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2016.04.07
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テーマ: 徒然日記(25279)
カテゴリ: 音楽全般
今、毎日通勤時に聞いている32Gのウォークマンにはイエスのアルバムだけでも30種類以上入っていて、曲目をアルファベット順にソートすると同曲異テイクがずらずら並ぶという大変好ましい状態になっている。
今日は朝からAwakenだったんだが、この曲の、天に召されていくような高揚感は、全体としてはどうよと思ったユニオ ンツアー版が実はダントツにいい(他に聞いたのは、スタジオ録音盤、keys to ascension版、70年代後半のライブ版、ディヴィソン版)。

ダブルギターとダブルキーボード(果たしてトニー・ケイがどこまで仕事していたかは不明)、ダブルドラムス(ビルはパーカッション担当)で音が分 厚くなった分、ジョンの声もヴォーカルマイクが いい仕事していて(音響さんの仕事かな)どこまでも伸びやかに反響するし、リックのキーボード、なかでもチャーチオルガンが冴えわたっている。
スタジオ録音盤は本物のチャーチオルガン使っているし、いくらでもミキシングできるけど、ライブでコーラスとかチャーチオルガンの響きとかキリスト教的な響きを再現するには、やはり90年代を待たねばならなかったかな。ユニオンライブの5年後のアセンション盤はなぜかオルガンがピロピロ人工音っぽくてしょぼく聞こえる。
映像も何度か観ているんだけど、そんなにすごさは伝わってこなくて、音だけで聞いた方が良さがわかる曲の一つだな。
ただ、意外にもベースの聞かせどころが少なくて、途中の静寂感のあるところでずっとシンコペーションで拍をずらしまくっているのが目立つくらい。 クリスはこの曲好きじゃないだろうな(笑)。

私はこの曲に約40年の時を経て最近出会ったばかりだけれど、プログレ最盛期が70年代中ごろということを思うと、これはまさにプログレの白鳥の歌なんだと思う。イエスファンの中にも、ここまでが全盛期で、トーマトは衰退期、その後のジョンやリックを欠くイエス)は別のイエス、という意見は多いようだ。
本来ならそうして約10年で輝かしい歴史を閉じてもよかったのに、クリスの頑張りでその後35年以上もひっぱった。最近のセルフコピーバンドとしての活動はどうかと思うけど、プログレが古臭くなり見向きもされなかった大変な時代も、スタイルを替え助っ人を頼りながらもなんとかライブを行ってバンド生命を繋いできたのは、聴衆 といううつろいやすいものを相手にどう仕事したらいいかを冷静に考えられたクリスなのかもしれない。なにしろジョンは社会性を無視した自己完結型だからビジネスには向かないし、ハウはギターさえ弾ければエイジアだろうがGTRだろうがどこへでも行っちゃうし、リックはパートタイマーだしね。あ、アランがいたっけ。アランはクリスの中に抱合されているのよ。

【イエススピーク】

でも後から出たディレクターズエディションより一人ひとりのインタビューが長くて、こっちのほうが私はいいなあ。大型バスで大陸を移動するツアーの様子もよくわかって楽しい。

リックの衣装が入っているパーソナルバゲージがたんす1棹分(というか大型冷蔵庫)くらいある巨大なもので驚いた。 小柄な日本人なら3人くらい入りそうだ。ヴィトンのを見たことがある旅行用クローゼットをさらに大きくしたようなもので、衣装を吊るせるスペース と引き出し部分に分かれている。外装は楽器ケース並みに頑丈そうだった。あの引き出しにはたためる衣類のほか指先周りのグルーミングセットとか 大量の薬とか血圧計とかが入っているに違いない。まあ、数カ月の間移動しながら生活するわけだから、荷物は多いんだろうな。隣にあったのが多分アランのやつで、リックの2/3ほどの大きさだった。
ところで、リックに同行していた女性は誰だろう。この時期、もうニナとはうまくいってなくて、でも今の妻のレイチェルでもない。間にもう一人いたっけ。あ、籍を入れてない妻がいたな。

離婚後のニナ・カーターのセレブ生活ぶりを向こうの雑誌記事で読んだら(立派なコテージも多分リックが買った)、わりとあけすけとなんでも話していて、「リックは落ち着かない人で最初から別居婚のようだった」とか「最後の数年は口も利かずメールとFAXでやりとりしていた」と結構もめた離婚だったようだ。リックは私の家族を悪く言うみたいな物騒な発言もあって、おおおこんなん書いちゃっていいのかと。まあリックはそういう人だよね。悪気はないんだよきっと。今でこそ家庭菜園やったりして好々爺みたいだけど、基本、動き回って仕事するのが好きな子どもだから。リックみたいな人には自分の感情は殺して秘書のように始終べったりくっついて回る女性か、ちゃんと仕事を持ってい て放っておかれても平気な人でないとだめだろう。

あとライブ会場で、メンバーそれぞれの個室がない時は、リックとアランとクリスが同室だった。さもありなん。だってジョンは冥想しなくちゃだし、ハウも本番前は一人で過ごさなくちゃ、だもんね。そういうこだわりのないでかい2人とドラムのおっちゃんは、やっぱりアーティストというより職人なのだろう。

朝はABWHのclose to the edgeを見ながら支度していたんだが、まだ細くて美しかったリックの指さばきがたくさん拝めて眼福だ。このときのライブのソロが、ニコ動では「神キーボード」として登録されていて、「インテルめりこんでる」「ラスボスきた~」とかニコ動世代の人たちの書き込みに笑ってしまう。

今は指も太くごつくなってしまったけど、丁度40歳くらいのリックの手はすらりと長くて、理想的なピアノ弾きの手をしている。なにしろ人差し指が 薬指より長い。私は逆なのでうらやましい。1-2指の広がりはレパートリーに影響する。そして中指の長さ=黒鍵の長さ(約10センチ)だった。うわあああ。鍵盤からの掌のはみ出し具合から、私より全体3センチは大きいと思っていたけど、指だけで2.5センチ長いということは、手全体では4センチ以上違うと思うわ。

【どりーむしあたあ】
あと昨日、初めてドリームシアターのライブをニコ動で観てしまった。なんなのあの人たち。プログレ雑技団?曲芸?プログレッシヴメタルなるジャンルがあるのも初めて知った。プログレなのはわかるけど、これがメタルなの?
でも実はああいうの好きだ。ああいう変態的な曲は俄然分析したくなる。あれ即興じゃなくて全部計算されつくしているし。
全員音大出身で、要するに理論を知った上で遊んでいるテク自慢のヲタク集団なのね。ただ私はテクをひけらかされるとどうしてもクラシックと比べてしまうので、「ほおおやるなあ」ぐらいで「すげえ」ってはならないんだけど。それに聞いたのはインストだったので飽きるな。声ありもあるのかな。

よくリックの速弾きと比較されるジョーダン・ルーデスさんはこのグループにいる人だった。でも比較できないほど対照的だと思う。そもそもイエス的な音楽にはルーデスさんは興味がないだろう。

速弾きなど肉体機能に依存する技量は加齢とともに失われていくのは避けられないけど、クラシックの場合、若いうちは技術でブイブイ言わせて、でもその間に内面をしっかり磨いて音楽性を深めていけば生き残れる。リックの70年代の遺産みたいなマスターピースがあればいいんだけど、こういう人たちは年をとったらどうなるんだろう?

クラシックでもホロヴィッツのトランスクリプションとかアクロバティックな演奏家は大好物だ。最近だった らランランもそうだし、ユジャワンとかガブリリュクとかリシッツァとかブニアテシヴィリとか。おおお~何気に女流が多いわ。ああそうそう生は聞いたことないけどヴォロドスとか。感動はないけどびっくりはする演奏。音や技量には感動するけど音楽には感動しない、みたいな。
若いころのプレトニョフもキレがあって速弾き超人だったな。ヤングポゴレリチもこのカテゴリーに入れよう。
あーそういえばガブリリュクくん消えちゃったな。10代の頃はまださわやか青年だったけど、すごい汗っかきで鍵盤が汗でぬれて、指が滑ってコケる ような弾きっぷりだったもんなあ。あの汗がアクション部分に入ったら部品が錆びるに違いない。



【婆の昔語り】
あー昔ね、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリという変人として知られた天才ピアニストがいてね。私の中ではグールドと双璧で、ドビュッシーの前奏曲集はこの人のしか受け付けないんだけど、自分に厳しいあまり、ベストなコンディションでないとリサイタルをやらないのよ。でも何年 前に予定は決まっているから、本来だったらその日のために周到に準備してステージに立つべきなんだけど、準備していてもやっぱり妥協できなくてキャンセルしてしまう人なのよ。80年代にリサイタルでやってきたときは3回中2回キャンセルし、その一回も途中で放りだした。
私は奇跡的にもこの時代に彼の演奏を2回聞くことができたんだが(一回はチェリビダッケとのシューマンというこれまた歴史的な珍演!)、リサイタルはプログラムの半分で終わってしまった。

彼は自分のピアノと専属の調律師を連れて旅をする人だったが、日本に来たら湿度のせいでなかなかピアノが思うように鳴らない。それでまず開演が1時間以上遅れた。彼の演奏を聞きたくて仕方がない聴衆は、ホールの中に入ることも許されず、ロビーやホワイエで待ちぼうけ。妥協許すまじ!の精神を尊び、みんなじっと待つ。
結局、自分のピアノではベストな演奏はできないと判断し、選んだのはヤマハのCIII(当時)。で、弾き始めた。もう夢にまでみたミケさんの演奏だった。ところが、前半のプログラム終了後、アナウンスが流れた。「ミケランジェリ氏はこれ以上の演奏を断念しました」。完全なるパフォーマンスを提供できない限り、客の前に立たないというあっぱれな人だった。またファンがこれを許してしまうんだ。みんな盲目。
こういう人は20世紀のクラシック界にはたくさんいて、先のチェリビダッケ(リハーサル魔。どんなオケも共演を嫌がる天才)とかカルロス・クライバーとか。当日ドタキャンだから遠方からやってくるファンはそりゃたいへんだったろう。指揮者ではクライバーが大好きだったが、結局キャンセルされて私は生を聞きそびれている。そしてあっさり若死にした。

これらの人たちに共通するのは「超狭いレパートリー」だった。同じ曲を何十年も磨き続ける。これはクラシック演奏家に許された試練であり喜びなんだと思う。そしてまた客は、その「毎回ほぼ同じ演奏」を聴くために、何度キャンセルされようと執拗に会場に向かう。だって音楽は時間芸術だからね、「今この瞬間に目の前で演奏されている」ことが実は何より重要。記録はあくまでアーカイヴだから。
今で言うとポゴレリッチがそうで、私は10回以上彼のリサイタルに足を運んでいるけれど、ガスパールやショパンのロ短調はもう10回以上聞いている。でもいいの。

で、何を言いたかったというと、クラシックのほうがファンは天才に振り回されているから、イエスのステージがどんだけひどかろうと、キャンセルしないのは偉いという話だ。






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Last updated  2016.04.07 22:41:19
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