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10月12日(金)にオープンした東京・有楽町前の商業ビル「イトシア」の中に去年から話題の「クリスピー・クリーム・ドーナツ」第2号店が出店。かねてから食べてみたかったので、思い切って家族で長い待ち時間を覚悟で今朝行ってみました!朝の10時過ぎに到着。(開店は朝7時半らしい)「あれ?もしかして、余裕かも??」店の前を見てそう思ったが、実は当然のことながら待ち時間が・・・。2時間待ちだった・・・。元々2時間待ちを見込んで来た私達。「やっぱりそんなもんよね・・・」早速、私と子供2人は近場で時間潰し。夫は、並びながら読書。45分くらい経って、夫からのTEL。3人で駆けつけると、まだ並んでる人たちに店員さんが出来たてのドーナツを一つずつ配ってくださった。そう、クリスピー・ドーナツは、長いこと並んだ挙句、とーってもおいしい出来立てのドーナツを一つだけお客様に差し上げる。長いこと待っただけに、なんとこのドーナツのおいしく感じることか・・・。そして、ついついたくさん買ってしまう・・・、そういう売り方なのです。しかも、ドーナツをもらうと「選んで買う」か「箱買い」かの選択を迫られる。箱買いの場合、違う列に誘導されます。「優遇列」とでも言いましょうか・・・。早く買えるのです。私達は当初から、箱買いする予定だったので、考えることなく「箱買い」列へ。結局箱買いした私達は1時間待ちで済みました。たぶんひとつずつ選ぶ列に並んでたら後30分はかかったと思います。(でもま、当初の案内では2時間待ちだっただけに少しは早く買えるのかな、ってのが私の感想)私達の買ったバラエティ豊富な方は、12個入りで1,700円。1個170円なので2個お得な計算です。でも、かなり甘かったです。甘いものが苦手な私は一個目でダウン。子供たちは喜んで食べておりました。ちなみに、このお店は6席しかないのですが、殆どの方が持ち帰り目的のようで席は空いてました。最後にイトシアの外観画像を・・・。(手前のほうではなく、そのもう一つ向こうのビル)有楽町のビッグカメラ別館の近辺から撮影しました。JR有楽町駅前すぐのところにあって、イトシアを抜けるとこれまた最近オープンした「マロニエゲート」がありました。ああ、銀座っていつ行っても面白い。
2007.10.20
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先月「高嶋ちさ子&加羽沢美濃ハートフルコンサート」へ行きました。高嶋さんはヴァイオリニスト、加羽沢さんはピアニスト。2人で10年前から一緒にコンサートをしてるそうです。10年前、高嶋さんは一緒におしゃべりしながらコンサートをしてくれる人を探していました。当時のクラシックコンサートといえば、おしゃべりするなんてもってのほか。それでもおしゃべり好きな高嶋さんは、どうしてもおしゃべり重視のコンサートをしたかったそうです。そして、紹介されたのが加羽沢さん。この人1999年頃「新題名のない音楽会」の司会を武田鉄矢さんと務めたという人。子供の頃から「即興の天才」と呼ばれたお方。コンサートでも即興コーナーがあり、観客に弾いて欲しい曲をリクエストし、それらの曲10曲ほどを即座にメドレーにして完璧に弾きこなされました。ただただ感心、すごーい。高嶋さんのおしゃべりはみなさん知ってのとおり、すごく面白いのですが、この加羽沢さんとのかねあいがとっても面白いのです。加羽沢さんは天然ボケ。それに、高嶋さんの容赦のないつっこみが加わると、そこらへんの若手芸人の漫才よりも笑えます。また、加羽沢さんは小難しいクラシック曲が大嫌い。だから選曲は、絶対に5分を超えるものをしないポリシーをお持ち。しかも、オーソドックスなものばかり。だから、クラシック初級の方が肩肘張らずに楽しめるクラシックとしてとってもお薦めです。しかも、バイオリン講座があったりして、きちんと座ってられる子なら5,6歳からでも楽しめます。演奏曲も有名な曲ばかりなので、日頃からクラシックを聴かせてたら子供は絶対に興味ありのコンサートになります。うちも、今度はぜひ長女を連れて行きたいなーと思いました。
2007.06.22
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東京メトロ 有楽町線「有楽町」駅下車徒歩1分。東京国際フォーラム内にある「ごはんミュージアム」に行ってきました。ちなみに我が家は、日比谷駅で下車し、ビッグカメラ前を通って行きました。http://www.gohanmuseum.com/museum/index.html入口入ると見えるのが、ここのキャラクター「ごはんぢゃワン」のお地蔵さん。頭をなでるといいそうな。次にあるのが、簡単なゲームコーナーとレシピなどお持ち帰り用リーフレットのコーナー。長女は幼稚園年長ですが、このゲームにかなり長い時間楽しめました。その間、横のレシピなどをより好んで選んでた私です。(荷物が増えたーゲームの後手に、おはしチャレンジコーナー。大きめのスポンジをおはしで運べるか?次に大豆、小豆、と段々小さいものがおはしできちんと運べるか、というゲームみたいなコーナー。私達はほぼクリアできたけど、隣でやってたおばあさんは「だめだわー。難しい・・・」と嘆いておられました。その隣にごはんぢゃワンのぬいぐるみのUFOキャッチャーがあったのですが、これがかなり簡単そう。やってた人は一回で3個、余裕でゲットしてました。ごはんぢゃワン。頭がご飯なの。「お腹が空いたら僕の頭を食べてね」って言ってるようです。ある意味、アンパンマンの和食バージョンですよね。ちなみにうちのだんなは「脳みそがご飯ってことだろ?気持ち悪い~」と言ってました。私はそういうの気にせず、とにかくかわいいの一言。図書館のお部屋。ご飯に関する本がたーくさん。各都道府県の食事情も勉強できます。我が家は、ここが一番楽しめました。各メニューを考えて作って、それが果たしてきちんとバランスのとれたものになるか遊びながら勉強できます。(バランスごま)2歳の次女は、やたらとおかずばかりだったりして笑えました。(太るよー)「レストランごはんカフェ」で食べた「お米ロールケーキ」550円也。うーん、微妙。材料がお米だけに、どうもパサパサ感が否めない・・・。あと、無料のご飯に関するショーなどもあり、私が行ったときは吉本の人でした。でも、日曜なのに満員にならず、わりといいかも。子供たちはすぐに飽きるかと思ったけど、ここのレストランでランチとカフェまでするくらい長居してしまいました。(3時間強)そうそう、私はランチにこのレストランでおいしいだろうおにぎりをいただこうとはりきってたのですが、おにぎりってメニューは14時以降のカフェタイムオンリーだったのです。ランチメニューはしっかりとした昼御膳で、お肉食べました。カフェ時間にもお茶しに行ったけど、さすがにおにぎりは食べる気なかったなあ・・・。また今度、遅い昼食目当てに行こうかしらね。ちなみにミュージアム内は混んでません。でも、ランチするために行った「レストランごはんカフェ」は、昼食時並ばなければなりませんでした。なんでしょう?みんなご飯のためだけにここに立ち寄るのでしょうか?そんな感じです。
2007.06.22
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「いのちというのは自分の持っている時間」ということを、95歳のお医者さんである日野原重明氏が10歳の子達のいる教室で「いのち」についての授業をする様子を絵本にしてわかりやすく描いてます。みんなは心臓を持っている。心臓はいつもドクドク絶え間なく動いている。でも、心臓って「いのち」そのものではないのです。「いのち」を動かすためのモーターです。心臓が止まったら、人間は死んでしまい、使える時間もなくなります。今私達は、どのようにでも使える時間を持っています。時間を使うことは「いのち」を使うことです。そして、これから生きていく時間・・・それが、私達の「いのち」なのです。そういった生きていくうえで大切なことを教えてくれる絵本です。そして、特に、あとがき、が大人の私にも心を打ちます。「いのち」と「こころ」-「いのち」はだれにでも平等にあります。1日1日の時間の中に、いのちがあるのです。その時間をみんなのいのちとして、大切にしてほしいのです。いのちを無駄にしないということは、時間を無駄にしないことになります。そして、人が生きていくうえで、もうひとつ大事なことがあります。それは「こころ」です。お互いに手をさしのべあって、いっしょに生きていくこと。こころを育てるということは、そういうことです。自分以外のことのために、自分の時間をつかおうとすることです。こころに関して、私なりに考えること・・・。私は、ここ数年起こる子供による犯罪のニュースを知るたびに、なぜ、この子には「人を殺す」という行為がいとも簡単にできてしまうのだろう?と考えずにいられません。いろいろ考えると道徳観や宗教観が彼らの心の中に備わっていないからだと私は思います。「○○したらバチがあたるよ」「神様が見てるよ」というような、迷信的なものや、宗教観。そして、私が子供に読み聞かせるべきものは、日本昔話のような民話などだと思います。カミナリさんや、お地蔵さん。狐やたぬき。悪いことをしたら、絶対に誰かが見ていて、あとで自分にふりかかる。よいことをしたら、それなりのよいことがやってくる。そういう道徳観がきちんと心の根底に根付いていないと、いくら「これは悪いこと」とか言っても、イマイチなのではないでしょうか。正しい道徳観さえあれば、たとえ「キレた」としても、殺すなんて行為には及ばないし、少し悪い方向へ進んでしまいそうになっても、周囲の言葉などによって軌道修正は容易だと思います。子育ては難しい。自分の育て方が果たして子供にとってよいものかどうか迷うときは多々あります。今言った自分の言葉によって、子供の何かを変えてしまっていたら?と思うときもあります。そんな答えのない日々ですが、それでも、絵本の読み聞かせや昔話の読み聞かせは怠ることなく続けていこうと思う私です。
2007.04.17
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東京浜松町にある劇団四季の自由劇場で公演されているファミリーミュージカル「はだかの王様」を観ました。振り返れば、2ヶ月前・・・。ふと目にした電車内の吊広告。そこには「劇団四季 ファミリーミュージカル公演」の文字が・・・。「観劇」が趣味のわが夫婦。「なになに?」私達夫婦は、同時にその広告を見入ってました。大人6,300円。子供3,150円。「魔法を捨てたマジョリン」「はだかの王様」絶賛発売中!「これ家族で観にいこうか」と、だんな。うーん、家族で行きたいのはヤマヤマ・・・。でも、2歳半の次女は、去年のクリスマスの井上あずみさん(トトロの主題歌などを歌ってる歌手)のコンサートに連れて行き、ことごとく失敗した経験あり・・・。仕方ないので、2月「魔法を捨てたマジョリン」に だんな+おねえちゃん(春から年長)3月「はだかの王様」を 私+おねえちゃん(つまりは親が行きたいがために、お姉ちゃんは2回も観にいくことになる)とすることにして、そして、今日私は観に行ったのでした。良かった!とにかく良かった!それが感想。自由劇場って、そんなに広くないんです。舞台の大きさって、学校の大きめの体育館くらい(と推測)。だから、観客数もこじんまり。それが、舞台と一体感を生み出しやすく、アットホーム。しかも「ファミリーミュージカル」とあって、子供向けである分、観客も劇の一員になれるような構成になっていて、更に一体感が増すのです。一緒に歌ったり、応援したり。なんだか本当に涙が出ました。いやまあ、元々、いい舞台を観ると、身奮いしたり、感激の涙がこみあげる私なのですが、涙がこぼれました。「ああ、一体化してる」ってね。王様のいる宮殿が舞台なだけに、衣装が艶やか。そして、踊りはバレエ的なものが多く、見ごたえ十分。話の展開も、アンデルセンの「はだかの王様」を四季風にうまくアレンジして、ものすごくぐいぐい惹きこんでくれました。私は、ファミリーミュージカルにハマリそうです。劇団四季本場の舞台もいいけど、ファミリーミュージカルは、また別の要素盛りだくさんで、かなりお薦めです。値段も安いし。子供には、いいものを与えたい、と思う方は、お薦め!!子供には、受付時にはだかの王様の歌詞カード兼スタンプカードがもらえます。
2007.03.18
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絵本とは関係のない話なので、このブログの主旨からはそれるのですが、感動したので書かせてください! レーシックってご存知ですか? 近視矯正手術のことです。 タイガーウッズや松坂投手もレーシックにより視力を回復させたということです。 去年の終わりごろだったか、うちの夫が帰宅して言うのです。 「レーシックっていう手術で視力は回復できるらしい。知人で2人もやった人がいるし、大丈夫そうだよ」と。 その言葉を初めて聞いての感想は、「いいなあ。でも手術なんでしょ?怖いよー。リスクはどれくらいあるの?」 そう私は、両目とも0.06くらいしかないのです。 裸眼だと洗顔時に鏡にうつった自分の顔が見えない・・・。 夜、隣で寝てる子供の顔が見えず、寝てるのか起きてるのかわからない・・・。 コンタクトもわずらわしいし、メガネの自分も嫌いだった・・・。 でも、やっぱり怖い・・・。 そうこうしてる間に4月になりました。 4月の特番で、みのもんたとジェームススキナーがでてた番組あったの覚えてる人いますか? はっきりとは覚えてないけど、ジェームススキナーお得意の「成功するための9つのステップ」だったっけ? それを題材にしてゲストも呼んで、語ってくれてました。 その中の何に心打たれたのかははっきりとは覚えてないのですが、単純な私は、非常に触発されたのです。 私は興味あるもの(この場合レーシック)に対して、いろんな理由をつけてやろうとしてないのではないか?と。 とにかくもっと前向きに、チャレンジしてみるべきだ、と。 そして、レーシックについて前向きに検討し、とにかく行動にうつしてみようと、まずはネットで検索し、とりあえず病院を決め、予約をとりました。 その後の検査で、私の目は非常に珍しい状態(検査される人は今まで何万人と診てきたが、私と同じ状態の目は3人ほどしかいなかったらしい)である、ということや、他にもいろいろ難点があったものの、日本でも数台しかない最新機械が導入されている病院へうつり、そこで無事手術を終えたわけです。 右目0.04 → 1,0 左目0,07 → 1,0になったのです!感動です。大体どこでも書いてる「手術は20分で済みます」というのは確か。 痛みは殆どありません。というのは、う~ん、手術は手術だからねえ、目の麻酔してるからすごい痛みはないけど、耐えられる痛み、というか、圧迫感みたいなものはありました。 術後の痛みも殆どない。っていうのは、まあ、ほぼあってるって感じでしょうか。 私の場合は、術後すぐに電車に乗って帰ったのですが、目が半分ほどしか開けれない状態でした。痛みからではありませんが、なにかしょぼしょぼした感じでそうなったような感じです。 4時間ほどすると、そういうのもなくなり、目もしっかりと開くようになりました。 翌日は変な感じも全くなく、でもパソコンは見ると気分が悪くなる感じでした。今日は3日目ですが、パソコンもオッケーです。金額は50万超えました。でも、視力が回復したのでそれだけの価値は十分あります。最後に、私がレーシックの検索してる中で心打たれた言葉を書きます。「歯は矯正するのに、視力は矯正しないのは なぜですか?」なるほど。ちなみに、私は歯も矯正済みです。(これは小学生~中学生にしたものですが・・・)
2006.06.15
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絵は極めてシンプル、文も必要最低限におさえているのに、読んだあとに感じるメッセージと爽快感を強く感じる絵本です。 兄弟(姉妹)って、一緒に頼りあって生きていける存在であるとともに、ひとつのものを取り合う仲でもあります。 それは、幼い頃のおもちゃであったり、お菓子であったり、そして、かけがえのないお母さん、お父さん。 それはある意味残酷な気もしますが、実際の社会ではそういったことの連続なのでしょう。 兄弟がいるってことは、社会に出る前に、最小単位の集団生活である「家庭」の中で、「我慢する」ということを覚えるし、「譲る」という気持ちもでてくるのでしょう。 また、兄弟に対してコンプレックスを感じる子もいることでしょう。 特に、下の子は、上のお兄ちゃんやお姉ちゃんに。 逆に下の子が優秀であったり、容姿が端麗であったりすることによって、上の子は下の子にコンプレックスを感じる場合もあることでしょう。 3兄弟の末っ子「ティッチ」が主人公の絵本は数冊でていますが、どれも兄弟の心境がうまく描かれています。 今回取りあげた「ティッチ」は、いつもお兄ちゃんお姉ちゃんよりも小さいものを与えられていたティッチが、最後に大逆転する、という爽快なストーリーです。 最後のシーンで、私は泣けました。 今の自分に満足してはいけない。 今の自分にあきらめてはいけない。 常に進化しつづけなくてはいけない。そして、自分を信じていれば、必ず報われるのだ。そういうメッセージを感じて、最後に大逆転したティッチに拍手しながら泣けました。
2006.06.08
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今回取り上げる絵本は、前回少し紹介した「もこもこもこ」です。 もうすぐ5歳になる上のお姉ちゃんは、今でこそ絵本大好きっ子ですが、3歳になるまではとにかく絵本には殆ど興味を示さない子でした。 私は、上のお姉ちゃんが赤ちゃんの頃から「できるだけたくさん絵本を読み聞かせたい」という思いがあって、できる限り、読んであげたり、読み聞かせ会に参加したりしたのですが、とにかく絵本には興味なしのわが娘でした・・・。 そんな娘、2歳になる前だったか、ある読み聞かせ会に参加したとき読んでくれたのが、この「もこ もこもこ」でした。 いつものように注意散漫かと思いきや、この絵本だけは釘付けで笑い声まであげたのでした。 2歳になる前って、まだあまりストーリー性は理解できないはず。 でも、娘にはなにかしらページをめくるごとに展開されるこの絵本独特の「なにか」とへんてこな「音」に興味を持ったのでしょう。 小さい子って、よりへんてこな音や物が大好きですものね・・・。
2006.06.07
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天才ジャズピアニスト山下洋輔氏が手がけた絵本、というので興味がわいて開いた絵本です。 読んでいって「あれ?もしかして?」と気づいたのは、絵でした。 どこかで見たことのあるクラゲのようなへんてこな形の絵・・・。 それには「しゃば」という言葉が添えられていました。 んんんーーーーー。絶対に見たことがある・・・。思い出した! 慌てて、我が家の本棚の絵本「もこもこもこ」を開けました。 ありました! ここにもへんてこなクラゲのような絵が!「ふんわ ふんわ ふんわ」という言葉がついて。。 そうです、「もこもこもこ」は文が谷川俊太郎氏。「もけらもけら」は山下洋輔氏。 そして、絵は同じ作者の元永定正氏でした。 同じ種類の絵でも、「もけらもけら」はジャズピアニスト、「もこもこもこ」は詩人・・・。 文を添える人によって、全くイメージが異なります。 どちらも同じ「音」を楽しむ絵本なのですが・・・。 ちなみに、我が家の好みは分かれました。 4歳のお姉ちゃんは「もけらもけら」、パパ・ママ・1歳8ヶ月の妹は「もこもこもこ」で、「もこもこもこ」の勝ち??? でもでも、どちらも理屈抜きで楽しめる絵本です。
2006.06.06
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前回の「さよならまたね」の続編です。 引っ越して行ったくまの子「クッキー」の引越し先でのおはなしです。 新しい街、もちろんここにはお友達はいません。 新しい街の公園に行ってみます。 そこではたくさんの子が遊んでいます。 「いっしょに あそびたいなあ」 「ともだちに なりないなあ」 でもすぐに友達ができるわけもなく、結局その日は一人で遊びます。 「やっぱり つまんない」 それがクッキーの率直な感想です。 ふと下を見ると、誰かが作った雪だるまがあります。(季節外れですみません・・・。この絵本は冬です・・・。) その雪だるまが一人ぼっちだったので、自分と重ね合わせたのか、「ほら、ともだち つくってあげた。もう さびしくないよ」と。 ところが、翌日から面白いことが起こります。 2つだった雪だるまが3つになっているではありませんか! そこでまたクッキーも1つ作って、雪だるまは4つになりました。 その翌日には誰かさんがまた1つ作っていて、5つになっています。 顔も見たことのない「誰か」と雪だるまを一緒に作っている。 誰が作ったんだろう? この公園で遊んでる子かな? あの子かな? あの子かな? そんなことを考えてると楽しくてたまりません。 でも結局誰かわかりません。 翌日また楽しみに行ったら・・・。 溶けてしまって、ぐちゃぐちゃの雪だるまがありました。 クッキーはとても哀しそう・・・。 だって、その誰かさんとは、その雪だるまでつながっていたのですから・・・。 雪だるまがなくなってしまったら、誰かさんと会えることはなくなるのです。 落胆して帰ろうとするクッキーの横を急いで、走って行き、溶けた雪だるまを見て、同じように落胆している子がいました! 「もしかして・・・」クッキーにもやっと新しい街でお友達ができたようです。 以前に紹介した絵本「とんことり」(林明子作)と同様、引越した先でお友達を作る、というおはなしです。 「とんことり」な菜の花いっぱいの場面があり、春を思い浮かべます。 この「あえたらいいな」は冬で、引っ越していくお友達にプレゼントとしてあげるときの季節を考えて使い分けたらいいと思います。 夏と秋も探しておきますね。
2006.06.05
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いつもは「さよなら またね」で別れてたのに、今日のクッキー(くまの友達)は様子が変。 しかも、別れるときの挨拶は「さよなら・・・」 そしたら、ぼくのおうちにママと一緒にやってきて、明日引越しするって言うではありませんか。 突然の別れを告げられた「ぼく」。「ずーっと一緒に遊ぼうね」って言ってたくせに。 うそつき!クッキーなんか 大嫌いだ」 ぼくは、事実を受け入れられずに、ベッドにもぐってそう言います。 でもだんだん冷静さを取り戻してきて「さよならって 言っても、また会えた。いつもいつも、また会えた。でも、今度のさよならは・・・。」 クッキーに感謝の気持ちがわいてきて、夜中に手紙を書きます。 そして、手紙には「ぼく」とクッキーの顔と「さよなら またね」という文字がありました。 生きていくうえで、たくさんの出逢いと別れがあります。 いい出逢いほど、別れが辛いものです。 ここで私の好きな歌詞を紹介させてください。「あなたに会えて本当に良かった。嬉しくて嬉しくて言葉にできない」 (オフコース 「言葉にできない」) 私の人生の中で、出逢って本当に良かったと思える人、感謝すべき人はたくさんいて、その人の顔を思い出すたびにこの歌詞を思い出します。 でも、その人みんなと今でも会えるか、と言ったら、残念ながらそうでない人もいます。 でも、私の心の中には常に存在していて、その心の中の友人が時には励ましてくれたりして、今でも私の中では生き続けるのです。 そういった人々には「さよなら またね」なのでしょう。
2006.06.01
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私が小学生低学年のとき、大人なしで友達だけで自転車に乗って行くところと言えば本当に限られていました。 今から思えば、本当に近所にすぎませんでした。 でもあるとき、同じクラスの男の子に偶然会って、彼を追いかけて行ったことがありました。 彼の家は、私の生活圏からはかなり離れていて、私が行った場所はまるで異次元のような空間で、やたらと大きなマンションに囲まれて、初めての土地、ということもあってか、私は圧迫感に襲われた記憶があります。 それから数年たつと、私も行動範囲がもっと広がり、そこも私にとって生活圏の一部になったのは言うまでもありませんが、この歳になった今でもあのときの感覚は忘れられません。 うちの上の娘は、まだ4歳で、それこそ本当に限られた場所しか知りません。 そんな彼女に、最近「地図」というものを見せてあげるようにしました。 最初は、住んでいる近辺の地図を。 「おうちはここだよ」とか「いつも行く公園はここ」「幼稚園はここだよ」という具合に。 娘はものすごく興味を持ち、地図を指差しながら「ここはなに?」「○○ちゃんのおうちはどこ?」と聞いてきます。 次に、日本地図を見せました。 お風呂の壁に貼って、お風呂に入るたびに、「おばあちゃんのおうちは○○県」とか、「なまはげがいるのは秋田県だよ」というふうに教えていくと、ものすごい速さで覚えてしまうのです。(忘れるのも同じくらい速いですが・・・) そして、次に地球儀を買ってあげました。 たまたま平仮名で書かれた地球儀を見つけたので、それを買ってあげました。 そこには、特産や有名な物の絵が書かれていて、見ていると大人でも楽しい。 そして、最近この「せかいちず絵本」も与えました。 地球儀と見比べて、楽しむ娘です。 こうやって、娘にとって、本当に小さな世界が、どんどん大きくなっていきます。 もちろんこうやって娘の中で世界が広がってもまだまだ頭の中の世界に過ぎないのですが、大事なのは、 世界ってこんなに大きいんだ、広いんだ。 これからもっともっと知ることがあるし、体験することもできる。 楽しいことがこの先たっくさんあるから、ちょっとしたことにクヨクヨするんじゃないよ。というメッセージが伝わればいいな、と思います。
2006.05.29
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最近、家族で真剣にシーソーをしました。 真剣にすればするほど、遊園地の絶叫マシン並の体験・・・。 こう思ったのは、私が元々乗り物酔いしやすい性質のせいでしょうか?。 反対側に座った夫が思いっきりこぐので、こちら側は激しく上下に動かされます。 すぐに、降参、降参! シーソーがこんなに大人でも楽しめるものだったとは・・・、新たな発見でした。 さてさて、この絵本は、動物がシーソーを楽しむおはなしです。 この絵本ができたいきさつは、作者が「どうぶつたちの公園では、みんなどうやって遊んでいるのでしょう」という疑問から生まれたようです。 そして、作者は森の奥のほうにある動物たちの公園へ行ってみたようです。 そこで見た楽しい出来事を絵本にしました、と書いています。 なるほど、小さい動物も大きな動物もみ~んな仲良くシーソーを楽しんでいます。 シーソーが上に行ったり、下へ降りたりする音が、小さな子にとてもウケます。 この作者は「ねずみくんのチョッキ」シリーズを手がけた人で、その意識なしに読んだ第一印象は、やはり「ねずみくんのチョッキ」の動物のかわいさとコミカルさを彷彿させる作品でした。 「ねずみくんのチョッキ」シリーズでもそうですが、とにかく大きい動物も小さい動物もみんな仲良し。そしてニコニコ。 読みながら幸せで楽しい気分になれます。
2006.05.25
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去年同様、子供がGW中熱を出し続け、連休明けには肺炎で入院という羽目に陥ってます。去年は当時7ヶ月だった下の子。今年は4歳の上の子。何か落ち度あった~??なんで同じ日に同じ病気で入院なの?もう厄日としか言い様がありません。まだ入院中。今日は2日ぶりに帰宅しました。0歳児の付き添い看護に比べたら、4歳児は相当楽です。でも、我が家はてんやわんや・・・。 入院中、24時間点滴でベッドから動けない娘のために、とっかえひっかえ病院にある絵本を読み聞かせてます。 いろんな絵本をインプット。 また、落ち着いたらコメント書きますねえ。
2006.05.12
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人間には自尊心というものが必要です。 「自分には生きていくだけの価値がある」、そう思うことが自尊心なのです。 人間はそれらの自尊心を持つことによって生きていくことになりますが、それを培うための一番の基盤は、家族などからの愛情です。 小さい頃に、親や祖父母などから、愛情いっぱいに育てられることで、「自分はここにいてもいいんだ、いるだけの価値があるのだ」と自然に思うようになります。 でも、そういった自尊心は、本当に基盤に過ぎず、保育園や幼稚園などの集団生活に入ると、もろくも木っ端微塵に砕かれてしまいます。 子供は、無邪気である反面、無神経です。 思ったことは何も考えずに口走るし、傷つけるような言葉も平気で発します。 そういった言葉を言われて、自尊心でいっぱいだった子供は一瞬にして、崩れてしまい、傷つくのです。 しかし、それは仕方のないことです。 世間に出れば、いろんな環境の子供たちがたくさんいて、いろんな考えを持っています。 その中で、子供は崩された自尊心を自分の力で回復していかなくてはなりません。 そのときに、親としてできることはなんでしょうか? やはり基本的には愛情です。 愛情と言ってもいろんな愛情があります。 赤ちゃんのときの愛情とは違い、ある程度子供を一歩はなれてながめる、そして、子供が助けを必要としてるようなら手をさしのべる、または軌道修正してあげる、それが愛情です。 そして、大きな力を持つのが「文化」の存在です。 「文化」と言うと大それたイメージがありますが、簡単なことです。 食べるお皿を、ちょっとおしゃれにする、とか、外を歩いていて綺麗な花があればそれを楽しむとか、それだけでも十分「文化」なのです。 そんなちょっとしたものでも、日々積もり積もれば、子供にしっかりとした自尊心が育ちます。 そういった自尊心があれば、たとえ何かの勝ち負けの争いに巻き込まれようとも、人を見下したりせずに、ゆったりと構えることができます。 挫折や逆境にあっても、自尊心をまるごと失うことはありません。 そして「文化」のひとつとして、絵本や物語があげられます。 上に書いたことは、「読む力は生きる力」で書かれていることの一部をまとめたものです。 この本では、作者が「本を読むこと」がなぜ重要なのか、ということを研究した結果などを踏まえて書かれています。 私は読んでいろんなことを学びました。 そして、今毎日子供に絵本を読み聞かせしていて、その意味や、今後どうやっていったらいいのかを指南されました。
2006.05.05
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初めての子育てって不安ばかりで親も必死ですよね。 ついついかまいすぎたり、過剰反応したり・・・。 私も一人目の子には、無意識のうちに過保護にしてしまってたような気がします。 だからというわけではありませんが、2人目の子にはやや放任的な育て方をしています。 そのためか、今の段階では、上の子と下の子では性格も運動能力など、何もかもかなり違っていると感じます。 同じ親の姉妹なのに、こんなにも違うのか、と驚くほどです。 そんなことを考えると、2人目以降の子のほうが、より自然な環境の中で育つことができ、生まれたときからお姉ちゃんがいる、ということで、最小単位の集団生活を過ごせて、人間的にはより自然な状態で育っていくような気がします。 話がそれましたが、この「フンガくん」は、とってもきかんぼう。 新しい自転車が欲しい、と言ってダダをこねたり、お風呂屋さんに行くのに、まだ遊びたいと言ってへそを曲げたり、そんな困ったちゃん。 でも、そんなフンガくんにお母さんはちっとも慌てふためかず、「はいはい」って感じでたしなめて、でも、毎回いつのまにかフンガくんの前から姿を消します。 お母さんを探すフンガくん。 いつのまにか、なんでダダをこねてたんだろう?と冷静になって、普段のフンガくんに戻ります。 また、フンガくんの発する言葉がかわいいのです。 「だけど なんか へんだな。 僕の 曲がったへそは いつのまに戻ったのかな。 お湯でふやけちゃったのかな」 こんな具合です。 なんともほのぼのしてて、読んでて親の私のほうが「子育てって、もっと気持ちをおおらかにしてやっていかなくてはね」と教えられます。 育児は先が長いし、正解なんてありません。 フンガくんのママのように、肩肘はらずに、ある程度「適当」にやっていくのが、イライラせずにうまくいくコツではないかと私は思います。
2006.05.03
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だんだんと暖かくなってきましたね。そういう時期にぴったりなのが、この絵本です。 そらまめくんたちの気持ちの優しさで、読んだ人の心まですがすがしい気持ちになれますよ。 雨あがりの朝、「今日は遊べるぞー」と大喜びで外に飛び出したみんな。 でも、残念なことにいつもの遊び場が大きな水溜りになっているではありませんか! そこで、新しい遊びを発見します。 みんな(豆たち)のベッドをお舟にして進んでいく、という遊び。 でも、そらまめくんだけは、しようとしません。なぜなら、宝物のベッドが水に濡れてしまうのが嫌だったからです。 でも、みんなはとっても楽しそう。 うらやましくなったそらまめくんは、みんなに「誰か 僕も乗せてよ」とお願いします。 そして、無理やりピーナッツくんのお舟に乗らしてもらうのですが、そらまめくんは大きくて重いので沈んでしまいます。 そんなこんなで遊んでるうちに、迷子のめだかの子に出逢います。 「大変!早く小川に返してあげなくちゃ。」 あんなに自分のベッドを濡らすのを嫌がっていたそらまめくんが、自分のベッドにお水を入れて、その中にめだかの子を泳がせて小川に返してあげると言うではありませんか。 大きな大きなそらまめくんのベッドには、たくさんのお水が入り、めだかの子もご機嫌に運ばれます。 エッサ ホイサ エッサ ホイサ・・・。 無事小川に返すことができて、めでたし めでたし。 ここではめだかが、春らしさをアップしています。 めだかは、水温20度をこえて、太陽が当たる時間が1日に13時間をこえるようになると、卵を生む準備を始めます。 きっと巷のめだかは、今から産卵期で大忙しなのでしょう。 そして約5ヶ月間もメスは卵を産み続けます。 へーって思ったのが、受精の仕方です。 オスはメスに寄り添い、卵を産む手伝いをします。 そして、卵を産んだ瞬間に、その卵めがけて自分の精子をかけて、それが受精した、ことになり、卵が発育し始めるのだそうです。 そうやって、たくさんの小さなめだかが誕生するわけです。 そらまめくんたちは、そんなめだかの子をみんなで力を合わせて助けてあげた、というお話です。
2006.05.01
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もうすぐ子供の日。 ということで、1歳7ヶ月の下の子に買った絵本です。 この絵本は、しろくまちゃんがおかあさんと一緒にホットケーキを作り、お友達と一緒においしく食べるおはなしです。 この絵本の最後に書かれている「しろくまちゃんのほっとけーきのねらい」を読むと、この絵本の良さがよく理解でき、1972年初版から150刷されてるロングセラーというのも納得できます。 そこに書かれてる内容を要約すると、1.子供のホットケーキを食べる嬉しさ2.ホットケーキができあがっていく過程の好奇心3.自分で作るという魅力 それらをこの絵本を読むことで子供がワクワクできます。 そして、友達や兄弟で分け合って食べる喜びも描かれています。 作る楽しみ、食べる楽しみ、分け合う楽しみ、それらがよく伝わる絵本です。 ホットケーキをフライパンに流し込んでから、出来上がるまでの様子が、音と絵でうまく描かれていて、ホットケーキを食べたくなりました。 昨日買って読んだのですが、早速今日のランチはホットケーキで、絵本の絵を親子揃って目で追いながら焼いて食べました。大満足なランチでした。
2006.04.30
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バム(ブルテリア犬)とケロ(かえる)の絵本で、とっても春らしくすがすがしい、そしてかわいらしく、コミカルな絵本です。 月曜日の朝に山のような小包がバムのおじいちゃんから送られてきます。 送った部品を組み立てて飛行機を作って、80歳の誕生日に飛行機に乗ってケロちゃんと一緒においで、というお誘いでした。 土曜までかけてバムとケロは飛行機製作に励みます。 そして、ようやく出発。 バムはおじいちゃんの手紙に書かれてる道順で飛行機を飛ばします。 その飛んでゆく道(空?)のハプニングの多いこと! ありえなく、そして愉快な空の旅。 どんなハプニングにも動じず、操縦を続けるバム。 いつものケロちゃんに対しての穏やかで冷静な人格(犬格?)がここでも発揮されます。 そして、やっとおじいちゃんのおうちに到着。「おじいちゃん、お誕生日おめでとう!」 最後のページでは、おじいちゃんがバムに持ってきて、とお願いした本を読んでくれます。この本こそが、前作「バムとケロのにちようび」で登場した「ふしぎなひこうきじいさん」なのです。 バムとケロシリーズは、色彩の鮮やかさ・美しさが素晴らしいです。 うちの子供は、4歳も1歳もバムケロシリーズが大好きで、特に1歳のほうが毎日のように「読んで」と持ってきます。 おかげで私は覚えてしまったくらいです。 そんなバムケロにはまってる我が家(というか私)は、作者島田ゆかさんのホームページから、バムケロ作品の版画が売り出されてると知っていささか興奮気味です。 実は、我が家には、絵本の表紙をカラーコピーした絵を入れた額を飾ってるのです。 ずっとそういうのを待ち望んでたのです。 でも、値段が6万円、ということで、躊躇してます。 近いうちに大きな出費を控えていて、それで財布の紐を硬くしてる時期だからなのです。 でも、でも、とものすご~く悩んでる私です。(ははは・・・)
2006.04.26
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とっても有名なこの絵本、実は最初のタイトルは「たまご」だったって皆さんご存知ですか? この絵本は、福音館書店から出版されてる月刊誌「母の友」に1963年掲載されたもので、そのときは「たまご」というタイトルで、なじみの深い野ネズミのぐりとぐらの絵は挿絵として白黒で描かれていました。 確かに、「たまご」が主役なのかも・・・。 この絵本は、双子の野ネズミのぐりとぐらが、森の中で大きな大きなたまごを見つけることでお話が展開されます。 この大きなたまごでカステラを作ろう、と決めたまでは良かったけれど、大きすぎて持って帰れません。 仕方ないから、この森の中に調理道具や材料を持ってきて、ここで調理することにしました。 さあ、調理開始!と思ったら、大変、たまごが割れません。 げんこつで叩いても「おお、いたい!」 石でたたいて、やっと割れました。今度こそ調理開始! 二匹は仲良く、歌いながら楽しく手際よくカステラ作りをしてゆきます。 お鍋の中に入れて、出来上がりを待つ二匹の周りには、おいしそうなにおいに釣られて、少しずつ森の仲間がやってきます。 そんな仲間たちに二匹は、「けちじゃないよ ぐりとぐら ごちそうするから まっていて」 そして、お鍋のふたを開けるとふんわりとした大きなおいしそうなカステラが! ああ、なんておいしそう・・・。 このページの最大の見せ場ですよね。 この絵を見るとカステラが食べたくなります。 本当にカステラのおいしさの伝わる黄金の色使いです。最後、大きなたまごのカラを、ぐりとぐらはどうしたでしょう?それは、ページをめくってのお楽しみ。私はこの最後のページが大好きです。ちなみに、この絵本は英訳もされています。パパ・ママも子供の頃に読んでもらった人が多いことでしょう。子供のため、そして自分のためにも英訳版にステップアップされてみてはいかがでしょう?
2006.04.25
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この絵本は、赤ちゃん絵本の代表ですね。 がたんごとん、と音を立てて電車が駅にやってきて、駅ごとにいろんな物や動物が乗ってきます。 乗ってくるのは、みんな赤ちゃんに馴染みのあるものばかり。 赤ちゃんのときに、読み聞かせる絵本って、絵がはっきりとしていて、言葉が繰り返されているものが理想です。 この絵本は、それらの条件を満たしていて、なおかつ、簡単なストーリー性があります。 もちろん、小さな赤ちゃんは、ストーリーなんてものはわかりませんが、繰り返し読み聞かされるうちに、言葉と絵のつながり、そして、この絵本の場合、その前のページで、駅で「のせてくださーい」と言っていたものが、きちんと電車に乗っている、というストーリーがわかってくるのです。 そして、また次の駅でも「のせてくださーい」というものがいて、そうするとこれも電車に乗るんだろうな、という想像ができるようになります。 このような想像力を備えていける、素晴らしい絵本です。
2006.04.23
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「さるのせんせいとへびのかんごふさん」の続編です。 前作は、へびのかんごふさんの「へび」ならではの技により、看護婦の仕事を、看護婦以上のものにしてこなしていました。 今作では、ある日へびのかんごふさんが、こんな思いをへびのせんせいに打ち明けます。「私、前からお医者さんになってみたいと思っていたのですが、私にお医者さんがつとまるでしょうか」 さるのせんせいは快く、一日だけ先生と看護婦を交替することを提案して、早速その日実施します。 看板も張り替えて「へびのせんせい さるのかんごふさん」 今日も患者さんは次から次へとやってきます。 へびのせんせいは、上手に診察できますが、さるのかんごふさんは、へびがやっていたのと同じように、注射をしようとしても駄目だし、お腹が痛い患者のお腹に入って調べようとしますが、さるの体が大きすぎて入りきれません。 結局、どれもこれもうまくいかず、最後には鼻水の止まらないゾウの診察で、大花火!!??? みんな怪我をしてしまい、しばらくは病院はお休みすることになりました。 なんでも人のやってることが羨ましくなったりするものです。 こういう気持ちがあるから、人間は成長していくもんだと最近よく思います。 うちの1歳半の下の子は、なんでもお姉ちゃんの真似っ子です。 お姉ちゃんが走れば、妹も走る。 お姉ちゃんがでんぐりがえりをすれば、妹もぐるり。 お姉ちゃんが歌に合わせて踊れば、妹もノリノリ。 お姉ちゃんがジャンプしてイスから飛び降りれば・・・!! ダメ!まだ無理だよ! でも、妹もできないなりに「ジャンプ」と言ってその場ではねています。 動きもお話も、理解力もとにかくお姉ちゃんの刺激あってのことでか早い早い。 こんなふうに、憧れたり目指したりする相手は必要ですよね。 人間って独りでは生きていけないって、どういう面からもつくづく思います。
2006.04.21
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正直言って、私は最初この絵本にそんなに期待してませんでした。 ある絵本100選の本に選ばれてたので、何気なく図書館で借りてみました。 4歳、1歳の子を持つ私は、どちらかといえば下の子用に借りたのですが、これがお姉ちゃんのほうにかなり受けました! そして、なぜか私もものすごく幸せな気分になり、選ばれてる理由がよくわかりました。 おはなしは単純です。 明日は待ちに待った遠足。 実は園長先生が一番楽しみにしていたようで、前の晩興奮しすぎて朝寝坊してしまいます。 でも、園長先生のことなんか忘れてしまっていて、バスは出発していってしまいます。 公園に着いて、みんな遊んで、さあ、お弁当、ってときに、やっと園長先生とうちゃーく! でも、園長先生慌てて来たのでお弁当も忘れて・・・。 そんな園長先生に幼稚園の子供たちはみんな喜んで「私のウインナー食べて」「ぼくのたまごやきあげるよ」とくれるではありませんか。 みんなで一緒に「いただきまーす!」 はなしは簡単なのですが、バスに揺られて右へ傾き、左へ傾き・・・。 そんな場面にうちの子はワクワク。 大きな箱をバスに見立てて、子供2人を中に入れ、子供たちもその場面になると一緒に右へ左へ。 がたがた道は、上下に揺れてガタガタガタ・・・。 2人の子供はキャッキャッとはしゃいで喜びます。 公園の遊具の楽しそうなことといったら!これはページを開けてみないと伝わりません。 とっても楽しくて、幸せな気分になれる絵本です。
2006.04.20
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ここに登場するかばくんは、いろんなものになろうと挑戦しますが、体重が重すぎて失敗ばかり。 それでもくじけず、へこまず、次々と新たなものに挑戦していきます。 それでも、とにかくどれも見事にだめ・・・。 こんなにだめって、ふつうだったら、もうあきらめない? もう嫌にならない? でも、このかばくんは全然おかまいなし。「ま、ぼちぼち いこかー と いうことや。」だそうです。 この絵本はアメリカのものですが、訳された今井よしとも氏が,お得意の関西弁でかばくんののんきさをうまく表現しています。 「訳者のことば」では、「みなさんも、ひとつ、おくにことばに訳して、たのしんでみてください」と書いています。 そうですよね、絵本を読む際、書かれたまま読むのが普通ですが、それを慣れ親しんだ方言に変えて読むと、もっと情感がこもって聞いてる子供も惹き込まれるのではないかと思います。 私の経験上、すご~く気持ちをこめて、なりきって読んだ絵本のほうが、子供の大好きな絵本になる傾向があります。 私は、最近特に自分への挑戦みたいな感じで、いつもいかにうまく読めるか、と読むことに集中して読みます。 つまらずに読む、なまらないように読む。 雰囲気が伝わるような抑揚のつけかたや、登場人物の気持ちを考えて読みます。 子供に読むものですが、そういうチャレンジがあるせいか、私自身がいつも必死です(笑)。
2006.04.13
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冷蔵庫の野菜室に入れられたやさいさんたちのおしゃべりです。 普段わたしたちは、どうしても使わないまま腐ってしまい、ゴミ箱行き、になってしまう野菜を作ってしまうものです。 この絵本を読むと、冷蔵庫の中で食べられるのを心待ちにしている野菜さんの気持ちが痛いほど伝わり、今後は少しでも痛んできたように感じたら、すぐに使ってあげようと思うようになります。 うちの4歳の娘は好き嫌いは殆どないのですが、それでも、どうもトマトが苦手なようです。 ところがこの絵本を買い、娘のお気に入りの絵本になり、何度も読むうちに、「食べない」ということに罪悪感を感じたのか、今日一緒に買物に行って野菜売り場で「トマトを買おうか?」と聞いてみたら、「うん。トマト好き」と言うではありませんか!ぜひ、ご一読あれ・・・。
2006.04.04
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子供が小さいうちは、読み与える絵本として、主人公がどんなに突拍子もないことをしようとも、最後には元いた場所に戻っている、というのが理想です。 そうすることによって、子供自身がどんなに無茶なことをしようとも、おかあさんやおとうさんの元に戻れるんだ、という安心感が培われていくからです。 この絵本はまさしくそういう面においても素晴らしいと思います。 主人公の男の子「マックス」はイタズラ盛り。 ある晩もオオカミの着ぐるみを着て家中大暴れ・・・。 お母さんは怒って夕ご飯も抜きで寝室に閉じ込めてしまいます。そこで反省するかと思いきや、マックスの空想の世界が繰り広げられます。 寝室が森や野原に変わり、そこから舟に乗って「かいじゅうたちのいるところ」へ漂着します。そこにいたかいじゅうたちの怖そうなこと! でも、マックスはちっとも怖くなく、かいじゅうならしの魔法を使い、手なずけてしまいます。 すると、かいじゅうたちはマックスをこの島の王様にし、みなで一緒にかいじゅう踊りをします。ところが、そのうちマックスは寂しくなってきます。空想の世界なのに、遠い遠いむこうからおいしいにおいが流れてきます。 マックスはあっさりとかいじゅうの王様を辞めまた舟で帰ろうとします。 かいじゅうたちは必死で残ってくれるように頼みますが、さっさと帰ってしまうマックス。そしていつのまにやら元の閉じ込められた寝室。そこには、ほかほかと温かな夕ご飯が置いてありました。 この絵本を読むことによって、大人も子供も冒険できます。 子供の頃はもっといろんな空想をして、ありえない世界に行ったり、夢のような格好をしたりしてワクワクして楽しんでいたものです。 いつからそういう空想をしなくなったのでしょう・・・。 大人になった、からではなく、現実世界にもまれ、大事なものをたくさん落としてしまってるように思います。 このような絵本に触れることによって、そういったものを一つずつ取り戻さなくてはいけないなあ、と感じました。
2006.03.29
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「あさえとちいさいいもうと」の続編になります。 あさえはお姉ちゃん、そして、あやちゃんという妹がいます。 一般的な姉妹・兄弟と同じく、ここの姉妹も普段は、妹がお姉ちゃんの真似やお姉ちゃんのものを勝手に使ったりして、お姉ちゃんを困らせているようです。 ある日、幼稚園から帰ったあさえは、朝置いていた場所に人形のほっぺこちゃんがいないことに腹をたてていました。 「また、あやちゃんのいたずらだ! あやちゃん!あやちゃん! あたしのほっぺこちゃんをかえしなさい!」 大声を出すあさえの前に現れたのは、ぐったりしたあやちゃんをおんぶしたお母さんでした。 お母さんはあやちゃんを急いで病院に連れていくからお留守番をお願いしたのでした。 まもなく一人で帰ってきたお母さん。 あやちゃんは盲腸の手術入院をすることになったのです。 お父さんがすぐに帰ってくるはずだから・・・。と言って急いで支度をして再び病院へ向かうお母さん。こんなときに限ってカミナリがなりました。あさえは怖くて、心細くて布団にもぐりこみました。 やっとお父さんが帰ってきて、お母さんからも電話があり、明日お見舞いに行くことになりました。 「お見舞いになにを持って行こう・・・」 「あやちゃんが、もっと喜ぶものってなにかしら・・・」 病院へ行くと点滴をしてるあやちゃんの顔は見えました。 あさえからのお見舞いは、折り紙と手紙と、そしてほっぺこちゃんでした。 あさえが、ひとまわりもふたまわりもお姉ちゃんになったことがよくわかります。 この絵本は、去年下の子が肺炎で突然入院したときに、ヘルプで来てくれたおばあちゃんがお姉ちゃんに買ってあげたものです。 入院するときのバタバタ感や、残された家族の不安などがものすごくよく描かれていて、1年近くたった今でもこの絵本を読むたびに、当時のことが鮮明に思い返されます。 今となれば、思い出となる出来事もあのときは必死で、あさえのようにまだお姉ちゃんでなかった上の子は精神不安定状態にもなり、私は病院にお泊りでつきそうのだけでも大変なのに、上の子の心のケアもしなくてはいけないので家にも戻って、と体力的にも精神的にも本当にキツかったのを覚えています。 でも、この絵本でも描かれているように、そういう緊急事態こそ家族の絆が深まり、心の成長があったりするものです。 うちのお姉ちゃんも妹の入院初夜はパニくってましたが、次第に平常心を取り戻し、きちんと待っていてくれるようになりました。 退院するまでの間「早く○○ちゃん(妹の名前)帰ってきてほしいなあ。早く4人で過ごしたいなあ。」と言っていて、退院した日はそれはもう喜んでいたことでした。 うちの場合、当時3歳だったお姉ちゃんにも「家族は一人でも欠けてはいけない」という気持ちが強まり、家族の大切さを知ったようです。
2006.03.15
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寝る前に布団の中で、大好きなおかあさんと「ぼく」の一番落ち着いて安らぐ至福なひととき。 ある晩「ぼく」は、おかあさんに昨夜の出来事を話し始めます。 昨夜「ぼく」の前にやってきたのは、かわいいくまのこ。名前は「よるくま」。 「よるくま」のおかあさんがいなくなって、それで探しに来たって言います。 「ぼく」は「よるくま」と一緒に探しに出かけます。「 よるくま」のおかあさんが行きそうなところはどこ? 買物かな? 公園かな? でも、いません。 だったら、もう先に帰ったかも! そう思って、2人は家に戻りますが、やっぱりいません。 とうとう「よるくま」は泣き出してしまいます。 「おかあさんは? おかあさんは?」 「よるくま」の涙、夜みたいに真っ黒で、その涙で周りも真っ暗になってしまいます。 「助けて!流れ星!」 つかんだ流れ星は、おかあさんが釣ったものでした。 おかあさんは、明日のご飯のためにお魚釣りにでかけていました。 おかあさんは、お金にするためにお魚釣りにでかけていました。 ほっとしてベッドに入る「ぼく」と「よるくま」。 「 お や す み 」 文章が、「ぼく」と「ぼくのおかあさん」の2人の語り口調なので、絵本の世界に親子ですんなりと入り込んでしまえます。 「今」が一番大切で「今」そばにいてほしい子供の気持ちと、明日のために子供のために働くおかあさんの気持ちが、寝る前のゆめうつつ(夢現)な状態に、うまく溶け込んで、おかあさんの子供への愛情を深く深く伝えてくれます。
2006.03.13
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手作りクッキーのあたたかさ、 友達と分け合うことの思いやり、 それらのことをハラハラドキドキ感で感じ取れる絵本です。 ビクトリアとサムのお母さんはクッキーを焼いて、「2人で分けておやつにしてね」と言いました。 クッキーは全部で12個。 最初2人は「6個ずつだね」と言ってお皿に分けました。 食べようとしたときに玄関のチャイムが鳴り、隣のトムとハナがやってきて4人で分けることになったので、それぞれ3個ずつになりました。 次にまた玄関のチャイムが鳴り・・・。 そんなふうにして12人の子供たちが集まり、一人1個ずつになったときに、またチャイムの音が! さて、どうなったでしょう? これがまた心温まるハッピーエンドになっているのですよ。 アメリカの絵本なので、ダイニングキッチンも勿論土足です。 テーブルの隣にいるお母さんがモップで掃除をしてるのですが、お客さんが中に入るたびに床に泥の靴あとがついて掃除が終わりません。そういったアメリカンな生活風景にも接することができる楽しい絵本です。
2006.03.12
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主人公の女の子は、赤色が大好きです。 赤色のくつしたのほうが高く飛べるし、赤色の長靴だとおおまたで歩けるし、穴だらけでも赤い手袋のほうが上手に雪だまが作れちゃう。赤色のパジャマなんておばけを追い払ってくれる。 でも、おかあさんは赤のことをなんにもわかっていない。 だから、違う色のものをすすめるの。 それでもなんでも赤色が大好き、だって、あかは世界で一番素敵な色だから。 子供のこだわりの世界を見事に描ききったカナダのロングセラー絵本です。 親からしてみれば、子供がなんでこんなにこだわるのかわからないときがあります。 どんなに言ってもきかない、でも子供の中には何か譲れないものがあるはずなのです。 一方的に「だめ、こっちにしなさい」では、子供の心は離れていってしまいます。 コーチング手法で、「どうしてこれでなきゃだめなのかな?」「おかあさんはこっちのほうがいいと思うけど、○○ちゃんはどう思う?」と、冷静に子供の気持ちを聞いてあげてみることが大切だと思います。 もしかしたら、子供にしか見えない世界があって、それを聞くことで大人にも気づかされることがあるかもしれませんね。
2006.03.11
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わたしの帽子は、少し古くて、少し汚れていました。 でも、とてもお気に入りでした。 だからいつもどんなときでもかぶって行き、かぶって行くたびに思い出も増えました。 そんな大切な帽子が、ある日吹き飛ばされて戻ってはきませんでした。 悲しんでいるわたしに、お母さんはアイスを買ってくれても、食べませんでした。 次の日、お父さんが新しい帽子を買ってくれましたが、すぐにはかぶりません。「だって、私の帽子のようではなかったんですもの」 外に行くときもわざと帽子を後ろにずらしてぶらさげていました。 お母さんが何度かぶらせても同じでした。「だって、私の帽子のようではなかったんですもの」 ある日帽子にちょうちょがとまりました。 それがきっかけで、「私の帽子」のように思えるようになり、きちんとかぶるようになります。 少し切ないような、でも、誰もが必ず経験したことのある思いです。 どんなに汚くても古くても、自分にとってはかけがえのない大切なものって誰もが持っていると思います。 例えば小さい子供なんかは、寝るときの毛布だったり・・・。 すごく汚いんだけど、洗うと駄目とか、新しいのは駄目とか。 でも、いつまでもそれを持ってるわけに行きません。 それとお別れしなくてはいけないときがやってきます。そして、それが達成できたとき、ひとつ成長できるのでしょう。この絵本では、そういう心の成長が率直にうまく描かれていると思います。
2006.03.10
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くまのコールテンくんは、デパートで売られているくまのぬいぐるみです。 いつも「早く自分をうちに連れて帰ってくれなかなあ」と思っていました。 ある日、女の子がコールテンくんの前で「あたし、ずっと前からこんなくまが欲しかったの。」とママに言うのですが、コールテンくんの服のボタンが片方なくなってるので「新品じゃないみたい」とその女の子のママは言い買わずに去ってゆきます。 それを聞いてコールテンくんは、初めて自分の服のボタンがなくなってるのに気づきました。「今夜探しに行こう」 その晩、お店が閉まってから、コールテンくんは棚から降りて、探しにエスカレーターを上ります。 家具売り場に来たコールテンくん、「これ、きっと王様の御殿だ」と興奮します。 ベッドのマットレスのボタンを、自分のなくしたボタンと勘違いして、無理やり引きちぎろうとしたとき、コールテンくんは飛ばされて大きな物音をたててしまいます。 その音で警備員がやってきて、隠れてるコールテンくんを見つけ、おもちゃ売り場の棚に連れ戻します。 翌朝、昨日の女の子が目の前に来たではありませんか! なんと女の子はコールテンくんを買いにきたのです。 大事そう胸に抱いて帰ります。 女の子はコールテンくんにベッドを用意し、ボタンもつけてくれました。 「ともだちって、きっと きみのような人のことだね」 ずっと前から、ともだちが欲しかったコールテンくんはとても幸せそうでした。 この絵本を読むと、おもちゃを大事にしようと思います。 赤ちゃんの頃って悪気はなく物を投げたり、壊したりしますよね。 そういうとき、赤ちゃんに「おもちゃさん、痛いって言ってるよ」とかってよく言うと思いますが、それは言葉だけでなくおもちゃの本当の気持ちだと思います。 植物に声をかけて育てると、気持ちが植物に伝わる、とよく聞きますが、無機質なものでも同様だと思います。 大人自身がもっともっとあらゆるものに対して気持ちをかけなければいけない、と思った絵本です。
2006.03.10
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大切な人が死んで、残された人の想いをどうやったら前向きに受け止めることができるか。 また、死に直面した際、死をどうのようにとらえるべきか、ということを絵本を通して感じることができます。 森のみんなに頼りにされていた年寄りのアナグマは、夢の中で長い長いトンネルを抜けてゆきます。 その翌朝、アナグマの友達がアナグマの家に行くと「長いトンネルのむこうに行くよ。さようなら」と書いた手紙を残して死んでいました。 みんなはとても悲しくて、冬の間ずっと心の中の悲しみが消えることがありませんでした。 アナグマは生前、自分が死んでも悲しまないように、と言っていましたが、それはとても難しいことでした。 春になり、みんな外に出れるようになって、行き来できるようになると、みんなそれぞれのアナグマの思い出話を語り合いました。 みんなアナグマからたくさんのことを教えてもらっていました。 アナグマはひとりひとりに、別れたあとでも、宝物となるような、知恵や工夫を残してくれていたのです。 みんなはそれで互いに助け合うこともできました。 そして、みんなは気づきました。 アナグマの残していったものの豊かさで、みんなの悲しみが消えて、思い出が楽しいものに変わっていたことを・・・。「ありがとう、アナグマさん」 大切な人の死は辛いです。 でも、体はなくなっても、心や魂は残された人の中にきちんと生き続けるのです。 聖路加病院の小児科病棟のプレイルームにこの絵本が置いてあるそうです。 あるとき、8歳のお姉ちゃん、5歳のお兄ちゃんのいる男の子が脳死状態で緊急入院をしてきました。 お姉ちゃん、お兄ちゃんには、「弟の死」の意味がよくわからず、「弟はいつ帰れるの?」とおもちゃを持ってきてあげたりします。 担当した医師やお父さん、お母さんは、「弟の死」をどうやって子供に受け止めさせたらいいのか、と悩んだときに、医師が兄弟に読んで聞かせたのがこの絵本だったそうです。 医師は読んだ後、こう言ったそうです。 「アナグマ君はおじいさんになって死んだけれど、もっと小さいうちに死ぬものもいるんだよ。弟さんはもうじきトンネルの向こう側にぬけて、自由になると思うけど、今だってぐっすり眠っていて痛くも苦しくもないんだ。わかるよね。」それを聞いた二人は大きくうなずいたそうです。
2006.03.05
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うららちゃんは一人で電車に乗って、「ここだ」駅のおばあちゃんのところへ行きます。 ガタゴトー ガタゴトー と電車は揺られて、次の駅の案内アナウンス。「つぎは わにだー わにだー」 駅名で連想させたとおり、そこの駅ではワニが乗ってきます。 そんなふうに、「くま駅」に着くとクマが乗ってきて、「ぞう駅」に着くとゾウが乗ってきます。 電車は満員になってくると、ゾウの膝にうさぎを乗せてあげたり、寝てしまって危うく降りそびれるうららちゃんを起こしてあげたり、と電車の中でありがちな触れ合いや温かさが伝わる絵本です。 でも、この絵本は、いろんな動物が乗ってくる、という楽しさや、うららちゃんが降りた駅の次の駅で乗ってくるのは?というオチが、なんといっても子供にうけます。 絵を見るだけでも十分におはなしの内容がわかり、言葉も簡単なので小さな子供でも楽しめる絵本で、私はお薦めです。 ちなみに、「こごた(小牛田)駅」ってのが宮城県に実在するそうです。 地元の人は「こごた」を「ここだ」と言うらしいので、もしかしたらうららちゃんのおばあちゃんは宮城県に住んでるのかもしれませんね。(笑)
2006.03.02
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動物村に新しくできた病院の先生はさるで、看護婦さんはへび。 このへびの看護婦さんがすごいのです! まずは、薬が作れるのです。 さるのせんせいが、へびの看護婦さんに、珍しい草や根っこを食べさせ、水を飲ませ、そして看護婦さん自体をよく振ります。そうするといろんな薬が出来上がります。 次に注射の役目です。 さきほど作った薬を看護婦さんに飲ませて、そのまま病気の患者さんの腕にかみつきます。 それで注射がよく効いて、病気はすぐに治ってしまいます。 あるときは、ぴんと伸びて身長計の役目だったり、グルグル巻きのメジャーになり、頭のサイズや胸回りを計ることだってできます。 内視鏡のような役割もできてしまいます。 鼻水ズルズルのゾウさんの鼻の中に入り、鼻のムズムズまでも治してくれます。本当にすごい、へびの看護婦さん。 この病院に行けば、何でも解決してしまいそうな勢いがあります。 全体的に黄色を基調とした水彩画が、病院の重々しさをなくし、この二匹がなんでも解決してくれる、という希望さえも感じ取れます。とにかく展開が面白く、子供はすぐに大好きになる絵本です。お薦め!
2006.03.01
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この絵本は2003年に復刊したのですが品切れが続いてて、今回また福音館書店から復刊するらしいです。 まりーちゃんシリーズの中で私はこの作品が一番好きです。 内容は、まりーちゃんのおうちに大雨が降り、洪水になります。 まりーちゃんは一生懸命、飼っている馬や牛やブタやヤギなどを山の上に連れていきます。 まりーちゃんの家族はおうちの2階に避難しますが、ストーブの火もないし、食べ物も飲み物もありません。「あめふり あめふり いやなあめ」と言って助けが来るのを待っています。 そんな中、あひるの「までろん」だけは喜んで泳いでいます。 やっと助けが来てくれて一安心。 雨も止み、洪水もひきました。 さて、次にしなくてはいけないのは、困っている人たちのためにおうちの泥をだして綺麗に掃除をしてあげること。 最後には「いやなあめは もうおしまい。 いつまでも おひさま、きらきら きらきら しておくれ! おひさま げんきでね、おねがい!」 まりーちゃんはかわいらしく、文も内容もかわいらしい、そして何よりも文のテンポの良さ、それが「まりーちゃん」の絵本です。 この絵本はアメリカの絵本で、アメリカでは「子供の本の黄金時代」と言われるときの作品です(1950年代前後)。 この時代の絵本作家たちは、とにかく子供たちに最高の絵本を与えたい、という思いが熱く、それゆえに傑作がたくさん世に送り出されました。 この絵本は、大雨、洪水という悲惨な事態にあっているのに、その悲惨さが、いい意味で実に軽くおおらかに描かれています。 アメリカの絵本でありながら、雨がやんだあとの明るい光がさした様子や、街(村?)の様子が南フランス(南ヨーロッパ)を連想させるのですが、実は作者のフランソワーズ氏は元々南フランスの人だそうです。 アマゾンでも楽天でも在庫切れということで、なかなか手に入りにくいようですが、図書館ででも借りてみて、まりーちゃんのかわいらしさに触れてみてください。
2006.02.26
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肉食のティラノサウルスは、生まれたばかりで独りぼっちのアンキロサウルスの赤ちゃんを見つけて「ひひひひ・・・・おまえうまそうだな」とよだれを流します。 ところが、この赤ちゃんは勘違いして、ティラノサウルスをお父さんだと思います。 なぜって自分の名前を「ウマソウ」と知っていたから。 純粋に「おとうさんみたいになりたい」と慕う「ウマソウ」。 それに心を痛めるティラノサウルス。 「ウマソウ」を食べるどころではなくなり、いい「おとうさん」を演じます。 草食のアンキロサウルスの赤ちゃんである「ウマソウ」は草を食べますが、「おとうさん」は肉食なので草を食べません。 そんな「おとうさん」のために「ウマソウ」は、危ない遠くに山まで行って赤い実を取ってきます。 「ウマソウ」の優しさから、「おとうさん」はどんどんお父さんらしくなり、しっぽの使い方やほえ方を教えます。 何日もそうやって一緒に過ごし、ある夜「おとうさん」は「ウマソウ、おまえにはもう教えることがなくなったよ。だから今日でお別れだ。さようなら。」と言います。 でも、ウマソウは泣きながら「いやだー!絶対にいやだ!」と言います。 仕方ないので、「おとうさん」は「ウマソウ」をだましてお別れします。 この絵本から、どんなに凶暴な人でも(この絵本では恐竜ですが。)、優しくされると心が優しくなる、だから「この人ってひどい人」と思っても温かく接してみませんか?というメッセージが私には伝わりました。 そして、とにかくこの絵本は切ないです。 絵自体がユーモラスな恐竜なので、余計にストーリーが切なく感じられます。 4歳の娘には、なぜお別れしなくてはいけなかったのか理解できませんでした。 「○○ちゃん(娘の名前)はオオカミと一緒に過ごせる?」そう聞いた私に「できない」と答える娘。 「このおはなしはそういうことなの。」というと、なんとなくはわかったようでした。 でも、娘はこの絵本が大好きで、何回も読んで、とせがみます。 4歳の娘には「切なさ」はまだ理解できなくとも、この絵本を好きでいてくれて、いつか理解して心にとめてくれたら十分に意味があると思います。
2006.02.24
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女の子は物心がつくと、髪の毛を伸ばしておしゃれしたくなるものです。 うちの娘も3歳までは一切髪いじりをさせてくれなかったのに、幼稚園に行きだしてから、毎朝くくって欲しいだの、このピンをつけてほしいだのと注文がでるようになりました。 だんだんとおませさんになってきました。 それにつられて、下の1歳の娘も真似っ子でブラシとピンを持ってきて「つけてほしい」とおねだりしてきます。 まだまだ全然短い髪なのに、つけてあげないと怒るのでつけてあげると上機嫌。 さて、この絵本のおはなしは、まあちゃんとお友達の3人でお茶をしながら髪の長さ自慢をすることから始まります。 おかっぱのまあちゃんは髪の長い2人に負けずに「あたしなんかね、もっとずっと のばすんだから」と言います。まあちゃんの空想は膨らみます。 どれくらい長いかって?それはね、橋の上からおさげを垂らして魚が釣れるくらい。 牧場の柵のところからおさげのロープを飛ばして牛をつかまえちゃうくらい。 そんなことを言ってるうちにまあちゃんのイメージはどんどん膨らんでいきます。 ついにはパーマをかけて、それが森になって小鳥もリスも虫たちも、みんないっぱい集まってくるのですって! 読んでいてとっても楽しくて、私はつい熱が入ってしまいがちです。 私もこんなふうにいろいろ楽しく空想できないかしら?と思い、「まあちゃんのながいかみ」に匹敵するようなものを考えようと試みたのですが、なかなか簡単には思いつきません。 頭が冴えてないのでしょうね。 頭が冴える場所(「創造性の4B」)というのがあって、それは、バー(Bars)、バスルーム(Bathrooms」)、バス(「Busses」)、ベッド(「Beds」)だそうです。今夜子供を寝かすときにでも、考えてみることにしましょう。 また、この絵本の手法として現実部分が白黒で描かれていて、空想部分はカラフルに描かれているので、読み手は気分がノリますね。
2006.02.21
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私が結婚する際の、理想の家庭像は「笑顔が絶えない家庭」でした。 元々私は生きていくうえで「笑う」ってことがとにかく大切だと考え、笑うときはとにかく笑う、それがモットーでした。 この絵本では、表紙からおひさまがとっても大きな口を開けて「あはは」と笑っています。どのページを開けてもみんな本当に楽しそう。 読んでいて幸せいっぱいの気分になります。 4歳の娘も1歳の娘も絵本と一緒に顔をクシャクシャにして「あはは」と笑ってみせます。それって本当に幸せなことだと思います。 子供の笑顔は宝石よりももっと綺麗。 大人も笑顔が一番素敵だと私は思います。 この絵本で「笑う」きっかけを作りませんか?
2006.02.18
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虫歯になって歯医者に行くのを怖がるわにさんと、わにの患者におびえる歯医者さんのコミカルな絵本。 五味太郎独特の世界で、言葉はシンプル、色使いも五味ワールドそのものです。 わにさんとはいしゃさんは、同じ言葉を繰り返します。 例えば虫歯治療をされて痛かったので「もう ひどいじゃないか」と言うわにさん。 かたや同じ「もう ひどいじゃないか」でも、はいしゃさんが言うのは、わにさんに手をかまれて「もう ひどいじゃないか」です。 このように同じ言葉でも、両者の思いは全く違っているのを読み取るのが面白いです。 4歳の娘に初めて読んであげたときは、その意味がわかりにくい部分もあったようですが、きちんと説明して読んでいくとすぐに理解して、次からはちゃんとこの絵本の意味がわかっていて、言葉の面白さを楽しんでいました。 最後には「(虫歯になるから)だから はみがき はみがき」と言いながら歯磨きするわにさんの姿が・・・。歯磨きの大切さを押し付けがましくなく教えてくれる絵本です。
2006.02.18
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お風呂ってこんなに楽しくてワクワクするものなのね、と思える絵本です。 まこちゃん(男の子)が、お風呂ではいつも一緒のあひるのプッカを連れて、いつものようにお風呂に入ります。 まこちゃんが体を洗ってると、湯船に浮かばせていたプッカがお湯にもぐったかと思えば慌てて浮いてきて言うには「お風呂の底に、大きなカメがいますよ」。 すると本当に大きなカメが浮いてきて、そうこうしてる間に、まこちゃんの後ろにはふたごのペンギンがいました。 ペンギンはすべっていった石鹸を追いかけて競争し、その先にいたのが大きなオットセイ。 カバも現れます。 カバのお願いでまこちゃんは体を洗ってあげます。 そして体中が泡だらけのカバにクジラがシャワーを浴びせます。「さあ、みんなおゆに入って。」 あんなに大きなカバもクジラも入ってしまえるほどの大きな浴槽。 みんなで湯船につかって50まで順番に数えます。 50数えたところで、お母さんがやってきます。 お母さんがお風呂場をのぞいた瞬間、みんなお湯にもぐって隠れてしまって、もうそれきりでてきませんでした。 外にでるとお母さんが大きな湯上りタオルを広げて待っていて、まこちゃんはその中に飛び込みます。 ああ、いいにおい、いいきもち。 日常の空間が、ひょんなことから非日常な空間へ早変わり。 それがこの絵本では、ちっとも不自然でなく、まるで夢を見ているかのような感覚で描かれています。 それは恐らくお風呂場の「湯気」によってそのようになるのだと思います。 内容的には、2005年1月5日投稿の日記で紹介している絵本「もりのなか」と展開は似ています。 こちらは「おとうさん」と「ぼく」。 森の中でまるで楽しい夢を見ているかのように、たくさんの動物たちと遊んで、最後におとうさんがやってきて、動物たちは一瞬で消えてしまいます。 子供は、いろんな場所でいろんな想像によって自分が主人公の物語を類似体験します。 どんなに突拍子のない物語であっても、そこでのびのびと遊び、そして遊ぶことに満足したら、お父さんやお母さんのもとへ帰ります。 お風呂のあったかさだけでなく、親子のあたたかさも感じ取れる絵本です。
2006.02.17
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第一作目「ともだちや」の続編です。 きっかけはなんにせよ、ともだちになったキツネとオオカミ。 今日はオオカミの誕生日です。 オオカミは「ともだちならお祝いに来てくれるもの」と勝手に思い込み、朝から大ハリキリで部屋を掃除しながらキツネを待っていました。 ところが、昼になっても夜になっても来ません。寂しく哀しい想いをしながらやっとの思いで眠ることができました。 翌朝、オオカミは昨日のことはすっかり忘れてしまってるのですが、寂しい気持ちだけはしっかりと残っていました。 大好きな肉料理を食べても、暴れまくっても、その寂しい思いは変わりません。「そうだ!こころがあるからさびしいんだ!」 それに気づき、オオカミは大声で「こころ」を吐き捨ててしまいます。 そこへ現れたのが、大きなケーキとやっと見つけた誕生日プレゼントを持ったキツネです。 でも、オオカミは嬉しくもなんともありません。 「こころ」を捨ててしまったオオカミは寂しい気持ちを感じなければ、嬉しい気持ちも感じません。キツネはそれを聞いてとても哀しそうに問いかけます。 「じゃ、これから ずーっと、うれしい日は 一度も来ないんだね。クリスマスがきてもお正月がきても、僕が遊びにきても・・・」 そこでオオカミは顔が青ざめて大泣きします。 泣く=こころが戻ったと知って大喜びの二匹。 今日はとっても幸せな気分で安らかに眠ることができたオオカミでした。 4歳の娘には最初少し難しかったようです。 でも、「クリスマスやお誕生日がくると嬉しいでしょ?」と聞くとうなずく娘。 「こころを捨てるとそういうのが嬉しいと思わなくなるの。こころがあるから、嬉しかったり、哀しかったり、腹が立ったり、喜んだりできるんだよ。」 そういうと娘にもよく理解できたようです。 この絵本を読まなかったら、娘はまだ「こころ」の存在は知らなかったことでしょう。 かわいらしいけど躍動感のあるオオカミとキツネの絵によって、幼い娘にも「こころ」という理解しにくい言葉をなんとなくではあるでしょうがわかることができたのだと思います。
2006.02.10
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全国学校図書館協議会「よい絵本」選定図書でもあるこの絵本。 ひよこがおかあさんの元を離れて森に遊びにゆきます。 その中で会う動物たちに「なきごえ とりかえっこ しようと」とお願いし、どんどん鳴き声が変わっていきます。 途中ネコに会い、食べられそうになりますが、そのときの鳴き声は犬だったので「わん」となきネコは怖がって逃げて行きます。 その後もまた鳴き声の交換を続けてゆき・・・。 「文字が少ない」「動物の鳴き声がメイン」という点では赤ちゃん絵本でもあるし、幼児にとってはそれぞれの動物が鳴き声を交換していく面白さがたまらないようです。 またそれ以上の年齢の子には、絵を通して伝わるぬくもりや、ページの右下に展開されるめくり絵を楽しむことができます。 うちでは、1歳の子のために読んであげた絵本でしたが、はまったのは4歳の子でした。 読んだ後、絵本のひよこと同じように「あそびにいってくるよ」と私に言って家中を回って帰ってきたときは鳥の鳴き声でした。帰ってきたときの私の反応が面白かったのか娘はケラケラ笑ってました。
2006.02.09
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小学生では「ハリーポッター」シリーズに次ぐ人気本のこの作品。 アメリカやイタリア等他国にも訳され、250万部を売り上げるベストセラー絵本が皆さんもご存知のとおり映画化されました。 我が家には、去年から1冊目「あらしのよるに」だけを持っていて、続きを読みたいと思いながらも機会に恵まれず昨日まで過ごしてきました。 昨日たまたま一人で本屋に立ち寄ることがあり、思わず続編の「あるはれたひに」を手に取り、ページをめくりだしました。 子供2人を夫にまかせて買物に出たので、ゆっくりしてる余裕なんてないのに、読み出すと途中で終われない。 2冊目を読み終えると3冊目「くものきれまに」、4冊目・・・と一気に6冊目としまいにゃ特別編「しろいやみのはてで」まで全て読み尽くして大満足で余韻に浸りながら帰宅しました。 全て読んで人気の秘密がわかりました。映画化されるわけがわかりました。 このおはなし、「おおかみ」と「やぎ」という食うか食われるかの関係の二匹が、あらしのよるに逃げ込んだ山小屋で真っ暗闇で相手がわからない状態で会話し、親しくなり、次に会う約束をしてしまう。これが1冊目「あらしのよるに」の内容。 その続きが2冊目以降展開されてゆくのですが、2冊目「あるはれたひに」では、私は男女関係のかけひきみたいなものをものすごく感じました。おおかみは目の前にいる大好物のやぎを食べたくて仕方ない。でも、それは大事なおともだち、食べられるわけなんかないじゃない!っていうおおかみの葛藤。 やぎはやぎで「信じていいの?」と半信半疑だけど、このやぎ、とっても無邪気なので「そんなわけないわ」と信じきる。 読んでるほうはハラハラします。おおかみの理性はどこまでふんばれるの?って。頑張れ~って応援までしたくなります。 でも、そんな関係を仲間が理解してくれるわけもなく、ずっと秘密にしてたのに、ついに仲間にばれてしまいます。 そして、仲間たちから裏切り者とされた二匹はかけおちのように新しい山を求めて逃げるのです。一緒に逃げて行く最中、二匹の中でお互いに気に入らない部分が出てきて喧嘩になる場面があります。これは、まるで結婚夫婦みたい、と苦笑いしました。でもちゃんとそれも乗り越えて仲良くやっていくのです、そういうのも夫婦みたいです。 終盤には、この二匹が離れ離れになってしまいます。 本当にこの絵本6冊の中にいろんなドラマがあります。単におおかみとやぎのおはなし、と思ったら大間違いです。 ものすごく感動しました。 衝撃的でした。 特別編「しろいやみのはてで」では、穏やかに暮らす二匹が、出逢ったときからいろんなことがあったね、と振り返ります。 そして、思ったことをつぶやくのですが、夫婦っていうのは、とか、人間っていうのは、とか、生きてゆくっていうのは、とかそういったいろんなことを教えられました。この絵本は私の宝物になりそう、何かあったときに読んで自分を立て直したいから、これから買い揃えますね
2006.02.05
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主人公の「ガラゴ」は右と左で色の違う靴をはいて、てくてく旅するかばんやです。外見は一見「グレムリン」を思わせる風貌。 でも、穏やかで、どんなお客さんが来ても要望をかなえてくれます。 最初に来たのが「ぶよぶよのこいぬ」です。「ひとりっこだから兄弟が欲しいの」と言います。 ガラゴは犬の形をしたかばんを取り出し、それをあげるとこいぬは嬉しそうに帰っていきました。 次は、はたから見ると大きな猫。でも実際は毛の薄いライオンでした。「ライオンらしく見えるかばんがほしいんだ。」 そういうライオンにガラゴはたてがみのカバンを取り出し、クレヨンでお化粧をしてあげ、ライオンらしくしてあげました。 そんなふうに、突拍子もないお願いをするお客さんばかりがやってくるのがガラゴのかばんやです。 ガラゴのアイデアは感心するばかりで、そこが面白さでもあります。 この先書くことは少々マニアックになります。 お客さんの中に同じ作者のシリーズ「バムとケロ」に登場するケロちゃんそっくりのかえるがやってきます。 私は娘と読んでしばらくはそれがずっと「ケロちゃん」だとばかり思ってました。 でも、あることを発見したのです! このかえるはケロちゃんではなく、「ケロちゃんママ」なのです。 まず第一に、このかえるの着ている赤いチョッキの胸に「KM」=「ケロちゃんママ」のイニシャルが。 次に、このかえるが一匹だけおたまじゃくしをガラゴの元に置いてゆきますが、そのおたまじゃくしを入れたスイカの皮の器に「KERO’S HOUSE」と書かれています。それは裏表紙の裏(?)に描かれています。 つまりは、ガラゴはこのおたまじゃくしに「ケロ」と名づけ、育てるのです。(仮想) そして友人だったバムにケロちゃんを託すのです。 そしてケロちゃんはバムと一緒に暮らすことになるのです。 絵本「バムとケロのおかいもの」の最初のページ「いっしゅうかんのまんなか すいようび」のバムケロの寝室の右手にある棚に置いてる写真たての写真にはガラゴがおたまじゃくしの入ったスイカを持っています。ケロちゃんは育ての親ガラゴの写真を飾ってあるわけです。 あと、絵本「うちにかえったガラゴ」のガラゴのおうちの中、「たびのつかれをとるのはあたたかいおふろがいちばん」のページの左手にある写真たてにはおたまじゃくしに手足が生えたケロちゃんらしき小さな写真が・・・。 これらから、ガラゴがケロちゃんの育ての親、ということがわかります。(かなり断定!) このように島田ゆか氏の絵本の連動性が面白くて、ついに全作品を購入してしまいました。 毎日2人の娘にせがまれこれらの絵本を読むのですが、まだまだ発見はあります。毎回新鮮な驚きにいつまでも飽きない島田ゆか絵本です。
2006.02.01
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ふたごの野ネズミのティモシーとサラのシリーズ絵本です。 絵自体はメルヘンチックで、好き嫌いがあるかもしれませんが、シルバニアファミリーが好きな人は好むのではないでしょうか? 季節は冬。 そして今日はこのふたごの誕生日。 ゆうびんやさんがやってきて、おじちゃんとおばあちゃんからの誕生日プレゼントが届けられます。 中身は、おばあちゃんからの手編みのマフラーと手袋と帽子、おじいちゃんからは手作りのちいさなおもちゃがたくさん。 とても喜ぶねずみたち。 おかあさんからは手作りのケーキ。おとうさんからは街で買ってきた大きなチーズ。 ティモシーとサラは、おじいちゃんとおばあちゃんに手紙を書くことにします。でもインクをこぼしたり、お洋服につけてしまったりとハチャメチャ・・・。 やっと書けた手紙をおかあさんは送ってくれて、おじいちゃんとおばあちゃんの元に届きます。 字は書いてないけど、おじいちゃんおばあちゃんには、孫のねずみたちが成長したことがよくわかりました。 すごく心があったかくなる絵本です。 この絵本は娘が4歳のクリスマスにおばあちゃんからプレゼントで贈られてきたのですが、これを読んだ後、すぐにうちの娘は「手紙を書く」と言って一生懸命おじいちゃんとおばあちゃんへ手紙を書いてました。
2006.01.26
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ちょっと大げさかもしれませんが、日本語の素晴らしさみたいなものを実感できます。 この絵本は1色で描かれています。 その1色の赤というか朱色というか・・・。 そういった大きく分けると「赤色」の毛糸で、りすのおばあさんは自分用にひざかけを編み、うさぎのむすめさんにえりまきを編み、きつねのぼうやに手袋を編み、ねずみの赤ちゃんにくつしたを編み、へびのおじいさんに帽子を編みます。 もらった動物たちは、同じ色の毛糸なのに、それぞれみんな違う表現をします。 にんじんいろ オレンジいろ だいだいいろ ゆうやけいろ・・・。 りすのおばあさんは、「みんなあたたかい いい いろねえ。」と言います。 本当にあたたかい気持ちになれますね。
2006.01.19
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それぞれ12ヶ月間の季節が、ぐりとぐらと仲間たちのかわいらしい絵とリズミカルな文で綴られています。 1月 お正月は おしゃれして ちょっと すまして ごあいさつ あけまして おめでとうございます ことしも よろしく なかよくしてね こんなテンポで行事を楽しむ様子や、季節の野花、 春にはいろんな野菜を収穫するぐりとぐらがあり、その畑にはいろんな葉が土からでていて、どの葉がどの野菜の葉かあてっこもできます。 私が素敵だと思ったのは、6月。 あめの日 たのしみ あまやどりの木 きこえてくるでしょ あめの おんがく ピアノ ハープ タンバリン たいこ カスタネット ハンドベル あめがやむまで おわらない 憂鬱で嫌われがちな梅雨の季節が、ぐりとぐらにかかったら、楽しい楽しい音楽会なのです。 そして最後、12月は忘年会で締めくくりをします。 忘年会の最後にぐりとぐらたちは丸く輪になって踊って歌って、来年も再来年もずっとずっと「嬉しいこと 楽しいことが いっぱいあるように」祈って踊っています。 うちでは、この輪になって踊るページになると必ず、ナーサリーライムの「Ring Ring a Rosees」のCDを流します。 この歌はまさしく、みんなが輪になって踊る歌で、楽しさが増しますよ。 今年も一年、幸せでありますように・・・。
2006.01.12
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このシリーズは3冊あって、1冊目が「さがしてみよう みつけてみよう」、2冊目が「かぞえてみよう くらべてみよう」、3冊目が「ためしてみよう かんがえてみよう」のサブタイトルがついていて、遊びながら知識が育つ絵本です。 本屋へ行けばこの手の知育絵本はたくさんあって、子供の好むキャラクターものもたくさん売られています。 勿論4歳のうちの子もそういったものも好きなのですが、このシリーズは特にお気に入りで、何度も絵本を開いては遊んでいます。 五味太郎氏のポワワンとした絵が、ゆっくりと考える子供の思考時間にマッチしてるのでしょうかねえ? また、この絵本は大きいサイズで、見開きで1問ずつ与えられます。例えば「ながいのはどれ?」と3匹のへびが大きく描かれています。 五味ワールドにひたりながら、親子で一緒に考えながら遊べる楽しい絵本です。
2006.01.11
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日本では、「クリスマス」と言えば、サンタさんが出てきて、プレゼントをもらって、ケーキを食べて・・・、そういった楽しいイベント的な要素ばかりになりがちですが、本来のクリスマスとはイエス・キリストが生まれたことをお祝いする日なのです。 その意味を子供にもわかるように、優しい言葉とディック=ブルーナのかわいい絵で教えてくれるのがこの絵本です。 子供には「本物」を与えたい、と思われる親御さんなら、この絵本は絶対にお薦めです。 また、親のほうも聖書を読みたくなります。 上の子の幼稚園がキリスト教で、毎週日曜礼拝はあるし、賛美歌もよく習ってくる。 だから、仏教徒の私も段々とキリスト教に興味を持ち始めました。 その手始めに、手塚治虫氏作のマンガ「旧約聖書物語」を読みました。 このマンガは、聖書について全く疎い人にもとてもわかりやすく、しかも聖書に忠実にマンガ化されているので、完成度の高い作品だと評価されています。 これを読んでから聖書を読むと、聖書がぐっと身近に感じるようになり、あの分厚い聖書が親しみさえも感じるようになりました。 クリスチャンになるわけではないのですが、なんでもいろいろ知ってるというのは良いことだと思います。 私が思うに特に聖書を知ることは、美術や音楽鑑賞はより深いものになるし、他国の人の考えを理解するひとつの大きな手段だと思います。 そのきっかけになる手始めとして、親子でこの絵本をぜひ手にとってみてください。
2005.12.13
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