工的な光の中で現れたりにじみ消えたりを繰り返す影、わかってみればそのものズバリの問題だった。 「正解! ホント、あったまいいね」相変わらずの満面の笑顔を見せ、一瞬まじめな顔をしたかと思うとレイチェルは少し舞い上がった。二メートル上空から無言のままウィルをしげしげと見つめ、少し躊躇いながら、再び口を開いた。 「十六日なんだけどね、パーティーがあるの。出席してくれる?」円らな瞳を大きく見開き、人間で言えば上気しているのだろう、頬を銀色に輝かせてレィチェルが囁く。 左右を漂うゴーストたちがやたらニタニタ笑っているのでウィルはちょっと返事に困ったが相手がゴーストなことを思い出し心を落ち着かせる。 「いいよ。でも、なんのパーティーなの?」ゴーストのパーティーってどんななんだろう、好奇心に抗し切れず、ウィルは出席を約束した。だけど、なんのパーティーかぐらいは知っておきたい。 「私が死んだ日。『絶命日』パーティーなの」死んだ日を記念してのパーティー? 死者を偲ぶ会ってのはわかるけど自分が死んだ日にパーティーってのは・・・どうなんだろう、と考えてしまったが生者としての死、それがつまりはゴーストとしての誕生日なわけで、ある種のバースディー・パーティーと考えればいいのだろうと納得する。 「十六日夜の七時に、地下墓地で会いましょう。場所は・・・スプラウト先生の温室の辺りに来てくれれば二人が案内するわ」右手を小さく振り、右回りに回転しながら、レイチェルは天井を抜けて去って行き、その後を二人のゴーストがゆっくりと追う。 それを見送りながら、ウィルはあのゴーストトリオの関係も謎だな、などと考えていた。 「ちっ!」静まり返った城内に隠す気もない舌打ちの音が反響した。 廊下の先に、ミセス・ノリスを抱き抱えたフィルチがいる。 ウィルを睨み付けながら、愛猫を相手に「あいつはいいんだよ、ダンブルドアが許可を出したんだ」、「一年の時から、夜中に歩き回らせるなんて」、「規則をなんだと思っているんだ」等々、ブツブツ言うのが聞こえてくる。 ハグリッドを迎えに出すのと一緒に、ウィルの外出にもダンブルドアは許可を与えてくれたのだということがわかって、ウィルは心から感謝した。フィルチの生徒いじめの噂は、上級生からイヤッてほど聞かされている。 愛猫に愚痴るのに飽きたフィルチがダンブルドアが許可を出したことを意識して忘れる可能性に気づいてウィルは必死に寮へと急いだ。
December 13, 2005
コメント(0)
とにかく、出された皿を片っ端から空にする勢いで食べ続けた。それだけお腹が空いていたのだ。それに、ウェイターさんが耳元で囁いたことも、その勢いに拍車をかけている。 ウェイターさんはこう言ったのだ「マゼンダはそのワインの代金をいまだに払い続けてる。家が丸々一軒買える金額なんだよ、今日の夕食代が上乗せされたぐらいじゃ驚きもしないさ」支払いを気にしなくていい外食ほど食の進むものはないと信じるウィルはチャンスとばかりに料理を片付けていった。 マゼンダが、その支払いを気にしている様子だったなら、ウィルは当然遠慮したはずだったが、本気かどうかはともかく、今また注文しロスメルタと口論しているとあっては、遠慮する必要を感じなかった。 「おまえさんは、なんでマゼンダをしっとるんだ? 俺やロスメルタにとっちゃ仇敵との再会ってとこだが」テーブルに覆い被さるように身を屈めて、ハグリッドはウィルに聞いてきた。 「ダイアゴン横町の店で知り合ったんです」 ウィルがそれだけ言うと、ハグリッドは大きく息を吐いた。そして、大きくうなずいた。 「薬の実験台にされたんだな。マゼンダは学生の時分からそうだったよ。あいつのやることっちゅうのは必ずしも目には見えねぇ。ウィーズリーの双子が四つ子だったとしてもマゼンダの質の悪さにはかなわんだろう」 よほど手を焼いていたらしく、ハグリッドはしばらく目を閉じて嘆息した。 「それで杖の柚薬の材料選びに意見を聞こうかと思って手紙を書いたら、わざわざ駆けつけてくれたんです」この後は当然、なんでマゼンダが会いに来て、学校の外で話しをしていたのか、と聞かれるだろうと思ったウィルは先手を打って自分から話し出した。 マゼンダにスネイプの教室から連れ出されてからずっと、頭の片隅で考えていたもっともらしい説明を。 「杖? おおっ、そうか。おまえさんかい、フレッドが言うとったんは。杖材になりそうな枝を集めてくれっちゅうんで森に入るたんびに集めといたぞ。俺の家の裏に積んである。必要になったら持ってってくれや」 その言葉に、ウィルは少し焦った。そのことをすっかり忘れていたのだ。授業のこと、学校のこと、ドライロットのこと、そして杖のこと、いろいろありすぎて、杖のほうはほとんど進んでいなかったから。 なんとか気を落ち着け、数日中に取りに行くことをウィルは約束した。積み上げられるほど集めてくれたらしいが『七つ鍵のトランク』を持っていって、直接書斎に放り込めばすぐに終わるだろう。 そんなことを考えているうちに、目の前に並んでいた空の皿がなくなり、カラフルなトライフルが特大の皿に入って運ばれてきた。 「これを食べたら帰ったほうがいいわよ。時間ももうだいぶ遅くなってるから」 運んできたウェイトレスが親しげに言うので、びっくりして振り返ったウィルは唖然としてしまった。 ウェイトレスはマゼンダだった。いつのまに席を立ったのか、しっかりとエプロンをつけ、軽く化粧までしている。 「せっかくだから今夜はここでバイトしていくことにしたの。なぜか飲物には触るなって言われたけどね」お得意の『悪戯っ子な微笑み』を残して、マゼンダは燕のような軽快さで身を翻すと、入ってきた客を出迎えにいった。 「パワフルな人だなぁ」
December 12, 2005
コメント(0)
マゼンダが宿を取ったというのは「ホッグズ・ヘッド」という旅籠だった。ドアの上に張り出した錆ついた腕木に、ぼろぼろの木の看板が掛かっていた。ちょんぎられたイノシシの首が、周囲の白布を血に初めている絵が書いてある。二人が近づくと、看板が風に吹かれてキーキーと音を立てた。 「おーい! ウィルってのはおまえさんかい?」入るのを躊躇していると、表通りのほうから大きな声で呼ばれ、ウィルはびっくりして振り返った。 声の通りの巨大な体がゆっさゆっさと揺れながら走ってくる。思わず身を退きかけたが、すぐにホグワーツの森番のハグリッドだと気づいて、気を落ち着けた。 「ふぃー、やっとこさ見つけたわい。学校でちょいと騒ぎがあってな。もちろん、もう解決しとるんだが、おまえさんの友達がえらく心配してな。ダンブルドアが俺に迎えに行くよう頼みなすったんだ」 騒ぎってなんだろう? 不安を感じたウィルだったが、質問はできなかった。それより一瞬早く、マゼンダがウィルを押し退けて前に出たからだ。 「ちょうどいいわ。私たちこれから遅めのディナーをとるところだったの。『三本の帚』で一杯やりましょう。育ち盛りの子供を食事抜きで歩かせるわけにはいかないでしょう?」 ウィルをだしに、酒の相手をさせようというのが見え見えなマゼンダの言葉に、ハグリッドは頬を綻ばせた。 「まぁ、なんだ。一杯引っかけねぇと、ちぃっと夜風はつめてぇかもな」一見もっともそうな理由を口の中でつぶやきながら、ハグリッドは来た方角へと歩きはじめ、マゼンダが調子よく相槌をうちつつ後に続いた。 ウィルも大慌てでその後ろに続く。一人でいるにはあまり向かない路地なのだ。 『三本の帚』は小さなパブだった。 扉をくぐってから席に着くまで、ウィルは居心地の悪さに背を丸めていた。パブに大手を振ってはいれる年齢に自分がなっていないことはよく知っていたし、本来入れない場所に平然と入れるほどの度胸の持合せはなかったから。 だけど、その不安は席に着いた途端消え去った。小粋な顔をした曲線美の女性がごく自然に飲物を運んできたからだ。 「ホット蜂蜜酒4ジョッキ分はハグリッド。ギリーウォーターのシングルはマゼンダ。・・・で、このバタービールは一年坊主に、ね。常連客と懐かしいお客、それに新しいお客への店からのサービスよ」 温かな飲物がウィンクのおまけ付きで手渡されると、ウィルの気分は一気に軽くなった。きっと妖精の羽根を持つことがあるとしたら、今の気持ちぐらいの重さだろうと思えた。 「ありがとう。ロスメルタのママ。だけど、どうせなら『不死鳥の血』を持って来てほしかったわ」マゼンダがさりげなく注文をつける。その途端、ハグリッドは唸り、ロスメルタは顔をしかめた。 「なぜ、あのワインが『不死鳥の血』って呼ばれてるかわかってる?」らしからぬ、押し殺した低い声がロスメルタの口から漏れ出た。 「神話にもなりそうなくらい古い葡萄の木から取れるわずかな葡萄を、とある魔法族にのみ伝えられた製法でワインにする。その独特の抽出法のために収穫から完成まで五十年掛かり、飲みごろになるまでさらに百年を要するため、最初から最後まで見届けられるのはその魔法族の家に飼われている不死鳥だけ、そうやってできたワインは血のごとき鮮やかな真紅で、まるで燃え盛る炎のごとく色が移り変わることから、決してきえることのない炎、永遠の命を支える血、すなわち『不死鳥の血』と称される」 朗々と知識を披露したマゼンダへの、同席者の応えは沈黙だった。 ハグリッドは樽なみの大きなジョッキに隠れようとでもするかのように体を縮こまらせ、逆にロスメラルタは威嚇する猫のように大きくなった。見た目が、ではなく雰囲気がではあるが、見ているウィルが呼吸を止めてしまうぐらいの迫力がある。 「知識はあっても、それがどういうことか理解してないようね」真冬の墓場もかくやという冷たい声が周囲の空気を凍てつかせる。 「やだなぁ、ちゃんとわかってますよ。それだけ貴重なお酒ってことでしょ? このお店には一年に一本入荷できるかどうかってぐらいの。それを無断で三本一気に飲んじゃったことがあるからって、そんな怒んなくてもいいじゃない」そりゃ、怒るよ。と、ウィルでさえ思ったが口にはしなかった。 気を利かせてくれたらしいウェイターさんが、次々に温かな料理を運んでくれたからだ。 臓物スープにステーキ・キドニー・パイ、皮付きポテト、サラダと並ぶとウィルはもう二人の口論なんて聞いてはいなかった。
December 11, 2005
コメント(0)
新しい仲間 ウィルは過去に起きたことを順序よく他人に話して聞かせる、ということに慣れてはいなかったが、時々抜け落ちた話しを慌てて付け足したり補足したりしても、マゼンダは熱心に聞き続けていた。 その話しは面白おかしい所はなかったが、マゼンダにしても十分に興味を引くものだったに違いない。 なにしろ、魔法界でも一番といえる謎の一つ。『ドライロッドの悲劇』、その核心に迫ろうという話しなのだ。一言たりとも聞き逃してたまるかと考えているのがありありと窺えた。 ましてや、話しが禁じられた魔法、それも魔法薬の話しに及んだとあっては目は輝き頬が紅潮するのが青い炎の明かりに照らされていてもはっきりとわかった。 「絵になる魔法、か。それも肉体はそのままで・・・なるほど」 なにが『なるほど』なのか、マゼンダはしきりにうなずいた。 「なんとなくわかってきたわ。材料の持つ効能のどれを引き出せばいいのか、が。それがわかれば材料の一つ一つをどう処置すればいいかおぼろげだけどわかる。なんとかなりそう」興奮した声がそう告げ、ウィルの手から受注書をひったくると材料の名を一つ一つ確認しながら低い声でブツブツと何事かつぶやき始めた。 材料それ自体に含まれる魔法効果を確認しているらしいってことだけはウィルにもわかった。・・・と、いうことは。 「まさか・・・作る気なの? 禁じられた魔法なんだよ?」漠然と、それを期待していたとはいえ、さすがに鼻白んで声を高めた。魔法界の法律や罰則は知らないけど、存在自体を否定されるような魔法を使って無事に済むとは思えない。 自分は仕方ないけど、他人を巻き込むのは避けたかった。薬を作って欲しいって本音は以前にも増してウィルの胸に存在している。それでも。 「ん、大丈夫よ。エルンスト・レーナーの話は聞かなかったことにするから。単に昔の受注書を見て何の薬だろうって好奇心で作る分には問題になりようが無いもの。だって、この薬は禁じられてるんじゃなくて抹消されているんでしょ? 言うなれば作るっていうより発明する、に近いわけだもんね」 そういう考え方もあったのか! ウィルは感嘆に目を見開いた。確かにそうだった。存在を否定されている。覚えているもの、知っているものはほとんどいない。と、なれば作ることや使用することが犯罪だなんて知っている人間もいない、ということなのだ。 「悪い人だ、マゼンダさんって」笑いをかみ殺しながらウィルがつぶやくと、マゼンダもまたいたずらっ子の微笑みを返してきた。 「悪知恵だけなら首席になる自信があるわよ。・・・そんなことより、そろそろでましょ。人目をはばかる話しはこれでおしまい。ホグズミードに宿取っておいたから、そこに移りましょう。こんなとこで夜を明かしたくはないわ」 それにはウィルも賛成だった。目の前の炎の暖かさがとても気持ちがいいほどに、背中が寒くなってきている。太陽が沈んで冷気が強くなったに違いないのだ。 洞穴で過ごすには不向きな季節だし、宿があるならそこに移るのが当然だった。何より、お腹が空いてきてもいる。朝も昼も中途半端だったから、暖かな食事がとても恋しかった。
December 10, 2005
コメント(0)
「当たり前だけど、全然変わってないわ」 ウィルが中に入ると、マゼンダは何事かつぶやきながら杖を振り、洞窟の真中にリンドウ色の炎を呼び出した。 ずっと歩き詰めだったから気がつかなかったが、洞窟の中はかなり底冷えがして寒かった。 ゆっくりと洞窟内を見渡したマゼンダが、一番奥のの大きな岩の右側へと移動し、クスッと笑った。何があるのかとウィルも後を追っていって驚いた。 周囲一メートルほどの岩が青く光っている。 何が光っているのだろうと、身を乗り出してウィルは気がついた。岩は光っているのではなかった。磨かれでもしたのか表面がスベスベになっていて後ろの炎の光を反射しているのだ。 「昔ね、ちょっと魔法薬の調合に失敗して私が溶かしたの」岩を溶かすほどの失敗がちょっとな訳はないとウィルは思ったが、マゼンダが懐かしさ以上の何かを込めて話しを続けたので喉元まで出かけた言葉を飲み込んだ。 「本当なら、全身に魔法薬を浴びて、私は死ぬはずだった。でも、私が扱うには難しすぎる薬を、魔法薬教室から持ち出したことに気がついた上級生が私を追いかけてきてて、薬が跳ねる直前に鍋をここに弾き飛ばした。さすがに血の気を失って立ちすくむ私に、その人は長々と説教をしたわ。『あの薬は六分以上火にかけてはいけないんだ』、『正しい扱い方も知らないのに、魔法薬の材料を持ち出すな』ってね。それが、セブルス・スネイプ、よ」 だから、ハンナの手際の悪さをあんなになじったのか。でも、だったらそう言えばいいのに、あんな皮肉口調じゃなくて。 「その直後に、ダンブルドアが入ってきて、私にここへの立ち入りをやめるように言ったわ。『隠れるのにはいいところじゃが、魔法薬の調合をするのには不向きではないかな』ってね。それ以来、今日まで一度も来なかった・・・さてと」 思い出を振り切るような勢いでマゼンダはウィルに向き直り、真剣な顔でウィルの顔をのぞき込んだ。 「あの薬がなんなのか、聞かせてもらいましょうか」 リンドウ色の炎をはさんで、ウィルとマゼンダは向かい合って座った。 炎は淡い光で洞窟内を照らし、暖かな空気を隅々にまで広げている。何よりも、普通の炎と違って煙が出ないのがありがたい。 「うちの父さんああ見えて几帳面なの。開業して以来の受注は全て控えてあったわ。もちろん、あなたが探していたのもね。それがこれよ」マゼンダは古びて擦り切れた羊皮紙を差し出した。端に穴が二つ開いているのは紐か何かで束ねていた名残りだろう。 羊皮紙に書かれた文字は、間違いなくサマンサのものだ。日記とまったく同じ筆跡で整然と材料の名と、分量が書き込まれている。 分量! ウィルは思わず身を乗り出した。 そこに書き込まれた分量はありえないほど細かく指定されていたのだ。 『アスフォデルの球根3分の2ヶ』ならともかく、『ヒキガエルのミルク8.2グラム』とか『ドラゴンの牙の粉末0.28グラム』、『スフィンクスの肋骨1.34グラム』なんて、注文書の数値と言うより完全にレシピどおりの数値と思えた。 「予算が足りなくて、本当に必要なだけしか注文できなかったってことかな?」ウィルが考え考えつぶやくと、マゼンダは大きくうなずいた。 「そうとしか考えられないわ。でも、だからこそわからないの。私ね、魔法薬の調合に関する知識ならセブルスにだって負けない自信があるのよ。なのに、この材料をこの通りの分量で交ぜ合わせてできる薬なんて考えられない。いったい何を作りたかったのか、あなたはわかってるんじゃないの?」 目の前で燃え上がっている青い炎の熱気に顔が灼けるのもかまわず、マゼンダは身を乗り出し、ウィルに詰め寄った。呼吸が聞こえるほど顔を近づけている。 瞬間的にウィルは目を逸らした。できうる限り三人だけで調べを進めよう、といっていたキャロルの言葉が思い出される。 だけど・・・。 直後、ウィルは意を決して視線を戻し、マゼンダの視線を真っ正面から受けとめた。 こと、薬に関しては自分たちだけで調べるのは限界だと感じていた。作り方が正確にわかっているのを作るならともかく、調合法自体を調べ、確認しながら作るなんてまねが学生、それも一年生の自分たちにできると考えるほど、ウィルは自信家でも楽観主義者でもなかった。 「・・・秘密は守ってくださいね」
December 9, 2005
コメント(0)
「どこに行くんですか?」黙ったまま先を歩くマゼンダに遅れないよう、早足になりながらウィルは聞いた。思い過ごしならいいけど、このままだと城を出てしまう。 「私が学生だった頃に愛用していた『秘密の部屋』よ。ホグズミードの先にあるの」 口調も体も、弾ませながら歩くマゼンダ、確実に気分だけは十代に戻っている。 ホグズミードって、なに? 尋ねようとしたウィルの先をついて、マゼンダは言葉を続けた。 「100パーセント魔法族だけが暮らす村よ。あなたも三年生になれば週末に行けるようになるわ。保護者の許可があればだけど。もちろん、今日は平気。許可がいるのは学生だけで行く場合で、ちゃんと大人の魔法使いや魔女が付き添うなら、その限りにあらず、だから」 そういって、マゼンダはニッコリ笑ったが、その笑いが正直者の優等生のそれとは間違いなく違うことを、ウィルは見抜いた。 きっと、許可が下りないうちから抜け出しては足繁く通っていたのだ。 二人は、誰に見咎められることもなく城門を出た。 と、いってもミセス・ノリスの黄色い目には映ったはずだったが校則に反していないからだろう。フィルチが飛んでこなかったとこを見ると、黙って見逃してくれたらしい。 それまでウィルは存在することすら知らなかった道を歩く。 ホグワーツの近くに村があるなんて想像もしていなかったのだ。 どれくらい歩いただろう、ウィルには判断が付けられなかった。すごく長かった気もするし大したことない気もする。自分の体があまり疲れていないことから、手頃な散歩道程度だろうとは思うけど。 太陽が西に大きく傾き、ウィルは足下に目を落として歩いていた。街灯があるでもない山路、あまり足下がいいとは言えない。暗くなってくると少しおぼつかなくなったのだ。 不意にウィルは目を上げた。山路ではなくなっのだ。アスファルトで舗装されたりはしていなかったが、砂利の目立つデコボコ道から平らな土の道になった。 そこで始めて、ウィルは自分がすでに村の中に入っていることに気がついた。 グラドラグス・魔法ファッション店とか、ハニーデュークス、三本の帚、といった看板を横目に見ながらさらに進む。どれも何かの店なのは確かだが、何の店かまで見てる余裕がなかった。 マゼンダの歩調は村に入ってから加速し続け、ウィルは今や小走り状態だった。 やがて二人はハイストリート通り、道の横に小さな標識があった、を通り、ダービッシュ・アンド・バングズ店を通り過ぎた。 ウィルは自分たちが村を素通りしようとしていることに気がついた。曲がりくねった小路が、ホグズミードを囲む荒涼とした郊外へと続いている。 住宅もまばらになり、代わりに庭が広くなった。二人は山の麓に向かって歩いていた。ホグズミードはその山懐にあるのらしい。そこで角を曲がると、道の外れに柵があった。 マゼンダはその柵をためらいも見せずに乗り越え、低木が茂り、上り坂で、岩だらけの山の麓へと向かう。ウィルはもう必死で追いかけなくてはならなくなっていた。 あたり一面岩石で覆われている。三十分以上も、曲がりくねった険しい石ころだらけの道を登る。こんなことなら靴下をもう一枚重ねてはいてくるんだった、とウィルは後悔した。踵が靴づれを起こしかけている。少し大きめのサイズを買ったから、靴の中で足が擦られるのだ。 そして最後に、マゼンダが視界から消えた。ウィルがその姿の消えた場所まで行くと、狭い岩の裂け目があった。裂け目に体を押し込むようにして入ると、中は薄暗い洞窟だった。
December 8, 2005
コメント(0)
「マゼンダ」今度は間違いなくスネイプの口から、その人物の名前が出た。 教室の入り口に目を向けると、モスグリーンのローブを着た割りと若い魔女がいたずらっぽく笑って立っていた。 朝、自分が手紙を送った相手だと、ウィルは気がついた。 「はぁーい。セルブル、偽悪趣味は相変わらず健在のようね。も少し素直な言い方覚えないと、そのうち刺されるわよ」 「セブルス、だ。と、何度言わせる気だ?」 声に温度があるとすれば、口から氷が飛び出しただろうと思えるほどの低い声がウィルの目の前を通過していった。 「あら、私にファーストネームを覚えて欲しいの?」それすらも、サラリと受け流して微笑むマゼンダ。 恐ろしさのあまり、ウィルは無意識に首をすぼめてしまった。 だが、意外にもスネイプは噛み付きもしなければ吠えかかったりもしなかった。 「授業のじゃまだ。用があるなら後にしろ。ないならとっとと帰れ。我輩としては是非、後者を選んでほしいが」努めて『冷静に』と自分に言い聞かせているのが、ウィルにもわかる口調でそう言っただけだ。 「そういうと思った。でも残念ながら私が用のあるのはあなたじゃないの。そっちの子に用があるのよ。授業が終わるまで待たせてもらっていいかしら?」 ウィルに向けてウィンクを一つ投げかけ、マゼンダはこれまでで一番の笑顔を見せた。 その瞬間、ウィルには結果が読めた。こう言えば、マゼンダに一秒でも早く同じ空間から消えてほしいと願っているらしいスネイプは、ウィルに授業を免除すると言って追い出すに違いない。 そうなれば誰に気兼ねすることもなく、大手を振って教室を出ていけるというものだ。 そして、そのとうりになった。 スネイプは聞き取れないほど低い声で、「あいつをつれて、出ていけ」と唸るとウィルとマゼンダ双方に背を向け、何事もなかったかのように授業を再開したのだ。
December 7, 2005
コメント(0)
肩の荷が下り、ホッとしたのも束の間。始業のベルと同時にスネイプ教授が教壇に立ち、いつものように緊張感あり過ぎの授業が開始された。スネイプ教授にかかると、ごく簡単な咳止めの調合でさえ猛毒を扱うかのような神経を使わねばならない。 アボット・ハンナはあれ以来ずっとウィルの近くで作業するようになっていたが、ジャスティンともども死人よりひどい顔色で神経質に材料を切り刻み、量を図っている。 「おやおや、これでは君たちの咳止めが完成する頃には患者は死んでいるか咳をしていたことすら忘れているんじゃないかね」その様子をのぞき込み、スネイプはひどく優しい声で言った。 確かに二人の作業は他の人よりはるかに遅れてはいたが、だからといってそんな皮肉を言うことはないだろうに。 「正確に作業してるんだからいいじゃないですか、競争じゃないんだから早く作ればいいというものでもないでしょう」徹夜明けのせいもあるだろう、ウィルは自分でも驚くほど声を荒げた。 「一つ聞くが、我輩は咳止め薬の教授なのかね? 我輩としては魔法薬の教師のつもりだが」 「魔法薬の、先生です」スネイプの矛先が自分に向いたことに少なからず後悔しつつも、ウィルは引くに引けずスネイプと相対した。 「いま諸君が鍋にかけているのは咳止めの薬だ。だが、ほかの薬だったらどうする? 正確に七分沸騰させなくてはならなかったり、時間を置くと効力を無くす材料を扱っていたら? 我輩は数年後の授業をも視野に入れて授業をしているだけなのだが、問題ありますかな?」 この言葉にウィルは自分の浅慮を恥じた。あんな皮肉口調で言うのはどうかと思うが、スネイプの指摘は間違ってはいなかったのだ。 できうる限り迅速に作業を進める努力をしなくては、この先の授業にはついていけないかも知れないのだから。 だが、問題はあった。この言葉にではなく、この言葉を言った人間に。 今の言葉はスネイプの口から出たものではなかったのだ。
December 6, 2005
コメント(0)
「あっ・・・」お昼に入り、広間の席に着いていたウィルは知人を見つけ、食べかけのエクレアを皿に戻すと立ち上がった。 ウィーズリーの双子だ。細かい三つあみを縮らせた髪型の男の子と談笑していたが、ウィルが近づくと二人だけでやってきた。 「やぁ、調子はどうだい?」フレッドだか、ジョージだかが陽気にウィルの肩に手を乗せる。 ドリー捜しのことを聞いているのだということはウィルにも了解できたので、ウィルはすでに見つかったことと絵だと思っていたのが勘違いだったことを伝えた。その上で協力してくれたことに礼を言う。 「なんだ? みつかっちまったのか。じゃあ、理由を聞くわけにはいかないな」 「ちょっと楽しみだったんだがな」 二人はそれ以上突っ込んでは来ず、さらりと背を向けた。別に気を悪くしたというのではなく、他人の秘密に土足で踏み込むような趣味の持合せはないのだろう。 それと、たぶんさっきの男の子との話の方が盛り上がっていて、それどころではなかったのだ。 午後の最初の授業は温室での「薬草学」、温室内で栽培されている薬草それぞれに適した肥料を与える授業だった。 温室と言ってもそんなに広いわけではないから、大した手間ではないはずなのだが、授業が始まるといつでも実際にいる人間よりも手が少なくなるという奇妙な現象が起きるため、ウィル達は大汗をかくことになった。 一緒に授業を受けるスリザリン生がまったく働こうとしないのだ。 何様のつもりかレイブンクローの生徒たちばかりに作業をやらせて後ろで見てるばかり、何度か抗議したが聞く気はないようだし、スプライト先生の目があるところではまじめにしているように見せるものだから先生に訴えることもできない。 今ではスリザリン生はいないものと見なすことが、レイブンクロー生全員の共通した見解になっている。 だが、ウィルとキャロルだけは無視してもいられなかった。 おそらくはブルストロード・ミリセントの差し金だろう、授業中に必ず誰かがウィルやキャロルのローブを泥だらけの手で掴んだり、背中に虫を入れようとするのだ。 そのため二人は常にお互いの背中が見える位置で作業するようになってしまった。 「あっ!」授業も終わりに近づき、園芸用の道具を片付けていたウィルの背後でキャロルが小さく声を上げた。とっさに振り向いたが、キャロルはウィルではなく別のところを見ていた。 「転んじゃった」ローブを泥だらけにしてルビーが立っている。 その向こうには満足そうにニヤニヤ笑いを浮かべたスリザリンの連中が屯していた。 「なにかにつまずいたらしくって、肥料の山に飛び込んじゃったの」笑いながら話すルビーにキャロルが駆け寄り、顔やローブについた泥を落としにかかる。 幸いなことにわりと乾燥していた場所に倒れたようで手で払っただけでもかなり落とすことができそうだった。 それでもフツフツと沸き上がる怒りは消せない。自然、ウィルの足が向こうに屯しているスリザリン生たちのほうに向いた。のだが歩き出すことはなかった。ルビーの泥を粗方払いのけたキャロルが、さっと前に立ちはだかったのだ。 行くだけ無駄よ、言葉にはしないでいるがウィルを見つめる目が声高にそう告げていた。 怒りに燃えるウィルだったがキャロルの正しさを認めるだけの分別は残っていた。小さく溜め息を吐き、何事もなかったように後片づけを済ませる。 次の授業は魔法薬学だ。遅刻するわけにはいかなかった。 それに、授業以外にも用事がある。ウィーズリーの双子同様にハッフルパフの面々にも、ドリーが見つかったことを知らせる必要があったのだ。 「見つかったの? 良かったね」いの一番に知らせたハンナはちょっと残念そうに、でも捜しものが見つかったことを喜んでくれた。 他の子たちも同様で、誰もそのドリーをなぜ探していたのか、とまでは聞いてこなかったのでウィルとしては肩の荷が下りた気分だった。手伝ってもらいながら、理由を教えられないということに多少以上に負い目を感じていたから。
December 5, 2005
コメント(0)
もう広間に戻ってる時間はなかったので、まっすぐ変身術の授業に向かう。まだ誰も来ていない教室で席に着いて待った。 キャロルとルビーがすぐにやってきて、キャロルが素早くパイを一切れ差しだしてくれた。ウィルはそれを一口で口に押し込んだ。それがウィルにとっては唯一の朝食になった。 すぐに席が埋まり、待っていたかのようにマクゴナガル先生が教壇に立つ。 残念なことに、ありがたいことに?、今日の授業は実技なしの先生の講義を聴きながらのノート取りだけだった。 こんな複雑なノート取らせるぐらいなら、始めから冊子にでもまとめてくれればいいのに。と、内心毒突きながらウィルは懸命に書き込んでいく。 この作業も、ほんの二カ月前までならこんなに苦労はしなかったはずだった。 中性紙の大学ノートにシャーペンと蛍光ペンで書くだけなら。でも今はゴワゴワした羊皮紙にインクに浸した羽根ペンで書き込まなくてはならない。これが思いのほか手間のかかる作業なのだ。 何がつらいって、間違えても消せないこと。上から線を引くしかない。もちろん、インクを消すことのできる消失消しゴムとかも売ってるし、杖で魔法をかけるって手もある。なんだけど、ハッキリ言って普通の消しゴムの値段を知っていると消失消しゴムは高価すぎたし、ウィルにはまだ文字を消し去るなんて高度な魔法は使えない。 結局、二時間もの労働の末に得られるのは黒い染みだらけのノートということになる。あまり面白くはない。 これはマグル出身の子全員にとっての頭痛の種だった。シャーペンやボールペンがいかに便利なものだったか、骨身にしみて痛感する。 魔法界の子たちにしてみれば、これが普通なのだから不便とも思わないらしく、ルビーでさえ面倒だとは言いつつも、染みなしのノートを取っている。 「そのうち慣れるわよ」ため息交じりに染みだらけの羊皮紙をしまうウィルにキャロルが気休め以上ではない言葉をかけた。ウィルとしては肩をすくめて苦笑いするしかない。 次の授業は妖精の魔法だ。ウィルにとっては一番得意な授業だ。オリバンダー翁が教えてくれた杖を振るちょっとしたコツ、がとても役に立つ。翁自身はあまり魔法を使わないようなのに、さすがと言うべきか杖の扱いは一流の人なのだ。 ルビーも割と得意な分野らしく、とても楽しそうに杖を振っている。もっとも彼女の場合は授業の成果というのではなく生来の感性の賜物であるらしい。 逆に、キャロルはとても下手だ。ウィルもなんとか教えてあげようとするのだけど、手を動かすより先に頭の中だけで処理ししまうので、なかなかうまく杖を振ることができないようなのだ。 「そのうち慣れるよ」授業が終わり少しうなだれたキャロルに今度はウィルが声をかける。 さっき自分が言ったとまったく同じ言葉に、キャロルは軽く微笑みを返しウィルのまねをした。 肩をすくめ、苦笑したのだ。
December 4, 2005
コメント(0)
「なんなの?」目の前にできた小包の小山に目を丸くして、キャロルが尋ねる。 「へへへ。予言者新聞に連絡して、あの事件の記事を全部送ってもらったの。何かヒントがあるかも知れないでしょ? 本当は図書館の借りようとしたんだけど、マダム・ピンズが新聞は貸し出し禁止だっていって貸してくれなかったから」 包みを開け、新聞の束を取り出すルビー。その様子を見ていたウィルは妙なことに気がついた。 送られてきた新聞は全て一枚ずつになっている。一面とか二面とかに関わりなく記事の書いてある紙面だけ抜き出してあるのだ。それも記事のところだけを赤い線で囲ってある。一読者のために、こんなことまでするものだろうか。 「ルビーのおじいちゃんがね、元予言者新聞の記者なの。今の編集長を育てたのは俺だ、っていつも自慢してるんだよ」ウィルの無言の疑問に応えた、というわけでもないだろうがルビーの自慢げに話すのを聞いて、ウィルも新聞を一枚手にとり記事に目を向けた。 最高は再考すべきか フェルモント魔法力学研究所所員、フレ デリック・サンディス氏の家が襲撃された 事件で、命を繋ぎ止めるため石化されたま まの氏の長女サマンサ・サンディスの治療 が魔法界でも最高と言われる癒者が集まる 聖マンティコア病院で行なわれた。 治療を行なった癒者の一人、トーマス・ レイモンド氏に本紙記者キャシー・エドワ ーズが聞いたところによると『ハッキリ言 ってお手上げです。体には何の傷害もない。 なのに精神が・・・いったいどうすればこ んな状態になるのか』とのこと。魔法界最 高の病院の癒者とは思えない発言に各界か ら失望と非難の声が上がりそうな情勢だ。 やはり、と言うべきか。新聞というのは元来予測や推測は記事にしない。裏の確認が取れたものだけが紙面を飾る。となればウィルたちに必要なことが書いてある可能性は低いと言うしかない。 軽く息を吐き、新聞をしまおうとしたウィルの目が紙面の隅を捕えた。よくある広告記事がある。その広告に貼られた写真には見覚えがあった。 白黒でもハッキリとわかる新築の建物、その横で慣れない営業スマイルを浮かべる若い店主夫婦。 「もしかしたら・・・」囁くと同時にウィルは立ち上がっていた。あまりにも急に立ち上がったので椅子が悲鳴を上げた。 「手紙を出してくる。もしかしたら、薬の情報が手にはいるかも知れないよ」自分を見つめる二つの顔に笑顔を返して、ウィルは寮に駆け戻った。 『七つ鍵のトランク』を引っ張り出し三番目を開ける。基本的な魔法薬の材料セットの下になっていた数枚の紙をつかみ取った。 羽根ペンとインク壺を引き寄せ、トランクを台にして手紙を書き始めた。紙の一番上に印刷されていた「注文書」の文字を線を引いて消し、「調査依頼」と書き直すと考え考え文字を書き込んでいく。 私はウィリアム・ゴールドマン。先日、『水になる水薬』の実験に使われたものです。早速ですが、取り急ぎ確認したいことがあって手紙を送らせていただきました。 二十年ほど前の話なのですが、あなたのお父上が開業したばかりの頃にホグワーツの一年生サマンサ・サンディスが薬を注文しなかったかどうかを知りたいのです。 できれば、薬の種類も。・・・資料が残っていれば、ですが。 突然のお願いで申し訳ないのですが、なるべく早く返事をいただけると助かります。 宛、マゼンダ・グリフィス様。 手紙を書き終わると、その紙は勝手に折り畳まれ、紙飛行機に姿を変え、すごいスピードで飛び去った。 どんな薬を作るにしろ、材料がいる。材料がわかれば、どんな薬だったかある程度のことはわかるかも知れなかった。なにしろ、サマンサがこの薬を作ったのはウィルたちと同じ一年生の時だ。全然理解できないほどややこしいものだとは思いたくなかった。
December 3, 2005
コメント(0)
ハロウィーン 書斎から出ると、パンプキンパイを焼くおいしそうな匂いが漂っていた。もう朝なのだ。日記を調べ終えた後、柚薬の様子を見たりしていたものだから、また徹夜してしまった。 「ハロウィーン・・・なんだ」なぜパンプキンパイなのか、ふと考えかけて突然気がついた。いつのまにかホグワーツに来てから二カ月もたっていたのだ。 匂いに誘われるように、談話室へ下りる。ルビーがいた、寮の入り口を開けっ放しにして廊下から流れ込んでくるパンプキンパイの匂いを嗅いでいる。寮中に匂いが漂っているのは彼女のせいらしい。 「おはよう、ルビー」背中にくっつくほど近づいたのに、気がつく様子がないから耳元で言ってやる。飛び上がるかと思いきや、意外に平然と振り向いた。 「おいしそうだよねぇぇ」目をキラキラさせて呟いた。他のことに気が回らないほど夢心地になってるようだ。そこまで夢中になる料理とは思えないけど。 しばらく待つとキャロルも起きてきたので、そろって広間に向かう。 パンプキンパイの匂いが漂っている以外はいつもと同じ日常だったが、ウィルにはこの日とても忙しい一日となった。 まず始めがキャロルとルビーに昨夜調べたことを話し、彼女達の収穫を聞いたことだ。 かなり早い時間に来たものだから、広間の席も大半が空いたままで生徒の姿はまばらだった。 それが誰であれ、盗み聞きされる気遣いはない。 「家にある絵、だったのね。また捜し物が増えたわけだけど、その絵と薬、あと二つで核心に近づける。あと少しよ」捜し物が増えた、と少し落ち込み気味だったウィルを励ますように言って、キャロルは自分の成果を見せてくれた。 キャロルが出してみせたのは一枚の羊皮紙だった。図書館の蔵書リストを書き写したものらしいメモにいくつもの線が引かれている。 「残念だけど、図書館には手がかりがなかったわ。魔法薬関係であの年代の本を全て見たけど載ってなかった。一番近いのでこれ。テリー・ブルックス著『魔法薬の保存に的さない三つの条件』、太陽に耐えよ(光と乾燥は魔法薬の敵)。風に枷(風に吹かれりゃビンも倒れる)。絵に笑み(騙し絵に気をつけろ!薬は役に立たないぞ)」 かなり薄っぺらな本を手に表題と副題を読み上げ、役に立たないのは薬だけじゃなくて本もだ、といいたげにキャロルは大きく息を吐き出した。 やっぱり。納得の気持ちのほうがその逆よりも強い。蔵書リストがあることを考えれば消し忘れの本があると考えるほうが無理なのだ。 こうやって、可能性を一つづつ潰していくしかない身としては、仕方のない結果だった。 「ルビーはどうだったの?」司書のマダム・ピンズと話していたルビーに聞いてみる。何か情報はあったのだろうか。 「うん・・・ちょっと待ってて。もうじき来ると思うから」頬張っていたパンプキンパイをかぼちゃジュースで飲み込んで、ルビーは天井に目を向けた。 ほとんど同時に手紙や小包を運ぶふくろう便の第一陣が広間に飛び込んで来る。 それまで静かだった広間が一瞬にして喧噪に包まれた。 何百というふくろうたちの中でもひときわ大きくて、立派な森ふくろうが三羽。立て続けにルビーの元に大きな包みを置いて飛び去っていった。
December 2, 2005
コメント(0)
寮に戻り、ドライロットの書斎へと下りる。 再び、あの戸棚の中へと腕を差し入れ日記を取り出した。 他人の日記を読む。あまり気乗りしない作業だが、人の命がかかっているのだ、と自分に言い聞かせながらページを繰り始める。 七月三十一日 今日は散々だった。 なにがっていったら一番はやっぱり、もう少しでホグワーツ入学が取り消しになるところだったこと。 今朝になるまで、入学希望の手紙を出し忘れてたの。 喜んで浮かれてるうちに一月経ってた。なんて、庭小人なみに間が抜けてる、自分で自分がいやんなるわ。 でもでも、なんとか間に合ったから万事オッケーよね。 八月一日 今日はミランダに借りてた本を全部返して来たわ。学校に行ってしまったら、そうそう返しには来れないもの。 ミランダったら、絶対に催促に来ないからついつい借りすぎちゃうんだけど。今回はひどかったなぁ。 本棚調べたら、三分の一は彼女の本だったの。二十冊くらいあったかしら。 旅行用の鞄一つ分、さすがに重かったわ。読み終えたら一冊ごとに必ず返すこと、教訓ね。 「・・・・」ウィルは軽く溜め息を吐きながら続きをパラパラと捲った。 他人の日記というのは、真剣に読むのがとても難しい。とくに、人のプライバシーを覗き見ることに喜びを感じない人間には拷問に近かった。 と、手が止まった。『絵』という文字が目に飛び込んできたのだ。 八月二十六日 彼を見た! ほんの一瞬だったけど・・・相変わらずきれいな金髪に吸い込まれそうな青い瞳。 素敵だったわ。 大叔母さんが私に気がつかないでいてくれたら、騒がなかったらもっと見ていられたのに。 本人はとっくに死んじゃってる肖像画のくせにさ、まったく大叔母様ったら絵になってまで意地悪なんだから。 あーあ、もう少し見ていたかったなぁ。 あの目障りな吸血鬼がマント広げて隠すものだから、すぐに見えなくなっちゃうのよね。残念。 日記を閉じ、棚に戻す。 これでまた、捜し物が増えたことになる。 サンディス家にある吸血鬼の描かれた絵、それが鍵だ。しかし問題なのは「ある」ではなく「あった」ということ。過去系の話なのだ、今はどこにあるのか。
December 1, 2005
コメント(0)
「で、エルンスト・レーナーって何者?」寮の談話室の一角に陣取り、ルビィにドロシーがサマンサに何を教えたのか聞いてからのことを説明すると、早速ウィルは疑問を口にした。何となく予想は付いていたけど・・・。 「あの絵になった魔法使いよ。わたしが拾った額の破片にその名前が掘られていたの。たぶん間違いないと思うけど、さっきビンズ先生が言っていた書物から削除された魔術ってのが、人間を絵に変える魔法なんだわ。だからダンブルドア先生も詳しく話してくれなかったのよ」 確かに、そう考えれば納得がいく。おそらく、いや疑いなくそうなのだろう。しかし・・・。 「だとすると、またしても線が切れてしまうね。今度は禁じられた魔法を調べなきゃなんない」 「どんな魔法だったのかな? 妖精の魔法とか?」杖を取り出しながらルビィが言ってみるがキャロルは首を横に振った。 「レーナーはホグワーツの魔法薬学の教授を経て画家になってるのよ、きっと魔法薬だと思うわ。自分の得意分野でもなきゃ、新しい魔法なんて作れっこないもの」 「図書館で探してみるしかないな。削除された、とは言え全部完全に消せたとは限らない。消し忘れた本がないか探してみよう。キーワードはエルンスト・レーナーと絵。雲をつかむような話だけど、それしか手がない」 もちろん、ダンブルドアやドライロットに事情を話して調べてもらう、というのも選択肢にはあった。 そのことを初めに口にしたのはルビィだった。彼女にしては鋭い指摘というとこだけど、ウィルとしてはここまできた以上最後まで自分の手でやりたいという思いがあった、それでも人の命がかかっているのだからと妥協しかけたとき、キャロルの一言が全てを決めた。 「ただの事故ならそれでいいけど。犯罪だったら・・・」核心に迫る前に犯人に手を打たれて証拠を隠されるかも知れない。ドライロットが呪いに捕まり、全てが闇に葬られると安心している今だからこそ、突破口も開けるだろう。というのだ。 「ただの事故にしては、母親の錯乱ぶりが激しすぎると思うの。20年たっても正気に戻っていないってのも引っかかるし」 そんなわけで、可能な限り三人だけでことを進めよう、というのがキャロルの提案だ。 翌日から、三人の行動範囲は驚くほど狭まった。 学校全域から図書室一カ所へ。ただし、調べるべき対象は数千倍に増大した。今まではせいぜい数千枚の絵だったのが、今度は数十、数百万の書物になるのだ。 1746年前後、魔法薬に関する書物。 「年代がわかってるのだけが唯一の救いね」 『太古の魔法に関する一考察』、『古の偉大なる魔法使い達』、『12世紀の錬金術史』といった本を脇に避けながら、本棚をくまなく調べ始めるキャロル。ルビィは図書室の端で司書のマダム・ビンズを相手になにかを話している。 「あなたは、もう一度サマンサの日記を確認してみて。『誰』に会いたかったのかを知る必要があるわ」手伝おうと本棚に近づこうとしたウィルを見て、キャロルは声を潜めた。 キャロルの目はウィルと本棚の中間辺りを見ている、ウィルはそれだけで全てを悟った。 気づいたと知られないよう、振り向いたりしないよう気をつけながらウィルは図書室を出た。
November 30, 2005
コメント(0)
魔法史の教室へ行くと、ルビーがすでに来ていて期待いっぱいの目を二人に向けてきた。ウィルもキャロルも無言で席に着いたので、ルビーも状況を理解したらしく声をかけては来なかった。 二人が席に着くと、ほとんど同時にビンズ先生が黒板を通り抜けて教室へと入ってきた。授業時間ぎりぎりだったのだ。 いつものように退屈な授業が始まり、ウィルが本格的に眠りかけたところで終わった。 「待ってください、ビンズ先生。一つ質問があります」半分以上眠りかけていた頭を、首を振って起こしながら生徒が帰り支度を始める中、意を決したキャロルの声が黒板の中に消えかけたビンズ先生を呼び戻した。 「なんですかな?」長い教師生活の中にあっても、質問されるというのは希有なことだったのだろう、亀のような顔に戸惑いを浮かべてビンズ先生が戻ってきた。 「エルンスト・レーナー、という人をご存じでしょうか?」キャロルには珍しい、前後の脈略のない、唐突な質問だった。 「あの、授業には関わりないんですけど」 申し訳なさそうに付け加えたキャロルだが、意外にもビンズ先生はキャロルの席まで移動し、教科書を指し示した。 「258ページを開いて見てください」 言われるままにキャロルがページを繰る、ウィルもまだ出したままだった教科書を開いてみた。 16世紀に活躍した主な魔女・魔法使い。というページにその名前はあった。 「エルンスト・レーナー。ホグワーツ魔法魔術学校魔法薬学教授を経て魔法画家となる。1746年、第二百四十二回魔法魔術功労者大賞・選考会特別賞を受賞。その対象となった魔術により、たくさんの魔女、魔法使いが危険な思想に取り付かれたためその翌年魔法省によって使用を禁止され、あらゆる書物からその魔術そのものについての記述が削除されました。その後、魔法省内部に現在も存在する実験的魔法動物管理局の母体となった新魔法開発・使用調査室が設立されるきっかけとなった事件でもありました。どんな魔術だったのかは、わたしにもわかりませんが・・・よろしいですかな?」 あまりに簡単に答えが出たので驚いているキャロルがかろうじてうなずくと、ビンズ先生は床を抜けて教室を出ていった。 「あのね・・・」不審そうな顔をしていたのだろう、ウィルとルビィの顔を見たキャロルが何か言いかけた。が、それをウィルが手で制して目配せする。 ウィルの視線の先には、わざとゆっくり帰り支度をするスリザリン生の姿があった。例のミリセント・ブロストロードの姿もある。 聞かれたからといって困るというわけではないとも思うが、広間での事件を考えるとどんな嫌がらせがあるか知れたものではない。 よけいな情報はできるだけ与えないほうが賢明と言うものだろう。
November 29, 2005
コメント(0)
「夢見るドロシー」だ。 「ドロシー、いや、ドリー。僕と同じ目をした女の子。サマンサ・サンディスについて、知ってることを全部話してくれ」 そうは言ったものの、考えてみたらこの子が口を訊いているのを見たことがない。ただ、ドリーと呼ばれたときとサマンサの名前を出したときの反応はウィルの推測を肯定していた。 ドリーが彼女なのは間違いない、問題は彼女がサマンサに何を教えたか、だ。 「あの人とやらに会う方法を教えたはずだ。何を教えたんだい?」全身を冷気が包むのもかまわず、ウィルはドロシーに詰め寄った。 ドライロットが見つけられなかったものを見つけた、解決の糸口が目の前にある、その事実がウィルを熱くさせているのだ。 「・・・・地下牢教室、廊下奥の絵」聞き取れないほど小さな声が、歌を口ずさむようにそれだけを告げ、ドロシーは霞むようにして消えた。 同時に、ウィルも動いていた。核心に迫っている。長く停滞していたものが動き出している。その実感が体を衝き動かしていた。 脇を擦り抜けようとしたとき、ペネロピーの腕がウィルの襟元に伸びかけたが、その手はなぜかルビィのローブをつかみ、呼び止めようとした声はルビィの目一杯大きな声で遮られた。 「ごめんなさい! ごめんなさい!!」必死に謝るルビィ、だが、その手は彼女の後ろでウィルとキャロルに今のうちに行け、といっていた。 なるべく近づかないようにしていた場所だと言うのに、今回ばかりは一発でたどり着けた。 昼なを暗い地下牢の廊下、一番手前が魔法薬学の教室、奥の部屋がスネイプ教授の研究室兼魔法薬の材料の保管場所になっている。 だから、教室より奥にはだれ一人として行ったことがない。おそらくはウィーズリーの双子でさえ、あまり近づいたりはしていないだろう。そこへ今、ウィルとキャロルは足を踏み入れた。 「ルーモス、光よ」ウィルとキャロル、二人同時に杖を出し覚えたての呪文を唱えた。二人のたどたどしい呪文に比例してか、杖先に頼りないくらい小さな明かりが点る。 逸る気持ちを押さえ、その杖先をゆっくりと壁に向けた。 夜の闇よりも深そうな暗がり、誰の目にも付くことのない廊下の行き止まり、確かに絵はあった。そう、あった。「ある」ではなく「あった」。ウィルとキャロルが小さな明かりの中に見たもの、それは長い年月放置されたために風化し紙屑と化した絵の亡骸だけだったのだ。 「これって・・・」疑いようもない事実を前に、キャロルがなんとか言葉を探そうとするが無駄だった。彼女の目の前でウィルは完全に呆然自失の態で立ち竦んでいる。 せっかく開けたはずの真実への道が、再び閉じられてしまった。しかも今回は何の手がかりもない。 「我輩の研究室に何の御用ですかな?」 ただでさえくらい場所、暗い気分の時に、暗い声が背後からかけられた。石化してるんじゃないかと思うほど硬直していたウィルの体が激しく反応しながら、努めて振り返らないようにとしているのがわかる。 別段やましいことなどないと言うのに、この声の主を前にすると何か後ろめたい気分になってしまう。 「あ、あの、先生の部屋に来たわけではなくて、この壁にかかっていた絵に用があったんです」キャロルも、その例外ではいられないようで、妙に上擦った声で釈明を始めた。 が、その声は言葉の後半で突然普通に戻り、最後には何かうれしそうな声音に変わった。 スネイプ教授のすぐ後ろに、別の人影があった。教授の肩ぐらいの背に白い髭と丸い眼鏡。 「ダンブルドア先生」 喜色に輝く声がキャロル越しに当人に向けられた。ウィルもダンブルドアがいることに気がついたのだ。 キラキラッとした目が二人を見つめている。 「奇遇じゃな、わしらもここの絵に用があったのじゃよ」 ダンブルドアの持つ杖の明かりが、壁を照らし出した。風化してぼろぼろにひび割れたキャンバス、カビと埃で変色した額、絵がかかってた跡が残るだけの壁。全てが、ここにあった絵がもはや紙屑と木片以外の何ものでもないことを告げている。 「ふむ。確かに、もはや何ものでもない【もの】となっとる。セブルス、知らせてくれてありがとう。あとはわしがやっておくよ」校長の言葉を受け、スネイプ教授は無言のまま踵を返した。 「この絵は元はれっきとした魔法使いじゃった。魔法の絵を描くものとしてはかなり有名な画家だったのじゃよ。ところが、自分の書いた絵に恋をしてな。自分自身すら絵にしてしまったのじゃ。じゃがその相手は火事で消失、彼だけが助かった。以来、死にたがってのう。再三再四修復しようとしたが頑として受けつけんかった。そしてついに、希望通り死ねたというわけじゃな」 絵の残骸を小さな丸眼鏡越しにしげしげと見つめながら、ダンブルドアが話してくれたこと。それが、恐らくはウィル達が訊きたかったことにも通じているに違いない。 サマンサの日記、狂気に侵された母親のうわ言、ドリーがサマンサに教えたこと。それらが今、一本の線としてつながりかけている。 「あの・・・人間が絵に、なんてなれるものなんですか? いったい、どうすればそんなことが?」キャロルにも、その線が見えたらしい。微かに震える声がダンブルドアに尋ねる。 「魔法は万能ではない。じゃが、人が強く何かを望むとき、奇跡が起こる。彼は奇跡を起こしたのじゃ、どうやってかは本人にもわからんかもしれんて」いつもの、陽光が踊るような瞳にウィルたちを写し、ダンブルドアは微笑んだ。 どんな望みも、本気で望むなら叶えられる可能性がある。たぶん、そう言うことを言いたかったのだろう。だが、ウィル達にしてみると、これ以上の詮索はするな、といわれたような気がしてしまうのは否めなかった。 「さて、この亡骸を葬ってやらねば。破片を集めるのを手伝ってくれんか?」 しゃがみ込み、持っていた小さな袋にダンブルドアは破片を入れ始めた。ウィルとキャロルがうなだれながらも手伝う。 「なにかね?」粗方集め終えたところで、キャロルが小さな破片を手に取り、熱心に見入っているのに気づいてダンブルドアが声をかけた。 「あ。いえ、なんでもありません」キャロルはその破片をそっとダンブルドアの手にある袋に入れた。 「手伝ってくれてありがとう。二人とも授業に遅れんようにな」袋をマントの中にしまうと、ダンブルドアはにこやかに言って、立ち去ってしまった。
November 28, 2005
コメント(0)
「・・・・」 「・・・・」 再び、見渡す限り三人だけ、となったときウィルとルビィは沈黙に沈んでいた。 二人とも何かを考えていたが、その内容がまったく違うものなのは考えるのを止めて出た最初の一言を聞いただけではっきりとわかった。 「ルビィも、クィディッチやりたいなぁ。シーカーってかっこいいよね?」 「ポッピーってさぁ、ポンフリーのことだよね?」 二人にはさまれたキャロルに対し、二人とも疑問形の言葉を同時に投げかけた。 さすがのキャロルも一瞬返事に窮したのか沈黙し、ため息混じりに答えることになる。 「誰でもできるって訳じゃないからかっこいいの。やればできるんならかっこいいなんて思わないでしょう? ウィル、あなた本当の名前はウィリアムでしょ? それがどうかしたの?」 二人を半々に見つめるキャロル。少しあきれているようだ。 「やっぱり? 見てるほうが楽しいからいいや」いつものように陽気に笑うルビィ。その反対側ではウィルが恐いくらい真剣な顔でキャロルを見ていた。 「どうかしたの?」 「それは君のことだよ」 どうかしたの? 言葉を繰り返したキャロルにウィルは怒ったように言った。 態度にこそ出さないが、かなり興奮しているらしい。 「わからないか? ポッピーがポンフリー。ウィルがウィリアム。だったら・・・だったらドリーは? 僕らはこだわりすぎたんだドリーの名前と存在に。ドリーが誰かの、それもごく親しい人とだけで使われる愛称だったら?」 ドリーという名前だけで探したところで見つかるはずがない。 生徒や教師ではなく。20年前からいたと思われ、ドリーという愛称を付けられそうな者の心当たり。 ウィルは突然歩く方角を変えた。踵を返して、反対方向に歩き出す。 ルビィとキャロルが慌てて後に続きながら声をかけても、ウィルは返事をしなかった。 その頭の中では、いくつかの光景が鮮明に思い出されている。ドライロットの出会い、そして組み分けが終わった後の宴会の情景。 あの時、ドライロットが言っていたではないか『娘と同じ色の瞳をした・・・・』、そして「あのコ」はウィルの目をじっと見つめていた。今にして思えば、それはまるで懐かしいものを見るような目だったような気がする。 「どこ行くの?」 「このままだと寮に戻ってしまうわ」 だんだんと急ぎ足になるウィルから離れまいと、ほとんど小走りになりながらルビィとキャロルが訊いた。 「そうだよ。寮に戻るんだ。ドリーは、ドリーは女子寮にいる」確信を込めた声だった。そう考えれば全ての辻つまが合うのだ。なぜもっと早くに気がつかなかったのか、ウィルは自分の鈍すぎる頭を呪い始めていた。 「見つけるまで探せば骨折りは無駄にならない(seek till you find you'll not lose your ladour.)」 立ち止まりもせず合い言葉を言い、開き始めた穴に飛び込むようにしてウィルは談話室に入った。そのまま女子寮へと向かう。 「なにをしているの!?」 手当り次第に布の仕切りを掻き分け、「あのコ」を探すウィル。ちょうど着替えをしていた上級生が上げた悲鳴を聞きつけて、飛んできたペネロピーが金切り声を上げたが、かまわず進む。 その後方ではペネロピーに怒られ慣れたルビィが、代わりに謝る声が聞こえていた。 そしてついに、求めていたものを目にしてウィルは歩を緩めた。 乳白色のものが、目の前に浮いている。そして、突然現れたウィルの、その瞳にじっと視線を注ぐ。
November 27, 2005
コメント(0)
ドリーの正体 広間での事件があった後、ドリー捜しは格段に楽になった。ハッフルパフでは一年生のほぼ全員が総掛かりで探してくれていたし、グリフィンドールのフレッドとジョージは城の中のことを誰よりもよく知っていた。 もちろんウィルたちも懸命に捜し続けている。なのに、ドリーの正体はようとして知れなかった。 この数日でウィルたちにとって朗報は二つだけ。 一つは、ジャスティンが仕入れてきた情報。この城にある絵は城が魔法学校になって以来減ってはいないと言うことだった。いろいろな事情で増えはするが減ることはないのだと言う。だとすれば、必ずどこかにあるはずだ。 情報の出所がはっきりしないと言う一点だけが不安ではある。 もう一つはジョージの計らいで森番のハグリッドがウィルのために杖の材料になりそうな枝を集めてくれることになったこと、だ。 これには誰よりもまずキャロルが胸をなで下ろしたし、ウィルとしては少し残念な思いもあったが、森の恐さは好奇心を失わせるに十分なものだったからホッとしたのも事実だった。 そのことで唯一キャロルが眉を顰たのは、ジョージがそのことを告げた後に言った一言だ。 「森は遊ぶところで仕事しに行くとこじゃない」それが、わざわざハグリッドにウィルの杖材捜しのことを伝えた理由だったのだ。 その間にも時間だけは順調に過ぎていき、二週間が経った。 もちろん、ドリーは見つからない。キャロルは自分の洞察が外れていたのではないかと期待し始め、ウィルは絵たちが偽名を使っているのではないかと疑いだした。ルビィはいろんな絵と知り合いになれたと喜んでいる。 「絵じゃないのかも・・・」 その日の最後の授業、魔法史の教室へと向かう新しい通路を探して、廊下を歩きながらも、落胆を隠そうともせずにうなだれるウィルを見かねて、キャロルが声をかけたが、その声には相手を気遣うと言うよりも、自分の願望が多分に含まれていた。 「・・・もしそうだとしたら、また手がかりが無くなってしまうってことだろ?」 ドライロットの失敗から考えて、絵という結論を得たのに、それが違うとなったら次は何だと考えればいいのか? ウィルには分からなかった。 「なにか、なにかを見落としてるんだよ! それがなんなのか」 苛立って声を荒げかけたウィルが急に言葉を切った。医務室の前にマクゴナガル先生が立っているのを見つけたのだ。 こんなところで騒いだりしようものなら、マクゴナガル先生はもちろん校医のマダム・ポンフリーにも何を言われるか知れたものではない。 「ポッピー、ネビルの具合はどう?」 「骨折ならもう治ってるわ。元気がないのは精神性の外傷ってとこね。こればかりは魔法でもどうにもならないし、本人次第よ」 誰か生徒が怪我をしたのだろう少し心配そうなマクゴナガル先生に、マダム・ポンフリーは刺のある声を出した。 「まったく。大昔じゃあるまいし、移動の手段は箒に限らないんだから飛行訓練なんてしなきゃいいのに、と思うわ。手首だったからいいものの首だったら取り返しが付かないところよ」 そう言えば、今週から飛行箒の訓練が始まると掲示がしてあった。確かグリフィンドールとスリザリンは今日からその授業が始まったはずだ。 「まして一年生にクィディッチを。それもシーカーをさせようだなんて狂気の沙汰だわね」 またクィディッチだ。 ウィルは入学初日に聞いてからずっ引っかかっていたことを思い出した。自分には関わりないと思って忘れかけていたのだけど、ここは一度キャロルかルビィに聞いたほうが良さそうだ。 マダム・ポンフリーのさらりとした、でも冷めた声にマクゴナガル先生は明らかにうろたえていた。 「ポッターのことなら大丈夫です。何しろジェームズの息子ですもの。最高の選手になることは疑いありません」 きっぱりと言い切ったマクゴナガル先生だったが、マダム・ポンフリーが次の言葉を言う前にと、せわしげに立ち去ってしまった。態度は毅然としていたけど、その場を逃げ出したのは確実だった。 「プロでさえ、怪我はする。誰だって同じこと。ミネルバともあろう人が、それが分からないわけないでしょうに」 その後ろ姿を見つめ、マダム・ポンフリーは悲し気に呟くと。医務室の中へ、患者の元へと戻っていった。
November 26, 2005
コメント(0)
「・・・後をつけたのね」呆れたようにキャロルが言った。 「だってぇ、きっとあの二人付き合うよ? 恋人たちの初めての出会いに立ち会うなんてなかなかできない経験だと思わない?」 「付き合うとは限らないでしょうに・・・」 「絶対付き合うもん。パーシーったらその日からずっとマートルの部屋の前を見回りしてるんだよ。昨日だってマートルのいるトイレの前ウロウロしてたし」 女子トイレの前をウロウロ? あまり格好のいいものじゃないな。 「お! ホグワーツの歴史を塗り替えた勇者様の登場だぞ」 「なんとまぁ、常々お会いしたいと思っておりましたが、ご尊顔を拝し光栄の極み」 廊下を曲がり、大きな太った婦人の絵が見えたところで、ウィルは仰々しいほどの恭しさで迎えられた。赤毛にそばかす、同じ顔をした二人の上級生が、ウィルを偉人でも見るような目で見ている。 「我々でさえ、城を抜け出し、森へ入るのに半月を要したと言うのに」 「ただ一人、それも入学三日目で偉業を成し遂げてしまわれるとは!」 ウィルが杖の材料を取りに行ったときのことを話しているのだ、見ていたのだろうか? 「森に!? 危ないからいっちゃ駄目って校長先生が言ってたのに」 「杖の材料なら、他にも手に入れる方法あるはずよ」 上級生に深々とお辞儀され、戸惑うウィルの代わりにルビーとキャロルが声を上げた。 ルビーのほうは少し楽しそうな声が含まれていたが、キャロルのは本気の抗議のようだった。言葉から見ても、ウィルが何をしようと森に行ったのか、完全に理解している。 「杖?」 双子が同時に反応してキャロルに注意を向け、キャロルが淀みなくウィルの杖づくりのことを話している。ウィルを危険な場所に行かせたくないのだろう、というのはわかるし、気持ちはありがたかったがキャロルの声がウィルの耳には少し痛かった。 「そんなことは今はどうでもいいんだ。僕らが今日ここに来たのは別の用件で・・・」 話題を変えさせようと、ウィルが蛮勇を奮って声を上げたとき、キャロルがすでにそのことを話し始めていた。 「ドリー?」 「城内の絵という絵は大体知ってるつもりだけど・・・・」 聞いたことない、という。まぁ気にかけて捜してくれると約束はしてくれた。見つけたら事情をすべて説明する、という条件で。 「ウィルって言ったな。俺はジョージ、そっちがフレッド、今度森に行くときは俺たちにも声をかけてくれよ」 「そうさ、森の中ならハグリットの次くらいには詳しいんだぜ」 もちろん、城の中もな。そう言って双子はニヤリ、と笑うとどこかに行ってしまった。 「あの二人がウィーズリーの双子なんだ。先輩がフィルチと死闘を演じる英雄たちって呼んでたよ」ルビーがはしゃぎ。 キャロルはウィルのことについて勝手にしゃべりすぎたと反省している。 「・・・まぁ、なんにしてもグリフィンドールの中にも協力者を作れたってことで、目的は果たせたんだ。帰ろう、そろそろ戻らないと変身学のクラスに遅れてしまう」 変身学に遅刻するのは森に行くより恐ろしい、言うことがいちいち正しく公平なだけにある意味魔法薬学よりやっかいだ。
November 23, 2005
コメント(0)
「グリフィンドールになら頼んでみるのもいいかも知れないわ」 同じことを考えていたのだろう、ホットミルクの入ったマグカップを両の手の平で包むように持って、口元に運びながら、ポツリと言った。 「うん。でも・・誰もいないよ。寮の場所知ってる?」広間を見渡し、ウィルが聞く。広間にはもうウィルたち三人しか残っていなかった。 「はい! はいはーい。ルビー知ってるよ」何枚ものお皿を重ねた小山の向こう側で両手を挙げてルビーが飛び跳ねている。 一抹の不安を感じてしまうが、ウィルたちはルビーの案内でグリフィンドール寮へ向かうことになった。 「それにしても、ルビーはなんでグリフィンドール寮の場所知ってるの?」 石の廊下を歩きながら、キャロルが聞いている。 「え? えへ、えへへへへへ・・・・」ルビーははにかむような、困ったような顔で笑い。イタズラっ子みたいな微笑みを浮かべたまま、理由を話し始めた。 「んとね、それは・・・・」 二日前のことだった。 ルビーはトイレに行こうとしていた。 階段をもう一つ上れば、三階に一度も入ったことのない場所だったが、トイレがあったはず、と歩を早めたルビーの耳にとても楽しげな声と、苛立ったような声が聞こえた。 階段を上り切らずに手摺の陰から覗くと、ずんぐりとした女の子のゴーストとレイブンクローの監督生、ぺネロピー・クリアウォーターが立ち話をしているようだった。 「マートル。あなたがゴーストになって城の中をうろうろするのはかまわないわ。あなたにだって存在する権利はあるんだから、でもね。トイレを自分の部屋として独占されたんじゃ、他の生徒に迷惑なの。やめてもらえないかしら」穏やかな口調の中に、怒りや不満、軽蔑といった感情が隠れているのがルビーにすらわかる声と表情だった。 「あら、私独占なんてしてないわ。あなたも入っていいのよ、誰もいないトイレでニキビに薬を塗りたいんでしょう?」ぺネロピーとは対照的に楽しげな声が弾んでいる。 「ニキビ、コキビ、ニキビーっ。私も生きてる頃には、みんなにそう言われたものよ。死んでも生きてた甲斐があるわね、私が他の人にこれを言える日が来るなんて思わなかったわ」ダラーッと垂れた猫っ毛と、分厚い乳白色のメガネも一緒になって弾んで、普段は陰気に沈んでいるらしい顔が笑っているので、変なふうに歪んでいた。 ぺネロピーは反論しなかった。見てるルビーが恐くなるような顔になって、マートルを睨み付けている。 「何をしてるんだ?」 ルビーとは逆に、下りてくる階段の途中で言い争うのを耳にしていたらしい男の子が、しかめっ面で現れた。 「・・・パーシー」ぺネロピーが少し上擦った声で事情を説明し始めた。 「マートルがトイレで泣く度に、水道管が破裂して壊れるの、それじゃみんなトイレを使えないから、トイレに取り憑かないように・・・」 「違うだろ」妙に焦った様子で話すぺネロピーを手で制して、パーシーはぴしゃりと言った。 「ニキビに薬を塗りに来て、マートルに見つかったから、そう言ってるんだろ?」 そう言ってパーシーがぺネロピーから視線を外してトイレの入り口のほうを見たので、ルビーも視線を追いかけてみた。するとそこには小さなチューブが落ちていた。 小さな文字で『ドクター・トクルのニキビ薬。~これであなたの顔もつるつるのすべすべに~』と書いてあるのがどうにか読めた。 「僕らの年ならニキビの一つや二つ、出るのが当たり前なんだ。隠そうとするなんてどうかしてるよ」冷ややかにすら感じる口調だった、でも、その表情は穏やかで、とても優しかった。 「だけど、君の言い方は良くないね。自分が言われて嫌だったことを他人に言うなんて、人として最低だよ。ニキビってのは日頃の不摂生と精神の不安定さから出るものだって言うけど、君の場合。間違いなく後者だろうね」 パーシーの口調はあくまで静かで、挑発したり侮辱したりしているものではなかった。 でも、マートルにとってはそんな客観的な事実より、自分の主観のほうが正しいようだ。 さっきまでの歪んだ笑顔が泣き崩れ、メガネの奥から大粒の涙が伝っている。 「そうよ、そうよ、私はどうせ性格悪のブスだわ。生きてたときはみんなにバカにされ、死んでからは嫌われ者なの。私、私、存在してるべきじゃないんだわ」ワッ、と泣き出したかと思うと、トイレのドアを吹き飛ばして中へ消えていった。 中から少しくぐもった泣き声と叫びがしばらく聞こえていたが、水の流れる音とともに、それも消えた。 「まったく、狂ってるよな」パーシーが一人呟く。その声に、小さなうめき声が重なった。 ぺネロピーが立ち上がろうとしている姿のままでローブをたくしあげ、右の足を押さえている。吹き飛んだドアの破片があたったらしい、血は出ていないが青く変色しかけていた。 「ママ特製の薬がある、僕らの寮においでよ。医務室に行くより近い。ママの薬はよく効くんだ、なにしろ僕のすぐ下の弟たちときたら、年中どこか怪我してるんだから」 そう言って手をさしのべたパーシーを、一瞬気恥ずかしそうに見たぺネロピーだが、なにも言わずにパーシーの手を取り、肩にもたれてグリフィンドール寮へと向かった。
November 22, 2005
コメント(0)
「どうしたんですか?」 全身が石になったような感覚に支配されかけていたウィルの後ろから声が上がった、聞き覚えのある声だ。ウィルはホッとして力が抜けそうになりながら振り返った。 思った通りの人がそこにいた。 「マクゴナガル先生!」キャロルが叫ぶ。 マクゴナガル先生はキャロルが早口で事態を説明している間、ウィルやミリセント、汚れたマントと目を走らせた。マントを見たとき、眉が少し釣り上がったように見えたのはウィルの気のせいだったろうか。 「わかりました。ミス・べランジャー、もうそれ以上は説明しなくてけっこうです」 ある程度の説明を聞いたところで先生はキャロルの説明を止めさせ、ミリセントに向き直った。 「ミス・ブルストロード。あなたの持っているマントは、私が見るところもう着てはいないようです。それなのに、なぜ持ち歩いていたのか、疑問を感じずにはいられません。もし、大切な思い出の品だ、とでも言うのであれば、このようなところに持ってくるのはどうかと思います。それに、その程度の汚れでしたら洗えば落ちるでしょう。染みにしたくないのであれば、議論している間に洗濯場に持っていくのが良いのではありませんか」 「・・・そうします」 先生の目から逃れるようにマントに目を落とし、ミリセントはスルリとウィルの横を擦り抜けて走るのと歩くのの中間で立ち去った。 ゴイルとクラッブの二人の姿は、あの図体からして信じられないことに、いつのまにか消えていた。 「ミスター・ゴールドマン。あなたの行動は勇敢さと友情を示すすばらしいものでした。今後もその気持ちを忘れずに行動することを望みます」先生は、ニコリと笑った。あまり笑うことに慣れていない者の笑いだった。そう感じたのはウィルの勝手な先入観のせいだったろうか。 ともかく、先生のおかげで難を逃れたウィルたちはマクゴナガル先生が自分の寮生とともにグリフィンドール寮へ帰っていくのを見送った後、自分たちも寮に戻るべく、席を立った。 「先生に気に入られて満足かい?」絡みつくような声が、立ち上がったばかりの背後から耳へと這い上がってきた。 振り向くと、さっきの血色の悪い少年、ドラコ・マルフォイがクラッブとゴイルを従えて立っていた。口元に意地の悪そうな笑いを張り付かせて。 「先生がいつでも助けてくれる、そう思うかい?」マルフォイは、多分に挑発するような調子で話しながら、ウィルに向かって鼻で笑うような仕種をした。 マルフォイは、一見したところ確かに血色は悪いが、いいところのお坊ちゃん、とでも言おうか上品な顔立ちと声を持っている。その顔と声に悪意がこもると、それは確実に相手の神経を逆なでするものになるようだ。なまじ、きれな声だけに、侮辱されたという気持ちが先に走ってしまうのだ。 だが、今回は相手が悪かった、というべきだろう。ウィルにしてもキャロルにしても、こういった挑発や侮辱をまともに受けるような性格はしていない。二人とも、気を悪くはしていたが、決して表に出すようなことはしなかった。 そうなると、逆に挑発してる側が安っぽい人間に見えることになる。そのことに気付いたのだろう、マルフォイが今度は演技ではなく素で顔を歪めた。 「僕が君たちなら、もう一人では歩けないだろうな」 「脅してるつもりなのか?」その前に一人で歩けるのか?いつもお付の人間がいるみたいだけど? 喉まで出かかった言葉を飲み込んで、ウィルは冷静な反応を示してみせた。 「一般的な忠告をしただけさ。・・・行こう」 お供の二人を促し、マルフォイはウィルの横を擦り抜けていき、お供のうち身体の大きい方、確かクラッブだったと思う、が間違いなくわざとウィルの肩にぶつかるようにして押し退け、その後を追った。 ウィルはマントを翻して去っていくマルフォイの背中を睨み付けた。キャロルが傍に居なかったらツバの一つも吐いていたところだ。 寮の先輩たちがスリザリン生のことを「油断のならない詐欺師ども」と悪態をついていた理由が、ようやく理解できたような気がした。
November 21, 2005
コメント(0)
バシッ! キャロルの頬を力一杯張ったのだ。大柄で四角張った感じの相手だ、たまらずキャロルがよろめいた。ウィルは、驚きのあまりその場で硬直した。 「まって、キャロルは悪くないよ」 声も出せずオロオロしていたウィルだったが、相手の女の子が再び右腕を大上段に振り上げたので、あわててキャロルをかばって前に出た。 キャロルがまた引っぱたかれるのを見るよりなら、自分がたたかれるほうがましだ。 女の子は、突然現れたウィルに意表を突かれたのか、キャロルとウィルを交互ににらみながら沈黙している。 「ミリー、トラブルかい?」気怠そうな、気取った声が背後からして、ウィルが振り返る。青白い、あごの尖った男の子がガッチリとした体格に、この上なく意地悪そうな顔をした二人の男の子を従えて立っていた。 「ドラコ。この女がね、私のマントにかぼちゃジュースをこぼさせたの。このミリセント・ブルストロードのマントを汚してくれたんだからお礼をしなくてはならないのに、こいつが邪魔をしてるのよ」戦闘的に突き出た顎でウィルを指して、ミリーと呼ばれた女の子が言った。 「違う。自分でこぼしたんじゃないか!!自分でぶつかって自分でこぼしたんだ、キャロルは悪くない」男の子の登場で、女の子相手に言い合いしなくて済むと思ったウィルは、必死にドラコという男の子に訴えた。だが、それが大きな間違いだということを、言葉を言い終える直前に感じ取った。 青白い顔の子はウィルを冷ややかに見つめていたし、後ろの二人は嘲笑を隠そうともしていなかった。 彼らにウィルの言い分を聞く気などないことはそれだけで明らかだった。ファーストネームで呼びあってることから考えても友達に違いない。きっと寮も同じなのだろう。 「僕はドラコ・マルフォイ。この二人はゴイルにクラッブ。ミリーともどもスリザリン生さ。選ばれたものの寮だよ」ウィルの視線に気付いたのかは知らないが、マルフォイが訊いてもいないのに自己紹介を始めた。 選ばれたもの? みんな選ばれてホグワーツに入学してるんだから当たり前じゃないか。そうも思ったが、マルフォイが言いたいのはそういうことではないらしい。 「君がどこの寮かは知らないが、寮はあのオンボロ帽子が決めるだけだから気にすることはない、けど友達は選べる。誰と付き合うかで君の未来も変わる。間違った者とは付き合わないことだ。誰と付き合うのが君のためになるか、僕が教えてあげよう」 そういって、マルフォイは右手を差し出した。握手を求めているのだろう。 「友達は大切だよ。仲間を集めるのも素敵なことだと思う。でも・・・群れるのは嫌いだ」 少し言い過ぎかとも思ったが、「間違った者」という言葉が、ウィルの気に触った。まして、誰と付き合うのがためになるか、教えてやろう。なんて。こいつは、友達をなんだと思っているのだろう? こいつ、ドラコ・マルフォイは真赤にもピンクにもならなかったが、青白い顔を意地悪そうに歪めた。 「ふんっ! しょせんはマグルの子。真の魔法使いじゃないから理解できないというわけか。救い難い奴らだ」マルフォイは吐き捨てるように呟くとマントを翻して、その場を離れた。 なのに、お供の二人はまだ残っていた。優に十センチも高い位置からウィルを見下し、せせら笑っている。 どうでも、ミリセントの言う「お礼」とやらをせずにはおけないらしい。 こうなってくると、世事に疎いウィルにも事態が飲み込めてきた。落ち着いてみれば、ミリセントの持っているマントは古い上にサイズもかなり小さいようだ。たぶん、小さい頃に使っていた古着だろう。 それを汚されたと因縁を付け、新しいのを買わせて弁償する方向に持っていこうしているのに、間違いない。 自分のおかれた状況に気付いて、ウィルは冷たい汗が背中を伝うのを感じた。
November 20, 2005
コメント(0)
「うまいわね」相手の気持ちを突き放すことなく、しかも自分のためにもなる。一石二鳥なウィルのやり方をキャロルはそう評した。 これで、広いホグワーツ城の内ハッフルパフ寮近辺に関しては、自分たちで捜す手間が省けたわけだ。 「どうせなら、スリザリンやグリフィンドールの人たちにも頼めたらいいのにね」 ルビーが、ようやく出てきた食欲に応えるべく、大きなドーナツを頬張りながら言った。 思わず、キャロルとウィルは顔を見合わせ、お互いに同じ気持ちなのを確認して、うなずきあった。 グリフィンドールはともかく、スリザリンには絶対に頼まない。、と。 二人の脳裏には、今朝の出来事がありありと浮かんでいた。わずか五分で、スリザリン寮の全生徒に対してのイメージを決めさせた事件だ。 ガシャン! 大広間に響いたガラスの割れる音。それが屈辱の五分の始まりを示すものだった。 ちょうど朝食の時間だった。ルビーは大好物ばかりが並んでいたらしく誰よりも早く、それも三人前ぐらいを一気に食べ、これ以上食べたらお腹が破裂しちゃう、と一足先に寮に帰っていた。この場にいては食べないわけにはいかないほど好きなものが並んでいたらしい。 そのおかげで彼女は不快な思いをしなくてすんだのだが、キャロルはまさにその中心、当事者となってしまっていた。 飲物を片手にテーブルの間を歩いていた女子生徒が、キャロルにぶつかってグラスを割り、マントを汚してしまったのだ。 ウィルの目には明らかにグラスを持っていた女の子の不注意のせいなのに、その子はキャロルがわざとぶつかったと主張し、頑として他の意見を聞こうとはしなかった。 「食事中に飲物を持って歩き回ればどうなるか、考えてみなくてもわかることでしょ?」 大げさにわめいているその女の子に、キャロルは落ち着いて諭すように言葉をかけている。雰囲気だけ見ると、姉がやんちゃな妹をなだめているような感じだ。 だけど、相手の女の子はもちろんキャロルの妹な訳ではない。キャロルの言葉を聞いた途端、顔を真赤にして誰もが想像だにしなかった行動に出た。
November 19, 2005
コメント(0)
「それに、薬学の知識も、だね? そうは思うけど・・・好きになれそうにないなぁ」キャロルの言い分ももっともだと思いながらもウィルはスネイプ教授は尊敬できても、敬愛はできない相手だと決めてしまっていた。 すぐ隣にいたピンクの頬の女の子が、授業の間中震えているのを見ていたのでは無理からぬことだろう。 血色のいい頬がチャームポイントの、あの少女が青ざめ震えていた。まるで死人のような顔が目に浮かぶ。 「あの・・・」突然、その少女が話しかけてきた。 驚いて見直すと、それは死人のように青ざめた少女ではなく。生来の血色の良さをさらに上回る朱色の頬をした少女が立っていて、ウィルを見つめている。その後ろには男の子が一人、付き添っていた。 「あの、私。ハッフルパフのアボット・ハンナです。さっきは助けてくれてありがとう」 鍋を支えてあげたことに、わざわざ礼をいいに来たのだ。律儀なことだ、とウィルは思った。 「運が良かったよ。ここ二カ月ぐらいひっくり返る鍋と格闘してたものだから、咄嗟に動けたんだ」オリバンダー翁のところで、何度重い大鍋を柚薬ごとひっくり返したか、ウィルは一度火傷してしまい、それ以来毎晩のように夢でうなされているのだ。 それを思い出し、思わず顔が歪みそうになったことに気がつきウィルはそっと微笑んでみせた、緊張と申し訳なさに縮こまり、ただでさえ小さなハンナがとても儚げに見えたので、少しでも気持ちを和らげようと思ったのだ。 「僕はフィンチ-フレッチリー・ジャスティン。本当なら、僕が気をつけてあげなきゃなんなかったのに・・・迷惑かけて済まなかった」ペアを組んでいた相手なのだろう、自分がフォローし切れなかったことを悔やんでいるらしく。なにか、とても痛々しい表情を見せて頭を下げた。 この場合、さらになにか言ってやっても相手を恐縮させるだけ。ウィルは数秒、なんと言ってやったらいいかわからずに沈黙した。が、すぐにあることを思いつき破顔した。 「二人とも、聞いて! 実は僕達、あることで困ってるんだ。手伝ってくれるとうれしいな」キャロルとルビーにチラッと視線を走らせ、ウィルはドリーなるものを捜していることを告げた。 なぜ捜しているかは言わなかったが、20年くらい前からこの学校にいるドリーに会いたくて捜していることを説明したのだ。元々はレイブンクロー寮の近くにいたものと思えるが、もしかしたらハッフルパフの方に行ってるかも知れない。とくに、そのドリーがキャロルの言うように絵だったとしたら、掛け代えとかがあった可能性もある。 内心、最悪の場合には処分されてしまっている、というのも考えられなくはないのだが、ウィルは口にしなかった。一瞬、絶望的な顔をしたことから、キャロルはそう言う事態もありうることに気付いたらしかったが。 「その『ドリー』を捜せばいいのね?」さっきまでの意気消沈ぶりを払拭するような明るい声と表情でハンナが訊く。 見つかるとは限らないけど。ウィルが答えるとハンナとジャスティンは早速自分たちの寮へと戻っていった。すぐにでも捜し始めるつもりのようだ。
November 18, 2005
コメント(0)
広間での事件 木曜になるまで、ドリー捜しはまったくといっていいほど進展していなかった。というのも、教室を捜すのも一苦労だというのに隠し階段や扉を、それも授業の合間を縫って、捜すというのは不可能に近いものがあったからだ。 もちろん、城中を捜さなくてはならないと思ってはいたから、そんな二日や三日で捜せるなどとは思っていなかったが。 そしてその木曜はというと、朝から気が滅入ってしまうことがあって、三人ともドリーを捜そうという気にすらならなかった。あのルビーが昼食を食べたくないと言うほどだから、大変なものだ。 気が滅入った理由。それは、今朝初めて授業のあったクラス。『魔法薬学』のせいだった。 『魔法薬学』はレイブンクローとハッフルパフ合同の授業で、学科担当はスリザリンの寮監でもあるスネイプ教授だった。 実はウィルが最も心待ちにしていた授業でもある。杖を使っての魔法より、こちらのほうが向いていると思ったし、杖づくりに役立つだろうと思えたからだ。 それなのに・・・。 「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ」 べったりとした黒髪と、冷たく、うつろな、暗いトンネルのような目をして、鈎鼻で土気色の顔をした教授が話し始めたとき、楽しみにしていた気分は消え去った。 マクゴナガル教授とは微妙に違った意味で、逆らってはいけない先生なのだということが肌で感じられた。 魔法薬学の授業のある教室が地下牢ではなく、日のあたる中庭だったとしても、この寒さは消すことができないだろう。壁にずらりと並んだガラス瓶の中のアルコール漬けの動物がプカプカ浮いているのさえ、この教授に見つめられることを思えばかわいいものだという気がした。 「このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち昇る湯気、人の血管の中をはいめぐる液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力・・・諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえふたをする方法である。-ただし、我輩がこれまでに教えてきたウスノロたちより諸君がまだましであればの話だが」 これだけの大演説を椅子に座ったまま、つぶやくようにいい。しかも生徒たちが物音一つ立てられないような威圧感を与える。とてもじゃないが、生徒たちと仲良く、楽しく授業しようなんて気持ちになる人には見えなかった。というより、万一仲良くしようなんて言ってきたら恐すぎる気がする。 演説が済むと、スネイプ教授は生徒を二人づつ組にして、おできを治す簡単な薬を調合させた。長い黒マントを翻しながら、スネイプ教授は生徒たちが干しイラクさを計り、蛇の牙を砕くのを見回った。生徒全員、少なくとも二回は注意された。ハッフルパフのアボット・ハンナなどは六回注意され、七回目には足を滑らせて大鍋をひっくり返しそうになった。偶然にも、隣でルビーと大鍋をかきまぜていたウィルが寸でのところで捕まえたので、大事には至らなかったが、危なく薬品をまき散らすところだった。 その後もスネイプは生徒たちにつらくあたり、授業が終わってスネイプが教室を出るとハッフルパフもレイブンクローも、その場にいた全ての生徒が同じ行動をとった。立ち上がって背筋を伸ばし、深呼吸したのだ。 「でも、ある意味すごい先生よ。一目見るだけで、生徒が犯しそうな間違いを見つけるんだから。観察力と洞察力が並外れてるってことでしょ」食欲なんて皆無だったが、とりあえず大広間のテーブルに付いたとき、キャロルが少し考えながら呟いた。
November 17, 2005
コメント(0)
しばらくの間、ウィルは呆然と立ち尽くしていたのだが、他の生徒たちが起き出して大広間に行く物音や声で我に返り、急いで大広間に向かった。 せっかく誰にも気付かれずに城を抜け出し、帰ってきたと言うのに、食事に遅れたことで不審を買ったのでは元も子もなくなってしまう。 大広間に行くと、ルビーとキャロルはすでに来ていて席に着きウィルを待っていた。 待っていたといっても、ルビーはすでに空の皿を自分の前に積み上げている最中だったが・・・。 ウィルがキャロルたちが空けていてくれたらしい席に座ると、キャロルがなにか言いたそうに唇を動かしたが、なにも言わなかった。代わりに、そっと腕を伸ばして、ウィルのローブに付いていた木の葉と何かの植物の種を払い落とした。 「ドリー捜しのこと、考えたんだけど」 ウィルにマーマレードのたっぷり付いたトーストを手渡し、自分用にはイチゴのジャムが塗りたくられたトーストをとって、キャロルが話し出した。 「闇雲に探し回っても見つからないわ。だってこんなに広い城の中だもの。だから探すルートを絞り込むべきだと思うの」そう前置きをして、キャロルが話したことは実に堅実な方法だった。間違いはないが、場合によってはやたらと手間のかかる方法。 それは各授業に向かう途中、大広間での食事の行き帰り、いくつあるのかも分からない隠し扉や階段を探し当てては毎回別ルートで移動し、見かけた絵に片っ端から声をかけて歩くというものたっだ。 キャロルの推測では、僕らが日々の生活で通る場所のどこかでドリーに会うはずなのだ。サマンサがあんなことになったのは一年生の夏だった。ウィルたちも一年生なのだからウィルたちの行けない場所にサマンサが行って、そこでドリーに会った。なんてことは考えられない、というのだ。 それについてはウィルも賛成だった。サマンサがドリーを探し歩いたはずはない、日々の生活の中で偶然知り合ったに違いないのだから、ウィルたちも必ずどこかで出会うはずなのだ。 「僕もそう思う、地道に捜すしかない」 自分の考えに半ば耽りながら、キャロルがとってくれたトーストに噛り付く。ウィルの好みからいうと少し酸味がきつすぎた。
November 16, 2005
コメント(0)
ハーマイオニーが本の貸し出し手続きをしてもらっている声を聞きながら、ウィルは手にした本を読み始めた。昨夜会った生き物たちを探してみる。 [ニーズル];イギリス原産。現在では 世界中で飼育されている。猫に似た小型の 生物で、毛は斑点、斑入り、ブチなど。特 大の耳とライオンのような尾を持つ。知的 で自立しており、時々攻撃的になるが、魔 法使いや魔女の誰かになつくと、すばらし いペットになる。嫌な奴とか、怪しげな奴 を見分ける能力を有し、飼い主の道案内を 勤めることが多い。 ニーズルは一胎で8匹まで妊娠でき、猫 との異種交配も可能である。マグルの興味 を引くに足る珍しい姿をしているため、飼 育するには許可証が必要である。 [ボウトラックル];主にイギリス西部、 ドイツ南部、スカンジナビアの一部の森に 生息する。木を守る生き物で、小さく(最 大20センチほどの背丈)、見かけは樹皮 と小枝でできており、そこに小さな茶色の 目が2つついているので、見つけるのが極 めて困難である。 ボウトラックルは昆虫を食べ、おとなし く、非常に内気であるが、自分の棲む木に 危険が迫ると、住処に危害を加えようとす る木こりや樹医に襲いかかり、長く鋭い指 で目玉をほじくるといわれている。魔法使 いや魔女が杖用の木材を切り取る際には、 ワラジムシを供えると、ボウトラックルを その間なだめておくことができる。 ウィルは思わず目を押さえた。昨夜ニーズルに止められていなかったら、危うく目を失うところだったのだ。 次から、枝を取りに行くときにはワラジムシを用意していこう。ウィルは心に刻み込んだ。目を失いたくはない。 [ケンタウルス];ケンタウルスはヒト の頭、胴体、腕が馬の胴体につながってお り、馬の色は5、6種類ある。知的で会話 もできるので、厳密には動物と呼べないが、 ケンタウルス自身の要求により、動物と分 類されている。 ケンタウルスは森に棲む。現在はヨーロ ッパ各地に群生するが、そもそもギリシャ 原産だといわれる。ケンタウルスがいる国 では、その国の魔法当局が、マグルに煩わ されないような地域をケンタウルスに割り 当てている。しかし、ケンタウルスはヒト から隠れる手段を自ら持ち合わせており、 魔法界の保護をほとんど必要としない。 ケンタウルスの習性は、謎に包まれてい る。一般的に、ケンタウルスはマグルを信 用せず、それと同じくらい魔法使いも信用 していないし、実は、両者をほとんど区別 していないようである。10頭から50頭 の群れをなして生活する。魔法の癒し、占 い、洋弓、天文学に精通しているという評 判である。 ホグワーツ周辺にいるケンタウルスは、 約20頭ほどと思われるが定かではない。 最後の一つ、姿を見ていない生き物についてははっきりと断言するわけにはいかないが、ほぼ99%そうだろうと思えるものがあった。 [トロール];身の丈4メートル、体重 1トンにも及ぶ恐ろしい生き物である。桁 外れの力と並外れてバカなことの両方が特 徴で、しばしば暴力的になり、なにをしで かすか予測できない。スカンジナビア原産 だが、最近ではイギリス、アイルランド、 および他の北ヨーロッパ地域でも見られる。 一般的にはブーブー唸って会話するが、 これが未発達な言語を構成しているらしい。 しかし中には簡単なヒトの言葉を理解した り話したりするものもいる。トロールの中 でも知性が高いものは、訓練されて守衛と なる。 トロールは山トロール、森トロール、川 トロールの3つに分類される。山トロール が最も大きくて凶暴。ハゲており、皮膚は 薄い灰色。森トロールは薄緑色で、中には 緑または褐色のザンバラ髪が薄く生えてい るのもいる。川トロールには短い角があり、 毛深いのもいる。皮膚は紫色で、しばしば 橋の下に潜んでいるのが見られる。生肉を 食すが、獲物を選り好みはせず、野生動物 からヒトまでなんでも食う。 ホグワーツ周辺の森にいるのは、むろん 森トロールである。 本を閉じたとき、ウィルは自分でもはっきりとわかるほど血の気を失い。青ざめていた。 こんな危険な生き物たちが徘徊している森に一晩中いたのだ。武装するどころか杖すら持っていなかった。万一襲われていたら、実際にその危険はとても身近なものだったのだが、まず助かる見込みはなかっただろう。
November 15, 2005
コメント(0)
図書館には初日に道に迷ってたまたま行っただけだが、ウィルにとってはどこよりも身近に感じられる場所だったから、場所はしっかり覚えている。その場所まで行くための階段と扉を探すのには苦労したが、迷うことなくたどり着けた。 静寂と整理、整頓に支配された空間。 誰もいないだろうというウィルの予想に反して、先客がいた。ウィルと同年らしい女の子がいる。栗色の髪がフサフサしてるのだけがはっきりと目に付いた。他のとこはみんなお揃いのローブなんだから当然だけど。 なにか探しているらしく、ウィルが入ってきたことにも気付かずに、本棚の隅から隅まで目を走らせている。 あまりに真剣な様子なので、ウィルは少し離れたところで本を探し始めた。マグルの図書館のようにジャンルごとに分けてあるなら探しやすいのに、閲覧禁止の棚との区別がはっきりしている割りに、そういった区分は曖昧な感じなので目当ての本を探すには勘と運が頼りなのだ。 「『魔法薬の材料ーその所在と利用法』って本見なかった?」 探しはじめて数分、後から声を欠けられウィルはあわてて振り向いた。さっきの女の子が少し疲れた顔で立っていた。 「夜中に気になって探しに来て、ずっと探してるんだけどないの。図書館の蔵書リストに載っていたし、貸し出された記録もないから絶対にあるはずなんだけど・・・」 そんなこと言われても、自分が探しているわけでもない本のタイトルなんて、見ていたとしても覚えているわけが・・・ある。 「ちょっと待ってて」ウィルは急いでその本を見た覚えのある棚へ行ってみた。分厚い本の後ろに挟まっているのに気がついて、棚に並べ直した本があった。確か、そんなタイトルの本だった気がする。 『魔法薬の材料ーその所在と利用法』大判だけど、厚みはそれほどでもない。ちょっとくたびれた感じの革表紙の本。この本だ。 「これだね」本を持っていってフサフサ髪の女の子に渡す。 女の子は飛び上がって喜んだ。一瞬抱きついて来そうになったのだけど、本を抱えていたので思い止まったようだ。 「ありがとう。私、ハーマイオニー・グレンジャー。グリフィンドールよ。あなたは?」 疲れた感じの顔に微笑みを浮かべて、女の子が言った。前歯が少し大きかった。 「ウィリアム・ゴールドマン。レィブンクロー。ウィルでいいよ。あのさ、『禁じられた森』に棲む動物に関して書かれた本ってないかな? ちょっと調べたいことがあるんだけど」あれだけ熱心に本棚を見ていたなら、心当たりがあるかも、そう思って訊いてみる。 答えはyesだった。早速、その本がある棚に案内してもらう。少し奥まったところだ。 「これなんかいいと思うわ」ハーマイオニーが指し示したのは薄い細長の本だった。 『ホグワーツ城ーその森の住人たち』そのものズバリのタイトルが打たれている。 「ホグワーツのことが知りたくて、読んでみたの。結構詳しく書いてあったわ」 「ありがとう」 どういたしまして、ウィルが礼を言ったのにそう応えると、ハーマイオニーはフサフサの髪がウィルの頬を掠めるほどの勢いで振り返った。ちょうど司書のマダム・ピンスが入ってきたところだった。
November 14, 2005
コメント(0)
ふと見ると、あの猫みたいのが一歩前をちょこちょこ歩いて、時々立ち止まっては辺りに気を配っている。 そして、突然歩く方向を変えた。振り向いてウィルにも付いてくるように、というような仕種をした。ウィルは逆らわなかった、そのまま後を追う。 しばらく歩くと、さっきまで歩いていた辺りから木をなにかで打ち付け、引き裂いて振り回す、そんな音とブーブーといううなり声が聞こえてきた。なにか大きな生き物がいるのだろう。 鉢合わせ、なんてことにならなくて良かったと胸をなで下ろし、この猫のようなのが危険を回避してくれたことに気付いた。 その後も、何度か方向を変えて歩く猫のようなのに付いていく。と、森の少し開けたところに人影が見えた。その人は馬に乗り、夜空を眺めて、何事かつぶやいていた。 猫のようなのが、平然とその影に向かって歩くので、ウィルもその人のところへと歩き続けた。そして、自分が大きな間違いをしていたことを知った。その人影は馬になんか乗ってはいなかったのだ。 プラチナブロンドの胴、淡い金茶色のパロミノ。蹄を持った四本足のそれは馬だっが、本来首があり頭のあるはずのところに人間の上半身が付いていた。 明るい金髪が月明りでさらに明るくけぶるような雰囲気になり、ウィルは夢を見ているような気がした。 この夜、この森でいくつかの生き物と会ったが、今ウィルは初めて正体のわかる生き物と対峙していた。本の中ではよく出会ったものだ。あくまでも空想上の生き物として。 「生徒さんだね。こんな夜中に森に入るのは危険だよ」信じられないような青い目、淡いサファイヤのような目がじっとウィルを見下ろしている。 その目が、さらに下。猫のようなものを捕え、そのケンタウルスは静かに微笑んだ。 「ニーズルが一緒なら、大丈夫。森の外へ安全につれていってくれるでしょう。行きなさい、じきに夜が明けます」 その後、ウィルは自分がどうやって森を出たのかを知らない。ケンタウルスに会った、話しかけられたことに舞い上がって、なにも考えられなくなっていたのだ。 気がついたとき、ウィルは森を出てハグリッドの小屋の前にいた。いつのまにか猫のような生き物、ケンタウルスによればニーズルという名の生き物らしいが、は姿を消していた。 「・・・! そうだ」朝食の時間にはまだ間がある。ウィルは森で会った生き物たちのことを調べるために、図書館へ行ってみることにした。 図書館には初日に道に迷ってたまたま行っただけだが、ウィルにとってはどこよりも身近に感じられる場所だったから、場所はしっかり覚えている。その場所まで行くための階段と扉を探すのには苦労したが、迷うことなくたどり着けた。
November 13, 2005
コメント(0)
ゴクリ、ウィルは自分が大きな音を立てて唾を飲み込む音を聞いた。ともすれば、すくんでしまいそうになる足を叱咤して歩く。 あそこに、行かなくてはならないのだ。 月が晃々と柔らかな光を地上に投げかけているが、それは雲に時折遮られてしまうのであまり当てにはできない気がした。 森は近づくにつれて、ますます黒く深く見えた。夜の闇よりもなお暗く深い森。全身が小刻みに震え出したことに気づいたが、ウィルはそれを無視して歩き続けた。 しばらく歩くと目の前に木でできた小屋が現れた。入り口のあたりにブーツらしきものが置いてあったが、どう見ても普通の五倍はある。一足並んでなかったら、燃えないゴミのポリバケツだと思ったところだ。 きっとハグリッドのものだ。と、ウィルは思った。他の何者が、こんな巨大なブーツを履くだろう。彼は森の番人だから、森に近いここに住んでいるのだ。 明かりは点いていなかったが、足音を忍ばせて歩く。見つかったらやっかいだ。 小屋の前を通りすぎて森の中へと足を踏み入れる。途端にゴーストと同じかそれ以上の冷気が全身を包み込んだ。凍りついてしまったかのように身体が硬直し、ウィルは数秒その場から動けなくなった。 強いて気を取り直し、ウィルは再び歩き出した。目当てのものを捜しながら、森の奥に向かって。 目当てのもの、それは枝だった。杖と似通った形のものがいいわけだが、それだけでいいというものでもない。 太さ長さはもちろんだが木の種類、乾き方、枝別れして小枝が多かったり、風雨や野生動物に踏まれて傷ついていたり、となかなか条件に合う枝は見つからない。 足下や頭上、手の届く範囲にばかり目を凝らすうち、自分がどんどんと森の奥に入り込んでいってることに、ウィルはまったく気づいていなかった。 望みのものがなかなか見つからないことに失望しても、絶望はせずに歩き続けていたウィルの目に、ついにお望みのものが現れた。これ以上ないってぐらいに枝ぶりのいい、大きなイチイの木が月の明かりにうっすらと照らし出されているのが見える。 ウィルは喜び勇んで、イチイの木の根元へと駆け寄った。そして、一番先に目に付いた枝に手を伸ばした。 が、その手が枝をつかむことはなかった。突然、なにか小さな生き物が腕に飛びかかってきて、枝に触れることなく空を切ったのだ。 「わっ!?」びっくりして飛び上がったウィルの前に、一匹の猫がいた。斑点模様で耳がすごく大きい。それに、尻尾がライオンみたいになっている。 猫じゃないっ!! ウィルは直感的にそう感じて二歩ほど後退った。 その猫そっくりな生き物は、イチイの大木の前に立ちはだかって、ウィルをじっと見つめている。 もう、襲ってくる様子はないので、ウィルはじっくりとその生き物を観察することにした。無視してまたイチイの木に向かう、それも考えたが生き物の透き通るように澄んだ目が、そんなウィルの動きを制していた。 ウィルはその目にあえて逆らおうとするほど、行動派の人間ではない。 よく分からないが、何となく。この生き物がウィルになにか伝えようとしているような気がした。その証拠に、この猫のような生き物は、ウィルがイチイの木に近づこうとすると遮るように動き、離れようとするとそこを動かずに見送るだけだった。 どうしても、イチイの木にウィルを近づかせたくないらしい。 「この木、なにかあるのかな?」確かに枝ぶりはいいし、結構な古木ではあるだろうが、それ以外にもなにかあるのだろうかとウィルは目を凝らした。 「別に、これと言って・・・・あれ?」別段、変わったところもなさそうだと思ったとき、おかしなことに気がついた。小枝が何本か、風もないのに揺れたのだ。 さらによく見ると、動く小枝のあるあたりの樹皮に、艶のある節が二つ見えた。その節が月の光を受けて光った瞬間、ウィルはようやくそれがなんなのかがわかった。 小さな生き物だ。20センチもないような生き物が木の幹に捕まってウィルを見ている。見ている、というより警戒しているのだ。姿形からして木に似ているところを見ると、木の上で生きる生き物に違いない。もしかするとここに住んでいるのかも知れない。 「これ以上近づくと、あれに襲われる? 危険なの?」目の前の猫のような生き物に訊いてみる。 その猫のような生き物は、うなずいた。見間違いではない。明らかに、ウィルの問いにうなずいてみせたのだ。 ウィルはそう信じた。だから、自然と足が今来た道を逆に歩き出す。この木を見た後では、他の木を探す気にならなかったし、そろそろ日付が変わった頃だ。先生たちに気付かれないように帰るためにはそろそろ城に戻らなくてはならない時間でもあった。
November 12, 2005
コメント(0)
天文学の授業は意外と楽しかった。かなり退屈しそうに思えたのだが、都会の喧噪から完全に隔絶されたホグワーツ城の天辺から見る空はとてもきれいで、星が手を伸ばせば届きそうなくらいに近くで輝いていた。 学科担当のシニストラ先生はとても無口な人だったが、まったく無感動な人というわけではなかった。天文学が魔法使いと魔女にどれほど重要な意味を持つ学科かを説明するとき、それは証明された。 何かの魔法をかけるとき、呪文とともに重要になる杖の振り方。それは星の運行が元になっているのだ、と誇らしげに言い。次に、占い学を専攻するにあたっては自分と占う相手の生まれた年、日、時間の星の位置を知ることが重要なのだということを、不本意なのだろう、嫌々説明したのだ。 星々の動きは常に一定で、不確実な事象などありえない。それが、占い学などという魔法社会において最も不確実なものに使われるなど、不愉快。というわけだ。もちろん、直接そう言ったわけではないが、聞いている人間にはそうとしか聞こえなかった。 「目的のところへ、たどり着けそうか?」 天文学が終わって、寮に帰るとレイブンクロー寮の守り番『守りの翼』が問いかけてきた。その問いに対する答えが合い言葉になっていて、答えられないと寮に入れてもらえない。 「一歩一歩進めば遠くまで行ける(step after step goes far)」淀みなくキャロルが答え、翼が閉じられる。寮の入り口が見えた。 ウィルはルビーとキャロルにおやすみを言って、自分のベッドに急いだ。眠かったからではない、その逆だった。目が冴えてとても寝る気になれない。 今夜は徹夜で『柚薬』の研究をしよう。そう、ウィルは決めた。 そのためにはどうしても必要なものが一つ欠けているのに、ウィルはベッドにたどり着く前に思い出した。ただ、それは日中はできないことだったから後回しにしていたのだ。 どうせ徹夜するのなら・・・、ウィルは踵を返して寮の外に出た。 『守りの翼』が鋭い視線を向けてきたが、なにも言わずに通してくれた。 明かりが落ちた廊下を歩く。薄暗くはあるが、静寂とは程遠い。周囲の絵たちのざわめきが聞こえていた。みんな話のわかる者たちらしく、こんな時間に校内を歩く生徒を見ても注意したり、騒ぎ立てたりする気はないようだ。 階段一つを降り、いくつかの隠し扉を抜けたとき、絵たちのざわめきとは違うはっきりとした声が聞こえ、ウィルは立ち止まった。 一つ先の曲り角、その向こうから聞こえている。何となく聞き覚えがあり、耳を澄ますと、聞き覚えがあるどころではないフレーズが耳に飛び込んできた。 「問題!」『霧の中のレイチェル』が誰かに問題を突きつけている声だった。こんな時間にもなぞなぞをやっていることに少なからず驚いたが、そっと覗くと相手はミセス・ノリスで、その横では頭に矢の刺さった『風穴のテリー』がにやにやと笑いながら、ウィルに今のうちに行け、と合図している。 「ありがとう」唇の動きだけで、そう言うとウィルは足音を忍ばせて先を急いだ。目の前、少し上のほうにはレイチェルのもう一人の友人『ペンキ屋トム』が自慢の大きな目を見開いて周囲に警戒の目を向けていた。 先導してくれているのだ。 その姿が突然消えた。と、上の階からビーブズが悪態を付く声が聞こえてきた。危うく、ビーブズに見つかるところだったのだ。 さらに階段を二つと、どう見たって絵画にしか見えない(それにしてはちっとも動こうとしないので、違和感はある)隠し扉を抜ける。途端に少し冷たい風がウィルの髪を巻き上げて吹き過ぎていった。ゴーストたちの協力のおかげで、ウィルは寮ばかりでなく、城をも抜け出すことに成功したのだ。 月明りに目を凝らすと、校庭の向こうに黒々とした森が見えた。『禁じられた森』、話によればこの森には幾多の魔法生物が棲んでいるはずだ。 歓迎会で、ダンブルドア校長が入ってはならない。とわざわざ注意したほどの場所でもある。
November 11, 2005
コメント(0)
森の住人 「学生じゃなかったってことなんじゃないの?」夕食の時、日記とメモのことを話すと、こともなげにキャロルが言った。 「先生ってこと?」一足先に食べ終えて、一息入れていたルビーが興味津々な顔で身を乗り出した。 「そうじゃなくって、ほら、この学校には教職員や学生よりも多くの[人たる存在]が居るでしょ」 言いながら、キャロルは塩ナメクジゼリーを突き刺したフォークで壁を指し示した。 大きな絵がかかっている。夜会服を優雅に着こなしたブロンドの美女の絵だ。そこに突然皺々の魔女の絵が加わり、寝ていたらしいブロンドの美女の髪を引っ張った。 「痛! ・・・バイオレット!! なんの用なの、なんの用にしても髪を引っ張るのはやめて、痛いじゃないの」憤慨すろブロンドの美女に皺々魔女は何事か囁いている。 そうだった。ここでは絵や鏡、いろんなものに意志があり名前がある。特に絵なんてかぞえるのがばかばかしくなるほど飾られているのだから、そのうちの一枚にドリーなるものがいる可能性は十分にある。 「それと、あの人、はここにはいないわね。だって家に帰るまでに薬を準備しなきゃってことは家に帰ってから薬を使うつもりだったに違いないわ。あの人ってのは自宅の近所にいたのよ」 これ以上ないってくらいに明快な解説だった。言われてみればまったく当たり前のことなのだ。 明快な解説の出た後は、明白な行動を起こすだけ。三人は明日から、校内の絵という絵全てを訪ねて歩く覚悟を決めた。ウィルとしては謎のままで放っておくのでは寝つきが悪くなるばかりだし、好奇心旺盛なルビーにとっては『面白そう』なだけで行動を起こすには十分な理由だったろう。 道に迷うであろう確信のもと少し(かなり)早く授業に向かった三人は、天文学の教室、一番高い塔のてっぺんがそうだったが、に行くあいだ一言も口をきかなかった。廊下の両側にある絵の枚数に、いまさらながら気の遠くなるような気分を味わっていた。壁一面に絵がある。絵がないところを探すほうが難しいほどなのだ。この中からたった一人のキャラクターを探さなくてはならないとなると・・・正直言って、やめてしまいたくなる。
November 10, 2005
コメント(0)
[七月三十日。 私、サマンサ・サンディスはホグワー ツからの入学許可の知らせをもらった。 わかっていたことではあるの、グラン パは以前、あの学校の理事も勤めていた し何代か前には校長だった人もいる家系 に生まれついた私が、魔女でないはずが ないんですもの。 でも、実際にそうなってみてうれしく ないわけではもちろんないわ。 だから、いつも研究室に籠もりっきり のパパが知らせを聞き、お祝いに日記帳 を買ってきてくれたのを機に、日記を書 き始めようと思うの。 来年の今頃には、この日記がホグワー ツの思い出で埋まっているといいんだけ ど。] ドライロットの娘が書いたものであるようだ。プライバシーの侵害かな?とノートを閉じようとしたウィルが、あることに気がつき、もう一度別のページを開いた。 厚い羊皮紙が一枚挟み込まれている。 まず羊皮紙に目を向けると、それは学生名簿だった。部外秘の印がしっかりと押されたホグワーツ校の名簿。その証拠に羊皮紙の中央にホグワーツ校の校章が描かれている。 だが、その名簿は今やなんの役にも立たなくなっていた。名前が全て線を引いて消されている。余りにたくさん線が引かれているために名簿と言うよりも黒い紙と言ったほうがいいくらいだ。 隅に乱暴な走り書きがあった。 『一体誰なんだ??』 誰かを探してでもいたのだろうか? 日記を見てみる。 [五月二十一日。 ついに今日、あの人に会いに行く方法 がわかったわ。 もうずいぶん前から話してみたいと思 っていたのになかなか出てきてくれない から、私から会いに行く方法がないか探 してたの。そしたらドリーが見つけてく れた。 ちょっと難しいけど薬も調合できそう だし、夏休みに家に帰るのが楽しみね。 それまでに薬を完成させなきゃ。 もう二カ月しかないんだもの。] サマンサの丸い文字の日記が書かれ、その下の余白にドライロットのものだろう書き込みがあった。 [前から会いたかった人? ドリー? 一体誰なのか、薬、間違いなく魔法薬 だ。一体何の薬だったのか、もしや、娘 の身体の変化は薬のせいかも知れない。 薬の副作用、または調合に失敗したの かも・・・この二人に会って話を聞けれ ばなにかがわかるかも。なのに、私には ここに書かれている二人が誰なのか見当 もつかない。娘のことはなんでもわかっ ているつもりだった。なのに・・・。 考えてみれば、研究室にばかり籠もり、 何一つ父親らしいことをしてやっていな かった。その罰だとでもいうのか。 手がかりを得たというのに、手も足も でない。私はなんという愚かものだろう。 考えられる限りの人間には会って話を 聞いた。だが何一つとして情報がない。 もう、私にはどうしたらいいのか分から ない。] 父親の悲痛な叫びが聞こえてくるような文面、文字だった。所々インクがにじんでいるのは涙のせいだったかも知れない。 あの真っ黒な学生名簿は、サマンサと関わった者ばかりでなく、同じ空間にいた全ての人間に一縷の望みをかけ、自ら聞きに走った結果なのに違いない。それでも見つけられなかった。それで、あの館へと挑む覚悟を決めた、のだろう。 思わず、涙が溢れそうになったウィルは、ややぎこちなく日記を棚に戻した。戻しながら、ふと思う。学生名簿に載っていなかった二人って本当に居たのだろうか、居たのだとしたらどこに居たというのだろう? このとき、首をもたげた疑問とウィルは正面から向き合ってしまい、その謎を解いてみたいという欲求に捕われてしまった。 ドライロットは一人で全てに挑んだ。もしかしたら視点が一カ所だけに集中していて他のものに目が行かず、大切ななにかを見落としていたのかも知れない。 肘掛け椅子に座り直し目をつぶって日記とメモの内容を反芻しながら、ウィルは自分の灰色の脳細胞の中に居るワトソンに声をかけた。「謎が僕を呼んでいるよ」と。 この瞬間、そこはドライロットの書斎から、ウィルにとってのべーカー街。某探偵事務所へと変化した。
November 9, 2005
コメント(0)
女子寮から男子寮に戻ったウィルはまっすぐ自分のベッドへ行き、ベッドの下から『七つ鍵のトランク』を引っ張り出して床に置いた。鍵の束を取り出して、七番目の鍵でトランクを開ける。 上からのぞき込むと手前に梯子、眼下には荷物の小山があった。オリバンダー翁に宿題を出された帰りに、買い揃えておいた『柚薬』の材料と鍋などの道具一式だ。 梯子をゆっくりと降り、とりあえず荷物の小山を片づける。鍋をかけるためのスペースを確保しなくてはならない。 もっとも、それほど広い空間が必要なわけではないから、材料を近くの空いてる棚に放り込んで火をかけるための竈をしつらえればいいだけだ。魔法薬の調合に使う火はある程度の魔法がかかっていて無駄に燃え広がったり、逆に消えてしまったりはしないものだから、周囲の可燃性のものにそれほど神経質になる必要はない。 大した手間もかからず、準備が終わるとウィルは初めて書斎の中を見渡した。ドライロットが座っていたであろう肘掛け椅子に体を預け、四方を囲む雑然とした棚を見渡す。 奇妙なものが入ったガラス瓶、ボロボロの本やノート、いわくありげな人形などの置物、一言で言ってしまえば「怪しい」物ばかりだ。 「あれ?」視線で書斎を一周していると、何か異様な違和感を感じ目を止めた。 薄汚れ、埃にまみれたものが多い中で異彩を放つ棚がある。椅子に座ったままでは死角になる位置にある棚とその一角だけが、やたらきれいに整理されていて埃もかぶっていない。 本来なら、他人のプライバシーに興味を持つウィルではないが、なぜか気になり棚へ歩み寄った。整然と並んでいる本の一冊に何気なく手を伸ばす、バシッ!・・・伸ばしかけた腕がまるで何かに弾かれるようにして後ろに飛んだ。衝撃でウィルは肩が外れるかと思ったほどだ。 しびれて動かなくなった右腕を押さえながら、もう一度棚を見ると上段部分に『跳ね返し呪文を使用中、一度目は良くても二度目は腕がなくなるぞ』とある。 誰かに見られたりしないよう魔法をかけてあるのだ。魔法を解けなければ見ることはもちろん触れることもできないというわけだ。 人の秘密を暴いて楽しむ趣味をウィルは持っていなかったから、がっかりはしなかったが「どうせならもっと分かり易いところに注意を書いておいてほしかった」と、腕をさすりながら恨めしく思った。 見せたくないんなら無理に見ることもない、ウィルが立ち去ろうとすると目の前に奇妙な光が舞った。光は徐々に光度を増し、見ていられなくなる直前になって思いがけないものへと変貌を遂げた。 「ドライロット・・・」 光は人の姿になっていた。それは紛れもなくこの部屋の主ドライロット、フレドリック・サンディスその人だった。 「我、フレドリック・サンディスの名において、この者に『絶対自由の許可』を与える。我が魔法我が呪いよ、いついかなるときもこの者を阻む事なかれ」受信感度の悪いラジオのようなノイズだらけの音がそう言って、ドライロットの姿は再び光となって舞った。 と、思う間もなく光は渦を巻いてウィルのしびれて動かない右腕、手の甲へと染み込むように消えた。後には薄くFの文字が残った ウィルはその一連の出来事を呆気に取られて見つめていたが、自分の腕が勝手に動き出したのを見て驚いた。さっきまでしびれて動かせなかった右腕からしびれが消えたと思っていたのに、しびれが消えたのではなく感覚がなくなっていて、自分の意志とは関係なく動き始めたのだ。 とっさに左手でその動きを止めようと考えたウィルだったが、右腕が何をしようとしているのかに気がついて、過度の緊張を解いた。右腕は、さっきウィルがしようとしていたことを再びしようとしていた。 コマ送りの映像のような動きで右腕が上がり、棚へと伸びる。また弾かれるのではないかという考えは不思議とおこらなかった。腕は『跳ね返し呪文』とかいう魔法の境界に触れ、水の中に手を入れたような感じだな、とウィルが思う間もなく、棚から一冊のノートを取り出していた。 かなり厚めのノート、それは日記だった。 ページを開くと、丸っこい小さな文字が踊るような字体で書き込まれていた。
November 8, 2005
コメント(0)
翌日はウィルたちにとっては学校内を知るいい機会になりそうだった。 授業が午前中しかなかったのだ。朝はちっちゃな魔法使いのフリットウィック先生が教える「妖精の魔法」で魔法の唱え方、発音方法と、記号の意味を習い。その後は唯一ゴーストが先生の「魔法史」だった。ビンズ先生は昔教員室で居眠りをしてしまい、翌朝起きてクラスに行くとき、その時はすでに相当の歳だったのだが、生身の体を教員室に置き去りにしてきてしまったのだ。 ゴーストにも給料は払われるのだろうか?つまらないことが気になるほど、先生が教科書を一本調子で読むだけの授業は堪らなく退屈だった。 ウィルは、この授業が昼食前であることを感謝した。ご飯を食べた後だったら確実に眠り込んでしまう。ある意味「闇の魔術の防衛術」同様、教科書を一人で読んでいるほうが覚えやすそうだ。 大広間での昼食の時、ウィルがそう言うとアイスブルーの瞳の周りを紅く充血させたキャロルが熱心に同意した。眠いのをかなり我慢していたようだ。(ルビーはいつものように全神経を注いで食事に励んでいて、話しなんて聞いてもいなかった。) 「ウィリアム、ちょっといいか?」キャロルと話していると同じレイブンクローの新入生ブート・テリーとブロックルハート・マンディに呼ばれ、ウィルは席を立った。二人が少し離れたところから手招きしている。 「なんだい?」ウィリアムじゃなく、ウィルでいいよ。と言い添えて聞く。 「午後から俺たち学校の中を探検してみようと思ってるんだ。一緒に来ないか?」深い藍色の目をきらきらさせてテリーが誘ってくれた。 こんなふうに誘ってもらったことのないウィルはすごくうれしかったのだが、横でマンディがちらちらとキャロルのほうを見ているのに気がつき、妙に納得してしまった。 本当はキャロルを誘いたいのだ。だけど紹介もされていない女の子に、直接申し込むのは気恥ずかしいので、ウィルを利用しようというのだろう。 「・・・キャロルがどうするつもりか聞いてきてみようか?」 少し皮肉っぽく、ウィルは言ってみたのだが二人ともそんなことは気にならないようで、熱心にうなずきウィルをキャロルのほうへと押しやった。 「午後はなにして過ごすの?」テリーとマンディの熱い視線を背中に感じながらウィルが訊いた。 「少し眠るわ。だって夜には天文学の授業があるのよ。魔法史みたいだったら、今度こそ起きていられる自信ないもの」キャロルらしい答えだ。キャロルの性格からすれば、各教室への道さえわかれば他がどうなっているかなんてのは興味ないことだろう。 聞くだけ無駄だったな。ウィルはキャロルの横の椅子に座り直しながら、後ろで見ている二人に交渉決裂のサインを送った。二人とも打ちのめされたような顔になって、他の生徒たちと一緒に大広間を出ていった。 それはいいとして、「天文学」? 驚いて、ウィルはローブのポケットから時間割りを取り出した。確かに、火曜の深夜に「天文学」とある。だから、午後は授業がなかったのだ。 「ウィルは?」 「うん。ちょっとやることがあって・・・部屋にいるよ」ウィルは、その必要がないことを知りながら言葉を濁した。 「『七つ鍵のトランク』で、杖作るの?」 ウィルは息を呑んだ。まさしく、その通りだったからだ。 すると、キャロルがちょっと悲しそうな目になったので、ウィルは急いで言葉を添えなくてはならなくなった。 「そうだけど。何をヒントにそんな簡単に当てられるの?」 軽い調子で訊いてみる。 「だって・・・」ウィルの質問にキャロルは少し首をひねりながら自分がした思考の軌跡を順に話し始めた。 「ここには自分の『部屋』なんてないでしょう? ベッドの脇をカーテンで仕切れるだけじゃ部屋とは言えないもの、なのに部屋って言った。それに『七つ鍵のトランク』を持っているのは知ってる、だから部屋ってのはトランクのことだってわかる。『やること』、勉強なら勉強って言うと思うの、第一それなら談話室でもいいんだもの。だから、人前ではしたくないことなんだなって思ったわ。そうなると思いつくのは『杖作り』しかなかった。それだけ」 それだけって・・・。 よくもまあ、そんなわずかな手がかりからそこまで、それも無意識のうちに考えられるものだとウィルはかなり感心してしまったが、キャロルにとっては呪われているかのようにつらいことなのだと思うと複雑な気持ちになった。 「じゃ、天文学のクラスで」キャロルに声をかけ、ウィルは立ち上がった。 「あ、待って! その前に手伝ってくれなきゃ」ウィルの言葉に数瞬小首を傾げたキャロルだったが、何かに気がついてちょっと困惑した様子でウィルを呼び止めた。 何事かと振り向くと、キャロルの視線の先でルビーが心地良さそうに寝息を立てていた。いつのまにか食事を終えて眠り込んでしまっていたらしい。 あまりにも気持ち良さそうな寝顔で、無理矢理起こすのがためらわれる。と、なれば方法は二つしかない。ここに置いていくか、寮のベッドまで運んであげるか、だ。もちろん、ウィルは後者を選んだ、親友としては置いていくという選択肢は選べない。そんな選択肢があることさえ、ウィルは気がつかなかった。 ウィルはローブから杖を取り出し、杖先をルビーに向ける。人間相手に魔法を使うのはすごく気を使ったが、軽量化の魔法は今回もうまくいった。そっと抱き上げ、キャロルと並んで寮へと歩き出した。 ウィルたちと同じように午後の授業がないレイブンクローとハッフルパフの一年生は校内のあちこちに出かけ、他の生徒はみな授業なので、ウィルは女の子を抱きかかえているところを見られて冷やかされずに済んだ。 一つだけ例外を上げるなら一人、というか一体、歓迎会のときウィルの傍に居たゴーストが女子寮をフワフワ漂っていた。彼女は決して声をかけてきたりはしなかったが、ウィルがルビーをベッドにそっと寝かすのを大きな目をさらに大きく見開いてじっと見つめ続けていた。 ルビーのベッドには手の平くらいのミニチュア模型のユニコーンが三頭いて毛布に包まっていたが、ルビーを抱えたウィルを見ると慌てて枕のほうへと避けた。 「じゃ、夕食のとき大広間でね」 ルビーに毛布をかけてやりながらキャロルがさっきのウィルの言葉を訂正するように言って、そっと微笑むと今度は自分のベッドに向かった。その表情と口調から、まだかなり眠いのだということがわかる。
November 7, 2005
コメント(0)
「思ってたほど大したことないね」 夕食のあと、談話室のテーブルに付いたときのルビーの第一声だ。(彼女は、大広間では食べるのに夢中で何かを喉に放り込むとき以外は口を開けなかった。)難しくて逃げたくなることを期待してでもいたのか、とても残念そうだ。 「そうね・・・でも、こんなもんなんじゃない? だって、私たちが習うのは特別なことじゃないもの。魔法族の大人なら誰でも知ってる知識よ。もちろん技術は練習しなきゃ身に付かないでしょうけど。わけがわかんないってほどのものなんてあるはずない」 「僕にとっては、未知の世界なんだけど?」 キャロルのもっともな言葉に心の中でうなずきつつもウィルが言った。ダイアゴン横町に行く前は言葉や文字も違うんじゃないかと心配していたほどなのだ。 「そんなことない! 同じ国に住む同じ人間でしょ? 腕が三本あるわけでもないし、何も違わないわ。文化の基本が魔法か・・・何だっけ?・・・えっと・・・あ!「科学」、そうよね? かの違いがあるだけよ」 少し驚いてウィルはキャロルを見つめた。初めて身を乗り出して熱心に話すのを見たのだ。 「でもでも、ドライロットは闇の魔術と対抗するために自分にいろんな魔法をかけたって言うよ?」 「あの人は特別よ、・・・特別だったわ」 だった、過去形を強調してキャロルが言う。少し寂しげに声が震えた。沈痛な空気が流れ、沈黙が広がる。 ウィルは何となく居心地の悪さを感じて、妙に落ち着かなかった。初めに親友という言葉を使ったのはウィルだ。なのに、その親友の会話に付いていけないもどかしさを感じていた。 「ドライロットって、誰?」しばらく続いた沈黙に耐え兼ね、ウィルが聞いた。 驚愕の顔でルビーがウィルを見つめ、キャロルはハッとしてウィルに向き直った。 「ごめん、ウィル、知らないわよね。魔法界では割と有名な人なの。「例のあの人」が暗躍していたとき、「例のあの人」の陣営に加わろうか迷っていた闇の魔法使いのほとんどを倒したって聞くわ。もし彼がいなかったら、あのハリー・ポッターが生まれるより早く、魔法界は「例のあの人」のものになっていただろうっていわれてるの」 「わたし、写真持ってる!」 突然立ち上がったルビーがそう叫ぶと、あっというまに女子寮のほうへと走り去った。 ガシャガシャとトランクをひっくり返す音とぺネロピーがなにか叫ぶ声が聞こえてきたかと思うと、次の瞬間には大きな声で謝りながら再び走ってくる足音が聞こえた。 「これよ、これ!」ルビーが突き出した手に握られていたのは古い新聞だった。表になっている紙面には小さなモノクロの写真が載せられていた。 傷だらけの顔で、時折自嘲気味に笑う初老の男。 「この人!?」ウィルは驚いて新聞をルビーの手からひったくった。モノクロだから目や髪の色は分からないが、その写真の男は間違いなくウィルに『七つ鍵のトランク』をくれた人物だった。 急いで記事を読んだ。 三つの赤、消える 二十年に渡り、闇の魔術や呪いと対決 し続けていた男。常に影で活躍し続けて きたドライロット、本名フレドリック・ サンディス、その活動についに終止符が 打たれる時がきた。 去る七月二十九日、彼の館を調べてい た彼は、とうとう呪いに捕まったらしい。 翌日、ダイアゴン横町に姿を現した彼は、 片腕を失っており、呪いを取り除き切れ なかった肌は土気色だったと伝えられる。 「全て終わった」 知らせを聞きつけて駆けつけた魔法省 の役人に対して、それだけを言い残し、 彼は姿を消した。 恐らくは、友人のミルボーン・クリス トファー氏のもとへ向かったのだろう。 氏はこの二十年フレドリック氏の奥方を 預かり世話をし続けている。 ついに救うことのできなかった妻と娘 に、最後の別れを告げるのだろう。 悲劇は、悲劇のままで幕を下ろすこと になりそうである。 「僕、彼からトランクをもらったんだ」 ルビーとキャロルにグリンゴッツでのことを話して聞かせながら、あの老人がウィルが思うよりも有名で力のある魔法使いだったことを認識した。 ウィルが考えている以上に、トランクを貰ったという事実には重い意味があるのかも知れない。
November 6, 2005
コメント(0)
道もそうだが、何よりも重要なのは魔法の授業が行なわれる、ということだった。魔法族の家庭で育った子ばかりではない、マグルの家の子もいる。そういう子たちにとって魔法は未知のものだ。どんな授業が行なわれるのかと、不安を隠し切れないでいた。 その不安を取り除いたのは、初日(月曜)の午後にあった「薬草学」だった。ずんぐり小柄なスプラウト先生が担任の教科だが、城の裏にある温室での一回目の授業の題材は、魔法族もマグルにとってもなじみ深いハーブの特性と効能だった。午前中にあったマクゴナガル先生の「変身術」では、教室に入った途端に机が羊の群れになって生徒たちを迎え、散々ノートを取らさせられた挙げ句にマッチ棒を針に変える練習が行なわれたのだが、だれ一人満足に変身させられずに全員揃って自信を喪失していただけに、見慣れたハーブが心を和ませてくれたのだった。 その後の「闇の魔術の防衛術」も肩透かしだった。言葉からして、相当レベルの高い難しい授業になるだろうと思われたのに最初の授業、二時間に渡るクィレル先生の講義で得られたものは先生は一言発する度におびえて吃るので、言ってることを理解するためには教科書と照らし合わせなくてはならない、ということと吸血鬼はニンニクが嫌いだ、ということの二つだけだった。そんなのは幼稚園児の妖怪辞典にだって載っていることで、学校で講義してもらうようなこととは思えなかった。
November 5, 2005
コメント(0)
魔法の授業 翌日、朝起きた瞬間からウィルたち一年生は困難にぶつかった。食事にすら行けないという事実を突きつけられたのだ。 食事は全て、全寮生の集まる大広間にて行なわれる。なのに、一年生は道をまったく覚えていなかった。先輩に聞けばいい、そう軽く考えていたのに先輩たちは一様に道順を口で教えはするが、つれてまでは行ってくれないのだ。 学校内の秘密は自分の身で体験して知るべし、それがホグワーツ開校以来の伝統なのだと言う。 そう言われて、ウィルは途方に暮れてしまった。ホグワーツには一四二もの階段があった。広い壮大な階段、狭いガタガタの階段、金曜日にはいつもと違うところへつながる階段、真中辺りで毎回一段消えてしまうので忘れずにジャンプしなければならない階段・・・。扉もいろいろあった。丁寧にお願いしないと開かない扉、正確に一定の場所をくすぐらないと開かない扉、扉のように見えるけど実は硬い壁が扉のふりをしている扉。物という物が動いてしまうので、どこに何があるのかを覚えるのもたいへんだった。肖像画の人物もしょっちゅう訪問しあっているし、鎧だってきっと歩けるに違いない。 要するに、目印のつけようがなく。ほとんど勘で歩くことになる。目を頼るな、と言う教えのつもりなのか、それとも遊園地のびっくりハウスをまねて作られてでもいるのか・・・昨夜の歓迎会の時のダンブルドアの挨拶の突飛さを思うと、何となくウィルには後者なように思えたが、どちらにしても迷惑な話しだった。 幸い、迷いそうなときウィルにはゴーストの道案内が付いていたが、なぞなぞ形式でだから答えを見つけるのはそれほど楽ではない上に、凍りつくような寒気と一対のものだったからウィルとしては、凍えてしまう前に道を覚える必要を強く感じずにはいられなかった。 それにホグワーツでは道を覚える以外にもいろいろな障害を潜り抜けなくてはならなかった。 そのうちの一つであるゴーストは寒気さえ我慢すれば害はない。それどころか道を教えてくれたりもする親切さも持っている。スリザリン寮に住む陰気なゴースト「血みどろ男爵」にだけは話しかける気になれないにしてもだ。 だが、ポルター・ガイストのビーブズとかいうのだけは始末が悪かった。「霧の中のレイチェル」に言わせるとビーブズは厳密に言えばゴーストではないらしい。確かに見た目からして違う、ゴーストたちは白く透き通るような色なのに、ビーブズは青かったり紅かったり、着てる服も毎回違ってる気がする、が、そんなことはどうでも良かった。問題なのは、こいつの性格の悪さだった。教室だろうが廊下だろうが、寮の中だろうがおかまいなしで突然頭の上でバケツの水をぶち撒けたり、段が消えてしまう階段のところでジャンプした途端ローブを引っ張ったり、考えられる限りのイタズラをするのだ。 中でもやっかいなのが、管理人のアーガス・フィルチを巻き込んだときだ。ビーブズはともかくフィルチの方はビーブズを憎み切っているのだが、それでも規則違反をする生徒よりはマシと考えているようで、ビーブズに追われて逃げ込む先で待ち構えていて、実際はビーブズがフィルチのところへと生徒を追い込むのだが、地下牢に閉じ込めるとか塔の上から逆さづりにするぞと脅すのだ。生徒たちへのお仕置が好きで堪らないらしい。 そんなだから、ビーブズなしでもフィルチはやっかいだ。フィルチはミセス・ノリスという、やせこけたほこりっぽい色で目はフィルチそっくりのランプみたいな出目金の、猫を飼っている。ミセス・ノリスは一人で学校内を見回り、規則違反をする者を見つけるとすぐにフィルチにご注進、二秒後にはフィルチが息急切って駆けつけて来る。 フィルチは秘密の階段を誰よりも知っていて、ゴーストと同じくらい突然目の前に現れた。生徒たちはみんなフィルチが嫌いで(もちろんフィルチの方でも生徒を嫌っている)、ミセス・ノリスを一度しこたま蹴り飛ばしたいというのが密かな熱い願いだった。
November 4, 2005
コメント(0)
まだ組分けが済んでいないのはあと三人だけになった。「ターピン・リサ」もレイブンクローになった。ルビーの隣に座った。次の「ウイーズリー・ロン」はグリフィンドールに、「ザビニ・ブレーズ」はスリザリンに決まった。マクゴナガル先生はクルクルと巻紙をしまい、帽子を片づけた。 アルバス・ダンブルドアが立ち上がった。腕を大きく広げ、みんなに会えるのがこのうえもない喜びだというようにニッコリ笑った。 「おめでとう! ホグワーツの新入生、おめでとう! 歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせていただきたい。では、いきますぞ。そーれ! わっしょい! こらしょい! どっこらしょい! 以上!」ダンブルドアは席につき、出席者全員が拍手し歓声を上げた。ウィルは完全に、緊張を緩和されてしまった。城の壮大さや、年代を感じさせる装飾に少なからず気圧されていたのが嘘のように消えていく。 それを計算して、こういう突飛な挨拶をしているんだとしたら・・・すごい切れものと言うところだけど、単に常識外れなだけかも知れない。 「わぁお!」 ルビーの歓声で視線を再びテーブルに戻した。一瞬、言葉がなかった。目の前にある大皿が食べ物でいっぱいになっている。 「私からも、おめでとう!を言わせてもらうわね。・・・問題!今日から、昨日までと比べられないくらい増えるのはなぁ~んだ?」 再び、あのゴースト少女が問題を出題してきた。銀色の瞳がウィルを見つめている。何故か気に入られてしまったらしい。 ウィルには答えがなんなのか、考えるまでもなくわかったが即答せずに、答えを待つレイブンクロー生全員を視線で一撫でして微笑んだ。 「家族!」 マクゴナガル先生も言っていた。学校では寮生全てが家族のようなものだ、と。 もちろん、正解だった。一瞬にして、新入生の歓迎会は家族の団らんの場となり、あちこちで談笑の花が咲いた。 家族の話し、授業の話し、話題に困ることはなさそうだ。おそらく、ウィルのいる辺りが一番静かだったろう。ルビーは無我夢中で出てきた料理を端から食べ尽くそうとしているし、キャロルはロジャーとかいう上級生に取り分けてもらったステーキと格闘を演じている。彼女には大き過ぎたらしい。 そして当のウィルに至っては何人ものゴーストに取り囲まれ、冷凍庫に放り込まれたような気分になっていた。 「問題!」先刻からウィルにつきまとっていた、やたら問題を出す少女。『霧の中のレイチェル』と言う名だそうだが、この子は相変わらず問題を出し続けているし、『夢見るドロシー』は一言もしゃべらずにウィルの目を見つめている。後の二人、頭に矢の刺さった『風穴のテリー』とやたらと目が大きい『ペンキ屋トム』は少し離れたところからウィルを見てニヤニヤ笑いながら浮いていた。 あまり気分のいいものではない。なぜ鳥肌が出ないのか、ウィルにはとても不思議だった。 食べ物が消え去り、お皿が前のようにピカピカになった。まもなくデザートが現れ、ありとあらゆる味のアイスクリームが出てきたがウィルには自分もアイスになりそうな気がしてとても食べる気にはなれなかった。 それでも、なんとか体の冷えを防ごうとアップルパイを一切れ手に取ったところで、耳元で悲鳴が上がった。 「きゃー! ペネロピー、大変よ!!」 びっくりして振り返ると、一つか二つ年上の女の子がウィルを目を見開いて見つめていた。 どうせなら笑いかけてほしいな、そう思ったウィルの耳に別の声が割り込んできた。 「どうしたの? チョウ」更に年上の女の子が駆けつけてきて、同じように目を見開いて立ち尽くした。 「なんてこと! あなたたち離れなさい!! この子を凍死させる気!?」ゴーストたちに向かって叫んで、追い散らすと、その女の子はテーブルを片手で軽く叩いた。 「ホットココアを一つ!」 一瞬の間を置いて、暖かな湯気を立てる甘い香りの液体を入れたゴブレットが現れた。 「さ、これを飲みなさい! 死人みたいな顔になってるわよ」 チョウと呼ばれてた子が、ゴブレッドをつかんでウィルの口元まで運んでくれた。ウィルはそれを受け取ると、一口すすった。途端に、全身に感覚が戻ってきた。凍りついていたのが解けた感じがする。ウィルはゆっくりと熱いココアを飲み干し、ほっと息を吐いた。 ウィルが何も食べないうちにデザートは消えてしまい、ダンブルドア先生がまた立ち上がった。広間中がシーンとなった。 「エヘンー全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから、また二言、三言。新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある。一年生に注意しておくが、構内にある森に入ってはいけません。これは上級生にも、何人かの生徒たちに特に注意しておきます」 ダンブルドアはキラキラッとした目でグリフィンドール寮のほうを見た。 「管理人のフィルチさんから授業の合間に廊下で魔法を使わないようにという注意がありました」 「今学期は二週目にクィディッチの予選があります。寮のチームに参加したい人はマダム・フーチに連絡してください」 「最後ですが、とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい四階の右側の廊下に入ってはいけません」 ルビーが微かに笑い、キャロルが硬直した。ペネロピーが理由の説明もなしに立入禁止なんて変だとか別の誰かと囁いているが、ウィルはまったく違うことを考えていた。魔法世界に入って初めて、意味の分からない言葉に出会ったのだ。 クィディッチって、なんだろ? 「では、寝る前に校歌を歌いましょう!」 ダンブルドアが声を張り上げたので、ウィルは考えるのをやめた。予選だとか、チームだとかいう単語の出るものに自分が関わるはずがない。 ダンブルドアが魔法の杖をまるで杖先に止まったはえを振り払うようにヒョイと動かすと、金色のリボンが長々と流れ出て、テーブルの上高く昇り、ヘビのようにくねくねと曲がって文字を書いた。 「みんな好きなメロディーで。では、さん、し 、はい!」 学校中が大声でうなった。 ホグワーツ ホグワーツ ホグホグ ワッワッ ホグワーツ 教えて どうぞ 僕たちに 老いても ハゲても 青二才でも 頭にゃなんとか詰め込める おもしろいものを詰め込める 今はからっぽ 空気詰め 死んだハエやら がらくた詰め 教えて 価値のあるものを 教えて 忘れてしまったものを ベストを尽くせば 後はお任せ 学べよ脳みそ 腐るまで みんなバラバラに歌い終えた。ウィルは歌詞を読むので精一杯だったし、キャロルは周りの大音響に驚いて呆然と立ち尽くしていた。一年生のほとんどがそんな感じで、ウィルの見る限りルビーだけが陽気に歌っていた。あえて、どんなメロディーかとは言わないけど。 「ああ、音楽とは何にも勝る魔法じゃ」 いったい今の歌のどこに感激したのか、涙を拭いながらダンブルドアが言った。 「さあ、諸君、就寝時間。駆け足!」 ダンブルドアの声に一番早く反応したのはグリフィンドールだった。ざわめく人混みの間を突っ切って広間を出ていく。次いでスリザリンが整然と立ち去り、次がレイブンクローだった。 さっきホットココアをくれたぺネロピーという上級生が先頭に立って誘導している。 ウィルはなんとか道順を覚えようと辺りに目を配りながら列に付いて歩いたが、いくつかのドアを通りぬけ、廊下を二度ほど折れたところで断念した。何しろドアに見えるのが絵だったり、絵が扉だったり、しまいには今通ったはずの廊下が次の瞬間振り向くと消えていたりするのだ。複雑すぎて一度では覚えきれそうになかった。 「さあ、着いたわ」 ぺネロピーの声で目を向けると、そこには大きな双頭の鷹の像が翼を広げて生徒たちを待ち受けていた。 「食事は済んだか?」 その鷹が重々しく聞いた。 「stange how a good dinner reconciles everybody.(いい食事をすると、みんな仲良くなれる)」 ペネロピーがそう応えると、鷹は広げていた翼を閉じ、その後ろに左右一つずつ細い亀裂があるのが見えた。みんな一人ずつその亀裂を潜り抜けた。三年生のジョーゼフ・ジェイコブズというのが途中つっかえてしまい、みんなに笑われていた。 亀裂はレイブンクローの談話室につながっていた。正三角形の部屋に木製の肘掛け椅子と、円形のテーブルがたくさんあって、真中の奥、正面の角に大きな暖炉があった。 左右の角にはドアがあって、右が女子寮、左が男子寮に続いているとペネロピーが言い、その指示でそれぞれの部屋に入った。ウィルはルビーとキャロルにおやすみを言うと、鉛のように重くなった足を引きずってあてがわれた部屋へ向かった。 部屋は大きな広間を厚い藍色のビロードのカーテンで間切りしてあるだけのもので、カーテンの中には天蓋付きのベッドが五つ置いてあった。 荷物はもう届いていた、みんなものも言わずにパジャマに着替え、ベッドに潜り込んだ。 隣に誰がいるのかも分からないまま、眠りにつく。明日から、いよいよ授業が始まる。その興奮も眠りをさまだげることはできなかった。ウィルは夢も見ずに熟睡した。
November 3, 2005
コメント(0)
マクゴナガル先生が長い羊皮紙の巻紙を手にして前に進み出た。 「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子をかぶって椅子に座り、組分けを受けてください」 「アボット・ハンナ!」 ピンクの頬をした、金髪のおさげの少女が、転がるように前に出てきた。帽子をかぶると目が隠れるほどだった。腰掛けた。一瞬の沈黙・・・ 「ハッフルパフ!」と帽子が叫んだ。 右側のテーブルから歓声と拍手が上がり、ハンナはハッフルパフのテーブルに付いた。太った修道士のゴーストがハンナに向かってうれしそうに手を振るのが見えた。 「ボーンズ・スーザン!」 帽子がまた「ハッフルパフ!」と叫び、スーザンは小走りでハンナの隣に座った。 「ブート・テリー!」 「レイブンクロー!」 今度は左端から二番目のテーブルに拍手がわき、テリーが行くと何人かが立って握手で迎えた。 次の「ブロックルハースト・マンディ」もレイブンクローだったが、その次に呼ばれた「ブラウン・ラベンダーが」が初めてグリフィンドールになった。一番左端のテーブルからはじけるような歓声が上がった。「ブルストロード・ミリセント」はスリザリン。「フィンチーフレッチリー・ジャスティン」はハッフルパフだった。 前のほうにいた「フィネガン・シェーマス」は、まるまる一分間椅子に座っていて、それからやっと帽子は「グリフィンドール」と宣言した。 「ゴールドマン・ウィリアム!」 いよいよウィルの番だ。ウィルはルビーの微笑みと、キャロルの片手を上げての挨拶に引きつった笑顔で応えて前に進み出た。 帽子が目許まで落ちて、ウィルは帽子の内側の闇を見た。 「フーム」低い声がウィルの耳の中で聞こえた。 「知性に満ちている。苦労をいとわない忍耐もある。他人のために力を尽くす勇気も持っている。・・・ふむ、知識を吸収しようという貪欲な欲望もあるな・・・知識欲、か。ならば・・・レイブンクロー!」 ウィルは帽子が最後の言葉を広間全体に向かって叫ぶのを聞いた。帽子を脱ぎ、ウィルはレイブンクローのテーブルへと急いだ。 何百もの視線に晒されることに、慣れてなかったし、どちらかと言えば嫌いだったから。 レイブンクローの寮生たちが何人か立ち上がって握手を求めてきたり、肩を叩いたりして歓迎してくれた。ふと見るとテーブルの上のあたりに、さっきの少女のゴーストがフワフワ浮いて微笑んでいた。 組分けの儀式はどんどん進んだ。うれしいことにルビーとキャロルもレイブンクローだった。正直、キャロルはともかくルビーは違う所になるんじゃないかと心配していたから、とってもホッとした。 ようやく気持ちが落ち着いてきてテーブルに目を向けると空っぽの金の皿がいくつも置いてあった。ウィルは、食べかけだった『漏れ鍋』の弁当のことを思い出した。 その時、広間全体の空気が変わった。ザワザワと話し声のしていた広間にシーッという声が広まり、シンッと静まり返ったのだ。 「ハリー・ポッターだって・・・」誰もが息を呑んで組分け帽子をかぶった少年を見つめている。 息の詰まるような数分が過ぎた。 「・・・グリフィンドール!」ずいぶん時間がかかって結論が出た。帽子を脱いだその男の子は、黒髪で少しヨレた感じの眼鏡を掛け、額には・・・さきほどまで聞いていた噂通りの稲妻型の傷があった。 グリフィンドールのテーブルからひときわ大きな歓声があがった。 「ポッターを取った!ポッターを取った!」 ウィルのようにマグル出身のものには理解できないが、魔法族の家庭で生まれ育ったものには相当に大きな存在であるらしい。 見かけはちっとも強そうじゃない。それどころかひ弱にすら見える男の子をウィルは目で追いかけた。ハリーは襟服のゴーストと向き合って座り、腕に触れられたようで身を強ばらせていた。 ハリーが顔を上げ、何かを見た。視線を追って始めて、ウィルは来賓席を見た。端っこにあの巨体が座っていて、ハリーの視線に気付くと親指を上げて「よかった」という合図をしていた。ハリーも笑顔を返している。 来賓席の真中で金色の椅子に座っているのがアルバス・ダンブルドア校長だろうということは、容易に察することができた。あの顎髯に口髭で、ただの管理人だ、なんてことがあるはずない。『漏れ鍋』にいたクィレル先生もいた。大きな紫色のターバンを付けた姿がひときわへんてこりんだった。
November 2, 2005
コメント(0)
全241件 (241件中 1-50件目)


