松毬の丘で。

ようやく。


私の他は、全員、帝王切開の方々、一般病棟に移れる前の、身動きできない方が来るようだ。ナースステーションすぐ隣だし。

夜、寂しくなって、子供連れて来て欲しいと頼んだら、見せてくれたあと、
「夜はほんとは駄目なので、よろしく。」と言われる。
最初から、言ってくれよ~
分娩室では、情けなくて泣けてしまい、連れてきてもらったり、したのだ。

普通の人は、なんの問題もなく産んでるのに、なんで?
って、とことん、自分を責めていた。
今頃、もう赤ちゃん抱いてるはずなのに。

傷も順調にふさがり、カテーテルも外れた。
4日目、一般病室に移れる事になったが、午後まで待てば、個室が空くとい
うので、待つことにした。
マタニティ・ヨーガや、ビクスの教室(病院で開催。)で一緒だった産婦さんと会う。(予定日は2日違いだった。)今日、退院とのこと。彼女は1週間ほど、早まったらしい。
育児が不安なので、少し退院を伸ばしたそう。
少し、お喋りして別れる。

しかし、お通じの方が、回復するのは、しばらくかかりました。
おっぱい張りすぎるので、アロエ湿布張ったり(冷たいの)、貧血の診察と治療(大きな注射器で、血剤の注射。血管出にくいので、大変。)もあるし、赤ちゃんの世話もあるなか、お通じの事を忘れがちになりますが、前も後も全然出なくて、看護師さんの手を何回か借りました。
足も驚くほど浮腫んだし。
報告しなくちゃいけないので、メモとってましたが、そんなこんなで忙しい入院でした。初孫で、しかも男子なら、見舞いが多くなるのも仕方ない。
色々、入浴指導やら、ミルクの宣伝やら集められる行事も多いし。
貧血ってことで、それの指導も入りましたが、退院の頃には、治ってたのですが、しばらく鉄剤は飲んでました。
でも、毎回、食事に小松菜のおひたしが出たのは辛かったかも。
献立選べなかったしなあ。(おやつ以外。)

名前も、退院を待ってると、期限が過ぎちゃうので、決めてもらいました。
でも、結局、私が「これ。」って言ってた名前になった。

しばらくは実家にお世話になることになったし、これからが、大変なんだよな~と思いつつ、病院を後にしたのでした。


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