・朝井リョウ『もういちど生まれる』は、 SNS や日常に潜む「承認欲求」と「他者との比較」というテーマを、多視点構成で描いた短編集だ。現代の若者を中心とした物語だが、その根底にある「自分をどう定義するか」という問いは、ビジネスの現場で自分の価値を測り続ける 30 代・ 40 代にも深く突き刺さる。
・本書は 5 つの短編で構成され、それぞれ異なる語り手が、日常のささいなきっかけを通して自分自身と向き合う物語を紡いでいく。共通しているのは「もういちど生まれる」ような自己再定義の瞬間に出会うということだ。
* 「桜の木の下で君と」 大学生の主人公が、 SNS に映える「いい自分」を演じることに必死になり、他者との比較に疲弊していく。だが、本当に求めているのは「いいね」ではなく、自分を見つめる時間だと気づく。
* 「逆流」 地方出身で東京に出た青年が、華やかな都会に同化しようとする中で、自分の「根っこ」を失いかける。逆境の中で立ち止まり、本当の価値を問い直す。
* 「海岸通りに吹く風」 恋人との関係を通じて、自分が無意識に演じていた「理想像」に疑問を抱く女性の物語。周囲からの評価と自分の幸福の間にあるズレが、静かに浮かび上がる。
* 「もういちど生まれる」 タイトル作では、他人の成功に嫉妬し、自分の人生が停滞していると感じる若者が、新たな一歩を踏み出す決断をする。
全体を通して、登場人物たちは「人にどう見られるか」から「自分をどう受け入れるか」へとシフトしていく。その過程は痛みを伴うが、そこにこそ再生のきっかけがある。
1. 承認欲求との距離感 SNS は現代の名刺であり、評価の場でもある。しかし、他者からの承認に依存するほど、自分の軸は揺らぐ。これはキャリアにおける「肩書」や「評価指標」と同じ構造だ。
2. 自己定義の更新 役職や年収といった記号で自分を測ることは、ある意味で大学生が「いいね」を追う行為と変わらない。必要なのは「何をしたいか」「誰のために働きたいか」という本質的な問い。
3. 比較の罠から抜ける 他人のスピードや成功を見て焦る感覚は、 SNS のタイムラインとビジネス SNS ( LinkedIn など)で同質だ。本書の登場人物たちの葛藤は、現代のビジネスパーソンの心にも重なる。
・『もういちど生まれる』は、派手な成功譚やビジネス書のような直接的な指南はない。しかし、他人の視線を気にして疲弊する現代人に、「立ち止まって、自分の声を聴け」というメッセージを送っている。それは、キャリアにおいて方向感覚を失いかけたときの、静かなコンパスとなる一冊である。
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