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まあ、そんな大げさなタイトルつけなくても、人間は時代に適応して生きるのだから、時代によって今までも変わってきたのだし、変わると言えば変わるし、変わらないところだってありますわさ・・・ってもんですが。
それにしても、昨日 今は人間そのものも変わる時代なのではないかーーーと書いたのも、理由なしに書いたわけではありません。
先日、いつものようにお昼を食べながらニュースショーを見ていたのですが、その中で先日犯人が捕まった事件の報道がありました。
それについて、コメンテーターのK氏が、「反省するならちゃんと自分で自首してくるべき。」なんて言ったことに対して、弁護士のO氏が、「いや、人間悪いことをしたときに逃げるというのは普通のことなんです。それが当たり前なんです。自ら出頭するのが実に稀なので、それは減刑の対象とされるのですよ。」という風に受け答えしていました。
ちょっとびっくりした。
このO氏、今までな~んもおもろい意見を言ったことのない人のように見ていたので。
で、今回O氏が真正面から犯罪を犯してしまった人間の心理に付いて、説明したのには、裁判員制度が開始されたって背景があったんだろうと思う。
さすが弁護士さんで、一般人よりは犯罪者や人間の心理の色々を知っているのだろう。
当たり前だけど。
でね、それを聞いて思ったのは。
確かに裁判員となる可能性は、全国民にあって、そしてその場に向かうための基礎となる人間理解力も必要であるし。
そのための人間教育も、地味ながらあちこちでじんわり始まっているのかもしれないということなのだった。
色々な人間がいて。
不幸にして犯罪者となる人もいる。
性格として犯罪傾向が強い人もいるかもしれないし、普通なら犯罪なんて関係ない一生だったはずなのに、何かの組み合わせの不運によって犯罪者となってしまう人もいるかもしれない。
でも、生まれつきの犯罪者って・・・いないはず。
あのね。人間の基本OSはみなちゃんと生きるようにセッティングされていると思うのですよ。
それがねえ、社会に適応したり人に害したりしないような人間になるソフトが組み込まれなかったんだよな。
意識が育つ時期に。
だから、犯罪者に「きちんと反省して出直せ!」ってよく言われると思うのだけど。
中には反省すべき道筋さえわからない人だっているんじゃないか。
人間は変わります。
でも、変わるのは自分が自分をほどいて、その中に何があるかわからないとなかなか変わるもんじゃないです。
そして 自分をほどくことができるのは、自分が受け入れられたと感じる場所で・・・。
受け入れて道を示してくれる人がいないことには、難しいです。
他者を善し悪しで判断するのではなく、少しでも深く理解しようという姿勢。
それが、社会を少し住みやすい場所にするための第一歩なのかもしれないと 考えます。
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