ドリカムハイスクール塾長の日記
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先日も書きました藤田元司さんがお亡くなりになりました。告別式で、川上哲治氏が弔辞を読みました。読み終えて、大変胸をうたれましたので、今日から2回に分けて紹介していきます。「藤田君・・・。今までよく頑張ってくれたね。君は自分のことは忘れて、いつも人のことばかり気を使って、本当に大変だったね。ご苦労さん。今はもう楽になったことだろう。ありがとう。長い間、本当にありがとう」・・・中略・・・「選手のころ、水原監督から「藤田頼む」といわれたら、肩が多少重くても、また、完投した翌日でも、チームの勝利のために「行きましょう」と君は黙って投げ続けた。投手生命を縮めてしまったが、愚痴一つ聞いたことはなかった。V9時代、すぐピッチャーを代えたがる僕に、コーチの君は「まだ大丈夫です」と投手をかばい、僕のズボンのベルトを握りしめて、マウンドへ行かせなかった。鬼のような君を忘れられない。また、宮田投手の個性を生かすために、リリーフに使い「8時半の男」に仕上げて、プロ野球でのリリーフ専門投手の基礎を築いた。それも君の功績だ。そして長嶋君の後を受けて、大逆風のなかで監督になると、見事日本一となって巨人軍の大ピンチを救ってくれた。戦力もどん底、火中の栗を拾う損な役回りは君にしかできないことだった。さらに、王監督の後のチームのピンチのときも、再建を引き受けた。長嶋監督の時と同じで、人気監督の後は、誰が見ても腰の引ける損な役割だった。だが、この時も「友達がちょっと疲れたので、その代わりを務めるだけです。」と逆に王君を気遣うさわやかなコメントをしていた。君には以前から心臓の持病があった。このころは腎臓も悪くなっていて、医者から今度監督をやったら命を縮めますよ。と言われていると、聞いていた。『でもね、おやじさん(川上氏)、あのおじいさんの務台さんから藤田君頼む。君しかいないんだ。』と言われたら断れませんでしたと君は笑って言っていた。自分を捨て、務台光雄会長の心に応えた。愛する巨人軍へ笑って命を差し出す男気。この男は、いつでも死ねる、勇気のある本物の日本男子だと、あらためて感じたことを覚えている。」まさに、人のために生きた藤田元司さん!温厚そうな監督さんだったので、鬼のような表情で、川上監督のベルトを握りしめて、選手をかばったあたり、少し驚きでした。巨人ファンの自分から見ても、長嶋・王両監督の後に監督をするなんて、「なんて人がいいんだ」って思っていました。それを、「友達がちょっと疲れたので、その代わりを務めるだけです」の一言で、自分が命をかけて監督を引き受けたことは言わないで引き受けたなんて本当に懐の広いすごい人です。見習うべきところが多いです!がんばりますよ♪明日を楽しみにしてくださいねブログランキングに参加しています本日もワンクリックお願いします!☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆人気blogランキングへ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
2006.02.22
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