2011年12月15日
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カテゴリ: 映画
 もう20年以上昔のことになる。当時交際していた女の子と共通の趣味である読書の話題で語り合っていた。
 ふと彼女が「私ね高校三年の最期の時期に源氏物語を一気読みしたの」と語り出し、私は仰天したことがある。

 女子高生の時代において・・・この長大にして濃密な情愛と情念の世界を読破したとは・・・
 因みに私がこの古典中の古典を読んだのは社会に出てからのことだったし、正直なところ・・・余り惹かれなかった・・・彼女は「源氏って日本最古のピンク小説だよね」と・・・

 余談ながら、その後彼女はめでたく我が家内となり、怨霊にとり憑かれる事も無く(むしろ家内の方が怨霊じみて来ているが・・・)二人の子宝にも恵まれて、まがいなりにも平穏な日々を過ごし得ている。

 さて源氏物語である。
 この古典をそのままにトレースするのではなく、いわば「劇中劇」として構成しながら、その著者である紫式部と時の権力者藤原道長の姿を追う形になっている。
 メインテーマは式部の「執筆動機」は何か?であり、式部がその物語に何を仮託しようとしていたのか?である。

 小説家(と呼んでおくことにしよう)の執筆動機は「伝えたい何か」を広く読まれんが為であろうと思う。


 正直なところ、この映画を観終えて「謎」のままである。
 私にはこの手の審美眼や洞察力が欠けているのかもしれない。

 映画はどこまでもきらびやかであり、特に美術スタッフと衣装チームの頑張りには脱帽である。
 古典絵巻のごとき道具立てに囲まれつつ、しかしカメラワークは見事なまでの「二人称」を貫いている。

 女優陣の絢爛豪華さは目眩がする程で、葵の上の多部未華子は「平安美人(当時はおたふく顔が美人の基準だったようです)」を髣髴とさせる容貌と演技で秀逸であり、コミカル路線ばかりだった彼女にやっとまともな仕事が来たような気がする。
 生霊となる六条御息所を演じる田中麗奈の鬼気迫る存在感は、その哀切さを伝えて余りある。
 そして中谷はミステリアスな女流人気作家の風貌を如何無く千年後の現代に蘇らせて見せてくれている。

 溜息の漏れるような色彩と、きめ細かな録音(衣擦れの音が実に効果的である)に重厚な音楽、スタッフもなかなかだと思う。
 角川の記念映画と言うと、かつて「蒼き狼」でがっかりさせられた記憶がトラウマになっていたのですが、今作は及第ではないかと感じた。

 著者と物語の主役とが橋上すれ違うラストシーンは、つまりは現実と仮託される架空譚との接点であり、そして行き違いの瞬間でもあるのだろう。
 人生は常に流転し無情ではあるけれど、つまりはその作者の掌の中に在るのであり、作者とは即ち、その人生を生きている自身に他ならない。






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最終更新日  2011年12月15日 23時34分29秒
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