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2019年03月27日
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カテゴリ: 旅行、海、お散歩
​東海汽船のジェット船で 熱海 から 大島 通常片道 4,590円 のところ、
「伊豆大島往復きっぷ」というプランがあり、往復で 3,980円

と、片道以下の破格値なプランがあったので、久々に連休を取って1泊2日で
​伊豆大島​ 】へ行ってきました。

ジェット船は通常 直行で45分なのだが、この時期は稲取港へ寄港するので
約1時間20分と時間が倍ほどかかってしまうからかもしれない。

大室山を背景に城ケ崎の門脇灯台と吊り橋(上)、稲取のハサミ石(下)

朝一の船で熱海港を出港し、船からしか見られない景色を眺めつつ 船内を眺めて時間潰し。


船内の速度計では、私が見た限り最高81.9km/hがでてました。
そうこうする内に大島へ到着。

元町港が栄えているので、元町港に着くのかと思ったら、冬場からこの時期にかけては
風が強いので、ほぼ岡田港に着くことが多いそう。夏場でも風が強いと岡田港になるよう。
2月にOPENしたての岡田港の新船客待合所 兼 津波避難スペース はまだ新しいにおいがした。
伊豆大島 岡田港・新船客待合所オープニングセレモニー (東海汽船プレスリリース 2019.2.6)

到着後、少し早いが岡田港 目の前の漁協直営の【 ​浜のかあちゃん​ 】で手作りランチを。

人気No.1の「 べっこう丼

白身魚(ブダイ、メダイ、イサキ、メジナなど)を島唐辛子醤油に漬け込んだべっ甲色に輝く

汁物は魚のあらでいい出汁でてます。

食後は宿を予約した際に、紹介していただいた島内一安いレンタカー屋さんで借りた
レンタカーで島めぐり。岡田港から北上し、「大島一周道路」を時計回りに巡ります。
​泉津​ (せんず) ​地区​
「切通し」に行きたかったのだが、案内もなく薄暗い通りもなく見つけられず、後回し。
​波治加麻​ (はじかま) ​神社​

杉林の苔むす道を奥へ行くと神社があります。


室町時代に書かれた「三宅記」に、一番の島を初めの島(初島)、二番の島を神集めの島(神津島)、
三番目の島をば、島大なる故に大島と名付けた。
5人の后の1人(はぶの大后)を大島へ置き、子2人(太郎、次郎)。
はぶの大后が波布比咩命(はぶひめのみこと)神社、太郎王子(阿治古命)が大宮神社、
次郎王子(波治命)が波治加麻神社のそれぞれ祭神として祀られている。

​波浮港 差木地 地区​
​筆島​

百万年から数十万年以上前に活動していた古い火山:筆島火山の残骸。
筆島火山の火口の中心部にあったマグマの通り道で固まった岩石です。

筆島付近の海食崖(かいしょくがい)には筆島火山の岩石が露出し、岩脈が数多く貫いています。
下部には海食洞もあります。(上記写真の左側部分を拡大してみました。)

筆島の展望台すぐ近くには火山弾よけのシェルター土管が設置されていました。
​オタイの浦​

文禄元年 徳川時代、家康の侍女として仕えた「ジュリアおたあ」はキリシタン禁教令により
最初の流刑地となる当地へ流される。その後新島→神津島へと流され、そこで最期を迎える。
​波浮港見晴台​

波浮港はもともと火口湖でした。
承知5年(838年)の水蒸気爆発、元禄16年(1703年)大地震、大津波 で東南の岸壁が崩れ海に通じた。
寛政12年(1800年)5ヵ月の月日をかけ港口の開削工事が完成。工事費 98両余
※江戸時代の1両は、米1両=約4万円、大工の手間賃では1両=30~40万円、
お蕎麦の代金では1両=12~13万円、と 物事によって1両の金額が違うので単純計算できず。
​大島最古の船舶信号機​

荒天下の入港を避け、沖で待機している船に対して波の澱を見て信号を送っていたが、
当時の船舶は速度が大変遅かった為、港を目前にして座礁する事が多かった。
信号機の上には捕鯨用の大砲が設置されており、座礁した船に向けてロープを打ち込み、
乗組員の救出用に代用し、人命救助の大役を担った大砲と信号機。

波浮エリアの建物巡り。
​旧港屋旅館​

旧館:明治時代、新館:大正時代 築。
新館は写真では写っていません。かつ 見学は旧館のみとなっている。

宿泊客は漁業関係者や観光客が中心で夜ごと宴の灯火が消えることなく賑わい、
混雑を緩和するために階段が部屋の前後に設けられた間取りになっています。

川端康成の小説「伊豆の踊子」の主人公カオルのモデルになったタミとその家族は
実際に波浮の港で生活を営んでおり、お座敷がかかるたびに旅館等で踊りを披露。

ところで、昔は全国的に電話は二番と決まっていたのだろうか。

どこへ行っても電話ボックスに2番と書かれている気がするのだが気のせいか・・・?
あっ!5番も見たことある気がする。他の番号もあるのだろうか・・・。

波浮港地区の政治・経済の中心地であった網元の家々が立ち並ぶ石蔵の町
​甚の丸邸​

明治時代築。大谷石の壁で囲まれた屋敷の中に、なまこ壁の建物。

宴席に踊子を呼び、その踊りなどで客をもてなしたといわれている。

2階は飼い蚕を飼育し、繭の生産をしていたのでこのような造りになっている。

1階玄関の上り口の土間部分にタイルがはってありました。

網元の屋号には港町特有の「丸」がつけられていた。
多くの網元が各々蔵を有して静かで石畳の洒落た景観の通りでした。

大谷石の壁沿いをぐるりと回っていると個人所有の公園に出くわしました。
​波浮七福神​

そして、旧甚の丸邸の隣で おやつタイム
​島京梵天​ (とうきょうぼんてん)』

「とうきょうぼんてん」という名なので、てっきり東京かと思ったら、
よ~く見ると 京だった。脳内で勝手に 島→東 に変換していてビックリ
たい焼きのお店だが、店内では駄菓子他も売られている。

焼きたてハネつきたいやき 季節あん(あまおういちごあん)と大島桜あん を。

あまおういちごのあんはかき氷のいちごシロップの味がして本当にあまおう苺?
って味で個人的には・・・ といった感じだったが、大島桜あん は生地に大島桜の葉が
入っていて桜の風味しっかりで もっちもちで美味しかった~。
​鉄砲場と戦争遺跡、龍王埼灯台​
龍王岬には、江戸時代寛政年間に十一代将軍 徳川家斉によって他国の黒船来襲に
備えて設置された鉄砲場跡があります。

鉄砲城跡から見た海と港の景色です。
この龍王岬は、同地点に立ち太平洋の水平線から昇る朝日と沈む夕日を眺める事が
できる海洋国日本においても極めて珍しい岬です。

また、昭和大東亜戦争(第二次世界大戦)時には陸軍の陣営があり、防空壕・塹壕・
重機関銃の設置跡・兵舎跡等が残されています。

B29爆撃機の一番機はここの監視所から島田少年によって発見されたと伝えられている。

ここへ来る途中に出会った猫ちゃん達が灯台まで後をついてきます。

そして、撮影している時は 離れたところで おとなしく待っています。

最終地点の灯台まで来ると、なぜかリラックス。ここで おわかれ。
灯台からの帰りはついてきませんでした。灯台に行きたかったのか??
龍王崎灯台の初点:昭和26年

先に紹介した「波治加麻神社」に出てくる「はぶの大后」が祭神として祀られている
波布比咩命 (はぶひめのみこと) 神社 』へ。

波浮港に鎮座する波布比咩命様に、朝夕出入りする船頭達が頭を下げるそうです。

ここに来て、ようやく大島椿に出会えた。

大島は『 ​大島椿』 が有名で、毎年2月下旬~3月中旬が見頃となっている。
3月も下旬ともなると、ほとんど 全く といっていいほど咲いていない。

岡田港で椿の花が展示されていた。こんなに色んな種類があるんですね。
ゴージャスです。

差木地エリアに続く。





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Last updated  2019年03月30日 14時58分35秒
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