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つい最近「おめでとう!」なんて言っていたのに、あっという間に12分の1が過ぎていってしまった。1カ月間、仕事をこなすだけで何も進歩していないことに気づく・・・こんなふうに時間を無駄にしていたら、10年20年なんてあっとういう間、すぐにおばあちゃんになっちゃいそう。1日24時間は誰もが平等に与えられた時間。これをどう使うかは自分次第。今の父のように1分1秒たりとも貴重に時間を使えるように心掛けないといけないと思った。明日は久しぶりに実家へ顔を出そうと思う。正直、お正月以来いっていない!
2007.01.31
「1月30日 早いものだ1月も、もう終わりだ!意識はしていないものの、心の片隅には日々、瞬間、瞬間病のことは離れない・・・しかしこれが現実なんだと、自分に言い聞かせながら日は経っていく~~早く全てを生活の一部として取り入れられるようにして健康時の自分を取り戻したい。29日定期検診に行ったが異常はなかった。ただ、此処のところ肛門側が手術前程ではないが痛みを生じいている。又、便が出そうな感じが増えて来た。先生によると、これは誰しもがあることで仕方が無いとの事だそうだ。体調面ではいたって健康で変わりなく車も運転して少しづつ動き出した。 2月からはもう少しピッチを上げて、特に仕事に力を入れなければならない。 今飲んでいる抗がん剤の結果は3月の検査を受けないと分らない・・・ 先ず気持ちを早く切り替えて態勢を整え、頑張ろう。」治療・検査の日々・・・少しづつ仕事もやり始めている。とにかく、父は前向きに生きている。それが一番の治療法なのかもしれない。死を目の前にした人間は2つに分けられる。・どうせ死ぬんだから・・・と気力もなくなり、惰性の日々を送る。・なんとしても病を克服し、以前のような生活を取り戻そうと生きる目標を掲げる。・・・でも、実際は多分この2つがいったりきたりしているのだろう・・・複雑な想いを感じながら、「治る」ともいいがたい病に立ち向かっている。父もそうだと思う、かなり落ち込んでいる様子もあったが、やはり検査結果が良いと生きる気力を持ち直してくれる。父が病気になって、あらためて父の強さを感じている。こんなに強い人だったとは思わなかったんだが・・・。
2007.01.30
後数日で2月。父がガンを宣告されてから1年半が過ぎた。この間、いろいろな治療法、民間療法・・・たくさん試してきた。今現在、父は安定していているが大腸のポリープがまた痛み出している。もうこれは仕方のないことなのだろう。これからずっとガンと一緒に生きていかなければいけないんだ。そのガンを復活させないための治療法をする以外はない。
2007.01.29
久しぶりに父からメールが来た。「1月28日 昨年末退院して早1ヶ月が過ぎた・・・新たな飲み薬に依っての抗がん剤服用も2週間たった。又、ストーマの扱いも1ヶ月過ぎ、まだ戸惑いもありますが、大分慣れ、全てに於いて順調です。後は少しづつながらも仕事を軌道に乗せるだけです。 幸い体調も可也戻ったので、来週あたりから一日2軒でも1軒でも訪問するよう努力しよう。飲み薬の抗がん剤の副作用も殆んどなく、日常の生活には全く支障がありません。 後はこの飲み薬の抗がん剤がどこまで効いているかが心配だ! これは3月の検査までどうすることも出来ない。ただ、良い結果が出ることを祈るだけです。明日からは一日も早く日常生活を健康な時と同じくらいにスムーズに戻すことに全力で努力をするだけです。そして、全てスムーズに来ている事に感謝を、瞬時にも忘れないことです。 特に家族、カミさんにはただただ感謝のみです。 有難う!!」私は少し離れて住んでいるので、父の面倒を直接は見れない。その分母が頑張っている。毎日毎日大変だろう。愚痴も言わずに、むしろ明るくお世話をしてくれている。本当に私から感謝の気持ちでいっぱいです。
2007.01.28
うちのマンションには約90世帯が暮らしている。昔からあるマンションで、新築当時から住んでいる割とお年寄りの方が多い。7年間住んでいると、もうほとんどどんな人がどんな職業についているかぐらいは分かってきた。その中でも闘病生活をしている人が多いのに気づいた。一歩も外に出ず、ヘルパーさんを呼んでいる人が多いのだ。一歩も外に出ていないのに、なぜ私が分かったか?去年から自治会の役員をやっていて、自治会費の集金に各家を回ったから。病気のほとんどはガンで、みな抗がん剤治療中。特に一人暮らしの60代の女性のことが気になってしょうがなかった。昼間に2~3時間ヘルパーを呼んでいるだけで、後はずっと一人で過ごしているというからだ。父のことで十分に抗がん剤の知識を得た私は、あまりに心配になって、「何かあったら連絡をください、私は家で仕事をしているので、日中はほとんどいますから」といって、電話番号を渡した。私の知っている限りで、このマンションだけで4~5人の人がこんな生活を余儀なくされている。もしかしたら、知らないところでたくさんの人が苦しんでいると思うと、正直いって悲しくなる。私たちにできることがあれば、必要最低限のことぐらいはしてあげようと思った。
2007.01.27
今の小学校は月に1回授業参観がある・・・。今日はその日だった。毎回行ってみて思う…「小学校ってこんなんだったっけ?」。とにかく緩い!緩い!緩い!教師の威厳なんてないにも等しいぐらい。公立といえども、あまりの凄まじさに校長に電話してみようかと思った。詳しくは書かないけれど、授業の進め方や風紀の乱れなど、素人が見ても「幼稚園レベル」だ。本当にこんなんだったっけ? これがゆとり教育なの?あまり昔話をしたくないが、私が小学生だったころの先生には「オーラ」があった。厳しくもあり、ときには優しいお母さんのようになり。授業中は静かで、先生が黒板に書くチョークの音も聞き取れた・・・授業参観になると、なおも神聖な空気が流れる・・・。やっぱり時代の流れなのかな~?そういえば、父が授業参観に何度も足を運んでくれたのを思い出す。多分仕事中(営業)だったのだろう、スーツ姿でビシッと決めた父がそこにいた。お母さんたちの群れのずーっと後ろにクビを伸ばして見てくれている父がいた。嬉しかったな~。自分が親になって思う事、本当に両親は私たち子供を愛してくれていたんだなと・・・。
2007.01.26
あるあるの捏造が発覚した。私はあまり見なかった番組だったが、「ガンに効く」とか「ガン予防」とかサブタイトルがついた時には、ビデオを入れるぐらい必死に見ていた。結構いろいろなものがガンに効くんだな~なんて思って、メモに書き止めたりしたこと数回・・・。その回は捏造ではなかったにしても、今回のことがあると、他に放送したものも「嘘」に思えてならない。私は父がガンになってから、本屋にいくと「医療」のコーナー、ネットを開けば「最先端ガン治療」、テレビでもしかり・・・ガンという文字があれば、すぐさま読みまくる、見まくる・・・でも今回の事件・・・一体何を信じればいいのか分からない。後は父の気力と、医師の判断&治療のみ。
2007.01.25
最近バタバタしている…とにかくやることがいっぱい。三食昼寝付きのあの頃に戻りたい・・・。そんなことで、実家へ行く足も遠のいてしまった。父の様子は随時母から聞いているが、やっぱり顔をみないと何だか安心しないもの・・・。でもどうしても行けない!だから久しぶりに携帯メールをしてみた・・・1時間後に父からメール・・・「元気でやっているよ」と始まり、長文のメールだった。大丈夫だと言ってはいても、会いたいんだろうな~孫に・・・来週末辺りは少し暇があるので、何かおいしいものを買ってもっていってあげよう。
2007.01.24
自宅で仕事をしている私は「パソコン」が仕事道具。これがなくては、クライアントさんからのメールや書類の受け取り、HPの更新作業やこのブログもすべて出来なくなる。もしパソコンが壊れたら・・・そんなときのために一定期間でバックアップしているが、それでも何か不安・・・その不安が今日勃発。先月から光ケーブルに替えたんだけど、それから調子がおかしい。ネットしてても途中でプツンと回線が切れること多数。「何か設定を間違えたかな」と思い、今日は一日その作業で終わった・・・。NTTから借りているモデムの初期化からはじめてみた。もう最初~設定しなおすしかない!その後、プロバイダの設定などなど・・・ 夕方・・・やっとまともに光が使えるようになったよ(汗)。スピードも早いし、ストレスがたまらないのがいい!ちょっとこのブログが滞っていたのも、そんな理由があったからなんです・・・
2007.01.23
今日は駅前で母と会った。自宅に来てくれたらしいのだが、私が留守だったので駅周辺を探していたらしい。特に用はないが、お茶でもしようとのこと。父の様子は安定している。今日は病院へ検査に行ったので、母も気晴らしに出かけてきたみたい。とにかく、検査が多い。しょうがないことなんだけど、治療よりも検査の方にかかる時間が多いのが私としては不服。治療といっても、もう手段は少ないので仕方ないが・・・。母も年末年始の頃とは打って変わって元気だった。特に年末はいろいろとゴタゴタしていたので顔色も良くなかったけど、今日は晴れやかだった。たまには外に出てショッピングでもしたい気持ち分かる。今度給料が入ったら、おいしいところにでも連れて行ってあげよう。
2007.01.22
最近の父は体調も良いらしく、少しずつではあるが自宅で仕事をしたりしている。やはり何かやっていないと不安があるのか、体を動かし始めている。去年末からの入院で地獄を体験した父。今は気分一新でゼロからのスタートを切っている。まだまだいろいろと問題はあるものの、やはり人間気力が一番の薬なんだなとあらためて思っている。今の時代、健常者でありながら毎日引き篭もりで、仕事やアルバイトもやる気なしの「ニート」が多いと言われているが、そういう人たちってやっぱり「気力」がゼロなんだろう。やる気がないと、いくら健康でも「生きる屍」状態。父は体は蝕まれているけど、毎日毎日を大切に、一生懸命生きている。そういう人たちは日本にたくさんいるんだろう・・・。命の重みを知ったからこそ、さらに懸命に生きる。私も父を見習わないと。朝、娘と主人を送った後、やっぱりダラダラしてしまい、PC前に座るのに1時間ぐらいかかる。その間何をしてるか? テレビ見て、新聞読んで・・・パンかじって・・・ボーっと(汗)。でも、今PC前に座れたので、この勢いで仕事仕事!
2007.01.21
久しぶりに父からメールが来た。「1月20日 1月も、もう20日だ!腸の手術後の経過も良くストーマの扱いも大分慣れて来たものの、まだ小さな不手際や僅かなトラブルは生じている。 しかし、これも時間が解決してくれるだろう~さて、肝心な抗がん剤の方も飲み薬に変わり、開始して早や1週間、状態は全くわからないのが難だが、3月の検査を待つ以外ない・・・ただ、体調は抜群に良く、食欲も大いにあり、カミさんに叱られる程だ! 体調が良い事は順調なんだろうと思う。いよいよ来週から仕事を少しづつ入れ、日常生活に徐々に戻していこう。先程も言ったように点滴と違い何か飲み薬では物足りないのか・・・ 頼りないのか・・・(><)点滴の時の副作用が強烈だっただけにそう感じる。 とにかく飲み薬が効いていると信じ、良くなって行く事を信じて願うしかない~~」副作用がない抗がん剤…素人でもやっぱり点滴や注射の方が効果大ということは分かる。しかし、父も抗がん剤を長く打ちすぎており、もうこれ以上投与すると体がボロボロになってしまうことから錠剤になった。果たして効果はあるのか? 3月までこの薬を飲み続けて、3月中旬に再度検査がある。その際にガン細胞が大きくなっていなければ問題がないのだが・・・。さっき、このブログを最初~読み返してみた。父が病に臥せてから、回りは気をもんでいる。なら、なぜガンを末期まで放って置いてしまったのか? 事前にもっと家族が気を使わねばならなかったのではないか? 自分自身に腹が立ってくる。ガン発見前は、父と母は離れて暮らしていた。月に1度会えるか会えないか、私に至っては、年に2~3回ぐらいしか会えなかった。でも久しぶりに会って「痩せたな」と思ったことはあった。急激に顔が老け、痩せたあのとき・・・どうして無理にでも病院に連れて行かなかったのだろう。今みたいに家族が父をどこからでも見守っていれば、こんな酷いことにならなかったのに。つくづく反省してる…。だからこそ今、できる限りのことを父にやってあげたい・・・。
2007.01.20
朝、近所のおばさんから電話があった。「朝早くなんだろう?」と思っていたら、「この間、○○区(うちの隣の区)の病院がテレビで紹介されてたよ」という。詳しく聞いてみると、末期ガン患者のガンをも末梢させる方法で、全国はもちろん、海外からも受診者が殺到しているらしい。細かいことは分からないので、これからHPでいろいろ調べてみる。しかし・・・1回の治療が40万円…だと。確実に治るという保障があるなら受けさせたいと思うけど、すべては人間がするもの、100%確実はないのだ。
2007.01.19
今日、何気なくテレビをつけっぱなしで仕事をしていたら、「ガンに効く野菜」というのをやっていた。興味があったので、手をとめてその番組を見ていた。ブロッコリー、白菜これがガンに効果のある野菜。効果といっても「ガン防止」というのが本当だろう。摂取すれば摂取するほど良いと言っていた。さっそく我が家の食事も今日はこの2つの野菜をたっぷりと使った(単純)。幸い、娘もこの野菜は大好き。今の時期は安く買えるので食べられるときにたくさん食べておこうと思う。
2007.01.18
今日、偶然にも駅で母と会った。父の状態は安定していて、良好とのこと。母が出かけているぐらいだから、大丈夫なんだろう。最近本当に実家に行けない。今年の私にはやることがたくさんだ。また娘が小学校に入ったこともあり、行事が多すぎる。何かと土曜日などに行事を入れるからだ。主人の実家にも行っていない。スープの冷めない距離にいるはずなのに、近いからこそなかなか行けない。毎日時間に追われる生活で、自分のことをやるのに精一杯。うまく時間計画を立てて、ゆとりある時間を少しでも作れるように努力をしなくちゃ。
2007.01.17
昨日から錠剤の抗がん剤を飲み続けている父。何がいいって、やっぱり「副作用」が出ないこと。朝昼晩と錠剤+鯉エキスで乗り越えて欲しい。今、いろいろと振り返ると、よく父は頑張っているなと思う。見た目はかわいそうなぐらい痩せてしまった。でも顔にはハキがあり、血色もいい。父はいまのところガンに勝っている。やるべきことをすべてやっているので、あとは医者の治療がどこまで通用してくれるかだな~。「1月16日 朝、昼、晩と飲み薬での投与は終ったが、今のところ順調で楽だ。腸のストーマだが、まだ慣れないせいか、いろいろトラブルが起きる。毎日の事だけに何とか日常の生活の一部として早くスンナリと入っていって欲しい~~今は飲み薬による抗がん剤が良い結果を生むことだけを祈る***」
2007.01.16
父からのメール「1月15日 診察の日だ! 今日から点滴ではなく飲み薬での抗がん剤投与だ。術後の腸は順調のようだ・・・飲み薬での投与はどうゆうものかチョット不安もあり、弱冠のダルさはあったが、点滴よりかなり楽だ。まだ始まったばかりで何とも言えないが・・・ このまま楽な副作用だったら、薬を飲む時間さえキチンと守れば楽だ。 この飲み薬での最初の結果は3月の検査で分る。何とか良い結果が出るようキチンと飲み続けよう」抗がん剤に錠剤もあるなんて知らなかった。素人考えだけど、やっぱり点滴や注射には及ばないほど効果は低そう…。3月の検査でこの抗がん剤の効果がはっきりと表れればいいんだけど…。
2007.01.15
明日、父は病院で検査を受け、抗がん剤を受ける・・・。約1カ月半ぶりの抗がん剤なので、体がびっくりしないかちょっと心配だ。人工肛門もかなり慣れてきたようだし、後はこの抗がん剤がうまくいけば少しは安心できる。父が「余命宣告」を言われてから、もうすぐ1年と5ヶ月が経つ・・・。本当なら(縁起悪いけど)、医者の言う通りだったら、先月は父の1周忌をやっていたはず・・・。考えるだけで恐ろしい。でも、今は食欲もあり、少し痩せたが元気な父がまだ健在だ!健在というか、しっかりと地に足をつけて生きている現実がここにある。今年の5月は、本家の初孫と父のBD。みんなで楽しくお祝いできるといいね!
2007.01.14
最近は忙しく、週末でも実家に行くことが出来ない。その理由は…マンション内の自治会の役員になったからだ。なにせやることがたくさんありすぎる!うちのマンションは古い体質なのか、隣近所同士が非常に仲がいいのが特徴。それはそれでいいのだが、1年を通して行事がありすぎる!今日は「お汁粉会」。1階の集会所でお汁粉を配るのだ。今年の役員は5名しかおらず、5名で餅を焼いたり、お茶を出したり、結構忙しかった。朝9時~2時ぐらいまで「お汁粉会」で、疲れた矢先、部屋に戻ると、主人が「ディズニーランドでも行くか」…。あの~そんな簡単に行くところじゃないんですけど…まあここから車で空いていれば1時間ぐらいで着くが、今ひらめいたように言われても・・・。でも、その話に耳を傾けていた娘が「行く~」!!!結局行きました・・・ディズニーランド・・・。乗り物は3つぐらい、後は夜のエレクトリカルパレードを見て帰ってきた・・・。ふう~。明日は、娘が友達を連れてくるというので、これまた実家に行けなくなった。でも父の方はなんとか安静とのことなので安心しています。
2007.01.13
体調を気遣う毎日なので、父もなかなかメールをよこさなくなった。仕方のないこと。いろいろと考えるところがあるのだろう。でも今日は久しぶりにメールが来たので嬉しい。 「退院以来ゆっくりしたようだ!いろいろ考えていたが途中で何故か無駄な感じがして、それ以後は何も考えず本当にゆっくりした。 もちろん頭の中も空っぽです。会社も始まり、そろそろそれなりの切り換えをしなければならない・・・ ストーマ(人工肛門)の取扱にも大分慣れてきたようだ~ 12日からいよいよ永らくストップしていた新たな抗がん剤も始まるところだったが、11日の夜から以前の腸が痛み出し一晩中、寝られなかった。翌12日は病院には行かず自宅で休んでいた。どうやら手術の際、肛門側に残った異物、便が詰まった様だ・・・何回もの便通で大分良くなった。改めて手術してこの痛みから逃れただけでも良かった事をしみじみ感じた。 15日に診察、そして新たな抗がん剤も始まる。ちょっと不安だが、早く治療しないとかなり間があったからね。(><)***」15日から治療再開とのこと、少し安心した。後は経過を見ていろいろと試してみるのもいいかもしれない。とにかく、今は仕事はいいから自分の体のことを一番に考えて!
2007.01.12
今日は人工肛門の手術を受けてから久しぶりに再開するはずの「抗がん剤」だったが、体調が悪く延期となった。やはり精神的なものなのだろうか? 抗がん剤の日が近づくと体調が悪くなる。どんな痛みなのか、苦しさなのかは分からないが、あんなに強い父がこんなふうになってしまうぐらいなんだから相当だろう。今のところは何の治療もしてないわけだから、ガンの進行が懸念される。早く体調を戻して、治療を進めたいところだ。
2007.01.11
今日は母方のおばあちゃんの家へお年始へ行った。うちのおばあちゃんは今年で94歳!目と耳が多少悪いだけで、あとは元気だ。以前まではうちの実家におばあちゃんは滞在していたが、父の闘病生活が始まってから、母の妹の家でお世話になっている。とにかく、よく笑い、よくしゃべり、よく食べる…本当に元気なおばあちゃん!戦時中をだてに生き延びてきたわけじゃないなあ(笑)。久々に楽しい日々を過ごせた。今度はぜひ父も会えるといいんだけど、その父は私と母がおばあちゃんの家に行っている間一人で留守番!
2007.01.10
今のところ、父の体調も安定していて家族もホッとしているところ。年末年始の忙しさから多少の疲れが出始めたのか、私も床に入るとものの数秒で睡魔に襲われる。今まで床に入ってから、頭の中で考えることがたくさんあり中々眠れなかったことを考えると、その方がずっといい!父も今は毎日の生活を淡々とこなしている最中。まだ仕事はできないが…(父はまだ仕事をしたいという気持ちを持っている)いずれ復帰するのだろう。もう家族は父のことを応援するしかない。父のやりたいことを応援する…それしかない。これからますます寒くなるが、風邪だけには注意して欲しい。
2007.01.09
今日は成人式。私も数十年(汗)前に晴れ着を買ってもらって、母と父と二人でお出掛けしたのを思い出す。あの頃は20歳は大人の仲間入り!なんて思ってたけど、今、あまりの幼い20歳がたくさんでビックリしている。今日は実家に行くため、駅前を通ったんだけど、高校生のノリの成人が道端に座り込んでいた。さっそくタバコをスパスパ吸ってる…。なんだかな~。そんなこんなで実家へ到着!父の顔色は良く、前回来たときとうって変わって明るかった。すべてのことを受け入れて闘っていこうと腹を割ったようだ。夕飯は「すき焼き」。みんなでテーブルを囲み楽しんだ。今週金曜日は抗がん剤の日。結局このまま抗がん剤で様子を見るそうだ。ただ、直接管から入れることはもう出来ないので、当分点滴となる。入院してから現在まで、いっさいの抗がん剤を打っていなかったので、久しぶりの投与で体がびっくりしないよう、祈るばかり。
2007.01.08
今日は義父の70歳の誕生日でした。家族みんなでお祝いをし、義父も喜び溢れていました。この家にとついでから8年…義父、義母は温かく、優しく迎えてくれ、今では本物の親子のような気分であれこれわがままを言えるほどに・・・。世間でよく言われる「嫁姑の問題」なんてうちには無関係、「いいところにお嫁にいけてよかったね」と父もたまに言ってくれてる。義両親は今でも元気で、どちらかといえばいつも私たちの方が元気をもらっている。父の病気に関してもいろいろと心配をしてくれたり、協力してくれたりするので、私も心強く、何の心配もなく今日まで来られた。ただ、やはりもう二人とももう歳…いずれは今の父のような姿になってしまうのだろうか・・・「いつまでもあると思うな~」という言葉があるが、本当、今、このときこそ両家へ親孝行をしなければ…。父が病気になって、あらためて思うようになった。
2007.01.07
父から一ヶ月ぶりにメールが来た。今回はとても長い…でも、父のこの一ヶ月間の思いが綴られている。「新年おめでとうございます。 思えば、2006年はガン治療しながらの一年でした。12月、年も押し詰まって急遽腸の手術をしました。日誌でもいやと云うほど毎日のように書いていた痛い腸のポリープでした。 このまま放っておくと、腸閉塞になるということでした。そうでなくとも慌しい暮れの12日に手術して人工肛門(ストーマ)を付けました。手術に際して腸内に転移していないかの心配もあったのですが、幸い腸内はきれいで、そのまま手術をして無事終えました。2週間の入院生活でしたが、もちろんその間、今までの抗がん剤の治療はストップでした。その抗がん剤も今まで、足のつけ根から管を入れての投与でなく、適した治療法を考えてくれると言う事です。暮と入院と新年で、もう頭の中はへっちゃかめっちゃかで混乱し、整理がつかず、珍しく落ち込んだ日々が続きました。考えてもどうなるものではないことを、どうしても考えてしまい、かえって自分の頭の中を混乱状態にしてしまう。人工肛門をつけた事によって、あれほど痛み苦しんだ腸の痛みも無くなったんだから、それだけでも最高の喜びのはずです・・・又、あれほど痛い思いをした手術の中でいろいろ良い方向への考えを自分なりに想定していました。しかし、退院してからも人工肛門を付けたこと、現在の仕事、そして将来の事等が頭の中を駆け巡り、そうでなくともまだ肝臓、肺臓のガン治療の真っ最中!頭の中は整理がつきませんでした。やはり人間の業なのか、わががま、欲の深さか、自分本位の考え方一辺倒になってしまったんでしょうね。再度、病スタート時の原点にもどり、余命2ヶ月から今日までの奇跡的な人生を考えると、わがままばかりは言っておられません。家族も迷惑をしているでしょう。考えてもどうにもならない事はもう一切考えず、前向きに感謝を怠らない素直な気持ちで・・・生きている喜びを忘れず、もうやるしかありません。誰の為の人生でなく、自分自身の人生であることをよぉ~く考えて頑張るしかありません。カミさん子供達には本当に迷惑を掛けてすまなく思っています。特にカミさんからはいつもパワーを貰い勇気づけられ、元気づけられております。カミさん、子供達有難う!!又、このブログで元気に一生懸命生きている姿を皆に見せられるよう頑張ります」振り返ってみれば、退院後に父が少しおかしい状態が続いていたといっていた意味が分かりました。生と死の狭間に立った人間の心理は私たちには到底分かりません。父自身が今悩み、苦しんでいる精神的苦痛は、やはり父自身が打開していくしかないのでしょうか…。今年も私たちは、そんな父に少しでも役に立てるよう、考え、動き、一緒になって乗り越えていこうと思っています。
2007.01.06
去年、人工肛門の手術で入院をしてから、父からメールが来なくなった。多分今はそれどころじゃないのかもしれない。今の自分がおかれている立場、そして未来…いろいろ考えることがあり過ぎて、それどころではないのだろう。今度父からメールが来た時は、それすべてをクリアしていることを祈りつつ…今日は短いですがこれまで。
2007.01.05
今日から主人は仕事始めとなる。朝起きるとすでに出勤…私と娘は正月休みをまだ堪能してる・・・。しかし、年末から持ち越してしまった仕事があるため、私もなんとか重たい腰を上げた。娘には可哀そうだが一人遊びで我慢してもらった。今日は母が、兄からのおみやげを持ってきてくれた。兄と兄嫁は年末からお正月にかけて北海道へ旅行。2人だけで行く最後の北海道だ。今年の5月には待望の赤ちゃんが生まれるので、次に行く時は3人!昨日はそんな北海道帰りの兄夫婦が実家でお祝いをしたらしい。義姉のお腹も大きくなって、今のところ順調に育っているという。父も早く孫を見たいだろうに。そのためにも、もっと元気にならなくちゃね。
2007.01.04
年々正月気分がなくなってくる。昔は、正月からの三が日はお店はすべて休みで、外へ行ってもシーンと静まり返っていた。三が日は家族でゆっくりコタツの中でテレビを見るというお正月…。最近はそんな雰囲気もなくなり、元旦から町は普段のまま、コンビニやスーパーには人がいっぱいだ。もちろんうちも例外じゃない。元旦から外出しまくり!今年は福袋にはまり、ありとあらゆるところで購入、財布の中身も軽くなってしまった(汗)。父は三が日を楽しく過ごせたのだろうか?元旦以来あっていないので少し気になるが、多分、父自身、まさか迎えられるはずのなかった2回目の正月に喜んでいるはず。
2007.01.03
父が先月「人工肛門」の手術を受けてから、腸の痛みはなくなった。でも腸のポリープはそのまま残っている。大腸ガンと言っても、父の場合、直腸の部分に出来ているので、そこを切除するのは難しかった…。だから直腸を便が通らないように、人工肛門にしただけであって、ポリープはまだしっかりと残っている。ただ、ポリープを便が通るときに発生する「痛み」がなくなっただけでも父としては喜んでいる。あの痛みは多分なった人にしか分からないんだと思う。どんな痛みなのか…。また、人工肛門の手術と同時に、わき腹から肝臓に直接抗がん剤を打てる管も取ってしまった。もうこれ以上抗がん剤を打つのは危険というのと、すでに抗がん剤が効かなくなっているから、との医師の判断だ。それじゃ、次の治療方法は? 抗がん剤の後の治療方法ってなに?これからまたいろいろと検査をして、どういう方向で行くのかを考えてくれるらしいが、西洋医学の抗がん剤の後は、やっぱりワクチンになるのだろうか? 私もいろいろと本などを読んでみたが、ワクチンもかなりの効能があることが分かっている。副作用も少なく、抗がん剤ほど体を傷つけはしないという。とにかく、早く次の治療を・・・。
2007.01.02
おめでとうございます。今年も皆さんにとって、素晴らしい年になりますように!今日は本家のお祝いに行ってから実家へと向かった。玄関を開けるとすでに父が出迎えてくれ、一緒にお雑煮を食べた。娘もお年玉をもらいニッコリ。兄は最後の夫婦二人での北海道旅行へ行っているので、少し寂しいお正月だ。来年は家族が一人増える。みんなで賑やかなお正月を祝えるといいな!
2007.01.01
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