さわらびの「今日の人生勉強」

さわらびの「今日の人生勉強」

「愛している」 それだけの心で


教室のガラスが頻繁に割られていたある中学校での出来事です。

■前に進まないA子ちゃん■

ある夏、学校で競泳大会が行われ、クラスから四人の選手を出すことになりました。
A子ちゃんのクラスでも話し合いがもたれ、三人の選手はすぐに決まったのですが、
もう一人が決まりません。
だれかいないか、という声に、番長ともいえる生徒が、

「A子がいい」
と言いました。

瞬間、クラスの皆が笑いました。
クラスのみんながどっと笑ったのは、A子ちゃんが体に障害を持っていたからです。
けれども、指名した生徒がこわかったせいか、反対の声は上がりません。

いよいよ競泳大会の日がきました。
ピストルの音を合図に、スタート台から選手たちが次々と
二十五メートルプールに飛び込んでいきます。
プールサイドでは全校の生徒が選手たちに声援を送っています。
順番が進み、A子ちゃんの番がきました。

スタート台に上がったA子ちゃんの顔は明るく輝いていました。
「ドン!」
ピストルが鳴ると、選手たちはいっせいに飛び込みました。
水しぶきが横一列になって進んでいきます。
けれども、水しぶきを人一倍あげて泳ぐA子ちゃんは、なかなか前に進みません。
その姿が滑稽に映るのか、プールサイドの生徒たちは声を上げてはやし立てます。
A子ちゃんはそしらぬ顔で一生懸命に泳いでいます。


■全校生徒のエールの中で■

そのとき、一人のおじさんがプールサイドにやってきました。
見ると、ひとりA子ちゃんが必死で泳いでいます。
おじさんは生徒をかき分けてプールサイドに立つと、
何も言わずに服のままで、ドボーンと飛び込みました。
バチヤバチヤやっているA子ちゃんに近づき、
A子ちゃんといっしょに泳ぎながら、おじさんは言いました。

「腹立つねえ!でも!自分で泳げよ!」

A子ちゃんが沈んでしまわないようにエスコートしながら、
しかし、手を出して助けることはしないで、おじさんはいっしょに泳ぎます。
『腹立つねえ、でも、自分で泳げよ』と言いながら。

必死で泳ぐA子ちゃん、服のまま寄り添って泳ぐおじさん。
その光景にまわりで騒いでいた生徒たちはいつしかシーンとなり、
ついで新たな声が上がり始めました。

「がんばれ、A子!」
「がんばれ、A子!」
やがて、その声は大合唱になりました。

全校生徒のエールの中、長い時間をかけてA子ちゃんは
十五メートルを泳ぎ切りました。
プールサイドに上がったA子ちゃんは、おじさんにしがみついて泣きました。
まわりの生徒たちも、だれかれとなく抱き合って、喜び合いました。

その「おじさん」は校長先生でした。
そして、このことがあって以来、生徒たちの心は徐々に落ちついてきて、
一年もたたないうちに、教室のガラスが割られるようなことはなくなった
ということです。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆(今日の贈り物)

障害のあるA子ちゃんは、なぜ競泳大会に出ることができたのでしょうか。
その背後にはご両親の深い愛情があったに違いないと思います。
選手に選ばれたA子ちゃんは家に帰り、

『お父さん、お母さん、わたしね、選手に選ばれたの』
と言ったことでしょう。
そのとき、私が親だったら、
『なんであんたが泳がなならんの?やめとけ。学校に言うてやる』
ときっと言うだろうと思うのです。

ですが、A子ちゃんのご両親は違いました。
おそらく、
『よかったな、おまえが選手か。大したものじゃないか。偉いなあ』
と、障害があるということをどこにも感じさせなかったのではないでしょうか。
でなければ、A子ちゃんはあんなに明るく飛び込めなかったと思います。
お父さんとお母さんの深い愛と立派さを思うとき、私は胸がつまります。

また、この校長先生はすばらしい教育者だと思います。
『親や世間から何を言われるかわからん。だれが指名した!
 担任はだれか。早く助けてやれ!』などと言わず、
まわりではやし立てる生徒を叱ることもなく、
無言でプールに飛び込んだのです。

校長先生は、だれも責めなかったのです。
人を責めてよい方向にいくことはありません。

「腹立つねえ、でも自分で泳げよ...」
この言葉はほんとうにすごいと思います。
A子ちゃんの心をまるごと受け止めています。
そして、障害は病気でもなんでもない、一つの個性だ。
その個性を人からとやかく言われ、腹が立つことがあっても、
どんなに時間がかかっても、自分の人生は自分で泳ぎ切るしかない。
自分の力でしっかり生きなさい。そう言っているのです。
いつでも助ける用意をしながら...

人は人を助けることはできない。
支えることもほんとうはできないのかもしれません。
けれども、私たちが愛をもって人に接するとき、私たち自身の力ではなく、
愛というものが持つ強い力で、人はみずから支え、
みずから成長するように導かれるのではないでしようか?

家族を、縁ある方々を、大事にしたいと思います。

「あなたを愛しているからですよ」 ただそれだけの心で。


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