チョコと私の愛しい日々

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2021.12.27
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テーマ: 徒然日記(25174)
カテゴリ: ひとりごと
​​​​​チョコと暮らし始めて一年半。

犬と一緒にいると、毎日、笑ったり、心配したり、
夫と2人暮らしの時とは比べものにならないくらい
大きく感情が揺れ動きます。

その拍子に、心の奥底にしまいこんでいた記憶のフタが
ふとゆるむ瞬間があります。

たとえば、料理をしている私のそばに来たがるチョコに
「あぶないからこっちに来ちゃダメだよ」って言う時。
子供がいたらこんな感じなのかなって、甘いような


そして思い出すのです。

30代の後半から4年ほど続けた不妊治療のこと。
子供を切に望んでいた時のこと。



キッチンに入りたいけど我慢するチョコ



当時、私は仕事をしながら都内のクリニックまで
治療に通っていました。

顕微受精に定評があったそのクリニックはいつも
とても混んでいました。

内診室にはカーテンで仕切られた診察台がずらっと
並び、つぎつぎに患者が横になり、診察を受けます。
医師も患者もお互いを個人として認識することはありません。

体外受精のための採卵は無麻酔。


手術室の前で並んで採卵を待つ間、私の手はいつも
冷たい汗をかいていました。

動かないように看護婦さんに抑えられ、
手術台の上で卵巣に針を差し込まれる瞬間、
私の子供はこの痛みと恐怖の中で生を受けるのかと、


採卵後は止血のために大量のガーゼを押し込まれます。
これが採卵以上に痛くて、歯を食いしばって我慢しました。

数日して無事に受精卵ができたら、それを子宮に移植します。

手術台に寝た患者はモニター上の超音波映像を見ている
よう促されます。これは、着床の瞬間を患者に見せて、
このきわめて人工的なプロセスに喜びを添える、
せめてもの配慮だったのだと思います。

でも、私はそれを見て喜びを感じたことは一度もなかった。
むしろどことなく滑稽だと思っていました。

すべてが本来の妊娠のプロセスとはかけ離れていて、
冷たくて、怖くて、痛かった。

でも、当時は、子供が欲しくて必死だったから、
できるだけ心を動かさないように、
淡々とこのプロセスをこなしていました。

この程度のこと乗り切れなければ子供は授かれない、
これは子供を授かるための試練なのだと言い聞かせて。




パパと仲良しチョコ



本当に精神的にしんどかったのは、受精卵の移植後です。

受精卵のはじめの成長は卵の質で決まるそうですが、
自分のお腹の中の受精卵があると知っていれば、
どうしたって、うまく育ってくれるかは自分にかかって
いるような気がしてしまいます。

だから、体はあたためたほうがいいかなとか、
血行をよくするために適度に運動しようとか、
常に受精卵を意識しながら過ごすことになります。

「お願い、育って」と祈りながら。

そんなふうに何週間かを過ごすと、妊娠のごく初期とは
いえ、お母さんになったような気がするのですよね。

流れたと知った日は、まっすぐに職場に戻ることが
できませんでした。

病院の近くの公園で少し泣いて、
時にはフルーツパーラーで大きなパフェを注文して、
それでもダメな時は会社に休みの連絡を入れて、
家に帰って1人でぼんやりしていました。


結局、私の受精卵は赤ちゃんに育つことはなく、
一番長く妊娠が継続した受精卵が流れた後、
私は治療をやめました。

6年前の夏でした。




パパのマッサージを受けるチョコ



やるだけのことをやったから後悔はないでしょ?

知人に不妊治療をやめたと告げるとそう言われました。

そんなわけあるはずない!!

私はどんなに頑張っても赤ちゃんができないことが
悔しくってたまらなかったし、子供がいない人生を
受け入れることもできなかった。

今でも覚えていますが、不妊治療をやめた年の年末、
声帯を摘出した、つんくさんが紅白歌合戦に
出場しました。

声を失ったつんくさんを救ったのは、お子さんたちの
存在だったという感動のナレーションが流れた時、
腹の底から怒りと悲しみがこみ上げてきました。


じゃあさ、子供のいない人は辛い時どうしたらいいの?


歌を生業にする人が声を失うことがどれほどのことか、
理解はしていました。

けれども、その時の私には、その手放しの家族礼賛が
胸につき刺さりました。

子供はすばらしい。子育ては喜びだ。
それは間違いない。でも、そのあまりにも正しい真理は
時に子供のいない人間を打ちのめします。




編み物を始めるとかならずそばに来て眠るチョコ



では、その状態からどう立ち直ったかといいますと、
私の場合、結局、強制終了でした。

ほどなくして、大病を患い、病気を治すことで
手一杯になってしまったのです。

でも、今思えば、これが良かったのかな、と思います。

長く仕事を休んで、自分のペースで静かに暮らしている
うちに心と体が回復していきました。

子供は授かりものであって、こればかりは努力では
どうにもならないのだ、ということが少しずつ
心に染み込んできました。

今でも心の奥底には痛みやかなしみが沈んでいて、
時に胸がチクリと痛むことはあります。

この先もおりおりに子供がいないことをさみしく
思うことがあるでしょう。


だけど、私たちのもとには赤ちゃんのかわりに、
ふわふわの毛皮を着た小さなチワワがやってきました。

そして、私たちに命を育む喜びを教えてくれました。

休日の朝、チョコを挟んで、川の字で二度寝する時、
私たちは間違いなく家族だと感じます。




歯磨きいや〜んのチョコ



つんくさんの紅白出場から6年。
そろそろ心の荷を一つおろしたくて、迷いつつも
あの頃のことを書いてみました。


===============================

もし不妊治療に関する記述を不快に感じられた方が
いたら大変申し訳ありません。

私は子供を授かれなかったので、不妊治療が心の痛み
として残ってしまったのですが、子供を授かっていれば
一つの思い出となっていたでしょうし、そうでなくても
治療はして良かったと思っています。

現在、新生児の10数人に1人が体外受精で生まれる
そうです。いまや不妊治療は子供を願う人にとって
大きな希望です。2022年からは保険適用もされます。

それでも、不妊治療が女性にとって心身ともに辛い
治療であることには変わりありません。

この治療が広く知られ、理解されることを切に願っています。







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最終更新日  2021.12.29 22:11:52
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