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2008.01.06
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カテゴリ: 美術、遺跡、景観
この日曜に金毘羅さんに行ってきました。


目的は、現在特別公開中の書院です。

前々から行こう、と思っていて行きそびれてたとこへ、
友人が誘ってくれたのでした。

大阪から車で約4時間くらい。
金毘羅さんの前に腹ごしらえ。
日曜なので「製麺所」はほとんど休みで、
「長田うどん」にて3人で6玉の「たらいうどん」を


友人としゃべっとったのですが、

「うどんツアー」が成立するのは、
最小ロットである「一玉」は、満腹を満たすほどの量ではなく、
一回一回が「飽和感」なく食べられる味であり、、、
価格が極めて安価であるから、、、
だろうと、、

その意味で、
「そばツアー」は、最後の要件を、
「ラーメンツアー」は一点目と二点目を、
「ギョーザツアー」は二点目をそれぞれ満たさない

しかし、この日は、あとでいろいろ食する予定で「腹八分目」でおとなしく納めることとしました。



駐車は、駅前の町営駐車場が満車で向かいの呼び込みに応じて、
1回500円(時間無制限)の民間駐車場へ。
もっと近くに民間駐車場はあるのですが、
近くほど人通りも多く運転困難になるだろうとの予測はあたってました。

書院の特別公開やから、、というより、


参道につながる道が、「旧高松街道」で、
「こんぴらレトロ街道」という、「どうか、、、」と思うようなネーミングを大書した、
しかしそこは、たしかにレトロというか、
昔ながらの普通の商店街が続いています。
コロッケ屋さんの行列をやりすごしながら参道へ向かいます。

石段に至るまでも上り坂で、
両脇には、みやげ物屋や食べ物屋が軒を連ね、
「香りも看板」といわんばかりの盛況。
焼き栗なんかもあり縁日のようです。

途中、うどん屋さんが2軒並んでいて、
各々が前に立って大声で互いに、
「ウチがうどん屋としてはホンモノで、隣はニセモノ」みたいなことを
連呼してます。
「いと、すさまじ」といったところで、正直、「業」を見る思いです。
(何が「ホンモノ、、、」か、よく判らなかったのですが、
 もしかしたら、金毘羅さんの書院に飾っていた、江戸時代の屏風に描かれている
 「うどん屋」が、どちらか、、ということなのかもしれません。
 先祖が「辻斬り」や「百鬼夜行(どんな?)」とかやったら、屏風に描かれていて
 も、カミングアウトはしないであろうに、、、、)

また、妙にリアルな「犬」の置物も結構あちこちにおいてあり、
「なんや??」と思ったのですが、
昔、犬に札かなにかかけて「代参」してもらった、、、という故事にちなむそうです。実際の風習なのか、伝説なのか、、、はよくわかりませんが。
地元で「巡礼団」が組織されたら、それも可能だったでしょうね。
その場合、代わりの人が参ったら済む気もしますが。犬でなくても。。。


石段は、僕にとってはそれほどキツくはないのですが登り応えはあります。
店屋がところどころ途切れた脇道ないし、平坦な敷地には、
必ずといってよいほど「石碑」か「お社」があります。
元々は、何か建物が建っていたのでしょうか。
ずっと前からあいていた、、という感じでも無い気がしたのですが。
そんな中では、
軍人系の石碑もいくつか眼につきました。
航海の神様ということもあって、
江戸期に信仰を集めた後、
明治政府の軍事優先政権時に「海軍の守り神」扱いだったせいでしょうね。

参道沿いには、
神社に寄進した方々の名前が石碑に刻まれていて、
全国の名前がみられます。
大阪など上方も多いようで、「後背地」的な関係にあったのでしょうか。
まあ僕が大阪の人間だから目についたのかもしれませんが。
大きい石碑は、一人100万円です。

本殿に近づくほど、時代の古いものが多いようで、逆に本殿を過ぎて、奥の院へ至る道では
ワリに新しいものが目立ちます。
「坂田藤十郎」の石碑もあったので、
超大昔の大名跡の寄進したものか、、、と一瞬思いましたが、
当然そんなことはなく(「先代」は230年前、、なので)、
こないだまで鴈治郎だった、今の坂田藤十郎のものでした。
なにしろ隣が「扇千景」でしたから。。。

さて、
目指す書院は、しかし、本殿やその手前の旭社、そのさらに手前の「資生堂パーラー」よりもうんと手前、、

今まで、「曲がり角」くらいに思っていたところの「角」が入り口の敷地にあります。

金毘羅さんは確かに神社なのですが、
どうも、この書院、、神社というより、
なんとなく「寺院」の雰囲気がある気もするのですが、、
まあしかし、別に「ほとけさん」があるわけではありません。
ただ、「書院」だから、「神社」「祈祷」の色が無い、、というだけでしょう。
**城から移築した、、といわれても、そうかな、、、と思うような感じ、、、
といったところでしょうか。
写真は内部は禁止なので、外見だけ、、、
金毘羅宮 書院

しかし、これほどのものがあったのに、
今まで(といっても来たことがあるのは、小学校6年のとき、一昨年の2回のみですが)、
まったく意識してませんでした。
「上に上がっていく道が折れ曲がるところ」くらいで、、、


入っていくと、まずは表書院です。
庭は蹴鞠の会が催されるそうで、「式木(しきぎ)」を言われる4種の樹木(松、桜、楓、柳)を植えて、これらに囲まれた四方が「コート」なんだそうです。
その庭に面して、手前がまず白壁で天井まで仕切られた「控えの間」。
いきなり、応挙の実物です。鶴の間とも呼ばれているよう。
天井は簡素な天井です。

その隣が、虎の間と呼ばれている、大きな間。
こちらと、その次の七賢人の間は、ふすま(コレこそが応挙らが描いた障壁画なのですが)で仕切られているだけで、欄間の上、天井までも空いています。
開け放して一間でも使える、、つまりは、控えの間からは、一ランク上の間ということになります。
とはいえ、天井は同じく簡素な天井。
格天井でも、折り上げでもありません。

虎は有名な「八方睨みの虎」どこから見てもコチラを向いてるように見える、、というものです。
もちろん原理的に、平面に書いている以上、どこから見ても、こちらを見ているように見える、、のは、なんでもそうのはずなのですが、
あえてこれがそういわれるのは、それだけ「写実的」にリアルに見えるからなのでしょう。
透視図法がメインで用いられているわけではない作風・時代にあって、
とくに、背景はまったく立体的でもないいわゆる「水墨画」風な中で、
虎だけがリアルな立体として描かれていることで、独特の存在感があるように思います。
虎は日本に居なかったから、顔が猫に似てる、、、ということですが、
ただ単に「虎」というだけなら、中国から来た絵画ででも見たことはあるのではないか、
とも思いますし、やはり、応挙本人の趣味もあったのではないか、とも思いますが、
どんなものでしょう。
いまにもたけり狂いそうな虎ではありません。
表情豊かで(といって擬人化してるわけではなく)、それぞれが「しぐさ」をもつ「虎」。
「活き活きとしている」「"個"性をもっている」そんな「虎」が「集う」部屋、、、
それが「虎の間」であるような気がします。
もっとも本当は、人がたくさん居ない中で、部屋に座って、すべての「画」を
見渡すことが本当は贅沢なんでしょうが、そこまではできません。
しかし、大きな広間なので、順番に見てあるいて、しゃがんで、、、
で、さまざまな「虎たち」に「出会え」ます。

しかし、専門知識は無いので詳しい人からしたら笑止な感想かもしれませんが、
対象物の立体的な描き方と、背景や風物の様式化された描き方(動きはマチエルのレベルも含めて表現してますが)が、一画面で共存している、、というのは、
洋画などでは、そんなに例がないのではないでしょうか?

七賢の間の隣が、最上ランクの身分を迎える部屋、
格天井、そして一段上がった間は折り上げで、
一段上がった間には、伝統的ないわゆる「書院」が廊下に面して設けられています。
これが、上段の間に、山水の間。
部屋に座すと、庭の池に向かって、
保津川や滝が流れ込んでいるかのように描いたというものです。
実際、庭の池との関係を強く意識するかどうかは別として、
1枚1枚ではなく、トータルで「壁画」のように大きな構成になっていて雄大です。
大瀑布!!といった趣ではなく、威圧感の無いダイナミックさという感じがします。
ここでも、透視図法ではなく、超写実というわけではないが、
水のいろんな流れるさまが、おそらくはいろんな技法を駆使して、多彩に描かれています。

ここまでが表書院。
ずいぶん堪能した気分になったのですが、
ここから廊下を渡ると、奥書院です。

この間のところで、「展示」されていたのが、
若冲の描いた「花丸図」が描かれた「ふすま」。
金を施した画面に、
若冲が得意とする、博物誌かと思えるような写実的な植物の鮮やかな写生画が、
規則正しく、縦横に配されています。虫食いのある葉っぱなどまさに若冲ならでは。
それでいて、全体の配色や形の配列に注意がほどこされてるのでしょう、、、
全体でも「絵」になっています。さまになってる、、という言い方の方が近いか、、

これを見た段階では、まさに「展示物」の状態でしたが、
つづいて奥書院で「これがもともとあった場所」をみると、
ほとんど感動というより驚嘆に値するものの「パーツ」であったことがわかります。

が、
そのまえ、
奥書院に至るとまずは茶室が配されていて、
茶室を通って突き当たりには、
リアルで風格のある水墨画の鹿の図、「岸岱」の描いたものです。
おそらくは奥書院のメイン画家となっている画家でこの後多くを眼にすることになります。
たぶん、若冲の図(ほかの画家も?)が破損不朽した後のリニューアル時の
メインの画家だったのではないか、、と思います(未確認の感想です。点数が多かったのでそう思っただけで。)

で、
薄暗い部屋にさしかかると、そこから一段上がった部屋が、
天井から襖・壁まですべて金箔がほどこされ、
一面に、一目で若冲の図とわかる植物図が、描かれています。
リアル金色の5面に、リアルカラーかつリアル描写の植物図誌、、
そして、
さきほどみた「展示されていたふすま」は、
今眺めている(ゆえに、開いている)面に、室内に向けてはまるべきものだったのでした。
つまり、四方に天井が若冲の豪奢な色彩と造形に囲まれる、
まさに「リッチ」な空間の中に身をおくようになっているのでした。

照明は、この身分ですから、ろうそくは使えたでしょうが、
照度がそれほど上がるわけではありません。
でも、赤っぽいろうそく(か行灯?)の光のもと、
光と色彩に満ちた、ほとんど「この世のものとは思えない」特別な空間が、
伝統的日本建築、しかも、宗教施設(の運営・所有者)の居住空間に
もうけられていたことは、驚きそのものです。

そして、金毘羅宮の財力のすさまじさをも思い知らされました。
(つづく)





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Last updated  2008.01.09 02:37:54
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