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とてもとてもつらい
2004年12月06日
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応援してくれる人たち、ありがとう。今はそれしかかけません。気持ちだけ伝えます
2004年12月05日
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昨日のはぬか喜びだった。問題はより深刻になった。
2004年12月01日
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とりあえず、詳しい事は、省略。しかし、問題は片付きそう。今は、ただちょっと安心しているので、それだけ書きます。心配してくれた方々、すみませんでした。(それから、今日もコメントしません。あしからず。)
2004年11月30日
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とりあえず出勤。 つらくて、つらくて、体がバラバラになりそうだった。しかし、歯を食いしばって出社。 そして、不安が頭をかすめる中、なんとか仕事をして、今、へとへとになって帰ってきている。 コメント頂いた皆様、心配させてすみません。 でも、今コメントできる心理状態ではありません。ごめんなさい。
2004年11月29日
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どうしたらよいのか。途方に暮れてしまった。 判らないままに、最後の最後の手段として、有名な占い師の「新宿の母」のところへ行った。 バカだと思うだろうか?バカかもしれない。実際、僕は占いなんて生まれて初めてみてもらう。こんなことが無ければ、絶対こんな事はしないはずだ。 だけれど、それをせざるを得ないくらい、僕は切羽詰まっていた。 母は、新宿の伊勢丹の所で週の後半、朝9:00から夕方3:00まで、立って占いをしている。 僕は、早起きして、朝7時に新宿に着いた。 2時間、ずーっと待っていた。しかし、待っていた場所を待ち得たらしく、気がついたら、伊勢丹と銀行の前に行列ができている。あわててそっちに合流したが、おかげで更に2時間、11時まで待つ羽目になった。 やっとめぐっていた僕の番。僕は両手を出して、母の前に立った。聞かれるままに生年月日を答える。 去年と、今年は人生の中で最悪の年であるということ。人生で、これ以上辛い事はないから、安心しなさいとの事。困った時は親に連絡しなさい。必ず力になってくれるから、との事。僕は、不覚にも涙を流しそうになった。 僕は何も言わなかったが、10分ほどのアドバイスは、全て僕の状況にかなった適切なものだったと思えた。なにより、親に相談というのが適切だ。そうるつことにしようか。 新宿の母に会って勇気を得た後、一旦自宅に帰り、ちょっと眠った。 その後、夜7時から、問題を解決する為にある業者を話をした。その結果は、僕の期待をおおいに裏切る者だった。僕は、頭の中が真っ白になった。 打ちひしがれる心の中で、帰宅すると、夜9時に母親から電話がかかってきた。僕は、自分がおかれている状況を全て説明した。母は、おおらかに笑い、そんなのなんてことないよ、と言った。なんてことなくはないのだが、ありがたかった。
2004年11月27日
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今日は、新しいプロジェクトの集中討議の日でした。 前のプロジェクトが廃止されて一ヶ月。その後、メンバーの変更などがあって、新しいプロジェクトが発足し、一ヶ月の準備期間を経て、今日は今後、プロジェクトをどう進めていくかを、メンバー全員で集中討議する日でした。 昨日の残業は、今日の準備のためのものです。 メンバーはだいたい30名くらいいるので、会社の近くにある研修会館を借り切り、4つの分科会に別れて、それぞれのテーマについて討論し、その結果をまとめる、ということをしました。 開始は朝の9時30分。遅刻者も無く、仕事は無事に始まりました。 グループは、だいたい5から6人一組で、それぞれのテーマについて討論し、部長や課長などがそれぞれの部屋を交代で見に来て、議論に参加したりしていました。 議題は、正直大変難しい内容の者で、へとへとに疲れました。 しかし、予定通り、6時前に議論を一通り追える事が出来ました。 一旦会社に戻り、会議で使った会社の備品を戻してから、家に帰りました。 今日は、明日の勝負に向けて、自分なりの準備をしなくてはなりません。 今日は早寝、明日は早起きするつもりです。
2004年11月26日
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今日は、故あって、勝負は延期となりました。本当の勝負は、土曜日になりそうです。いやなことが先に延びて辛いですが・・・。仕方が無い。頑張ります。そのかわり、今日はとても仕事が忙しい日でした。朝8:30に出勤したものの、明日特別な会議があるために、その準備に追われ、なんだかんだで夜中の11時過ぎまで仕事をする羽目になってしまいました。非常に疲れました。しかし、明日も早いので、もう寝ます。これから、どんどん忙しくなっていく。問題解決も難しくなっていく。気を引き締めてかからねば。
2004年11月25日
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今日は、朝早く起きて、8:30に出社しました。僕の会社は、フレックスタイム制で、出社時間の制限が甘いのと、僕の社内での身分は、仕事さえきちんとしさえすれば、出社時間、勤務時間を問わない、という身分にあるため、極端な話、お昼に行って、1分だけ会社にいて帰宅しても、出社したことになるわけですが(実際は、仕事がたくさんあるので、そんな事はありえないのですが)、朝早く起きて会社に行くと、気持ちがいいものです。 だからこそ、気分を一新する為に、普段はだいたい9時30分くらいに出社するところを、早起きして出社しました。 色々辛い事は会っても、仕事があり、忙しいと、その間は没頭して、そのことを忘れる事が出来ます。 今日もなかなか忙しく、8時間労働とすると、2時間ほど残業しました。 勤務形態が勤務形態なので、残業なんかしても、決して得する事はありません。むしろ、さっさと片付けて、さっさと帰宅したほうが良いのです。しかし、今日は一生懸命仕事をして、たくさんの仕事を片付けてきました。 そのせいか、気分は良いです。 明日もこの気分が続くかどうか、正直自信ありません。しかし、この習慣を定着させようと思います。そして、きちんと、危機を乗り越えていこうと思います。 明日は、勝負の日です。問題解決の為に、本格的な第一歩を踏み出そうと思います。
2004年11月24日
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銀座に行ってきました。 母に頼まれた、バラ10枚。3000円なり。 どの売り場もすごい行列でした。勤労感謝の日で、休みであり、天気がよかったこともあってからでしょうか。行列で15分ほどならびました。 今日も朝から食欲が無く、朝食はなし。それでも、昨日処方してもらった漢方薬をなんとか飲んでお昼は、東京駅八重洲口の北海道FOODISTでジンギスカン丼を食べました。 昨日の夜、今自分が抱えている大きな問題に対する、根本的な解決方法をとる事を決意したため、昨日よりは気持ちが落ち着いていました。しかし、そのために多くのものを喪うことになり、今からその事を思うと暗澹たる気分でした。 なんとか、年内に問題を解決したい。いや、しなくてはならないのだ。 そんなことばかり考えていても、気分が暗くなるばかりなので、その後皇居の大手門まで歩いていきました。 銀杏がすっかり黄色くなっていて、とても奇麗。 お堀でも、鴨や白鳥が戯れ、かなり大きなコイやフナが泳いでいました。 あぁ、コイかフナになってしまいたい。そしたら、こんなことで悩まないのに。あぁ、もういやだ。全てを投げ出してしまいたい。生きてるってなんて辛いんだろう。 そんな事が脳裏をよぎってしまいます。 どうしても前向きな考えになれないのは、満足に食事をとっていないせいもあるのかもしれません。しかし、食欲がわかない。 帰りに、東京駅にある鏡でふと自分自身の姿を見ると・・・痩せている。痩せたな。ここのところ、食欲が無いのが、もろに来ている。こんなんじゃ駄目だ。そんな思いが頭の中でぐるぐる巡ります。 問題の根本解決のためには、どのようなことをするのか・・・かなり大きな決断です。そのことについては、そのうち書こうと思います。 今は、その余裕がありません。 あぁ、何を書いているんだろう。でも、これ以上の事は書けない。辛い。
2004年11月23日
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一応、今日は休みを取らず、普通に会社に出勤してきました。 ごくわずかだったのですが、手つかずの仕事があったのです。 しかし、それらはだいたい午前中に片付いてしまい、午後から割合暇になってしまいました。 そこで、相変わらずおなかに膨満感&鈍い痛みを感じていたので、会社の近くにある、たまに行く胃腸科病院に行く事にしました。 以前も書いたかもしれないのですが、その病院は、やはり会社の近くにある大病院に勤めていた先生が、定年退職後個人的に開いている病院で、おじいちゃん先生が、丁寧に診察をしてくれます。 先生に症状を言うと、ベッドに横たわるように言われ、僕は言われるままに横たわりました。 その後、聴診器や触診で色々調べた後、尿まで調べ、六君子湯という漢方薬を処方されました。 食事の30分前に飲めとの事。言われた通り、今、薬を飲んで30分経つのを待っている所です。 でも、わかっているんです。今、おなか痛いのはストレスによるものだって。でも、どうすることも出来ないんですが・・・。
2004年11月22日
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今日は、天気がとても良くて温かい日。おまけに近所でイベントが目白押しの日でした。 まず最初は、東京女子マラソン。 別の、このあたり限定のイベントではありませんが、だいたいお昼の12時50分ごろ、先頭集団が僕の家の近くを通過しました。 場所は、芝5丁目交差点という所で、家から歩いてだいたい5分くらいの所。 そこで、朝日新聞の旗を配っていたので、遠慮なく貰いました。 しばらく待っていると、白バイに先導された先頭集団が見えてきました。 僕は、すかさず携帯電話で実家に電話しました。 母が出たので、急いでテレビのチャンネルをマラソンに変えてくれるように頼み、うつるかな?と思いながら旗を振りました。 どうも、一瞬ながら、僕の姿が映ったらしく、母は「うつった、うつった」と言って喜んでいました。 その後、遅めの昼食を食べて、丁度開催中の慶応大学の三田祭を見に行きました。去年の今頃、まだここらあたりに引っ越して間もない頃、見ようと思っていたのですが、仕事が忙しく、休日出勤などで見る事が出来なかったので、今年こそ見てやろう、と思って出かけました。 ただ、会場は大学生・高校生でいっぱいで、大変にぎやかでしたが、あまりにも騒がしいのと、物売りにしつこく勧誘されて辟易して、早々に退散しました。 その後、慶応大学とは、JR田町駅を挟んで反対側の、芝浦運河で開催されていた「芝浦運河ざこ祭り」を見に行きました。 これは、フリーマーケットで、運河沿いの通路で、様々な人たちが思い思いに店を開いて古着や雑貨、本などを売っていました。 まず最初に、車いすの会の人たちの開いているお店を覗き込みました。そこでは、古着、雑貨の他に、本などを売っていました。本は一冊10円という事なので、何冊か買わせてもらいました。収益は、車いす関係のボランティアの運営基金かなにかになるようです。 変わった所では、近所のマンションで営業しているタイ古式マッサージのお店が、10分500円でマッサージ体験できるお店を開いていました。丁度、疲れも溜まっていたので、首から肩、腰にかけてマッサージしてもらいました。すっきりしました。 うららかな日差しの中、お店を開いている人たちも、商品を見ている人たちも、とても幸せそうでした。 その後、今日は区民解放日で無料で泳げるプールに行って30分ほど泳いで帰ってきました。 お金をほとんど使わなかったけれど、とても楽しめた一日でした。
2004年11月21日
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今日、昼頃まで寝ていて、シャワーを浴び、その後、電車に乗って上野公園まで散歩に出かけてきました。 公園の木々は、全てが紅葉しているというわけではありませんでしたが、部分的に紅葉していて、その部分はとても奇麗でした。 公園には、家族ずれ、若い人、外国人など、様々な人でごったがえしていました。路上には、様々なパフォーマンスをする人々がいました。 なかでも良かったのが、アコーディオンを弾いている、20代半ばくらいの女の子。レパートリーがたくさんあって、「パリの空の下で」や、「ケ・セラ・セラ」など、様々な曲を弾きこなしていて、周りに人垣が出来ていました。 また、面白かったのは、公園内に「パンダ列車」(正確な名前かどうかはわかりませんが)が走っていた事。 これは、パンダがあしらわれたSL型の車で、客車を引っ張るというタイプの乗り物で、本当の機関車みたいに「ポッポー」という音を奏でながら走っていました。 乗客の多くは、小さな子供のいる家族ずれ。公園の中の人たちに手を振る子供もいます。 ずーっと昔。まだ僕が生まれたばかりの頃、僕は両親につれられて上野動物園に来た事があるらしいのです。勿論、記憶はありませんが、僕は、パンダを見て、「にゃんにゃん、にゃんにゃん」と言ったそうです。 その後、軽く買い物などを済ませて帰宅すると、なにやら風呂場でぺしゃぺしゃと音が・・・。なんだろう?と思いながら風呂場をのぞくと、シャワーからみずがぼたぼた垂れているではありませんか・・・。 ひえー、しまった。 どうやら、朝シャワーを浴びたとき、ちゃんと水道の栓をちゃんと落としていなかったらしいのです。 あぁ、怖い・・・水道代の請求が・・・。
2004年11月20日
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ここの所、色々心がゆれうごくことが多かったのですが、昨日の飲み会で、ちょっと心が晴れたような気がしました。最近、ちょっと疲れがたまっていたのだな、と思いました。朝から、あまり気分はよくありませんでした。疲れがたまっているのは相変わらず。ただ、今日も自分なりに頑張って仕事をしました。同僚達は、今、僕が何かしらないけれど、苦しんでいたり、悩んでいるということはよくわかっていてくれて、それとなく気を遣ってくれている事を感じます。良い職場で働けてよかったな、と今日ほど思った事はありません。ただ、周囲の好意に甘えず、仕事は仕事として、一生懸命やっていこうと思います。プロとしての責任は果たそう。いつか、活路は開けるはずだ。その日を信じて、頑張ろう。
2004年11月19日
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今日は、会社で飲み会でした。 以前の部署の解散&お別れ会と、これから別々の部署として頑張っていくことを決意する壮行会も兼ねたものでした。 特に何の考えもなく、そういうものだと思い、参加しました。 ただ、疲れていたので、正直機が進まないのも事実でした。 会場は会社の裏手にある小さな居酒屋で、串焼きなどがおいしいお店でした。僕は初めて行ったお店でしたが、会社の人たちは割合よく利用しているお店だということでした。 皆はビール、僕は飲めないのでウーロン茶で乾杯。 皆、仕事やプライベートの話で盛り上がりました。 その席で、普段なかなか口に出来なかった仕事の不安や疑問について話し合いました。 思い切って、思いのたけをぶちまけると、上司や先輩達は、それに対して丁寧に答えてくれました。 その中で、追いつめられ、頑になっていた自分に気がつきました。 僕が悩んでいた事は、なんでもないことなのだ。皆、疑問に思っていた事なのだ。そして、その気になれば、それは解決できることなのだ、と思えました。 その席で、上司に「君は、自分で自分を追い込んでしまっているよ」と言われました。確かに、そうかもしれません。 気がつくと、もう夜の11時になっていて、皆三々五々、家路につきました。明日も仕事がありますからね。 僕も遅くまでずーっと話していましたから、とても疲れてしまいましたが、今は心地よい疲れが残っています。 昨日は、仕事の事、抱えてしまった金銭トラブルの事、その他諸々のことが、わーっと疲れた体に襲いかかってきて、半分パニックのようになっていました。なので、日記を見に来てくれた方には余計な心配をかけてしまったようです。 心配して色々なコメントをしてくれた方々、すみませんでした。そして、本当にありがとうございました。 まだ気持ちがぐらぐらする部分もあるかと思いますが、めげずに頑張っていこうと思います。 少なくとも、明日はぴしっとして出社して、仕事頑張ろうと思います。
2004年11月18日
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昨日、専門家に色々方法を伺ったが、やっぱり心配がぶり返してきました。 そのため、気もそぞろ。とてもじゃありませんが、仕事に集中できません。かなり必死になって問題解決をしなければならない事は事実。その道のりは一筋縄ではありません。言われたアドバイスに従えば、問題は解決しますが、その道のりに気が遠くなりそうになりました。 あぁ、やっぱり苦しい。苦しいな。
2004年11月17日
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昨日の日記に書いた通り、今日は、専門家の人に、自分が抱えている問題を相談に行ってきました。 相談料は15,000円。それを持って、出かけてきました。 高い金額に見えますが、僕が抱えている問題の大きさを考えれば、何でも無い金額に思えてきます。 問題というのは、具体的には言えませんが、おおまかにいうと金銭問題です。 午後四時に、日本橋の茅場町というところにある事務所を訪れました。 すると、そこの代表の方が出てきてください。僕の抱えている問題を聞いてくれました。 相談時間はだいたい1時間弱、という所。 僕は、かなりのものを喪う覚悟をしており、その点を告げて、それを乗り越え、やり直すにはどうしたらよいか、ということを相談しました。 すると、その方は、僕が思っていたよりも事態は深刻ではない事、そして、その事態を乗り切るにはどうしたらいいかということを教えてくれました。 そして、「同じような問題を抱えて来る他の方に比べれば、全然問題のうちにはいりませんよ」と仰ってください、今回は特別に相談料をただにしてくれました。 問題を解決し、次の一歩を踏み出すには、また別に行動をおこさなければなりません。それは決してたやすいことではありいません。しかし、それを具体化するのは、まだまだ手間がかかりそうです。 でも、希望が見えてきたので、めげずに頑張ろうと思います。
2004年11月16日
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今日は、以前11月5日の日記に書いた、メンチカツのおいしい、おばあちゃんのいる洋食屋さんが、再度オープンする日です。 なにがなんでも、今日のお昼はあそこで食べるぞ!と朝から決めていたため、午前中は、お昼の事で頭がいっぱいで、仕事が満足に手に着かないくらいでした。 ・・・そして、お昼。僕は、チャイムが鳴ると同時に席を立ち、ダッシュでお店に向かいました。 すると、向こうの方で、ちょうどお店が開く所らしく、今まで閉められていたシャッターは開いており、誰かがお店の中から出てきました。 よくみると、それは、お店のおばあちゃんでした! ずっと、何かあったのではないか、と心配していたおばあちゃんは、元気だったのです。 矢も楯もたまらず、お店に入り、迷わずにメンチカツを注文! お店には、他にも常連さんたちがいて、皆うれしそう。誰もが、おばあちゃんと、このお店の味を心待ちにしていたのだと、すぐにわかりました。 おばあちゃんは、笑いながら話しました。「いやぁ、店を閉めている間、ずっと私が倒れたとみんな思っていたみたいね」 実は調理をしているご長男の体調がすぐれなくて、ずっとお店を開けなかった、というのが真相らしいのです。 でもこうして、お店が再開され、おいしい洋食を食べられ、またおばあちゃんの顔を見られて、皆幸せそうでした。 僕のメンチカツがあがるまでの間、おばあちゃんは僕たちに色々話をしてくれました。ここらあたりで、昔からやっている店は、うちと、近くの寿司やさんぐらいになったこと。昔はただの商店街だったけれど、近頃は飲み屋ばっかりが多くなったこと。お店を開いたころは、もう必死で、子供達をほったらかしで休み無く働いていた事、などなど。 やがて、僕の頼んだメンチカツが出来上がりました。 さっくりとした衣に箸をいれると、おいしい肉汁が、じわーっと出てきます。一口ほおばると、口の中でさくさくの衣と、熱々ジューシーな肉のうまみが広がります。まごう事なき、このお店のお味。良かった。待っていて。 ここの所、難しい問題を抱えて、正直、今もしんどいことには違いがありません。しかし、今日はひとまず、それに立ち向かう勇気をもらいました。 明日は会社を休み、専門家に相談に行く予定です。 出来るだけ問題を早く決着させ、晴れ晴れとした気持ちになれるよう、第一歩を踏み出そうと思います。 とても苦しい、というのが本音ですが、負けてはいられませんからね。
2004年11月15日
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うすうすわかってはいたけれど・・・。実際に、目の前に突きつけられると、苦しい事実が、今日、はっきりしてしまいました。 どういうことか、ということは、具体的にここには書けないし、書く気持ちにもならないのですが、かなり深刻な事態になってしまいました。ただ、会社や、仕事とは関係ありません。 あまり大げさな事を書くのは好きではないのですが、おそらく、人生最大の危機だろうな、と思います。 それと、仕事の事とがかさなって・・・とても辛い状況になってしまいました。 不眠は、それと多いに関係があるだろうな、と思っています。 これは、しばらくほったらかしにしておいた問題のつけが回ってきたためにおこったのです。 でも、膿は今のうちに出し切ってしまわなければ、後々、もっと苦しむ事になる・・・。 今が決断のときなのでしょう。 来週は、この問題に関して、専門家の意見を聞いたり、色々行動を起こしたりするつもりです。 とてもつらいことになりますが、もう、このどうしようもない悪循環を断ち切らなければ、全てを喪いかねません。 何を書いているのか、本人以外の人間にはさっぱり判らない内容になってしまいました。 でも、つらい、つらい状況である事はしょうがないので・・・。
2004年11月14日
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眠くてしょうがないのです。昼間。理由は、夜寝られないから。2日連続です。一昨日の夜は、布団に入ってもまんじりともせず、ずーっと眠れないまま、布団の中で寝返りをうっていると、気がつくとカーテンの隙間から明かりが差し込んできました。時計を見ると、明け方の5時。その後、すこしうとうとしたので、一睡もしなかったということはありませんでしたが、翌日の出勤はかなりきついものがありました・・・。でも、引っ越しだったので、仕事中寝てしまう、という心配が無く、助かりました。 そして、昨夜・・・。 やはり、眠れません。 何時になったかはわすれましたが、随分遅くまで起きていて、気がつくと眠っていました。朝の光がまどから差し込んできた、ということはありませんでしたが、随分遅くまで眠れなかった事は確か。 朝目が覚めると、頭痛がしてしょうがありません。 なんなのだろう?この頭の痛さは。別に風邪をひいているというわけではないし・・・。 どれくらい頭が痛いかというと、好きな読書が出来ないくらい。 今日は、何もしたくはありませんでしたが、買い物と洗濯はしなくては、と頑張りました。 頭痛はしなくなったものの、今は眠くてしょうがないです。 本当はすぐにでも寝てしまいたい気分なのですが、今寝てしまうと、眠りのサイクルがおかしくなりそうなので、じっと我慢。 あまり意識しすぎてもだめだとは思うのですが、今日はちゃんとした時間に眠れると良いのですが・・・。
2004年11月13日
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今日は、お引っ越しの日。 といっても、会社で、フロアを異動するための引っ越しです。 僕は今まで会社のビルの4階で働いていたのですが、新しい仕事が始まるにあたり、7階にひっこさなくてはなりません。それも、僕も含めてかなりの人が異動するので、大変な作業になります。 だから、実際の作業は、専門の業者に頼む事になります。 今日やる事は、自分の席の荷物を段ボールに積め、行き先を示すシールを張る事。こうしておくと、週末のうちに引っ越し業者がそこにしめされた場所、すなわち、新しい席に荷物を運んでおいてくれるわけです。 そして、月曜日に出社したら、荷を解き、新しい環境で再び仕事、仕事の毎日が始まるのです。 僕は、夕方の4時には引っ越し準備を終える事が出来たので、5時前ではありましたが、早々に帰宅しました。(そもそも、仕事の道具も全て荷作りしてしまったので、それ以上仕事の仕様がありません) 珍しく早く帰れたので、帰りにゆっくりと商店街によって買い物をしてきました。 そのときの事です。 薬屋さんの前を通り過ぎようとしたとき、僕はある光景を見て、びっくりして立ち止まりました。 !!道路の上に子供が寝ている!! その子は、小学校3から4年生くらいの男の子で、薬屋の前の道路に段ボールを敷いて寝ていました。ぎょっとして周りを見ると、その子にそっくりな顔をした、金髪でぶくぶくに太った、ヤンママ風のおばさんが、路上で花を売っていまいした。 多分、そのおばさんは、その子の母親だとは思うのですが、あまりの光景に度肝を抜かれ、さすがにその事は聞けませんでした。 そのおばさんの花屋さんは、どこかから車でやってきて、週末になると路上で花を売っている人で、今までは特に意識してみた事がなかったので特に印象に残ってはいなかったのですが、今日は、その顔が、嫌というほど脳裏にやきつきました。 一体、どういうつもりなんだろう・・・?
2004年11月12日
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朝起きると、体がだるく、頭もおもい。おなかも痛くて、完全に小学生の登校拒否モード。 しかし、仕事はそれを許しません。 今日は、どうしても出なくてはならない会議があるので、会社を休めません。 とりあえず、現在の時間から、会議に間に合うぎりぎりの時間を逆算し、その時間まで薬を飲んで寝ている事にしました。勿論、会社には、出社が遅れる事を連絡して。 嫌な事があると、頭が痛くなったり、おなかがいたくなったりするように、人間はできているんだなぁ、と妙な事に感心しながら、うんうんうなりながら再び布団の中へ。 普段はテレビなどをつけながら、もっさりと布団から抜け出し、出かける準備をするのですが、今日はそういう雑音も煩わしく感じられ、静かにして寝ていました。 昼過ぎにのっそりと布団から出て、家にあるありあわせのものを適当に食べて(そうしないと、会議に耐えられないので)、えいや!と気合いをいれてお出かけしました。 うちから会社の最寄り駅までは、3駅しか無いのですが、そのわずかな間に電車で立っているのもつらく感じるくらいでした。なので、空いている席を探して、さっと座り、うずくまるようにしていました。 そうして、なんとか会議が始まる前に会社にたどり着き、それから3時間、夕方の6時までずーっと会議漬けでした。 会議が終わると、目がくらむほど疲れていました。 なので、会議終了後、すぐに帰ろうと思い、会社を出ると、ふと目の前にあるマクドナルドの看板が目に入り、無性にハンバーガーが食べたくなりました。 普段、特にマクドナルドが好きというわけではないのですが(むしろ、脂っこいので嫌)、今回はどういうわけか、これを食べずには帰れない!という気になり、急いでお店に飛び込み、ダブルチーズバーガーセットを注文して、むさぼるようにして食べました。なぜか、すごくおいしかった。どうしてだろう? 今日は、昼頃食べたインチキな残り物とマクドナルドのハンバーガーが食事の全て、というきわめて不健全な日でした。 いいのだろうか?こういうので・・・。
2004年11月11日
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今日は、普段はあまり行かない、最寄り駅の反対側の通りに行ってみました。 今、仕事は特に忙しくないので、定時で会社を出て、自宅の最寄り駅に降り立ち、まっすぐ帰宅するのなら右折するところを、左折して、大学のある通りに行ってきました。 すると、新しいうどん屋さんや、カフェが出来ていたりして、ちょっと行かない間に、随分明るくて、新しくて良い店が増えていました。 今日はなんだか疲れていたのでまっすぐに帰ってきましたが、今度、新しく出来たカフェでお茶を飲みにいこう、と思いました。なんでも、おいしいパンやシュークリームがあるとかで、店の周りは、焼けたパンとコーヒーの非常に香ばしい香りがただよっていました。 この誘惑を断ち切って帰宅するのはなかなか至難の業でした。
2004年11月10日
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今日、会議があり、新しい仕事のチーム編成に関する発表がありました。 もともと不本意な仕事ではありましたが、チーム編成と、その内容も、更に不本意なもので、発表を聞いたときは、思わずこめかみの血管がぶち切れるかと思うほど、一瞬頭にして頭に血が上りました。 もともとやった事も無い仕事で、どちらかというと苦手な仕事。それで、不本意な役割。しかも、うまくいくかどうかは判りません。 しかし、今僕には他に仕事の選択肢がありません。 ここは、あせらず、くさらず、仕事をやるしかないのです。 気分がくさくさしていたので、今日は会社の帰りに、先週の土曜日に新規開拓した図書館に行ってきました。そこで、またまた、中島らもさんの本を二冊ほど借りてきました。 借りてきた本は、クマと闘ったヒトと、お父さんのバックドロップです。特に、お父さん・・・は、近頃映画館で観て、随分楽しんませてもらったのですが、原作を読んでいなかったので、良い機会なので、読んでみようと思っています。 本を楽しく読んで、心機一転して、また頑張ろうと思います。
2004年11月09日
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いきました。 会社の帰りに、なにげなく前を通りかかったので、ふと、「いってみるか」という気になり、ふらふらっと入りました。 入って、いくつかのゲームをやってみました・・・でも、あんまり面白くありません。 学生時代は、割合ゲームが好きで、少ない小遣いをやりくりして、ゲームで遊んでいましたが、皮肉な事に、社会人になって小遣い銭の苦労しなくなると、ゲームセンターに段々立ち寄らなくなっていました。 そして、今、昔おもしろがってやっていたようなゲームをやっても、ちっとも面白いと感じない自分を発見し、早々に退散してきました。 年齢的なものがあるんですかね? 昔面白かったものが、面白く感じないといのは。 以前も、秋葉原に出かけた時、子供の頃大好きだった「ガンダム」のプラモデルの復刻版が山のように売っていました。僕がその時持っていたお金を出せば、容易にそれらを全部買う事は出来ましたが、その時の僕にはさっぱりそういう気持ちが起こらなかった事を思い出しました。 子供の頃は、あんなに欲しかったのに。「大人買い」という言葉があり、大人になった今でも、子供の頃好きだったような食玩やなにかを買い占める大人がいるようですが、僕はどうやらそういうタイプではないようです。 でも、好きな事が減る、なくなるというものは寂しい者です。 これからは、自分なりに、新しい好きな事を探していこうと思います。
2004年11月08日
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今日は、昨日図書館で借りてきた本を読みました。 昨日借りてきた本は、2冊。 「ロバに耳打ち」と、「今夜、全てのバーで」です。いずれも中島らもの作品で、前者はエッセイ、後者は小説です。 特に夢中になったのは「今夜・・」の方で、これはアルコール中毒で入院した経験のある筆者の体験を基にして書かれた半自伝的小説だそうです。 中島らもと思われる主人公「小島」が、病院に入院する所から話は始まるのですが、読み進めてくうちに、ストーリー展開の巧みさと、予想以上のアルコール中毒というものの恐ろしさに慄然し、気がつけば最後まで読んでしまっていました。 今日は天気がよかったので、今日もどこかに出かけようと思っていたのですが、借りてきた本を読んでいるうちに、あれよあれよと言う間に外は暗くなっていき、あっと言う間に夜になっていました。 充実していたのだか、ただ勿体なかったのだか、よくわからない一日でしたが、一日中家に要るのもなんなので、先ほどプールに行って、30分ほど泳いで帰ってきた所です。 至極、平凡な一日でした。
2004年11月07日
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を観に、日比谷のシャンテシネに行ってきました。 映画を観に日比谷に来るのは、随分久しぶりの事です。 上映は、朝10時からの一回だけで、もう今週末で上映は修了してしまう、ということなので、思い切って普段の日よりも早起きして、出かけてきました。 しかし・・・個人的には、期待が大きかっただけに、がっかりでした。 どこがどう、ということは、観ていない人にはネタばれになってしまうので書けませんが、結局皆、何故”ラジオ”青年にあれだけ肩入れするようになったのか、すっきりとしないまま終わってしまったんじゃないかな・・・。 事実に基づいた話を映画化したようですが、それだけに色々難しい点があるのかもしれません。ちょっと残念でした。 お昼御飯は、東京駅まで歩いて、八重洲口にある「HOKKAIDO FOODIST」に行ってきました。ここで、880円のスープカリーを食べてきました。味は、決して悪くはありませんが、やはり本場で食べたものの方が、おいしいな、と思いました。でも、野菜がいっぱいはいっている上に、素材も新鮮の味も良かったので、十分合格点をあげられる味だとは思います。今度又来て、ジンギスカン丼にもチャレンジしてみようと思っています。 昼食を食べ終わった後、区内にある、別の図書館に行きました。 JR品川駅の港南口をおりて、しばらく行った所に、「港南図書館」という区立図書館があるので、そこに行ってきました。 読みたい本がここにあるということが昨日の時点でわかったので、取り寄せてもらうのも待ち遠しいので、直接行く事にしました。 駅からは、だいたい歩いて15分という事でしたが、なかなかたどり着けません。地図からすいそくして、ここであろうという場所を、随分長い間かれこれ30分くらいかけて探しましたが、見つかりません。 しかも、この辺りは、大きな幹線道路が走っていて、車の量は多いのですが、人がほとんど歩いていないような所なので、人に聞く事も出来ません。 しかし、散々探しまわった結果、実は都営アパートの群れの中に埋もれていた、ということがようやく判明し、そこにやっとたどり着く事が出来ました。 目当ての本は、すぐ見つかりましたが、こんなことなら、近所の図書館で取り寄せてもらった方がよかったかな?と思ってしまいました。 今は、歩き回ってへとへとです。 今日はよく動き回ったなぁ。
2004年11月06日
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今日はうれしいことがありました。 以前日記に書いた、会社の近くにある、おばあちゃんのいるおいしい洋食屋さん(10月22日の日記)の前を通り過ぎた所、新しい張り紙が張ってありました。 なんでも、11月15日に営業を再開するとの事。うれしいニュースです。 かれこれ、一ヶ月ぶりくらいにお店が再会されるのです。 僕はこれを見て、喜ぶと同時に、猛烈に反省しました。 僕は、今まで、仕事がだめになったとか、新しい仕事が気に喰わない、などと贅沢な事を言っていましたが、なんだかんだいってもそこはサラリーマン。多少休んでも、気を抜いていても、会社から給料がちゃんと振り込まれるのです。 しかし、このお店のような、自営業はどうでしょう? 1日店を閉じれば1日、1ヶ月なら1ヶ月、お店を閉めてしまえば、確実にその期間の収入の道は断たれるのです。 どのような事情があったかはしりませんが、その洋食屋さんは、それをせざるを得ない状況に追い込まれたのです。その間、お店の人たちは、どんな気持ちなんだろう? それを思ったら、自分の悩んでいることなんてちっぽけに思えてきました。 今日は定時で仕事を切り上げ、また図書館に行ってきました。インターネットで蔵書検索をした所、今度の仕事に必要な情報が載った書籍が2冊ほど、ぼくがよく行く図書館に置かれている事がわかったのです。 その本を借りて帰宅し、今、この日記を書いています。 また勉強のやりなおし。仕事のやり直し。ふてくされていてはチャンスは巡ってこない。とことんまでやってみて、だめだったら、その時どうするか考えよう。 そう決意した夜でした。
2004年11月05日
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というのを、今日は改めてというか、久々にというか、思い知りました。 細かい事は仕事の関係上、言えないのですが、自分の気分の切り替えの下手さと、周りの人たちの変わり身の早さにちょっと呆れてしまいました。 前の部署に居たときの上司が心配して様子を聞きにきましたが、今はもう、誰もこの事態を覆す事が出来ません。前の部署に戻る事も出来ないし(その気も無いけれど)。 今もなんだか、腹が立つような、気力が湧かないような、とても複雑な気分です。僕は下戸なので酒は飲めませんが、こういうときは思い切り飲むんだろうな。 おなかの中に何かどす黒いものがぐろぐろととぐろを巻いているような気がします。食欲もありません。 でも、明日も会社があります。・・・辛い。まるで、針のむしろに座りにいくようだ。
2004年11月04日
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今朝目が覚めたら、もう9時半。 昨日随分寝たのに、よくもまぁ、こんな時間まで寝ていられるものだ。我ながら、あきれかえってしまいました。カーテンをあけると、外はとてもよい天気。太陽がまぶしい。 今日は、日中天気も良く、とても暖かい一日でした。 気温も、10月中旬並みとかで、20度を超え、今日は洗濯物はよくかわくでしょう。 こんな日に、お洗濯をしない手はありません。 という訳で、今日は午前中に、まとまった量の洗濯をしました。 その後、部屋に掃除機をかけ、ゴミを出したら(うちはマンションなので、24時間いつでもゴミが出せる)、随分すっきりとしました。 部屋がきれいになると、気分は少しはよくなるものです。 とはいえ、やっぱり体の重みは取れず、食事や買い物のためにふらふらと街に出たのは良いものの、すぐに疲れきってしまいました。 最初は、あれも買って、これも買って、・・・等と、色々目標と予定を持っていたのですが、すぐに諦めてしまいました。・・・折角の祭日なのに。 ま、余計なお金使わなくていいか。 そう考えを切り替えて、家に帰りました。 うーん。ほんと、つまらない日記になってしまったなぁ。
2004年11月03日
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今朝は、朝4:30に目が覚めてしまいました。 起きるには早すぎる時間。ここのところ、朝やたらと早く目が覚めたり、夜なかなか目が覚めなかったりする日が続いています。またかぁ、という感じでした。 トイレに行くためにとりあえず起きましたが、なんとなく体がだるい。 昨日、ちょっと頑張りすぎたかな?なんて思いながら、再び布団の中へ。 そのまま寝ていれば、朝になる。会社へ行く時間になる。それまで横になっているかな、思いましたが、横になっても体がどおんと重いような感覚が抜けません。 そうこうしているうちに7時くらいになってきました。そろそろ起きて会社に出かけなくちゃ・・・と思いましたが、体の重さが抜けません。考えてみると、今日、会社に行ったとしても仕事がないんだっけ・・・。有給も余っているし、やすんじゃえ!とばかりに、会社に電話して、休むことにしました。 そのまま、食事もとらずにずーっと夕方まで寝ていました。 冷蔵庫に何も入っていないので、夕方もそもそと布団から抜け出し、コンビニに行ってとりあえずパンと牛乳を買ってきてもそもそと食べました。 おいしくない。 なんでだろう?そんなに疲れていたかな?
2004年11月02日
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今日は、異動後の新しい仕事について、納得がいかなかったので、課長と話し合いました。 そもそも、今日は夕方に新しい仕事の説明以外、特に用事はなく、定時でさっさと帰宅するつもりでした。 説明会は会議室で夕方の3時30分から始まり、新しい仕事に配属される社員達が集められ、1時間足らずで終わりましたが、話を聞いているうちに、なにか割り切れない、いらだたしさのようなものが腹の底にフツフツと湧いてきました。 仕事柄、その内容を説明する事はできませんが、なんというか、会社の事情を押し付けられたと言うか、なんだか尻拭いをさせられているような、そんな気持ちになってきました。 仕事の説明をしたのは、新しい部署の部長でしたが、向こうも気持ちの中に若干そういう後ろめたさのようなものを感じているという事は感じられました。 説明会が終わり、会議室からオフィスに戻り、同僚達と話していましたが、腑に落ちないでイライラしているのは僕を含め、むしろ少数派で、他の人たちは、割合サラリーマンだからしょうがないんじゃない?みたいなスタンスで、割合割り切っているようでした。 一人で文句を言っていると、課長が話をしよう、と言ってきたので、打ち合わせ室で、自分が腑に落ちないということを徹底的に言いました。課長は困っていましたが、課長なりに事態を説明してくれました。けれども、それでは全く納得できませんでした。 それはしょうがない事で、もっと上のレベルで決められた事を、課長は伝え、実行する義務がある訳で、それに関して僕が文句を言っても、困らせるだけなのです。 判ってはいるのですが、どうにも腑に落ちませんでした。 そんなこんなで話し合い、漸く終わって外に出ると、時計はもう夜の8時になっていたので、ちょっとびっくりしてしまいました。
2004年11月01日
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今日は、朝から自己嫌悪にまみれて、気分が悪い日でした。 原因は昨日の夜。実家からの電話でした。 電話をかけてきた母に、ちょっときつい事を言ってしまったのです。 そもそものきっかけは、その時、昨日の異動の件を母親に話した事。正直な所、とてもがっかりしていたので、転職も含めて、色々考えている、というような事を何気なく話したのが、今思えばよくありませんでした。 母は不安がり、何が何でも今の会社にしがみつきなさい、というような事をしつこく言うので、思わずむっとしてしまい、余計な事は言わなくていい、今の会社に勤めようと、会社を辞めようと、僕の勝手じゃないか、というようなことをちょっときつい口調で言ってしまったのです。 母がそういうのは無理も無い事で、昔、父が勤めていた会社が倒産したりして、かなり苦労した経験から、ある程度大きな会社に勤めて、何が何でもそこにしがみついていれば幸せ、だという価値観が出来上がっているのです。 しかし、今はどんな大きな会社に勤めていても、リストラというものがあるし、自分の不得意な分野で不本意に仕事をしていれば、業績もあげられず、将来的にその対象となってしまう可能性もあります。 正直、今度配属させられる部署でやる仕事はやった事の無い仕事で、また特にやる気も湧いてこない仕事で、全然ファイトが湧いてきません。業績があげられるかどうかもわかりません。少なくとも、今は割り切れない気持ちというのが正直な所です。 口には出したものの、今すぐに転職云々、という気持ちは正直な所、まだ無いのですが、知らず知らずのうちに、かなりナーバスになっていたようです。 母親は、母親なりに心配しているようなのですが、あまりくどくどと言われ、ついかっとしてしまいました。それで、この件に関して一切口出しをしないでほしい、というようなことを割合早く母にきつく言ってしまいました。 母やちょっと戸惑ったようでしたが、そのことについて今後何も言わない、と約束しました。 母親の現実と、僕の現実、それがかなり食い違っていて、議論の余地はないな、というのが正直な所で、議論を無理矢理打ち切ったのですが、母の性格からいって、これでこの問題は終わるとは思われず、この問題は尾を引きそうな気がします。 きついことを言ってしまった事を反省しましたが、なるべく忘れようと思っていた事を蒸し返されて正直な所腹が立ったのも事実。こんな事で親子で言い争いしたくないのですが・・・。
2004年10月31日
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今朝は、とりあえずいつものように7時くらいには目が覚めたのですが、なんだか体が重く、休日であることをいいことに、再び布団に潜り込み、昼ごろまで寝ていました。 昼頃のそのそと布団からはい出し、洗面所に行って鏡を見ると、目の下にクマが出来てひどい顔。合宿ではへとへとになっていましたが、それがもろに顔に出ている、という感じでした。 何かをする元気も無いので、とりあえずいつもの習慣で、近所の図書館に生きました。 そこで、借りた本を返し、何か本を借りて帰ろうかと思いましたが、今日はなんとなく、読みたいと思わせるような本がみあたりませんでした。 そんなこんなで、ぼーっとしているうちに、あっという間に一日が終わってしまったような気がします。何か、無駄にしたような・・・でもまぁ、こういう日もあるかな。
2004年10月30日
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合宿二日目、スタートは朝8時からでした。 昨日は夜中の12:00過ぎまで(もう「今日」か・・・)討論をしていて、その後シャワーを浴びたりしていて、なんだかんだで眠ったのは夜中の1:30くらい。そして、朝起きたのが、6時30分。着替えて、一回の食堂で7:00から朝食。まだ半分眠っている状態で、御飯を食べてもどこに入っているのやら、わからない状態。けれど、しかりと食べておかなくては。今日も長いのだ。 部屋に戻り、荷物を整理して、チェックアウトする準備をして再び昨日の会議室へ。再び、議論の開始です。 午前中に2テーマをこなし、お昼を食べる頃にはもうへとへとになってしまいました。そのお昼も、議論が白熱したために、30分も遅れてしまいました。 午後は2コマ。そのうち1つ、つまり一番最後のテーマは僕が担当でした。 トリということもあり、皆もさすがに疲れてしまったらしく、最後はそんなにのびずにすみましたが、それでもへとへとに疲れてしまいました。 そして、夕方の4時で一通りの議論が終わり、その結果をまとめあげた当たりの事。やれやれ・・・と思っていたら、上司から衝撃の発表がありました。 実は、上層部の判断で、急な組織変更があり、僕は別の部署に異動することになりました。 といっても、僕一人だけのことではなく、僕が所属している課が、課長以下まるとごとと、その他の面々も一緒で、別の部に移ることになりました。その結果、僕が今までやってきた仕事はとりあえず「ぱぁ」になりました。 今の部署に移って3ヶ月。やっとなれて、仕事が軌道に乗ってきた段階で、また別の部署に行き、別の仕事をする羽目になりました。 新しい仕事を立ち上げるための合宿になるはずが、現在仕事をしているグループのお別れ会となりました。 それがサラリーマンというものだ、と言われればそれまでですが、あまりにも厳しい内容に、ちょっと絶句してしまいました。
2004年10月29日
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今日は、うちの会社の同期の第二子誕生&庶務さんの結婚のお祝いでした。 会場は、新宿歌舞伎町の居酒屋。中華料理店、とのことでしたが、洞窟のようなデザインの不思議な個室で、カラオケがあり、なんだか中華料理店というよりもカラオケボックスに来たような気分でした。 料理は、餃子、シュウマイ、サラダ、エビチリ、焼そば・・・などなど。最後にデザートで杏仁豆腐が出るコースで、これに飲み放題がつきました。 集まったメンバーは、同期を中心とした社内に散らばった仲良しグループで、日頃溜まっている会社に対する鬱憤などの話や、最近の共通の知人の動向などの話題で盛り上がりました。 その後、二次会として、やはり歌舞伎町にあるダーツバーに行って、ダーツゲームで盛り上がりました。最近のダーツは、システムが全て電子化されていて、ゲームを選択してお金を入れると、カウントをコンピュータが自動的にしてくれるのですね。何度かプレイしましたが、一度だけ、合計点数が333点になった人が勝ち、というゲーム(名前は忘れました)で優勝しました。 たっぷりと遊びましたが、明日からは一転して、会社で地獄の合宿が始まります。次のプロジェクトの内容をまとめるというもので、都内のホテルにカンズメとなり、朝から晩まで、会議をします。あー、胃が痛い。明日が来なければ良いのに。
2004年10月27日
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今日、長岡出身の友人の消息が漸く分かりました。 中越地震が起こったときから、連絡してみようとしていたのですが、携帯で連絡がつかなかったので、別の友人に漸く今の連絡先のメールアドレスを聞き出す事に成功したので、そこにメールしてみました。 その友人は、大学時代の友人で、かなり会っていなかったのですが、今は滋賀県に住んでいて、地震が起こったときは、親戚の結婚式があって東京にいたそうです。 更に、実家は、倒壊を免れ、おばあちゃんが地震のショックで若干腰を悪くしたりしたものの、家族は全員元気だとか。 今は、新潟市内にある、もう一軒の家に避難しているため、とりあえず一安心、とのことでした。 すごく気になっていたので、ほっとしました。
2004年10月26日
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今日は25日。会社の給料日です。 通常ならば、課長から給与明細を貰うのですが、今月から様子が違ってきます。 今月から、給与明細は、全て会社の電子化された個人情報のネットにログインし、ウェブで閲覧するようにしなければいけないようになったのです。よって、給与明細が必要な人は、自分でそのシステムにログインし、給与明細をプリンターで印刷しなくてはなりません。 このシステムだと、うっかりしていると給料日がいつなのだか、忘れてしまうということと、給与明細を印刷して、うっかり忘れていると、他人に自分の明細書を見られてしまう可能性があるという問題点があります。 それに、気持ちの問題ですが、課長さんから「今月もご苦労様でした」と言われて給与明細を貰うのは、とっても大事なような気がするのです。そういう儀式がなくなってしまうのは、なんとなく寂しい気がします。 電子化されたのは、給与明細だけではありません。 家族の情報や、通勤経路、給与振り込み銀行、などなど、あらゆる情報が電子化し、一本化されたシステムとして、扱われます。 これって、すごくこわいことではないでしょうか? もしも、何らかの悪意を持った人間が社内にいて、この情報を流出させたら、と思うとぞっとします。 以前、実家に「オレオレ詐欺」の電話がかかってきたそうで、その時電話に出た母は、明かにおかしいその話を信用せず、電話を切ったそうですが、もしも、会社の情報が流れてしまえば、かなりリアルな情報で嘘をつく事が出来、とてつもない被害が出ると思われます。 別に、自分の会社を疑う訳ではないのですが、会社内の不特定多数が扱うシステムの中にこんな情報があるなんて、ちょっといやだな、と思ってしまいました。 かといって、この流れに抵抗する事もできないんですけれど。
2004年10月25日
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今日は、気分がふさぎ込んで寝ていました。 原因は、昨日の夜遅く、実家の母と電話で聞いた事のためです。 そもそものきっかけは、昨日の夜、プールから帰った後、実家から荷物が届いた事。そろそろイクラの季節になったので、実家からイクラや、様々な食品が送られてきたのです。 それで、荷物が届いた事を知らせようと実家に電話をかけたときの事です。 母親の声に元気が無いので、どうしたのかどうか尋ねた所どうも、おばあちゃんが障害者になってしまったらしい、ということでした。 もともと、最近、札幌に住んでいるおばあちゃんの脚が悪くて、歩けない状態になっており、入院していた事は聞いていました。しかし、手術すれば治るということを聞いていたので、特には心配していませんでした。 しかし、退院後、歩けるようにはなったものの、前のようには歩けなくなったらしく、そのため、障害者の認定を受ける事になったという事でした。「そのことは、いいんだけどね。動けるようになったし、障害社年金ももらえるらしいから」と母。問題は、おばあちゃんがどうもぼけはじめたらしいのです。 入院前は、働き者で家事全般テキパキこなしていたおばあちゃんですが、年齢も84、ちょっと入院し、ずーっと寝ていたことがよくなかったようです。 周囲の人たちは、おばあちゃんにカンを取り戻してもらうために、色々体をうごかすように進めているのですが、このままぼけが進行していくのか、それともまたカンをとりもどすのか、微妙な所だとの事。 母親も、機会を見ておばあちゃんの所に行って、家の事を色々手伝っているようですが、そのために疲れきっている様子。 もっと前から、こういう事に気がついて、何か僕が出来る事があればよかったのですが、事態はここまで進み、僕に出来る事はなにもありません。あまり、悪い方に物事を考えるのはよくないのですが、今日一日、なんとなくもんもんとしながら過ごしていました。 20代の頃は、先の方ばかり見て、自分の未来について考える事が多かったのですが、最近は、取り戻せないかこの事に着いて考える事が多くなったような気がします。 おばあちゃんには小さい頃随分かわいがられたのですが、その記憶は鮮明に残っていても、その時間は永遠に取り戻す事が出来ません。おばちゃんだけではありません。帰省するたびに、僕は親がだんだん老けていく事を実感せざるを得ません。 「もどれない」とはこういうことなのかな。それを思うこと、受け入れる事は、ちょっときついです。
2004年10月24日
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今日、夕方プールに出かけている時に地震にあいました。 近所のプールに出かけたのが、夕方の5:20分。とりあえず、5:50分から、10分間の休憩が入る時間である事が判っているので、最初の30分はウォーキングをしていました。 散々歩いて後、6:50分になり、休憩時間になりました。そのときのことです。 突如、プールの水面が大きく波打ち、水があふれでまいした。僕は特に体に大きな揺れのようなものは感じなかったので、最初は、何がおこったのか、さっぱりわかりませんでした。 しかし、その後アナウンスが入り、地震が発生したとのこと。安全が確認されるまで、遊泳はしばし禁止となりました。 通常の休憩時間を5分ほどオーバーしてから、ようやく泳げるようになり、僕は200メートル泳いだときの事です。 突然、監視員が激しく笛を吹き、プールから上がるように指示。また地震が発生したとの事。 また3分くらい待たされて、再び泳ぎ始めましたが、また5分もしないうちに地震が発生し、プールから上がる羽目に。 そんなこんなで、300メートルぐらいしか泳いでいないうちに、すっかり気勢をそがれてしまい、プールからあがる事にしました。 そして、つい先ほど、自宅のマンションについたのですが、また地震が・・・。一体、何度揺れればおさまるのでしょうか。 気味が悪いです。
2004年10月23日
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会社の近くに、とてもおいしい洋食屋さんがあります。 カウンターのみで、一度に10人くらいしかすわれない、とてもとても小さなお店です。でも常連さん達は、そのお店が大好きで、お昼には行列ができています。 僕の会社は珍しくて、お昼が11:30分からなのです。それは、「昼食をゆっくりとることができるように」という会社側の配慮なのですが、その時間に行っても、このお店はもういっぱいになっているような、そんなお店なのです。(だから、あえてこの日記に、そのお店の名前や、場所は書かない事にします。) ここのメニューは、何でもおいしいのですが、特にメンチカツがおいしくて、ボリュームも満点だし、「ほっぺたが落ちるような」おいしさなのです。 このお店は、40代ぐらいのご主人と、もう一人の調理人、そして、ご主人のお母さんとおぼしきおばあちゃんの3人で切り盛りしています。 職人気質のちょっと強面のご主人がおいしい料理を作り、にこにこしたおばあちゃんが、それをお客さんに出す、というチームプレイをしています。 そんな定食屋さんが、今、休業しています。 ここ数日、店はシャッターが閉じられたままで、「都合により、しばらくの間営業を休ませて頂きます」との張り紙が。おそらく、何かあったのでしょう。 その張り紙をみて、頭に浮かんだのは、おばあちゃんのことでした。 僕がこのお店に行った最後は、だいたい、今から3ヶ月くらい前。このころから、おばあちゃんの様子がちょっとおかしかったのです。 注文を聞き間違えたり、水を出し忘れたり、メンチカツを頼んだお客さんにカレーをだしちゃったりと、とんちんかんなことをし始めていたのです。 最初は、ああ、おばあちゃんもたまには失敗するんだ、ぐらいに思っていたのですが、その後何度かこのお店を訪れた際、相変わらず同じような失敗をしているおばあちゃんを見て、ちょっぴり不安に思っていました。 しばらく暑い季節が続き、とてもじゃないけれどメンチカツなんて食べていられない!という季節が終わり、そのお店に行ってみたら、お店は休業。 やはり、おばあちゃんに何かあったのでは? そう、思わざるを得ません。もしそうであっても、その事実は認めたくありません。特に親交があるとかいう訳ではありませんが、東京に出て、今の会社に勤めだし、僕が初めてその店に行ったときからいたおばあちゃん。気がつけば、随分ふけたよなぁ。 また、おばあちゃんの笑顔に触れるられることを祈りつつ、その場をあとにしました。
2004年10月22日
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今日は、昨日、仕事を満足に手を付けられなかったツケが回ってきました。 今日の午前中いっぱいで、なんとか昨日片付けられなかった仕事を片付けることが出来ましたが、もうその時点でへとへとになってしまいました。 昨日片付けられなかった仕事は、今日が締め切りの仕事ばかりで、それをなんとかこなし、ギリギリセーフ!という感じでなんとか切り上げることが出来ました。 しかし、油断なら無いのは、やはり今日中に、明日閉め切りの仕事を片付けなければならないということ・・・。これも、昨日やるはずが、色々あって、予定が狂ってしまった者です。 しかし、今日もまた、僕の仕事を遅らせるような自体が勃発しました。 近々、除却する固定資産のリストの中で、自分のものをチェックしてほしい、との依頼が舞い込み、中身をチェックしてみると、僕が依頼したものとはまるっきり違うものがリストに乗っているではありませんか。なんと、現在使用しているノートPCが除却の対象になっている・・・これを捨てて、どうやって仕事しろっていんだよ。しかも、一回ならばともかく、この担当者の人は、何度も同じ失敗をしているんです。・・・おい、勘弁してくれよ!一体、どう間違ったらこんなこと書けるんだよ!まったく!!と立腹。担当者とすったもんだする羽目に。 その上、午後から定例の会議が予想外に紛糾し、30分くらいで終わるはずのものが、2時間近くかかってしまいました。 そんなこんなで、明日閉め切りの仕事にとりかかれるようになったのは、なんと夕方の5時から。今日は、仕事をさくっと仕上げて、帰ろうと思っていたのに・・・。 結局、会社を出られたのは9時近くになってしまいました。 本当に何も無いときは、徹底的に何も無いのに、トラブルが起こるときは、重なるものですね。
2004年10月21日
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今日は実にあわただしい一日でした。 まず、雨の中出社すると、今日は上司との面談が二件控えていました。 一昨日の日記にも書いたのですが、毎年4月と10月に、給料やボーナスの査定のために上司と面談を行います。 評価はは4月から10月までの前期、10月から翌年の3月までの後期の判定に別れていますが、僕は前期の途中である8月から新しい部署に異動したため、前の部署の課長と、今の部署の課長の2人と面談しなくてはならないため、倍の時間がかかりました。普通、30分で済む面談が、1時間かかってしまいました。 おまけに、三時から、よりによって台風が近づいているこの時期に、会社では、ビル火災を想定した避難訓練がありました。 僕の働いているオフィスは、ビルの4階にあるのですが、僕は、そのフロアの中で「避難誘導係」という、結構やる事の多いかかりに任命されていました。 3時に、火災報知器がなり、火災の発生のアナウンスがされると、僕はヘルメットをかぶり、部屋に備え付けられたメガホンを取り出して、「ただいまより避難を開始します。皆さん、あわてず速やかに部屋から出て、非常トビラの前に集まってください!」とメガホンでアナウンス。 その後、非常トビラの前で、フロア中の人たちに二列に整列してもらい、非常階段で一階へ避難しました。 通常なら、ここで屋外に避難するのですが、何せこの台風が近づき、外が大雨のこの状況下。1回のロビーに皆が集合したのですが、ビル中の人たちがロビーに集まったため、大変窮屈でした。 とりあえず、点呼をして、逃げ遅れた人がいないことを確認し、責任者に通報。それが、全てのフロアで行われると、地元の消防署の署長さんから、避難訓練の講評がありました。 所長さんは、ひとしきり、今回の訓練についての感想を述べたのはよかったのですが、なぜか話が脱線し、最終的になぜか「あるあるサギには気をつけましょう」という不思議な言葉で挨拶をしめくくりました。随分長い話で、訓練が終わるまで30分かかりました。 みんな、うんざりしながら所長さんの話を聞いていたのですが、一番気の毒だったのは、このビルに何か荷物を届けにきた業者のおじさん。大きな箱を持って、入り口に入ったのは良いのですが、そこにはひとがびっちり立っていて、おまけに所長さんの話が進行中で、ビル職員に、「もうちょっと待ってください」と止められる始末。多分、10分くらい待たされたと思います。おじさん、お気の毒に。 それが終わったと、すぐに会議室で取引のある業者さんと1時間ほど打ち合わせ。ところが、話が盛り上がり、もともと1時間で終わる所が、30分ものびてしまいました。 それらが一通り終わり、さぁ、これから自分の仕事にとりかかるず・・・、と思ったのもつかの間、外からサイレンの音が。 そのサイレンは、会社の近くを流れている目黒川という川が、大雨のために警戒水域に達したということを知らせるサイレンで、下手をすれば、川が氾濫して、交通機関が麻痺してしまう可能性があります。慌てた課長が、「今日は、もうこれで仕事をきりあげて帰ろう。これ以上会社にいると、家にかえれなくなるかもよ」ということで、お仕事をお開きに。 そんなこんなで、今日は自分の仕事に全然手をつけられませんでした。 本当に慌ただしい一日でした。
2004年10月20日
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なんだか、ここ何日か、僕の日記にすごく多くの人が書込んでくれたり、リンクを張ってくれたりして、うれしい限りです。 やっぱり、この「ドサンコ太郎」というベタなハンドルネームのおかげか、北海道民や、北海道関係者、あるいは北海道に興味ある人々などが今までもリンクを張ってくれたりしていましたが、最近では、お互いに書込みしたり、されたりしているうちにお互いにリンクを張る、という人が出てきてました。 ブログって、本当に不思議ですね。東京在住の僕が、北は北海道、南は沖縄の人が、毎日、書き込みをしてくれたり、コメントをしてくれたりしています。Webならではですよね。こんなことがあるなんて。
2004年10月19日
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今日は、会社で秋面談のキャリアシートという書類の記入をしました。 これはなにかというと、うちの会社には春(4月)と、秋(10月)の2回、上司との間で、面談を行って、前の半年の業績を評価したり、次の半年の個人目標みたいなものを決める、ということを行っているんです。 要するに、半年前に自分が立てた目標を振り返って、どのくらい達成できているかを確認し、良ければ査定が良く、悪ければ査定が低くなる、という話で、それがボーナスや翌年の昇級・昇進なんかに反映されるのです。 それで、今回も、毎回と同じように記入をしはじめたのですが、記入を初めて、はたと迷う事がありました。 というのは、その中に「5年後の自分のキャリアプランを記入してください」という項目があるのですが、そこに、何を記入して良いやら、判らなくなったのです。 ほんのちょっと前までは、ここに記入する事は簡単でした。 自分はああなりたい、こうなりたい、という目標もあったし、そのためにはどうしなければならない、ということが具体的に判っていたから。 でも、今気がつくと、自分はこれからどうしたら良いのか、どうしたいのか、という事に対して、明らかに迷いのような者が生じている事に気がつきました。 異動したばかりで、新しい仕事を覚えたり、仕事の内容になれることに夢中で、最近、特にこういうことについて考えた事はありませんでしたが、今になって考えてみると、困ってしまいます。 僕は、どうしたらよいのだろう?僕は、どうしたいのだろう? そんな、当たり前の事が判らなくなっていました。 このことで、今日は一日中悩んでしまいました。 考えてみれば、入社以来、自分なりに頑張って仕事してきて、やりたいこと、やらなければならないことはあらかたやってきたような気がします。だからこそ、異動を願い出て、新しい事にチャレンジしてみようと思った訳ですが、そんななかでもまだ迷っている自分がいることに気がつきました。 ちょっと前までは、先のビジョンと言うか、目標が無い、ということはすごい悪い事のような気がしたが、今は正直な所、どうしたらよいのか判らない、という気がしています。 そして、何の迷いも無く、あれこれ書けた20代の頃が、懐かしいな、と思ってしまいました。 どうやら僕は、今一度僕自身の人生について、考え直してみる必要がありそうです。
2004年10月18日
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今日はなんだか、お寿司が食べたい気分でした。 よく考えたら、ここのところ何ヶ月もお寿司なんて食べていないな、と思い、夕ご飯はお寿司を食べにいくことにしました。 夕方の5時くらいに毎週恒例のプールに行き、その後6時30分くらいに、すぐ近くにある回転寿しに行きました。 今思えば、これが間違いの始まり。もっとちゃんとした寿司屋に行けばよかったのですが、とりあえず近所で手軽に済まそうと思ったのが運の尽き。 まず、そもそもネタが小さい!それに、そうなると当然、思い切りシャリが小さい!そして、そのシャリも、握りがあまくてぼろぼろと崩れていきます。それに、ネタ自体も、あまり良質とは言えませんでした。 しまった!と思ったのですが、おなかも空いているし、もう食べ始めちゃったし、そのまま食べる事にしました。 値段を見ると、一番安い皿は随分安く84円。ここは安さで売っているらしく、とりあえず満腹になるまで食べても1500弱にしかなりませんでした。寿司屋としては、破格の安さだと思います。 この値段だったら、文句は言えないかな・・・と思いましたが、釈然としないまま、帰宅しました。はっきり言って、倍額払っても良い、とさえ思っていたのですが、なんだか中途半端な食事をしてしまったな、という気がしました。
2004年10月17日
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今日は、溜まっていた洗濯物を一気に片付けました。 ここのところずっと雨が続いていたので、かなりの量です。朝から何度も洗濯機をまわしています。 ここのところの雨の降り方は異常で、今月だけで、何ヶ月分かの雨が一気に降ったとか。一応、僕の住んでいるマンションには浴室乾燥機能がついているのですが、電気代を喰うし、時間もかかるので、出来るだけ利用したくはありません。 とりあえず昨日あたりから天気がよくなったのですが、昨日はナイターを見に行ったため、洗濯が出来なかったので、今日一気にやる羽目に。 夏の間は、猛暑だったこともあり、洗濯物も随分出ましたが、幸か、不幸か、天候に恵まれたせいか、たくさん出た洗濯物も一気に乾きました。 しかし、近頃はめっきり涼しくなった事もあり、乾燥はしていますが、洗濯物を干してもなかなか乾きません。晴れていても一日中目乱打に干しておいたものが全て乾いていません。特に、バスタオルなどの大きなものは、なかなか乾きません。 結局、乾ききらなかった洗濯物は、室内に干したり、早く乾かしたい場合は、浴室乾燥を使ったりします。 夏は暑くていやでしたが、秋は秋の問題が発生するのです。
2004年10月16日
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一昨日ゲットした臨時収入を活かそうと、今日、会社の同僚と、神宮球場で行われたヤクルト・横浜の神宮での最終試合を見に行きました。 午後6:30に会社を出て、午後7:00に球場に到着。入場料は内野自由席で2000円。せっかく神宮に来たので、一塁側の内野席に行きました。消化試合であるため、客は全体の3割くらいしか入っていませんでしたが、選手の姿が見える前方の席はさすがに塞がっていました。 ただ、消化試合の気楽さもあってか、観客達はのんきにビールをのんだりしながら、思い思いに観戦していました。 試合の山場は最初の3回くらいで終わってしまったらしく、僕たちが到着した4回くらいからは、随分平坦な、特に見る所のない試合展開でした。 結局、4-2でヤクルトは負けてしまいましたが、9回裏に古田の今年最後の神宮で打席に立つ姿が見られて満足でした。ただ、結果は外野フライに終わってしまいましたが。 試合は9時くらいに終わってしまいましたが、試合終了後、ヤクルトの選手達が「一年間応援有り難うございました」と、ファンに挨拶するセレモニーがあり、その後、サインボールを一塁側に投げ入れてくれました。 僕ももしかしたら取れるかも?と思いながら、前の方に出て行った所、古田の投げたボールが、僕のちょっと手前ぐらいまで飛んできました。僕はびっくりしましたが、周りに居た人たちがそこにどっと殺到してきて、あっさり取ら誰かに取られてしまいました。 選手達が退場しても、一塁側のヤクルトファン達はなかなか立ち去らず、「古田、ありがとう!」という声があちこちから聞こえました。今年、プロ野球の危機を救ったと言っても過言ではない古田に対して、ファン達は心から経緯を表しているのだな、と思いました。 消化試合ではありましたが、良い気分になって帰る事ができました。
2004年10月15日
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今日の日記、ダイエー社員や、その関係者の家族の方などが読んでいたらごめんなさい。もしかしたら、この日記読んだら不愉快になるかもしれないので、あらかじめ謝罪しておきます。 今日は仕事が早く終わったので、定時に会社を出て、帰りに近所のダイエー 浜松町店に晩ご飯の買い物に行きました。 ご存知の方はご存知とは思いますが、この浜松町店は、ダイエー本社ビル(最近、産業再生機構の支援を受けるかどうか?というニュースで、テレビで見た事のある方も多いのではないかと思います。)の一階が店舗になっており、それほど大きくはないのですが、れっきとしたスーパーなのです。そして、本社ビルに入っている以上は、言わばダイエーの「顔」であり、本店と言っても良い訳です。 今、ダイエーは、ダイエーホークスがパリーグのプレイオフを終えた事もあり(結果は残念でしたが)ホークスファン感謝祭をやっています。勿論、この浜松町店も例外ではありません。僕も、それが目的で今日はそこに行ってきたのです。 しかし、セールのやりかたがひどいとしか言いようがありません。 セールコーナーが設けられているのは良いのですが、インスタントラーメンの前に女性者の下着が無造作に陳列されていたり(それも明らかに売れ残りっぽい感じのもの)、それもかなり雑然と並べられていて統一感どころか、場末感さえ漂う有様。 売り場の面積に限りがあるのはわかりますが、このセンスの無さはなとかならないのでしょうか?これじゃ、食品を買おうと言うお客様も、下着を買おうと思っているお客さんも、近寄りがたいです。 この様子を見ると、店員の「別にどうでも良いけれど、とりあえず上からはファン感謝セールやれって言われているし、品物も決まっているし、とりあえず一カ所に集めてしまえ」といったような「心の声」が今にも聞こえてきそう。 そもそも、このスーパーが入っているビルと同じビルに本社があるわけでしょう?高木社長始め、役員・幹部社員の方々はこのビルで働いているんですよね?皆さん、1階のスーパーで買い物したことあります?買い物したことなくても(この時点で失格だとは思うのですが)、せめて店内に入った事あります? あったら、まともな感覚を持った商人ならば、絶対に問題意識持つはずですよ。こんなんじゃ、お客様は来ないってね。 今日書いた事は、ごく一部で、普段からあまりの商品や店舗の魅力の無さに、割合近くにあるにも関わらず、この店で買い物する事はまずありません。せいぜい、今日のようにセール品目当てか、閉店間際に安くなった総菜(あんまりおいしくない。安いだけが魅力。多分、ダイエーのお偉いさんはこんなまずいもの絶対食べないだろうな。)を買いに来るくらいかな? 足下のお店がこの有様じゃ、自主再生なんてあり得ないよな、と思ってしまいました。勿論、ダイエーにも魅力的な支店や、お客さんがたくさん来る支店があるという事も、よくわかっています。でも、あえて言わせてもらえば、産業再生機構に頼ることがとりあえず決定したようですが、まずは魅力ある店舗作りからやり直してほしいですね。 まずは、足下をしっかりみて。
2004年10月14日
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よかったこと、わるかったこと、の割合です。 今日は、以前提出していた朝特許報償が出て、臨時収入3800円入りました。この報償は、特許を連名で提出された人数で頭割りされるので、こういうはんぱな数字になってしまうのですが、忘れかけた頃に去年書いた特許の報償が入るという、うれしい誤算がありました。まず、一勝目。 つづいて、図書館に、いままで順番待ちしていた本が、ようやく戻ってきました。2週間ぐらい待っていたのですが、これでようやく待望の本を読む事が出来ます。これが、二勝目。 そして、昨日の仕事の落としどころについて、ようやくきちんとした合意が上司と取れた事。「普通、そんな事まで聞かないだろう?」と思われるような事も、念のためしつこく質問&確認。すると、根本的にどこで意見の食い違いがあったか判りました。それはとても微妙な問題で、お互い、考えていることを根掘り葉掘り聞き合って、ようやくその違いに気がつきました。これで、今後は仕事の効率があがると思われます。これが三勝目。 で、気持ちも少し晴れたので、今日は早く帰って図書館により、お目当ての本を借りて、もらった報奨金でちょっと豪華な晩ご飯でも食べようかな?と思っていた矢先、上司から、「じゃ、問題ははっきりしたんだし、明日までにここをやっておいて」と宣言されてしまいました。勿論、今日全部で今までの分を仕上げられないのは判っているので、明日までにはとりあえず基本が出来ていれば良く、出来たら明日それを発表してほしいとのことでした。 でも、その仕事の量もかなりまもので、結局、終わったのは夜の10時になってからでした。とほほ。おかげで、図書館も、豪華な晩ご飯もぱーです。 これが、今日の「一敗」です。
2004年10月13日
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