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早朝の 見送り


錦秋の信濃路を “旅” する昔の若者 《 同期会 》

圓山荘 (千曲市)
に集結
大震災 春 延期も 秋 revenge
北信濃 小布施辺りの散策
日曜の町並みは都会の人混み
国内各地から“集結”の元若者 観光地 小布施 人気に驚嘆
小布施堂界隈
栗の小路

いつものメタセコイア辺り
昼食は
“新蕎麦” 
試食の信州リンゴ
そしてバスで約五分移動
福島正則の霊廟 曹洞宗 岩松院 へ
戦国武将福島正則(1561~1624)は豊臣秀吉の重臣で、関ヶ原の合戦でも勇名をはせ
広島城主(49万8千石)の大大名と成ったが、幕府の謀略によって信越地方に国替えされ、
4万5千石と悲運の左遷・・・64歳で死去。
岩松院は北斎・一茶 ゆかりの古寺でも知られます
葛飾北斎(1760~1849)最晩年に本堂天井に取り付けた6・3m×5・5m
「八方睨み鳳凰図」
小林一茶(1763~1827) 晩年を過ごし
「やせ蛙まけるな一茶これにあり」 と詠んだ寺裏に小さな池が有ります。
※病弱な初児・千太郎への声援の句であり、その一か月後一茶54歳のとき他界した。
次の見学コースは太平洋戦争遺跡 松代地下壕

小布施EТCから長野inter-に戻り太平洋戦争末期 軍部が本土決戦に備え
極秘に大本営、政府各省等を松代(現長野市松代)に移すと計画し300万人を
強制動員したと言われてます。
総延長 5、853・6m
全行程の75パーセント掘削時点で終戦

象山神社から地下壕までは古い町並みが続く
参加者再訪の声にコース選定のPapaもホッと安堵
予定時刻 “圓山荘” に到着

鹿児島県に戻った仲間の“焼酎”も宅急便で参加?でした。
翌日 年々再々 “振り返り” 再会を約束し
国内各地に散会致しました。
過ぎた時は経験と知識に・・・。
大歓迎で杏&空が待っててくれました。
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