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ご訪問くださった皆さん、ありがとうございます。 不肖コジロー、このたび「森林インストラクター」という資格にチャレンジすることを思いつき、 受験生となった日々を綴ろうと、2013年3月1日、別サイト(FC2)で「森林インストラクター受験日記」というブログを開設しました。 「受験日記」は要するに身辺雑記ですので、社会評論のまねごとのような内容は引き続きこの楽天の「コジローのあれこれ風信帖」で書いていこうと思っていたのですが、実際に「受験日記」を書き始めてみると、日々の思いの中に評論のようなことも混じってくるし、それを書くだけで学習や睡眠の時間を結構消耗するし、ふたつのブログを掛け持ちするのは、どうやら自分のような時間貧乏かつ無才な人間には到底無理らしいことが判りました。 そこで、この際、二つを合併し、タイトルを「コジローのあれこれ風信帖・森林インストラクター受験日記」に改めたうえ、身辺雑記プラス社会評論もどきのスタイルで、ブログを書き続けることにしました。従いまして、楽天ブログの方は、一応、この記事で打ち止めです。 つきましては、お手数を煩わせまして申し訳ありませんが、この新たなブログの方へリンク等、改めてくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。 2013年3月6日 コジロー
2013年03月06日
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この週末は、22日(金)夜にj女性2人男性4人の6人パーティで和歌山を出発、乗鞍岳の登頂を目指しました。・・・が、今冬一番の大寒波が列島を覆い尽くすって、なんともありがたくない予報もでてたりして。(^_^;) 乗鞍岳にはこれまでに5~6回行っています。夏ならバスを降りてからスニーカーでも登れますし、積雪期も比較的簡単な山です。3000m峰としては一番登りやすいんじゃないかなあ・・・、とは思いますが、独立峰とあって厳冬期の低温と強風はハンパではありません。樹林帯を抜けて位ヶ原の平原でその低温と強風に加え、吹雪やガスに視界を失ったら大変なことになること必至です。・・・ということで、今回登頂は恐らくダメだろうけど、まあ初心者も含むパーティとあれば、その厳しさの一端を体感するだけでも値うちがあるだろうと、予定通り出かけました。 深夜、東海北陸道を走るときから大雪で、乗鞍高原温泉スキー場に行く道は懸命の除雪も追いつかず車でラッセルする状態。雪の中を漕ぐようにしてなんとか駐車場に到達し仮眠しました。 翌23日(土)朝一番のリフトでスキー場最上部へ到達。そこで足ごしらえをし、勇んで雪の中に踏み込んでゆきます。その足ごしらえは、私だけがシール装着のテレマークスキー、あとはスノーシューが2人、輪かんじきが3人の構成でした。 スノーシューの2人がトップを務め、輪かん組が続き、リーダーの私がラストを歩きましたが、これがえらいのなんの。息が上がり、先行する5人との間がすぐに開いてしまいます。ビンディングの調子が悪いとかシールの効きが悪いとか、まあ、上げられる言い訳もなくはないのですが、最大の原因は体力不足と腰痛ですねえ。 はあ・・、なんとも情けない。 と、ワタクシがお荷物になる状態でモタモタしているうちに、なんとかもっていた天気も次第に崩れ、強風が吹き出しました。もし天気が良ければ、この日のうちに登頂する予定でしたが、位ヶ原に出る前に天気が崩れてきたので登頂は断念し、宿泊予定の位ヶ原山荘に直行することにします。 位ヶ原山荘までは、辛うじて先行者のラッセル痕らしき溝が所々雪上に認められましたが、ほぼバージンラッセルで、通常はスキー場から2時間のところ、しっかり4時間かかってなんとか到達。 小屋に着く頃には雪も強くなっていて視界も霞んできていましたから、上に行かずに正解でした。 雪に埋まる位ヶ原山荘 この日、宿泊したのは、我々以外にはカップルがひと組だけ。談話室は貸し切り状態で、「呑んべえ山岳会」として知られる我が紀峰山の会とあればいわずもがなの大宴会。それぞれが重荷も苦にせずしっかり持参してきた吟醸酒やワインやウイスキーや焼酎や様々な酒肴類がコタツの上に並び、夕食まで4時間ほども呑みつつ与太話で盛り上がってたかなあ・・・ これだから、いくらしんどくても山はやめられないんだよね。(^_^)v 外は風雪地獄、小屋は天国(^_^)v 翌24日(日)、雪に埋め尽くされてすべての窓が真っ暗な小屋で目覚め、外の様子はどうかと試しに小屋の玄関を少し開けてみれば、たちまち小屋に雪崩れ込む地吹雪で一瞬のうちに全身が真っ白になる。どうやら外は昨日に倍するブリザードだ。これでは登頂などとても無理なので、全員で即刻下山することにしました。 小屋の前で出発の足ごしらえ 小屋番にお礼の挨拶をして山荘を離れるやブリザードの洗礼を受ける。気温はマイナス22度。これに強風と吹雪が加わるのだから寒さは強烈だ。とても風上に顔を向けてはいられない。頂上はきっともの凄いことになっているだろう。その中を完全なバージンラッセルで前進して行く。昨日は登りに4時間も要したが、今日は下りだからまあ3時間もあれば・・・、なんて甘い考えは全然通用せず、安全地帯のスキー場に出るまで雪だるまになって悪戦苦闘しつつ、やはりきっちり4時間を要した。 悪戦苦闘し雪だるま状態で下山 まあ、登頂はできなくとも、冬山らしい冬山をしっかり体験したということで、今回は満足して和歌山に戻った。・・・のだけど今朝、起きてみると、なんだか頬骨の周囲がカミソリ負けでもしたようにピリピリする。あまり気にはしていなかったのだが、洗面所に立ってその原因がわかった。そのピリピリする頬骨周辺の皮膚が変色し小さく裂けた部分もあるのだ。軽い凍傷だった。 行動中は全員、目出帽とゴーグルで顔を被っていたのだが、自分はこれが息苦しくて長時間は耐えられない。苦しくなると、つい外して厳しい寒気の中を素肌で動いていてしまう。たしかに顔に冷たい感覚はあるが、山にいる間はまあそれだけのことだ。ところが、下界に降りて暖まると、なんつうか、冷凍食品が解凍されるようなものかなあ、きっちり凍傷の症状が現れるのだ。こんな症状はずいぶん久しぶりだが、しばらくは世間様に見苦しい顔(日頃から見栄えのする顔ではもちろんないが)を晒すしかないなあ・・・ ま、これも山男の勲章ではあるのだけど。 ともあれ、全員無事下山できて、結構でした。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2013年02月25日
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北朝鮮が核実験を強行した。安保理決議違反はもちろん、朝鮮半島の非核化を約した六カ国協議の精神を踏みにじり、世界の反核平和への動きにも冷水を浴びせる暴挙であり、断じて容認できない。その意図について、憶測も含めメディアは様々に論評するが、なあに、難しく考えるほどのことはない。北朝鮮が演じる一連の瀬戸際外交の本質は米国への屈折したラブコールに過ぎないのであって、こんなのにいちいち過剰反応していては向こうの思うつぼだ。 地べたにひっくり返ってけたたましく泣き叫びモノをねだる駄々っ子を、賢い母親なら平然と無視し、じっくり時間を掛けてそんな無法で要求は通せないことを子どもに悟らせることだろう。この局面、「体罰」で応じるなど愚策中の愚策であることは育児だって外交だって同じ。北朝鮮が困った隣人であることはたしかだが、今回の暴挙には後ろ盾の中国もさすがに手を焼いている。国際社会が一致して対応できる条件はあるのだから、その条件を活かすべく動くのが大人の外交だ。この機に乗じて、ミサイル防衛がどうこうという火事場泥棒のような論調に足下をすくわれるようなことがあってはならない。 外交といえば、今、もうひとつの焦点となっているのが、東シナ海で起きた中国の軍艦による挑発行為。日本側の発表によれば、中国のフリゲート艦が自衛隊の艦艇を標的としてミサイルのレーダー照準をロックしたという。軍事技術にはもちろん素人だが、照準をロックするというのは、撃鉄を起こした拳銃を水平に構え、銃口を相手に突きつけるのと同じ状態だろう。あとは引き金を引くだけだ。まさに一触即発、日中間で本当にこんなコトが起きていたとすれば大変なことである。 だが中国は、日本側の発表からやや時間をおいてから、この発表を事実無根のねつ造だとする反論を開始した。その念頭にあるのは国内世論だろうと容易に想像が付く。日本が主張するような中国軍側の軍事挑発が現にあったとすれば、国際法上、日本側からの抗議に反論して居直る余地はない。だが、一方的に論難されるばかりで反論しなければ、尖閣以来高揚する排外的で愛国主義的な国内世論から「弱腰」を攻撃されるに違いない。それを避けるには、事件自体が無かったことにするほか選択肢はない。 日本が事件を公開した直後のニュース映像、中国での記者会見で、このレーダー照射につき事実確認を求められた女性報道官が、いつになく困惑した表情を露わにしながら、「報道を見て知った。具体的な状況は分からない」と説明し、さらに問いつめる記者に対して「関係部署に聞いてほしい」と消えるような声でつぶやき、回答を避けた。「関係部署」・・・とはいったいどこか。恐らく、人民解放軍を指すと思われる。はしなくも、この女性報道官だけでなく中国政府が、この時点で事実を正確に掌握していないことが明らかになった瞬間だった。 日本側の発表は事態発生から数日後のこと。中国側に反論の余地を残さないよう証拠を固めるのにそれだけの時間がかかったという。しかし、中国の指導部はこれだけの時間の間にすら事態をまったく認知していなかった。ということから、今回の事態が最前線の軍の勝手な判断で行われた可能性が疑われる。だが、これまた、中国として認めるわけにはいかない。強大な中国人民解放軍が中央政府の文民統制から逸脱していたことが明白になれば、政府の指導力に疑問が突きつけられ、国際的な信用が決定的に損なわれるからだ。 ハッキリ言えば、中国政府はこの事態に困り果てていたと思う。そこへ、日本政府はこの勝負は自己に有利と見て自信満々に事実を公開した。さて、これは果たして大人の外交だろうか。いかに事実が明々白々ではあっても、国内世論に配慮せざるを得ない中国側に謝罪するという選択肢は元々ないのだ。日本が鬼の首を取ったように騒げば騒ぐほど、中国側は態度を硬化させざるを得ない。石原の馬鹿のように「目には目を」「武力には武力を」の単細胞思考では行き着く先は衝突しかない。 かつての日本帝国政府は、中国に展開する関東軍の独断専行の暴走を抑えられず、むしろそれに追随して破滅的な戦争に転落していった。一発の銃声が戦争を引き起こすこともある。血気にはやる軍人集団が暴発しないよう、中国政府にはしっかり人民解放軍をコントロールしてもらわねばならない。双方とも、対立を先鋭化させてトクになることは何もないのだ。中国政府のメンツを立てながら、紛争を未然に回避するため公然非公然両面で周到に連絡を取り合い、お互い腹八分目の所で手を打つこと。それこそが成熟した大人の外交というものだろうと思う。くれぐれも、「火事場泥棒にご用心!」だ。 ←ランキングに参加してます、ワンクリックでご協力を
2013年02月15日
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箱館山での雪上訓練、このページは後編です。前編からお読みください。昼からは、あまり経験したくはありませんが、雪崩に襲われ仲間が埋没したケースを想定しての探索訓練。写真はアバランチビーコンを使って、仲間が埋まった場所を特定しているところ、埋まった仲間がつけていたビーコンが発する電波を、残りのメンバーが受信状態に切り替えたビーコンを頼りに50mレンジから感知し、30mレンジ、10mレンジと順々に的を絞って接近していることを確認、2mレンジが使える地点まで近づいたら(写真の状態)腰を落とし雪面にビーコンを近づけて探索します。半径2m程度まで的が絞れたら、ビーコンは置いて直ちにゾンデ探索開始。ゾンデとは、写真の受講生が持っている接続式の金属棒でプルーフとも言います。探索メンバーは横に並び、定められたルールで雪にゾンデを突き刺し、遭難者を探します。雪崩れに埋められた場合、15分以内に掘り出せば生還率は90%を超えますが、それ以後の生還率は激減(窒息するケースが激増)、25分で半数が死亡、35分後には75%が死亡するとのことです。とにかく一刻を争って掘り出さねばなりません。ゾンデで雪ではない感触があったら、感度のあったゾンデをそこに立てたまま、その周囲をスコップで掘ります。スコップで勢いよく掘り進んで、ゾンデの先端から30センチ(ここにあらかじめマークをつけておきます)が雪から出てきたら、直ちにスコップを捨てて、遭難者を傷つけないよう手で雪をかきだします。何か見えてきましたね。ついに救出! あ、ビーコンを入れた黄色いザックが遭難者です。「お~い、大丈夫かあ!」「しっかりしろよ!」と大きな激励のかけ声。ん~、なかなか迫真の訓練でした。(^_^)v今回は、組み合わせを変えて4回、探索訓練を行いましたが、探索チームに見えないように隠して埋めたザックを、いずれも5~7分程度で掘り起こしました。実際の雪崩のデブリはもっと手強いですが、メンバー全員がビーコン、ゾンデ、スコップからなる雪崩対策「三種の神器」を持参しており、十分訓練を積んでいれば、埋設地点の特定自体は数分で可能なのです。くれぐれも備えを十分にして、助けられる命をあたら失うようなことだけはなくしたいものです。次は、滑落に備えた確保の訓練です。ちょうど良い写真がなかったのですが、雪の中にデッドマンを埋めているところ。さらにスノーバーを埋め込んで、この二つから流動分散でアンカー(セルフビレイ=自己確保)を取りました。(個々の言葉の説明はリンク先参照)次にピッケルを雪の中に打ち込んで片足でしっかり踏んで立ち、ピッケルの首の部分に繋いだ短めのテープにカラビナをセット。これにメインザイルを通して肩がらみで確保します。これが「スタンディング・アックス・ビレイ」と呼ばれる、雪原での最もオーソドックスな確保スタイルです。(残念ながら写真がない、誰か撮ってないかなあ…)で、確保体制ができたところで、その効果を確かめるため、受講生には確保する人と斜面を落ちる人を交代でやってもらうのです・・が、雪がグザグザで仰向けになろうが前転しようが斜面に飛び込もうが、どうしても落ちていかない。・・・なんてのは織り込み済みなのであって、ここでそりの登場です。そりに滑落者を乗っけて斜面に送り出し、猛スピードが出た当たりでザイルが伸びきって確保者に来る衝撃を体験。ザイルを徐々に絞る操作でこの衝撃が和らぎ、女性の力でも十分止められることを体感で理解してもらいます。 ザイルが張ると、滑落する人はそりから落ちて吹っ飛びますが、皆さん、雪まみれになって落ちてくださいました。こうして、雪に慣れることも訓練の目的のひとつでしたが、それは十分達成されたと思います。さて、このほか、滑落停止の訓練などをやって15時過ぎに雪上訓練は終了。無事、和歌山に帰り着きました。次は本番ですね。(^_^)v ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2013年02月05日
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2月3日の日曜日は「紀峰山の会」冬山教室の雪上訓練。今年は、趣味の山でも過去の経験にあぐらをかいた惰性のような登山じゃなく、新たな発見を求めてマジメに取り組む抱負を掲げたので、その証しとして実に久しぶりにこの雪上訓練のリーダー兼主任講師を引き受けました。 自分が冬山に狂気のように熱中したのはもう、10年ではきかないほど久しく以前のことです。そのおかげで冬山登山についての知識と経験はそこそこ蓄積しましたが、今は当時のままの内容でそれを冷凍保存しているに過ぎません。一方、冬山の用具や技術はこの間にずいぶん進化しました。冷凍保存した過去の中にはもう陳腐化して使えない道具や技術もあれば、今では通用しない知見も多いでしょう。講師を引き受けたのは、この機会にそうした古い技能を一新するとともに、今も通用する技能と併せて紀峰の後輩たちに伝え、できることなら一緒に登りたいと考えたからでした。 6時に和歌山を出発して、滋賀県北部の箱舘山スキー場には8時半過ぎに到着。慌ただしく身支度を調え、多くの共同装備を分担してゴンドラに乗ってゲレンデに集合したのが9時半でした。早速、この日、用意できただけの輪かんじきやスノーシューを装着してもらい、ゲレンデの周囲を巡る「歩くスキーコース」に踏み出します。講師と受講生合わせて12人がゲレンデに勢揃い。まったく初めての人も多くて、全員に輪かんじき(略して輪かん)を履いてもらうだけで20分ほどかかりました。ラッセル・・・というほど潜らない雪でしたが、とにかく「輪かん」体験。自分で自分の足を踏まないよう、いわゆる「花魁(おいらん)歩き」を心がけます。絶好の斜面があったので、やっと「輪かんラッセル」の訓練らしくなりました。写真ではわかりにくいですが、40度ほどの急斜面に張り付いて登っています。続いて、雪崩に備えるための弱層テスト。写真はハンドテストで、掘り出した雪の円柱を上から順々に抱き寄せて、弱層(人物の腹の前の断層)から雪がスッパリとずれた瞬間。手首だけで、肘で、肩全体で…と力の加減を変えて試みますが、このケースは肩から体重を掛けてやっと崩れました。この状態の雪で雪崩の恐れは低いと判断できます。これ以外に、雪の角柱の頂点にスコップの皿を置いて手で叩くコンプレッションテスト、両手で雪をかき分けて手前に引く簡易テストなどを、実際にやってもらいました。寒いので押しくらまんじゅう・・・ではなくて、テントを張るために雪を踏み固めているところ。あらかた踏み固めたら、実際にテントを置いてみて必要な広さと範囲を定め、テントを張る場所からスコップとスノーソーで雪のブロックを掘り出して周囲に積んでゆきます。 かなり出来上がってきました。中を掘り下げ周囲にブロックを積み上げて、テントが完全に隠れるようにします。これで、冬山につきものの強風を相当程度防ぐことができます。しんどい作業ですが、この日はなんたって人数が多いので、みるみるブロック塀が積み上がりました。完成。 居住性抜群、風を遮り静かで暖かい。出口は30cmほど掘り下げて、靴を履いたままでの出入りをしやすくしています。テントができたところでお昼にしました。→後編に続く ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2013年02月05日
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女子柔道選手らへの暴力や暴言が問題になっていた園田隆二女子代表監督が31日、記者会見で一連の問題について事実関係を認めて謝罪、「これ以上、強化に携わっていくことは難しい」として、全日本柔道連盟(全柔連)に進退伺を出すと話した。ことここに及んで留任などあり得ない。退任は当然の帰結だがあまりに遅いし、監督個人の意志による引責辞任まで全柔連さらにはJOCが、監督に引導を渡せなかったところに問題の根深さがある。 薗田監督の暴行が強化選手のひとりから最初に全柔連に通報されたのは、ロンドン五輪で日本柔道が惨敗したロンドン五輪直後の昨年9月だったが、全柔連は監督を口頭で注意しただけで解任も公表もしなかった。さっぱり動かぬ全柔連に絶望すると共に危機感も抱いたであろう五輪代表を含む女子選手15人は12月、連名でJOCに告発文を提出、実態解明と監督交代などを求めたのだったが、こちらも問題を全柔連に投げ返すだけで、積極的に問題解決に乗り出した形跡はない。で、投げ返された全柔連が行ったのは、薗田監督と6人のコーチへの厳重注意処分のみ、指導体制はそのままだった。 体罰などときれい事を言うが、人を殴るのは犯罪である。被害者の女子選手が訴えなくても刑事警察が動くべき事案なのだ。よもや警視庁出身の薗田監督が刑法を知らないということはあるまい。だが全柔連にもJOCにも、これが犯罪だという認識はカケラもない。 さらに、こうした非常識はこの二者にとどまらず、死亡者まで出すに至った桜ノ宮高校のバスケットボール部監督の指導、リンチまがいの大相撲の稽古など他のスポーツでも当たり前に見られるし、さらには体育以外の教育現場を含む日本社会に深く広く蔓延している。軍国主義日本ではびこった人命軽視、新兵虐待のおぞましい悪弊が汚染した暴力礼賛の社会意識を、まだ日本は克服できていないのだ。 ユネスコが1978年に採択した「体育・スポーツ国際憲章」は、「体育・スポーツの実践はすべての人にとって基本的権利である」と宣言している。それは、スポーツが人間の尊厳と能力の全面的発揮に不可欠であり、個々の人生を豊かにすることで社会発展に貢献すると考えるからだ。体罰の名で隠蔽される暴力による支配はこうした価値観の対極にある。もちろん、偏狭なナショナリズムもスポーツの理想とは無縁だが、日本のスポーツ界は暴力とナショナリズムの害毒に深く侵されている。 今回の事態を報道した海外のメディアのなかには、そんな日本がスポーツの頂点としてのオリンピックを東京に招致しようとしていることに疑義を呈するところも出てきている。当然だろう。これに関連して、時間のある方はリンクを貼り付けておくので「教育における体罰を考えるシンポジウム」の書き起こしをぜひお読み頂きたい。 ご覧の通り、櫻井よしこや戸塚ヨットスクールの戸塚宏ら、名前を聞くだけでゾッとする面々が君が代を唱和して、教育には体罰が不可欠と主張する呆れ果てたシンポジウムなのだが、まるでヤクザのような口調で最も強くそれを主張する人物こそ当時の東京都知事にして、オリンピック招致の提唱者である石原慎太郎なのだ。この世界中で最もスポーツの価値を理解していないゴロツキ右翼が唱道するオリンピック招致運動など、世界にスポーツ後進国日本の恥をさらすだけでしかない。JOCは直ちにオリンピック招致レースから手を引き、本気で日本スポーツ界の民主化に取り組め。 それにしても、日本スポーツの暴力体質に一石を投じた15人の女子選手の勇気を高く讃えたい。彼女たちが不利益処分を被らないよう、国民的な監視が必要だ。 ←ランキングに参加してます、ワンクリックでご協力を
2013年01月31日
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追われるように日々の営みをこなしているうちにはや、明けた年の正月も終盤だ。気がつけばこのブログに前回記事を書いてから40日近くが経過。本当に、時は矢のように過ぎ去ってゆく。無為に過ごしたわけではないが、多忙さに見合うだけ得たかは疑わしい。 もうそこそこの歳なのに、毎度こんな調子ではあっという間に終末だ。かくして、無自覚なうちに流され、消耗してゆくだけの人生なんてつまらない。そこで遅まきながら今年の抱負だが、3つのことにチャレンジしようと思う。仕事の課題はいろいろあるが、まあそれはそれとして、プライベートには心身を喜ばせてやりたい。 まず今年は、本数は少なくても東西の良い文学作品に接したい。もう10年を遙かに超えて、仕事に必要な知識や情報を仕入れるための作業に忙殺され続け、良い文学作品や音楽、演劇などとはすっかり縁遠くなってしまった。実は、その分、感性が鈍り擦り切れてきた自覚がある。コンサートや観劇は和歌山ではその機会自体少ないし、大阪や京都に出かける時間もなかなか取れそうにないので厳しいが、読書なら細切れの時間でも可能だろう。まずはその気になって作品を選び、読み始めることだ。 次いで、山をもっと大切に真剣に挑戦的に登りたい。「紀峰山の会」という社会人山岳会の会員として登山自体は継続しているのだが、最近は過去の知識と経験の範囲から一歩も出ることなく、ただいたずらに漫然と体力と時間を費消している気がする。そんな登山でも、登ればそれなりの達成感はあるのだが、自分に新しい視野を開くような驚きや新鮮な経験からは遠ざかって久しい。もっと山に敬意を払って挑まねば、やはり登山本来のそうした喜びは得られないのだろう。若い頃の体力を望むのは無理だし、腰痛の制約もあるのだが、知恵を出せば新たな課題は見つかるはずだ。そんな中身の濃い山行に今年は改めてチャレンジしたい。 そして最後に、これらをこのブログに丁寧に記録したい。元ブン屋の習性かもしれないが、宙でモノを考えるのは非常に苦手で、書くことによってしか頭の整理がつかない。せっかく良い本を読んでも、いい山行をしても、書かなければその体験は内面的に深まらず思想に繋がることにもならないのだ。政治や経済についての論評も折を見て書き続けるだろうが、日々の小さな体験を丁寧に自省し、大切に取り扱っていきたいと思う。 さて、安倍内閣最初の予算案が決まった。バラマキ公共事業の復活によるゼネコンや財界への大盤振る舞いや11年ぶりの軍事費増の一方、生活保護費を削減し地方公務員の給与を下げることで地方交付税を削減する。デフレ克服といいながら、デフレの最大の原因である最終消費の衰弱をさらに深刻にする予算であり政策としての一貫性がない。というより、ひとことで言えば支離滅裂だ。これで消費税増税とインフレが重なれば国民の生活はどうなる。 …などという話もときに織り交ぜつつ、またボチボチ書いてゆこう。
2013年01月28日
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自民党の安倍晋三総裁は、今回の選挙結果を受けて発足する新政権で、経済財政政策をリードする「日本経済再生本部」を設立する。新政権における経済政策の最大の目標はデフレ脱却、それに効果ある施策を同本部を「新たな司令塔」として集中投入しようというわけだ。甘利明政調会長の経済再生担当相起用も固まった。 これを受けて東証はいきなり今年最大の急騰を記録。久々に景気の良い話で結構だが、その効果ある施策の中身たるや要するに選挙中に安倍氏が「輪転機をグルグル回してお札を刷る」とぶち上げたことに尽きる。市場の反応、ちょっと気が早いんではないかい? やや具体的にいえば、まず景気刺激策として「国土強靱化」とかの題目で新幹線や高速道路など昔ながらの公共事業に10年で200兆円の大盤振る舞い。もちろん積み上がった財政赤字で破綻寸前の国庫にそんなカネはないから国債を大増発して借金で調達しなければならないが、そんな莫大な国債が市場で完売できるはずもないので、日銀が「輪転機をグルグル回して」引き受けろって理屈なのだ。 かくして通貨の流通量が増えれば、当然のことながらそのぶん通貨価値は下落し、その反動で物価は上がる。で、最終的にたどり着くのが「インフレターゲット」、つまり年2%ばかり物価を押し上げる程度に「輪転機をグルグル回す」って経済政策がいわゆるアベノミクス(アベ氏のエコノミーポリティクス=経済政策)というわけだ。 で、ここでハッキリ言うが、本気でこんなコトしたら日本の経済も財政も無茶苦茶になるぞ。 なんてことは経済学ないし財政学を少しでも学んだことがある人なら当然の常識であって、中央銀行が国債を引き受けるなど、将棋の二歩やサッカーのハンドなみの禁じ手。というわけで、経団連の「子泣きジジイ」(^_-)じゃなかった米倉クンもさすがに「それはあかん」と一度はたしなめたのだが、安倍氏に逆ギレされてヘナヘナと腰が砕け前言撤回の平謝り。同じく非常識な阿倍発言に憮然としていた日銀白川総裁も、選挙の結果が出るや自ら安倍氏の元を訪れ、事実上のミサイル・・じゃなくて(^^;)白旗を揚げた。 日本経済のリーダーたちの揃いもそろってのこのていたらく。財政規律も日銀の独立も怪しくなりかねない平伏(ひれふ)ぶりなのだが、これが独裁可能な権力を与えた圧勝の威光というものなのだろう。安倍新政権が発足した後、日銀はインフレターゲットで政府と協定を結ぶという。インフレ目標を達成できなければその責任が問われることになる。日銀は総裁の首を担保に差し出して政府に和を乞うたのだ。 かくしてインフレが成ればたしかにデフレからは脱却できるが、現在の労使の力関係で給料など収入が増えるはずもなく、上がった物価の分だけ庶民にはさらなる生活苦が押しつけられる。一方、市場の消化能力を超えて発行された国債は金利を上げてさばくほかなく、かくして膨張する金利負担は破綻寸前の国家財政にとどめを刺す可能性が濃厚にある。そうなれば、後はギリシャと同じハイパーインフレと財政崩壊へ一直線だ。日本経済は根底から瓦解する。もはや生活苦なんて牧歌的な表現で済む状態ではない。 デフレ不況は克服しなければならないが、それが「輪転機をグルグル」なんてアホな手段で実現するなら誰も苦労はしない。公共投資で一時的にゼネコンなどが儲かっても、日本経済全体が自立した発展軌道に乗らなければ、覚醒剤にも似たその効果はたちまち消えて、残るのは悪夢のような借金の山だけだ。だが一方、消費が成熟し人口が減り続けるこの国で、かつてのような車や家電など消費財主導の経済成長の再現もない。いま必要なのは、日本の産業全体を新たな成長分野に思い切ってシフトすることで、経済を自立した発展軌道に乗せることなのだ。 不要不急の無駄な土建工事や時代遅れの原発にしがみついている限り、デフレスパイラルからの脱却はない。これらは本質的に、財政出動なしに成立しない産業だからだ。21世紀の世界の成長分野は低炭素技術とITと農林水産業を含む環境、さらに成熟社会日本ではこれに福祉や教育など手造りのサービスが加わる。これら雇用力も成長力も大きな分野に日本が有する人・モノ・カネの経営資源を集中投資すること。それにより、これら産業に携わる人々の数とその収入を増やし、安定した最終消費を確保することで、家電や自動車など従来の産業の適切な規模も維持しつつ、お金が自立して回る仕組みを作りあげることこそが目下の経済政策の勘所なのだ。 没落する産業にいくら金をつぎ込んでも、借金が増え財政危機が深刻になるだけで経済が自立的に発展する望みははない。いわんや、頼みの最終消費に冷水を浴びせる消費税など論外、ましてまして「輪転機をグルグル」なんて悪すぎるふざけた冗談は、これっきりにして欲しいのだ。 ←ランキングに参加してます、ワンクリックでご協力を
2012年12月20日
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第46回総選挙が終わった。ご存じの通り、結果は自公連合の圧勝と民主の惨敗、いわゆる第三局では明暗相半ば・・といったところだ。今朝の各紙の論評をざっと見たところでは、「民意は公約を裏切った民主を捨てて再び自公に政権を託した」と評している。 だが、それは違うのではないか。 今回、自民党が比例区で得た1662万票は、大敗して政権を民主党に明け渡した前回09年選挙の1881万票をすら220万票も下回っている。投票率が大きく下がった影響はもちろんあるのだが、得票率でもみても27.6%で09年の26.7%とほぼ同じだ。さらに、300議席の8割を独占して完勝した小選挙区での得票でも前回から165万票も減らしている。つまり、有権者が積極的に自民党を選択した形跡はどこを探してもみつからない。 一方民主党の比例区での得票は962万票で09年の2984万票から実に2000万票以上を失う3分の1まで激減、1226万票の維新にすら大きく水を開けられる惨憺たる結果だった。これだけを見れば、新参の維新さらに得票を7割増した「みんな」が民主党を見放した有権者の受け皿になったと見ることも可能だ。たしかにその側面はある、しかしそれでもなお残る1000万近い票の行方はどうなったのか。 結論から言えば、この人たち1000万人が棄権して史上最低の投票率を演出したのだ。前回、変化に期待して民主党に投票したが裏切られ、それでも自民党にはなおさら投票できない2000万人のうち半分強が維新や「みんな」に流れたが、それも良い選択とは思えない残り半分はこれらに代わる投票先を見いだせずに棄権して、その結果作られた史上最低の投票率が、棄権した人たちの自民回帰を忌避する思いとは裏腹に、企業や業界団体や宗教団体というまとまった組織票を動かす自公の勝利を後押ししたのが今回の結果だ。 自民党は選ばれなかったが、選挙制度と低投票率によって圧勝した。それが今回の選挙の本当の姿ではないのか。だからといって、復活する自公政権の基盤が揺らぐわけでも、ましてやその民主主義制度上の正当性が疑われるわけでもないが、例えば改憲については、維新と合わせ改憲発議に必要な3分の2の議席は優に越え実に9割に迫るという。このような不可思議な選挙結果で、改憲発議や原発の再稼働が強行されるとすれば実にやりきれない。 ただ、こんなデータもある。今日の朝日夕刊に載った出口調査だが、実はたまたまコジローもこの調査に応えていたのでことさら印象が強い。投票を終えた有権者に対し、まず原発について「今すぐゼロ」「徐々にゼロ」「ゼロにはしない」の三択から選んでもらい、その次にどの党に投票したかを尋ねているのだが、「今すぐゼロ」と応えた有権者の投票先は自民、民主、それになんと共産がそれぞれ16%で並び、維新が14%、未来が13%、と続く。 なら共産や未来がもっと伸びても良さそうなものなのだが、肝心の「今すぐゼロ」と応えた人の比率は14%で実は三択の内で最も低い。64%を占めた「徐々にゼロ」だと共産が4%、未来が5%、15%の「ゼロにはしない」だと共産が3%、未来が2%と極端に支持が減り、逆に自民、維新の支持が圧倒的に優勢になる。つまり、共産党が掲げた「即時原発ゼロ」は有権者の圧倒的多数を占める「徐々にゼロ」の理解を得るに至らず、また「卒原発」というシングルイシューで闘おうとした未来は、元々多様な有権者意識を見誤っていた。 だが、この調査結果は、有権者を総体としてみるならば、それなりに政策に配慮をしたうえで選択がなされていることを明瞭に示している。やはり、選挙は政策なのだ。そこに明日に向けた一縷の望みがあるように思う。まだまだ、先はあるのだ。
2012年12月17日
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総選挙の投票日が明日に迫った。メディアは自民党の圧勝を予想しているが、これは選挙制度の手品に負うところが大きい。習知の通り衆院の定数は選挙区が300、比例代表が180。メディアが伝える最終盤の情勢判断によれば、自民党は選挙区で240議席と実にその8割を奪う勢い、一方比例代表は3分の1の60議席に過ぎない。 比例代表の議席は得票率を反映している。つまり、圧勝とは言うが自民党は投票総数の33%の支持しか得ていないのに、小選挙区制という手品で選挙区ではそれが8割の議席に化ける構造なのだ。例えば今回の毎日新聞の世論調査結果から、仮に480議席がすべて得票率つまり真の民意を反映して配したとすれば、自民が160、維新95、民主85、公明55、みんな33、共産27、未来20、大地3、社民2で計480議席といった結果になる。自民党の勝利と民主党の惨敗は変わらないが、勝った自民党も圧勝と呼ぶほど有権者の支持を得ていないことが判る。コジローの周囲を見ても、自民党支持者というのは滅多に見かけない。これが普通の感覚だ。 こうして3割の得票、それも投票率を60%とすれば有権者の2割弱の支持しか受けていない党が衆院議席総数の6割以上をかすめ取って政権を掌握するという選挙制度は、やはりおかしいのではないか。だが、これでトクをした政権が、その成立を導いた自分に有利な選挙制度を変更するはずはない。かくして民主主義は限りなく形骸化してゆき、飽き飽きした有権者は政治に関心を失ってますます投票率を下げ、自らの首を絞める政治を強化するのに手を貸すことになる。 そうさせないためには、とにかく、政治に参加することだ。黙っていれば、あきらめて棄権すれば、そのぶんだけ確実に政治は悪い方向に傾いてゆく。福島の悲惨な事態など無かったかのように原発を復活させ、自衛隊を軍隊として中国との戦争を辞さず徴兵制を目論み、農業や医療や生活保護を切り捨て、この国を再び破滅に導くファシストの声が勢いを増している。いまならまだ間に合うかも知れないが、明日にはもう手遅れになってしまうだろう。反原発、反消費税、反TPP、そして何よりも反ファシズムだ。とにかく投票に行こう! これに絡んで追伸。北朝鮮のロケットをなぜ「事実上の長距離ミサイル」などと回りくどく言うのか。核を積んだ長距離弾道弾に転用可能な技術だからというなら、米国だってロシアだって中国だって意図は同じだ。日本でも維新の石原や自民の石破らは、ロケット技術は核兵器開発のために不可欠と明言している。ことほど左様に、もともと宇宙開発は軍事技術と一体だった。ことさら北朝鮮だけがあしざまに罵られるいわれはない。危ない国であることは確かだが、そういうのなら、宣戦布告もせずイラクやリビアでいきなりミサイルをぶっ放してきた米国も相当危ない国ではないか。 常識が通じない困ったご近所さんが何を考えているのかはよく分からないが、この事態をことさらに「事実上の」と表現し、軍事的緊張を煽るメディアの意図は透けて見える。選挙戦最終盤でのこの報道、それが周辺国との軍事的対決を主張する勢力への追い風になることは明らかだからだ。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年12月15日
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原発、消費税、TPPについての民意を問う選挙も、投票日まで残り1週間を切った。マスコミ各媒体の世論調査によれば、自民党は単独過半数も視野に入るひとり勝ちの勢い、対する民主党は前回比半減以下の惨敗でいわゆる第三極は未来も維新も伸び悩み、共産社民ほかの小政党は総じて存亡の危機に追い込まれている。 またしても見えてくるのは、この国の民意の泡沫(うたかた)のような軽さだ。マニュフェストに表現された「チェンジ」をことごとく裏切った民主党への幻滅はあまりにも当然の帰結だが、それが前回以上にロクでもないアナクロ右翼と化した自民党の復権につながるところに、どうしようもない救いがたさを感じる。 ただ、この間の論戦で維新の化けの皮がはげ落ちたように見えるのは、数少ない成果だった。党首の石原は同党の国民への公約である維新八策の内容を知らず正反対の主張を展開、橋下は「政策などより、肝心なのは実行力」だとのたまう。こうした言動自体がそもそも不真面目なのだが、石原は記者会見の質問に対し、およそ回答になっていないぶっ飛んだ珍回答を繰り返していた。あれは高尚な禅問答などではない。オツムがかなりボケてきた症状はないのか。狂気の尖閣騒動も石原不況もそのボケの産物だったと思えば、まあなんとも情けないけれど、それなりに説明はつく。 橋下はさらに上で、トシもいかないのにすでにボケている。というか、ボケる以前に元々何ひとつ判っていない。原発政策で典型的に現れたが、橋下が変幻自在というか融通無碍に主張を変えられるのは、柔軟なのでもまして戦術などでもなく、要するに元々中身が空っぽだからどうにでも変えられるだけのことだ。彼には命がけで守るべき政治的信念も矜持もない。要するに橋下の本質はノンポリなのであって、増長した権力志向が背広を着てせいぜい小学校の学級委員並みの人気取りを演じているだけだ。子どもでも中学校の生徒会選挙程度になれば、それなりにまともな政策を主張するが、それにすら遠く及ばない。 しかし、このまま自民党が圧勝して憲法が変えられ、集団的自衛権の名目で自衛隊が軍隊となって外国との殺し合いに参戦し、基本的人権を謳った条文が消えて代わりに徴兵制が導入され、経済政策では意図的なインフレでなけなしの貯金も消え・・・などなどといったコトで本当にいいのか。維新も核武装まで視野に入れた軍国主義改憲路線だし、卒原発が売りの未来も候補者の過半数が改憲派だ。放っておけば、日本はマジでヤバい国になる。国民は本当にそれでいいのか。 その一方、日本ではほとんど話題にもならないが、中東カタールのドーハで開かれていた国連気候変動枠組条約第18回締約国会議いわゆるCOP18は、最初の約束期間が今月末で切れる京都議定書を8年間延長し、途切れなく来年1月1日から第二約束期間をスタートさせることなどを決めて閉幕したが、第二約束期間の削減目標を拒否した日本の存在感は無に等しかったという。 これについてはまた稿を改めて書きたいが、差し迫る人類存亡の危機を前に困難な交渉を続ける世界で、本来なら最先端の温暖化対策技術で世界をリードすべき時に、いったいこの国は何をしているのか。現状では京都議定書に復帰するような変化は望み薄だが、せめてさらに退化したといわれない政権を選びたい。少なくとも、限りなく内向きの改憲勢力など最悪の選択は避けたい。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年12月10日
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総選挙が明日12月4日、公示日を迎える。投票日は16日で選挙期間はわずか12日しかない。加えて日本の公職選挙法は、戸別訪問やネットでの選挙運動の禁止をはじめ、箸の上げ下げにまで注文を付けるように事細かな規制に規制を重ね、どの国と較べてもまことに不自由きわまりないものになっている。 うがった見方と言われるかも知れないが、選挙期間も選挙運動の方法もさらには小選挙区制という選挙制度も、出来る限り国民が自分の頭で考える材料を与えず、マスコミが作り出す空気で投票行動を操作できるようにする方向で、改悪に次ぐ改悪を積み重ねてきた結果にほかならない。そしていま、そのマスコミがしきりに煽る焦点がいわゆる「第三極」だ。 「第三」というのは、政権与党の民主党でも最大野党の自民党でもない三番目の選択肢ということらしく、マスコミは盛んに「日本維新の会」なるアナクロ集団の動静を伝えるのだが、現在のこれら3つの極なるものどもの政治的スタンスに、いったいどれほど違いがあるのか。 ごく簡潔に描写すれば、政権についた民主党がマニュフェストを放棄して自民党化、これと対決する姿勢を演出しなくちゃならない自民党がお株を取られたあおりで右翼化、でもってこれらと違う第三極を演じる日本維新=橋下・石原野合集団が極右ファシスト化して、それぞれ本家争いをしてるってのが現在の構図であって、どれにしたって自民党の派閥程度の違いしかない。要するに、どれもこれも親財界・米国崇拝の同じ穴のムジナではないか。 だがまあ、有権者の多くは例によってというべきか、このようにマスコミが創り出す空気に従い、こんなロクでもない同じ穴のムジナから不毛の選択をする方向で雪崩れそうだからため息が出る。 マスコミ各社が実施した世論調査では、有権者が今回の選挙で最も重視する選択基準は圧倒的に「実行力」で、「政策」を挙げる有権者はその三分の一しかない。まあ、政策と無関係の実行力を選択肢にする世論調査自体が無茶だと思うが、有権者の多くは自分を縊(くび)り家族の命を縮める政治でも、問答無用に実行してくれる絶対権力を望むというのだ。ん~、これは倒錯どころか奴隷以下ではないか。 政策については、民主も自民も国民無視は共通してひどいが、維新に至っては支離滅裂で無茶苦茶だ。原発政策は毎日変わって今はどうなのか判らないヌエのごとき有様だし、最低賃金の廃止に至っては開いた口がふさがらない。この人たちは社会の現実や歴史の教訓を何ひとつ学ばず理解もしていない。本質的に不真面目で理解する気がないのだろうが理解する能力もなく、あるのは権力への薄汚い妄執だけだ。 だいたい、いとも簡単に作ったり解散したりしている集団を政党と言うが、それぞれの党に党員は一体何人いるのか。規約や綱領などはあるのか。そもそも国民はその党に入党できるのか。 政党とは本来、実現したい国家レベルのビジョンがあって、そのビジョンとそれに至る戦略方針をまとめた綱領なり政策なりに賛同し、規約に従うことを誓う人々によって形成されるきわめて自覚的な人間の組織であったと思うのだけれど、綱領もなければ議員以外にひとりの党員もないく、果たしてどこにゆくのかすら判らない集団が政党と言えるのか。 第三極をはじめ、離合集散を繰り返すこれら国民の中に何ら根も張らないグループは、連日のマスコミ報道だけがその存在を支えており、マスコミがある日ミーハーのようにはやし立てることをやめれば、その日のうちに立ち枯れてしまう蜃気楼か白日夢のような集団だ。それは正確な日本語では、政党じゃなく「烏合の衆」と呼ぶべき存在ではないのか。 これまで選挙のたびにどれほどため息をついたか判らない。所詮、有権者はそのレベルに似合った政治しか得ることは出来ない。現在の無残な政治状況は、我が有権者の政治的覚醒の恐るべき低さを見事に反映しているのだろう。そこに心底からのため息が出る。だからといって諦めてしまったら、石原や橋下のごとき居並ぶ権力亡者どもの思うつぼだから、出来る限りのことはするつもりでいる。 だが、それはマスコミが流す圧倒的な物量の洗脳に、竹槍で立ち向かうドンキホーテにも似た「蟷螂の斧」の営みに思われる。まあ、いつまでもこんな鬱屈した思いを抱えながら歩んでいくしかないんだろうなあ… そんなしんどい12日間がまた始まる。やはり、ここで投げ出してはいけないと思う。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年12月03日
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この怒りの矛先をどこに持って行けばよいのか。どうすればこの不条理を抑えることに少しでも役立てるのか。自分のどうしようもない無力さを呪い、打ちひしがれる思いで今、戦火のパレスチナ自治区ガザを見つめています。 まず、この画像をご覧ください。タイトルから判るようにこの画像の配信サイトは「The Electronic Intifada」と名乗っています。日本語でも時々耳にするIntifada(インティファーダ)はアラビア語で「抵抗蜂起」を意味します。つまりこのサイトはパレスチナ民衆の抵抗蜂起をインターネットを通じ世界に発信することを目的としており、これらの画像はそれを考慮した上で見なければなりません。 とはいえ、毎日新聞に掲載された現地からのルポや、日本国際ボランティアセンターの金子由佳さんの「11月9日からのガザ・イスラエル情勢について」のレポート、なかでも特に同センター関係の現地ボランティアの息子さんの死亡についての記事から公平に判断して、とてもねつ造とは思えません。ガザでは毎日、このようにしていたいけな子どもたちが、イスラエルの空爆でむごたらしく殺されているのでしょう。 日本のメディアは、この一方的な虐殺を「ハマスとイスラエルの戦闘」と報道、その記事に並べて、ビルマ (現時点でコジローはこの国を「ミャンマー」とは呼びません、理由はまた別の機会に) を訪問したオバマ米国大統領が、馴れ馴れしくスーチーさんの肩を抱いて会見する写真を掲載していました。 この会見に先立ちオバマは、「イスラエルは自衛する権利を持ち、ガザからの攻撃が止まなければイスラエル軍の地上侵攻は致し方ない」との公式見解を発表、イスラエルの後見人としてこの虐殺に明確な支持を与えていました。スーチーさんの肩を厚かましく抱いたとき、その手はガザの子どもたちの鮮血で真っ赤に汚れていたのではありませんか。米国は昨日、国連安保理で提案された「ケンカ両成敗」の立場からの腰抜け声明案すら、「ハマスの攻撃への非難が入っていない」として拒否しています。どこまで厚かましいのか・・・ イスラエルが「ハマスの先制攻撃」への反撃というのはいつものことですが、なぜいま、このような暴挙に及んだのか。これについては、現代中東政治がご専門の酒井啓子千葉大学法経学部教授の論考「イスラエルのガザ攻撃が持つ意味」で「アラブの春で生まれた政権に対するテスト」との指摘が示唆に富みますが、 これに加えて、来年1月に行われる選挙目当てという見方もあります。緊張が高まれば偏狭な愛国心に基づく求心力で、戦闘的で威勢の良い発言をする勢力への支持は高まるからです。(石原慎太郎らのやり方も同じですね) いずれにせよ、ガザの人々はこんな吐き気がするくだらない理由で爆撃され、多くの子どもたちや女性たちが問答無用に殺されたのです。この明白な犯罪を裁くことができない世界とは一体何なのか。あまりの怒りで全身が震えるほどです。しかし、この怒りを一体誰に、どのように伝えればいいのか。この不条理に満ちた世界にどう立ち向かえばいいのか。わからないことばかりです。 最後に紹介するのは、「ガザ12.11.17」のクレジットはあるものの、今回の映像であるとの確かな裏付けはとれなかったことを断っておきますが(2009年のガザ侵攻の可能性あり)、たとえ以前の映像であっても、今ガザで展開されている事態を理解する上で、見ておく値打ちのある資料だと思います。 とても正視できないシーンもありますが。翻訳家の池田香代子さんは、この映像で最後に叫ばれる嘆きの言葉を、「この赤ちゃんは眠っているのではない!」「この子は首を振っているのではない!」「頭をなでられているのでぐらぐら動いているのだ、ばかやろう!」と、訳して紹介しておられました。本当に、腹の底から「ばかやろう!」に共感、どう闘えばよいのか、どなたかに教えていただきたいです。 ←ランキングに参加してます、ワンクリックでご協力を
2012年11月21日
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またもご無沙汰です。 やはり、相変わらずなにかと忙しくて…、 これはあちこちやたら首を突っ込みに行く自分が悪いのであって、誰にも文句を言えた筋合いではないのですけれど、性分とはいえ、死ぬまでこのオトナの分別などカケラもないコマネズミの如き生活が続くのかなぁ…と思うと、ちょっと情けないです。(^^;) ともあれ、これからまた、ボチボチ書いてゆく手はじめに、我が「紀峰山の会」の季刊誌『紀峰の仲間』に連載している巻末コラムを転載。紀州の山里に受け継がれる「山の神」の祭りについて書きました。肩の凝らない気楽な読み物ですので、どうかご一読ください。 【以下転載】 クマの毒舌コラム 「山の日」制定運動を考える 日本勤労者山岳連盟など山岳5団体が共同で、「山の日」制定を求める運動を始めた。すでに「海の日」は16年前に7月20日として制定され、その後の祝日法改正により7月の第3月曜日として定着して久しい。なのに今もって「山の日」がないのはおかしいではないか、というのは当然ありうべき疑問だ。加えて、それが休日の追加になるなら「勤労登山者」としてなおさら反対する理由はない。ただ、国民の祝日としての「山の日」はなくとも、各地方に「山の日」はすでにあることから、その日を決めるのは難しいだろうと思うのだが、先の5団体は10月4日、6月の第1日曜日を「山の日」に推すと発表した。「山々が最も輝く」というのがその理由だそうだ。 読者諸兄は新宮市熊野川町にある通称「浦木の森」をご存じだろうか。(株)浦木林業という三重県南牟婁郡紀宝町...といっても、熊野川を挟んだ新宮市のすぐ対岸で和歌山みたいなものだが、そこに本社を置く林業会社が管理する杉の人工林だ。もう10年以上前のことになるが、この森での幕営を目的とする山行をしたことがある。なぜ、そんな場所にわざわざテントを張ったのかというと、それ以前に人づてに聞いて何かのついでにそこを訪れ、一見してその凄さに圧倒され魅せられていたからだ。 人工林といっても植えられたのは江戸中期、1世紀以上、五世代を遙かに超えてしっかり手入れして受け継がれ、すっくと天を突く杉の巨木が広々と林立する、まことにすごい森なのだ。初見の際は、人工林でもここまでになるのかとただ唸ったものだ。あの威厳に溢れた古杉たち、歴史を繋ぐ生命の群れに抱かれて一夜の夢を結びたい。それがこの山行を企画した唯一の理由だった。 で、その夜は煌々たる月光に映える巨杉を肴に痛飲、期待の夢など見るはずもなく爆睡に落ちたのだが、目覚めると早朝からテントの周囲がやけに騒がしい。この滅多に人など来そうもない山奥で何事かと思って顔を出したら、数人の作業服の男たちが立ち働いていた。が、山仕事の雰囲気ではない。迷惑を掛けてはいけないのでテントを出て尋ねたら、「山の日」の準備をしているとのことだった。私有地に勝手にテントを張ったことをとがめられるかと思ったが、笑顔で「寒ぅなかったけ?」と気遣われただけだった。 紀州の山の日は、1994年に和歌山県が11月7日と決めたのだが、これは古来、紀州の山村で旧暦のその日が「山の神」の祭日とされていたことに由来する。習知のように山を支配する「山の神」は女性であって、それも欲深いうえに嫉妬心と猜疑心の固まりという、まことに恐ろしくも扱いにくい存在であって、うっかり機嫌を損ねれば事故や怪我など大変な災厄を見舞われる。そこで山の民は年に一度の「山の日」を定めて山の神のご機嫌取りに励んだという次第なのだが、山村に伝承されるその習俗は誠に興味深い。クマはこうした熊野山村の伝承習俗の取材に一時期没頭したので、いささか詳しいのだ。 山の神はこの日、自分の財産である山の木の本数を数える。当然のことながら財産は多いほどよいので、目に付くものを手当たり次第、木として勘定してしまうのだが、そのときうっかり山にいたら、人間も勘定されその場で木に変えられてしまう。だから、山の神の祭の日は山仕事を休み、決して山に入ってはいけない。 また、山の神は好色なので、ぼた餅や穀物などのお供えもさりながら、なんといってもケズリバナを欠かしてはならない。このケズリバナというのは要するに男性そのものであって、木の枝の片方をササラに削いで下の毛に見立て、それを立てた根本に睾丸に似せた小石やミカンを二つ置き中央に奉納する。とはいうが、おおらかなもので隠微さなど微塵もない。 さらに、そのお供えはなんといっても「オコゼ」が主役だ。山の神は自分が醜女(しこめ)であると思い込んでいて異常に劣等感が強く、美人に激しい敵愾(てきがい)心を燃やすらしい。その敵愾心が爆発して八つ当たりされたら目も当てられないので、山の神の祭には美人かどうかはともかく女性を接近させず、その代わり見た目が醜いオコゼを捧げるわけだ。まあ、オコゼと自分を較べるのもどうかと思うが、それで山の神が自分の方が美しい思って一年間しとやかに大人しくしてくれるのなら安いモノなのであって、山中の人々はこの日のために、遠く海の民からオコゼを求めたことであったろう。 浦木の森に幕営したのは、たまたまその山の神の祭の前夜だったわけだ。先発隊の男たちはてきぱきと先の伝承通りの裁断をしつらえ、やがて後続の人たちが登ってきたのをしおに、こちらはテントを撤収して引き上げたが、知らずにそのまま居座っていたら今頃は浦木の森の木にされていたかもしれない。ま、それも悪くはなかった気もするが... ともあれ、こうした山の神にまつわる習俗をつぶさにみてゆくと、古来の紀州の山人たちの女性観が垣間見えて愉快だ。昔も今も、山男どもは山女のゲキリンに触れて恐ろしい目に遭うことがないよう細心の注意を払ってきたのであって、この気遣いというか用心というか、そうした思いが山岳自然への敬虔な畏怖(いふ)と憧憬(しょうけい)、そして感謝や愛護の念に深く繋がってこその「山の日」でなければならないとクマは思う。 それに比べると、運動の担い手の皆さんには申し訳ないが、「山々が最も輝く」なんてとってつけたような発想のなんと薄っぺらなこと。だいいち、白銀でも紅葉でも山は見事に輝くし、この発想の元となる新緑の季節だって地方によって違うぞ。この紀州和歌山なら新緑が萌え輝くのはなんといっても5月だ。 新宮が生んだ文豪佐藤春夫は望郷五月歌において、ちりまみれで哀れな東京の5月に対比し、「空青し山青し海青し、日はかがやかに南国の五月晴(さつきばれ)こそゆたかなれ」「のぼり行く山辺の道は、杉檜(ヒノキ)樟(くす)の芽吹きの花よりもいみじく匂ひ、かぐはしき木の香(か)薫(くん)じて...」と、紀州の五月の山の輝きを格調高く歌い上げ、紺碧の海が浜に寄せた貝殻に添えてこの歌を都の子どもたちに贈りたいと結んでいる。和歌山の登山者なら、その山行経験からこの佐藤のお国自慢と季節感に深く共感するに違いない。6月第1日曜日が「山々が最も輝く」なんて、「ちりまみれで哀れな」東京あたりの中央集権的で貧困な季節感覚の押し売りなど笑止千万、断固返上したい。 とはいえ、「山の日」は紀州でこそ11月7日だが四国各県は11月11日、山梨や岐阜は8月8日、さらに日本アルパインガイド協会が10月3日などと、その根拠はよく知らないがてんでバラバラに定められている。全国一斉の「国民の祝日」とするため、いずれかの日を選ばねばならないことは確かだ。だから、「最も輝く」なんてクソみたいな理屈じゃなく、「どうせなら祝日のない6月がいいんじゃないのお?」って話なら判るのだ。 6月5日は世界環境デー、それにちなんだ清掃登山を6月第1日曜日に息長く続けてきた労山の歴史もある。胸を張ってそう主張すればいいではないか。 【転載以上】 ←ランキングに参加してます、ワンクリックでご協力を
2012年11月19日
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(このブログは連載の2回目です、恐れ入りますが1から お読みください。) しかし、それにしても、プルトニウム57万ベクレル!!。コジローがそれまでに評価の根拠としていたデータは「福島県における土壌の放射線モニタリング(プルトニウム)調査結果(速報)」です。つぶさにご覧になって頂けば分かりますが、事故後の福島における検出結果は、プルトニウム三核種の合計で最大でも65ベクレル程度、つまり事故前とほとんど変わらないレベルでした。他の様々な主体が行った測定結果でも、このレベルから大きく外れる結果は出ていません。 さて、新聞報道は実にその最大値の約1万倍です。これは間違いなく大事件と呼ぶべき衝撃的なニュースです。もしこれが事実なら、福島民友はなぜこの超弩級の特ダネを一面トップで扱わないのか? 長らく、小さな地方紙の編集者であったコジローにはそのニュースセンスが到底理解できない。 日頃えらそうな朝毎読産を見返してやる絶好のチャンスじゃないか! ・・・ん~、もしかしたら、これは理科音痴の記者の間違いではないのか。デスクはこの特ダネをいったいどう判断したんだろう・・・ ちなみにセシウムなら、事故原発直近(大熊町・先のモニタリング調査データのNo.48地点)で最大1000万ベクレル近い測定結果があり、57万ベクレルでも驚くには当たりません。もちろん100年以上にわたり人が暮らせないレベルの、非常に深刻な汚染状態であることは間違いありませんが・・・ それで、探索を開始した結果、昨日になってこの新聞報道が、やはりプルトニウムとセシウムを取り違えた誤報であったことを伝えるあるブログを探し当て、それを元に福島民友に直接電話で照会して、誤報であることをたしかに確認しました。 以下が、それについての昨日のきっこさんとのツイッターでの会話です。コジロー@omosutakashi@kikko_no_blog 精力的な表現に敬意を表します。もうご存じかもしれませんが、木村真三さんが計測されたという57万ベクレルだったかのプルトニウムの件は誤報だったようです→http://mak55.exblog.jp/17034131/きっこ@kikko_no_blog@omosutakashi 「福島民友」は現時点でも訂正記事を出していないようですが、そちらのリンク先の個人ブログに書かれている内容は裏付けが取れているのでしょうか?コジロー@omosutakashi@kikko_no_blog 早速のレス、ありがとうごございます。福島民友に直接電話して確認しました。ネットでは出ていませんが、本日付紙面の同じ掲載場所で誤報であった旨、掲示し訂正されたそうです。なお、この件では、結構沢山問い合わせがあったような雰囲気でした。きっこ@kikko_no_blog@omosutakashi わざわざありがとうございます。それにしても福島民友はなぜネットに訂正記事を出さないのでしょうか。情報は主にネット上で広まっているのですから、ネットに訂正記事を出さなければ意味がないと思うのですが。「大したミスではない」とでも思っているのでしょうか。コジロー@omosutakashi@kikko_no_blog 同感です。ネット上の問題の記事は今でも読めますがプルトニウムの部分がスッポリ抜けています。抜粋で元からそうだったのか誤報なので外したのかは判りません。ネットにも訂正を掲載すべしとの意見は伝えました。返事は明瞭でないですが否定はされませんでした。 ツイッターは140字限定ですから、細切れでこんなやりとりになります。で、きっこさんは、以下のツイートを、あらためて10万人のフォロワーに発しました。 きっこ@kikko_no_blog「福島民友」が「2日に双葉町の町内で採取したコケから1キロあたり57万ベクレルのプルトニウムが検出された」と報じたため私はその記事をリンクして「57万ベクレルのプルトニウム検出」とツイートしましたが「福島民友」に問い合わせた人によると「セシウムの間違いだった」とのことです(続く)きっこ@kikko_no_blog(続き)問い合わせた人によると「福島民友」は本日付の紙面に訂正記事を掲載したそうですが、なぜか「福島民友」のサイトには掲載されていないのでネット上で訂正記事を確認することはできません。そのため私も訂正を確認していないのですが、取り急ぎ、以上の報告があったことをお伝えしておきます。きっこ@kikko_no_blog「福島民友」が報じた「57万ベクレルのプルトニウム」が「セシウム」の間違いだったのならホッとする‥‥って一瞬思ったけど「57万ベクレルのセシウム」だって恐ろしいよね。 最後のツイートはご愛敬でコジローも異議なしですが、きっこさんの態度はフォロワーと真実に対し誠実だと思います。なお、福島民友に対しては、改めて同社のホームページに訂正記事を掲載するよう、コジローの本名でメールを送り、要請しています。 さて、実はこの間、ツイッターの世界で接した誤解や疑問などについて、似たような指摘ややりとりを何度かやっているのですが、池田香代子さん(「世界がもし100人の村だったら」の訳者)は実に非常に誠実な対応で頭が下がりました。(これについてはまた機会を改めて書きます) 孫崎亨さん(いまのベストセラー「戦後史の正体」の著者)に、あるデータを紹介したときもそうでした。 一方、名前は挙げませんが、なんのレスもないオピニオンリーダーももちろん少なくはありません。自分の見解と異なる意見を受け入れられないのか、単にシモジモからの雑音に煩わされたくないのか・・・ そのなかにはこれまで信頼していた方もおられるのですが、こうした非常時にはその人の地金が現れるのかなあ・・・など、と、ちょっと寂しい気がしています。 ・・・ということで、最後に元気の出る映像(2分強)をひとつ。ん~、ちょっと、胸一杯になっちゃいました。 人間の善意を信じたいですね。町中でスターウォーズ では、明日も頑張りましょう。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年10月24日
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「きっこ」・・・で、分かる人は分かると思うのですが、「きっこのブログ」(以前は「きっこの日記」)という、恐らく日本で最も良く読まれているブログのひとつを書いているカリスマブロガーで、俳人でもある女性をご存じでしょうか。 頭の回転が非常に速い方なのでしょう、ブログを中心に表現をしていたときは、実に内容の濃い長文のブログを、長時間の労働と家事を終えてから連日更新する頭脳と文章力の凄さにただただ驚嘆したものでした。 そのブログには、古典文学や天文学など多くの分野にわたる恐るべき博識、社会や政治への鋭い批評が満載され、でありながら女性らしい柔らかな感性やひらめきが随所にちりばめられていて、しかもそれが、テンポの良い軽快な言葉で巧みに綴られています。多くのファンがつくのも当然と納得。コジローは一本読んだだけで魅せられ、最初から全部読めるならと、分厚い単行本になった3冊のうち入手可能な2冊をただちに取り寄せて読みました。 で、これだけ読まれるなら、そのブログや文才を使って生活すれば良さそうなものですが、ご本人にはそんな気はさらさら無いようで、本業のヘアメイクに従事しておられましたが、厳しい仕事の割に収入は不安定で、病気がちのお母さんを抱えての極貧生活(失礼)。 ですが、そうした厳しい生活に立ち向かいながら、身の回りの小さな出来事に日々喜びを見いだして、明るく真っ直ぐに生きる自立した女性の姿がブログの端々からじわっとにじみ出ています。これが、街の片隅で貧しく目立たず暮らす多くの若い女性たちの共感を呼び、熱烈に支持される理由なのでしょう。ふと、戦前の流浪の作家、林芙美子の若い頃を想起したりもしました。 そして3.11、福島第一原発の過酷事故でお母さんが精神的に変調を来し、ご自分も危険を感じて、ほとんど無一物で西へ疎開。流れ流れて、いまは恐らく九州と思われる農家に身を寄せて、農業の手伝いなどをしながら暮らしておられます。 そんな環境で、いまはツイッターが表現の中心ですが(約10万人がフォロー、・・・やはりカリスマはカリスマです)、相変わらず鋭い社会批評を繰り広げておられます。そのきっこさんと、以下のようなやりとりがありました。まず、10月21日、きっこさんがこのようなツイートを発しました。きっこ@kikko_no_blog「 福島県双葉町で57万Bq/kgのプルトニウムを検出 」の記事を投稿しましたhttp://j.mp/XFzs55 #r_socialnewsきっこ@kikko_no_blog福島県双葉町の団地の前で57万ベクレルの「プルトニウム」を検出→http://amba.to/SbALHu 「セシウム」ではなく「プルトニウム」ですよ。きっこ@kikko_no_blog事故直後の御用学者「プルトニウムやストロンチウムは重いから福島原発の敷地外には飛ばない」、何十キロも離れた場所で事故由来のプルトニウムやストロンチウムが検出されると「微量だから人体に影響はない」、で、今、双葉町で「57万ベクレルのプルトニウム」が検出された件についてコメント待ち。きっこ@kikko_no_blog@herobridge ソースはこちらの新聞記事ですよ。拡大して読んでください→http://amba.to/SbALHuきっこ@kikko_no_blog@herobridge 木村真三准教授が出演していたEテレの「放射能汚染地図」では、採取した土壌の土などを大学の研究室の測定器で分析して複数の核種を計測していましたので、同様の分析をしたのだと思います。きっこ@kikko_no_blog@herobridge 今、手元に資料がないのでアバウトで申し訳ありませんが、去年、高濃度のストロンチウムを含んだ汚染水が大量に海に流出した事故がありましたよね。あの状況ひとつを見ても、大気中には相当量のストロンチウムやプルトニウムが飛散していると推測されます。きっこ@kikko_no_blogプルトニウムやストロンチウムを計測することは可能なのに、なぜ政府は計測しないのか。答えは簡単。計測したら大半の農産物や水産物が出荷できなくなり、東電に莫大な損害賠償責任が生じてしまうから。きっこ@kikko_no_blog何よりも恐ろしいのは、放射性セシウムだけを計測して「基準値以下だから問題なし」として出荷・流通されている数多くの食材のほとんどに「計測すらされていないプルトニウムやストロンチウムをはじめとした10種類以上の放射性物質」が付随していること。 木村真三さんは、コジローが以前、このブログでも激賞したNHKのドキュメンタリー「ネットワークでつくる放射能汚染地図」の主役。3.11当時、厚労省の放射線防護関係の職場に勤めておられましたが、事故直後に福島に入って放射能を測定しようとしてそれを禁じられたため、即日その職を辞して、NHKのプロデューサーとともに現地に飛び込んだ人です。データについての評価はともかく、観測データ自体はもちろん信頼できる方ですが、その人が双葉町で平米当たり57万ベクレルのプルトニウムを検出したという。 これには参りました。コジローにしてみれば、セシウムならともかく、プルトニウムでこの突拍子もない数値はあり得ないことで、激しい衝撃を受けました。チェルノブイリと福島は、プルトニウムやストロンチウムによる汚染の深刻さにおいて桁違いに違うというのが、コジローがこれまで勉強して到達した福島第一原発事故の評価でしたから、もしこれが事実とすると、その認識が根本的に間違っていたことになります。もちろん、放置は出来ません。 2に続く ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年10月24日
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母が入院して久しい。和歌山市に住む私と堺市に住む妹が訪ねる距離を考慮し、その中間に終の棲家と定めて暮らし始めた施設で、くも膜下出血に襲われたのは5年前の初夏のことだった。 現役時代は看護婦として長く勤めた人であり、その症状の特徴も知っていたのだろう、倒れてなお意識があった間、駆けつけてくださった施設の職員たちに、自分が陥っている事態を自覚して「脳溢血の発作」と告げていたという。 症状は深刻で、私たちは駆けつけた病院で執刀直前の医師から血痕が広がる脳のCT画像を示され、最悪の事態もありうることを告げられた。夜半に始まった手術は夜が明けきってようやく終わり、医療スタッフの皆さんの立派な仕事のおかげで母は半ば腰を浮かせていた旅立ちから蘇生した。 あの状態から生命を繋いだ医療技術は本当に凄いと思う。その技術を適切に行使し、私たちにとってかけがえのない人を生き延びさせてくださった医療スタッフの皆さんに深く感謝もしている。しかし蘇生の代償として、母の身体機能は著しく衰え立って歩くことは不可能になった。 以来母は、入退院を繰り返し、また症状も一進一退を繰り返しながら、全体としては徐々に坂を下るように身体機能を低下させていった。自力では食物を口に運ぶことが出来なくなり、視力が衰えてやがてはほとんど見えなくなり、言葉が次第に不明瞭になっていった。近い将来に約束された最期に向かって、ただ生命維持のために不可欠な最低限の身体機能と意識のみを残して余計なものを次々に切り捨て、ひたすら「無」なる存在に帰一してゆくように、母は時を追って希薄になってゆくのだった。 今夜、仕事後に訪ねた際、母は酸素吸入を受けていた。くも膜下出血直後を除き、これまで5年間にはなかったことだ。いつものように声を掛けるが、返ってくる言葉は全く不明瞭で意味が取れない。ただ、ほとんど見えない両目がかすかに開いて何かを訴えるように私を見つめ、ベッドの柵に拘束された右手をほどくと、弱くとも確かな力が私の右手を握り返すことで、ベッドの傍らに立つ私のことを確かに認識していることがわかる。長年わずらったリウマチで恐ろしく曲がったか細い指から、確かな命の証しである体温がゆるやかに伝わってくる。 人間は、生きるのも大変だが、死ぬのも本当に大変なのだと思う。 酸素吸入の訳を当直の看護士に尋ねてみたところ、全身状態が落ち血液検査の結果も思わしくなかったため、それに対処したとのこと。明日、もう一度ここに来て主治医の話を聞くよう勧められたのでそれに従うことにして病室に戻り、母の耳元で今夜の別れを告げた。母がそれを理解したかどうかは分からない。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年10月09日
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(ご訪問、ありがごうございます。この記事は連載の4回目になりますので、おそれいりますが、1からお読みください。) ここまでややこしい計算をしてきたが、実はデータを書き込むだけで簡単に被曝線量を計算できるサイトは結構ある。たとえばこちらはスマートフォンでもアクセスしやすいのが売り、こちらは、世界の一応のコンセンサスとなっているICRP(国際放射線防護委員会)勧告だけでなく、かなり過激な反原発運動グループとして知られるECRR(ヨーロッパ放射線リスク委員会)が採用する基準値でも計算できるのが特徴。 ECRRは内部被曝は同じ線量の外部被曝より600倍危険などと主張しているが、今回のカルパッチョの計算ではICRP基準で出した先の数値の約5倍と比較的おとなしいもので、ここまで書いた内容を修正するには及ばない結果だった。 また、以上に関連して、自然の放射能は無害だが人工の放射能は有害といった論や、低線量被曝の方が危ないといった論があることは承知しているし、その可能性を全否定もしないが、いずれもこれまでコジローが調べた範囲では科学的検証に耐えるだけの論拠は見つからなかったことから、先の計算では考慮しなかったことを付言しておく。 ん~、それにしてもだけど、比較的おとなしいβ線やγ線を出す人工のCsより、強烈なα線を出す自然のポロニウムの方が安全って、どうしても思えないけどなあ・・・ ま、それはさておき、こうした論に加えて、ある種の微生物やサプリメントや特別な食べ物が放射能を消すといったオカルトまがいの有害な珍説についても、いずれ機会があったら書こうと思う。 ともあれ、日本ではこれから長期間、こんなサイトも利用して身の回りの放射能とそのリスクを考えてゆくしかないのだが、どんな理屈どんな計算でそんな数値がでるのかを理解しないと、科学リテラシーに裏付けられた放射能との正しいつきあい方はできないと考えて、あえてややこしい計算につきあっていただいた。でもまあ、理屈さえ理解すれば、あとは携帯に付属の電卓でも十分可能なかけ算わり算なので、データのソースもすべて開示していることだし、ぜひ追試で検証してもらいたい。(ただし計算に際しては単位と桁数に注意!) さて、このように書いたからといって、放射能が安全などと主張するつもりはもちろんない。どんなに小さな被曝でもDNAが傷つくリスクは排除できないから、余計な被曝は限りなくゼロに近づけることが望ましい。しかし、地球上で暮らす限り元々一定程度の被曝は避けられないし、なんともイマイマしい話ではあるけれど、東電が垂れ流した放射能はもう世界中に拡散していて汚染を完全に免れることも難しい。とすれば、敵の姿を正しく掴んで賢く効果的に対応するしかない。 そのためには、なんといっても最低限の科学的リテラシーが必要だ。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ではないが、やみくもに恐れることは敵の正体を見誤らさせ、時間やコストや仕事や、そしてあるときには人間関係や善意まで含め、いずれも有限な資源を無駄遣いしたり喪失したりすることに通じる。より危険と思って対処する方が被害が少なくて済むというのは正論だがそれも程度問題であって、真の「予防原則」はリスク評価を正確におこなったうえでの、その時点で「可能な限り合理的に達成可能」な行動原則であり、こうした科学的リスク評価抜きの現実逃避を正当化する論拠にはならない。 最後に、そうした科学的リテラシーを高める上で最適の資料を以下に紹介。まず一番オーソドックスというか、標準的にこの程度の知識は最低必要という内容を分かりやすく解説したのが学習院大学教授の田崎晴明さんがネットで読者と交流しながらまとめた『やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識 』。これは、元がホームページなので、今でも読めるようになっているのがありがたい。高校生程度の理解力があれば読めるだろう。まずイチオシだ。 次いで、高校生程度はちょっと・・・(^_^;)、と思われる方には、立命館大学名誉教授の安斎郁郎さんによる『原発事故の理科・社会』を勧めたい。入門程度の常識がコンパクトにまとまっている。ただ、これだけでは例えば「マグロのカルパッチョの放射能」を計るには不十分なので、卒業したら引き続き田崎本にチャレンジして欲しい。 最後に極めつけが菊池誠大阪大学教授による6時間講義。放射能と付き合うためには物理学の基礎的な素養が不可欠で、そうした知識はせいぜい1時間半程度の断片的な講演を聴いているだけでは補えない。この菊池さんの講義、時間は長いが、聴衆と問答しながらのお話なので退屈はしない。放射能との闘いというか、強いられた付き合いはこれから先も長い。敵を理解し敵を語るために、最低限の物理のイロハは、腰を据えて学ぶ覚悟が必要だと思う。 以上で一応この件は終わりです。考え方や計算の間違いがあればぜひ指摘してください。それから反論も歓迎しますが、その場合は水掛け論にならないよう、単なる意見ではなく必ず科学的な論拠を添えてくださいますようお願いします。また、このようなブログを書くと、往々にして「御用ナントカ」とか「○○カルト」とかのレッテル張りがあるのですが、この類の書き込みは即刻消去します。書く方、消す方、お互い時間の無駄ですのでご遠慮ください。ま、消す方は読みもせずクリック一発ですので、たいした時間ではありませんが。 ではまた。 1はこちら,2はこちら,3はこちら ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年10月03日
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さて、また元に戻って計算だ。預託実効線量の計算式は一般に以下で示される。預託実効線量 = 放射能濃度(Bq/kg) × 実効線量係数(Sv/Bq) × 摂取量(kg/日) × 摂取日数(日) × 市場希釈係数 × 調理等 今回の場合「摂取日数」は1日、また「市場希釈係数」や「調理等」は放射性物質が低減する計算要素なので、安全側に配慮する観点から今回は無視することにして、先の計算式に数値を代入すると以下のようになる。なお、Cs-137の成人における実効線量係数つまり摂取した放射線量1Bqあたりの被曝線量値(mSv=ミリシーベルト)は1.3×10の-5乗mSv/Bq、そしてCs-134が1.9×10の-5乗mSv/Bq・・と、あっさり書いたが、10のマイナス5乗の意味がわかるかなあ。簡単にいえば100000(10万)分の1の意味。書き直せばCs-137の実効線量係数は1.3の100000分の1で0.000013mSv/Bq、Cs-134は1.9の100000分の1で0.000019mSv/Bqということである。 ん~、ゼロが並んでややこしいが、アボガドロ定数(6.02×10の23乗)ほどではないし、だいいちこのブログの書式では10の右肩に「べき数」(乗の数)がうまく乗らないし、今回はこっちを使おうか。 あ、ここで採用した実効線量係数は経口摂取での数値、他の線種についてはこちらなどを参照。 ということでさあ、いよいよ計算だあ。(^o^) コジローが召し上がった昨日のマグロ(ヨコワ)カルパッチョの預託実効線量=Cs-137の放射能濃度(12Bq/kg)×実効線量係数(0.000013Sv/Bq)×摂取量(0.03kg)=0.00000468mSvとCs-134の放射能濃度(8Bq/kg)×実効線量係数(0.000019Sv/Bq)×摂取量(0.03kg)=0.00000456mSvの合計で0.00000924mSv(=9.24×10の-6乗mSv)ということになる。 計算、これで合ってると思うのだけれど、すでに述べたようにこれは、安全側に配慮して、恐らくは放射線量を実態より相当大きく見積もった数値である。これ以上の被曝線量は考えられないが、さて、問題はこれがいったいどの程度の内部被曝なのか。 ひとつの参照対象として「自然放射線源からの年間実効線量」(上図)がある、これによれば自然放射線源からの年間被曝量は2.4mSv、うち吸入と経口摂取による内部被曝は合計1.55mSvになる。これを365日で割ると一日あたり0.0042mSv、コジローが昨日食べたカルパッチョの最大に見積もった内部被曝線量0.00000924mSvはこの0.22%になる。それだけ自然状態に追加して被曝したことは間違いない。 関連していえば、経口摂取する自然放射線核種の主役はカリウム40だが、150gのバナナ1本を食べればそれに含まれるカリウム40で0.0001mSv内部被曝することがわかっている。先のカルパッチョ線量をバナナ換算すれば16.2g、つまりバナナ1本のおよそ10分の1を余分に食べるのと等しい被曝程度ということだ。これを「怖い」と感じるか、それとも「怖くない」と感じるかは、まあ個人の感性の問題であって理屈で説得できるものではないし説得する気もないが、コジローとしてはまったく意に介する必要はないと思う。 さらに参照対象としてタバコの話題。最近、タバコに含まれる放射性物質による内部被曝が再び注目を集めており、米国政府環境保護庁が規制に乗り出す動きを見せている。ここで焦点となっている放射性核種は鉛210とその崩壊核種でもあるポロニウム210だ。 ポロニウムはキュリー夫妻が存在を予言して母国ポーランドにちなむ名を付けた元素で、ウランの100億倍の猛烈な比放射能(単位重量あたりの放射能の強さ)を持ち、その97%はタバコからフィルターを通過して気管支分岐部に吸着し、重戦車の突進にも例えられる破壊力のα線を出すことがわかっている。すでに30年前には日本の国会でもこの被曝の危険性についての質疑がなされているが対策は一切とられていない。しかし、日本の厚生労働省もようやく(財務省の抵抗を押し切って?)この8月、喫煙によるポロニウム暴露の被曝量について、毎日30本の喫煙習慣の人で年間80mSvに達するとの研究報告があることを正式に認めて報告した。 ということで、また計算だ。仮に先の研究結果が正しいとすると、年間80mSvの被曝量を30本×365日=10950本でわり算して得た0.0073mSvが、喫煙一本あたりの内部被曝線量という計算になる。これは、コジローが食したカルパッチョの実に790倍(0.0073÷0.00000924)の線量に相当する。つまり、このカルパッチョのマグロ部分のみでも一気に23.7kg(30g×790倍)、まあ、マグロばかり選って食べるような下品な真似をしたらヒンシュクを買うこと確実なので、タマネギなども適宜交えつつ少なくとも40kg位は食べないと、タバコ一本に含まれるポロニウムという単一核種の内部被曝線量にも届かない。 カルパッチョがどうってことないのか、それともタバコの内部被曝がかくも凄まじいのかの評価は別として、今判っている科学的根拠に基づく計算では両者の被曝の程度には、このくらいの差があることになる。 →4に続く ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年10月03日
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ということで、また回り道をしてしまったが、先に紹介したサイトから、エクセルデータの「水産物の放射性物質調査(一覧表)」を本日(10月2日)時点の最新更新日9月28日からチェックしてみる。エクセルデータの魚種等の欄の右肩をクリックすると、調べたい魚が絞れるので、クロマグロとクロマグロ(メジマグロ)を選択するとクロマグロ9件メジマグロ2件の計11件がヒットする。ちなみにメジマグロはヨコワの関東名だ。 だが、これではデータ数が少なすぎるので、クロマグロの仲間まで対象を広げ、メバチ、ビンチョウ、キハダ、マカジキまで含めて検索すると266件がヒットする。この266検体から検出された放射性物質の状況は191点(71.8%)が検出限界未満(ND)、セシウム(以下「Cs」)を検出した検体中、最大値はクロマグロに限れば1kgあたり3.4ベクレル(以下「Bq/kg」)、全体では5.5Bq/kg(マカジキ)が最大だった。 ついでながら、水産物で100Bq/kgの基準値オーバーが出ているのは、出荷が規制されている福島県沖産を除けば主としてイワナやヤマメなど内水面の魚とアイナメやカレイなどの底生魚類に限られている。時間がおありなら、ぜひ、この膨大なデータをざっと眺めて、現況がどんな感じが掴んでもらえたらと思う。 ただ、先のデータを計測した機器の精度にはバラツキがあり、同じNDであっても今回の測定器では検出限界値が最大のもので20Bq/kgとなっている。マカジキの5.5Bqはたまたま精度の高い測定器だから検出されただけで、もし検出限界20Bqの測定器であれば「検出限界未満」と報告されていただろう。つまり、このNDデータの中には、最大で20Bq/kg近い検体が隠れていた可能性を排除できない。 ということで、実際に測定された最大値の4倍近いが、より安全を見込んで、我々が食したヨコワは宝くじに当たるような「不運さ」でたまたま20Bq/kgであったとし、放射性物質の同位対比は、この調査結果を見たところCs-137とCs-134がざっくり3対2程度であったことから、20Bqのうち前者が12Bq、後者が8Bqを占めたと仮定することにする。 次いで、そのヨコワをどれだけ食べたか。もちろん正確に計ったわけではないが、大皿にタマネギなどとともに盛られたヨコワはざっと目測100g程度、それを4人で分け合ったから、まあ一人あたり30gを食べたとしよう。そこで、20Bq/kgのヨコワ30g(=0.03kg)を食べた場合に、これに含まれていた放射性物質が人体に与える影響、つまり預託実効線量を計算してみる。 ここで念のためまた少し寄り道だが、預託実効線量とはある放射性物質を体内に取り込み内部被曝する場合、取り込んだ瞬間からの被曝線量を成人なら50年、子供なら70年にわたる積算値で表現した数値だ。だから、内部被曝は外部被曝と異なり体内で放射線を出し続けるから、同じ線量でもより危険だという批判は、預託実効線量の考え方や計算方法を理解していないか、そうでなければ言いがかりに過ぎない。 ちなみにCs-137が半分に減る物理的半減期は約30年で、半減期が10回繰り返されると計算上、元の放射性物質の量は2の10乗分の1つまり1024分の1となり、まあ、ほぼ消えたとみなしてよいレベルになる。環境中の原発事故起源のCs-137がほぼゼロとなり、原状が回復できたと評価できるようになるまでには、30年×10倍=300年もの時間がかかるわけだ。 だが、体内に取り込んだ場合は代謝や排泄で体外に出されるため、成人で約70日、子供は約20日で半減する。これを生物的半減期というが、先の計算を当てはめれば、Cs-137なら成人で70日×10半減期=700日、子供なら同じく200日でほぼ体内から消える勘定になる。福島原発事故直後に取り込んだCsは大人では間もなく消滅するし、子どもはすでに残存していないはずで、今後、追加しての摂取を注意深く避けることができれば、内部被曝は確実に抑えられる可能性がある。 この減衰の速度からすると預託実効線量が想定する年数は長すぎるように思われる。しかし一方、ストロンチウム90やプルトニウム239の生物的半減期はいずれも50年で、預託実効線量が想定する成人の年数が経過してもなお半分はまだ体内に残り、放射線を発し続ける。ありていに言えば、これらの放射線核種を摂取すればもう死ぬまで縁は切れない。我々がこれからも戦い続ける主敵がCsであるのは、ストロンチウムやプルトニウムにも深刻に汚染されたチェルノブイリと比べれば遙かに戦いやすいと言っていいだろう。 →3に続く ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年10月03日
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昨日2日、ある集まりの打ち上げとなる酒席で「マグロのカルパッチョ」がテーブルに出た。それを見たコジローの友人が「怖いけど・・」と漏らしたので、つい反射的に「怖くないッ」とその場で即座に否定して、瞬間、座が白け、ちょっと申し訳ない思いをしたのだが、これについて少し突っ込んで検証してみる。いうまでもないが、このときの「怖い」「怖くない」はマグロの放射能汚染についての感じ方だ。 で、このブログにつけたタイトルなのだけど、「シーベルと」は「調べると」の「ふりがな」表記のもじりと察してくれたらうれしいんだけどなぁ・・・、ま、無理にとは言いませんが・・・(^_^;) ただ、その検証の前に二つだけ断っておくことがある。まず、コジローは原子力や放射能についてはズブの素人の文科系人間で、これらについては高校物理程度の知識しかない。地球温暖化問題に取り組む市民センターの代表という立場から、原発に代わるエネルギーなどについて話す機会が多く、必要に迫られて原発周辺の事情についても相当勉強はしてきたつもりだが、門外漢であることに違いはない。だから、以下の検証はその程度の知識での試算にすぎないので、間違いがあれば指摘していただけるとありがたい。 もう1点、結論から言えばコジロー、マグロのカルパッチョの放射能はぜ~んぜん怖くないが、マグロの絶滅については深い焦燥感を伴って「怖い」と思っている。店員に確認したところ、くだんのカルパッチョに使用されたマグロの種類はヨコワという。ご存じかと思うが、ヨコワはクロマグロの関西における幼名だ。 クロマグロは6歳くらいで成熟し100kg近くになるが、ヨコワはその1歳魚で3kg程度にすぎない。つまり、人間でいえばせいぜい2~3歳の幼児を食ってる感じなのだ。繁殖能力を獲得する前の幼魚をこんなに乱獲してクロマグロ資源が枯渇しないはずはない。いや「資源」などというのは人間の思い上がりなのであって、こんな無茶を続けていれば海洋生態系は遠からず崩壊してしまうのではないか。それが心底怖いと思うのだ。 ウナギはすでに絶滅が危惧される種となり、大西洋のクロマグロもワシントン条約で商業取引が禁じられようとしている。危機はまさに目の前にあるのだ。今回のテーマからは外れるのでまた次の機会にでも詳しく取り上げたいが、関心のある向きは、三重大准教授の勝川俊雄さんが書かれた『漁業という日本の問題』を読まれるか、そのテーマでのインタビュー記事を参照されることを強くおすすめする。背筋がひやっと冷たくなるような思いをするはずだ。 さて、ここから元に戻ってカルパッチョの放射能の話だ。まず、ヨコワにどの程度放射性物質が含まれているかを調べてみる。食品全般について、放射性物質の検査が広範に行われているが、水産物については水産庁のサイト内の「水産物の放射性物質調査の結果について」のページに測定データが随時更新されているので、ここから入る。 で、またあらかじめお断りだが、この種のデータが信用できないという人がいる。サンプリングの仕方や検査方法については、「水産物の放射性物質検査の基本方針」で公開されているのでご確認のうえご意見をいただきたいのだが、そんなレベルじゃなく、お上のすることは方法も人間も信用できないしデータはねつ造かもしれないという。こうなればもうお手上げで科学的な議論は成立せず、ただ断片的な情報から得た印象を言い合う神学論争になってしまう。だが、全都道府県の技術者も大勢参加して積み上げているこの膨大な分量のデータを日々ねつ造し、そうした不正行為がどこからも誰からも永遠に漏れないようにするなど果たして可能だろうか。 この種の陰謀論を唱える人たちに共通するのは、政府なり国家権力なりが、巨大な陰謀を展開しその証拠をかけらも残さない、まるで神の如き全能の力を有すると仮定することだ。たしかに、そうでなければ壮大な陰謀は成立しない。だが、なんのなんの、「原子力ムラ」と揶揄されるこの国の支配的エスタブリッシュメントたちが、あの福島原発事故でどれほど狼狽しパニックに陥り、いかに無能かつ無力だったかを思い起こせば、そんな神通力など備えていないことは一目瞭然ではないか。陰謀論は、当の陰謀の仕掛け人と目される人々を天まで高く持ち上げている点だけでもすでに破綻している。 2に続く ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年10月03日
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周知の通り、尖閣列島の領有権をめぐり日中間に深刻な亀裂が広がっている。日系の商店や日本車を襲撃した反日デモは中国当局の思惑もあって峠を越えたようだが、日本製品の不買運動は根強く広がり、日本から中国への輸出では通関での意図的な遅れも出ている。 こうした事情から、日本企業のなかには休業や撤退に追い込まれたところもあり、トヨタも中国での生産を当分ストップすることを決めた。こうしたなかで日中国交回復40周年の記念式典も中止。昨日は役者が代わって台湾の漁船や監視船が尖閣周辺に繰り出し、今日26日、ニューヨークで開かれた玄葉外相と中国の楊外相と会談も物別れに終わっている。 この騒ぎで、疑問に感じることがいくつもある。まず、この騒動の原因を作った者の責任を不問にしておいて良いのか。いうまでもない、コトの発端は石原慎太郎という落ち目の政治家のスタンドプレーだった。尖閣は日中の喉に刺さったトゲだが、そっとしておけば日常生活に支障はなかった。だが石原は、そんなデリケートな古傷を人気目当ての不潔な手で乱暴にもてあそび、起こるべくして日中関係は深刻な炎症に陥った。 まさに絵に描いたような軽挙妄動なのだが、「アホなことするな!」と一喝してこれを諫めるオトナの正論が野田内閣はおろか、与党に加え自民党の有力な政治家のただの1人からも出なかったのは一体どうしたことだ。それどころか、石原に代わって国が尖閣を買うなどというビックリ仰天の結論に至ってしまったのだから、呆れるというよりこの国の指導者たちのあまりの外交センスの貧困に絶望的に悲しくなる。これでは、石原の幼稚な妄動を国家として追認するだけではないか。 尖閣に群がる政治家どもは口を揃えて「国益」を声高に主張するが、いま日中関係の悪化による経済的打撃が莫大に蓄積していることから、現に毀損されている「国益」については一体どう考えているのか。トヨタやホンダが儲けるのが単純に「国益」とイーコールとは思わないのだけれど、大損を強いられているトヨタその他の諸企業やその利益代表である経団連は、なぜこうした事態を招き大損害を与えた確信犯である石原慎太郎に対し損害賠償を求めないのか。 今日の外相会談に先駆けて行われた外務事務次官の協議では、日本側が尖閣国有化について「石原が買うより国が買う方がマシ」と説明したそうだが、中国側はまったく取り合わなかったという。まあ、そりゃそうだろうと素人でも思うのだが、そんな説明で判ってくれると、たとえつゆほどでも考える神経のおめでたさが救いがたいのに加え、両国関係を決定的に悪化させかねないこのような重大な行為について、事前に水面下での打診もしていなかったとすれば、いったい、この国に外交なんて高度な政治機能は果たしてあるのか。 相手の意向も反応も調べず、従って成算もなく成り行き任せにコトを運んで、相手が怒ってもめれば「力で来い」と凄んで済むならガキのケンカと同じで、外交など必要ない道理だ。何とも言えぬイヤな既視感(デジャヴ)にとらわれるのは、これが柳条湖の謀略から満州事変、シナ事変、そして真珠湾へと勝算もなく、成り行きで泥沼の戦争にのめり込みこの国を焦土と化した日本軍国主義のおぞましい過去を思い起こさせるからだろう。 最後にひとつ。この間、くだらない領土問題で世間が騒然としている間に、政府の革新的エネルギー環境政策に曲がりなりにも盛り込まれた原発ゼロは閣議決定も回避されて空文句同然となり、国会承認もないまま原子力推進派が委員を独占して原子力規制委員会がスタートした。一方、米国の自動車業界はオバマ政権の全面支援を受けて、トヨタやホンダが立ち往生して出来た市場の空隙を狙い中国市場への進出を強めている。石原が点火して燃え上がった尖閣の炎がその煙幕の内に何を隠し、誰を利したかはもはや明らかではないか。日本がピエロを演じる三文芝居はもうやめにしてもらいたい。←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年09月26日
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今日9月9日は「重陽の節句」。古来、菊をめで不老長寿や無病息災を祈念してきた日だが、その日、沖縄では、住民の今後の息災を危うくする恐れがあると懸念する人々が、米軍普天間基地(沖縄県宜野湾市)への垂直離着陸輸送機オスプレイ配備に反対する県民大会を、宜野湾海浜公園多目的ひろばで開催、主催者発表で10万1千人が参加し、「沖縄県民はこれ以上の基地負担を拒否する。オスプレイ配備計画の撤回と普天間基地の閉鎖・撤去を要求する」と決議した。 この大会は県議会が超党派で開催を呼びかけたもの。普天間基地がある宜野湾市のほか石垣市、宮古島市で同時開催された。代理2人を含む県内41全市町村長が参加したが、仲井真弘多知事は「市民運動と行政責任者の行動は少し違う」として参加しなかった。その代わり、「安全性が証明され、県民の不安が払拭されない限り配備に反対」とするメッセージを寄せたが、日本共産党が現場から生中継した映像では、不参加に抗議する集会参加者の怒濤のようなヤジで、ほとんど聞き取れなかった。 仲井間さんという人の政治的本質は対米従属で、ホンネはオスプレイの配備はもちろん普天間基地の辺野古移設も賛成なのだけれど、県民の総意が圧倒的に反対だから保身のためにそのホンネを表明しないだけだ。そういった意味で今回の態度にも今さら驚きはしないのだが、そこに沖縄のみならずこの国を支配する米国に媚びを売る底意というか奴隷根性がくっきり見え透いて白ける。大会参加者はそのことを敏感に嗅ぎ取って罵声で応じたのだろう。 しかし、それにしても、この国の政治家はなぜ米国に対しかくも卑屈なのか。そのように漠然と感じる人は多いと思うが、実はこの点に日本の政治構造を理解する上での肝心要の焦点がある。そうした観点からは、元外務省国際情報局長の孫崎亨(まごさきうける)が先月末に出版した『戦後史の正体』は必読の文献だ。孫崎は豊富な史料から日本の戦後政治史を米国からの圧力を軸に、それを積極的に受け入れた対米従属派と自主独立派の対立として丹念に描き出している。 対米従属に至る動機や民衆の闘争の評価など、もっと掘り下げが必要と思われる部分もあるが、孫崎の叙述は一貫していて説得力がある。孫崎によれば、終戦後の軍事占領と本質的に変わらない今日に至る米国の日本支配は、それを吉田茂が唯々諾々と受容したことに始まり、以後、これを少しでも修正しようとした自主独立の政治家は、ことごとく政治的に葬られてきたという。 ここで孫崎が挙げる自主独立派の政治家は、重光葵(まもる)、鳩山一郎、石橋湛山、芦田均、岸信介、田中角栄、細川護煕、そして鳩山由紀夫らだ。『戦後史の正体』では、これらの政治家たちがいずれも、米国の支配に不都合な政策を選択しようとしたことで虎の尾を踏み、古くは占領軍による公職追放、近くは汚職スキャンダルやCIAがらみの大衆運動を仕掛けられ葬られたとしている。菅直人についての評価はないが、TPP参加表明で米国の歓心を買いながら、脱原発を口にした途端、四面楚歌の菅降ろしに包囲され追い落とされた経過を見れば、やはり反核が虎の尾であったのかも知れない。 米国は、在日米軍という圧倒的な暴力装置を配備して日本を実力で支配している。一方、暴力に並ぶもうひとつの実力であるカネを独占する財界は、米国の世界支配の元で利益を最大化する道を選択してきた。そうした国で、米国の利益を阻害しては政治生命を全うできない。それが、この国の政治に携わる者の健全な常識ということなのだろう。周知の通り、野田佳彦は米国の傀儡と評していいほどのベッタリぶりだ。 孫崎は、今に至るこうした惨めで奴隷的な日本の始原は、占領軍に魂を売った吉田茂の腰抜け外交にあったと切り捨てる。米軍が今も日本の領土に厚かましく基地を置き、武力支配する法的根拠は日米安保条約にあるが、それは今から61年前の昨日9月8日、サンフランシスコにある米軍基地の下士官クラブ、つまり下っ端士官が酒を飲む場で、米国の上院議員と吉田首相が署名して調印されている。 理解されるだろうか、場所も場所なら、調印の相手も相手だ。米国は日本に自由に基地を置き、改めて武力支配する条約を結ぶに際して、調印の場所など場末の酒場で結構だし、日本の元首の相手など上院議員で充分と考えていた。ま、全知全能だった占領軍の感覚としてはそうだったのだろうが、腰抜けの吉田はこの屈辱に対して苦情ひとつはさまず、膝を屈して日本の独立を米国の前に投げ出したのだった。 それこそが、今に至る対米奴隷状態の始まりなのであって、こういう人物を世間では売国奴などと言うのだが、NHKは安保条約調印61周年に当たる昨日、『負けて勝つ』という名で吉田茂をテーマとするドラマを放映した。まあ、コジローそこそこ忙しい人なのであって、こんな三文ドラマを観る時間も到底ないのだけれど、「戦後を創った男、吉田茂の激動の日々!アメリカの占領下、GHQと渡り合った誇り高き日本人たち」などという大時代なタイトルだけでも、とんでもない倒錯ということが分かる。原子力安全神話にも似た吉田神話というものが世間にはあるようだが、歴史に従い訂正するなら「負けて魂まで売る」「戦後を創った男、吉田茂の恥辱の日々!アメリカの占領下、GHQの手先となった最低な日本人たち」とすべきだろう。 なんだか寄り道しちゃったみたいだが、ともあれ、日本の戦後史を考える上で、米国の支配というのは、絶対に外せない視点だ。ここに紹介した『戦後史の正体』と、それからもう一点、半藤一利の『昭和史』は、ぜひ一読をお薦めする。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年09月09日
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9月7日金曜日、快晴、外気温25度。さすがに朝夕は日差しもいくぶんやさしくなり、その分だけ涼しくもなって、散歩もジョギングも快適だ。だが、地球レベルでは深刻な異変が静かに進んでいる。 宇宙航空研究開発機構・・・と正式名称で紹介するより、あの衛星「ハヤブサ」を飛ばしたJAXAといった方が分かりやすいだろうが、そのJAXAが8月25日、今年の北極海の海氷が観測史上最も小さい面積を記録したことを確認した。第一期水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM-W1)のマイクロ波放射計が観測した海氷データを解析した結果、北極圏の海氷面積は、衛星観測史上最小だった2007年(425万平方km)を下回り、8月24日現在で421万平方kmまで縮小したという。日本の面積が約37万平方kmだから、この時点で、ざっとその12倍くらいの広さだったわけだが、いまはさらに60万平方km減って10倍を切った。 北極圏では例年、9月中旬から下旬にかけて海氷面積が最小になり、10月からまた拡大し始めて3月初旬頃に最大になるサイクルを繰り返す。そのサイクルを表現したのがJAXAのサイトに掲載されている上の図で、これは毎日、「しずく」が観測した最新データを受けてリアルタイムで更新されており、いつでも同サイトの北極圏海氷モニターから確認できる。ここに掲載したのは昨日9月6日のデータだが、ご覧の通り、赤い線で表現されている今年の海氷面積の推移は、過去最少だった2007年(オレンジ色の線)を遙かに下回るラインで、さらに谷底へと落ち続けていることが分かるだろう。北極圏の海氷面積が400万平方kmを割ったのは人類史上初だが、今年はもしかすると300万平方kmすら割り込みかねない勢いだ。 さらに、実際の北極海氷の姿は、同じJAXAの別のページから、やはりリアルタイムで確認できる。昨日の状況が下の左側の図だが、右側の過去最少だった2007年9月24日の状況と較べても明らかに痩せていることが確認できる。今年、最も減少速度が速かったときは、1日で10万平方kmの海氷が消えたという。北海道だけではこの面積に届かず、ざくっと言えばさらに四国を加えた面積にほぼ等しい。それだけの広さの海氷が連日、日ごとに消えていったのだ。 さて、このようは北極海氷の急速な減少は何をもたらすか。白い北極海氷や南極の氷床は、地球を暖める可視光線の大半を反射することで地球のクーラーとなっている。ところが北極の場合、海氷が溶けて黒い海面が露出すれば、クーラーの役割を果たせないだけでなく、これまでとは逆に可視光線の大半を吸収することで熱源になる恐れがある。あまり愉快な連想にならない話だが、地球球温暖化で海氷が減少して海面が露出し、それがさらに地球温暖化を加速する悪循環、いわゆる「ポジティブフィードバック」が起きる蓋然性はかなり高い。 こうした地球規模の環境変化の影響はすでに現れており、この夏、世界で頻発した異常気象の大きな原因のひとつと考えられている偏西風の大蛇行は、北極海氷の減少に起因する可能性が高い。ナショナルジオグラフィック日本版9月号の特集はズバリ「異常気象」だ。gooのサイトで同誌による米国の熱波についてのレポートが紹介されているので、ぜひご一読いただきたい。TPPなどを通じ日本への農産物輸出に血眼になっている米国だが、いつまで食料輸出国であり続けることが出来るのだろう。農業ほど気候に依存する産業はない。その足下は実は非常にもろいのだ。 世界はいま深刻な危機に直面し、真っ黒な奈落に向かって日々下り坂を転がり落ちている。北極海氷の急激な消滅は警鐘を激しく乱打しているのだが、この現象から海底資源探査や北極航路開設に絡む利権にソロバンをはじく連中には聞こえない。人類とはなんと度し難い生物なのだろう。ところで、あまり報道されないが、バンコクでは6日まで、年末にドーハで開かれる気候変動枠組み条約第18回締約国会議に向けた準備会合が開かれていた。気候ネットの平田仁子さんが現地から詳細な通信を送ってくださっているので、それを参照されたいが、困難な中でも地道な努力は続いている。希望を失わないようにしたい。まずは関心を持ち続けることからだ。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年09月07日
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いささか旧聞に属する話題になってしまったかもだが、福島市議会(粕谷悦功議長)は8月24日、公益財団法人日本生態系協会の池谷奉文同協会会長が不適切な発言をしたとして、これへの対応をめぐる経過を明らかにした。 問題になっているのは、7月9日に同協会が東京都内で開いた「日本をリードする議員のための政策塾」という催しで、講師を務めた池谷奉文会長が「福島の人とは結婚しないほうがいい」「今後、福島での発がん率が上がり、肢体の不自由な子どもが発生する懸念がある」などと発言したこと。 福島民友の報道によれば、講演会には全国の地方議員65人が参加、同市議会会派「みらい福島」所属の4議員も参加しており、同会派は到底容認できないとして7月24日に発言の真意と根拠の提示を求める確認書を池谷会長に送付。これに対し、池谷会長からは8月3日付で、内部被ばくリスクについての資料を参照してほしい旨の回答書が返送されたという。 さらに、同市議会は一会派の問題ではないと判断。記者会見を開き、これまでの経緯と今後の対応を報告することを決めた。一方、同協会の担当者は「池谷会長本人は発言していないとしている」と事実無根を主張。今後、弁護士と対応を検討するとしていた。 発言が事実とすれば非常識もきわまれりだが、ん~、これは言った言わないの水掛け論になるのかと思っていたら29日、生態系協会側が池谷会長の講演記録を公表した。聴衆も多くシラを切り通せないと判断したかもだが、そこには福島市議会が指摘した内容がそっくり含まれていた。「事実無根」の反論は吹っ飛んだわけだが、それよりコジローがぶっ飛んだのは当の池谷会長が「福島の人を差別するようなことは思ってない」と発言を撤回せず居直ったことだ。 では、不適切かそうでないか、まずは実際に会長の発言を読んでみよう。 <池谷会長が公表した講演発言内容>(冒頭部分) それでは引き続きお疲れとは思いますが、しばらくご容赦ください。 さきほどのチェルノブイリの話でございますけれども、放射能ってのは、怖いのは、人間は放射線には強いのでございまして、レントゲン写真を撮るじゃないですか、そんなことでそれほど放射線には、限度超えたのは具合が悪いのですが、かなり強いんです。本当の問題は後でございまして、日本は福島がそうですが、これからですね内部被ばく、これがどうしようもないんでございまして、これからの放射能雲が通った、だから福島ばかりじゃございませんで栃木だとか、埼玉、東京、神奈川あたり、だいたい2、3回通りましたよね、あそこにいた方々はこれから極力、結婚をしない方がいいだろうと。結婚をして子どもを産むとですね、奇形発生率がどーんと上がることになっておりましてですね、たいへんなことになる訳でございまして。(以下略) まず、結論からはっきり言うがこれはデマだ。 広島長崎の原爆被爆者についての長年の調査でも、チェルノブイリ原発事故後の健康影響についての調査でも、「奇形発生率がどーんと上がる」などという科学的な知見は一切ない。また、福島第1原発の事故自体は重大で放射性物質の環境汚染も軽視できないが、チェルノブイリとは汚染の内容も度合いもおおいに異なる。チェルノブイリで起きたことが福島でも起きるというのはとんでもない短絡だ。さらに、事故直後の放射性ヨウ素によるダメージが正確に評価できていないため今後も慎重な経過観察が不可欠であり、またこれ以上の被曝を避ける放射線防護策も粘り強く続けなければならないが、WBC(ホールボディカウンター)検査によれば、これまでのところ子どもを含む被災者の内部被曝は幸いにして非常に軽い。 原発事故直後には、セシウムもBq(ベクレル)もSv(シーベルト)も多くの人々には初めて耳にする単語だったし、政府や専門家を名乗る人たちの非常に不誠実で、ときには隠蔽やウソも含む情報操作もあって、疑心暗鬼に陥るのもやむを得ない面があった。そんなとき、より安全な側・・・ということはより危険性を強調する意見に人々が傾斜するのは、むしろ自然な対応であったといえよう。 だが、それからすでに1年半を経て、先にも書いたように、福島第1原発事故による放射能汚染の具体的な実像も相当程度、明らかになってきている。ネット環境にある人なら、少し検索して調べれば、その証拠をいくらでも発見することができるはずだ。これらは、被災地で献身的に放射線測定や被災者の健康管理に従事してきた専門家や医療関係者たちの努力の賜であり、食品などの安全性を高めるために頑張ってきた農家や関係機関の労働者の気高い奮闘の足跡である。本当に、心から敬意を表したいと思う。ともあれ少なくとも今は「とりあえず危険と思って避ける」段階ではない。将来の危険をもちろん否定はしないが、その危険を正しく見つめ評価して対応することが必要であり、また可能になってもいるということなのだ。 にもかかわらず、先のようなトンデモ発言が飛び出すばかりか、誤りを指摘されて訂正すら拒否するのは一体どういう了見なのだろう。 ひと言で評せば知的怠慢と言うに尽きる。あるいは、自分の頭で考えず、他人の風説に乗せられやすい付和雷同性格のなせるワザだったのか、いずれにせよ、「生態系協会」などという、一見科学的な雰囲気が漂う団体の会長にふさわしくない人物であることは確かだ。 もうずいぶん前だが、TVの報道番組で福島の小学生の女の子が、「私は将来、赤ちゃんは産めるのですか?」と不安そうな表情で質問する場面を観た。 「怒!!」 腹の底から悲しみと怒りがこみ上げる。 「心配しなくていい!」と回答することは簡単だが、それより、いったい誰が、幼い子どもにこんな質問をさせるよう仕向けたのか! 広島長崎の被爆者たちへの差別はこうして福島で薄汚く生き延びる。その差別を産み出しているのは、この池谷会長のように科学的根拠に依拠せず過度に危険を言い募り不安を煽るデマゴーグどもだ。 もし目の前にいたら、殴り倒すかもしれないと思う。 ←ランキングに参加してます、ワンクリックでご協力を
2012年09月05日
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残暑厳しい折、竹島や尖閣列島をめぐる日中、日韓の軋轢が、その暑苦しさを倍加させている。領土・・・というか、より正確には「国境問題」というべきなのだろうが、これは関係国にとり非常にデリケートな問題で、ヘタに手を着ければ容易に排外的ナショナリズムの火種となって燃え広がることも多く、国民が熱狂してしまえばもう消火すら困難になりかねない。 それだけに、慎重の上にも慎重な対応が求められるところなのだが、李明博大統領の竹島(韓国では独島)上陸、ロンドンオリンピックでの韓国サッカー選手による五輪憲章違反のアピール、尖閣列島への中日民間人上陸騒動に続き、野田総理から李明博大統領にあてた親書を巡る経過など、もう子どものケンカに等しいレベルの応酬だ。もう少し、大人らしい涼しげな対応にならないものか。 最初に火を付けた李明博の竹島上陸は、大統領選を目前に、低迷する支持率回復を狙っての行為だったことは見え見えだが、これはとんでもない禁じ手。火遊びが大火事を呼ぶこともあるからだ。もちろん、日本として無視はできないが、こんなあからさまな挑発に熱くなって泥仕合になれば向こうの思うつぼだ。ちなみに、首相親書を返しに来た韓国大使館職員を外務省の敷地にも入れず追い返すなど、非礼に対し非礼を返すことを泥仕合という。「あれは国際関係の初歩的ルールも知らないアホです」とクールに国際社会にアピールして、あとは儀礼を尽くして対応すればよかったのだ。 周知の通り、竹島については韓国が、千島(あえて「北方領土」という政治的欺瞞に満ちた呼称は使わない)ではロシアが、そして尖閣列島では日本が、それぞれ「領土問題は存在しない」という立場を取っている。だが、揉めるからには双方それなりの言い分はあるのであって、このような問答無用の門前払いで済ませている限り、国境問題は関係国間の相互憎悪の火種となってくすぶり続ける。 「領土問題は存在しない」と考慮する根拠を示して自らの立場を主張することは必要だが、だからといって相手国の主張を無視していては溝は深まるばかりだ。まず、実態として国境を巡る係争があることを認めるところからしか話は始まらない。もちろんこれは、日本だけではなく、中国にもロシアにも韓国にも必要な立場だ。 が、そうしたところで、その係争を解決するのは簡単なことではない。関係国の話し合いで解決できない場合、第三者としての国際司法裁判所に裁定を求めるというは有力な手段だが、これは関係各国が了承しなければ提訴要件を満たさないので、いつも有効に機能するわけではない。となれば、逆説的だが、「当分は解決できない」と腹をくくるのが、現時点で最も賢い国境問題の解決策なのかもしれない。 当面は解決不能な尖閣や竹島なんて小さな島の領有でゴタゴタもめるのと、それはいったん脇に置いて日中・日韓それに日ロの交易や交流を発展させるのと、どちらが双方利益になるかを冷静に考えれば回答は明らかだ。「国境問題はあるが、まあそれは将来何とかするとして・・・」という大人の対応こそが双方の利益になる。例えば「竹島」を韓国が「不法占拠」している事態は日本人のシャクに障るかもしれないが、国際社会に日本の立場だけは主張しておいて、あとは放置するのも大人の知恵のうちではないのか。 翻って、日本を巡る国境問題の本質は、もし領土問題を棚上げして日中韓ロが仲良くなって困るのが誰かを考えるとわかりやすい。21世紀中盤以降の世界経済の最大の牽引力はアジアにある。そこからはじき出されることを恐れてTPPなどを画策しているヤツにとっては、この四ヵ国が小さな国境問題でいつまでもツノ突き合わせているのが、漁夫の利を得る上で一番好都合なのだ。してみると、わざわざこの問題をこじらせようとする石原慎太郎など国士ぶってはいるけれど、火遊びの李明博とともに、誰の利益を代表しているかがよくわかって馬鹿馬鹿しくなる。 ともあれ、くれぐれも、熱くなってはいけない。 ということで、このブログの締めとして変に熱くなっていない若者の動画を紹介。1年前に撮影されたものだそうだが、いま必要なのは、こんな「本物の勇気」だと思う。 →日本人が韓国でフリーハグをしてみた ←ランキングに参加してます、ワンクリックでご協力を
2012年08月27日
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またもご無沙汰です。最近なにかと騒がしい尖閣列島や竹島の問題についても近いうちに書きたいのですが、とりあえずは、我が紀峰山の会の機関誌最新号に掲載したお気楽コラムをどうぞ。今回のテーマは、JRの一部の線に導入された女性専用席についての冗談と、先日、台高山脈の明神平付近で発生した中学校パーティの下山遅れについての話題です。【以下転載】 JRの「女性専用席」を考える 先日、紀勢本線の特急くろしお号に乗って、客車の最前列席に座る機会があった。正面は壁になるわけだが、その壁にピンク色のポスターが貼ってあって、「特急列車に、女性専用席がございます」と大書してあった。「女性専用席」の部分はさらに拡大した文字で強調されている。よく読んでみると、以下のようなことが書いてあった。 京阪神と北陸・南紀を結ぶ特急列車、具体的には「サンダーバード」(この特急名は昔の「雷鳥」に戻すべきだ!)と「くろしお」になるわけだが、それらには「女性専用席」なるものが設けられ、他の席と区別するため特別な花柄のカバーが掛けられている。みどりの窓口か電話予約サービス(インターネットはダメ)でこの席をチャージできるらしいが、普通の特急指定席料金だけで利用でき、特に追加してのコストは必要ない。 で、ん~?、なんつうか、オジサンとしては余り面白くない。ラッシュ時に設けられて久しい女性専用車両についてはまあ、人が密集する状況で見下げ果てた行為に及ぶバカが現にいる以上、やむを得ない対応であろうと思うが、隣と接触することも普通はまずない特急指定席で、女性だけを隔離する必要があるかあ? 隔離する理由として考えられるのは、先の女性専用車両の発想と同様、治安上「オトコを見れば痴漢と思え」と判断しているからか、でなければオトコというものはおしなべて汚かったり、臭かったり下品だったり、いずれにしても上品清潔な女性には、近くにいるだけで不快な存在だからということだろう。 先のポスターには念入りにも小さな文字で次のような書き込みがある。「車両の一部を女性専用席としています」「女性専用車ではありませんのであらかじめご了承ください」。これをクマ流に意訳すれば、「女性専用車じゃないので、車両内にオトコがウロウロして不快かもしれませんが、そこはまあ我慢してね…」ということになる。というわけで、いずれにしたって、オジサンに愉快なはずはないのだ。 そもそも、痴漢はともかく、隣のお客が汚かったり臭かったりして不快なのはオンナもオトコも同じなのであって、男女問わずタバコのヤニ臭さや体臭、女性の化粧や香水の強烈な匂いに吐き気を催させられた経験は一度や二度じゃない。こちらは大人だし、一生付き合う相手でもなし、かなわんなあ…とは思いつつ、しばらく我慢すれば済むことと耐えているが、不快さの原因側はまったく無頓着というケースが多い。特に匂いなど、発している本人は嗅覚がその匂いに慣れてバカになっていて分からないのだろう。 しかし、悪臭源が自覚していることもある。かつて盛夏の穂高涸沢で一週間近く定着幕営をしたことがある。気の合う山男4人で毎日岩登りを楽しんだのだったが、決まった容量のザックにザイルや金具類などの登攀具や幕営具、それに長期幕営の食料などが増えれば着替えは減る理屈で、毎日汗だくになりながら風呂もなく着替えもせず… 下山するときはメンバー同士で鼻を背けあい、自分自身の嗅覚ですら到底慣れられないほどの悪臭源となっていて、帰りの交通機関で肩身の狭いこと。 上高地から大阪駅までの夜行バスはまあ、幸い4人並んで最後部席だったし、客は皆さん登山者で多少は悪臭を発していて助かったが大阪駅から先がいけなかった。特に天王寺駅までの地下鉄は通勤ラッシュでギュウギュウ詰め…なのに、我ら4人の回りにはしっかりエアポケットが形成され、恐る恐る上目遣いに覗(うかが)ってみると、周囲にはハンカチで鼻を押さえる乗客たちの怒ったような驚愕したような表情がチラホラ… で、そのときの経験から思うのだが、この際JRが設けるべきは、なにかと腹立たしい女性専用席などではなく「登山者専用席」ではないのか。これが登山者にサービスしすぎというなら「悪臭源専用席」と名付けてもいいが、とにかく悪臭の発生源であることを自覚する乗客を積極的に隔離する方が、オトコ一般を過剰防衛的に排除する女性専用席などより、他の乗客の不快軽減と精神衛生に効果的なのではないか。 ヘビースモーカーのオトコと、厚化粧に香水のオンナと、汗だく風呂抜きの登山者と、いずれが最も臭く、限られた悪臭源専用席に座る権利を得られるか、悪臭レベルの評価ルールを作るのに若干手間がかかりそうだが、登山者と他の乗客の平和共存及び福祉安寧に寄与することは疑いない。全労山挙げてJRに検討を求めてはいかがかと思う。 コラム追記 明神平の下山遅れについて 先のコラムを書いている最中、大阪の私立中学校の生徒と引率の教師計12人が奈良県東吉野村の明神平から予定日に下山せず、翌日に救助されるニュースが飛び込んできた。情報量が少なく憶測が多くなるが、ともあれひと言、書いておきたい。 新聞報道によると、一行は8月11日に大又林道終点の登山口から入山し、明神平で幕営、翌12日に台高主稜線を少し南下してから東にそれた三重県最高峰の檜(ひのき)塚奥峰をピストンし、13日はテントを撤収して薊(あざみ)岳を踏み、大又林道の付け根の大又に下山する予定が、その途中で道を失ったようだ。 明神平から薊岳を巡るループルートは山岳会などではよく知られているが、明神平を越えてから先の道には不明瞭なところがあり藪こぎのような場所もある。そこに昨年の大雨による登山道倒壊や倒木があり、それらを避ける内にコースをそれて迷ったのだろう。 このようなケースの道迷いはメジャーでない山ではよく遭遇する事態で、迷ったことに早く気づいて引き返さないと、今回のような事態に陥ってしまう。これを防ぐには、どんな山行であっても、メンバー全員が自立した登山者としての自覚を持ってパーティに参加することが必要だ。ルートファインディングはトップに任せきりで、後続のメンバーがただ漫然とついてゆくようなパーティは危ない。 少しでもおかしいと感じたら直ちにその意見を表明すること、またおかしいと気づくよう、全メンバーがルートや風景や天候に常に注意を払うこと。集団の力はやはり大きい。その集団の全五感を動員して、防げるトラブルを未然に防ぐところにこそ、パーティの値うちもあるのだ。今回の件を他山の石としてしっかり学びたい。 【転載以上】 ←ランキングに参加してます、ワンクリックでご協力を
2012年08月19日
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22日、ここ和歌山でも、いわゆる「素人の乱」的脱原発デモが行われるというので、早速参加してきました。このイベントを呼びかけたのは、有機農業に取り組んでいる青年や若いミュージシャンら、これまで政治闘争やデモなどといった世界とはおよそ縁遠いと思われる人たちです。大都会ならぬ和歌山のような田舎で、ツイッターなどの口コミで果たしてどれほど人が集まるものか。彼らの果敢なチャレンジが空振りに終わらないよう、コジローひとりでもいないよりマシ、「枯れ木も山の賑わい」になろうかとはせ参じた次第でした。 午後4時、集合場所の和歌山城二の丸広場は、まだ午後の日差しが厳しく、立っているだけで汗が流れ落ちる暑さです。そこへ思い思いのプラカードを手に三々五々やってくる人たちは、肩肘張らない気軽な雰囲気と穏やかな笑顔が共通しています。コジローとしては50人も集まれば格好が付くかと思ってやってきたのですが、最終的には200人が集まる盛況となりました。中心は30代くらいかなあ・・・とにかく参加層は若く、従って子どもたちも多い。 この日は、和歌山市の夏祭りとも言うべき「港祭り」の花火大会があり、沿道にはその会場に向かう浴衣の女性たちや自転車に仲良く二人乗りのカップルもちらほら。笛や鉦(かね)太鼓を賑やかに鳴らしながら進むデモ隊はそんな市民に対し、「原発いらん!風力あるで」「再稼働反対!太陽光どうな」などと、まあ和歌山らしいというか、なんともゆるいシュプレヒコールで「一緒に歩こ!」と呼びかけるのでした。先頭の横断幕。二人は我がNPOの強力スタッフです。その横断幕の絵は「原発要ランウータン」だそうです。チンドン屋風の浴衣の女性、自由な発想で参加すればいいのですね。若い世代が中心・・・となれば、子どもも多くなります。参加者のうち、ちょうど1割が子どもだったそうです。太鼓を先頭にゾロゾロ出発。デモというより、音楽つきの集団お散歩という方がピッタリ来る雰囲気だ。団扇に浴衣の女性たちは涼しげに「原発卒業!」県庁前の歩道橋から撮影。コジローはちょうど真ん中当たりを歩いていました。前はこんな感じ。そして、後ろはこんな感じ。200人の隊列って、結構長いですね。 デモを終わって、簡単な解散セレモニー・・・なのですけれど、主催者が最後に「警察の皆さん、ありがとうございました」と叫んだのにはビックリ仰天。ん~、これも時代というのか、かつて学生時代、沖縄闘争でデモを規制する警察機動隊と衝突してきたオジサンには隔世の感がある。しかし、だからこその「素人の乱」なのでしょう。心から共感しました。 こんな、和歌山のような田舎でも、ごく普通の人たちがゆるやかに連帯し、しなやかに動き始めた。それも、これまで政治的無関心の言葉で評されてきた若い世代がリードしていることに勇気づけられます。この社会の底流で、何かが変わり始めているのかもしれません。おまけ、デモが終わって振り返れば和歌山城の天守閣が、青空に美しかった。
2012年07月22日
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代々木公園で開かれた「さようなら原発10万人集会」、第一ステージと集まった聴衆。これだけの人数が集まりながら、梅雨の晴れ間で真夏の日差しが容赦なく照りつける炎天下、埃っぽい土のグラウンドに整然と腰を下ろし、メッセージのひと言ひと言に集中する姿を見るだけでも、この国の人々の秘められた力は本当にすごいと思う。代々木公園には余裕を持って開会1時間前に着いたが、すでに会場に向かう人の群れが密集デモのごとく立錐の余地ない長蛇の列になっていて、容易には目的地にたどり着けなかった。この日集まった人は10万人集会の予定を遙かに超える17万人という。こんなとんでもない人混みにもまれながら、人々の表情は非常に穏やかで、自分が持参したクラゲの図案に「Occupy!再稼働するな!」と大書したプラカードは、見知らぬ人から何人も「面白い」と声を掛けられた。同じ思いを共有する巨大な人の群れの中に身を置くのは、とても気持がよい経験だった。蛇足ながら付け加えるが、このプラカードは大飯原発の再稼働を遅らせたクラゲの原発取水口Occupy(占拠)を讃える趣旨だ。メッセージを読み上げる大江健三郎さん。瀬戸内寂聴さん。「90歳のばあさんが邪魔になるだけだと言われたが、冥土の土産と思ってやってきた」「その思いが叶い、今日はたくさんの日本人を見てうれしかった」と話して笑わせた。また、澤地久枝さんは「人は他の人や他のあらゆる生命に役立つために命を与えられている」「生きている間に、今と未来の生命に害をなす原発をなくすために闘うのは、人のゆえだ」といった趣旨のお話を、静かにされた。集会の終わりを待つことなく始まり、果てしなく続いたデモのひとこま。とにかく、圧巻のパワーだった。
2012年07月16日
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闇の中で頭上にかざした懐中電灯の小さな円形の明るみに、断線したメインブレーカーのハンドルが浮かび上がる。背伸びしてそのハンドルに指を掛け引き下ろした瞬間、闇はリセットされ、見慣れたダイニングが天井に据え付けたシーリングライトの照明を受けて蘇った。すかさず、食器棚に掛けたカレンダーから、今日が2010年3月11日であることを確認する。 ああ良かった、あと1年あれば、まだなんとかできるかもしれない・・・ メディアに津波の恐ろしい映像が繰り返し再現され、福島第一原発で水素爆発が相次いでいた昨年3月中旬頃、このような夢を何度か見た。目の前で生起している地獄のような事態が目覚めれば覚める悪夢であれば・・・と、何度も願ったし、PCのシステム復元のようにキー操作ひとつで、あるいは落ちたメインブローカーを手動で繋ぎ直すだけで、失敗前の状態にリセットされないものかと、あり得ないことを望んだりもした。 だが、起きてしまった現実はもちろん変わらない。その情け容赦のない現実を繰り返し突きつけてくるのが、東北東岸数百kmのオーダーで連なる被災地の、至るところに築かれたガレキの山だ。この途方もないゴミの山をいったいどうすればいいのか、見るだけでそれこそ途方に暮れる。通過するだけの旅人ですらそうなのだから、来る日も来る日も果てしなく続く過酷な現実を確認させられる被災者の心情は、察するに余りある。 正確に裏付けを取ってはいないことをあらかじめ断っておくが、先日たまたま放送されたNHKスペシャルでは、福島、宮城、岩手の被災3県で発生したガレキの総量は2034万トン、うち154万トンは海に流出し1880万トンが陸上に残されたと報告していた。内訳は福島が201万トン、宮城が1154万トン、岩手が525万トン。うち現時点までに処理されたのはわずか17.5%に過ぎない。被災地によりもちろん進展状況に差はあるが、被災地全体の処理能力から平均すれば処理にこれからなお80年以上を要するという。 被災地ならどこにでもあるガレキ置き場だが、正確に状況が伝わるように撮影するのは結構難しい。まず、ガレキ置き場の遙か手前に進入禁止のガードがあって容易には近づけないし、近づけたとしても今度は全体像がレンズに収まらず、その途方もないスケールが表現できない。また、周囲はダンプカーなどが土煙を上げ頻繁に通行していて、撮影のために不用意に駐車などすれば迷惑を掛けるし、そんな所に立ち止まること自体かなり危険でもある。さらに、黙々と手作業での分別作業に携わる人たちなど、無責任な傍観者に過ぎない立場では、とてもレンズを向けられなかった。 最大の被災地、石巻の巨大なガレキ置き場。標高20mをこえる山脈となっているが、その全体像を伝えるには空撮でもするしかない。 公園跡に設けられたガレキ置き場。金属類が集められている。 無茶苦茶につぶされた車を集めた場所。小学校の校庭だ。 ガレキ・・・と十把一絡げにいうが、元は被災者の暮らしの周りにあった品々だ。ものによっては、遺品と呼ぶ方がふさわしい気がする。 福島県内のガレキはすべて県内で処理することになっている・・・が、放射能汚染の影響もあり、あまり進んではいない印象だ。写真は警戒区域を解かれた南相馬市だが、なお警戒区域となっている地域は、ほとんど手つかずの状態ではないかと思う。 以上のほかにも写真は多数あるのだが、どれも似たようなものだし、撮れば撮るほど滅入ってきた現場での暗鬱な気分を思い出したくもない。 ともあれ、現にガレキはようやく分別が一定程度進んだように見えるほかは、長期間、減りもせず、被災地の一角に相当な場所を占めて居座り続けていて、これを撤去した後に構想される復興プランの実現を阻んでいる。ガレキと復興との関係についての見方は様々だが、現地で実際に目にし感じたところでは、復興の大きな妨げになっていることに疑問の余地はないように思われる。 政府は被災後3年間でのガレキ撤去を宣言し、その為の手立てのひとつとして可燃性ガレキのうち宮城・岩手両県内の247万トンを広域処理する方針を打ち出した。これに対し全国各地で激しい抗議の声が上がっていることは周知の通りだ。 こうした抗議が噴き出す根底には、原発事故以来、国民の正しい判断や避難に必要な情報を隠し、ときには偽ってすらきた政府・行政機関に対する決定的な不信がある。その過去を真剣に清算することなしに、今さら何を言っても信用はされないだろう。そうした意味で、現在の事態は政府・行政機関の自業自得にほかならないのだが、しかしだからといって被災地のガレキをいつまでも放置しておいて良いということにはならない。 広域処理について、コジローには明確な是非の判断はない。というより、これは簡単に賛否どちらか一刀両断にできるような問題ではないというのが正直な思いだ。 越境移動させずに発生場所で処理するのが廃棄物処理の原則であることは確かだが、現地処理のために計画された35基の仮設炉はまだ11基しか見通しが立っていない。とはいえ、これまでの平常時、ゴミ焼却炉一基の新規立地でどれほど地元との調整が紛糾し難航してきたかを振り返れば、35基もの炉がすんなり建設できるとの計画の方が元々絵に描いた餅なのであって、むしろ非常時ではあれ、よくこの短期間に11基も見通しが立ったものだと思う。が、いずれにしても、これでは到底足りない。 このような状況で原則論を対峙させて角突き合わせていては、肝心の被災地が置き去りになる。ゼネコンがどうしただの、ガレキ利権がどうだのという話もまことしやかに飛び交うが、そんなの公共事業にはつきもので今に始まったコトじゃない。要はいかなる方法であれ、ガレキを被災地から一刻も早く消してしまうことだ。 事故から15ヵ月が経過し、放射能による環境汚染の状況や人々の被曝状況とその健康への影響の程度も、かなり明らかになってきた。不幸中の幸いと言うべきだが、これまで判明したところでは、これらはすべてチェルノブイリに比べれば格段に低いレベルにとどまっている。もちろんまだ油断はできないし、特に子どもたちの健康状態など今後も綿密なフォローアップが不可欠だが、当初懸念されたような最悪の事態はどうやら免れそうだ。 これは、住民の迅速な避難をリードした地方公共団体職員や、地域社会の健康に責任を負う医療従事者、全国から被爆直後の被災地に駆けつけた放射線防護など各分野の専門家らの、気高く献身的な奮闘と連帯あっての賜(たまもの)だ。政府や東電は無能かつ無責任でその対応はお粗末きわまりなかったが、被災者や原発労働者を含め普通の市民たちはそれぞれの立場で、果敢かつ勇敢に放射能という見えない敵と闘い、困難な状況を切り開いてきた。 いまガレキの問題を考えるのであれば、こうして現段階であればこそ判っていることを前提とすべきだろう。被災直後の暗中模索と疑心暗鬼が支配した時期の思考にいつまでも凝り固まっていては、新たな段階を踏まえた柔軟な対応はできない。放射能は見えもしなければ臭いもしない。その危なさ恐ろしさの程度もよくわかっていなかった。15ヵ月前のある日、突然、そんな物騒で厄介なものと同居することを強要されて戸惑ったのは当然のことだった。だが、相手の正体が相当見えてきた今はそのときとは違う。同じレベルにとどまっていてはいけない。 加えて感覚ではなく科学的な検証に耐えるレベルの議論にすることが必要だ。「1ベクレルも拡散は認めない」などという非科学的、非現時的な論理からはそろそろ卒業しなければならない。そして何よりも、今も出口が見えない困難に置かれている被災者の心情に寄り添う観点を共有することが重要だと強く思う。これらこそが、15ヵ月の痛苦の経験から得た国民的合意の到達点として生かされねばならない。この15ヵ月の停滞は、国民が成熟する上で必要な時間であり、決して無駄ではなかったことにしなければならない。 例えば、自らは危険だとしてガレキを強く拒否しながら、その処理が被災地の雇用対策になるなどという不用意な発言はもうなくさなければならない。いまやむを得ずガレキの分別等の作業に携わっておられる方々は、本来は農民であり漁民であり商人であり、あるいはサラリーマンでありOLであった人たちなのだ。その人たちがこのままでは数十年を要するガレキ処理、つまり死ぬまで不本意に「危険」な作業に従事することを、あたかも行幸のように評して「雇用対策」などと言うのは、放射能への本能的な恐れからの口の滑りであって悪意はないにせよ、その言葉を受ける被災者の心情に思いをはせ、今後は厳に慎まねばならないと思う。 ガレキ処理は確かに解決の難しい課題だが、この未曾有の大災害を乗り越えようとする日々の取り組みと、それを巡る対立が引き起こす知的精神的苦闘を通じて鍛えられ、国民が全体としてひと皮むけて一段階成長すれば、おのずと解決の道も見えてくると思うのだ。15ヵ月を経た被災地を巡って最後に思ったのは、その国民的覚醒が今、なによりも切実に求められているし、理性的に判断する材料がととのってきた今、苦しくてもそれは可能だという一筋の明るい予感だった。 以上で、とりあえず、このシリーズを閉じたいと思います。ここまでお読みいただいてありがとうございました。m(_ _)m ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年07月10日
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4日間の被災地巡礼の旅を、思いつくままのテーマごと少しずつ報告してきた。もうそろそろ閉じようと思うのだが、その前に、これまでのテーマでは接点がなかった小さなエピソードを、今回まとめて報告しておこう。 津波で壊滅した宮城県名取市内の住宅密集地に、たったひとつだけ残っていた建物がこの寺院だった。周囲の墓地は完全に破壊されて墓石が乱雑に散乱している。そこでもはや誰の物ともしれないが、誰かに連なる祖先の遺骨を拾う篤志者の便宜を図るため、プラスチックケースの中にビニール袋が用意されていた。 同じ名取市閖上(ゆりあげ)地区に作られていた土の山。あらたな市街地は、これだけかさ上げをした新しい土地の上に築くという。その構想を実際に肉眼で確認できるようにしたのがこの土の山だ。盛り土の高さは6.2m。こうして全面的にかさ上げされた市街地を7.2mの防波堤で守るという。復興がいかに大変なことかが胸に迫る光景だった。 死者3228人、行方不明者507人。この大震災で最大の被災者を出した石巻市には、日和山(ひよりやま)と呼ばれる、市民によく親しまれた標高56mばかりの散歩にうってつけの小山がある。その頂上から望んだ風景がこれだ。仙台市に次ぐ20万の人口を要する県内第二の都市の人口密集地がこの有様。写真ではわかりにくいかもしれないが、手前に壊滅した市街地跡の広大な更地、そして海岸沿いにはその残骸を積み上げたガレキ置き場が延々と連なっている。 日和山を下るとすぐに現れる廃墟の一角に設けられたモニュメント、手前の地面に大書された「復興するぞ!」の文字に思わず胸が詰まった。 そのモニュメントが置かれた場所は、もとは住宅機器メーカー「トステム」のショールームだった。モニュメントの左端にたった一本残った鉄骨の柱に元あったショールームの写真が貼り付けられ、現状と対比できるようにしている。その上に記録されている津波の高さは6.9mだった。 同じく石巻市のモニュメントの向かいにあった残骸。ここは焼きそば屋だったらしい。やはり、被災前の写真と、現在の写真が対比できるよう掲示されていた。 石巻から北上した気仙沼市の港から500mばかり陸地側に打ち上げられていた船。その大きさが判るだろうか。よく倒れなかったものだ。 各地にうずたかく積まれているガレキには、一見材木状のものも大量にある。この写真はそうした材木ガレキが出てくるわけを示そうと思って、たしか大船渡市付近で撮影した。津波の塩に浸かった杉だけが枯れている。沿岸部の森、ことに人工林はまず例外なくすべてこのようになっている。もう、これは伐り倒すしかない。せめて、バイオマス発電の燃料にでもできないものだろうか。 ついでながら、左手にあいているのは三陸鉄道南リアス線のトンネルだ。三陸鉄道南リアス線はこの写真のごとく、全線にわたり地震と津波にズタズタに切り裂かれてしまった。再建は非常に困難だろう。 岩手県陸前高田市の死者1555人、行方不明232人は石巻市に次ぐ犠牲者数だが、人口2万人あまりの小都市であったことを思えば、その打撃の大きさは石巻市に数倍するかもしれない。 その陸前高田市には、江戸時代から仙台藩と住民が協力して育て上げた「高田松原」と呼ばれる7万本余の松で作られた白砂青松の景勝地があった。だが、今回の津波でその松原は壊滅、奇跡的に一本だけ残ったこの樹齢270年の大松が、「希望の一本松」として復興のシンボルになったのだが、先の杉林と同様に塩害で根がほとんど腐っており、最終的に維持は困難として蘇生は断念された。 しかし陸前高田市は、これに防腐措置を施して保存すること企図、インターネットの交流サイト「フェイスブック」に市公式のページ「がんばっぺし陸前高田」を開設し、寄付を募り始めた。「震災と希望のモニュメントとしたい」と世界中に呼びかけている。 余談だが、昨年夏、被災地への連帯を表明する意図で京都五山が送り火の薪として求めたのがこの「高田松原」で倒れた松だった。しかしご存じの通り、「放射能拡散」を懸念する人々の抗議をうけ、二転三転したあげく、この企画は葬られた。ことの是非について今さら言うことはないが、近親者の初盆を前にした数十万人に上る被災遺族の当時の心情を思うと、いたたまれない。 その「希望の一本松」は写真の通り、ガレキの彼方だ。もっとよく探せば近寄る方法が見つかったのかもしれないが、元の松原の回りはガレキに埋め尽くされていて、一般は進入禁止。なんとか近寄ろうとしたが、ガードマンがあちこちに立っていてとても進入できない。残念だが、先を急ぐ旅人は、この写真で我慢するほかなかった。 陸前高田市の市庁舎跡。庁舎内に津波で流された車が何台も突っ込んでいる。つまり、この市庁舎のように、なんとか外形を留めている建物の撤去は、まだこれからの仕事ということだ。ガレキはこれからもさらに増えるだろう。 その市庁舎の正面に貼り付けられた紙。死者、行方不明者の捜索だけが終わった建物であることを示している。・・・1年3ヶ月を経て、まだ、その段階なのだ。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年07月09日
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宮城県南三陸町では、589人が亡くなり、270人が行方不明となった。現在、ガレキはほぼ片付けられ、他の海岸沿いの町と同様、一面、コンクリートの土台だけを残した広大な更地となっている。 その広大な更地のなかで、なお三階建ての鉄骨を残すこの南三陸町防災対策庁舎の残骸は、ひときわ目を引く。津波は、この三階建て庁舎の屋上をすら越えたのだ。 この庁舎の職員であった遠藤未希さん(24)が、防災放送で大津波の到来を知らせ、高台への避難を呼びかけ続けて殉職されたことを記憶しておられる方も多いだろう。南三陸町を呑み込んでゆく津波の映像には、最後まで避難を呼びかける遠藤さんの声もしっかり記録されていた。遠藤さんはその半年前に結婚したばかり、遺体は津波から6週間後に、同町沖合の海上で発見された。 その庁舎跡は、一種の聖地とも呼ぶべき場所になっていて、正面入り口に祭壇が設けられ、大勢の人が訪れて花を手向け手を合わせていた。津波の惨害を末永く記憶する場所として、永久保存する話もあるそうだ。 庁舎跡から海の方を望むと、解体中の公立志津川病院が見える。 アップするとこうだ。流された漁船が二階にひっかかっている。 この写真が何かわかるだろうか。南三陸町の港に設けられたガレキ置き場だが、横倒しになっているのは蒸気機関車だ。先端部はガレキの中に埋まっていてさだかには確認できなかったが、南三陸町を通るJR気仙沼線や石巻線では観光用に蒸気機関車を走らせていた。「ホエール号」と呼んでいたのだが、もしその残骸であるとすれば車種はD51、鉄道ファンならずとも蒸気機関車に少しでも関心がある人なら誰でも知っている人気のデゴイチだ。 蒸気機関車が現役を退いてもう久しい。いま全国で走っている蒸気機関車は、いったん退役したものが眠りを起こされ、ふたたび線路の上に引っ張り出されたものだ。この蒸気機関車もいわば第二の人生を、三陸の海を眺めつつのんびりゆっくり走っていたに違いない。まさか、こんな末路が待っているとは・・・ 防災庁舎のそばに、のり屋さんが再開していた。「なつかしい未来へ」と大書してあったので、映画『幸せの経済学』の作者でもあるヘレナ・ノーバーグ・ホッジさんの著書『懐かしい未来・ラダッックから学ぶ』と関係があるのかも、と思って尋ねてみたが、お店の方は言葉の由来は判らないとの回答。それに加えて、この言葉は国道沿いの空き地に仮設の商店街をつくるなどの活動で合い言葉になっていると教えてくれた。 その後、和歌山に戻って調べてみて、 「南三陸の懐かしい未来を実現する会」 という団体が作られていることを知った。そう遠くない岩手県陸前高田市にも 「なつかしい未来の商店街」を作ろうとしている人たちがいる。ホッジさんや『幸せの経済学』との関係は不明だが、「なつかしい未来」は復興の合い言葉になっているようだ。 ここにも復興をめざす大看板。元は魚屋さんだったらしい。こうした人々の復興へかけた思いがくじけないよう、今どのような支援が必要で、また可能なのだろうか。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年07月08日
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宮城県から南下して福島県に入ると、耕作を禁じられた広大な農地がどこまでも広がっている。行政区名で言えば新地町と相馬市。それぞれ大震災で116人と458人の犠牲者が出た。福島第一原発事故との関係では計画的避難区域にも、もちろん警戒区域にも指定さていないが、放射能汚染に加え沿岸部では津波による塩害もあって農産物の作付けはできない。かくして人手が入らない広大な農地は今、夏草に覆われ見渡す限り一面の草原と化した。・・・日本離れした光景だ。 海岸沿いの道をゆくと、このような通行止めの表示に頻繁に出会う。完全に崩れて付け替えられた道もあれば、舗装面が剥がされたままの道もありデコボコで埃っぽい。 通行止めであってもなんとか「自己責任」で辛うじて通行できるケースもあれば、このような状況で行き詰まることもある。写真は防波堤が広範囲に崩壊したあと。これは引き返すしかない。 見渡す限り夏草に覆われた草原。まるでアフリカのサバンナみたい…といって、実際にそれを見たことはないのだが、このとことん土を慈(いつく)しみ、徹底して土地を高度に利用し尽くしてきた世界に冠たる集約農業の国で、この広大で肥沃な土地に麦一本植えられていない光景には、愕然とさせられる。 このスケールでの放射能除染さらには除塩など、果たして可能なのだろうか。それとも、耕作を妨げている放射性セシウムが時とともに崩壊し、放射線量が自然に低減してゆくのをただ耐えて待つしかないのか。だが、その間に自然は雑草を繁茂させ、その種子は年々土中にとどまり増えて、将来長く耕作を妨げることになるだろう。いったん荒野に戻った大地を再び肥沃な農地に戻すのは、容易なことではない。 さらに、地震により断層がずれて沈下した土地では、津波で海水が侵入したまま、1年3ヵ月を経てもまだひいていない。海岸沿いにはこのように海水に浸された湿地や、入り江と化した農地も少なくない。放射能に加え長期間塩漬けされた土地を再び食料を生産する耕地として蘇らせることが非常に困難であろうことは、素人目にも充分判る。 だが、被災農家はこうした現状に、ただ座し天を仰いで甘んじているわけではない。広大な草原を車で走る間に何度か、こうして集団で作業に当たる人々の姿を見かけた。 彼らは、いつか再びこの地で農業を営める日のために、津波が運んだガレキや石を、手作業でひとつひとつ丁寧に取り除いているのだった。どこまでも広がる夏草の荒野に、ひと群れの人々は豆粒のように小さく、それはまるで賽の河原の石積みのように果てしのない作業のように思われた。 だがそこにこそ、たとえ耕作は禁じられても、いつ再び種をまけるかすら判らなくとも、父祖伝来の土地に命を繋いで生き抜いてきた農民の魂と意地があるのだろう。コジローも思わず車を降り、少しのあいだ離れた場所で石を拾ったのだったが・・・ 昨年秋だったか、基準値を超える農産物が検出されたことが相次いで報道された際、ネット上ではこれらの農産物を作った農民を「人殺し」「確信犯」と罵倒する声が大量に公然と飛び交った。言論表現は自由だが、人には言って良いことと悪いことがある。反原発なら何でもいいというものではないのだ。エアコンが効いた快適で安全な部屋でPCに向かい、あやふやな二次情報を元に悪罵を拡散するような人たちには、ぜひこの土地に来て、来る日も来る日も石を拾い続ける農民を前に、同じ低劣で薄汚い罵声を浴びせることができるものか、想像力を働かせて考えてもらいたい。 そう広くない土地では客土も可能だが、もちろん根本的な解決にはならない。 福島県北部を走り抜ける間に、唯一見た耕耘地。まさにいま、トラクターが耕耘している最中だった。耕せば表土のセシウムが土中に紛れて除洗が困難になるため、禁止されていたと思ったのだが、トラクターは意に介さず着々と耕耘していた。掘り起こした土からはやはり木材など津波が運んだガレキが顔を出す。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年07月06日
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7月1日、4日間の被災地巡礼を終えて、大阪に戻る夜行バスは19時40分福島駅東口発。それまでにレンタカーを返し、できればバスが出る前にブログの更新もしておきたい。とすれば、遅くとも17時には福島に戻らねば・・・ で、同日14時頃、南相馬市小高区を最後に、福島に戻ろうとしたのだが、カーナビはどう設定し直しても「警戒区域」を通過させようとする。 そこで困り果てながらウロウロしていたところ、小高区で唯一営業中・・・といったらおかしいかもだけど、開いていた交番を見つけたので、そこで道を尋ね、飯舘村を通過して福島市に至る道を教えてもらった。小高区は無人の町と化しているが、パトカーだけは幾度も見かける。交番にも制服の警官が大勢詰めていた。泥棒の警戒をしているのだ。 事前の勉強不足で、飯舘村など「計画的避難区域」は通過不能と思い込んでいたので、飯舘村の訪問はあきらめていたから、これはむしろありがたい話だった。南相馬市の大きな交差点で海岸から離れ、山に向かって入って行く。霧が濃かった。 飯舘村に入って、中心部で最初に見かける商工会議所の建物。 飯舘村の道の駅。左の壁に書かれている「飯舘牛」のアンテナショップであり、飯舘村内の産物普及の拠点ともなっているが、いまは無人の廃屋だ。 道の駅にあったポスト。「計画的避難区域」指定後、集配業務は行わないことを告知している。投函口は厳重に封鎖されていた。 飯舘村は、「までいの村造り」の理念を掲げ、都市の論理に支配されない、伝統の農と環境に根ざした地域造りをめざす全住民参加の取り組みを、粘り強く続けてきた。地方自治のリストラと言われた平成の大合併も敢然と拒否している。「までい」は標準語で言えば「丁寧に」といったニュアンスの方言だ。それは、経済効率を最高の価値として追求してきた現代資本主義の病理に対するアンチテーゼとしてのスローフードやローカリズムの主張を、飯舘村伝来の言葉に置き換えて表現したものといえるだろう。 だが、大震災に続く福島第一原発の事故と放射能は、そうした長年の苦闘と努力をあざ笑うかのように村の全域に降りかかった。写真はその「までいの村造り」の拠点施設であった公民館。正面玄関に「本日休館」の表示が貼られてから、すでに400日が経過した。 東北の春は遅い。訪れた飯舘町役場では、ツツジが満開だった。 飯舘村役場の正面玄関前の広場に置かれたお地蔵さん。頭を撫でると、飯舘町の村民歌が流れると記されている。 そのお地蔵さんの隣の石碑に村民歌の歌詞が刻まれている。 お地蔵さんと石碑の配置はこんな感じだ。そしてそのすぐそばにリアルタイムで放射線量をデジタル表示するボードがある。コジローがそこにいた間は。0.68~0.72μSv/時の間で細かく振動しながら推移していた。この線量はコジローが暮らす和歌山市周辺の約20倍に相当する。一年間この環境にずっと置かれたとすれば(実際にはあり得ない状況だが)、年間に被曝する線量は6mSv程度に達する。「直ちに健康に影響がある」レベルではないが、だからといって無視することもできない線量だ。 が、まあコジロー、いまさらこの程度の放射能を怖がる年齢ではない。小雨の中、役場の周辺を確認して回ったあと、最後に件(くだん)のお地蔵さんの頭を、試しに撫でてみた。すると、ほとんど間を置かずシンプルなピアノ伴奏が再現され、続いて子どもたちの斉唱が、コジロー以外誰ひとりいない広場に、いきなり大音声で流れるのだった。 びっくりしたが、横の石碑から歌に合わせて歌詞を読み上げているうちに、胸に強く突き上げるものがあってたまらなくなった。村民歌は、村の環境や人情の素晴らしさを歌い上げるとともに、村びとが固く手を繋ぎ、この飯舘村を興すこと、この飯舘村を富ませることを誓っている。だが、それは自らまったくあずかり知らぬ彼方の原子力発電所の過酷事故で、問答無用に中断させられてしまった。 かくして、村民がこの歌詞に込めて慈(いつく)しみ育てた村はいま、無人の荒野と化している。 和歌山に帰ってきてから調べて、この歌が収録されているビデオを二本見つけた。 こちらは、単に写真を繋いで編集したもの。音はオリジナルから録っているらしく鮮明だ。http://www.youtube.com/watch?v=RvSclRvJHqg 一方こちらはDVDで、現場でいきなり録ったもののようだ。従って音は悪いが、コジローが村役場で聴いた臨場感がまざまざと蘇る。http://www.youtube.com/watch?v=HmzGMuDwwPA 飯舘村は、7月18日から、その6割方が「避難指示解除準備地域」とされて、一部製造業や農業の再開が認められることになっている。それに備えて、農地の除洗が取り組まれているのだが・・・・、その効果のほどは、まだわからない。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年07月04日
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絵のペーストの仕方がよくわからないので(詳しい方、教えてください)、このような配置になったが、上は福島第1原発事故後、何度か改定されながら維持された警戒区域や計画的避難区域などの図、下は今年4月に採用された警戒区域や避難指示区域の概念図だ。(上の図の方が解像度が低いので、小さめにしてある)。 上の図の「警戒区域」は福島第1原発から一律半径20kmに囲まれた区域で、住民や役場職員ですら基本的に自由な進入が認められない高度放射能汚染帯だ。地震と津波に被災した住民たちは、傷んだ家屋の補修どころか、行方不明者の捜索すらも許されず直ちに退去を余儀なくされ、 浪江、双葉、大熊、富岡、楢葉の5つの町の現地での機能は事実上この瞬間に全て失われた。一方、飯舘村や葛尾村など計画的避難区域は設定から1ヵ月以内に全住民が転出することを求められた地域で、住むことも仕事をすることもできない点では警戒区域と変わりない。 が、事故から1年を経過した今年4月から、これが地域ごとに順次見直されている。使用されている言葉が非常にわかりづらいのだがザクッと説明すると、「警戒区域」の定義はそのまま改めて精密に測定した放射線量に応じ福島第一原発から半径20km内であっても一部これを解除する一方、半径20km外であっても高線量の地域を「帰還困難区域」に指定した。 また、「居住制限区域」と「避難指示解除準備区域」の2カテゴリーを新設、「居住制限区域」は基本的にこれまでの「計画的避難区域」と同じ扱いで、住民の一時帰宅(宿泊は不可)や主要道路の通過交通が認められる。「避難指示解除準備区域」はこれに加え、製造業やこれに伴う輸送・保守管理業、それに一部の農業が認められる。 下の図は飯舘村にも及んだ最新の指定状況で(適用は7月17日から)、さらに「計画的避難区域」の指定が残る葛尾村なども、正確な線量が把握でき次第、これらのカテゴリーに再編されるはずだ。 こうした措置の妥当性について、コジローに評価する資格はない。ただ、現時点で行けるギリギリの所まで行ってみようと7月1日、津波被害が集中する海岸線に沿う細い道路を走り、道路の倒壊や橋の落下などで行き詰まっては国道6号線に逃げながら、宮城県山元町から福島県浜通りをひたすら南下した。 やがて南相馬市も南部に入り、元の警戒区域内に入る。先に示した概念図でいえば、南相馬市南東部の緑色の部分だ。具体的に言うと「小高区」と呼ばれる地域で、この4月から警戒区域ではなくなったが今も居住が禁止されているため、無人地帯が広がっている。「無人」・・・を、どこで感じるのかというと、まず人を見かけないのは当然のことだが、どの車庫にも駐車場にも車がない、洗濯物がない、窓が開いていない・・・ こうした町を目撃した印象を「死の町」と口走って首を切られた大臣がいたが(こちら参照)、他にどのように表現すればいいのか。コジローなど部外者でも入れる「避難指示解除準備地域」ですらそうなのだ。大臣がみた「警戒区域」は、まさにゴーストタウンそのものだったろう。 元「警戒区域で」は、震災後のがれき除去もまだ半ばだ。津波で流された車が、夏草に埋もれた農地にまだ多く放置されている。 小さな写真ではわかりにくいが、左手後方にある球体は、南相馬市立福浦小学校の、おそらくは校舎の屋上に設置されていたであろう給水タンクだ。同小学校は壊滅し、現在、鹿島区の小学校に間借りしての授業を余儀なくされている。なお、南相馬市の震災被害は、死者926人、行方不明3人。 遭難した消防車。南相馬市の名前がくっきりと読み取れる。もちろん詳しくは知らないのだが、こうした車に乗っていた人や消防団員の運命を思うと、胸騒ぎがする。 破壊された家屋もまだ撤去されず放置されている。いよいよ「警戒区域」の浪江町に近づいてきたので、国道6号線に戻り、一般車両が入れる限界まで走った。その終点がここだ。バリケードが張られ、数人の警官が厳重に警戒していた。もちろん中に入れてもらえるはずはないので、あっさり引き返す。 国道の警戒ぶりは予想通りだったので、海岸線沿いの間道がどうなってるか、確かめに回ってみる。まず最初はここ。浪江町の標識を左に見てすんなり入れたので、どこまで走れるのかと思ったが・・・ 100m先に、このようなバリケードが設置されていた。あたりに警戒する人はおらず、簡単に侵入できそうだが、無断進入は罰金10万円に処される。 別の間道を入ってみたが、状況は同じだった。ま、当然だと思うけど。 常磐線小高駅前、つまりこの地域のメインストリートだが、傾いた建物や津波でひっくり返された車は放置され、人っ子ひとり見かけない。カラスだけがやけに元気だった。 そんななか、一軒だけ、昼間から明かりをともした店を見つけた。上水道は当分ダメだが、電気は来ているようだ。 やはり小さな写真では見えにくいと思うが、おしゃれな建物に吊り下げられた垂れ幕は、「菓詩工房は、小高区民とともに、必ず復活!」と書いてある。 その下の玄関前に置かれた黒板。原発事故さえなければ、きっとこの黒板には今日も、お店自信のお薦めメニューが記され、通行する人々の目を引いていたに違いない。 ・・・その高らかな決意を謳う文字に心から共感し、連帯感を覚える一方で、むしろそれまでの道のりの遠さ、失われた時間の巨大さを思った。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年07月03日
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今日は仙台の宿舎を出て常磐道を走り、初日に訪れた山元町から入って海岸線を南下、南相馬市から警戒区域に指定され住民を含め一般の進入が厳重に禁じられた浪江町との境界まで達した。警戒区域ではないが、南相馬町も浪江町に近い一帯は居住が禁じられており無人。損壊した家屋も、津波にもてあそばれた車も放置されていて、他の被災地に比べ放射能汚染地域における復旧の遅れが明らかに見て取れる。 そこから福島市内に帰ろうとするのだが、カーナビゲーションがどうしても浪江町など一般車両が進入できない双葉郡内を通るルートしか示さないので困り果てた。無人の町をウロウロしていて、たまたま見つけたそこだけは人がいる交番で尋ねたら、計画的避難区域に指定(この時点)されている飯舘村は通過するだけなら入れるという。飯舘村が通れなければ仙台近くまで戻って東北道に乗るしかないのだからありがたかったが、通過できるのなら・・と、きっちり脇道にそれて飯舘町内を走り、役場にも立ち寄ってから福島に戻った。これは胸が張り裂けるような思いをする体験だった。 のだが、その話はまた次の機会。というのは、いま、福島駅東口前の地下の居酒屋で飲み放題コースをセレクトして、一人でなんだかんだオダあげてる最中で、飯舘村の悲劇などとてもじゃないが、こんな不謹慎な状態で書けはしない。 そこで半分酩酊状態の今回は、びっくりした写真を1枚だけ載せてお茶を濁すことにする。まあ、酔っぱらいのやることなのでなにとぞご容赦を。 28日、宮城県の海岸線を北上して石巻市内で見た光景。食品会社の大きなタンクが中央分離帯に転がっている。まあ、ちょうど通行の邪魔になるところでないので、放置していたのだろうか・・・と思っていたら30日、同じ場所を女川から南下して通過したときには裁断された鉄くずの山となって消えていた。 その夜、たまたま見た仙台市内の宿舎のつけっぱなしのテレビのニュースで、このタンクが裁断される様子が写されていた。持ち主の食品会社が立ち会って解体したそうだ。その報道で知ったが、長く放置されていたせいで、このタンクは石巻の津波の惨状を伝える一種のモニュメントになっていたらしい。 解体した食品会社は、このタンクの残骸の鉄片を、新たに仕事を始めるオフィスの机やいすに再生して利用する意向だそうだ。ちょっといい話だと思った。
2012年07月01日
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今日は花巻から被災地を訪ねながら南下して仙台市に戻った。走行距離370km。今回のレポートは、その途上で立ち寄った女川町の模様から。同町の被害は死者577人、行方不明327人。他の地域に比べ行方不明者の比率が相当高い。その多くは津波の引き波に連れ去られたのではないかと思われる。 石巻市から小高い峠を越えて女川町に入り、しばらく坂を下ってゆくと、あるところからいきなり広く視界が開ける。海まで本当に何もないのだ。がれきが撤去された女川町中心部、本当に何もない。 津波が届かなかった高さの家屋はほぼ無傷で残っている。そして、その高さに届いていなかった家は一軒も残っていない。まさに壊滅だ。 消えた女川町中心部を高台に登って撮影してみた。上は山側、下が海側。きれいさっぱり何もない広大な更地になっている。 撤去したがれきは、近所の河原など数カ所に積み上げられている。自然発火したのか煙が上がっていた。 住まいを奪われた人々は仮設住宅に別れて暮らしている。この仮設住宅は小学校の校庭に建てられた。 女川高校の校庭には商店街が再建された。まだすべて営業しているわけではないが、小規模ながら、漁師町には欠かせない飲み屋街もある。 この小さな仮設商店街は「希望の鐘商店街」と命名された。JR女川駅前に4つの鐘を備えたからくり時計があり、列車が到着するたびにそれを告げる鐘の音は長く、町の人たちに親しまれていたそうだ。この鐘はすべて津波に流されたが、そのうちの一つががれきの中から奇跡的に、まだ鳴らせる状態で見つかったという。そこでこの鐘を復興のシンボルにと、この名前に決まったわけだ。地震も津波も、人の心まで折ることはできないという決意が込められている。 希望の鐘商店街が誕生して半年が過ぎた。だが、いつまでも高校の校庭に居座るわけにはいかないだろう。 被災地を回って思うのだが、子どもたちはいったいどこへ行ったのか・・・ 被災地では被害を受けた学校の校庭はがれき置き場、受けていない学校の校庭の多くは仮設住宅やこのような商店街や、銀行、郵便局、それに警察など、生活や共同体の維持に不可欠の公共的施設に提供されている。これはやはり非常事時の緊急対応なのであって、長らく続くことが許される事態ではない。だが、戻るべき場所は1年3ヶ月を経てなお更地のままだ。がれきの処分も見通しが立たない。
2012年06月30日
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今日は、宿舎の夕食に間に合わせる関係で、前日に横目で見ながらやむを得ずすっ飛ばした気仙沼市と南三陸町に戻り、それから再び同じ道を北上し直して岩手県に入り、陸前高田市から宮古市までの海岸線の町を訪ねて、花巻市内の宮沢賢治記念館に近い宿舎にたどり着いた。走行距離は約400kmだった。 が、とりあえずは昨日の続きだ。宮城県内の海岸線を南端から北上して、名取市の閖上(ゆりあげ)地区に差し掛かった。名取市の人的被害は死亡911人、行方不明51人、うち閖上地区では全戸数中の90%、山手沿いのごく一部を除くすべての家屋が流失または全壊し、かつて数千人を数えた人口は一瞬でほぼゼロとなった。 閖上地区で見かけた墓地。とにかくがれきの集積場所以外はきれいに何もないので、これくらいしか被写体がない。墓石が津波が運んだ砂に埋もれているのがわかるだろうか。 小高い丘に鳥居と社が再建されていた。展望が利きそうなので登ってみる。 上から見下ろした風景はこんな感じだ。巨大な刷毛でひと払いしたように、広大な更地が広がるばかりできれいさっぱり何もない。不謹慎かもしれないが、どこかシュールで、現実離れした感覚がいつまでも消えなかった。 かろうじて残っていた建物を目指して歩いてゆくと、名取市立閖上中学校の校舎だった。指定避難所と書かれた看板が傾き満身創痍の姿で残っている。現にこの校舎のおかげで、大勢の市民が難を逃れ一命を取り留めた。 時計はあの日の2時46分、地震発生の時刻で止まっている。 玄関の前に、慰霊の祭壇がもうけられていた。 それにそえて、机の上に書かれた中学生からの二つのメッセージ。14人のクラスメイトが犠牲になったことがわかる。 正門を出てくると、小さなプレハブが建っていた。場所は保育所の跡地になるそうだが、そんな痕跡はどこにもない。写真では確認しづらいが、「閖上の記憶」と書いてある。 慰霊の記帳をするために中に入ってみると、元の閖上地区の航空写真や震災津波の写真、震災の記憶をとどめるための作品などが展示してある。 運営しているのは、心のケアをミッションとするNPOなど。ここで、お茶を飲み、話し合い、写真や動画で記憶を整理し、思い出に触れ、そして思い切り泣き、まず「ごちゃごちゃになっている記憶を整理」し、次いで「安定を失っている感情を整理」し、最後に「出し損ねている復活への意欲の発現」をはかりたいという。先のNPOは元々名取市に本拠地があり、自らも半ばは被災者であるのだろうが、こんな活動での役立ち方もあるのだ。応対してくれた二人の女性の笑顔がまぶしかった。
2012年06月29日
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27日東京駅発の夜行バスで福島に入った。その日は全国の地域地球温暖化防止活動推進センターで作る一般社団法人地球温暖化防止全国ネットの社員総会に出席するため上京していたので、その機会を利用して足を伸ばした。この会議では、福島原発事故を受けて検討を重ね、この週末にも発表されて国民的議論に供される国の今後のエネルギー政策についての選択枝の話題もあり、これはこれで非常に重要なテーマなのだが、次の機会に回してまずはこの目で見た被災地の状況の報告だ。 本日の印象を一言で表現すれば、あまりの惨状に言葉を失うというに尽きる。 昨年3月11日からすでに1年3ヶ月。もっと早く行くべきであったのに今さらという思いがあった。また新聞記者時代であれば、取材対象を明確に絞り、事前にアポを取ってルポルタージュに仕上げる意気込みで入っただろうが、発表する媒体を持たない今の身分では、地元の方に話を聞くにも遠慮がある。密度の濃い取材は不可能だ。だが、やはり、一度は被災現場に立ちたかった。現地で見なければ、感じなければわからないことはきっとある。そう自分に言い聞かせて夜行バスに乗り込んだのだった。 以下は、現地から取り急ぎの写真レポです。 夜行バスは朝6時に福島駅に着いた。 早朝の駅は人通りも少ない。遠くの学校に通う生徒たち、時間をもてあましていて夜明かしをしたような若い男女のグループ、柔らかな東北弁で世間話をするタクシーの運転手たち、それはどこにでもある風景だが、駅の通路などに貼ってあるポスターの催しだけが、被災地であることを示していた。 福島から北へレンタカーを走らせた。今日の行動範囲は宮城県内と決めてある。そこでまず、その宮城県の南端、山元町に入った。写真は仮説の町役場。3.11の死者681人、なお18人の行方がわかっていない。 まず最初に見たのが常磐線坂本敵のホーム。遠景は巨大ながれきの山。今日は数え切れないほどのがれきの山を見たが、それは明日以降に報告したい。 ホームに記された乗車位置のマーク。背景はトイレ。一面、すっかり片付けられて家一軒残っていない広大な更地に、このトイレだけが残っていたが、もちろん内部は破壊し尽くされて使用できない。 駅前にあった小売り店の痕跡。土産物でも商っていたのだろうか、商店「跡」という表現に、これを書いたであろう商店主の悔しさとあきらめがにじみ出ている。 散乱する墓石。その向こうに立派な建物がまだ残っていたので、それが何か確かめに行って、この情景に出会った。墓石は広範囲に散乱している。 立派な建物は小学校だった。写真は講堂を兼ねた体育館。ここで歓声をあげていた子どもたちはもういない。 体育館と渡り廊下でつながった校舎、一階は教員室や給食室で教室は二階にある。その二階まで津波は押し寄せた。写真で青く見えるプレートが、津波の水位を示している。 校庭はおびただしい数量の被災車両の仮置き場になっている。 3年生の教室から海を見る。こんなに近かったのだ。 「潮騒学級」・・津波さえなければ、どんなにすてきな教育環境だったことだろう。 改めて玄関から学校を見る。このがれきがなくなるのはいつのことなのだろう。そして子どもたちは、いつ戻ってこられるのだろう。 今日はこの数倍のものを見ましたが、一度に報告できるのはこれがやっとです。夜行明けでの走行距離340kmとあまりの惨状に、体も精神も少々参りました。どれほどかかるかわかりませんが、最大限、報告していこうと思います。
2012年06月28日
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今日、衆院で消費税増税が可決された。民主党内に60人近い造反も出たがまあ、自公が賛成するとなれば大勢に影響はなく、本質的にたいした問題ではない。小沢さんに鳩山さん、たいした問題と評して欲しければ、消費税法案の採択の瞬間、果敢に先議権が保障された内閣不信任動議をぶち上げ、自公に踏み絵を迫る手もあった。その最終兵器を使う素振りさえ見せないところで、造反の決意も程度も知れたというものだ。 この増税、社会保障財源の確保が目的との触れ込みで、盛んに一体改革と宣伝したが、自公民の密室談合で後期高齢者医療制度はそのまま存続、最低保障年金の創設は見送り、子ども手当は値切って社会保険料は値上げ、さらに子ども対象の扶養控除は廃止とあって、早い話が庶民は取られる一方の「改革」となった。 子ども二人を抱えるサラリーマン家庭で年収300万円の場合、消費税が10%となった暁には、これらでむしり取られる金額は年額25万円ほどになる。年収の1割近くが問答無用に強奪される勘定だ。無い袖は振れぬ道理で消費が急激に冷え込むのは目に見えている。ただでさえ長引く不況にあえぐ日本経済に、これはとどめ刺すことになるだろう。 だがまあ、輸出大企業はもう、日本の消費市場などぜ~んぜんアテにしていないのであって、今回の「一体改革」で大企業や大金持ちへの特権的減免税が維持され、さらに消費税で輸出による消費税還付ががっぽり転がり込むのだから笑いが止まらない。今回の「一体改革」なる代物の本質は、要するに貧しい国民から大企業大金持ちへのさらなる所得移転にほかならない。ヨネクラのあの下品な笑いが目に浮かぶようだが、それとあわせこれに賛成した選良どもの顔を忘れるなといいたい。 が、忘れるんだよなあ・・・ ニッポンの有権者諸君。いまやこの国は事実上の自公民大連立、衆参の9割をこれら3党で独占する大政翼賛の状況にあって、少々のことではこの構図は変わりそうにない。いくら酷(ひど)い目に遭わされても、会社のいいなり、組合のいいなり、宗教の言いなりって、鞭を振るわれても殴られても、貧しいエサを得る代償に文句ひとつ言わない飼い慣らされた牛馬のような手合いが有権者の多数を占めているようでは、この国はいつまで経ってもダメだ。消費税は上がり、社会保障や教育や福祉は切り捨てられ、そして何事もなかったように原発は再稼働してゆくだろう。 毎週金曜日の夜、国会を取り巻く反原発のデモ、野田の選挙区に押しかけて退陣を叫ぶ人たちもいる。政府と電力会社が合作全力で展開した停電脅迫キャンペーンにも、高まった国民の脱原発の意志は揺るいでいない。何かが変わり始めていることは確かだが、それが政治の変革に結実するまでには、まだ実に多くの関門がある。脱原発も一色ではなく、内部での意見対立が目立つのが現状だ。 日本の市民運動は常にこの対立で消耗し、力を失ってきた。小異を捨てて大同につくという功利的な選択は、いうは易しいが日本の市民運動は歴史的に一貫してほとんどすべて失敗してきた。脱原発の陣営内でもすでに、ネット上での非難合戦や一方的なレッテル貼りなど、近親憎悪的な不毛の内ゲバが展開されている。中核や革マル等の挑発者も紛れ込んでいる。現状の圧倒的に不利な力関係で、果たして日本の市民運動はその歴史的な弱点を克服して新たな展望を開けるだろうか。 こうしたあれこれを考えるに付け、今はどうにも愉快な気分になれないのだがまあ、だからといってボーッとしていたって何も変わらない。実はコジロー、明日はたまたま東京出張。そのついでに週末までかけて東日本大震災の被災地を回ることと思いついた。何かを肌で感じることができればと思っている。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年06月26日
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雨が朝から断続的に降り続いている。日が落ちてからは風も吹き始めた。今朝、まだ雨が小降りだった頃に映画『第4の革命』を観た。第4というのは、人類が意図して自然に働きかけることで他の動物と決定的に異なる道を歩み始めた農業革命、化石燃料を掘り起こしてエネルギーとし現代世界つまり資本主義社会を形成した産業革命、そして20世紀終盤からのIT革命(前の2つの革命に較べると少々比重が軽い感じもするが・・・)に続く革命という意味だろうと思う。 のだけど、コジローの隣で観ていた見知らぬオジサンたちは、上映が終わって画面にドイツ語のクレジットが延々と流れる間、「第4ってなんでだあ?」「石炭、石油、原子力に続く・・・ってコトじゃないかぁ~?」と話し合っていた。まあ、それもありかな。要するにこうした古く環境に悪く危険ですらあるエネルギーを再生可能エネルギーに取り替えられる可能性を、世界各地の実例に取材して立証したドキュメンタリーだ。 多くのエピソードが紹介されるが、コジローには、アフリカのリマで農村の福祉と発展のためにソーラー発電を普及しようと情熱を燃やす青年、それを支援するグラミン銀行、そしてバングラディシュで電気工学の基礎を学ぶ女性たちの射るような真剣なまなざしが印象的だった。これを観ると、再生可能エネルギーへの転換は、単に何によって電気を得るかという問題であると同等かそれ以上に、すぐれて人権と民主主義の問題であることに気づかされる。是非、一見をお薦めしたい。(詳しくはこちら) と、映画の余韻を反芻しながら会場を出て運転を始めた車のラジオで、野田政権が大飯原発の再起動を決定したことを知った。もとより予想されていたことだが、本当にこの国は救いがたい袋小路というか、汚物の泥沼に突っ込んで沈没する一方だ。その前日には、自民公明両党と政権との談合で、国民の多数が反対する消費税増税が事実上決定している。この失われた20年と呼ばれるまで長引く不況に加え、EUが解体しかねない経済危機を目前にして、内需にとどめを刺す消費増税など狂気の沙汰というしかないが、狂っている当人にはそれが分からないこその狂気なのだろう。だが、そんな狂気がこの国の国会の圧倒的多数を占めている。野田は、次にはTPPもこの多数の翼賛体制で押し切ってゆく腹づもりだ。 実のところ、なんとも暗澹たる気分に襲われる。国民が連日デモをかけようが、700万筆を越える署名を突きつけようが、カエルならぬ野田の顔に小便であって、国会の多数と米国の支持さえあれば大丈夫と割り切ったオッサンには、なんら意に介する風もない。主権者もなめられたモノだが、こうした局面でマスゴミに出てくる識者なる有象無象が語るのが決まって「政党政治の限界」なんて傍目(おかめ)八目風の分かったような論評だ(例えば今朝の朝日論説)。じゃあ、どうせえというんじゃ!と、怒鳴りたくなる。 いま史上最悪の野田政権があるのは、民主党を勝たせたからだ。だから責任は、絵空事のマニフェストや「政権選択」ってマスゴミ報道に易々とだまされて民主党に投票した有権者にある。んなの、当たり前ではないか。これは小学生でも分かる理屈だぞ。その当たり前の責任を曖昧にして、しゃあしゃあと「政党政治の限界」を唱えるのは、戦争責任の追求が始まる前に一億総懺悔を声高に叫んで、それをずる賢く回避した奴らと同じだ。悪知恵の働く奴らは常に、問題の焦点をありそうな煙幕で巧みに誤魔化す。 有権者が誤った責任を自覚しないからまた誤る。政党政治の限界だの、政党離れがどうだの、この国の政治の本質と関係ない論評で誤った選択をした有権者を免罪し、当の有権者がそれに甘え続けてきた結果が今のこの国の最低の政治状況ではないのか。権力からなめられるには、だまされやすいご自身に相応の理由があるということだ。本質的に支配者の道具であるマスゴミは、意図してこうした一見分かった風な論評を流す。自ら行動することもなく、それにフンフンと頷いているようでは、この国が変わる見込みは永久にないだろう。 だまされたことを激しく怒り、まただまされた自分を心の底から恥じる感性がない人は、次の機会にも他愛なくだまされるだろう。だが、政党政治の限界・・・などと言い訳を続ける日本の甘ったれた有権者に焼け付くような恥の感覚はあるか。自らの全身全霊をかけて懸命に学び考え、自らの手でトタン屋根にソーラーを据え付けていたバングラディシュの裸足の女性たちが、いよいよ眩しく思い出された。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年06月16日
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焦点の大飯原発3・4号機の取り扱いについて野田首相は昨日30日、立地自治体の同意を前提に「私の責任で判断する」と述べ、近く再稼働を認めることを示唆した。このタイミングでこうした発言が出たのは、同日鳥取県で開かれた関西広域連合の会合で、事実上再稼働を容認する声明が発表されたことを受けてのこと。首相の判断の前提となる立地自治体とは福井県と大飯町のことであり、この両者が再稼働に反対するわけはないのだから、事態は再稼働に向けて大きく動き出したわけだ。 これが不当なことは言うまでもない。福島第一原発事故の原因は未解明で大飯原発にどのような未知の危険が潜んでいるか今も分からない。そうした中で「暫定」的に設けた新たな安全基準への関電側の対応は口約束だけ。原子力ムラから独立した原子力規制機関は3.11から1年以上を経た現在も設立されず、そのためフクシマで見るも無惨な無能ぶりをさらけ出しながら生き延びた原子力委員会や安全保安院の助言を受けて、ズブの素人の政治家が政治判断するという。こんな危なっかしいことでいいのか。 前述した関西広域連合の会合で、細野原発担当相は住民の不安に配慮して特別な監視体制を取ると約束した。・・・のだが、その内容たるや、経産省の副大臣や政務官が大飯原発で運転状況を「常時監視」するというから噴飯だ。原子炉の専門知識もない政治家が現場でいったい何を監視するというのか。この「監視人」最大限善意に解釈しても、政治家が逃げてないならまあ今のところ大丈夫かなぁってな感じで、住民をちょっと安心させる人質以外の意味はない。現に福島では、現地対策本部長を務めた池田元久経産副大臣が相次ぐ水素爆発で腰を抜かし、「対策」どころか現場を放り出して一目散に逃走している。イザと言うとき、こんなの屁の突っ張りにもなりはしないのだ。 が、これを受けて事実上のゴーサインを出した関西広域連合の首長お歴々もおめでたい、・・・というか、まあ、それより、世論の風向きからあまり突出はしたくないものの、元々ホンネの所は皆さん、同意したくてウズウズしていたところにこの機会を得て、まあこの際、理屈なんて何でもいいのであって、「みんなで渡れば怖くない」って話なんだろうと思う。 ついでながら、この広域連合作の「原発再稼働に関する声明」は、読む人によって都合良く解釈可能な不思議な文書。結びの言葉は「大飯原発の再稼働については、政府の暫定的な安全判断であることを前提に、限定的 なものとして適切な判断をされるよう強く求める」と、「適切な判断」なるものを政府に委ねてその内容は明記していない。剥き出しに再稼働OKとは言いにくいもんでこんな表現に落ち着くのだろうが、まあ、これが政治的作文というモノなのだろう。 だが、原発ゼロをめざす勢力は、ここで諦めないことが肝心だ。もちろん再稼働を阻止するため引き続き可能な働きかけを強めることが第一だが、仮に再稼働を強行されてもそれで終わりではないことを確認しておきたい。現在の日本の政治状況では、再稼働そして原発維持が依然として多数派だ。世論だけで再稼働を阻止できる力関係にはもともとなく、大飯原発の再稼働如何と脱原発社会の実現とは次元の異なる問題だからだ。当面の大飯原発再稼働阻止の運動は大切だが、焦って決戦論に陥らないようにしたい。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年05月31日
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いつまで経っても動かない青森県六ヶ所村の使用済み核燃料再処理に2兆2000億円。着工から今年で29年、ナトリウム漏れやクレーンの落下やトラブル続きでこれまでただの1ワットも発電していない高速増殖炉もんじゅに1兆1000億円。使った燃料以上の燃料が得られる奇跡の技術との触れ込みだった「核燃料サイクル」だが、その実態たるやこんなトンでもない役立たずの金食い虫であった上に危険きわまりないとあって、フツーの脳みそのフツーの国々はさっさと撤退。いまも巨額の税金を垂れ流しながら狂気にとりつかれたようにグズグズ続けてるのは日本だけだ。 が、福島原発事故もあって、さすがに、このままでええんか・・・と、政府の「エネルギー・環境会議」から要請を受けて核燃料サイクルをこれからどうするか議論していた内閣府原子力委員会の小委員会が、正規の会合とは別に・・・というより、その対策にという方が実態に近いのだろうが、こっそり推進派だけ集めた「勉強会」を開いていたことが分かった。この謀議は実に20回以上も開かれており、近藤俊介原子力委員長もたびたび出席、事務局から委員会に提出する予定の議案が事前に示され、核燃料サイクル維持に有利な表現への書き換えがなされていた。加えて、その事務局に原子炉メーカーが加わっていたというのだからとことん呆れる。 これを八百長といわずしてなんと言えばいいのか。が、藤村官房長官は記者会見で「何の問題もない!」と即座に明言した。ビックリ仰天だが、まあ、こんな八百長やヤラセやらのウソ八百を長年当たり前にやってきた皆さんにとっては、それが何か?って感覚なんだろうなあ・・・ ともあれ、こんな利益相反連中に公平な判断ができっこないことは誰が見たって明らかだ。利害関係者のメーカーや電力会社はもちろん審議から排除、謀議に参加していた役人や学者は全部名前を公開して委員会から永久追放してイチからやり直せ。 関連するが、数土文夫NHK経営委員長が現職のまま東電の社外取締役を兼任しようとして批判に晒された結果、なんとNHKの方を蹴って東電の取締役に就任することを選んだ。これは意外な展開だったが結果オーライ、いってみれば良識の勝利というべきだ。経営委員会は報道内容に干渉しないとされているが、原子力マフィアがてっぺんに君臨していたのでは、現場はおちおち原発を含め社会の深層をえぐるような仕事はできない。全体として政府側に寄りすぎる傾向は否定できないが、連続してヒットを飛ばしたETV特集のような番組を作る力量もNHKのスタッフにはある。こうした健全な批判精神が今後も良い番組を作ることを期待してやまない。 別の話題、結構稼いでいたにもかかわらず、その母が生活保護を受けていた吉本の漫才師が猛烈なバッシングを受けている。これを取り上げたテレビのワイドショーで識者たちは口を揃えて不正受給とそれを許す制度、さらに地方自治体の甘い対応を糾弾、リストラ失業と高齢化を受けての受給者激増を怠け者が増えた風潮と描いてののしった。また、生活保護制度について最も詳しい人物のひとりと目される長妻昭元厚労相は100億円も不正受給があると話し、現職の小宮山洋子厚労相は国会答弁で嬉しそうに生活保護費の減額を示唆した。 いずれもそろいにそろってアホかである。漫才師を弁護するわけではないが、生活保護については、受給資格があるにもかかわらず申請窓口での「水際作戦」で受給できず、このモノが溢れる社会の片隅で餓死したり、それ以前に自死を選ばざるを得ないような事態が相次いでいることの方が圧倒的に重大な問題ではないのか。 100億円の不正受給がさも大層なことのよう新旧大臣殿はのたまうが、総額3兆7200億円の0.2%だぞ。まあまだ見逃しているのもあるだろうが仮にこの倍としたって、全体の99.5%は必要な人に支給されていることになる。この最後の命の綱をさらに細らせ、あわよくば断ち切ろうというのがこの漫才師バッシングの本質だ。「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を高らかに歌い上げた憲法がある国で、生活苦を大きな原因として毎年3万人を超える人たちが自殺している現実、その一人一人の無念を一度でも思いやったことがあるのか。漫才師を糾弾するこのアホどもには、飛んでいって鉄槌を下してやりたいほど怒りが煮えたぎる。 はあ、我ながらちょっと興奮してしまった。(^_^;) で、閑話休題、グルコサミンとかいうサプリで、舞の海ら数人が膝をくるくる回すCMがあるが、それを見ていた知り合いの整形外科医が、「膝は回したらアカン」とつぶやいていた。膝関節は上下に屈伸して使う構造になっていて、横に回すような動きには適応していないのだそうだ。 ということで、ツケと膝は回したらアカンらしいよ。 ではまた。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年05月26日
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これは一体どういう情景なのだ。今日21日の衆院社会保障・税一体改革特別委員会で、消費税増税を柱とする一体改革関連法案について、今国会で必ず成立させる覚悟について質した石原伸晃自民党幹事長に対し、野田佳彦首相は「与野党で真摯な議論を経たうえで成立させる思いは揺るぎない」と述べ、今国会成立への決意を表明した。 消費税はもともと経済的弱者を直撃する最悪の不公平税制だ。内需の主柱である国民の購買力は確実にそれだけ落ちる。ただでさえ長引くこの不景気に、ますます最終消費に冷や水をぶっかけるような盲動がどのような結果を招くか、素人でも分かりそうなものだ。ましてこの一体「改革」は福祉や年金の切り下げとセットになっている。「福祉目的」とはよくも言ったものだが、消費税で庶民から金を巻き上げつつ福祉も切り捨てるこの暴挙の一体どこが「改革」なのか。 こうした実態が知られるにつけ、どの世論調査を見ても消費税増税は反対が多数を占めてきた。が、この無茶苦茶な増税を仕掛ける政府与党に対し、我がニッポンの国会では、冒頭に紹介したとおり、野党第一党が政府の本気度を質して尻を叩くという信じられない問答が厚顔無恥に演じられている。神聖な土俵で東西の横綱が手を取り合ってダンスしてるようなものだぞ。座布団では生ぬるい、たばこ盆でも投げつけてやれ。 衆院480議席中、民主党と自民公明両党合計すれば430議席に及ぶ。議席占有率、実に90%。小政党の中でも「みんなの党」だの「立ち上がれナントカ」だのは基本的に消費税増税派だ。国権の最高機関と国民世論との乖離、ここにきわまれりではないか。でもって、このうえさらに比例区をさらに80減らして、事実上、民主党と自民党と自民党に支援された公明党の候補者しか当選しない小選挙区選出議員で国会を占拠し、この翼賛体制を完成させようというのだ。これをファシズムと呼ばずしてどうする。 福島の原発事故は、この国をこれまで支配してきた構造のおぞましいまでの醜悪さを白日の下にさらけ出した。原発再稼働を許さない世論、消費税増税に反対する国民世論はその健全な反応といえるだろう。であればこそ、原発ムラを中心とする支配勢力は凶暴になる。言論の自由を封殺する秘密保全法、公然と交戦権を復活させ天皇を元首化して民主主義を最終的に葬る改憲への動き。すべて一体だ。 だが、秘密保全法も改憲も世論は支持していない。人の心は移ろいやすく、まただまされやすく、こうした世論が一方で同じ穴のムジナの橋下徹大阪市長を熱狂的に支持するなんて無視できないねじれもあるが、支配者たちが凶暴になるのは世論の支持を取り付ける手に窮したからであって、それは弱さの表現にほかならない。一筋縄ではいかないだろうが、こうした局面こそが転換期であることを歴史は示している。いまが踏ん張りどころなのだ。 ・・・さて、閑話休題。今朝はなんといっても金環食でしたねえ。朝、起きて空模様を拝んでみれば、昨夜来の雨もやんで青空が広がりつつある気配。急いで裏山に登り、バッチリ金のリングを見ることが出来ました。 ハート型のピンホールで写し取った金環食 で、そのために用意したのが「すすガラス」。すすガラスもダメとしきりに報じられていたが、そんなことあるもんか。たしか小学2年くらいだったと思うが、先生の指導ですすガラスを作った記憶がある。当時、停電など日常茶飯事で、どこの家庭でもロウソクは必需品だったから、児童は皆、ロウソクとガラスを学校に持参して、先生の指導の下、ワクワクしながらすすガラス作りに励み、翌日は全校児童がそろって校庭で日食を観察した。が、視力がどうこうしたなんて話は皆無だったぞ。 というわけで、メディアの警告を無視して作ったすすガラス越しに見た金環食は本当に見事だった。もちろん、視力に何の変化もない。裏山に登ってきていた他の人たちも、「お、すすガラス!」っと感歎の声・・・、だったかどうか、実のところあまり自信はないのだけれど、まあ、なんつうか、皆さんがお持ちの安っぽい日食めがねに引き比べ重厚な我がすすガラス、ちょっと誇らしい感じだったのであって、とりあえずめでたしめでたしである。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年05月21日
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脅迫めいた節電の大合唱がますます大きくなってきた。政府は18日、エネルギー環境会議を開き、この夏の電力「不足」を乗り切るためとして、関西電力管内の企業や家庭に対し、2010年比で15%の節電を求めることを決めた。電力需給が最も逼迫する関西に電気を送るなどのため、他の電力会社管内にも5~10%の節電を求める。この節電要請は焦点の大飯原発が再稼働しないことが前提。イザと言うときには計画停電も辞さない構えでスタートは7月2日だ。 これを受けてメディアは早速、電気が止まっては困る企業や24時間電動の人工呼吸器に頼る難病患者に取材、電気が止まれば経済が沈没したり人命が脅かされたりすると、盛んに危機感を煽っている。原発を動かさないとこんなにひどい目に遭うぞと、原発ムラを挙げての大合唱。ひるがえって、それがイヤなら再稼働を認めろという論法。電量不足による国民の苦難を放置できないと、野田首相はNHKの番組で大飯原発の再稼働について「最後は私のリーダーシップで決めたい」と力んで見せた。 これと呼応するような動きも進んでいる。先日、地元の大飯町議会は共産党を除く全議員の賛成で大飯原発の再稼働を求める決議を採択。理由は地元経済への配慮だった。大飯町長の出身企業は原発下請けで莫大な金額の仕事を請け負っている。たしかに地元経済への配慮が最大の関心事になる道理ではある。 さらに福井県から委嘱されて原発の安全性を審査する福井県原子力安全専門委員会はそろそろ再稼働にゴーサインを出そうかと機会をうかがっているという。前にも書いたが、この委員会12委員のうち、中核の学識経験者4人は関西電力の関連団体から計790万円、1人が電力会社と原発メーカーから計700万円の寄付を受けてる。といった次第でこちらも経済が大切なご一統、ご同慶の至りである。 だが、今なお再稼働に踏み切れないのは、あまりに世論の抵抗が強いからだ。圧倒的な世論はたとえ電力不足で苦労しても原発はイヤだといっている。福島の過酷事故の原因もまだ解明されていない。その事故を招き被害を拡大すらさせた無能かつ無責任きわまりない経産省の原子力安全保安院や政府の原子力安全委員会が、そのまま厚かましく今も生き延びて下した安全性評価など、いったい誰が信用するものか。多少の節電もビンボーも、んなの、放射能のトンでもないヤバさに比べたら可愛いモノってのが庶民の感覚なのだ。 であればこそ、原子力ムラは脅迫...というか、電力足りないエライこっちゃキャンペーンに躍起になる。だが、このキャンペーンが功を奏して国民が厳しい電力事情(コジローは実際のところ、原発が無くてもこの夏の電力需給には充分余裕があると考えているが...)を果敢な省エネ努力で耐えきり、夏を乗り切ってしまったらどうなるか。「あ?、原発無くても平気じゃん」ってなったら、もう原発は金輪際、終わりになってしまう。 いまが、この国の歴史のひとつの分岐という気がする。日に日に激昂の度を高める電力不足キャンペーン。これをBGMに機会をうかがう再稼働。だが、それは、世論の支持を得られない中での焦りの表現にほかならない。追い詰められているのは原子力ムラの方なのだ。
2012年05月19日
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【5月11日追記】 5月8日に書いた以下のブログについて、一部訂正します。白馬岳で遭難した北九州の医師ら6人パーティについて、本日付の朝日は現場から回収した4つのリュックから、ダウンジャケット類や下着、ツエルト2張りが回収されたと伝えています。うちツエルトひと張りは使おうとした形跡があったそうです。従って、以下のブログに書いた「悪天から身を守るツエルト(簡易テント)も持参していなかったという」の部分は誤りで、訂正ないし削除しなければなりません。 そこで追記として2点。まず、せっかく持っていた装備を使う余裕もないほど天候の悪化が急激であったか、そうした最低限の身を守る対応にも難渋するほど疲労困憊してパーティの力が落ちていたか、ないしはその両方が相まってこの事態に立ち至ったことが想定されます。そうなると、ますます気になるのがこのような状況に至るまでのリーダーの判断で、ここから先は結果から推定した懸念と断っておきますが、そもそもこのパーティにはリーダーと呼べる人がいたのかどうか。 リーダーも曖昧な仲良しグループや寄せ集めグループの登山は珍しくありませんが、その大半が無事に済んでいるのは、実は運が良かったおかげという面もあります。もし、今回のような天候急変など深刻なトラブルに遭遇すれば、強力なリーダーシップを持たないグループはたちまち烏合の衆と化し、撤退などの意志決定ができないまま漫然と機会と時間を喪失、挽回不能な窮地に陥ってしまうケースがままあります。今回の遭難パーティがそうだったと決めつけるわけではありませんが・・・ 次いでもう一点、この国のマスコミはこれほどまでにデタラメだということです。当初の報道でツエルトを持参していないなどを挙げて装備不足を盛んに非難したのは、いったい何を根拠にしていたのか。誰かが憶測で流した情報に、すべてのマスコミが裏付けも取らずに飛びついたのではないか。「一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝う」は巷間に流される噂や伝聞の正体を暴いた名言ですが、これが真実の報道を看板に掲げるメディアの現実の姿なのです。 今回の遭難報道においてまたも馬脚を現したマスコミのこの無惨なほどの無能さ。原発報道でも見たこの国におけるジャーナリズムの不在は、国民にとり本当に不幸なことだと思います。ともあれ、このいい加減な報道に頼り(実際、アクセスできる情報はそれしかないのですが・・・)、自分もまた間違った内容を書いてしまった点については、前記の通り訂正削除の上、お詫びします。 【以下、元のブログ】 5月5日深夜をもってついに稼働ゼロとなった日本の原発の今後などについても触れたいのだが、今日はとり急ぎこのゴールデンウイークに多発した山岳遭難の話題。なかでも、白馬岳で北九州市の医師ら6人パーティの全員が死亡した事故は他人事とは思えない。コジローたち5人パーティは彼らと全く同一のルートを一日遅れで登る計画だった。 もともとは連休前日の2日夜に和歌山を発ち、翌3日栂池スキー場のリフトやロープウエイを頼って標高1840mの栂池ヒュッテに宿泊。翌4日夜明けと同時に同ヒュッテを出て、天狗原(2204m)、乗鞍岳(2437m)、白馬大池(2370m)、小蓮華山(2769m)、三国境(2751m)を経由して白馬岳(2933m)に登頂、その直下の白馬山荘に達する予定だった。この目論見は出発地が和歌山市である点を除けば遭難パーティと全く同じだ。その後は白馬大雪渓から標高差1700mをテレマークで一気呵成に滑降して猿倉(1340m)に下山というプラン。悪天への対応を考慮し連休最終日の6日を予備日に充てていた。 だが、事務所の引っ越しやらなにやらでリーダーのコジローがめちゃ忙しくて、栂池ヒュッテに予約の電話を掛けるわずかな時間も取れず、ようやく4月も末になって電話をしたらもう満室で宿泊不能とのつれない返事。予備日が平日の7日になってしまうが、やむを得ず計画を丸一日順延して、まだ空きがあった4日に宿泊の予約を入れたのだった。もし3日に予約が取れていたら、恐らく遭難パーティと同時刻に出発し、前後しながら登っていたはずだ。 先に書いた栂池から白馬山荘まで夏なら約7時間のルートだが、残雪期はその3割増を見ておきたい。とすると所要約9時間。夜明けの5時にスタートしても白馬山荘着は午後2時になる。よほどの健脚であれば別だが、平均的な登山者の力量でこれより遅い時刻の出発になって少しでもトラブルに見舞われれば、日のあるうちに安全な山荘にたどり着ける保障はない。そして、栂池高原をこの時間に出発するには、そこにあるこの時期唯一の宿、栂池ヒュッテへの前泊が必須であり、同ヒュッテに泊まれなければ我々のように日延べするしかない。 かくして我がパーティが1日遅れの行程で栂池スキー場でトレーニングしていた4日午前、ガスが山稜を包み展望は終始きかなかったものの、次第に雲の切れ間から青空が覗く時間帯もあって、その後の回復が期待されたのだが正午頃から再び日は陰り、やがて雨も落ちてきた。そこで我々は早々にチェックインして部屋でくつろいだのだったが、報道された目撃証言によればちょうどその頃、遭難した一行は小蓮華山への登りの途上にあって、リュックを他のメンバーに担いでもらっている人もいたという。 5時の出発から8時間を経由してなお小蓮華山に到達しないのは余りに遅い。天候は悪化の一途だったはずで、すでに落伍者が出て遭難寸前ではなかったか。目撃証言の主がこの困窮パーティにどう接したかは報道になく腑に落ちない所もあるのだが、ただ、小蓮華山からさらに前進して白馬山荘をめざすか、それとも栂池ヒュッテに引き返すかの判断は微妙だ。夏道で言えば白馬山荘まであとわずか2時間だが、まともに風を受けての厳しい雪稜の登りになる。一方、栂池ヒュッテへは4時間と時間は倍かかるが下りで体力的には楽だ。それに1時間半耐えれば主稜線から外れて風圧も緩むだろう。ここはやはり引き返すべき所だったのではないか・・・ その夜は猛烈な風になった。間欠的にうなりを上げて吹き付ける風の音で眠れないほどだ。遭難パーティは雪洞を掘るスコップも悪天から身を守るツエルト(簡易テント)も持参していなかったという。翌朝8時頃、6人は小蓮華山から白馬方面へさらに進んだ三国境付近で全員、遺体となって発見された。低体温は思考力も奪っていたのか、漫然と無防備に暴風雪の中を進み無抵抗のまま力尽きた姿だった。一方、我々は4時から準備を始めたが強風が弱まるのを待つこととして8時まで出発を見合わせ、その結果の時間切れで、乗鞍岳までシール登高して来たルートを滑降するのみに止めてこの山行を終わらせた。息を切らせながら雪の斜面を登っている間、しばしば上空をかすめたヘリは遺体を運んでいたのかもしれない。 さて、メディアは例によって、装備の不十分さ、判断の誤りなどを次々にあげて、この遭難の原因を論じている。だが、装備について言えば、たとえば彼らが夏用の雨合羽を着用していたことをやり玉に挙げるが、我々だって雨合羽だった。冬山用のヤッケは暖かいが防水機能はない。この時期、怖いのは雪より雨で、下着まで濡れて冷えればたちまち致命的になる。両方持参すれば良さそうなものだが、荷物が増えればそのぶん確実に行動は遅くなる。速度が死命を制する場合もあるのだ。コトは山の素人の記者が考えるほど単純ではない。雪が降ったときに重ね着する軽いダウンをリュックに忍ばせて雨合羽を着用するなど、安全と軽量化を考えればごく普通の選択ではないか。 とはいっても、間違いがなければ防げた遭難であったことも事実だ。6人パーティにツエルトひと張りもないというのは論外だし、悪天下で落伍者が出て行動が遅延したときの判断も適切だったとは思えない。だが、山岳遭難が起きるたび、原因をいつもこうして自己責任に還元してしまうのはいささか問題なのではないか。 例えば、釣りや海水浴で溺れた事件で同様の自己責任が問われているか。警察などの救助ヘリが出動するたび、税金がいくら係ったなどとイヤミたっぷりに報じられるのは山岳遭難事故だけであって、溺れた人の捜索でヘリが飛ぼうが船が出ようが、それを問題視する報道にはお目にかかったことがない。同じレジャーでの事故、山と海とで一体何ゆえにこれほど扱いが違うのか、明確な理由があれば教えてもらいたい。 登山が文化的に生きる権利として認められているヨーロッパアルプスなどでは、登山者をトレーニングする公的な機関があり、厳しい山に登る際には事前に登山者の力量や装備のチェックが入念になされるシステムもある。また、いざ遭難となれば救助隊がヘリで直ちに急行する体制も公的に確立されている。山岳遭難事故が起きるたび、マスコミを揚げてことさらに自己責任を言い募る我がニッポンの風潮には、本来国などが果たすべき責務を免罪する意図が隠されているように思われてならないのだ。 ←ランキングに参加してます、ワンクリックでご協力を
2012年05月08日
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先週は事務所の引っ越しで終始した。事務所はわかやま環境ネットワーク(=和歌山県地球温暖化防止活動推進センター)と和歌山有機認証協会の2つのNPOがシェアしている。これまで2年半ほど借りていたオフィスは和歌山城を望む都心部にあり、何かと行き来することが多い県庁にも近くて重宝していたのだが、例の事業仕分けパフォーマンスで、環境省の委託を受け地域センターが実施する事業について事務費がゼロ査定と切り捨てられて一銭も出なくなり、貧乏NPOとしては、そう高くもない家賃すら支払うことが出来なくなって退去せざるを得なくなった次第。 ゼロ査定とされた事務費には、家賃のほか、水光熱費や電話代、インターネット接続料などが含まれる。事務所も電気も電話もインターネットもメールも一切使わず、この時代、一体どのようにすれば仕事が出来るものなのか、事業仕分けで独りよがりに盛り上がった蓮舫さんや枝野さんほか、民主党の皆さんにぜひご教示願いたい。 ・・だからといって、NPOの維持に不可欠な人件費はある程度みてもらえるから、環境省からの委託事業を潔く返上ってわけにもいかないのだけれど、本気でムダを削るなら事業委託したNPOの家賃の一部なんて全国計でも恐らく3千万円程度のみみっちいところじゃなくて、法的根拠皆無の米軍への思いやり予算ざっと2000億円とか、憲法違反の政党助成金300億円余とか、大なた振るって削ってみせて欲しいものだ。 とまあ、こちらから望んだ引っ越しではないのだけれど、行き先は超ご機嫌なロケーションなのだ。コジローの古くからの親友が経営していたオーガニックカフェの跡で、ご自身も会員のひとりである両市民団体の窮状を見かねて、同カフェを閉店したのを機に提供を申し出てくださった。 一本道路を挟んだ向こうは和歌浦湾最奧の浜の宮海水浴場。二階に開設した事務所のテラスからは、正面にその海水浴場の砂浜と遠浅の海が果てしなく広がり、左に和歌山マリーナシティーの高層建物とテーマパーク、そして右に新和歌浦の旅館街を遠望する。万葉の歌枕として知られる片男波の砂嘴(さし)も指呼の距離だ。まさにこれ以上はない絶景。特に、西空の雲を茜色に染めあげ、海面に燦(きら)めく黄金の線条を真っ直ぐに引き描いて夕日が沈む光景は荘厳の一語に尽きる。まるで、壮大な交響曲のフィナーレがフルオーケストラでコンサートホールいっぱいに鳴り響くようなのだ。 携帯電話の写真から、この凄絶とも評すべきもの凄い絶景の一端でも感じていただければ幸いだが、コジローはこれからここで毎日仕事をすることになる。朝から慌ただしく働いて疲れを感じはじめる頃、ふと外に目をやると日は傾き、やがて穏やかな浜風が吹き始める。それは、あの荘厳な日没が間もなく始まる合図にほかならない。まずオーボエが静かにロングトーンを始め、それに木管、続いて金管の一群、そして最後に弦の大群が一斉に弓を引き音を合わせて沈黙した。さあ、舞台の袖からマエストロの登壇を待つって瞬間なのだ。 ・・・な~んて状況で、ワタクシ、果たしてビールを我慢できるだろうか! しかも、難儀なことに、元オーガニックカフェには美味しいビールをギンギンに冷やす冷蔵庫がふんだんに装備されているのだ! ・・・というわけで、事業仕分けのおかけで、日々、新たな葛藤が始まる予感が強く強くする引っ越しなのだった。 ともあれ、近所にお越しの際は、ぜひ気軽にお立ち寄りを。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年04月28日
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また、長らくのご無沙汰になってしまったが、実は久々ひどい風邪に見舞われてここ2週間、仕事に行くのがやっとの状態だった。 4月7日に花見で近所に山に登り、上機嫌で花を愛でつつ気持ちよく呑んでその場でうたた寝しちゃったのがそもそもの原因。その直後に巡ってきたJAS法関係の一日講習で、風邪気味のなか3時間以上講師を務め声を張り上げたのがたたって完全に声が出なくなり、さらに、やめときゃいいのに、自分が会長を務める「紀峰山の会」が他の山岳会も招いて主催した大きな花見山行イベントがあって、立場上、顔だけでも出さねばぁ~って、まあ実のところは出さなくたって誰ひとり困りも怒りもしないのだけれど、ともあれ最初だけお付き合いのつもりが、結局最後までしっかり歩いて大汗かいて、また身体を冷やして・・・と、我ながらバカな振る舞いを繰り返して今までズルズル引きずってしまった。自業自得といわれれば一言もない。 さて、その自業自得にひっかけてだが、難航する大飯原発の再稼働についての近畿圏と福井県での世論調査結果が今朝の「朝日」に出ている。それによれば再稼働反対が近畿で52%(賛成29%)、福井でも43%(同36%)といずれも多数を占めた。同調査で注目されるのは、大飯原発再開を急ぐ理由として政府と関電が声を張り上げるこの夏の電力不足について、こうした政府や関電の説明を信用できないという人が57%にものぼっていることだ。 さらに野田政権が大慌てで取り繕った例の「暫定安全基準」に至っては、信頼しないとする人が63%と、信頼する人(22%)の3倍近くに達している。要するにこの間、ウソと情報隠しと「やらせ」で押し通してきた国民だましの手法が完全に行き詰まり、それを見透かした世論が固い政治不信の岩盤となって、大飯原発再稼働への最大の障害物になっているのだ。まさに自業自得というほかはない。 だが、彼らにはもう、ウソでも何でも電力不足をしつこく演出する以外、原発再稼働の必要性を説明するすべはない。といった次第で、昨日開かれた政府の電力需給検証小委員会の初会合で、電力各社はこもごもこの夏の電量需給の逼迫を訴え、わけても関電は最大16.3%不足するとして、暗に原発の再開を催促した。だが、この委員会に招かれて意見聴取に応じた環境エネルギー研究所の飯田哲也所長は具体的に根拠を示しつつ、「(関電を含め)すべての電力会社で供給は確保できる」と断言した。 その根拠は、先日このブログに書いたこととほぼ同じだが、関心のある向きは、その名も「関西電力のウソ」と銘打ったジャーナリスト広瀬隆氏の解説動画を参照しもらいたい。広瀬氏の仕事にはやや思い込みの強いところがあり、コジロー全面支持はしていないのだが、公表された政府統計を丹念に拾い出して関電のウソを暴く広瀬の話は説得力があり迫力に満ちている。広瀬の後を追ってWEBを渉猟して結論も明確に検証できた。で、確信を持って言うが、関電と野田政権が合作で連呼する電力不足キャンペーンは原発再稼働の露払いを意図した悪質なデマゴギーと断定していい。 さて余談だが、飯田哲也さんとは、この委員会での活躍の前日の日曜日、紀南地域に自然エネルギーを普及する団体が田辺市で開いたイベントで2年ぶりにお会いした。自ら命名した「原子力ムラ」への批判は仮借なく厳しいが、表情や語り口は相変わらず穏やかだ。講演後、久しぶりにお会いした機会に、これから和歌山で進めようとしている運動を紹介し、協力を改めてお願いしたところ、即座に快諾の返事が返ってきた。3.11後ますます拍車がかかったハードスケジュールにも関わらず、こうして市民運動の支援に骨身を惜しまず協力してくださる姿には頭が下がる。 5月5日に実現する原発ゼロの日本。それに続く「関電夏の陣」をどう戦い抜くか。歴史を変えられるか否かの正念場は近いと思う。
2012年04月24日
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野田政権は停止中の原発を再稼働させる条件となる安全対策の暫定基準を、わずか二日の密室協議のお手盛りで決定。焦点の福井県大飯原発を管理する関西電力は週明け早々にも、同暫定基準が求める中長期にわたる安全対策の実施計画を提出するとしており、政権はこれが提出されるのを受けて大飯原発の安全を宣言し再稼働を強行する構えだ。 まあ、絵に描いたような茶番劇と評するほかない。もともとは、ストレステストなる机上計算で停止中の原発を再稼働させようと目論んでいたのだが、それが国民的な批判で不可能になったため、苦肉の策として新たな言い訳材料となる暫定基準の設定を思いつき、現状ですんなりクリアできる「基準」を泥縄で作ったというのが実情だ。こんな茶番で安全が確保されたと思うノー天気が世の中にどれほどおられるものか。国民をバカにするのもいい加減にしてもらいたい。 野田政権がこんな子供だましの茶番を演じてまで大飯原発の再稼働にこだわるのは、今年の夏が原発ゼロで乗り切れてしまうという悪夢のような事態を、何が何でも避けたいからだ。原発の恐ろしさは国民の心胆にしっかり焼き付いている。だが、深刻な電力不足が起きるのも困る。原発ゼロは理想だが、電力が不足するなら当面は原発再稼働もやむを得ないかも知れない・・・というのが大方の国民の率直な心情だろう。だが、電力需要のピークである夏を原発なしで乗り切れてしまえば、恐ろしい原発の再稼働など望む人は金輪際いなくなる。こうなれば、日本の原発はもう終わりだ。 であればこそ、政府や電力会社は電力不足キャンペーンに躍起になるわけだ。関電は昨年夏の電力供給実績と猛暑だった2010年夏の需要実績を示して「再稼働が間に合わなければ、夏には13.9%(550万kW)もの電力不足が生じる」としている。昨年夏動いていた原発4基が止まっていることがその根拠だなのが、例によってというか、これも眉唾ものだ。関電はこの冬も電力は10%不足すると騒いだが、近年にない厳しい冷え込みにも関わらず電力不足は全く起こらなかった。 止まっている原発4基の発電能力は計337万kW。なのに550万kwも不足するというのは昨年夏の揚水発電の実績から213万kWも割り引いているからだ。まずこれがインチキの始まり。揚水発電は原発の夜間電力で水をくみ上げ日中に発電するシステムだが、電力不足が予想されるとなれば原発でなくとも、夜間に火力などの発電施設を稼働させて水をくみ上げて備えることは出来る。また、電力が余っている中部電力や埋蔵電力(製鉄所等の自家発電の余剰電力)からの融通を低く見積もっているし、イザというときに電気を止めることを前提に料金を割り引く需給調整契約や省エネ効果も織り込んでいない。 だいたい、関電はテレビのコマーシャルで省エネを訴え、また海南火力の第二発電機を10年ぶりに稼働する工事を急いでいるとか、姫路火力のガスタービン発電機を増設するとか、電力確保に向けた自分たちの奮闘ぶりを得々と広報しているのに、その効果をこの需給見通しに1ワットも反映させないとは一体どういうことだ。需給見通しかコマーシャルかどちらかがウソってコトになるわけだが、それを平気で通すような不真面目で誠意のない企業というだけで、原発なんて物騒な施設を任せられない理由には十分だ。再稼働は絶対に許してはならない。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年04月08日
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橋下・維新の会関連の話題ばかりで恐縮だが、今日(28日)ももう一本。大阪維新の会が多数を占める大阪市議会は昨日27日、「みんなで決めよう『原発』国民投票」という市民団体が、5万5000筆余の有効署名を添えて直接請求した、関電の原発稼働の是非を問う住民投票条例案を否決した。反対に回ったのは大阪維新の会のほか、公明党、自民党、OSAKAみらい(民主系)の各会派で、橋本市長も事前に反対意見を議会に伝えている。結局、賛成したのは共産党だけだった。 これまで、住民投票条例案が議会に提出されて否決された例は少なくない。そうした点からはこの結果も驚くにはあたらないのだが、今回反対した連中の言い分が気に入らない。橋下市長は「昨年11月の市長選挙で市民の意志は脱原発依存の方向であることは明確」「5億円を使って住民投票する意味がない」として反対した。公明は「住民投票と手段は違うが脱原発への思いは同じ、市として脱原発の方向でしっかり動く」、また民主系のOSAKAみらいは「もっと議会で議論すべきだ、今の時期にあまりに拙速」とコメントしている。 あのなあ、この連中、ホント、救いがたいほど分かってないのだ。橋下が言う市長選での争点は「大阪府市の二重行政がなんたら・・・」という訳の分からない問題で、原発などまったく争点ではなかったし、この際ついでに言えば、先ごろ発表された維新八策なる駄文にも原発についての明確な言及はない。 そうしたなかで提出された住民投票条例のテーマは、なお住民に正面切って問われてはいない原発存続の是非についての住民意思の表明であって、脱原発などといった方向性を示唆するものは何もないのだ。それを反原発運動の一変種と見て、「思いは同じ」などと先走ってリップサービスするところに、彼らの住民運動に対する無知、さらには予断と偏見がはしなくも露呈している。 問題の焦点は、原発存続の是非ひいては社会的インフラの最重要な柱であるエネルギー政策のあるべき姿について住民が学び、意見を交換し、熟慮し、そして主権者としての意志を決定する過程を、民主主義に不可欠の手続きとして積極的に評価するかどうかにある。それは、国民が主権者であるという日本国憲法の原則への理解度を問う問題でもあるだろう。イタリアやスウェーデンなど多くの国では同様の国民投票が提起されたことを契機に、多くの学習機会が提供され、たっぷり時間を掛けたディベートを経て問題を十分理解した上で、国民は結果として脱原発の道を選択、政治もそれに従った。これが主権在民の生きた姿だ。 政治権力やその手足たる官僚組織による統治の権威は決定権の独占から来ており、その正当性は選挙による主権者国民からの信託に由来する。現行憲法上、最終的な決定権者はもちろん主権者国民にあるが、社会の雑多な問題のすべてに国民がいちいち意思表示を行うことは不可能なので、便宜的に代議制を取っているに過ぎない。憲法前文が「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し・・・」とある所を思い起こされたい。 だが、そうした限界を有する代議制をタテに、エネルギー問題といった国民のいのちと暮らしに直結する最重要問題の決定についても、選挙で当選した限りはすべて国民から全権委任を受けたと思い上がっているのが今回、条例に反対した連中に共通する感覚なのだ。 そこには、主権者国民を票としか見ないおごりと、権威のより所である決定権喪失への恐怖が共存している。彼らにとり、「由らしむべし知らしむべからず」は今も昔も統治(コトに橋下はこの言葉が大好きだ!)の要諦なのであって、政治に関心があって知的水準が高くひいては自分たちが独占する決定権を脅かす有権者は忌避すべき存在であり、そうした有権者が大挙一斉に覚醒しかねない住民投票など認めるわけにはいかない。国民に気を遣うのは選挙のときだけでたくさん。それも、甘言を羅列したマニフェストでコロッと参る程度でいてくれれば好都合って感覚なのだ。 原発国民投票を実現することは、この国のこうした封建時代さながらの古色蒼然たる統治感覚を破壊し政治に風穴を開け、国民が自ら考え参加する社会、つまりは本来の民主主義をこの国に初めて根付かせる起爆剤になる要素を秘めている。このあたり、さらに詳しくは岩波ブックレットの『原発をどうするか、みんなで決める』を参照されたいが、同書での宮台真司氏の言葉をひいて言えば、「任せて文句を言う社会から引き受けて考える社会」へと、日本の政治風土を変えるきっかけになるということだ。 これこそがいまこの国をまともにする上で真に当面する課題なのだ。橋下・維新の会が居丈高に叫ぶ変革など、眠れる我が主権者が覚醒するのを妨げる目くらましに過ぎない。まあ、だからこそ、橋下・維新・自公民そろって反対したのだろうが・・・ 我々は日本国憲法が保障する主権者としての自己決定権を奪還しなければならない。大阪で「予想通り」負けたからといって、あきらめるわけにはいかないのだ。 ←ランキングに参加してます。ワンクリックご協力を。
2012年03月28日
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