アスペルガーの子どもとともに

アスペルガーの子どもとともに

小学校1年


息子は、小学1年になって初めて母親なしで外出することになります。始業式では、初めて登校班で子どもだけで歩いて行いきました。幼稚園時代に一人で外を歩くことがなかったと担任の先生に話すととても驚かれました。私は息子は恐がりで用心深いのだろうと思っていましたし、初めての子だったので、特に気にすることはありませんでした。

【字を書くことの難しさ】
授業では、用意が遅い、板書が遅い、と言われました。授業中では書ききれないので、放課後に補習をして毎日5時下校でした。(小4から一斉下校制度になりましたが、当時は当然のように、いのこりがありました)。 家に帰ってからは、8マスの漢字の宿題が1時間以上かかりました。計算カードは1年生の目標は1分以内ですと学校から言われており、クラスの友達は50秒ー2分でしていた事が、息子は10分はかかっていました。5時下校だったので、帰宅して宿題に追われるので、友達と遊んだことは全くありませんでした。これは3年生まで続きます。

字が書けないで苦労していることを先生に相談しても、短時間ごとに分けてさせればいい、朝起きてさせればいい、基本は大切です、などの回答をいただき、時間の使い方が下手だから出来ていないんですというようなアドバイスをいただき、そんな事わかっているけど、出来ないものは出来ない、うちの子だけどうして出来ないのと、泣けてくることがしょっちゅうありました。当時は、発達障害について今に比べると無理解な時代だったし、私自身も知らなかったので、必死で宿題をさせていました。

夏の宿題は最悪で、朝9時から夜5時までかかりました。私が見張っていないと、集中がとぎれ、すぐにだらけてしまいます。5分やって30分休憩なんです。泣きじゃくって、やりたくないものはやりたくない、やる気にさせるまでが大変でした。夏休みは地獄でした。夏休み後に、クラス懇談で「夏休みの反省」という話し合いで、3日で宿題を全部済ませましたと言われているのを聞いて、息子の出来なさを痛感しました。

【公文】
今思えば、障害なので字が苦手だったのですが、その頃、私は、勉強不足がたたって、字が書けないのだと思い、秋から公文へ行かせました。公文は妹と一緒に行かせました。公文の、繰り返し何度もやるのは、息子にはむいていました。楽しかったそうです。この公文で、毎日の学習の習慣がつきました。



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