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2017年12月09日
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カテゴリ: 旅行、海、お散歩
東海道五十三次の17番目の宿場町:興津宿(興津郷と称されていた。)。
前回興津宿を巡った際、月曜日で観光施設が閉まっていたので
今回は月曜日を避けて土曜日に訪問してみました。

興津坐漁荘 (おきつざぎょそう)】​
大正8年(1919年)築
明治・大正・昭和三代を自由主義の政治家として貫いた右大臣・徳大寺公純の次男、
近代の元老の一人であった公爵・西園寺公望(さいおんじきんもち)の老後の静養家。
「坐漁荘」の名前の由来は、中国の太公望呂尚が「茅に坐して漁した」という故事に因んだそう。

当時の建物は愛知県の明治村に移築され、現在の建物は復元されたものです。

建造物としては、なかなか見所の多い 坐漁荘
玄関とお風呂場の脱衣室の天井が薄い木を竹の皮で巻いたものを使用。


竹の持つ柔軟性、耐久性、低伸縮性をいかした先人の知恵ですね。
中庭の雨戸を収納する戸袋までも竹。外で雨も当たる場所にも係わらずです。


屋根の垂木と軒桁が丸太で組まれています。よく目にするのは角材ですよね。


庭に面する窓は景観を楽しむため、雨戸は返しになっており、戸袋は奥に設けられている。

奥から引っ張り出し、コーナーは斜めにして方向転換させます。
武家屋敷や天守閣に見られた技法です。

お風呂場などの窓には格子がはめられており、見た目は木なのですが、
中に鉄柱を通しており、押しても引っ張っても外れません。財力ありきですね。
和室ばかりが目立ちますが、実は洋間もあり。
「応接室」と「テラス」
他にもお客さんがいらっしゃるのに、建築の勉強中と見られたのか
つきっきりで説明をして下さいました。

復元とはいえほぼ忠実に再現されており、本当に見所ありです。
他にも紹介したい部分が沢山あるのですが、切りがないので興味のある方は現地へ。


水口屋 (みなくちや)】​創業江戸時代
西園寺公望は温暖のこの地が気に入り、この地に別邸(坐漁荘)を建てることになる前、
1916年(大正5年)から避寒する為、興津の旅館・水口屋で幾度も投宿を重ねるようになります。

後に西園寺氏が別邸を建て居住されるようになると、西園寺氏を訪ねる「興津詣で」に
政治家や実業家たちが水口屋に滞在し、会える日まで宿泊されたとのこと。
当時は海、空、三保の松原が一望でき、興津から見る海と空の碧が、見事に一つとなって見え
一面青だった事から「一碧楼 水口屋」と呼ばれていました。

明治以降は皇族、文人墨客、軍人たちの利用もたびたびで、
その中でもご健在の方がただ一人、中曽根元首相がいらっしゃいます。(2017年12月現)
昭和60年、約400年続いた宿は静かに幕をおろしました。
30余年前だと雑誌などでも紹介されたそうですので、ご存知の方がいらっしゃるかも

2万坪(66、115.7025㎡)もの敷地にある建物は今でも残っているらしいのですが、
現在は鈴与(株)の研修センターになっており、観る事ができません。
とりあえず、研修センターから見える奥の建物。
内部見学はムリでも、せめて外部からの見学はできるようにしてほしいなぁ~・・・。

ところで、興津は「製餡業」発祥の地。そのため、和菓子屋さんが多いらしい。
地元の方が紹介して下さったのは
前回訪問した​ 「宮様まんぢう」の『潮屋』 ​、
駅前にある『名物屋』は酒まんじゅう、
お店に入るとお酒の香りが充満していました。
同じく駅前近くの『荻野商店』はまんじゅう全般、
明治29年創業の『大澤製麺所』は麺が美味しい。と、オススメしていただきました。
電気はついているのだが昼時で留守なのか開いてなくって残念。

興津宿を早々に後にし、目指すは蒲原の『 田中光顕伯爵 別荘 』​
​【 旧宝珠荘・旧松隣閣 】(現:日本軽金属所有の青山荘(せいざんそう))・・・内部非公開​
​[ 宝珠荘 ] 洋風建築の建物は応接室として使用され、会議なども行われたそうです。​
​ 
大正15年(1926)建築。
​[ 松隣閣 ] 和風建築の建物が先に建てられたようです。​
玄関口が旅館のような佇まいで、欄間?部分のデザインが素敵です。
​[ ] 蔵は鉄筋コンクリート造で、よく見かける蔵の2倍はあろうかと思われる大きさです。​

和と洋がくっついた和洋折衷の建物です。
明治の宮内大臣・田中光顕は明治42年に​ 富士川町・岩淵に古谿荘 ​ を建てたが、
居住に適さず、隣町となる蒲原に一連の建物を建て、97歳で死去するまで20年間暮らしたそう。 

いつまで続くか小春日和。
また近場をちょこちょこ観光したいと思います。ぶらり観光堪能しました。





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Last updated  2017年12月11日 13時46分52秒
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