アスペルガーの子どもとともに

アスペルガーの子どもとともに

小学校3ー4年生


この頃、陰山先生がマスコミで取り上げられるようになりました。学校での取り組みは、1年の頃から継続していましたが、息子は100マスは全部うめる事が出来なかったので、家で出来るようになることを目標に取り組みました。3年にもなると数字も上手に書けるようになり、めきめき上達しました。最初5分くらいかかっていたのが3分、最終的には1分7秒位になりました。学校での取り組みでは、クラスで毎日2番になり、自信が持てるようになりました。まさか、息子が出来るようになるとは思わなかったので、あきらめずに続けて良かったと思いました。

反面、こだわりが強くなりました。タイムが1分10秒台より遅くなりそうだったら、途中で投げ出してしまったり、スタートがうまくいかないと、何度もやり直しを求めたりしました。

【友達との関係】
3年になって、帰宅後、宿題が済ませられる日も出てきて、2学期くらいから夕方6時くらいまで友達と遊ぶようになりました。3-4年は、学校内で友達とのトラブルが多く見られました。原因はお互いなのだけれど、仲直りするための話し合いで、息子は覚えていない事や把握していないことが多く、なぜ注意されるのかがわからなくて、自分がいじめられていると強く思うようになりました。相手の気持ちになって考えるという事が苦手でした。友達とのトラブルが起こる度に、先生が「どちらも悪い」の一言で済まされることに不満でした。小さなこだわり(相手が悪いと思っている)に対して、「どっちもどっちだ」と言われることが嫌で、少し不登校気味になりました。無理解な担任が、大きな怒鳴り声をあげ、大きな声にパニックを起こした息子が逃げ出した。逃げ出した息子を見て「悪さをしたから逃げ出した」と勘違いをして担任はさらに追いかける。息子は首根っこを捕まえられた。息子は何がなんだかわからず、怖い思いで抵抗する。そして怪我をしてしまった。無理解な担任に、夫婦で抗議した。抗議してもかわらない態度の担任。次年度は息子の担任にならないようにと校長と教頭に要望するしか出来なかった私達。発達障害という言葉が浸透していない時代の苦い想い出です。

【手先と運動の不器用さ】
3年になり、リコーダーが始まりましたが、全くダメでした。夏の宿題で2曲演奏するように宿題が出て、つきっきりで教えましたが、全くダメで、私の方も泣きたくなりました。1-2年の頃の鍵盤ハーモニカも吹けませんでしたが、リコーダーは指の器用さを必要とするので、この年齢では無理がありました。(リコーダーは6年になったら少し出来るようになった) なわとびも飛べませんでした。

【母親の思い】
4年生くらいから、他の子が出来る事が、全く出来ないので、絶対に何かおかしいと確信していました。それと友達とのトラブルがあったときに、理由を把握できていないこと。周りの子ども達が理由を話せるのに対して、息子は事実が伝えられない、それを気付いて私に知らせてくれた先生。ネットで検索して出会ったのがAD-HD Portal Siteというサイトでした。息子がADDだと確信し、障害からくるものだとわかりました。今までずっと親の躾のせいだと言われてきてダメな親だと自分を責めていたので、少し気持ちが楽になりました。そして息子に責任はないのだと思いました。

【発達障害、アスペルガー、支援など、ほとんどない時代】
今の時代は、アスペルガーだとかADHDと言えば、教育関係者なら知っていますが、息子が4年生の頃は先生でさえ知らない事がほとんどで、支援など全くなく、先生に理解してもらう事も困難でした。

そんな中、たまたま4年生の担任の先生はADHDについて理解のある先生でした。仲間とのトラブルがあったら、それを機会(チャンス)に学んでいくこと、それを重ねることで少しずつ成長できるからと、仲間とのトラブルを前向きに考えてくださいました。親としては、息子を受け入れてくださったような気がして安心できました。話をゆっくり聞いてもらえることで息子も安定しました。息子も今でも4年生の先生が一番大好きです。

【この頃のこだわり】
小の後、パンツが少し濡れたようになった感覚が許せなくて、自分で考えた方法が、ティッシュを間に入れること。例えて言うならパンティーライナーみたいな感じでティッシュをはさんでいました。5年生くらいまで続いたかな。自分では「おチ○コティッシュが必要なの~」と言ってポケットティッシュを毎日3-4個持って行ったかな。ポケットティッシュがあれば精神的に安定したのかもしれません。ポケットティッシュを1箱(1000個入り)まとめ買いしたことがあって、これなら何年か持つだろうと思っていたのに、あっという間になくなってしまいました。


【生きがい】
4年になって得意なことを見つけました。読書です。夢中なことはやめれず、授業が始まっても、机の下にかくしてこっそりと読んでいるのを先生に注意される事が増えましたが、中学受験で読解力の基礎となりました。絵画では、描写が細かく詳細に描かれるのですが、画用紙をいっぱいに使うということが出来ませんでした。全体的に見ると下手に見えるものの、細かい部分にこだわって描いている点を誉めてくださったり、クラスで「良い所みつけ」というのをしてくださって、息子は喜んで学校に通いました。学校で理解してもらえること。それが、どんなに発達障害の子が救われるか。しみじみと感じた1年だったと思います。


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