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あらすじ新西蘭の大自然を満喫していた御庭番・麻生百合之介はヒドゥンレイクと言う景勝地にいた美しい湖 爽やかな風 白く輝く雲 眩しい太陽湖畔に佇む御庭番は鴨の番の仲睦まじさにヤリキレナイ気持ちを覚え視線を傍らに落とした そしてそこで彼が見た物は―麻生百合之介世界の旅~君は南の空にウソ十字星を見たか~ 其の玖御庭番が湖の畔を漫ろ歩きに歩いていると、足元にコツンと何かが当たった。それは― 骨で~す・・・・・(°ー°;)一瞬固まる御庭番。背筋に冷たい戦慄が走る。ミルフォードトラックは、夏は”世界一美しい散歩道”と言われる程美しい登山道であるが、厳冬期には流石に厳しい側面を覗かせる。雪崩が頻発する時期には入山制限もかかることもあるらしいのだが、それでも禁を破って侵入してしまう輩がいるそうで、御庭番が歩いた何年か前に厳冬期に入山して行方不明になった人がいたのだそうだ。(するとこれは・・・・(T▽T)・・・!?)まさか、鹿の骨だろー・・っつーか人間の大腿骨に見えなくも無いんだが。。。御庭番がドキをムネムネさせながらその場をぎこちない足取りで歩いていると、更にえい、もういっちょう・・・・(T▽T)。。。。逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ(T▽T)と突然、ギャーッって叫び声が(T▽T)!!!!!ギャーッ∈≡≡≡┌(T▽T)┘後から思えばスカウプの番が何やら仲違いして鳴き声を上げただけだったのだが、ビビリまくっていた御庭番は転がる様にしてその場を離れた(だってマジびびりますって。生骨ですぜ)(はあ、はぁ・・・)青褪めた表情で突っ走った御庭番、樹林帯を駆け抜け、万年雪を頂く山々が美しい光景を見渡すプレーリーの広場に出た。すると小休止している集団が。見ればあの突貫娘TOMOYOが他のツアー参加者と共に歓談している。『あー!アソーさん、どしたんですか?そんな蒼い表情して~?』「ぜぇ、ぜぇ・・・じ、実はそこで骨を見つけてしまった・・・まさか行方不明者のじゃあるまいな。。。」TOMOYOはしばらくキョ豚とした顔で御庭番の顔を見ていたが『あー、それ鹿の骨。ここら辺鹿が多いから。』と、冷静な顔で仰る。「し、鹿?」『そうですよ~。人骨と間違えたんですか?結構いるんですよねー間違える初心者。でも安心して下さい。間違いなく鹿だから、ソレ。』(・・・・(ー_ー;)。。。)初心者と言われて少々引っかかったが、まあ、間違えかけたことは間違い無い。御庭番は日本の山でも度々鹿の骨は見ているし、何よりこの山行で一度も鹿の姿を見なかったのだが、ガイドが言うんだから間違い無かろうと思い、よーやっと冷静さを取り戻した。『さー、もう少しでポンポローナに着きますよ。Let's Go!!』TOMOYOの掛け声で小休止していた他のツアー参加者も銘々荷物を背負って歩き始めた。広場を吹き抜ける風が妙に冷たく感じる瞬間であった―再び樹林帯の中を歩き、少々勾配のある坂道を歩くと、やがてバス・ストップと言うシェルターが見えた。雨が激しい場合はこのシェルターでやり過ごすそうだが、晴天のこの日はシェルターで徒らに時間を費やす筈も無く素通り。そこから10分もかかることなく、ポンポローナロッジに到着した。ポンポローナロッジは他のコテージとは異なり、山間にあって、陽が陰るのが早そうであった。御庭番はノンビリ歩いていたにも関わらず、所要時間を大幅に短縮して到着していたが、それでも14:00過ぎに到着した頃には陽が山の端に隠れ始めていた。ロッジから何やらいい匂いが立ち込めている。ロビーに入るとアフタヌーンティーとスコーンが用意されていた。このポンポローナと言う宿の名は、実はこのスコーンの名前に由来している。ミルフォードトラックのルートを開拓したクイントン・マッキノン、彼はフィヨルドランド初のトレッキング・ガイドであり、ポンポローナ(スコーンの一種)を作る名人であった。そのマッキンノンの焼くスコーンが余りに美味しいので、その名をこのロッジに付けたのだ。とは、ポンポローナロッジの女主人の談。 御庭番は、割り当ての部屋を確認し、荷物を紐解くと、ロビーに戻ってスコーンを一口食べたのだが、これが馬鹿旨。サワークリームやブルーベリージャムを付けて食べると堪らん旨さで、バケットに山盛りになっていたスコーンを大半平らげてしまった。スコーンとコーヒーで寛いでいると、少しずつ他の参加者も到着し始めた。最後に入って来たのはIanとKyne。そしてあのエミリーも汗ばんだ顔で入って来たが、御庭番の姿を見ると、『Liliy,It arrived early.Did you become tired? 』と、微笑みながら言った。「あー、い、いや、それ程でもござらん。エミリー殿こそ大丈夫かな?少し疲れている様に見えるが。」『No Problem.デモチョットツカレタ』と、ペロッと舌を出して答えた。大人びて見えるが、まだ20代前半の彼女は、何処となくまだ少女の様な雰囲気を持った女性であった。続いて入って来たのは金髪の若い娘。カチューシャを付けて額を広く見せているが、額に汗が滲んでいる。胸につけているネームプレートにはShilviaと書かれている。エミリーは自分の荷物を下ろす間も無く、シルビアの様子を窺っている。どうやらシルビアは靴擦れができてしまったらしく、靴を脱ぐ時にしきりに痛がっていた。エミリーがシルビアを促し、靴擦れの治療をする為、奥の部屋へと連れて行った。ミルフォードトラックはロッジによって建物の配置が違う。グレイドハウスでは寝室、トイレ、シャワーなどは同じ棟にあったがここではベッドの部屋とトイレ、シャワー室は別々になっていて、やや日本の山小屋の雰囲気に似ている。夕飯まで暫く時間があったので、御庭番はシャワーを浴びて、一番高い位置にある割り当ての部屋で暫く昼寝。同室はJosephと言うドイツ人だったが、ほとんど会話らしい会話もせずに、御庭番はタバコを吸ったり辞書を読んで簡単な英会話の勉強をしたりして時間を潰して過ごした。夕飯は18:00だったと思う。料理は何だったかも忘れたが、相変わらず日本の登山では想像もつかない様なボリュームと豪華さであったことだけは記憶している。ブリーフィングルームにはオルガンやギターがあり、演奏でもしていっちょ景気付けしてやろか等と思ったが、悲しいことに御庭番は歌舞音曲は(も)まるでダメ男。もっともオルガンは壊れていたし、ギターもチューニングが全然できない様なボロいアコースティックギターだったので、何もしようが無いが。夕食後は再び翌日の山行の説明があり、御庭番は新西蘭のスパイツと言うビールを呑みながら説明を聞いていた。ふと見ると、厨房に日本人らしき男性の姿がある。日本人同士の参加者で集まって歓談していると、TOMOYOがその男性を連れだってやって来た。名をKenjiと言って、大学を中退して新西蘭に来たらしい。話を聞くと大変な釣りキチ三瓶らしく、手製のルアーを見せてはこれまでの釣果を色々と説明してくれた。TOMOYOとは旧知の仲らしく、まるで兄弟の様に話している姿が微笑ましかった。翌日の出発は今日よりも一時間早いと言うことで、早々と歓談も切り上げ、自室に戻った。星を見ようと空を見上げたが、雲が出ていて、余り星もよく見えない。タバコを一本吸って他にやることも無いので寝室の小屋に戻ると既にJosephは就寝中。起こしては可哀想なので、網戸だけ開けて御庭番もベッドに潜り込んだ。途端に・・・Gugo!GA~GA~gu~・・・ってエライ鼾が。(うるせぇな・・・)と思ったが、どうせ自分の鼾が勝ると思っていたので、我慢することにしたらFuGuOOOOOOOOOOh・・・ZZZZZZって、ウルセーのなんの(T▽T)(エライ輩と同室になってしまった・・・)遠くでキアの鳴き声が聞こえている。ヒレレ滝のシェルターで見るかと思ったら、今日は逢えなかったな。そー言えば鳴き声しか聞いていないな、チクショーうるせぇな、羊でも数えるか、新西蘭だけに・・・羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹・・・いや、羊って頭って数えるんじゃねーのか、あー人間より小さいのが匹で大きいのが頭だからいいのか、しかしウルセーな、何か寝言言ってるぞ、コイツ。寝言もドイツ語かよ。とか思っているウチに夜は更け、何時の間にやら御庭番は昼の疲れもあって何時の間にやら深い眠りに落ちて行った。昨日の様に”見たことも無い光景”が目の前に広がることはついぞ無かった―。
2009年07月26日
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知らない街を 歩いてみたいど~こか遠~くへ 行き~た~い♪知らない海を~ ながめて~い~たい♪ど~こか遠~くへ 行き~た~い♪遠~い~街~♪ 遠~い~海~♪ 夢~は~る~か~ 一人旅~♪麻生百合之介世界の旅~君は南の空にウソ十字星を見たか~ 其の捌グレードハウスの朝は早いいやさ、グレードハウスが・・・と言うよりも山の朝は早いと言うべきか。山伏だった御庭番はその辺は心得ていて、普段はウダウダ寝ている癖に、山登りの時は朝は明け五つとか六つとかに起きるのがザラ。ここ新西蘭でもやはり起床は6:00であったので超ヨユー。時差が四時間あるけどな(T▽T)(新西蘭は夏時間制なので通常の時差三時間+一時間となる。従って日本時間で牛三つ刻に起床)眠気を我慢してバイキング形式の朝食で腹拵え。御庭番がこの山伏修行の旅で一番驚いたのが、朝食の充実度も然ることながら、登山中の昼餉並びに行動食まで用意して貰えると言うこと。昼餉はサンドイッチが主なのだが、チーズやハム、野菜が使いたい放題。色々なバリエーションのサンドイッチを作ることができる。日本の登山に比べれば破格の待遇である。昼餉の準備は後に済ますことにして、御庭番が独りで朝餉食ってると寄って来ましたジンガイ共。年寄りのクセに朝から無駄にテンション高いんですが、何やら御庭番に話し掛けて来る。”・・・・・ダイ?” ”・・・ダイ?”って毛唐の言葉は良くわかんねが、会話の語尾だけ何とか聞き取れた。”・・・ダイ、・・・ダイ”って何かしきりに聞いて来る。ダイってオメー”die”かよオイオイ死ね死ね団かこのジジィ共。とは勘違いで、英米語と豪州語では同じ英語でもeiの発音がaiに訛る。例えばHOLIDAYだったらホリデーでは無くホリダイになるのですな。こいつら"Were you able to sleep a lot yesterday?" "Have a Goodday?"と聞いている事に気付いたので、”あぃひゃぶぐっすりぃぴんぐ”と答えたのだが、"Really? You talked in sleeping HAHA~♪ "だと。寝てたんぢゃねーのかよおまいらとツッコミ入れてやりたかったが、英語で何て言っていいのか判らんかったから笑ってごまかしていた。腹拵えと昼餉の支度を済ませグレードハウスを出発。今日の目的地はポンポローナロッジ。クリントンリバーの吊り橋を渡り、川沿いの道を歩いて湿地帯を抜け、途中の山小屋で昼食を採って目的地へと向かう。途中にDEADLAKEと言う、その名からは想像つかない美しい湖がある。御庭番が身支度を整えて、飄々と出発すると、"Good Morning"と、言う声が。振りかえって見るとガイドのエミリー。白い帽子を被り、アルティメットハイクス社の真っ赤な制服を着ている。キャップの隙間から出ている長い髪が風に靡いていた。”ぐっもーにん。いっとぃずふぁいんでぃ。あーゆ?”"キノワヨクネマシタカ?"エミリーは御庭番の拙い英語力を気遣ってか、たどたどしい日本語で話しかけて来た。”ああ、夜に何やら鳥の鳴き声がうるさかったが、快適でしたぞ。あれは何だったんであろうかな?”"Oh,キット”キア”ネ。GladeHouseニトマルヒトノShoesヲカクシチャウノ"”はあー、鳥の癖に夜でも眼が見えるのかね。そう言えばIanがサンダルが無くなったとかボヤいとったな”"フフ。”キア”ハニンゲンコワガラナイカラネ"そんな話をしていたら、先発していたジンガイ共に追い付いてしまった。道は平坦だが、傾斜は確実にあり、御庭番達のペースでは年寄の足にすぐ追い付いてしまう。御庭番はkayneとIanに合わせて歩こうとしたが、エミリーが"サキニイテクダサイ。キョウワタシエンド"どうやら今日は、エミリーが殿らしい。御庭番は山歩きに慣れているので、何かあったら手を貸すつもりだったが、彼女は仕事で来ているのだし、御庭番に気遣いさせては却って申し訳無いので、エミリーの言葉に甘えて先を急ぐことにした。初夏の新西蘭は肌寒い程なのだが、歩いていると逆に風が心地好い。途中サンドフライに襲われたが、こずえさんに薦められた虫避軟膏の御蔭で酷くはやられなかった。サンドフライはガイドのTOMOYO曰く、景勝地に多くいるってんで、景色のいい処で確かに発生している。こことかここやここな風が早い為流れる雲も速足で、初夏にしては日差しが強く、絶好の登山日和であった。この辺りはブナの原生林が密集している樹林帯で途中に樹齢800年の赤ブナの大木がある。ミルフォードトラックは、赤・銀・黒のブナ類を中心とする太古の森が広がっているのだが、初夏のこととて新緑の若葉が眩しい程だった。しかし一番驚いたのは鳥の数。御庭番がブナ林から聞こえて来る鳥の鳴き声を真似しながら歩いていると、ロビンやファンテールがこちらを窺う様に鳴いている。新西蘭の森林を歩く時は独りか、複数で歩く時も会話は控えるのがいい。御庭番の様に独りで歩いていると、足音しかせんので、鳥もそんなに警戒しないのである。この言葉の真実を裏付ける実話があるのだが、それはまた後の話―。暫く樹林帯を歩いていると、ウェットランドの木道が現れた。『あー!アソーさん、いたーッ』と同時に突然現れる声のでかいガイド・TOMOYO『アソーさん、アソーさん、写真撮るならここがいいですよ~』促されるままに御庭番は湿地帯ならではの珍しい植物を見ながら木道を巻いて歩き、センチネル・ピークのパノラマを背景に何故かTOMOYOと一緒に写真を撮った。余り見所は無いので、御庭番が早々に切り上げてトラックに戻ると、視界の開けた平原に出る。1982年に発生した大規模な土砂崩れ・Big Slipで開けたその平野は、両翼に「垂直に切り立った谷」の大絶景が広がる。雄大な光景を見ながら歩いていると、間もなくDEADLAKEがある。Big Slipに拠って堰き止められたクリントン川の上流にできたこの湖は、新西蘭旅行の広告でも使われる位美しい所。御庭番、左右の名も無き滝を見ながら足早に小川を渡り、さあ、いよいよ本日の御目当てDEADLAKEじゃ!お?看板が。さてはこの看板の先がデッドレイクか!?ん~?何か書いてあるな。・・・va・・Lanche?ははは、ここで昼飯でも食えってか?まだ早いでござろ~(^▽^)と思いながら看板の文字がよー判らんので、持っていた辞書で調べてみると・・・Avalanche → 雪崩・・・・・・・・・(°ー°;)なんだそるァ(T▽T)!?つまり、”雪崩に注意”って書いてあったのね。よく見るとKeep Outまで書いてあんじゃんかよ、マジかよコイツ(T▽T)(ええ構わん”英語が判らん”とかバックれていっちめぇ!)と行った先から落石発生~♪(・・・はううっっT▽T!!)すると、何時の間にか追いついていた弾丸娘TOMOYOが『あー、アソーさん!DEADLAKEは行っちゃダメですよ!先週雨が続いて地盤緩んでるから、崖崩れが起こりやすくなってますからねっ!!』そう言い残すと、TOMOYOは凄まじい轟音を発ててヒレレ滝に向かって走って行った。ガイドにダメ言われたら行けませんわな。御庭番はやむを得ず、本日の目玉であるDEADLAKEを見ることは諦め、御庭番もヒレレ滝へ向かった。昼餉を採るヒレレフォールズ近くのシェルターには、既に何組かの参加者が到着していた。皆銘々ランチの包みを開いて休憩を愉しんでいる。トモヨは御庭番よりも少し前に着いた位なのだが、クリスと一緒にツアー参加者に飲み物を配っていた。『あー!アソーさん!Would you want to something drink!?』「拙者蜜柑汁を・・・」『I see,Orange juice,Please』 オレンジジュースと言っても粉末を溶かしたシロモノなのだが、それでも美味しく感じられる。御庭番は見晴らしの良い場所を選んで御手製の昼餉を紐解く。天気は相変わらず良く、右手には滝が見えて、ピクニック気分満喫のランチであった。『Hi,How are you?』そう言って声を掛けて来たのは英国から来たGerorgeであった。「あぃむふぁいんてんきゅー、あーゆ?」『Good. very fine Today』ヂョーヂはそう言って空を見上げた。御庭番は昼餉で口をモゴモゴさせながら、目の前の川に浮かぶ黒い丸太の様な物に眼を凝らしていた。朽木が水底で揺らめいているのかと思ったのだが、水面に靡く風の風紋の動きと違う。「わっぃずでぃぃず?」『・・・That's Eel』 Eel=鰻か。日本の鰻より遥かに大きい。あの鰻で蒲焼作ったら何人分の蒲焼ができるのかと思いつつ、御庭番は昼餉を全て食べ終わると、蜜柑汁を入れた器を返しにシェルターに戻った。ほとんどのツアー参加者は到着している様で、狭いシェルターの中は満員御礼状態。このツアーは参加者の任意で行動可なので、御庭番は腹拵えも済んだことだし、記念に写真を何枚か撮ってシェルターを後にすることにした。 ヒレレ滝を過ぎてから先は再び樹林帯が続く。時折けたたましい爆音を発ててヘリが飛んでいくが、それ以外は鳥の囀りと風の音しか聞こえない。少々雲が出てきたが、羊の綿の様に白い雲で、雨が降る心配は無さそうだと思いながら歩いていると、大きな湖に辿り着いた。ヒドゥンレイクと言う名のその湖ではスカウプ(新西蘭原産の鴨)の番が、嘴を合わせながら仲睦まじく鳴き声を上げていた。御庭番は時が止まった様に静かな時間と空間を独り占め状態で、しばし時を過ごした。 そんな長閑な風景の中に―あってはならないものハッケン(こ、これは・・・(T▽T)!!)御庭番はさて、何を見てしまったのか!?衝撃の一枚は次号!!
2009年07月25日
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知らない街を 歩いてみたいど~こか遠~くへ 行き~た~い♪知らない海を~ ながめて~い~たい♪ど~こか遠~くへ 行き~た~い♪遠~い~街~♪ 遠~い~海~♪ 夢~は~る~か~ 一人旅~♪麻生百合之介世界の旅~君は南の空にウソ十字星を見たか~ 其の漆弐年振の粗筋生まれて初めて食べたバンビちゃんの肉に、そこはかとない違和感を感じた御庭番。ニュージーランドに来て味覚が変わっちゃったかと思ったが、他の同胞達も何か言いた気な様子。その時、御庭番の眼に”古の紋章”が現れたのだった―"それは-↑こいつ。 名だたるニュージランドワインと共にカウンターに並ぶなんて流石世界のブランド。こいつさえいれば未開の奥地の原住民が作ったヘビとかサルの料理とかでもおいしく頂けそうです。御庭番はおもむろに手を伸ばし、KIKKOMANのロゴがついたその瓶を開けた。途端に広がる故郷の景色(う~さ~ぎ~おーいし~か~の~や~ま~♪)くすんだ香りのする黒い液体を鹿の肉に掛けて食ってみると、肉の臭みが消え、程良い味に。他の日本人参加者も嬉々として鹿肉に醤油掛けて食ってました。つくづく思いましたね。日本人で良かったって。食事が終ると食休みの休憩があり、御庭番は喋れもしないのに他の参加者のヤンキー共と酒を飲んでいたら、急に部屋が暗くなった。(なんでだろ~なんでだろ~♪)これは次の日の山行を説明するガイドで、これから4泊5日の内、毎晩こうして見所やコースの距離、平均踏破時間、勾配のアップダウン等を説明と言う、至れり尽くせりのサービスである。初日の説明は御庭番と船でシェイクハンドしたクリス。ジョークを交えて話しているのだが、笑いのツボが分かりません。時折上がる歓声や笑い声に追従していたら、クリス君何やらザックを床に置いて身構え始めました。何をするかと思ったらクリスとんぼがえりしてザック背負う成功と同時に上がる歓声。平均年齢高い上にテンション高いなこのジンガイ共。なにやらマネしようとかするジジイもいるし。流石にこれはクリス達に止められ、引き続きクリス君に拠る説明の後、日本人ガイドのトモヨが日本人共を集めて『あのー、この後参加する皆さんで自己紹介するんですけどぉ、皆さんにもやって貰います。自己紹介!』って無理矢理なハイテンションですよ。御庭番、ちょっと引いてしまいました。「自己紹介って・・・やっぱりえげれす語で?」『オフコース。皆さんに早く覚えて貰う為に何かゲイやって下さ~い 』はあ(T▽T)?言葉がわからないのに・・・こいつらの笑いのツボも判らないのに・・・いきなりゲイですか?(T▽T)何もゲイまで披露しなくても良さそうなモンだが、既に他の国(チーム分けは国別対抗ゲイ合戦だったりする。)の年寄共はやる気マンマンです。『どうします?』一緒にツアーに参加していたMASAJI殿が、もう一組のSEIJI殿と話している。御両所共嫁御を連れて来ていて、御庭番のみ独りな訳だが、どーしたことか、SEIJI嫁が『歌でも歌いましょうか。』とかノンキなことを仰る。『何歌うの?』とSEIJI殿が嫁御に尋ねると、『そうねぇ・・・人数が多いから、輪唱とか?・・・カエルの歌なんかどうかしら。』『そりゃあいい!』『そうしようか』『いいですね。』って全員一致の体ですが、カエルの歌なんてどうかしてらぁ(T▽T)(たとえばさー、ビートルズとかヤンキー共でも判る歌の方がいくね?)御庭番心で思いながらも独身貴族の意向は全く無視する方向で事はトントン拍子に進み、いよいよ御庭番達JAPANESE SAMURAI Teamの番。因みに御庭番達の前のスイスから来てたヨセフは独りながら、アカペラで見事なヨーデル歌ってしまい、更にハードルが高くなってしまいました。『OK!Thank you Joseph!Ah・・・Next・・・Yes,Team Japan!!』クリスの紹介と共に上がる拍手と歓声。この盛り上がった雰囲気をぶち壊してはいけない。根っからのゲイ人である御庭番が覚悟を決めた処で、SEIJI殿が『Good evening Ladies and gentlemen!We are samurais who came from Japan. My name is Seiji. This is My wife Ritsuko.』続いて、『My name is Masaji. This is My wife Kyouko. It is a very beautiful wife.』と来たので・・・「ぐぅっどいぃぶにんぐえべりわん。まいねぃむぃず、ゆりのすけあそー。でぃすぃずまい ないふ。いっつなぃふ、ざっとかっつべりぃうぇる」とキッチンにあった鹿肉斬ったナイフ持って言ったら一同爆笑。すかさずSEIJI殿が、「We sing the most famous song in Japan now. Please hear it・・」“か~え~る~の~う~た~が~♪”(SEIJI)“か~え~る~の~う~た~が~♪”(Ritsuko)“き~こ~え~て~く~る~よ♪”(MASAJI)“き~こ~え~て~く~る~よ♪”(Kyouko)ぐわっ!ぐあっ!ぎゃあ!!(←御庭番。因みに斬られるアクション付)“ゲロゲロゲロゲロ”(御庭番を除く全員)ぐわっ!ぐあっ!ぎゃあ!!(←御庭番のみ
2009年04月14日
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また壱か月以上も日記更新滞らせてしまいました(--;)。前回復活宣言しておきながら、この不始末、誠に申し訳ござりませぬ。壱年弐カ月ブリの復活から後も残業残業残業残業残業休出休出残業残業残業残業残業休出休出残業残業残業残業残業休出休出残業呑会残業残業残業休出外出残業呑会残業残業残業休出外出残業残業残業残業残業外出外出残業残業残業残業呑会休出外出残業残業残業残業残業休出休出残業残業残業残業残業休出休出残業残業残業残業残業休出休出残業呑会呑会呑会呑会休出休出残業残業残業残業残業休出外出残業残業残業残業残業休出休出残業残業残業残業残業休出休出残業残業呑会残業残業休出休出残業残業残業残業残業休出休出残業残業残業残業残業休出休出残業残業残業残業残業外出休出残業残業残業残業残業休出休出残業残業残業残業残業休出休出残業残業残業残業残業休出休出残業呑会残業残業残業休出休出残業残業残業残業残業休出休出でタボーだったが、今日は久方ブリに朝から何も用事が無くて、マターリ休日満喫しています、麻生百合之介です、皆さんこんにちは。前回の日記で”麻生百合之介世界の旅~ニュージーランド編~”の更新を宣言しておりましたが、実はまだ、前のパソコンのデータ移行が上手くいかなかったり、日記書く為のHTML忘れちゃってたり、知らん間に機能が追加された楽天についていけてなかったり、要は新しいパソコンについていけねぇ(T▽T)モンでここまで更新遅れてしまいますた。新しいパソコンになじむまではもーちっと時間がかかりそうなので、日記の更新頻度はまだ牛歩戦術状態です。愉しみにしていた方、ホント申し訳ござりませぬ。しかしながら、日記を更新しないと、”せれぶまだむがうんたらかんら”とか”ひとばんでなんぼかせぐのにうんたらかんら”とか”せふれがつくれるなんたらかんたら”とかの不埒なURLカキコむ不逞の輩がいるので、御庭番、ちょこちょこお城の清掃に来ておりまする。また、禁止語句設定や特定のドメインからはカキコミできない様にしているので、最近減りつつあったのが・・・ある日、御庭番がいつもの様に丑三つ頃にお城の清掃に入ると、またもや御庭番包囲網をくぐりぬけた曲者が。早速箒と塵取りで芥を排除して、さて、寝ようかなと思いながら何気無く管理者画面を見ていたら・・・こんな飛脚が2009年03月23日09時37分 From: 輝さん こんにちは!はじめまして♪いきなりメールしてごめんね(汗俺、輝って言うんだけど、最近全然出会いが無くて正直寂しくてさ・・・一応、ジュエリー、アパレル系の会社を経営してるから、俺の肩書き目当てに寄って来る人は沢山いるんだけど、俺、完全中身重視だから全く気が合わないんだよねw肩書き目当てのうわべ美人なんて話しててもつまらなくて…プライベートではどうしても仕事関係の出会いばかりになっちゃうから、こうして思い切ってメッセしてみたんだ☆プロフ見てたら、どうしてもメッセしたくなっちゃってwそのまま通りすぎれば一生関わる事も知り合う事もなく、ただの他人のままだけど、出会いって待ってるだけじゃなくて、自分から行く事も大切かな!?って思ってさ。もしよかったら、少しだけでも話できないかな?純粋に友達として仲良くなれたらって思ってるんだ♪これ俺のアドレスだから、もし気が向いたら返事ください!!teru0101@ezweb.ne.jp突然メッセしちゃってごめんね(汗メール、楽しみに待ってるよ!かなりね(笑)輝 ・・・・・・(°ー°)。。。。阿呆かコイツ一応、ジュエリー、アパレル系の会社を経営してるから、俺の肩書き目当てに寄って来る人は沢山いるんだけど、俺、完全中身重視だから全く気が合わないんだよねw肩書き目当てのうわべ美人なんて話しててもつまらなくて…>プロフ見てたら、どうしてもメッセしたくなっちゃってw嘘こけこのカスこんなあからさまな釣りにひっかかるヤツがいるとホントに思ってんのか・・・間違いなくユトリ世代だなコイツ。っつーか、拙者のプロフィール見てトモダチになりたがる酔狂な輩がいる訳ねーでござろう。更に更にこんな飛脚も来てますた。 2009年03月19日18時12分 From: 小林さん 突然のメールすいません。某有名タレントのマネージャーです。本人の希望であなたとどうしてもお話したいと‥。最近テレビや取材、雑誌の特集などで忙しく、私から見ても精神的に疲れてるようで・・お恥ずかしい話、私では本人をケアできなくて…実は一緒に本人が求める方を探していたんです。あなたに何か感じる所があったらしく、メールしておいてくれ、と言われました。http://j.mmjp.inここに登録をしてもらってもいいですか?本人からメールをさせます。私はマネージャーとしてどうにか支えたいと思い、事務所に内緒で要望に答えてあげようと思ったのですが、結局は事務所にばれてしまいました。今、私が出来ることはこれぐらいしかないのです。このプチメに返信くださっても返せない場合が多いと思います・・・決して甘くない世界です、ご理解願います。もちろん、これは私と本人からの一方的なあなたへのお願いになりますので、色々なご事情で連絡を取って頂くことがご無理であれば仕方ありません。もし可能でしたら本人を助けてください。突然の長文で失礼致しました。よろしくお願い致します。 はあ~(--;)お恥ずかしい話、私では本人をケアできなくて…実は一緒に本人が求める方を探していたんです。あなたに何か感じる所があったらしく、メールしておいてくれ、と言われました。http://j.mmjp.inここに登録をしてもらってもいいですか?本人からメールをさせます。何故登録が必要なんですか(°▽^)?某有名タレントって誰なんでしょうね。っつーかどの地域限定で何の分野で有名タレントなのか、いっぺん聞いてみたいもんです。とにかく噴飯物のこの飛脚も速攻削除決定。飛脚するならもーちっとまともなヤツ送ってくんないかな。っつーか、こう言う不逞の輩はこの城の目安箱に飛脚飛ばす前にググレカス(これが言いたかったw)拙者の名前検索すればそれなりに安打するので、よく相手を見てから喧嘩売ってこい。
2009年04月12日
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御無沙汰!! 約壱年弐ヵ月ブリブリの日記の更新ですよ、待っていた人(ホンに申し訳ありませぬm(_ _)m)も待っていなかった人もご機嫌いかが?麻生百合之介(本人)です、皆さんこんばんわ。でも、まあ、取りあえず・・・本当にどうもすいませんでしたぁっっっ!!(いや、ホント申し訳ない)壱昨年のクルシミマスイブ以来毎年最低限更新していた年末年始の御挨拶も滞らせてしまい、ホントごめんなさい。言い訳になってしまいますが、前回更新滞ったのはNAンダカTOンデモナイTSUーシンガイシャが御庭番に籠城を余儀無くさせた(いや、実は支払滞らせた拙者が悪いんだけどさ・・・)ことが理由で更新滞ってしまったのですが、その後、転封の憂き目に遭って、やっとこさ糸電話の回線が復活したと思いきや、今度は電子算盤が死んだ(泣)。丁度その頃御庭番は半世紀前に建築された藩邸を建て直す為、巨額の投資(具体的な金額は言えません)をしての築城に携わっておったので、電子算盤を買い替えている暇が無く、ここまで更新を滞らせてしまった次第。事実、御庭番は平成弐拾壱年になってから、休日無、壱日の平均睡眠時間参時間と言う生活を続けており、よーやっとここ数日時間が取れる様になったのでござる。前回の日記のアップ以来更新を心待ちにしていた方(がいたかどうか知らんが・・・)、ホントに申し訳おざりませぬ。だが、御安心召されよ・・・。 今日から御庭番復活だよ(あー、ホントにベタだな、もう・・・)実はよんどころない事情に拠り、最近になって電子算盤を買い替えまして、糸電話+電子算盤の環境が整ったので、今後更新を続けて行きます(但し、更新の頻度は保証しない^▽^;)。繰り返しになりますが、こんな拙い日記の更新を心待ちにしていて下さった方、ホントに申し訳ござりませんでした。臥龍が深淵に潜んでいた間に溜まったネタは腐る程あるのでござるが、皆様に楽しんで頂く為の肝心の画像を新しい電子算盤に移しておりませぬので、その移行期間まで、もう暫くお待ち下さい。でも、まあ、取りあえず・・・・前回の日記の更新が最優先ですよね(^▽^;)?御庭番自身としては2年前のネタなんでござるが、途中でブッタ斬ったままではやはり気持ち悪いので、次回から、”麻生百合之介世界の旅~君は南の空にウソ十字星を見たか~ 其の四 ”から再開致します。皆様お楽しみに。あ、そうそう。くれぐれも誤解されない様にこの場で断っておきますが・・・拙者のハンドルネームは某総理大臣とは全く関係ねーからな(ーー;)。そこんとこ夜露死苦(←この辺りが当の本人によー似てるとか言うな)
2009年02月24日
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サンカシャガヒトリオオイ・・・あり得ない現実に御庭番を除く一同の不安は募るばかりであった。トモヨが再び人数を数え始めた其の時、「I am not a participant!」と、ゲラゲラ笑いながら飛び出して行ったオナゴが一人。御庭番の横に立っていた女性である。何のことは無い、トモヨがガイド仲間とハグしている間に、ミルフォードサウンドから帰ってきたバスの中の一人がコッソリ紛れ込んでいたのであった。「No!I counted twice too!!」トモヨが苦笑いしながらホッとした表情で叫ぶと、一同爆笑。無事笑顔を作って集合写真を撮ることができたのであった。集合写真を撮り終え、御庭番一行は再びバスに乗り込んで一路テ・アナウ湖の北端へ。ミルフォードトラックの入口に入るには、テ・アナウ湖を船で渡らなければならない。小半刻程バスに揺られ、テ・アナウ湖の北端に着いた御庭番はフェリーに乗り込んでミルフォードトラックへと向かった。船の中で船長が何やらガイドしているが、相変わらずサッパリわからないので、御庭番は甲板に出た。天気は良いが、湖の上を結構なスピードで奔るので風が冷たい。と、御庭番の傍らに、背の高い若いヤンキーが。先程合流した男性ガイドである。「Good wether.but It is cold for a moment.・・・What your name?」」『いやぁ、いっと めぃ びぃ ふぁぃん。・・・まぃ ねぇぃむ ぃず ゆりのすけあそー。だす ゆぁ ねぇぃむ?』「Chris.How do you do.」クリスは弐拾参才の大学生で、来年学校の先生になると言うヤンキーであった。御庭番とクリスが挨拶している所に激しい波飛沫が飛んできて、全身にかかるので、二人で慌てて客室に戻った。フェリーは半刻弱で目指すミルフォードトラックの入口に辿り着き、簡素な桟橋に横付けした。下船の際は誰の物でも良いから荷物を持って降りる様に言われたが、御庭番すぐ目の前に置いてあった自分の荷物を持って下船した。ミルフォードトラックの入口に繋がる桟橋には薬品を満たしたコンテナがあって、入山者はここで靴を消毒しなければならない。御庭番は一行の誰よりも魁て靴を消毒し、遂にミルフォードトラックの地を踏んだのである!!と同時に・・・御庭番サンドフライに襲撃される!!が、こずえさんに薦めて貰った虫除けクリームがバツグンの効果を発揮し、サンド・フライは御庭番の周辺を飛び交うも刺されることは無かった。「サンドフライは、何故か写真を撮りたい所とか景色の良い所に沢山いますから余り長く立ち止まらない方がいいですよ。」と言うトモヨの言葉に従い、御庭番はそそくさと歩き始めた。目指すグレイド・ハウスはここから半刻程の距離である。御庭番が参加したトランピングツアーはガイド付きとは言え、ガイドはピッタリくっついて歩く訳では無く、先頭と中間、最後方に分散する。故に歩く人も銘々気侭に歩けば良く、英語が喋れなくて協調性が無い御庭番には好都合なトレッキングであった。御庭番は久々の登山であったが、歩くことにかけては自信があったので最後方を歩いた。従って、御庭番は、本日の殿番であるエミリー(美人)と歩くことに。エミリーはニュージーランド出身の、所謂”キーウィー”で、鳶色の瞳のスレンダーな美人ガイドであった。「It sees, and duck's wing. 」暫く御庭番が歩いていると、エミリーが不意に後ろから声を掛けてきた。御庭番は気が付かなかったのだが、平坦なコースの傍らの草むらに、鴨の羽が落ちていたのである。『随分、羽が落ちておるな。ここで獣に食われたのかな?』「No, there is no carnivorous animal in New Zealand. The wing was repaired here. 」『?・・・お主日本語が判るのかね?』「ワタシ、キュシュースンデイマシタ。・・ベンキョウアマリシナイ。japanese very difficultネ」ペロっと舌を出してそう微笑むエミリー。御庭番はこのツアーでエミリーから衝撃の一言を言われるのだが、それはまだ後の話。手にした鴨の羽を帽子に括り付けて御庭番は再び歩き始めた。本日の宿であるグレイド・ハウスまでは平坦な林道が続き、まだ湖の近くであるので、期待していた自然の美しさも鳥の囀りも無い。しかし、空気は日本の都会とは比べ物にならない程清清しく、お江戸の汚れた空気にうんざりしていた御庭番にはこれだけでも十分満足な環境であった。グレイド・ハウスはすぐ目と鼻の先であることは判っていたので、ゆっくり歩いていたのだが、すぐに前を歩いている老人二人に追いついてしまった。一人は鼻髭が如何にもガイジンらしいカイン。もう一人も鼻髭を蓄えているが、こちらは年齢の割にはヤンチャ坊主みたいなオジサンのイアンである。御庭番は少しペースを落して歩いたが、カインとイアンが立ち止まって道を譲ってくれたので先に行くことに。エミリーは老人二人の面倒を見なければならないので、最後方を歩いた。そこから小半刻もしない内に―。本日の御宿に到着。ここ、グレイドハウスは、クリントンリバーの畔に開けたコテージ風の建物である。今回の四泊五日のトランピングは、毎日この様なロッジに宿泊するのだが、各ロッジには食堂と共用のトイレは勿論、シャワー室や乾燥室まである。グレイドハウスは過去4回程火災に遭って建て直したのだとクリスが言っていたが、前回の火事の時は乾燥室が原因らしい。御庭番がクリスに割り当てされた部屋行くと、後からイアンとカインが入ってきた。今日は彼らと相部屋である。部屋に荷物を降ろし、全員軽装のまま再び外へ。この日は早く到着したので、ガイドの案内でネイチャーウォークをするのである。銘々が四人のガイドに分散したが、トモヨちゃんには当然のことながら、御庭番を含む日本人ご一行様で固まった。トモヨは流石ガイドだけあって、様々な植物や動物に詳しかった。平坦な道を歩いて来たが、このネイチャーウォークは結構な急勾配を昇り降りする。途中、イタチの罠があった。ニュージーランドのイタチは外来種であり、本来鼠等の疫病を持つ小動物を退治する為に連れて来られたものであるが、逆にニュージーランドの固定種であるキゥイやウェカ等の飛べない動物を襲ったり、卵を食べたりするので、逆に駆除されているのだと言う。一行はトモヨの後にくっついて林の中を歩いて行くと、やがて渓流に出た。今日のネイチャーウォークはここまで。御庭番は持ってきた携帯灰皿を手に一服すると、沢の水を飲んだ。初夏のこととて、雪解けの水は冷たく、汗をかいた身体に心地良かった。「帰りは気侭に帰って下さい。」と言うトモヨの言葉に従い、御庭番は独りで登ってきた道とは違う下山道を下ることに。踏み跡も乏しく、日本の登山道の様に目印のテープも無い林道を歩いて下ると、やがてグレイドハウスの乾燥室の建物に出た。昨年火災の原因となった乾燥室は、ロッジと棟が分かれて建て直されていたのである。御庭番は本日の宿泊部屋に戻り、夕食まで少々時間潰し。グレイドハウスのロッジには、ここミルフォードトラックを開拓したドナルド・サザーランドやクインティン・マッキンノン、アーネスト・ミッチェルの写真や開拓の遺品、歴史的文献のレプリカを展示した記念館の様な物がある。多くの日本人が訪れている為、壁の掲示ボードには日本人のカキコミが一杯あった。夕食までの間は、コーヒーや紅茶、ハーブティー、果ては緑茶やオレンジジュース等で寛ぐのだが、これも飲み放題です。実に至れりつくせりなのだが、アルコールのみ有料。御庭番はニュージーランド産のビール・SPIGHTSを片手に夕食を待った。今日のメインは鹿肉のステーキ。ニュージーランドと言えば羊ばっかり食っているイメージがあるが、実際には羊は年々減ってきており、最近では比較的飼育し易く、単価も高く売れる鹿肉の需要が高まっているのだと言う。御庭番は鹿肉初体験でございます。夕食までの半刻を御庭番はビールを飲んで時間を潰し、夕食を待った。トランピングツアーはコースの日程・宿泊場所を、DOC(環境保護省)の管理下で定められたスケジュールを守って歩かなければならない。当然就寝の時間や食事の時間もキッチリ決まっていて、御庭番達が夕食にありついたのはまだ外が明るい19:00頃。昼飯を中途半端に終わらせてしまったので、御庭番は飢えていた。夕食は自然と日本人同士で集まり、この旅始めてツアーに参加したもう一組の日本人夫婦と会話をした。大阪から来たRYOTAROさん夫婦である。MASAJIさん夫婦と共に食事した際に昨夜のデキゴトを説明したら爆笑されて打ち解けることができましたよ。そこまで身を削って打ち解ける必要も無かったけど(T▽T)。さあ、お待ちかね―。鹿肉のステーキ登場でございます。それでは・・・いっただきま~す。( ̄ー(  ̄ )はむはむ。。。( ̄ー(  ̄ )はむ・・・・・・(--;)う~んなんて言ったらいいんですかね・・・ちょっとビミョーな味ですね。決してマズくは無い。山小屋でこんな豪勢な食事ができることを考えると、仮に若干肉が古かったとしても十分過ぎる味である。ただ、新鮮なレバーを食べていると思うにしても(実際牛肉や豚肉よりも肉質に歯応えが無く、少々臭います。まあ、新鮮な鹿肉はまた違うんだろうけど)この物足り無さ感は何なんでしょうか。御庭番以外のMASAJI嫁以外のニッポンジンも全員鹿肉のステーキを選んでいますが、何か言いたそうです。(・・・・何が足り無いのだろう(--;)。。。?)さてさて、人生初の体験である鹿肉のステーキに、御庭番は如何にして対峙するのでありましょうか、続きは次回をご覧下さい。
2007年12月24日
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知らない街を 歩いてみたいど~こか遠~くへ 行き~た~い♪知らない海を~ ながめて~い~たい♪ど~こか遠~くへ 行き~た~い♪遠~い~街~♪ 遠~い~海~♪ 夢~は~る~か~ 一人旅~♪麻生百合之介世界の旅~君は南の空にウソ十字星を見たか~ 其の陸長月壱拾九日 卯之刻 之頃ニュージーランド到着初日からやってしまった御庭番。翌日の朝は7:00(日本時間だと丑の刻)に眼を覚ました。前日の夜に準備は済ませていたので、後はトランピングの間ホテルに預ける荷物の整理だけであったので、参拾分でホテルに預ける荷物を鞄に詰めて部屋を出ると、地下一階のレセプションに向かった。朝早い為か、ロビーの人影はまばらで、御庭番がカウンターにいたジョアンと言う受付嬢に、五日後に戻って来るまで荷物を預かっておいて欲しいと告げた。ジョアンは最初御庭番の英語がよく判らなかった様であったが、やがて無愛想に荷物を受け取り、預り証を発行すると、クロークに姿を消したので、御庭番は安堵してホテルを後にした。本日も晴天である。早朝のクィーンズタウンは空気が冷たく清涼で、ワカティプ湖の波音だけが響いている。御庭番はあからさまに登山者の格好で、クィーンズタウンの中心地へ向かった。店は何処も格子を下ろしていたが、一軒だけ茶店の様な所が開いていた。アルティメットハイクス社への集合時間にはまだ時間があったので、御庭番はこのと言う店で朝餉を採ることに。紙幅の関係で書かなかったが、ニュージランドに着いて最初の朝食は実はマクドナルドのビッグマックセット。日本のビッグマックよりビーフパテが旨かった様な気がする。ニュージーランドで初めての朝食がマクドナルドと言うのは侘しかったが、ハワイでもマクドナルドに入った(詳しくは2005年1月の日記”憧れのハワイ航路 其の弐”を参照)ので、ちと食べ比べてみたかった。が、ニュージランドに来て二日目、よーやっと海外に来たことを実感した朝餉であった。優雅な朝食を済ませた後、御庭番は昨日説明会が開催されたアルティメットハイクス社に向かった。目的地のステーションビルは、VUDUからはほんの十分程の距離である。長月壱拾九日 辰之刻 之頃アルティメットハイクス社に着いたのは8:00を廻った頃。昨日御庭番が美人のこずえさんに薦められるがままに帽子だの足袋だのを購入した登山用品店の前には異様に元気な年寄りの軍団が群れを成していた。御庭番は、カレー臭が漂うハイテンションな老人の群れをかわしながら、ステーションビルの中へ。すると、MEGUMIと森三中の村上知子と亀田大毅を足して八で割った様なチビっ娘が出てきた。「あのー・・・」「あー!麻生さんですねー!おはよーございまーす!!」と、朝から凄い元気な娘である。しかもこちらから名乗る前に勝手に名前呼ばれました。『あー、・・・。』「あ、ごめんなさーい!私今日から皆さんにくっついて行くTOMOYOです!ヨロシク~!!」・・・・・(゜ー゜;)。。。ごめんよTOMOYO・・・御庭番こずえさんと一緒に四泊五日の旅に出かける夢見てました(T▽T)。御庭番の淡い期待は物の見事に打ち砕かれたが、トモヨと名乗るチビっ娘日本人女性ガイドの異様なまでのハイテンションに、昨日の夜の出来事と朝早いことで少々滅入っていた御庭番は何故か突然もよおしてしまったので、『あー、すみませぬが厠は・・・。』「お手洗いですかーっ!あっちですー!」御庭番はトモヨちゃんの指差す方向に向かった。朝の定期便を済ませた御庭番が再び集合場所に戻ると、何時しか大きな観光バスが店の前に横付けにされ、バスの横っ腹に参加者の荷物がどんどん運び込まれている。御庭番も背中に背負った背嚢を運転手に預けた。昨夜確認した旅程表だと、ミルフォードトラックがあるフィヨルドランド国立公園の玄関ロ、テ・アナウまではバスに揺られて一刻半程度かかる。車内で呑む飲料を買おうとステーションビルの中に入った所で、またあの元気なチビっ娘にとっつかまった。「あそーさーん!これ着けて下さーい!」と言って渡されたのは”YURINOSUKE”と書かれた名札。参加者の交流を図る為、全員がこのファーストネームを記した名札を着けるのだと言う。御庭番は童の頃から名札が大ッ嫌いなのだが、Do in Rome as Romans do なので、身に着けることに。自動販売機があるか尋ねたが、「ニュージーランドは自動販売機ありませんよー。」と言うので断念し、バスに乗り込んだ。バスの中は既にガイジンで一杯。年齢層は高く、パッと見、平均年齢伍拾伍歳超。遅刻する不届者も無く、バスは定刻通りに出発。発車するとすぐに運転手が何やら喋っている。時折老人軍団が喝采を上げているが、御庭番にはサッパリわかりません。と、思ったら先程のトモヨちゃんがマイクを持ち始め、運転手の話を日本語に訳してくれた。バスはクィーンズタウンを出てテ・アナウへ向かっている。所要時間は2時間程度であり、途中、モスバーンで休憩を取った後、テ・アナウで記念撮影をして、他のガイドと合流し、フェリーでテ・アナウ湖を渡って、ミルフォードトラックの出発点に向かうと言う。喝采が上がったのは、今日の天気が”曇り後晴れ”と言う行であったのだろう。バスの中で御庭番は独り、ずーっと窓の外を眺めていた。クィーンズタウンを出てワカティプ湖沿いにバスは走る。途中荒野の様な広い牧場の羊や鹿、牛の群れや黄色の花が目に鮮やかな、満開の金雀枝(エニシダ)の輝きに驚きながらバスに揺られて、御庭番は何時しか眠りについてしまった。ガヤガヤと言う音で御庭番は眼を覚ました。どうやら休憩場所のモスバーンに着いたらしい。御庭番も一旦降りてドライブインで水を購入。外で一服していたら何やらガイジン共が御庭番の方を見て目を円くしている。どうやらこのツアーに参加している中で喫煙者は拙者だけらしい。クィーンズタウンでも街中には灰皿スタンドが等間隔で設置されていたので、てっきり喫煙者に優しい国かと思っていたが、これはポイ捨てをさせない為の配慮だと言うことは後で知った話。何とも気まずい中、御庭番は再びバスに乗り込んだ。モスバーンから一時間程でテ・アナウに到着。モスバーンでは曇っていて肌寒ささえ感じたものだが、テ・アナウに着いた頃には空は晴れ、むしろ暑く感じた程。御庭番とジンガイ軍団御一行様は、ここで昼食タイムである。御庭番は朝餉をたらふく食っていたので余り腹は減っていなかったのだが、テ・アナウ湖の畔のロッジに入った。入口の席に腰掛けたら、日本人夫婦の二人の他、中年ヤンキー御一行様参名(♀♂♀)と一緒の席になってしまった。御庭番、ジンガイと同じ席で食事するの初体験でございます。会話が続くか心配だったが、とにもかくにも食事を採る事にした。一緒に座った中年ヤンキーは男性がマイケル、女性はジルとソフィアと言った。三人は仕事仲間でオーストラリア在住だと言う。どう言う仕事なのか具体的には教えて貰えなかったが、マイケルは筑波万博の時に日本に来たことがあると言う。因みに日本人夫婦は茨城在住のMASAJIさんご夫婦。御庭番が話のついでで、『この中じゃ、拙者が一番若僧でござろうな。』と言ったら、「私、参拾歳ですけど。」とMASAJI嫁がちょっとムッとしてました(^▽^;)。日本人ともヤンキーともまだ打ち解けることのできない御庭番、カタコトの英語で挑戦したものの、やっぱり会話が続きません。昼食もそこそこに御庭番は外に出て、テ・アナウ湖を眺めることに。テ・アナウ湖はニュージーランドの南島では最大、国内でも北島のタウポ湖に次いで2番目に大きい湖である。時間を追う毎に空は晴れ渡り、向こう岸にはケプラー山脈、マーチソン山脈の峰々が連なっていた。御庭番はまだ指定時間には早かったが、集合場所へと戻った。食事の後は全員で集合写真を撮影する予定であった。「あそーさーん!夕ご飯の選んで下さ~い。」声のデカイトモヨちゃんに促されるまま、御庭番は渡された紙に書かれているメニューを見た。今夜の宿・グレイドハウスでの夕食は肉か魚のいずれかを選ぶことができる。御庭番は肉料理を選択し、集合写真の撮影場所へ。ヤンキー共の中でも御庭番は背が高い方なので、一番後ろへ。すると御庭番達が乗ってきたバスに横付けする様にして別のバスが停車した。どうやら御庭番達の前に開催されたトランピングのメンバーが戻ってきたらしい。バスからまず降りてきたのは♂のヤンキー。続いて二人、♀のヤンキーが降りてきて、トモヨちゃんとハグしている。彼らもまた、アルティメットハイクス社のガイドで、四泊五日のトランピングが終了したばかりだと言うのに、続け様に御庭番達のツアーに参加する為、ここテ・アナウで合流したのだった。後から来たガイド仲間との挨拶が終わると、ともよちゃんは、これから集合写真を撮る御庭番達の人数を数え始めた。集合写真に来ていないメンバーがいないか確認した訳だが・・・「あれー?おかしぃなぁ・・・1、2、3・・・・あれー?」ともよちゃんてば一生懸命数えてますが、何度数えても数が合わない様です。御庭番は実はその謎を知っていたのだが・・・オモロイから黙ってました(⌒∇⌒)「おかしー!人数が多いー!!」トランピングの参加者はトモヨちゃんの反応を不思議に思い、自分達の周囲をキョロキョロと見回していた。御庭番は腕組みをしたまま台の上に佇立していた―。腹の底で笑いながら(⌒∇⌒)(悪)さてさて、参加者が一人多いと言うホラー映画か心霊写真紛いのこのアクシデントの真相はいかなものでありましょうか。続きは続きをご覧下さい。
2007年12月24日
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知らない街を 歩いてみたいど~こか遠~くへ 行き~た~い♪知らない海を~ ながめて~い~たい♪ど~こか遠~くへ 行き~た~い♪遠~い~街~♪ 遠~い~海~♪ 夢~は~る~か~ 一人旅~♪麻生百合之介世界の旅~君は南の空にウソ十字星を見たか~ 其の五長月壱拾質日 亥之刻 之頃日中は汗ばむ程の陽気とは言え、陽が落ちれば暖房を入れる程温度差が激しいクィーンズタウン。御庭番は、ホテルのバルコニーで途方に暮れていた。時刻は既に23:00。幾ら陽が落ちるのが遅いとは言え、人通りは日中のそれと比べればめっきり少ない。ニュージランドに着いたその日から、窓ぶっ壊して部屋に乱入するのも憚られるので、御庭番は何とか穏便にこの危機を脱しなければならなかった。ふと、下を見ると、1階下のバルコニーに人影が見える。どうやら1階のバルコニーは、部屋続きになっているらしく、人影は階下の宿泊客と思われた。だが、日本人ではありません。どうやってこの状況を説明して助けを呼んだらいいか、迷った挙句へぃ!へるぷみーさー(T▽T)!!と大声で叫んでみたのでござるがシカトしやがったぞこのジンガイめが。2、3回声を掛けたが、気がつかないフリして部屋に戻ってしまいました。(あんなに目と鼻の先にいたのだから聞こえねー筈がねー。)他にもホテルの前の通りを歩いていたヤンキーに声掛けてみたのだが、誰も気づいて下さりません(T▽T)。こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎて行き、半袖シャツ姿の御庭番の身体はしんしんと冷えて行った。(やばい・・・このままでは本当にこの場で一夜を明かすことになってしまう・・・(ーー;)。。。)明日の集合時間は8:30。その時間までに今日の説明会が開催されたアルティメットハイクス社に行かないと、この旅の最大の目的であるミルフォードサウンドのトランピングに参加できません。それより何より、この寒さに耐えて寝るのイヤ過ぎだろ。(この状況では最後の手段を選ばなければなるまい(--;)。。。。)御庭番は遂に腹を括り、ある方法でこの状況を脱出することに決めたそれは―バルコニーから下の階に降りて行くしかないじゃん。御庭番はバルコニーの横に上の階から下に伸びている雨樋を掴んだ。御庭番の体重に耐え得るか不安であったが、思った以上にしっかりしていたので―脱出開始。3階から2階のバルコニーまではおよそ3m程度の高さ。山登りのフリークライミングからすれば、この程度の高さを降りることは御庭番には容易であった。むしろ問題になるのは人に見られやしないかと言うことです。だが、幸いなことに深夜であったので、往来の人通りは少なく、時折ホテルの前をヘッドライトを点した車が物凄いスピードで走り去って行くのみ。無事階下のバルコニーに下りた御庭番、しかしここで新たな問題が。雨樋何処(T▽T)?2階のバルコニーは複数の部屋に跨る広いテラスの様になっていて、そのテラスの周囲を囲う様にして、排水溝があるのみ。御庭番が降りたのはテラスのど真ん中で、5部屋の内、2部屋はまだ室内の照明が点いている。テラスをウロウロしながら雨樋を探したりしていたら、挙動不審人物として、警察に通報されてしまいそうです。かと言って、テラスから勝手に他人の部屋に入って行ったらただの変態だろ。どっちにしても明日のニュージーランドの新聞のベタ記事に載ってしまいかねません。その時、御庭番は閃きました。非常階段って無い(゜▽゜;)?これだけ大きなホテル。テラスも広いのだから、きっと非常階段もある筈。右か左か迷ったが、御庭番の部屋の位置からして近いのはホテルに向かって右の方。しかし、左側の部屋は二つとも明かりが漏れているじゃあーりませんか(T▽T)。しかし、ここでまごまごしている方が危うい。御庭番は、ここでも苦渋の決断をしなくてはならない!!さあ、行くぞ!!の 惨!!(頼むから”惨め”と読んでくれるな)御庭番は風の様に広いテラスを横切り、テラスの端っこまで人に気づかれずに辿り着くことができた。が―今度は非常階段がありません(T▽T)。(嗚呼・・オチまみれの人生)(こ、ここまでかっ(T▽T)!!)と思ったが、よく見ると、手摺りが付いている壁の向こう側に暗くて良く見えないが、階段の様な物が見える。どうやら影の中の階段は下の階まで続いているらしい。その暗闇の中にぼんやりと見える階段に降りる為、御庭番は手摺りを果敢に乗り越えた。ここまで来たらもう一か八かではない。やれるのかーッ!をいっ!!と言う気持ちである!!・・・でもね―。脚が届かなかったんだなコレが(T▽T)レセプションがあるB1階は、ホテルのロビーがある為、宿泊フロアより階層が高いのです。恐らく6m以上の高さであったでしょう。こっから落っこちたら間違い無く骨折します。(ニュージランドまで来て骨折ってトランピング参加しなければこれがホントの骨折り損)御庭番は両手でテラスの手摺りを掴んだまま、必死で脚を伸ばしてもがいていた。しかし、無情にも脚は地面に触れることができない!!もう駄目かと思った時、暗闇に慣れた御庭番の眼に―(あ、あれは・・・(T▽T)。。。!!)綺麗なお花が見えるじゃありませんか。最初は暗かったので良く見えなかったが、どうやら御庭番が飛び降りようとした階段の所は花壇になっているらしい。花の位置からして、足元の花壇までは残り50cm程度。地獄に仏とは良く言ったモンだ。御庭番が勇を鼓舞して、己の全体重を支えていた掌を離すとあっさりと着地。そのまま階段まで飛び降り、正面の入り口まで廻って、レセプションのカウンターに飛び込んだ。『ぃ・・・ぃくすきゅーずみぃ。まぃ るぅーむず ばるこにー ぃず ろっくど。いてぃず のっ ぽっしぼー つぅ えんたぁ だ るぅむ。ぷりーず れんと みぃ あなだきー?』血相変えて外から飛び込んで来た半袖漢に、レセプションのシンディーは最初怪訝な表情をしていたが、事情を理解したらしく笑いを堪えながら新しい鍵を作ってくれた。こうして御庭番は222号室の新しい鍵を手に入れ、よーやっと奇蹟の生還を果たしたのである。部屋に戻って室内に置いてあったルームキーを持ち、新たに作って貰った鍵はレセプションに返して、再び魔の222号室に戻った御庭番は、事件の現場検証を行ったのだが、バルコニーに続く横引きの扉は、上から下にハンドルを下ろして施錠するタイプでは無く、下から上にハンドルを上げて施錠するタイプつまり―何回やっても勝手に施錠されることはありませんでした(T▽T)(・・・・もう寝よう。。。)時計の針は0:00を廻っている。御庭番は全てを忘れる為に日本から連れてきたトモダチのシーバスリーガルを呑んで泣きながらベッドに潜り込んだ。こうして御庭番のニュージランド一日目の夜は更けて言ったのであった―。
2007年12月18日
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知らない街を 歩いてみたいど~こか遠~くへ 行き~た~い♪知らない海を~ ながめて~い~たい♪ど~こか遠~くへ 行き~た~い♪遠~い~街~♪ 遠~い~海~♪ 夢~は~る~か~ 一人旅~♪麻生百合之介世界の旅~君は南の空にウソ十字星を見たか~ 其の四 長月壱拾陸日 未之刻 之頃 ホテルに到着して一息つく間も無く、御庭番はニュージランドから祝電を打つ為、クィーンズタウンの中心地目指して突っ走っていた。ミッションコンプリートの為に御庭番に与えられた時間は30分。時間内に郵便局を探し出し、不慣れな英語で電報を打たなければならない!! クィーンズタウンは風光明媚なリゾート地であるが街自体は非常に小さく、半径2km以内にほとんどの行政施設や飲食店が集中している。が、この街には信号がねぇ。横断歩道の位置を示す円いオレンジ色の板が付いているポールが立っているだけで、最初戸惑ったが、車の往来がそれほど激しくなかったので通りを横切りつつ、目的の郵便局を目指した。街の中心には小さな時計台があり、元郵便局があったのはその近くで、なるほど、確かに建物の解体工事中であった。御庭番はホテルで貰った地図を頼りにその近辺を捜したが、どうにも見つからない。やっと見つけたと思ったらアッサリ再移転しており、ようやっと再移転先の郵便局を見つけた時はもう15:40を過ぎていた。 ”POST OFFICE”と書かれたドアを開けると、カウンターの向こうに局員らしき若いネエちゃんがいるのだが、間の悪い事に御庭番の前に並んでいたバアさんに対応中であった。 『 きゃんにゅぅ どぅ ぞぅ うぉんっとぅ せんど じゃぴゃぁん てれぐらふ?』 と尋ねると、パツキンのネェちゃん、無愛想な表情で、 「No, it doesn't handle it here.It is already an end today.」 はい、終~了~(T▽T) 街を行き交う人々が長閑に歩いている中、必死の形相で走り抜けて行った御庭番の努力は徒花に終わったのであった(T▽T)。 生来の無計画さが祟って、サプライズ計画に向けた努力も徒労に終わった御庭番。ホテルに戻り、電報は国際電話で御奉公先の部下に代理発送して貰うことにして、今度は明日からのトランピングを主催するアルティメットハイクス社の説明会に行かなければならなかった。再び街の中心部へ向かったのだが・・・今度も場所がよく判りません(^▽^;) 旅行代理店から貰った地図には、”ステーションビル”と書いてあるのだが、電車なんか走ってないじゃんこの街。地図を見ながら歩いて行って、近くまで来ている筈なのだが、已む無く通り沿いに泊まっていた観光バスの運転手のオジサンに尋ねたら、時計台の手前のビルだと言う。御庭番は運転手のオジサンに礼を言って、目指すステーションビルに向かった。 説明会場には5分程遅刻して到着。受付がある2階に上ると、立看板が。説明会場に入ろうとしたら背後から、 「参加者の方ですか?」 と言う声。御庭番が振り向くと、美女が微笑みを浮かべて立っている。 『遅れて誠に申し訳ござらぬ。拙者・・・』 「麻生様ですね。お待ちしておりました。申し訳ありませんが、先に説明会を始めさせて頂きました。今DVDを流している所ですので、麻生様には後程同じDVDをご覧頂きます。少々お待ち下さい。」 静かな口調でそう説明するのはKOZUEと言う日本人の女性。どうやら彼女もアルティメットハイクスのメンバーらしく、ロゴの入ったユニフォームを着用しているのだが、服を着ていてもそれと判る程スリムな体型で、如何にも女性らしいプロポーションを維持したままダイエットしていると言う感じの健康的な美人であった。 15分後、こずえさんに促されて御庭番は説明会場へ。部屋の中には夫婦と思しき中年の男女が二組。御庭番は少し離れた席に腰掛け、こずえさんの説明を受けた。 アルティメットハイクス社が主催するガイド付ウォークは、山小屋では無くロッジに宿泊し、道中の食事はおろか、トランピング途中に食べる携行食まで用意して貰える。参加者は雨具や防寒具のみ持てば良く、コースの大半は川沿いの道を歩くので、水さえほとんど持たなくて良いと言う、日本の登山からしたら信じられない程至れり尽くせりのサービスであった。 2、3の質問をした後、先に説明を受けた四人は退室し、御庭番は一人部屋に残ってDVDを観覧。終わりになってこずえさんが入って来て、2、3の注意事項を受けて説明会は終わった。御庭番はこずえさんの薦めで、階下の登山用品店で帽子と防水スプレー、宿泊するロッジで履く足袋、そして最も重要な虫除けクリームを購入。ニュージーランドの山にはサンドフライと言う蚋がおり、これに噛まれると大きく腫れて強烈な痒みに襲われる。御庭番は日本の虫除けスプレーが効かないことを知っていたので、現地で購入したのだった。ちょっと高めだったが、日焼け止め効果がある虫除けクリームを購入。ニュージーランドは南極に近い為、陽射しは日本の約七倍もあるのである。 御庭番が買物を終えると、肩から鞄を提げたこずえさんが階段を下りてきた。仕事が終わったので帰るのだと言う。御庭番は、こずえさんに改めて遅刻したことを侘び、図々しくもこの近辺で何処か旨いモン食える店は無いか尋ねた。 「この辺ですとブリタニアが美味しくて有名です。でも、混みますから早めに行った方が良いですよ。」 『左様でござるか。それは良いことを聞き申した。それでは19:00頃にはこの店に行くことにします。』 と言って分かれたのだが、よく考えたら、御庭番が遅刻した所為でこずえさんを残業させてしまった様な気が・・・。お詫び方々食事に誘えば良かったと、後で猛烈に後悔したのであった―。 いつもの御庭番なら現地のスーパーマーケットで食材を購入し、貧しい食事に耐えるのだが、今回は違います。美人のこずえさんに教えて貰ったH.M.S ブリタニアを捜し求めて、御庭番は三度街の中心部へ向かった。 で、やっと見つけましたブリタニア。 ブリタニアは中世イギリスの帆船を彷彿とさせるインテリアが特徴のニュージーランド料理店であるが、漢独りには少々不釣合な店。しかしながら、美人のこずえさんお奨めの店とあれば入らない口は無い。御庭番が店員に独りであることを告げると、店員は階下の二人席に案内してくれた。席に着くなり御庭番はビールをオーダーし、メインにステーキとサイドメニューにクラムチャウダーとガーリックトーストを頼んだ。オーダーの際に肉の焼き方からソースの種類、サイドに付くサラダのドレッシングからクラムチャウダーを出すタイミングと細々聞かれたのだが、英語で質問されてくるのでよく判りません。 ビールの後、メインを待つ間に白ワインを追加。ニュージーランドはワインの産地としても有名なのである。続いてトーストとクラムチャウダーが来たので食するが、これがバカうま。丼の様な器に入っていたのもアッサリ平らげてしまい、メインの肉料理もガッツリ頂いた後、食事が終わってふと階上の席を見ると、先程のウェイトレスが日本人のカップルのオーダーを取っていたのだが、日本語ペラペラだぞ、おい(--;)。 どうやら彼女は日本人らしく、逆に御庭番の方が中国人か韓国人に間違われた様です。何で御庭番の様な超・日本人を間違えるのか、一遍聞いてみたいモンである。 勘定を払って店を出るが、ブリタニアのあるThe Mall st.は、パブ等が並ぶ飲食店通り。通りにはオープンスタイルの席に銘々腰掛けて酒を煽るヤンキー共の群れで一杯。御庭番は腹一杯なのでもう酒を呑む気も無く、歩いてホテルへ向かうことにした。途中ワカティプ湖の桟橋で湖の波音を聞いていたのだが、 これで21:00ですぜ? 緯度が高いので陽が完全に落ちるのは、この時期22:00を過ぎ。五時から漢の御庭番には嬉しい限りだが、翌日の集合は8:00。大して早くないと思われるかも知れないが、時差を考えると日本なら、4:00である。一時間前に起きて準備すること考えると、やはり早く寝る必要があったので、御庭番はホテルへ戻ってさっさと寝る事にした。 宿に戻って携帯糸電話の電子飛脚で日本の部下に堀衛門宛ての祝電の文面を送り、翌日以降の準備を済ませたら、既に23:00を廻っている。御庭番はホテルの部屋からバルコニーに出て、寝る前に最後の一服をすることに。流石に陽は完全に落ちて、ワカティプ湖の波音だけが聞こえる静けさの中―。事件は起こった御庭番が煙草を吸い終わり、バルコニーから部屋に戻ろうとしたその瞬間―。ガチャッ!(・・・・(-- )?)ガチャガチャガチャ!(・・・(--;)?・・・)ガチャッ!ガチャガチャガチャッ!! 何故鍵がかかってるんだバッキャロー(T▽T)部屋には御庭番以外の人間は当然誰もいない。つまりー ロックアウトですか?(T▽T) 外は初夏とは言え、日本で言うなら北海道と同じ様なもの。寝る前で半袖シャツにGパンの御庭番、このままでは凍え死んでしまいます。携帯糸電話も部屋の中で、御庭番救いを求める術がございません。 (何故・・・) 外国に来てまでこんなメに遭うんでせう(T▽T) さてさて、『御庭番笑劇の一夜』はどの様になりますでしょうか。続きは次回をご覧下さい。
2007年12月16日
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ニュージーランドは日本から東南へ約9000km離れた南太平洋に浮かぶ島国である。日本からニュージランドへのフライト時間は壱拾時間超。腰痛持ちの御庭番にはいささか不安な旅程であったが、御庭番は狭いシートに座り、只管飛行機が到着するのを待ち続けた。機内で夕食と朝食が出たが、御庭番が搭乗している飛行機には、日本人とニュージーランド人のアテンダントが同行していたものの、オバンで愛想の悪い女給ばかりで、余り快適な空の旅とは言えない旅であった。 朝食を食べ終わると、日除けを下ろした窓の隙間から光が挿し込んでいる。御庭番が日除けを開けてみると―ニュージーランドの風景が眼下に広がっています。 ”ご搭乗の皆様、おはようございます。只今より入国カードをお渡ししますので、機内にて記入をお願い致します。” 御庭番は旅行代理店から入国カードを貰っていて、既に記入済み。隣の席の日本人のオバハンが書き方が判らない様子なので書き方を教えた後は窓の外の風景に視線を落した。飛行機は晴れ渡るニュージランドの空を悠然と飛び、やがて高度を下げ始めた。眼下に広がるのは初夏の陽射しを受ける広大な平野と、大きな湖沼と川。都心部は整然と区画された道路と建物が目立つが、都市を外れると明らかに違う光景となる。間も無く飛行機は着陸の衝撃を感じること無くランディングした。 ビジネスクラス組を優先的に降ろした後、続いて貧乏人共もこぞって出口へ。ARRIVALと書かれたゲートをくぐると、オークランド国際空港の長い廊下を抜け、御庭番は入国審査を受ける為にIMMIGLATIONへ。他の便で到着していた乗客が既に列を成しており、御庭番はパスポートと入国カードを持って列の後ろに並んで順番を待った。無愛想な入国審査官の質問に片言の英語で回答すると、パスポートに許可印を押されて無事通過。続いてBAGGAGE CLAIMの”NZ90”と言う表示の前で待っていると、預けた荷物が流れて来た。御庭番は荷物を取り上げて続け様に検疫を受ける為、QUARANTINEに並んだ。 「Good Moning. Do you have something food?」 『のー。あいひゃぶなっすぃんぐ。』 「OK.Turn back please.・・・lift up the foot and show your shoes.・・・Good.Welcome to NewzeaLand.」 『せんきゅー。』 検疫も無事通過。そして―遂に御庭番はニュージーランドの地に降り立ったのである! とは言え、オークランドはあくまで通過点に過ぎない。御庭番はここから更に国内線に乗り換えなければならなかった。出発までまだ時間もあるので空港のロビーを出て一服していると、目の前に何かの像が立っている。この像のある所から国内線のターミナルへ向かう無料のシャトルバスが出ていることに気が付いた御庭番は、ロビーに戻った。オークランド空港は国際線ターミナルと国内線ターミナルが1kmも離れているので、シャトルバスに乗って移動しなければならない。空港の周辺は何も無いので、さっさと国内線への乗り換え手続きを済ませてしまおうと思ったのである。国内線の乗り換え手続きもすんなり完了し、御庭番はシャトルバスの乗り場へと戻った。長月壱拾陸日 巳之刻 之頃 先程の像の前で暫く待っていると、やがてシャトルバスが来た。他の乗客は無く、御庭番の貸切状態である。10分も経たない内に国際線のターミナルへ到着。オークランドは港町として有名な為、国際線にはヨットの帆を模したモニュメントがあったが、国内線の建物は国際線と比較して簡素な造りである。時間潰しするなら暫く国際線のターミナルで過ごした方が良かったかなとちょっと後悔したが、戻るのもバカバカしいので、国内線の空港をプラプラ歩いていると、前から来た中国人らしい女性が、英語で何やら話し掛けて来る。どうやらトイレを捜しているらしい。御庭番は一通り空港の中を歩いてトイレの位置を知っていたので、場所を教えてやったのだが拙者も同じオノボリサンなのに何故何処へ行っても他人に道を聞かれるのか不思議だ(--;)。御庭番は国外に行くと明らかに日本人で無い人に道聞かれたりする。日本でも外国人によく道聞かれる。GジャンGパン手ぶらのイデタチではとても旅行者には見えないのも無理は無いが・・・。 一時間程時間を潰していたら、やがて搭乗手続き開始のアナウンスが流れた。御庭番が搭乗する飛行機はまだ到着していなかったが、さっさと身体検査を済ませて搭乗ゲートへ。搭乗口の前のロビーには誰もいない。またも貸切状態のロビーで、ソファーに横になって飛行機の到着を待った。すると、エスカレーターを上がって来たオバチャンが、慌てた様子で従業員専用の扉をガチャガチャやっている。徒事ならぬ様子なので、御庭番が、 『めぃあぃひぇるぷゆー?』と声を掛けると、 「Yes, it searches for the lavatory. 」またトイレのご案内かい(ーー;) 御庭番が現在地から近いトイレを教えてあげると、オバチャンは小走りにトイレに向かって行った。それから一時間程経って飛行機が到着。御庭番は今度は通路側の席に座ることに。飛行機は定刻通りに出発した。さあ、次は”女王陛下が滞在するに相応しい街”Queen's Townだ!!長月壱拾陸日 未之刻 之頃 クイーンズタウンへは2時間のフライトである。窓側にはどうやら国外から来たと思われるヤンキーのカップルが座っていたが、やがて、 「Oh! Beautiful Sight!」 と窓側に座っている女が声を上げた。声に誘われて御庭番が窓の外に視線を向けると、OH!ワンダホー!! ニュージーランドは師走からが本格的な夏。つまり長月の今頃はまだ初夏である。初夏の山と言えば、残雪が日増しに強くなって来る陽の光を浴びて輝きを増す時期であり、山を愛する漢には辛抱堪らん光景であった。 やがて飛行機はクィーンズタウン空港の滑走路に滑り込む様にして到着。オークランド空港の時とは違い、御庭番は到着口から直接BAGGAGE CLAIMで荷物を受け取って、空港の外へ。クィーンズタウンも快晴でございます。 陽射しは強いが風は快地好く、御庭番の足元に寄って来る雀は日本の雀よりも一回り大きく、囀る声も何処と無く違う。御庭番が今夜泊まる宿はワカティプ湖の畔にあるリッジス。クィーンズタウン空港からはそう遠く無い距離だ。 タクシーを利用することにした御庭番は、乗り場に向かうと先頭で待っている女性ドライバーのタクシーに乗り込んだ。 「Where Do you come from?」 『とーきょー、じゃぴゃぁん』 キャシーと言うドライバーは気さくに話しかけてくるが、こちとら公式には英検4級の英語力で余り会話は上手く続きません。 「sightseen?」 『ぃやぁ。あぃる じょぃん とぅ ざ みるふぉど とらっくず とらんぴんぐ。はぅ あばぅつ つもろぅず うぇだー?』 「I think that it is fine.」 『ぐぅっど。あぃ ぅぉんとぅ ぅぃっしゅ そぅ』 キャシーは途中、”スカイラインコンプレックスから見るクィーンズタウンの景色が良い”と教えてくれたが、御庭番は早く宿に着きたかったので、『5日後に戻ったら行く。』と告げて、そのままホテルへ直行して貰った。 ホテルに到着してタクシー代を払い、ホテルのレセプションへ。旅行代理店からバウチャーを得ていたので、その予約確認書とエクスプレスカードを提示して、部屋のキーを貰った。この日のルームNo,は222。2階と言いながら、レセプションとロビーが地下1階なので、実質的には3階と言うことになる。そしてこの部屋である事件が起きるのだが、この時、御庭番はそんなことは露知らず、部屋の中に入ると荷物を紐解いて、旅行代理店から貰った資料に再度眼を通した。今日はこの後、トランピングを主催するアルティメットハイクス社に行って、明日以降の山行の説明を受けることになっている。 しかし、説明会は17:00からで、まだ時間がある。御庭番は胸に秘めていたあるミッションを遂行する為、部屋を出てレセプションへと戻った。 『いくすきゅーずみー。あーひぁー じゃぁぴゃにぃず すぴぃかー?』 シンディと言う受付嬢にそう言うと、奥の部屋からキョウコと言う日本人受付嬢が出てきた。 『あのー、日本に電報を打ちたいのだが、こちらでお願いできまするか?』』 そう、振り切って来たものの、やはり上士・堀衛門の華燭の典に華を添えるべく、御庭番はテレグラフ フロム ニュージーランドを企んでいたのである!! 「え?電報ですか?こちらでは取り扱っていません。」 想定内の返答であったので、 『では、近くに郵便局はござらぬか?直接出向く程に。』 と、大した英語力も無い癖に、御庭番は無謀なことを言った。キョウコはシンディと何やら話し込んでいたが、やがてカウンターに戻って来てこう言った。 「あのー、郵便局は街にあるんですけど・・・今工事中で場所が少し離れた所に移ったんですよ。今日は土曜日なので16:00で終了の筈なんですけど。。。」 ・・・・・(゜ー゜;)16:00ですと(T▽T)? 現在15:20分。つまりあと30分しか時間がございません。御庭番は慌てて郵便局の場所を聞いてホテルを飛び出した。明日から5日間は山の中。そしてニュージーランドから電報を送る場合、3日の時間を要する。つまり、今日を逃すと電報遅れません。 御庭番は長旅の疲れも吹っ飛ばす勢いでホテルを出て、街の中心部へ突っ走って行った―。
2007年12月15日
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知らない街を 歩いてみたいど~こか遠~くへ 行き~た~い♪知らない海を~ ながめて~い~たい♪ど~こか遠~くへ 行き~た~い♪遠~い~街~♪ 遠~い~海~♪ 夢~は~る~か~ 一人旅~♪麻生百合之介世界の旅~君は南の空にウソ十字星を見たか~ 其の壱 長月壱拾五日 午之刻 之頃 ”ショチョー”と呼ばれる上士・堀衛門の華燭の典に出るべきか、それとも思いつきで決めたニュージーランド決死行を敢行すべきか悩みながらも、御庭番は着々とニュージーランド行きの準備を進めていた。久方振り山行、しかも初の海外登山(と言う程の所でもないが)のことであったので、準備は万端にする必要があったのである。ニュージーランドは入国に際して、食物でも種子類を持ち込むことはおろか、靴に付いている泥を国内に持ち込むことすら禁じられている。御庭番は長年の相棒であった登山靴も思い切って新調し、日本とは季節が真逆の気候に対応するべく、登山用のズボンや水筒まで新調して、投資金額は日に日に膨らんで行った。 更に伍日間御奉公を連続して休むからには、やるべきことはやっておいてから国を出なければならないので、いつにも増して毎日毎日残業残業雨残業のやっつけ仕事で仕事を消化していた。 毎月恒例の御蔵米の算段も終わって―。遂にその日はやって来た。 『よし、こんなモンでござろう。』 背嚢に必要最低限の装備を詰め込んで、御庭番は足慣らしの為に新調したばかりの登山靴を履き、全身オノボリサンなイデタチで草庵を出た。御庭番が搭乗する飛行機はニュージーランド航空のオークランド直行便。成田空港第弐館から出発する。御庭番は生まれて初めて成田エクスプレスに乗り、一路成田空港へ。NEXと車体に印字されているその列車は、御庭番がこれまで一度は乗りたかった車両。車内では特に何事も無く、大都会御江戸の風景が、段々寂れた農家の風景に変わって行くのを見ていると、旅の始まりを実感したモンである。 昼過ぎに出て、成田空港に到着したのが未の刻頃。空港の地下で遅い昼飯を採った後、御庭番は海外でも通話ができる携帯糸電話を予約していたので、窓口へ向かうも、予約をしていた場合は、自動貸出預函があるので、そこで簡単に借りることができた。何でも手軽な世の中になったモンである。 御庭番が今回の旅行を申し込んだ旅行代理店の定める待ち合わせ時間は申の刻。まだ少々時間がある。 (そー言えば旅程表を確認しておかなければ・・・) 忙しさに感けて、旅程表を確認することも満足にしていなかった無計画な御庭番は、今回の行き当たりばったりな旅行を改めて確認した。元々はミルフォードサウンドの他にフォックスグレイシャー(氷河)も行ってトランツアルパインにも乗りたかったが、日程的に厳しいと言う旅行代理店の言葉に従って、泣く泣く氷河歩きと世界の車窓から的な乗り鉄を諦めて、ミルフォードサウンドのトランピング(ニュージランドではトレッキングのことをこう言う)一本に絞った旅になっていた。 一通り旅程を確認した後、最後に今日出発する飛行機のフライト時刻を何気に見てみると、酉の刻になっているじゃあーりませんか。 後参時間も何しようか(--;) 成田空港の真ん中で御庭番は手持ち無沙汰に佇んでいた。長月壱拾五日 申之刻 之頃 空港の中を散策したり、煙管を吸ったりして時間を潰していると、やがて待ち合わせの時間に。御庭番は指定された窓口に行き、愛想の悪い受付嬢から航空券を受け取ると、空港会社の窓口へ。世間は平日だと言うのに空港の窓口は長蛇の列。しかもババアばかりで若い娘がほとんどいません。年寄りは日本国内では礼儀にうるさい癖に海外のマナーを知らん輩が多いので、御庭番は少しうんざりしていた。 ニュージランド航空の窓口での手続きも、今はインターネットの普及により、簡単に済んだ。御庭番は再び空港のロビーに戻ると、朋友に電子飛脚を送ったり、煙管を吸って時間を潰していた。やがて―。”成田空港発ニュージランド航空90便オークランド行に搭乗のお客様、間も無く搭乗手続きを開始します。” と言うアナウンスが。御庭番は待ってましたとばかりに立ちあ上がり、出国審査を受ける。身に付けている金属類を外して金属探知機のゲートを潜り、一発で通過。搭乗ゲートは第弐旅客ターミナルから離れた所にあるので、シャトルに乗って搭乗口へ。まだ時間があったので、伍日間分の煙草を買い、旅の御供に酒を買った。友の名はシーバスリーガル。ジャックダニエルと並ぶ御庭番の”トモダチ”である。御庭番はトモダチを手に携えて、搭乗館の中の喫煙室へ。喫煙室の中には様々な人種・国籍のスモーカーが紫煙をくゆらせていた。御庭番が空いている席に座って煙管を吸っていると、隣のベトナム人がライターの火を着け辛そうにしている。御庭番は懐から火打石を取り出し、ベトナム人のオッサンに渡した。『ぷりーず。』「Oh,Thank you」 ベトナム人のオッサンはグエンさんと言って、日本に商用で来たのだと言う。一箇月程滞在して色々な工場にアタリを付けたが、目ぼしい収穫は無かったと言っていた。グエンさんは御庭番に火打石を返そうとしたが、御庭番は、『いっつぷれぜんととぅゆー』「Are not you embarrassed?」『あいひゃぶあなざーぴーす。でぃすわん。』 と言って、御庭番はもう一つ持っていた火打石を見せて、グエンさんを安心させた。グエンさんは礼を言ってその場を立ち去った。ただ、グエンさんが立ち去った後で御庭番が気になったことが一つ。そう言えばターボライターって飛行機に持ち込んじゃいけなかったんじゃなかったけ(^▽^;)? まあ、搭乗口にいる以上、もう出国審査は通っている訳で、御庭番も通過して来たんだから大丈夫だとは思うが・・・ベトナム国内の事情についてまでは感知しておりませんので、あしからず(悪)長月壱拾五日 酉之刻 之頃 待ち合わせの間ムダに時間を費やしていると、やがて搭乗ゲートの番号が表示され、搭乗が始まった。ビジネスクラスの御大尽の搭乗が優先され、貧乏人のエコノミークラスは後。御庭番は貧乏人軍団の先頭を切って飛行機に搭乗。窓側の席に腰を下ろした。小半刻後にはいよいよ離陸し、日本を飛び立つと、思っていたのですが ”お客様にお詫び申し上げます。既に離陸の時刻を過ぎておりますが、只今、荷物を載せる作業に時間がかかっております。もう暫くお待ち下さい。尚、只今より機内の映像システムの運用を開始します。お待ち頂く間、座席前のディスプレイでお楽しみ下さい。” と言うアナウンスが。まあ、飛行機にはよくあることと諦めて、前の座席の背凭れに付いているディスプレイの画面を操作しようと思ったら”・・・―重ねてご搭乗のお客様にお詫び申し上げます。只今、映像システムの機器が正常に作動しませんので、機器の再起動を行っております。誠に申し訳御座いませんが再起動に十分程かかります。暫くお待ち下さい。”・・・って。。。大丈夫かおい(--;) 何か整備不良とか起きてんじゃないのか。旅の初っ端からつまずいてどうする。 結局離陸は一時間程遅れ、戌の刻になって突然飛行機が動き出した。冬のことなので、既に陽は西の山の端に沈み、辺りは暗くなっていて、窓の外の風景はよく見えない。飛行機はゆっくりと旋回し、滑走路に到着すると、管制塔の指令を待っているのか、暫くその場に停車した。ら”お客様に申し上げます。只今成田空港、離発着の飛行機で大変混雑しています。管制塔から離陸の指示があるまで、暫く待機します。尚、現地到着時刻には遅れない様、速度を上げて飛行しますが、天候等に拠り若干の遅れが出る場合がございますので御了承下さい とノタマウ機長のアナウンスが。御庭番はオークランドに到着後、国内線に乗り換える必要があったので、遅れるのは困ります。乗り換え迄に間に合わなかったりしたら旅の計画が狂うじゃあーりませんか。(まー、元はと言えば無理無駄無謀無計画な旅なんでござるが^▽^;)そして暫く停泊した後、機体がゆっくりと動き出し、やがて全身に凄いGがかかり始めて―。遂に離陸!(写真は御庭番が乗った飛行機とは全く関係ありません)見送ってくれる人も無く日本を飛び立った御庭番・麻生百合之介。その行く手に世界中の人々を震撼させる出来事が待っていることを、神ならぬ身の御庭番には知る由もなかった―。(次回に続く)
2007年12月15日
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知らない街を 歩いてみたいど~こか遠~くへ 行き~た~い♪知らない海を~ ながめて~い~たい♪ど~こか遠~くへ 行き~た~い♪遠~い~街~♪ 遠~い~海~♪ 夢~は~る~か~ 一人旅~♪麻生百合之介世界の旅~君は南の空にウソ十字星を見たか~ 序章神無月弐拾壱日 酉の刻之頃『あ痛痛痛痛~ッ(T▽T)!!』 「か、硬いですねぇ・・指が入っていきませんよ。」 それは神無月初めの三連休の最後の日であった。 御庭番・麻生百合之介は、その日、今年になって引っ越した街の近くにある整体医院で体を解していた。その前の三連休、久しびしの休みに草庵でゴロゴロしていた時、さあ、もう寝ようかなと思って立ち上がった瞬間、息が詰まるほどの激痛が腰に来た。以前、同様の現象が起こった時、腰痛に悩んでいる御奉公先の先輩に相談した所、 ”偶に長期の休みを取って毎日ゴロゴロしていると、腰の筋肉が弱って腰痛になったりする” と聞いていたので、腰の筋肉が弱っているのだと勘違いした御庭番は、もう深夜だと言うのに、買ったばかりの訓練着に着替えて、腹筋・背筋に飽き足らず外に出て階段登り降りまでして、寝返りを打つことすらできない激痛に泣きながら寝床についた。 翌朝になって少し痛みが和らいだので、御庭番はまだ痛む腰を庇いながら御奉公先に向かったのだが、午前中一杯で再起不能に。 御奉公先の上士に事情を説明し、部下に肩を駆りながら早駕籠に放り込まれた御庭番は、そのまま奉公先の最寄の駅前にある藪医院に向かった。待合室で一刻以上も待たされた挙句、診察の際、容赦無く腰を捻られて出た結論が、「ギックリ腰ですな。」「ま、弐、参日もすれば治るでしょう。薬と軟膏を出しておきます故、服用して下さい。お大事に。」 冷めた口調でお決まりの決め科白を言う医師の診察室を出て処方箋を貰い、草庵に戻って薬を服用しつつ、二日間御奉公を休んだが、それでも腰痛が治まらなかったので、とうとう整体のお世話になったと言う訳なのである。『ぐっ!くくぅ~・・・』「普段身体動かしてます?こんなに身体が硬い人も珍しいですよ。」御庭番より若僧の整体師に説教されても返す言葉も無い。御庭番は毎晩毎晩残業残業また残業で腰を動かしている余裕等無かったのである。『い、以前は山に登っておったんでござるが、こ、ここんとこ御無沙汰で御座ってな・・・。』「あー、腰とか膝とか痛め易いんですよねー。また山に行く予定とかあります?」『さ、左様さ。実は近々ニュージーランドに行く予定で。』「え(゜▽゜;)?その腰で?」『うむ。実は十年間の精勤の褒美として、藩から伍日間の休みを貰えそうなので、もう手続きしちゃった。。』「そ、そうですか・・・。まあ、南半球は今から夏だから、腰には良いかもしれませんけど・・・。」『今更止める事はできぬ。何しろ今止めたらキャンセル料100%だからの。』 御庭番は藩が休みをくれるかどうか怪しかったので、直前まで旅行の予約をしていなかった。本来半年から参箇月月前には申し込みをし、壱箇月前にはもう、金を払って全ての手続きが完了している段階と言う時期に申し込みをしたのである。ニュージーランドに行こうと思ったのも、ほんの数日前のことであり、旅行代理店が慌てて飛行機の手配から、御庭番が考案した旅程表の調整をしてくれたのだった。今回御庭番が独り旅の行き先に選んだのはニュージーランドの南島にあるミルフォードサウンド。そう―世界一美しい散歩道と言われるトレッキングコースでございます。 ミルフォードサウンドは、ニュージランドの南島の南西部にあるフィヨルド地形の景勝地であり、ニュージランド政府が徹底的にその美しい自然を保護・管理している為、入山できるのは一日に伍十人限定と言う、選ばれし人々のみが歩くことのできるコースである。当初は案内人無しのコースを独りで歩こうかと思ったのだが、御庭番が申し込もうとした時は既に予約で一杯で、旅行代理店の薦めで、案内人付きのコースに何とか滑り込みで入ることができたのであった。「ニュージーランドにはどの位いらっしゃるんです?」『長月に連休があるでござろう。前後の土日と絡めると怒涛の十連休になるから十日間じゃ。実は藩の上士の華燭の典があるのだがどうせ呼ばれないからな。』 御庭番の奉公先の上士・銭田堀衛門は、齢四十路のハゲちゃびんであるが、壱五歳も齢下の娘を嫁に貰うことになった。堀衛門殿の嫁御は、以前御庭番と同じ奉公先に勤めていたので、実は旧知の仲である。堀衛門と以前呑んだ時に”お前等は呼ばない”と言っていたので、これが御庭番を海外逃亡させるキッカケと言えばキッカケであった。 「へぇ、十年の精勤に勤労感謝の日絡めて海外旅行なんて洒落てますねぇ。でも、独りで海外行くのって不安じゃないんですか?」 『男児たるもの、海外の一つや二つ独りで行けんでどうする。女子供ならいざ知らず、拙者を襲う物好きなんざ海外にもおらんであろうが。ハッハッハッ!って、痛痛痛痛ッ!』「いや。。。漢独りで寂しくないのかなって思って。。。」そりは余計なお世話だコラ(T▽T)。 一時間程身体を解した後、腰痛も大分軽くなった。御庭番は若僧整体師に高い金子を払って、家路に戻った。神無月弐拾伍日之頃”腰痛と言うより、全身に疲れが溜まってますね。筋肉に溜まった乳酸を解したので、弐、参日は疲れがドッと噴き出して、倦怠感が出ますから” と言う若僧整体師の言葉通り、全身物凄い倦怠感に襲われたが、根性出して御奉公先に向かった。その日は毎月恒例の御庭番評定と宴会もあり、幹事を仰せつかった御庭番は、吐き気を催す位の倦怠感があっても、休むことはできなかったのであった。御庭番は旅行代理店と密かに連絡を取り、”今日入金する”と約束をしていたので、出仕時間を少し遅らせて、両替商に寄って、大金を払って来ていた。金子を振り込んでから出仕した後、評定は申の刻頃から始まり、結論が出ないまま半刻で終わった。御庭番が他の御庭番衆を引率し、宴を開く店に向かって、戌の刻には宴が始まった。宴は一刻程続き、やがてお開きとなった。銘々帰宅する者、”もう一軒”と叫んでいる者、既に立ったまま寝ている者、様々な酔っ払いが繁華街に屯している。御庭番はこの日大金を払っていたので、もう一軒行く程の金子は持ち合わせておらず、草庵に戻ろうとしていた。時に「おい、百合之介。」 と、御庭番の袖を掴むゴツイ手が伸びて来た。声を掛けて来たのは誰あろう、ウワサのアイツ・銭田堀衛門である。「ちょっといいか」『は?』すると、堀衛門はどんどん人気の無い所に御庭番を連れて行くじゃあーりませんか(T▽T)。何か嫌な予感がします(--;) まさか襲われることはあるまいと思っていたが、やはり暗闇の中で人気の無い所に拉致されたのでは正直ビビリます。御庭番が堀衛門と対峙すると、夜のネオンの光が、堀衛門の頭の上に落ちて輝いている。「あのさー、カミさんがやっぱりお前にも結婚式に来て貰いたいって言っているんだよ。結婚式、お前来る?」・・・・・(゜ー゜;)。。。はい(T▽T)? あのですね、皆さん。結婚式の招待状って、普通弐箇月前とか参箇月前には貰っていません?しかも前に呑んだ時に”お前ら(注:御庭番衆)は呼ばない”って言ってただろこのハゲちゃびんめが。 御庭番だってですね、独身貴族の星とも言うべき、説教ばっかり垂れてても世話になっている上士の華燭の典を心から祝いたいと思っていたとですよ。しかしキャンセル料100%をどうしたものか(T▽T)御庭番は堀衛門から其の言葉を聞いた瞬間膝から崩れ落ち、『ちょ・・・ちょっと無理ッス(T▽T)。。。』と、力無く答えた。「え?あ、そう。じゃ、いいよ。そう言えば休むとか言ってたもんな。まあ、俺の結婚式よりも大事な用があるんなら仕方無いな。判った。ヨメさんに言っておくよ。」あのですね、上士?なんでそんな眼をするんですか(T▽T)?(拙者が悪いのか、拙者が?)『い、一応ちょっと考えさせて下され。』「いいよ無理しなくても。じゃあ、俺はもう一軒行って来るから。」と言って堀衛門は去って行った。御庭番はホロ酔い気分も一発で冷めたまま、冬の北風が吹き抜ける繁華街に独り佇んでいた。さあ、『究極の選択』に迫られた御庭番の決断は如何相成りますでしょうか。続きは次回をご覧下さい
2007年12月14日
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まだ生きてますよ。(余りにほったらかしにしていたので、御庭番は死んだとかゆーウワサがあるんだとか無いんだとか・・・)長らくのご無沙汰誠に申し訳ござりませぬ。無事ニュージーランドから(十日振りに)帰って参りました、麻生百合之介ですよ、皆さんこんばんわ。前回の日記(っつーてもテキトーな英語でカキコミしただけでござったが・・・)から一週間以上も経過して日記更新。ホントーに日本にいなかったので、不在の十日間公私共にやらなければならないことが溜まってまして、よーやっと落ち着いたんでやっとパソコン開くことができ申した。極一部の登城者の皆様、更新が遅れて御免なさい。今日から御庭番奇蹟の復活でござりまする。と、言いたい所なんでござりまするが・・・御庭番ってば・・・明日からまた。。。今度は香港に行くことにと、言うのは冗談でー(゜▽゜)長年このお城に来城されている方々(もー、ホント僅かしかいないけど)はご存知の通り、御庭番、この時期は毎月お蔵米の算段でタボー故、明日以降の日記の更新が怪しい(”またか”とか言うなーー;)ので、確実に更新できる体制が整うまでもうちっとお待ち下され。因みにお蔵米の算段は今週一杯かかるので、次の更新は多分土曜日と思ったんですが今週末は今度は愚父と愚母を連れて温泉に行かなければならぬハメに(これは本当)その辺の事情も含めて明かされる次回の更新をお待ち下さい。(決して本意ではありません。念のため(^▽^;))と言うのも冷たいので―(ここまで更新遅らせておきながらおあずけとか言ったら多分もー誰もこないだろーなー( ̄∀ ̄;)。。。)御庭番が日記をまともに更新する前に予備知識としてこちらのホームページを御覧じろ皆の衆。(本当は御庭番が撮ってきた写真を掲示する予定だったのですが、御庭番のパソコンが余りにも旧過ぎてアップできませんでしたハッハッハッハ(T▽T)#)http://homepage1.nifty.com/numata01/milford/index/top.htm・・・但しこれ見ただけでは今回の旅の全てを識ることはできませぬ。スゲー色々ありましたから(T▽T)(いや、ハッタリじゃないですよ、ホント)とにかく今回の旅の軌跡は、恐らくこのお城開闢以来最長不倒の日記になることは間違いございません。皆様、期待して(明日の更新は期待しないで^▽^;)お待ち下さい。あ、そうそう。誤解の無い様に言っておきまするが―。別に日韓戦見たいが為に日記の更新手抜きしている訳じゃないからな(^▽^;)そこの所誤解無い様ヨロピク
2007年12月02日
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Hello Everyone! This is Asou Yurinosuke about Oniwaban!!Now, I write this diary into the Queenstown Airport!Do you think "Why did you use English?"Because,I came to the New Zealand!!(realy)I wish I want to do update this My memory. This story,is very long long story.If you will read this story,you'll cry and burst out laughing..."THE Road of New Zealand Oniwaban travel&trouble Maker"COMING SOON!! See you!(Please Reading JAPANESE Rome. HONTOU WA NIPPONGO DE KAKITAKATTANDESUGA, HENKAN NO SIKATA GA YO-WAKARAN NODE EIGO DE KAKIMASITA. KARI NI HEN NA EIGO TSUKATTARI SITETEMO MYOUNA TUKKOMI YA SHITEKI WA OUKE DEKIMASEN NODE ASHIKARAZU. ONIWABAN NO EIGORYOKU DEWA KORWGA GENKAIDESU(T-T). CHINAMINI,ONIWABAN NO KIKOKU WA 25NICHI NO YOTEI DESUNODE SOREMADE NIKKI NO KOUSIN WA DEKIMASEN. TYOKO TYOKO MITE WA OKIMASUGA, HENJIWA KAKENAIKAMO SIREMASEN NODE GORYOUSYOUKUDASAI.)
2007年11月24日
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え~とですね、まず・・・半年もほったらかして誠に申し訳ござりませぬ(しかも奇跡の復活とか言いながら)前回の『軽井沢”愉快”案内』を上梓して燃え尽きた・・・訳ではなく、ちっとご奉公の方が色々忙しくて、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日(あー懐かしいなこれも)深夜まで残業・徹夜が続きまして、休みの日は燃え尽きて死んでたので、パソコン開きもしませんでした。期待させておきながら又もや御来城頂いた皆様を裏切るハメになってしまい、御庭番言い訳もできません。ただ只管土下座するのみでござりまする。本当に御免なさい。(でもさー、たのみこむの商品開発企画室の結果発表だって更新滞りがちなんだから拙者の更新が遅れたっていいじゃん)・・・で、実に伍箇月ぶりに日記を更新の今日は特に何も無いんですがね。(なんかこー、昔みたいな汲めど尽きぬ程あった文才が最近枯渇気味の様な・・・ ←そんなの最初からねー)巷ではドン亀三兄弟の反則だとか、沢尻○リカの生意気な態度だとか、厚生労働省のタイマンだとか、防衛省のドンとか言われて舞い上がってる頭悪そうなオッサンのことだとか、赤福饅頭の賞味期限偽装問題とか、色々聞くに堪えない見るに耐えない話が多く、社会派瓦版的家頁目指している(何時から?)御庭番としてはブッた斬りしたいネタが山程なんでござるが、な~んつーか瓦版とか通じて見聞きする話がこんなくだらない話ばっかりだと、世を悲憤慷慨するのも結構骨が折れるとか思ったりする。もうちっとこー、ホノボノ&ケ・セラセラと言える様な世の中になってくれんモンかと、この情けない国・ニッポンの行く末を案じてみたりする今日この頃でござりまする。だが安心召されい・・・世間にはまだ・・・・こんなに愉快な人間がいるでござるよ(クリックすると多分飛ぶ)多分福岡辺りに在住のガイジンらしいのだが、インターネットで無料動画を配信しているYou tubeを介して世界中に恥を曝すその根性が気に入った。できることなら他の言語でもやってくれんかな。スワヒリ語とかロシア語とか。ほんでもって全ての言語で一斉にこのネタやったらスゲー壮観かも知れませぬ。久しぶりにたのみこむに投稿してみようかなと思う今日この頃(^▽^;)。まあ、気が向いたらやってみることとしよう(^ー^;)。
2007年10月28日
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(あらすじ) もう、いい加減前の日記読んで下さい(泣)今回の日記は、実は昨日の内に書き上げていたのでござるが、楽天のHTMLは半角で10000文字をOVERすると通らないことをうっかり忘れていたので、分割して掲載しています。それもこれも―あらすじが長いから(T▽T)(決して拙者の文章能力の拙さじゃないもんねーだ)と、まあ、言い訳だけ前フリにしておいて、『軽井沢”愉快”案内~最終章~』をご覧下さい(ちなみに下のGIFアニメは自作)イノシシを無事追っ払って(疑)、貧しい昼餉も済ませて人心地ついた御庭番と愉快なオヤジ共は、一休みしてから再び山小屋の修繕を始めたが、山は陽が落ちるのが早く、まだ初夏のことでもあったので、陽が落ちると風を冷たく感じる程だった。「今日の所はこの位にしておこうかの。」と言う愚父の一声をきっかけに、御庭番以下は銘々後片付けを始め、大八車に荷物を片付けた。ガラガラガラ・・・・御庭番が引く大八車は、意気揚々としていた行きと比べて、死の危険が間近に迫る経験を一日で二度味わった疲労からか、帰り荷を引っ張る車をいつも以上に重く感じていた。「YEHHHH~♪今日は疲れたぜHAHAHA~♪」「ワシもじゃ。百合之介、この先に油壺山荘と言う温泉宿がある。そこで人と待ち合わせの約束をしとるから、ちとそこへ寄ってくれい。」『へいへい(--;)』御庭番は疲れていたのでサッサと帰りたかったが、愚父と待ち合わせている御仁は他ならぬあの腐りかけた山小屋を売りつけた人物ということを知っていたので、嫌味の一言でも言ってやろうと企んでいたのと、御庭番も温泉に浸かって溜まりに溜まった疲れを抜きたいと言う欲望があったので、大人しく愚父の指図に従うことにした。油壺山荘は明治時代から湯治場として栄えた上州の老舗の宿で、森閑とした林の奥に建つ、趣のあるモダンな洋風建築の宿である。御庭番と愉快なオヤジ達がこの宿に着いた頃には陽も山の端に落ちて、宿の周囲を冷たい空気と闇がすっぽりと包み込んでいた。 愚父とあの山小屋を売りつけた御仁の待ち合わせの時間にはまだ半刻程あったので、御庭番とオッサンの三人は、油壺山荘自慢の湯に浸かることにした。週末とは言え、大型連休前のことであったので、湯には御庭番とオッサンの三人の他には地元の人らしい老人とチャリダーらしき若者の姿がちらほら見えるだけであった。ざぶん←湯船に飛び込まないよーに「あ~・・・生き返るのぅ。。。」「YEH~♪やっぱりSPAは日本人の心だな、百合之介HAHAHA~♪」『あんたの口から日本人の心なんて言葉が出るとは意外を通り越して不愉快ですな。・・・ってか拙者疲れました。凄く。』「あれしきのことで疲れるとは情けない。少し鍛え方が足らんのではないか倅よ。」『あんなとこであんなことがあったから疲れるんでござろーがっ。ちったぁ己の不明を恥じなされ。』「愚か者め。ワシに何も恥らうことなど無いっ!」と、言って、愚父は湯船から立ち上がって腕組みし、仁王立ちした。『・・・・・・・・・・何でも構いませんが。。。拙者の鼻先のその粗末なモノをアッチにやって戴けませぬかな(--;)。』「はっはっはっ!何を戯言を。ワシのこれを粗末というは天に唾する様なものぞ」「SO~だよ、百合之介~♪伊達に○○○を倅って言う訳じゃないぜ~♪」わっはっはっはっは~♪あっはっはっはっは~♪(^▽^;)・・・ぷち~ん←切れた音・・・・って。。。『やかましいっ!風呂場で下品なこと声高に語ってんじゃねぇッ(T▽T)!!』「あ~うるさいうるさい、風呂場で怒鳴るなこの馬鹿者。」「もうこれ以上浸かってると逆上せちまうからそろそ出るか、HAHAHA~♪」話振ったのはお前らだろと言いたい所であったが、周りの視線にいたたまれず、御庭番もしぶしぶ風呂を出た。隔靴掻痒(意味の分からない人はまたまたお父さんお母さんに聞いてみよう)御庭番達が風呂を出て渋茶を啜っていると、間も無く愚父に倒壊寸前の山小屋を売りつけた御仁が現れた。この御仁は愚父の奉公先に出入りしている関連会社の社長で、名を屯田林と言った。御庭番とオヂは通りいっぺんの挨拶を済ますと、もう夕餉の時間でもあったので、山荘の食堂で早めの夕餉を取ることに。御庭番はこの後も大八車を引かねばならないので、酒精は禁止であったが、愚父とオヂと屯田林殿は、御庭番のことは全く気にも留めずに地元の銘酒を呑みながらイノシシ鍋をつついた。酒が廻ってようやっと鍋も温まった頃、徐に屯田林殿があの山小屋の話を始めた。「麻生殿、お譲りした山荘はご覧になられましたかいな?」「ああ、拝見致した。なかなか良い所ですの~。」「御気に召して頂けたのなら幸いですなぁ。ちょっと古い建物ですが、手直しすれば十分使えまっさかいに。」「今日は三人で手直ししたけど、まだ大分時間がかかりそうだね~。もっとも百合之介は余り気に入らないみたいだけどな。HAHAHA~♪」『オヂ上!余計なこと口走られるな!・・・失礼致し申した。ただ、ちっと崖ギリギリに建っていると言うのが気になっただけでござります。』「・・・・?崖ギリギリ?そんなことないでっしゃろ?」『いや、かなりギリギリでござった。入り口と反対側の縁側に出たら真下が崖でビックリ致し申したが・・・?』「おかしいでんな~。あの辺は確かに高台にはなっとりますけど、峠になっとるからそんなに崖っぷちってこと無い筈なんやけどな。それに何もあんさん方に直して頂かんでも、もう先週から工事のモンが入っとる筈なんやけど・・・」・・・・(゜ー゜;)(゜ー゜;)(゜ー゜;)(--;)(T▽T;)( ̄▽ ̄;)あんだって?「近くに赤いとんがった屋根の建物ありまへんでしたかいな?管理棟があった筈なんやけど?」『いや、廻りは林と笹薮ばかりでしたが・・・( ̄▽ ̄;)?』「そんなわけないやろ。・・・あ、橋渡りましたんかいな?」・・・・・・・はい(^ー^;)?橋(T▽T)?「えーっ?橋渡ってないんかいなっ!?ほな・・・あっ!もしかして手前の避難所に行ったんとちゃいまっか?」避難所ってなんですか?(T▽T)「今回お譲りした小屋の手前に冬季登山者向けの非難小屋があるんですが、そこと間違えてませんでっしゃろか。あそこは元々気象庁の観測用に建てられたらしいから、崖っぷちに建っているってのはそこのことやろ。それに・・・」『それに(--;)?』「お父さんから300万円頂戴しましたけど、あの内200万円はお譲りした山荘の修繕費として頂きましたんやで。ウチとしては会社用の保養所としてバブルん時に買うた山荘やけど、もう大分旧くなって維持費ばっかりかかるんで、お父さんに引き取って貰ったんや。何も皆さんが汗水垂らして直さんでもわいの懇意にしとる業者が直してくれる言うのに・・・」それはつまり・・・無駄骨だったってことですか?(T▽T)(T▽T)(T▽T)「まあ、そうゆうことになりますな。残念ながら。って言うか、麻生さん。だから事前に現地までご案内しましょかって言うたやないですか、ほんまにも~・・・。」「そ、そうでしたかな?記憶にありませんなぁ( ̄▽ ̄;)。。。」・・・ってコラーーーーーーーッ(T▽T)!!油壺山荘のガラスに張り付いた夜露を振り払うかの如く激しい振動を起こす御庭番の絶叫が、建物全体に響き渡ったのだった。。。(ちなみに御庭番が本当の山小屋に行ったのはこの事件が起こってから実に弐年後のことであった・・・。十坪程しかない狭い建物だが、一応電気も水道も通っていてまとまもな小屋になっていたので安心したもんである。が、夏に遊びに行くと必ず虫の屍骸が物凄い数で残っていてあの非難小屋と何ら変わらない山小屋であるなと御庭番が感じていることは、紛れも無い事実である。)
2007年05月28日
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(あらすじ)人里離れた山奥にあると言う、伝説の”お約束の崖っぷち”に遺された”BESSO”の復活を夢見た三人の漢達は、死の臭いが充満しているその城の中で数々の死闘を繰り広げる。そんな漢達に一服の清涼感を与えたのは、天上から遥かに見渡す美しい光景だった。だがしか~し
2007年05月27日
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(あらすじ) 人里離れた山奥で、愚父とオヂと共に崩壊寸前の山小屋を修理するハメになった御庭番。山小屋の中は前の住人が炊いたバルサンの所為で、異様な数の虫が、死臭を漂わせながら横たわっていた。なんとかその場を逃げ出そうにも大八車の鍵は愚父が握っているので逃げることも適わず、嫌々ながら山小屋の清掃を始める。しかし、その山小屋に”あらたなる危機”が迫っていた―。三人が山小屋の奥に進むにつれて、その恐ろしい全貌が次第に明らかになっていた。崩れ落ちた壁剥がれている床腐りかけた階段これはもう―人様が棲める環境ではございません(T▽T)(くどいようですが元がこんなカンジ)取り合えず御庭番とその関係者は床一杯の虫の屍骸を箒で掃き出して行った。虫はカミキリムシやダンゴムシ、カナブンやマイマイカブリ等、標本にできるんではないかと思う程の量であった。掃き出し終わった後には、割れた入り口の石段の上に蟻塚みたいな虫の屍骸の山ができあがった。「凄い数ですな(--;)。」『うむ。佃煮にできる程じゃな。』「拙者も随分山小屋を泊まり歩いてきたが、こんな死が充満した悲惨な山小屋は見たことがございませぬ。」『山小屋ではない。別荘じゃ。』「・・・・(ーー;)。。。」御庭番はもう反論する気力も失せていた。するとそこへ―『HEY!ブラザー&百合之介!ちょっとこっちカモンしてトゥゲザーしてみろ!」と言うオヂの声がした。『どうした義弟よ。』今度は猫か蛇の死体でもあったのかとうんざりしながら御庭番は愚父の後について行った。すると奥の部屋の窓を開けて、広い縁台にオヂが立って言った。『look at that!』と言って指差す先は―一面のパノラマでございます。『おー絶景かな、絶景かな』『見晴らしがいいぢゃないかhahaha~♪』『こーして下界を見下ろしていると、何だか自分がエラくなった気がするのー』と大人げも無くはしゃぐオッサン達。「ふ・・・大人気も無い。まあ、バカと煙は高い所に昇りたがると言いますからのぅ」するとすかさず・・・『じゃ、お前が一番バカだろ。山登ってんだから。』って、ステレオで言われました。ちくしょう(--;)。しかし、愚父とオヂの言い得て妙なハモリの通り、高い所に登りたがる御庭番も、丸太で組まれた縁台に出て風景を楽しむことに。初夏の陽射しが眩しい中、新緑を煽る清涼な風が、御庭番の月代を涼し気に通り過ぎていった。『あーいい気分じゃ』『あの虫の屍骸の山にはうんざりさせられたが、このバルコニーだけでも十分な価値があるなブラザー』と、愚父とオヂが山小屋気分を満喫している横で、御庭番はふと、縁台の足下を見た。そして凍りついた―。だって―凄い絶壁が足元に(T▽T)(飛竜直下三千尺)と、御庭番が息を飲んだ瞬間―。”みしっ”って音が(T▽T)!!ミシミシ・・・『?な、何か揺れてないか義弟よ・・・』ビシッ!ビシビシ・・・『??風の所為じゃないか?それとも夕べの酒がまだ残っているのかい?ブラザー?HAHAHA~♪』グラグラグラ・・・!「いや、確かに揺れてますぞ。ってか地震じゃこれ!!」と、御庭番が叫んだ瞬間どどどどどどぉぉぉっっ!!・・・って巨大地震発生(後でラジオで聞いた話では震度4だったらしいが)「おわわわわっ!アブないっっっっ(T▽T)」『OH!け、結構BIGだぞ!逃げろ!!』『どけどけっ!ワシが先じゃーーーーーッ!!』腐りかけの山小屋等、大地震でも起これば一たまりもない。さっきまでのほほんとしていた御庭番とその関係者は我先にとばかりに醜く争いながら汚い山小屋に転がり込んで逃げた。さながら、ライオンに襲い掛かられてパニくっているヌーの群れの様だった。。。閑話休題(意味が分からない人はお父さんお母さんに聞いてみよう)地震は30秒もしない内に静まり、再び鳥の囀りが聞こえ始めてきた。『ふーっ。何とか収まったようじゃな・・・』『ああ。流石にミーも驚いたよ。ブラザー。しかし、さっきの百合之介の逃げ足の速さは凄かったな。』「こんな人里離れた山奥であんた方と一緒に野垂れ死になんて御免蒙ります。まだ結婚もしていないのに。」『結婚しないんじゃなく、できないんだろ。馬鹿だから。』『そうだ、百合之介。日本語は正しく使わなくちゃ行けないぜ。HAHAHAHA~♪』「じゃかましい!お前らに言われたないわ!!(T▽T)」(特に後者)『うるさいのぅ・・・全く人間がちっちゃくて声のデカイヤツじゃ(--;)』『HAHAHA~♪まあ、そういきりたつなよ百合之介。とにかく早くこの別荘を直して、マウンテンライフをエンジョイしようぜ♪』(本当にここを使うつもりかこいつら・・・(--;)。。。)御庭番は無駄なあがきと思ったが、愚父の永年の夢と、オヂの顔を立てて、その場は治めて、山小屋の修理を手伝うことに。虫の屍骸は粗方掃き出し終わったので、先ほど剥がし終わった壁を御庭番と愚父、床をオヂが直す段取りをして、銘々作業に取り掛かった。トントントントンカンカンカン昼下がりの山奥に軽快な槌音が響いた。時折材料を取りに小屋の外に出ると、鳥が驚いて羽ばたいた。ちょっと離れた白樺の林の中からは百舌のさえずりが聞こえて来る。長閑な山奥の雰囲気に、御庭番も機嫌を取り直し、作業は順調に進んで行った。「思ったより基礎や柱はしっかりしていますな。父上。」『うむ。これなら壁と床さえ取り替えれば立派な別荘になるであろう。』『和室の畳と襖は入れ替えないともう使い物にならないな。ちょっとフレンドに連絡しておくよ。』『ああ、頼む。なるべく安くな。』「ところで父上。もう一刻も働きっぱなしで拙者腹が減り申した。そろそろ昼餉に致しませぬか?」『おお、そうじゃな。昼飯にするか。母さんが作ってくれた弁当が車の中にあるから、百合之介、ちょっとお前取って来てくれ。ワシらは湯を沸かしておくから。』「かしこまった。」御庭番が額の汗を拭いながら、珍しく素直に立ち上がって、壊れた扉をガタガタ言わせながら出ると、所々欠けた石段を降りようとした時御庭番と汚い山小屋の目の前に―とんでもない珍客が(T▽T)さてさて、蛇に睨まれた蛙ならぬ、イノシシにガン飛ばされた御庭番の命はいかが相成るでしょうか、この続きは次回をご覧下さい(T▽T)。
2007年05月20日
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「ち、ちちうえッ!(T▽T)」「せ、セガレッ!!(T▽T)」 目の前にあるのは冷たく横たわる現実―。そう、御庭番とその愚父は見てしまった。 その驚愕の光景を―。 常人であれば決して直視することはできないであろうその惨劇を―!!ばぁぁぁああん!!(余りにおぞましくて皆様にお見せできません)(T▽T)(T▽T)ぎゃーッ!なんじゃこりゃーッ!!「おぇっ!臭ッ!!」「これはまた・・・エライことになってますな。。。(--;)」そう、御庭番と愚父が見たのは大量の虫の屍骸。虫の屍骸はあばら家の床と言う床を埋め尽くしていた・・・。「父上、ワシャ帰ります。」『むぁてぇぃ!百合之介(T▽T)!!貴様逃げる気かっっっ!?』「逃げるとか逃げないとか言うレベルの話じゃないで御座ろう。誰が好き好んでこんな虫の墓場に起居すると言うのだ(--;)・・・」『虫の屍骸等ホーキで掃きだせばよかろう。とにかく、ここで帰ることは父が許さん。』「許して下さらなくて結構です。ほな、さいなら。」 と、御庭番が突き放す様に帰ろうとした時―。御庭番の目の前に物凄い勢いでトラックが!(T▽T)ギャーッ!あぶねぇッ!!間一髪で飛び退けた御庭番の横を、トラックは物凄い轍を作って横滑りしながら停まった。すると中から「YO~!百合之介!!久々だな!HAHAHAHA~♪」と、山奥には場違いな位日焼けしたオッサンが飛び出して来た。どう見ても日本人に見えない日本人、御庭番の愚母の弟、役所工事であった。「な!オジ上!?何故ここにッ!?ってゆーか拙者を殺す気かッ(T▽T)!!」「何でだって?アミーゴがベッソー買ったから遊びに来いってから来たんじゃないか~HAHAHAHA~♪YO~♪兄貴!ここがアニキの買ったベッソーかい?OH~、SHIT!なんて汚さだこりゃ、HAHAHA~♪」と、御庭番の怒り等聞く耳も持たず、常に思ったことを剛速球で口走るこの年中日焼けしている役人は、愚父に歩み寄って握手しながら言った『おお、義弟よ!よう来た。よう来た。・・・・で、例のブツは?』「Don't be afraid。勿論ここにあるさ、マイブラザー。」 と言ってオジは轍にずっぽり嵌った軽トラックの荷台のカバーを剥がした。するとその下には角材が一杯。「あのーもしもし?」「WHAT?どうした百合之介?」「一体この角材をどうしようと言うので?」「分からんのか、この角材でこのベッソーを見違える様な建物にビフォー&アフターするのだ。」(T▽T)はい?これをどうすると仰るので?(ビフォー&アフォーが関の山さ、HAHAHA~(T▽T)♪)『安心せい!義弟を呼んだのは他でもない。この材料は義弟の所に出入りしている工事業者から貰ったのじゃ!!』「この木っ端のことでござるか・・・(--;)?」「SO~だよ、百合之介。こんな木材だったら俺の顔で幾らでも手に入るのさ!HAHAHA~♪」「それって職権濫用では・・・?」「NO~。その業者とはオトモダチだから、友情の対価としては癒着でも何でも無いさ!」「・・・・ところでオジ上。。。資格は持っておられるのか?」 建築士の。と百合之介が言おうとすると、「WHAT?資格?あるよ。英検4級。」 「アホか!小屋建てるのに英検が関係あるかいっっ(T▽T)!!」絶叫が木霊する上州の山奥―。この人里離れた地にもうひとつの惨劇が繰り広げられることを、神ならぬ御庭番は知る由も無かった・・・。
2007年05月14日
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お待たせしました約630日振りに日記を更新!・・・・で、どっから話せばいいんだっけか?(何しろ弐年前のネタだから記憶が・・・ーー;)ちょっと前回の説明から入った方がいいかも知れんので、”あらすじ”をば・・・あらすじ貧乏侍として永年奉公していた愚父を慰労する為、どぶろくを酌み交わす御庭番とその愚父。ホロ酔い加減の愚父が、御庭番に誇らしげに見せた物は、なんと愚父がなけなしの退職金で買った別荘の登記簿謄本だった!『軽井沢に別荘を買った』と自慢気に語る愚父横目に、登記簿を精査する御庭番。そして御庭番が出した結論は、愚父が購入したのは”軽井沢”の別荘ではなく、”嬬恋”と言う片田舎の山小屋であると言う驚愕の事実であった!あくまで”軽井沢の別荘”と言い張る愚父の目を覚まさせる為、現地に連れて行った御庭番が見た衝撃の光景とは!!漢達の夢と浪漫を乗せた一大感動巨編!!軽井沢”愉快”案内COMING SOONhttp://plaza.rakuten.co.jp/flaxlily/わかりましたか?(映画っぽくていいでしょ?) それでは本当にお待たせしました、『軽井沢”愉快”案内~其の弐~』の始まり始まり~♪ その日は、前日からの雨で、生憎の曇天であった。 そんな中、日本列島の最東端から上州嬬恋の里を目指す大八車が1台、道無き道を走っていた。言わずと知れた御庭番・麻生百合之介と、その愚父、麻生木瓜左衛門である。 この日も、木瓜左衛門は、御庭番が大八車を引っ張るのを良いことに、酒を呷っていた。 ガラガラガラ・・・ 「のう、百合之介よ・・・」 「なんでござるか?」 御庭番は既に一刻余りも独りで大八車を引っ張り放しなので、汗だくであった。この先には”峠の釜飯”で有名な碓氷峠の急坂が待ち構えている。体力を温存する為には返事をするのも厭わしい程であったが、ぶっきらぼうに返事をした。 「軽井沢はまだかの?」 「この先が碓氷峠です故、後、一刻程かかりまする。」 峠が近づいてきた為か、上り坂が続いている。雨でぬかるむ山道に、御庭番は何度か足を取られた。 「父上、くれぐれも申しておきまするが・・・」 今から行くのは軽井沢では無い。と、御庭番が言おうとすると。 「言うな。言いたいことは分かっておる。したが、軽井沢と言っても広いでな。ワシが買うたのは紛れも無く軽井沢の別荘じゃ。」 (違うと言うておるのに・・・) 頑なな愚父の態度に、流石の御庭番も閉口していた。しかし、今現実に引き戻すことは御庭番には偲びなく、このまま現地に行って、目を覚まさせてやるのが真の親孝行だと思い、後は黙然として大八車を引っ張って行った。 碓氷峠を越えるのは難儀であったし、御庭番は朝から走り詰めであったので、天下に名高い峠の釜飯を食って一休みしたかったが、 「はやく、はやく~」 と言う愚父の為に空腹に耐え、汗まみれになって峠を越えた。 「おー!よーやっと見えて来たぞ!倅よ、あれがお大尽の憩の街、軽井沢じゃ!!」そしてついてに・・・軽井沢を無情にも通過ガラガラガラ・・・ 「倅よ!何処へ行くんじゃ!あ、ほれ、あんな所に若き日のお上が庭球に興じたと言う球技場が!」 「父上。我らの目指す地はもう少し先でござる。」 「えー、だって~」 「住所が全然違うでござろーが。もう少ししたら着きまするから、大人しくなされ。」 「むむぅ・・・止むを得まい。」 愚父も流石に避暑地の一等地の別荘を300万両では買えないと思ったのか、それ以上は何も言わずに、大八車の上で酒を呷った。 それから半刻程、御庭番はひたすら大八車を引き続けた。折悪しく天候が悪化し、目指す嬬恋の里に向かうもうひとつの峠を越えようとした時は物凄い大雨に。海に行っても山に行っても天気最悪と言う御庭番のジンクスはここでも生きていたのだった。 山道を登ると、段々周囲の風景が荒涼とした岩石が目立ち始めた。 「なー百合之介ー」 また愚痴を言い始めやがったなと思ったが、御庭番は知らんぷりしていた。道はゴツゴツとした岩ばかりが目立つガレ場で、喋ると舌を噛みそうな位、大八車が御庭番の腰で暴れまわっていた。 「まだー?ワシ疲れたー。」 「もう少し行くと”王子の国”と言う別荘地がありまする。」 「をー、そこがワシの買った別荘がある所じゃな!?」 「違います。父上が購入されたのはそこから更に奥に行ったところでござる。」 「なに!?まだ先なのか?何時になったら着くんじゃい。」 「我慢めされい。あ痛ッ!こ、この山道を越えれば、ぐっ!後、半刻程です故・・・」 「ナヌーッ!?まだ、壱時間もかかるのかっ!?」 「・・・この先は獣道故、ここで拙者が舌噛んで死んだりすると、父上はこの姥捨て山に置き去りになりますがよろしいか?」 「む・・よ、良きに図らえ!」 愚父はその後、盛んに杯を呷り、やがて眠りについてしまった・・・・。それから半刻程過ぎて― 愚父の高鼾に煩わされながらも、御庭番は黙々と大八車を引き続けた。”王子の国”を通り過ぎた頃には雨も上がっていたが、陽は中天を傾き、午後に入らんとしていた。 (はて・・・?) 御庭番は林道の途中で大八車を停め、腰にぶら下げた手拭で額の汗を拭うと、懐から地図を取り出した。汗の匂いにつられて、五月の蠅が御庭番の周囲に集った。 (もうそろそろ着いてもおかしくないのだが・・・) 姥捨て山から王子の国を横目に通り過ぎ、右に左に林道を走り続けて小半刻、目指す愚父のベッソーはもう間近の筈である。しかし行けども行けども新緑深い山道が続くばかりで、およそ別荘地らしい処は見え無かった。 (道を間違えたかな?) 御庭番は止むを得ず、大八車の上で腹を出し、小脇に酒瓶を抱えている愚父を揺り起こした。 「父上、父上―。」 「ん・・・ぉぉ・・着いたのか?」 愚父は酒臭い息を吐き出しながら起き上がった。 「いや、どうもこの辺の筈ですが、目指す山小屋が見当たりませぬ。」 「山小屋ではない。別荘じゃ。」 「・・・失敬、別荘でしたな。したが、この辺り、人気も無く、どうやら廃村の様ですぞ。幾らなんでもこんな山奥に別荘があるとは思えませぬ。」 「行ってみなきゃ分からんであろう。どれ、ワシが今度は大八車を引っ張って進ぜよう。」 御庭番は愚父の引く大八車には乗らずに後ろを押してついて行った。すると―。 「おお!この辺りの風景は売人に聞いていた風景と一致するぞ!確かあの白樺の林を右に行った所に・・・ほれ、屋根が見えるではないか!あそこじゃ!行くぞ、百合之介!!」ガラガラガラッ! 大八車の車輪の音高らかに、愚父は酔っ払いとは思えない凄い勢いで林道の曲がり角を曲がった。その角を曲がった先に、愚父の永年の夢であった―軽井沢の別荘があるはずです 「父上、そんなに急かんでも山小屋は逃げませぬぞ!」 「わはははは!この角を右に曲がればもうそこじゃ!落ち着いていられようか!!」 そして角を右に曲がったその時―「それっ!ここがワシの汗と涙とゲ○の結晶じゃッ!!!」・・・(゜ー゜;)(゜ー゜;)(T▽T)(T▽T)なんじゃいこりゃーーーッ!!「なっ!こっ、こっ、これはッ!」 「落ち着きなされ父上!したがこれは―。想像以上の惨劇です。(えいっ、もういっちょう(T▽T)w) 「・・・ま、まあ、お気の毒とは思うがこれが現実、父上、目が覚めたでござりましょう?」 「(◎O◎)・・・・」 (むぅ・・・ショックで気を失っておられるか・・・無理も無い。) 愚父の心中察するに余りある・・・と,御庭番は山小屋と言うのも憚られるあばら家の中へと踏み入った。 「父上、ほれ、思ったよりこのあばら家、しっかりとした造りになっておりますぞ。3LDKの一戸建てじゃ。凄いな~、父・・・」 父上・・・と言おうとした瞬間、御庭番とその愚父の目の前に・・・見るも無残な死体がッ!!! ≡(ノT▽T)ノ (メT▽T)メあわわーーッ! ギャーーーッ! 遠路はるばる海から山へとやってきた御庭番とその愚父、二人は一体何を見てしまったのか・・・軽井沢の恐ろしい1日を綴ったこの日記は、後半へと続く―
2007年05月13日
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はい、長年のブランクから”ネット痴呆”で現在リハビリ中の麻生百合之介です、皆さんこんばんわ。えー、本来であれば昨日大々的に予告させて頂いた通り、今日から『軽井沢”愉快”案内』を再開させる所なんでござるが、実は皆様にちょっとご説明しておきたいことが。と、言いますのは、”何故御庭番は行方不明になったのか”ということ。 チョコチョコ”酔いどれ日記”や”楽市・楽座”でも書いていた通り、御庭番は平成壱拾六年の夏から御奉公の場所が変わり、某怪社の担当として、現地に赴任し、そこでの血みどろの戦いを壱年半有余続けた後、敵陣を撤退した訳なのでござるが、その敵陣に切り込んでいた際に、東日本電信電話局の請求札を受け取りながらも、それを払いに行っている暇も無い程タボーだった為、金子を払うことができず、ネット回線を止められたと言う所までは皆様ご存知のことかと思いまする。その後、御庭番は元の御奉公先に戻ったが、御庭番が敵陣に出陣している間に藩の合併があった為、藩邸の規模が倍増、御庭番はその藩邸の諸事を司る役目を負った為、不慣れな仕事に慣れるまで時間がかかった上、昨年のカンサ・夏の陣とヨサン・秋の陣を立て続けに迎え、更にその合間々々に撤退した敵陣との小競り合いが続く等、殺人的な忙しさに見舞われていたんでござる。この為、東日本電信電話に止められていた回線を復活することができなかったと言うのはウッソー敵陣撤退後の御庭番の動向については前述の通りで間違いござりませぬ。但し、回線を復活しなかった本当の理由は別にある。と、言いますのは、独居房追い出されますた(T▽T)憲法改正の発議が唱えられている今日、御庭番が御奉公先でも、”独身貴族剥奪法案”と言うのができまして、参拾過ぎても独身ヤローには死をと言う鬼の様な法案が可決されてしまい、御庭番は現在、河の辺でブルーシートとダンボールの家に囲まれてこの日記を書いています。も、嘘(あー、また同じHTML使っちゃった) 現在御庭番は東海道・川崎宿の独居房から離れ、今年の春から花のお江戸に棲んでおりまする。つまり、引越しすることが目に見えているから、ネットの回線復活を控えていたと言う次第。こーゆー事情で御庭番は暫くの間の不自由を感じながら、更に皆様のご期待に沿うことができない背徳に悩みながら今日に至ったと言う訳なんでござる。そこで、弐年近くもホッタラカシにしていたにも関わらず、不肖・麻生百合之介を御見捨て無く再び登城して頂いた皆様に、本邦初公開!御庭番が現在棲んでいる所はここだ!(凄いぞG○○gle Map)と、言うことで・・・御庭番、住所が変わりました。メールのアドレスも変わりました。食生活も変わりました。御奉公先での肩書も変わりました。まだ独身ですが何か?(T▽T)ちょっとまだネット痴呆が治らない(ってゆーかさー、知らん間にエディタ機能とかついちゃって以前使っていたHTML思い出せないから、復帰するまで時間がかかる。)ので、散々引っ張っている『軽井沢”愉快”案内』は次回に繰り越しとさせて頂きます。もうちょっと待ってね(^^;)
2007年05月06日
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2007年05月05日
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皆の衆・・・・新年明けましておめでとうござりまする。m(_ _)m(いや、ほんと申し訳ないと思っとる)激動の2006年(何が?)も幕を閉じ、よーやっと新たなる年を迎えた今日この頃、皆さんいかがお過ごしですか?もう誰も相手してくれないかもしれませんが、しつこく麻生 百合之介です、皆さん明けましておめでとうござりまする(ってかもー3日過ぎちゃってますけど(^▽^;)。。。)えー、ホントはですね、年末から年始にかけてこのお城も大掃除&更新をしようとか思っていたんでござるが、思いのほか自分自身の大掃除に時間がかかりまして、しかも年末から年始にかけて際限無く呑みっ放しだったもので、今日の今日まで日記更新できませんでした。”正月くらいは日記更新するんだろー”とか期待して思っていた貴殿。貴殿はなかなか良い読みしているでござるぞよ。何しろ御庭番ってば、除夜の鐘聞く2分前位迄ホントにこのお城の大掃除と日記の更新しようと思っていたのでござるから。まあ、酔っ払って寝なければな(T▽T)(これも、もーお約束染みてますけど・・・)元旦から愚父とサシで呑んでいて、結局大晦日から元旦まではほとんど呑みっ放し、翌日も二日酔いだったもので(しかも今日はカラオケで熱唱して声が出ない)、全然日記の更新できませんでした。期待していた(人がいるのかどうか知らんが)方、ホントに期待を裏切ってしまって申し訳ありませんね。この場を借りて謹んでお詫び致しまする。・・・で、もう一度、このお城が何で更新されなくなり、また、復帰がここまで延び延びになってしまったかということを検証した(暇人)ってのは多分いないと思いますが、元々、今回の長期休城は、御庭番タボーにつき、日記の更新はおろか、第一種通信事業者への支払いもままならず(金が無い訳じゃなく、支払いをしている暇すらなかった為)、回線を止められてしまったと言うのが原因なんでござるが、そのタボーも落ち着いた(か、どうか知らんが^▽^;)にもかかわらず、とある理由に拠り、回線の復旧を控えていたのが事実のトコロ。しかしながら御庭番、ここでハッキリ皆様にお約束致します。4月には(ほぼ間違いなく)復活します。(恐る恐る)実は御庭番ってば、もー年も年なので、今の”若人が集う園”を追い出されるハメになりまして、今年中に独り勃ちしなくてはならんことになったのですよ。で、もーいー加減若人が集う園を追い出されることが判っていたので、いまさらながらに回線引いてもすぐに撤去されちゃうので、ここまで回線を復活させず、日記の更新もできなかったってぇ訳なんでござる。お陰でネタは一杯溜まったけどな(T▽T)(吐き出さないんで溜まる一方)ま、卯月には間違いなく回線は復活する(じゃないと色んな意味で不便でしゃーない)ので、その暁には溜まりに溜まっていたモノを吐き出すつもりなので、皆様アテにしないでお待ち下され。停滞していた『軽井沢誘惑案内』の更新は勿論、この長期休城中も温めていたネタも一気に大放出させて頂きます。まだ、信じられない?(まー、それも無理はありませんが)じゃあ、ここで、次回更新の予告を致しませう。次回(多分今年の卯月以降)のネタは・・・・裁判ネタだ(いーのかなー、この時点でこんなこと言って・・・(--;)。。。)と言う訳で、今年もよろしくね(^▽^;)。
2007年01月02日
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よ!一時は落城の憂き目に遭ったこのサイト、皆の衆の期待を裏切り今日も日記を更新、皆の衆、風邪引いてませんか?壱白水星蟹座A型花の独身貴族永遠の二十歳、御庭番麻生百合之介です、みなさんこんばんわ。えー、よりによって今まで全然更新が途絶えていたのに何で連日日記を更新できるかといいますとですね、また残業しているからです(T▽T)(しかも今日も独りぼっち)つまりこの日記は屯所のPCから更新している次第。実は最近御庭番がご奉公している藩は情報安全がどうの個人情報保護がどうの藩の御公儀に対する責任がどうのと色々細部に渡り五月蝿(←読めるかこの字が)なってしまったので、これまで屯所のPCから更新するのを控えていたのでござるが、最近になって、口で言う程やってなさそうなことが判明したのでちょっと冒険してみました。ただ、毎日が冒険では体が持たない(誰だ今”お前の人生似たようなもんだろ”とかイケナイつっこみした輩は)ので、今日は偶々ですから念の為。あんまり期待持たせてやっぱり更新しないと皆の衆に申し訳ありませんので、適当に今日は切り上げ様と思います。しかしなんとかならんかな、あの個人情報保護法とか言うのわ(ーー;) 御庭番がご奉公している藩のみならず、およそ名のある藩はどこもかしこも猫も杓子もハンカチ王子ファンも恐々としている感じで、非常に窮屈な、世知辛い世になったもんだなと思ってしまう。飛脚の誤送信とか、個人情報に該当するメモの類を紛失しただけで大騒ぎになってしまう。重要な情報(両替商とか役所の書類とか)ならいざ知らず、名前や血液型が漏れただけでもあーのこーのとちと過敏じゃないかと思ってしまいまするな。まあ、何事も杉田かおるは呼ばざるがヨロシ(←なんかチガウ)ってことで、済ましたいモンだが、かつてこれと似たように一時期騒がれたのが著作権問題でしょ?最近になって松〇零児と〇ッキーが著作権があーだこーだで揉めているらしいが、どちらもファンな御庭番にとってはどっちだっていいじゃんそんなのと言う感じ。〇ッキーが歌の歌詞に使った所で別に銀河鉄道の夜27が被害を蒙る訳じゃなし、〇ッキーもパクったんならパクったで(偶然の一致だけの様な気もするが)今回は”マッちゃんに対するオマージュだった”(最近覚えたの、この単語)とか言っちゃえば済むだけのこと。まあ、創造主としての誇りが許さんと言うなら勝手にやってろって感じでござるが、もーちっとこー、おおらかに出来ないモンでござるかな。まあ、ジャングルジム大帝パクったと言われる米利堅国の『獅子王』はちょっとあからさま過ぎる気がせんでもないが。で、つまるところですね・・・・何が言いたいかっつーと。。。。 ・・・すいません、画像の新規登録ができないんで、リサイクルしますたm(_ _)m。(この日記に関する〇ッキー派、松〇零児派、法務省、このお城でこの画像を見た記憶がある御仁、その他如何なる組織の苦情もお受けできませんので悪しからず)
2006年11月15日
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歳の瀬が押し詰まって(つってもまだ壱ヶ月以上先の話ですが)来て、一段と寒さが迫ってくる今日この頃、皆様いかがお過ごしですか、御庭番・麻生百合之介です、みなさんこんばんわ。・・・・・・え?お前なんか知らないですって?ああ、まあ、それも仕方がありませぬな。何しろTOP画像がこの期に及んで”謹賀新年”って、馬鹿丸出しだからねー。って言うかすんませんでしたぁ(T▽T)!!(特に毎日ここ覗きに来て頂いていた方)←そんなヤツもーいない(泣)色々事情がありまして(メンドくさいだけだろとか言うな)、ネット環境復活できなかったんですぅ(従って、まだパソコンも死んだまま)とりあえず、TOP画像だけ更新(って言っても過去に使ったヤツだけどさー、アッハッハ(T▽T)!)。及びお詫びの為にこの日記を更新します。詳しい事情はまた後日(って、何時になることやら)
2006年11月14日
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えー、どもども、正月三が日は日記を更新すると言ってしまったので今日も日記を更新。元旦から連荘で酒呑んでますよ、麻生百合之介です、皆さんこんばんわ。実は御庭番が日記を更新しない間に、『たのみこむ』でも楽天の飛脚の間でも、御庭番に向けたメッセージが色々来ているのでござるが、インターネットの接続ができないので返事ができなくてごめんくさい。ネット接続復活の暁には必ずお返事しますのでしばしお待ち下さいm(_ _)m。で、皆様今年の抱負って何かあります?(本当に唐突ですけど)御庭番は世間的には結構いい年なので、未だに独身でいると"フォー!!”じゃないのかと疑われそうですが、御庭番本人は日記でも度々申し上げているように至ってノーマルだから勘違いすんじゃないぞ、恥○の友<ぷ、因みに今年の御庭番の目標は、酒呑んで二日酔いでも遅刻しないに決めました。(こんな決意表明する時点でOUT)昨年の今頃は、まだハワイにいたはずなんですが、昨日の日記でも書いたようなよんどころない事情により、今年は御庭番、国許でのんびり過ごしています。何か悩みとか相談事があれば、お城経由で何時でも受け付けますから、お好きなように。ただ、一言だけ言っておきます。生半可な痛い話は俺には通用しないからな(T▽T)(自分で言うのも何ですが、かなりのレベルで激痛な人生を歩んでいるものと思われ)と言うことで本年もどうぞよろしくね>
2006年01月02日
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皆の衆―新年あけましておめでとうおざりまする・・・え?”その前に何か一言無いのか”ですって?特段何も思いつきませんが何か(゚▽゚)?ガッ 痛っゴツッ 痛痛ッ!・・こガツッ! あ゛痛゛ッ!!・・こ、こらっ!四ヶ月もホッタラカシにして本当にすみませんでしたぁ!ごめんくさい(T▽T)!!実はちょこちょこ陣屋のパソコンで見てはいたのでござるが、本城の規制が厳しくなってご奉公先のPCでは日記の更新ができなかった上、よんどころない事情に拠り草庵のPCも使えず、今日の今日まで日記の更新ができませんでした。正月なので国許に規制・・・じゃなかった帰省してよーやっと日記を更新しておます、麻生百合之介ですよ、皆さん久方びしにこんばんわ。日記の更新をしない四ヶ月の間、皆様には退屈させてしまい誠に申し訳無く思っております。調べてみたら昨年の日記更新は『憧れのハワイ航路』から始まって、なんと30回にも満たないと言う、過去に前例の無い低更新率。365日更新が可能なんだから月1ペースの更新じゃぁ、そら来城者も1桁まで落ちようと言うもんですな(井上○水じゃないんだから)もうちっと頻繁に更新しないといけないと思いつつも更新できなかったのはひとえにメンドくさかったからご奉公の所為で、一頃に比べたら落ち着いて来たものの、まだ、深夜にならないと草庵に戻れない、夜食はコンビニか吉野家と言う生活が続いていたのですよ。だから日記の更新するよりもメシ食って早く寝る方を優先してしまったってこってす。日々日記の更新を楽しみにしていた方(もう日本全国に二人もいないと思うが)、本当にすいませんね。でも、安心して下さい。こんな生活も実は恐らく後半年程です。実は今年の黄金週間に撤退が決まりました流石に毎月毎月あきらかな敗戦が続いていたので、とうとう藩の老中も堪忍袋の緒が切れたらしく、結構早い段階で現在の陣屋を撤収することが決まっており申した。しかしながら敗戦の原因はお客人の方にあるのは誰の目にも明らかなので、逆にこれまで維持してきたことで昨年末迄維持してきたことが評価され、御庭番は殿を務めることにはなったものの、名誉ある撤退と言うお墨付まで頂くことと相成りました(その割には御扶持があがんねーんだよなー( ̄ー ̄;)。。。)。従ってこの寡作状態のよいどれ日記も後半年の辛抱です。皆様申し訳ありませぬがしばらく、あいやしばらくと言うことで無理矢理納得してくんなまし。・・・・え・・・?”久々の日記なのに激痛ネタが乏しい””ご奉公を失敗したのに軽過ぎ無いか”ですって?はっはっはっ!!何を仰りますやら。久方びしの日記の更新なのにこんなつまらんネタで、『酔いどれ日記』が終 劇(チャイニーズ映画風)の訳がありますまいて。実は日記の更新をこれまでできなかったのはタボーであったということの他にもうひとつありまして、前にもちょっと日記で触れたのだが、インターネットの接続ができなくなってしまった為。回線は止められてしまったのだが、再加入すれば良いだけのことなので、御庭番もタカを括っていたんでござる。で、そろそろネットを復活させようかな~なんて思っていた矢先に・・・その事件は起こった―。それは、昨年の師走―。ジングルベルの音が耳障りな日のことだった―。御庭番は、その日、陣屋の足軽や士卒を連れて、束の間の休息・・・世に言う『亡念会』を開いていた・・・。兵糧が乏しい陣屋では、取り敢えず弐拾人以上からなる足軽・士卒達の呑代を立替払いする必要があった。そこで御庭番は、ナケナシの御扶持の中から八萬両と言う大金を引き出し、酒手の立替払いをした。一軒目が終わり掛けた頃、足軽の中から、『百合之介殿、次は歌会でも催しましょうぞ!!』と、余計なことを言い出す輩があった。百合之介は、もう既に金子の持ち合わせが無かったが、(年にいっぺんあるかないかのこと、今日ばかりは大目に見てやらねば・・・)と言う思いから、手元の質札を取り出して、それで歌会の場に約半数の兵卒を連れ立って言った。予定の時間は一刻程であったが、場が盛り上がってついに暁闇の明け方まで歌会の儀は続いた。冬の日のこととて、旭がまだ東の空に姿を現さないその頃、御庭番は、遠路で帰ることのできなかった者達に幾ばくかの金子を渡し、自らは最後まで残った士卒達と別れて、朝一番の牛車に乗って家路に着くことに。他の者共はお江戸に向かって帰って行ったが、御庭番独りは武蔵野国へと向かう。途中、主人を待ち続けて死んだと言う伝説の犬がいた駅を通り過ぎる時、その伝説を思い返して泪に袖を濡らしながら、牛車の座席に座り込んだ御庭番。ソ コ デ キ オ ク ガ ト ダ エ タ ― ・ ・ ・ ・”えー次はぁ中華街~中華街~”(うぉ・・・ううむ。。。。)牛車の停車駅を告げる声を聞いて目を覚ました。どうやら行き過ぎてしまったらしい。(おお、乗り過ごしてしまったか・・・)足りぬ睡眠に目を擦り擦り、ウトウトしていると、やがて御庭番の棲む街に牛車は辿り着いた。御庭番は酒が残って覚束ない足元を踏ん張って牛車を降りた。トンネルのような長い階段を下りるとそこは改札口だった。御庭番は袴の内袋をまさぐり、切符を取り出そうとした。『・・・・・・・・・・・(--)~ぼーッ』『・・・・・・・ん・・(--;)。。。』『あれ?(--;)。。。。。。』財布どうした自分(T▽T)?もしかしたら牛車の中に忘れてきたのかもしれんと思い、慌てて駅員に捜索を頼んだのだが、「該当するものはありませんでした。」と言うつれないお言葉、そこで嫌な予感がしてしまった御庭番、吐きそうになるのを我慢して草庵に駆け込み、質札の会社に連絡を試みたとさ。『申す申す!こちら麻生百合之介!!マサカズローンのセンターでござるか!?』”は?はい。こちらマサカズローンのセキュリティセンターですが?”『実は財布を紛失してしまったので、質札を止めたいのでござるがっ!!早く!!』”は?はい、麻生様ですね・・・えー・・・ああ、本日八時半頃キャッシングされておりますね”えー嫌な予感が的中してしまったようです(T▽T)『キャキャキャキャキャキャキャッシングって・・・いか程でござるか???』”え?四拾萬両程ヤラレちゃってますが何か?”(”何か?”じゃねーだろ貴様(T▽T)!!)『そんな馬鹿な・・・それは拙者の身に覚えが無いことでござるぞ!!』”は?ですが、暗証番号一発で解かれてますが何か?”(T▽T)そんなバナナ(絶句)『ちょ・・・誓って拙者ではありませんが、取り敢えずこれ以上被害が拡大しないようにそのカード使用禁止にしてつかあさい。。。』”はい、かしこまりました。それではカードを止めておきます。どうも今回はご愁傷様です。で、このお支払い分割になさいますか?一括になさいますか?”『・・・・・・・・・(T▽T)。。。』(死後硬直)こうしてその後、御庭番はスラれてしまった財布に入っていた全ての質札を停止する為、半日を費やし、その後十手持ちの所へ被害届けを出しに行ったのであった。停止した質札の中には、プロバイダへの支払いを立替払いしている質札もあった為、質札の利用を停止した以上、プロバイダの利用はできなくなることは間違い無い。こうして御庭番のネットライフは完全に息の根を止められてしまったのである。跡に残るのは立替払いした呑代の領収書と、歌会の費用のレシートが夢の様に風にたなびくだけであった―。終 劇(T▽T)次回『その後の御庭番殿』はまた来年~(嘘)
2006年01月01日
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”今週末には日記を更新”と書いてしまったので(でもネットの復活はまだ)、お約束通り更新します。一昨日に国許に帰ったので今日は草の庵に戻ろうと思いながら、愚父に呑まされて結局帰藩することがままならなくなってしまいました、日本が誇る酔っ払い今日は国許の梅雄からこんばんわ、麻生百合之介です、皆さんアニョハセヨ~ で、どこから話を続ければ良かったんだっけ?(何しろつい今しがたまで呑んだくれていたもんで)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、そうそう、愚父が軽井沢の別荘と言い張る群馬の山小屋の話でしたね。誤解されるといかんので、話を整理すると、御庭番の愚父がこの山小屋ベッソーを購入したのは2年前のこと。退職金でローン払った後に残ったナケナシの金で買ったらしい。ある日、御庭番が愚父の退職の慰労の為に飯でもご馳走してやろうかと国許に還った時のことであった。『父上、長年の勤労誠にお疲れ様でござりました。老後のことはさておき、しばしごゆるりと過ごされませい。』御庭番はこの日の為に隠し持っていた酒・”太刀光”をぶらさげて愚父の労を労っていた。「いやー、ほんにワシもできるだけはよう隠居したいとは思っておったが、デキの悪い倅の所為でそれも適わず、ここまで苦労したという所よな」『・・・ぐっ!・・がぐっ!!・・・ま、まあ、古来より蛙の子は蛙と言いまする故、あまり杉田期待をしても詮方無きかと存ずる。、まあ、これまで大過無く宮仕えできただけでも無事是名馬也という事でござろう。まあ、言って見れば可もなく不可もない人生と言うことでありましょうな、はっはっはっ「ふぐっ・・・くくっ!ま、まあ、そんな大口叩いていられるのも今の内よ。」『・・・?何で御座るか?今日はやけに大人しく引き下がるではありませぬか。いつもなら年甲斐も無く対抗意識を燃やしてくる癖に。』「ふふふ・・・お前の様な若造が何を叫ぼうがワシには負け犬の遠吠え位にしか聞こえぬわ。・・・・・・・・・・見よ!!と、愚父が御庭番の鼻先に突きつけたのは何と登記簿謄本であった。『・・・・・?なんじゃそりゃ?』「ふふふ・・・愚かな。。。お前の様な若輩者には分かるまいが・・・これは・・・!!!「軽井沢の別荘の登記簿なんだぴょ~ん」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・( ̄ー ̄)カルイザワ?・・・・・・・・・・・・・( ̄ー ̄;)。。。。はあ(゜Д゜;)?「ふはははははは思い知ったか馬鹿め!!お前如きには到底真似できまいが。これはワシの汗と泪の結晶じゃ。」カサカサ(←登記簿を読む御庭番の音)「実はなー、ワシの奉公先で懇意にしておる工場の社長がおってなー」ジーッ(←登記簿を熟読する御庭番)「そん御仁がなー、”退職のお祝いに”と言うて参百萬両と言うリーズナブルプライスで譲ってくれたんじゃなー」ガサガサ・・・(←地図を開く御庭番の音)「まーなー、家のローン払ったら退職金なんかハナクソほども残らないのだがやっぱ、漢なら一度は持ってみたいじゃん?別荘って。カッカッカッ。」『・・・・父上。。。』「なんじゃい?(←得意満面の笑顔)」『”軽井沢の別荘”と申されましたな?』「いかにも。お大尽の代名詞・軽井沢の別荘だぞよ。思い知ったか!!」『・・・・登記簿はご覧になられましたか?』「いや、今日初めて見たが何か?」『でしょうな、軽井沢と言えば長野県ですが、この登記簿、群馬県の嬬恋と書いてありますが、分かっておりまするよな?』「は(゜▽゜;)?」『”は(゜▽゜;)?”じゃねーだろ、”は(゜▽゜;)?”じゃ。軽井沢と嬬恋じゃ、ハワイと熱海位の落差でござろうが。・・・・大体この物件購入する時は一度でも現地に内見しに行ったんでござろうな?』「いえ、一度も行ったことはありません(T▽T)」「やはりな・・・今地図で調べましたが、この山小屋・・・あいや、ベッソーは、活火山の麓の山林に建っている山小屋でござりまするぞ。』「・・・ぐ・・ぐくぅ。。。そ、そうは言っても、所謂北軽井沢エリアに該当する地区だから。。。」「甘いですな。ここら辺一体は自称・北軽井沢とは言っておりますが、その実群馬の山奥の外れで長野県に近い所なので、到底別荘地とは言えないド田舎でござりまするぞ。拙者山登りしているからよう知っておりまするが・・・この辺、農家以外に何もありませぬ。』・・・・・・そ、、、「そんなバナナ(T▽T)?」『父上が懇意にしている方から譲り受けたと言うことになると、おそらく先方は騙すつもりは毛頭無かったに相違ござりませぬが・・・・あんたが勝手に舞い上がっとったんと違うんかい』「・・・その辺は自信無いんですが(T▽T)。。。」『まあ、仕方がありますまい。今度の連休にでも行ってみましょう。しかし。。。とんでもない所やもしれませぬからお覚悟召されよ。』「・・・(T▽T)。。。」と言うことで御庭番は、世間知らずでお馬鹿な愚父の為に数少ない有給休暇を利用して群馬の山奥まで遠征したのでした。そして・・・・・・・・御庭番は見た・・・・・・・・・その筆舌に尽くし難い惨劇の光景を・・・!!でも、この話の続きはメンドくさい長くなりそうなので、また次の話―(^▽^;)。。。
2005年08月21日
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夏休みも終わってご奉公開始の方もいれば今日明日がお盆休みと言う方も多い今日この頃、関東地方から東北にかけて地震がありましたがいかがお過ごしですか、今日からご奉公で汗まみれでこの日記更新しています、麻生百合之介です皆さんこんばんわ。御庭番の藩は本当は今日まで盆休みのはずなのでござるが、くそったれの客めが今日から出仕日なので、それに併せて御庭番もご奉公に勤しんでいる次第。故に今日は陣屋のパソコンで日記を更新しておりまする。既に廻りには誰もいません(そうさ、拙者はいつだって殿だから(T▽T)。。。)つまり・・・今日はやりたい放題 (いえいえ、別に変な意味じゃありませんよ)従って、超久々に時間の許す限り目一杯”酔いどれ日記”をお送りします(と言う程ネタも無いのだが)。で、皆さんお盆休みはどうでした?黄金週間のように休日が定められるのとは違って、最近の盆休みは分散傾向にあって、一頃のような観光地の超過密状態は緩和されてきたとか。事実、御庭番の廻りでもお盆休みは業種に拠って様々。長い所もあれば短い所もあり、全く無いと言う御仁もおりまする。とは言え、やはり盆休みと言えば葉月壱拾日から壱拾五日前後と言った所。昔はこうした大型連休にガイシュツするとロクなことが無い(詳しくは2003年6月の”綺麗な海を見ながら~♪”をご覧アレ)ので、御庭番は大体連休中は寝て過ごしているのだが・・・。今年の拙者はちょっと違った。・・・いや、山には行ってませんよ。御庭番が今回行ったのは・・・・ THE KING OF 観光地 軽井沢で~す♪(命名・よっちゃん)・・・ごめん、嘘(泣)。本当は・・・群馬ちゃんの嬬恋です(T▽T)(軽井沢=避暑地 嬬恋=キャベツの名産地)いや、別にね、見栄晴くんな訳じゃなかとです(何故か博多弁)。ウチのおとんがいけなかとです(しぶとく博多弁)。軽井沢に別荘買ったなんていいふらすモンですから(北軽井沢とは言うらしいが、明らかに軽井沢とは異なる<ぷ)・・・別荘買ったってのは本当ですよ。但し土地付建屋込み参百萬両でね(笑死)親方簾満月のナカソネ元首相のお膝元・群馬チャンにその山小屋はあります。御庭番は今回おとんの長年の夢であったその別荘山小屋に行って来たって訳です。もうエライことになってました。と言うのも・・・・あ、時間の限りが来てしまったのでこの続きはまた次回ね 因みにネットの復活はまだしてません。NTTに完全に息の根を止められたみたいです。多分この話の続きは今週末。国許の梅雄から更新します(いや、ほんともう帰らないと・・・(--;)。。。)
2005年08月16日
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「人口、関西圏初の減少」 「35道府県 前年割れ」 「三重は一転増加」 3月末― “男性、1万人減る” ―そんなに性転換している輩が多いのか(‐‐;)…。。。←馬鹿〈終〉
2005年07月28日
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7がつ27にち はれ きょう、ぼくはかえりがおそくなったので、夕ごはんわ、外でたべることにしました。きょうはなにをたべようかなあとかんがえましたが、お店はどこもしまっていたので、けっきょくどくしんの男の人のつよいみかたのよしのやにいくことにきめた。よしのやは一日も休むことなくごはんがたべれるお店で、ぼくが、いちばん大すきな店です。 ぼくはお店に人って、やきにくていしょくをたのんだ。ちゅう文をきいてくれたのはせの高いおにいさんでした。ほかにきれいなおねえさんとおじさんと、店ちょうさんがいました。ぼくのほかには夜おそいのに、十人くらいおきゃくさんがいました。みんな夜おそくまでたいへんだなあと思った。 ぼくがたのんだやきにくていしよくを、せの高いおにいさんがもってきたので、ぼくがおいしくたべていると、ななめまえのおじさんが、なんだか店いんのおねえさんにもんくをいっています。おじさんの前にはビールの空きびんがいっぱいです。よっぱらっているので大きなこえでなにかいっていたので、うるさいなとぼくはおもった。でもごはんをだまってたべていました。 よっぱらいのおじさんはまだ何かいってます。おねえさんはこまってました。ぼくがうるさいなとおもったそのときです!よっぱらいのおじさんのはんたいがわにすわっていたほかのおじさんが 「うるせぇ!静かにしろ!」 とどなりました。するとよっぱらいのおじさんが 「あぁ?てめぇ何様だこの野郎!」 といいかえした。 「ここは飲み屋じゃねぇんだよ、勘違いしてんじゃねぇ、馬鹿」 「何だとこの野郎、誰にむかって口きいてんだこのガキがぁ!」 ふたりとも同じくらいの年なのに、いいおとながカウンターをはさんでみにくい言いあらそいをしています。ちういしたおじさんのほうがえらそうですが、お店の中でおおごえ出したじてんで目クソ鼻クソだなと思った(笑)。 どうやらちういしたおさじさんもよっぱらいみたいでした。目クソのおじさんと鼻クソのおじさんはそのあともどなりあっていました。いつのまにかせのかたいてんいんさんはいなくて、おねえさんとてんいんさんがあいだにはさまれてこまってます。そうしたら、ちういしたおじさんが、 「店長を呼べ!」 とどなったので店ちようさんがでてきて、ちういしたおじさんにおこられた。わるいのはてんちょうさんじゃない。とおもった。 おこるだけおこって、ちういしたおじさんは、かえりました。よっぱらいのおじさんはまだお店にのこるみたいです。いっぺんちういしたおじさんをおいかけましたが、てんちょうさんに止められたのですが、こんどはお店のおねえさんにからみはじめました。よっぱらいのおじさんに、どこかにいこうといわれてたが、おねえさんはいやそうでした。 その時です!お店にいたチョンマゲにはおりとはかますがたのもう一人のお客さんが立ち上がって、よつぱらいのおじさんにいいました。 『やや!カラオケに行きたいんでござるか?!それは奇遇でござるな!拙者も行きたいと思っていたのだが生憎連れがおらんで諦めかけていたところ。何なら一曲いかが?』 「な、なんだてめぇは!おかしな格好しやがって!」 よっぱらいのおじさんはいきがっていましたが、あきらかにビビッてます。 『気に召されるな、これは舞台衣裳のような物でござる。さあ、立った立った!』 チョンマゲのお兄さんはがんめんのきんにくだけで笑いながら、ものすごい力でよっぱらいのおじさんを席から引きずりおろすと、いやがるおじさんをムリヤリお店の外につれだしていなくなりました。 お店の中はきゅうにしーんてしたので、ぼくはかえろうとおもった。 お金をはらうとき、てんちょうさんに 「おじさんたち、どこへいったんですか」 と、きいたら、 「たぶん、警察の方」 と、言ってた。ぼくは、おおきくなったら、あんなおじさんにはなりたくないなあとおもう。しょうらいは、ぼくもチョンマゲと刀をさして、またよしのやにいきたいです。 おわり 〈終〉
2005年07月27日
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よーやっと楽天からの日記に返信できます飛脚がまともに届くようになったので連日の日記更新。今日は台風のお陰で早く帰って来ることができました、麻生百合之介です、皆さんこんばんわ。 相も変わらずタボーの為、ネットの復活できない為、詳細な日記(別名“無駄に長い日記”とも言う)をお届けすることができず残念至極。暫らくの間日記を滞らせていたお陰で 溜まっているのでカキたい(あー畜生、HTML使えないのが歯痒い(T▽T)。。。) 気持ちでいっぱいなんですが、もういい年なのでやめておきます。 ………。 ―勿論、『(ネタが)溜まっているのでカキたい気持ちでいっぱいなんですが、もういい年なので(親指だけで長い文章入力するのはツライから)やめておきます。』 と言う意味ですが何か(゜▽゜)? 追伸: 楽市・楽座や日記への皆様からのコメントは全て拝読つかまっておりますが、藩のPCで見ているのでお返事すること適わず、誠に申し訳ござりませぬ。できるかぎり早く復帰して元の状態に戻すよう努力はしますので、今暫らくご猶予下さい…って、何回言ったんでせうかね(^▽^;) <終>
2005年07月26日
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や、どうも。26日になってから25日の日記を書いてます(しかも携帯糸電話で)、麻生百合之介です、皆さんこんばんわ。 ちなみに今電車の中です。 目の前で黒人が日本人の女の子とイチャイチャしてます。 後ろの席では酔っ払い同士がクダ巻いてます。 しかも中国人らしいです。 斜め前には背中にデカイ入れ墨したフィリピーナが立ってます。 別にガイジンがいた所でなんてこた無いんでござるが…。 真横で会話しているコギャル語の方が何言ってんだかわかりませんが(T▽T) この人達(とゆーか『秘境の蛮族』の称号の方がコイツらには相応しいと思われ)に聴いてみたいもんです。 『ねーねー、光化学スモッグってどんな動物か知ってる(゜▽゜)?』 コイツラなら 「(; ̄▽ ̄)ネズミ?」 とか真顔で答えてくれそうですな(笑)←おもいっきりな偏見 明日は嵐です。 (因みに外で御奉公の予定ですが何か(T▽T)?) 今日はここまでにいたしとうございます。 次回の更新を気長にお待ちください。 (やべー、蛮族がコッチにらんでる(;‐‐)。) 〈終〉
2005年07月25日
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やあ、どうも。久々に短い期間に日記を更新しております、三連休の初日ですがいかがお過ごしでせうか?先月から1日も休んでおりません、麻生百合之介です、皆さんこんばんわ。今日、御庭番ってば実は誕生日なんですよ誕生日には御庭番、毎年藩にはお休みを頂いて(と言うより藩の創立記念日で毎年休みだ)映画を見たりおいしいものを食べたりいいお酒を呑んだりしてお祝い気分を満喫しております・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。。。なのになんで今年は朝から休日出仕しているんでせうか(T▽T)?しかも~♪この三連休はずっとご奉公だ(死)冗談抜きでネットの復活どころではなくなってしまいました。(チクショー、あのハゲの上士がいけないんだ、あのハゲの上士が)誠に申し訳ございませんが、完全復活まで今暫くお待ち下さい(T▽T)(T▽T)(T▽T)。(あーもーこれ以上引っ張ったら廃城になるかもしれんな、この城も・・・)
2005年07月16日
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帰って来ますた。今日は国許の梅雄から日記を更新。いつもタボーで最近(ってかここ半年)深夜番組しか見てなかったんでござるが、今日は巷で話題(もう旧いか・・・)の電車男を見て、主人公がチビノリダーってことにびっくり(笑)してます、麻生百合之介です、皆さんこんばんわ。前回の日記でご報告した通り、御庭番は今週の頭から都合3泊4日に渡り、バカでマヌケなPeopleが真人間に戻る訓練を受けて来た訳なんですが、初日から二日酔い二日目は迎え酒三日目はほぼ睡眠学習最終日は朝まで徹夜という離れ業をやって参りました(詳しく話すと初日は参加者同士の親睦の為にで自主的に酒呑んで、二日目は一応正式な親睦会、三日目は受講中に睡魔と格闘し、四日目は朝まで呑みながら特訓の成果を発表する為の資料作りに朝までかかってこってすが^▽^;)。 御庭番が奉仕する藩は日本全国に支城・支藩がある訳でして、今回も北は東北から南は九州と、様々な地方からこの秘密訓練を受けに来た方が多数。今回の秘密訓練は奉仕年数に比例して行う特訓とは異なり、選ばれし者達(そうさ、これでも拙者は一応官位を持っているんだぞ、こんチクショウ)が体得する秘密訓練でござる。参加者も様々な年代に跨る者達が集まってこの短い期間で切磋琢磨し合った訳なのだが、まあ、一言で言ったら人間濃過ぎ(--;)。先に述べた通り、参加者は各地方から来ているもんで当然方言が飛び交います酒に酔い始めると皆、お国言葉丸出しになるので、会話が成立しないこともあったりとか無かったりとか。御庭番も生まれてこの方キミってフツーの人だねって言われたことが無いんでござるが、今回の参加者の約三割は尋常ではございません。(実際そのテンションの高さには拙者もついて行けなかったもんなー。特に関西系)まあ、基本的に皆明るくて和気藹々とした中で様々な話題で討論して盛り上がったので、それなりに有意義な特訓ではあったと思うのだが、実際最終日の資料作成はキツぅございました(T▽T)。 最終日の特訓は、参加者が”伍人組”と言われる五人程度の集団に分かれて、この秘密訓練期間中に体得した業を生かし、夫々が奉公している藩における各々の戦略について全員で討議し、問題の解消に当たるという最後の難関。そしてその内容を全員に開陳して、様々な批判や攻撃に対してどこまで抵抗できるかという嫌がらせとしか思えない訓練なんでござるが・・・ 酉の刻頃から合戦を開始した御庭番率いる伍の軍団は各々の抱えている問題を包み隠さず話し合い、その中からひとつの問題に絞り込んだのが戌の刻頃。その後も議論は白熱し、全員が全身汗まみれになって、問題の打開策を話し合った。風呂も入らずに汗みどろになって作った資料を御庭番が完成した時はもう空が白み始めていた。「短い期間で作った割には良い物ができましたね、麻生さん」『ああ、しかし拙者疲れた。。。』「俺、こんなに他人の発表に一生懸命になったの初めてッスよ。いい思い出になったッス」『拙者も酒呑みながら仕事したのって多分生まれて初めてだと思う(--;)。』「本当かよ。百合之介のことだからいつも酒仕事しているのかと思った。」『そんな訳ねーでござろう。・・・・・よし、細部のチェックも終わった。拙者ちょっと厠へ・・・』と、資料作成責任者の御庭番が席を離れようとしたのと同時に、別の伍の卒(リーダー)が闖入して来た。『おお、そちらは資料はできたのでござるか?こちらは都合壱拾五頁になり申したが。』「ホンマかいな?ワシらまだ四頁しかできとらんで。」『合戦の制限時間は半刻でござりまするぞ。そんなんで間が持ちまするか?』「せやなー。ちょっと参考までに見せたって。」『ご随意に。』御庭番が立ち上がり、席を離れるのと入れ替えに、別の伍の卒が席に座って、御庭番率いる伍の資料を写したPCを覗き込んだ。御庭番が厠に行こうと部屋の扉に手を掛けた時、「うっわ、なんやこれ、えらい手ぇこんどるなー。すごいやんか。これはウチももうちょっと手ぇ加えんと・・・」と言いながら、別の伍の卒は机の上の鼠を押して行く。その度に画面が切り替わり、次から次へと画面の資料が流れて行ったその時―。「あ、あら?なんやこれ?何か表示が出て来たがな。えーっといいえっと・・・」「あ。」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・( ̄ー ̄;)。「あ。」って何だコラ(T▽T)(まさか!)ハッと思うところがあった御庭番、厠に行くのも忘れて身を翻し、PCの画面を覗き込むと・・・目を覆いたくなるような悲劇が(T▽T)「アーッ!!データ消しちゃった!!」「バ、バックアップ取ってたんじゃないのか!?」「”上書き保存しますか?”のダイアログボックスの所で”いいえ”にしちゃってんですよ!麻生さん、どれ位前に保存しました?!」『・・・・・・・・多分二時間位前(T▽T)』「ちょっとっ!なんてことしてくれるんだ、おま・・・」―と、言った時には既に別の伍の卒の姿は無かった・・・・・。どうしましょう(T▽T)(T▽T)(T▽T)?『ど、どうもこうもって・・・やるしかないじゃん。元の形に戻すしか・・・(T▽T)。。。』「もう、朝の4:00ッスよ。。。」「俺もう限界だよ。。」「百合之介、すまんがあとはよろしくたのむ。」って、はい(T▽T)?疲れきった兵士達は一人、また一人と、自室へと戻って行き・・・・そして誰もいなくなった(T▽T)(・・・うぅっ、何で拙者がこんな目に遭わなければならないんだ・・・T▽T)その後、御庭番は一刻掛けて資料を元の通りに戻し、疲労困憊の体で藁布団に包まって眠りについたのだった―。今回の秘密特訓で最も教訓となったこと、それは―。大事なデータはマメに保存しとけと言うことですな(T▽T)(何の為に藩の金で高い受講料払っているんだか)藩の鬼教官殿、ごめんなさいm(__)m。
2005年07月14日
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予言通り先週に引き続きフルで休日出仕してます、週休二日制なんて誇大広告じゃないのかと、自分がご奉公している藩をJAROに訴えてやろうか。と思う今日この頃。皆さん、休日エンジョイしてますか?麻生百合之介ですこんばんわ。えー、まあ、もう判りきったことだとは思いますが、この日記はご奉公先のpcから更新しています。携帯から続々日記を更新って書いておきながら期待されてない通り日記を更新しておりませぬ。(だってFOMAに”日記書けます”mailが来ないんだもんT▽T)。タボーでネットの復活ができない昨今、頼みの綱はこの藩のpcだけな訳ですが、周囲に誰もいない時でないと日記も更新できませぬ(そうさ、今の拙者は独りぽっち)。お蔵米の算段も終わったっつーのに何でそんなに休日出仕ばっかしているのかと言うと、単に仕事ができないだけじゃなくてですね、現在御庭番は、お客人の年に二回の一大イベント(それじゃ二大イベントだろう)に携わっている関係で、先月から休み無しでご奉公に勤しんでいるって訳です。少しゆっくり休みたいな・・・。どっか遠くへ行きたい(遠い眼)な・・・。のんびりゆったり水平線の向こうに沈む夕日を見てボーッとしたいもんです・・・。そう言えば来週は御庭番○3歳の誕生日だからバースデー得割とかで壱萬両で飛行機に乗れるんだな・・・。今から申し込んじゃおっかな・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。いかん、明日から教育受講だ(T▽T)御庭番の奉公先は藩での官位毎に教育があって、明日から四日間、御庭番は人里離れた僻地でカンヅメ状態になります。と言うことで日記の更新もできそうにございません(まあ、それはいつものことだが)。また暫くお休み頂くから宜しくね(^▽^;)。
2005年07月10日
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えー、前回の日記で携帯から更新と書いてから日が経ってしまいましたが更新サボッてたわけではなく、今になって“四日の日記”とか来たんです。誓ってメンドクサイから更新しなかった訳じゃありませんよ、麻生百合之介です、皆さんこんばんわ。 今親指一本でこの日記書いている訳ですが…ホントに指がつりそうです(T▽T)。いつもなら↑の文章もHTML使ってアクセント付けたりしてみる訳なんですが・・・メンド臭くてやってられっか(ー_ー;)(ほらメンドクサイ(T▽T)…) ということでこれから不定期で更新します。(但し親指と相談次第)期待しないでお待ち下され。(あーはよネット復活させないとな)※この日記は最初携帯から更新しましたが、pcで見たら改行はグチャグチャだし、HTMLは間違っているしで見苦しいから修正しました。因みに現在文月六日の亥の刻ですが、、まだ残業してます(T▽T)。日記の更新はまた後日(あーはよ帰りたい・・・)
2005年07月04日
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やあやあ、ほぼ一ヶ月振りのご無沙汰で誠に申し訳ござりませぬ。土曜日に戦場へ出かけ~♪お蔵~米の~算段だ~♪今日は休日出仕、明日も休日出仕、多分来週もほぼ完全に休日出仕です、”風雲!たのみこむ城!!”の御庭番・麻生百合之介です、皆さんこんばんわ。陣屋内のPCでちょこちょこ己のHPを覗き見していて(哀)、折あればカキコミしておりますが、先日もご報告した通りまだネット繋がりません(T▽T)(もー、何とかしてくれよん、ママン)リカバリは成功した物の、ダイヤルアップが繋がらない(--;)。。。恐らくモデムに何か異常があるんだと思われ。御庭番の利用している通信会社は天下のえぬちーちーなのでござるが、どうにもこうにもネットに接続できないのに請求書ばかり届いてきやがるので、ほとほと困り果てておりまする。もっと困ったチャンなのがもはや月間誌化した酔いどれ日記の更新。どうせ己の恥さらしにしかなってない日記なのでござるが、一応更新期待している方々の為にも、また、日々の哀れな自分の生活を顧みる為にも、かつての様にもうちっと頻繁に更新したいと思ってるとか思ってないとか。(いや、実際ホントに色々あったんでござるよこの1、2ヵ月)考えてみりゃー、このHPは登録さえすれば携帯で更新することもできたんでござるよな。今までずーっっとPCから更新していたので考えもせんかったが、背に腹は変えられぬから、携帯で”月刊・酔いどれ日記”を更新することに。陣屋のPCからログインして、登録を済ませた御庭番、さーこれで元通りとは言わんが日記を更新しないで不評を買うことはないぜ、待ってろよ皆の衆、今腹筋割れる程笑かしてやるからなと意気込んだ。ら、携帯ぶっ壊れますた(T▽T)(あー、何て間の悪い・・・)ご奉公の最中に連絡用にと携帯糸電話を懐に忍ばせておったのでござるが、しゃがむ度に”ゴン!”陣羽織脱ぐ度に”ゴン!”酒に酔っ払う度に”ゴン!”ってガンガン地べたに叩きつけてました(ごめんなさいごめんなさい)。まあ、ね、精密機器なんで多少の衝撃には弱いとは思ってましたが、瀕死の携帯糸電話にトドメ刺したのはやっぱり服着たまま風呂に入ったのが致命傷だったんだと思われ(そう、また酔っ払ってたの・・・T▽T)。一応すぐに水没の危機にある機器を救い出した御庭番、慌てて風呂から飛び出してフルチンのまま自室に戻るやドライヤーで蘇生を試みた。頃合を見計らって恐る恐る電源入れたらHELLO!って、救急救命の練習のお人形さんみたいに携帯が挨拶した。(あー、あぶねー、死んだかと思った)と、御庭番が胸を撫で下ろしていると途端に着メロが鳴った。どうやら国許のおかんが電話して来たらしい。『は、はい申す申す、拙者百合之介、何者だ、名を名乗れ』”・・・・・・・。”『申す申す、百合之介でござる。父上でござるか?母上でござるか?””・・・・。”『もすもすッ!?百合之介であるぞ!!聞こえてるんでござるかッ!!??』”・・・・・・・おかし・・・のぅ。。。”『何がおかしいんじゃ!?百合之介だっつーにッ!!その声は母上でござるなッ?!百合之介ぢゃっ!をををーいいッ!!!!!』”何であ・・・雑音しか聞こえない・・う・・・”・・・・・・(゜ー゜;)。。。。やっぱり息がありません、携帯(T▽T)それでも暫く、『モシモシッ!?もしもしっ?もしも~し!!!』とやっていたら、”ぶちっ!”と切られました。まあ、当然と言えば当然なので御座るが、その後も2,3回程国許から電話が。いー加減諦めろと思いながらも放っておいたが、あんまりうるさいのでもう一回出てみたがやはりダメ。相手方の声は聞こえるが、どうやらこっちからの声は届いていないらしい。しばらく黙って聞いていると今度はおとんの声が。”・・・でないのぉ。。。もし・・てアイツ声が出せないんじゃないのか。””・・・て・・・何かあっ・・・でしょうかねぇ。。。””ま・・かアイ・・・猿轡でもされ・・んじゃな・・・か?”・・・・(゜▽゜;)。。。って・・・・いっか~ん(T▽T)!!!以前、御庭番は深夜かかってきた無言電話に胸騒ぎがしてとんでもない暴挙に出たことがあるが(詳しくは2004年6月4日の”深夜の無言電話・・・”をご覧あれ)、おとんとおかんは同じ血統だけに同じ過ちを繰り返す可能性がある。御庭番は慌てて携帯糸電話を切り、今度は携帯のmailを立ち上げた。すがる思いでおとんの携帯宛に”携帯が壊れているのでそっちの声は聞こえるがこっちの声が聞こえていない様子。携帯鳴りっぱなしでうるさいから携帯に電話してくれないでくれろ”と、簡単に事情を説明する文章を打ち込んで送った。ややモタモタしていたものの、携帯糸電話は瀕死の体で電子飛脚を飛ばした。・・・・・・そして5分後。。。”昼間の~パ~パ~わ~ちょっと~ちぃがぅぅぅ~♪”と言うmailの着信音が。(を、父上からか?何とか届いたようじゃな。。。)と一安心した御庭番、携帯電話をパカッと開けて届いた飛脚を見てみると。。。。”そんなこと知るか阿呆”だとよ。ちくしょう(--;)。仕方が無いので次の日に新しい携帯電話買いましたよ。今度はFOMAにしました。ちなみに鴛になってしまった元の携帯電話は”何処も店”で廃棄お願いしたら、哀れパンチみたいな機械で穴開けられて絶命しました。と言うことで今後しばらくはFOMAから酔いどれ日記を更新予定。皆様期待してお待ち下さい。(でも、パケット料がかかるとイヤなのでそんなに頻繁には更新しないのココロ^▽^;)
2005年07月02日
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あ、どうも。ただいま国許に帰還しております、今日は上総国からこんばんわ、一部サイトで生存を危ぶまれているカリスマ発案師と言うよりはカルマ(罪悪)な発案師麻生百合之介永遠の二十歳ですこんばんわ(ちなみに一白水星蟹座A型)。今月に入ってお蔵米の算段もよーやっと終わったんで(相変わらず真っ赤っ赤だけどさ~、アッハッハッハ(T▽T)。。。)今日は久々に国許に帰ってきました。で、先日のカキコミで”土曜日には日記更新します。”とか書いちゃったので、一部のマニアの皆様方の期待を裏切っちゃいけない(誰だ今”期待なんかしてねー”とか言った輩は)と思いまして日記を更新。で、取り敢えず今日はですね、最近流行の韓流ブームについてぶった切ることに・・・って、全然最近ネタじゃないですね(っつーか既に終わってるネタぽい)。まあ、半日勘定100%の国ネタにしてもどうかと思われ。それにまかり間違って韓国人がこの日記を見て火に油を注ぐ結果になるといけないので(←勿論お笑いネタにするつもり)このネタはパスしておきませう。じゃ次にネタにするならあれか、やっぱり、嘘人ネタ(もー、安置嘘人派の拙者としては毎日麦酒がうめぇ )。近鉄バッファローズの売却から連鎖した1リーグ10球団制論議が頓挫して、人気不調の日本プロ野球界が梃入れした交流戦、結果としては白熱したシリーズとなり、ほんのちょっとプロ野球が面白くなってきた気が致しまする。後は嘘人が金でかき集めた四番打者を如何に元通りに他球団に戻していくかと言う所でござろうが、当面まあやらんでしょうな。もしかしたら親会社が財力ある内に選手をかき集めておいて、経営がヤバくなったら売り出しにかかるつもりかも知れん。投資的意味合いもあったんじゃないかと勘ぐりたくなる所ですが、余り書き込み過ぎると多摩川辺りで生息している熱狂的嘘人ファン(旧いネタ)が怒るといけないのでこの辺で・・・とするとネタとして使えそうな最近の話と言えばやはり・・・個人情報保護法か?まーねー、これだけインターネットが普及して情報が氾濫してくると絶対的に正しい情報と言うのが価値を持ってくると言うのは当然の所。で、こうした”情報”が活用(と言うより悪用)し易くて利益を得るんだとしたらやはり個人を特定してその財産を掠め取ろうと言うセコイ犯罪になるんでしょうな。呑み屋でねーちゃんに自分の携帯のアドレスやら電話番号やら教えるのも考え物と思われ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。勿論拙者はそんなことしてませんよ?(人づてに聞いたの、人づてに)まあ、世の中様々な出来事があるもので、御庭番としてはこうした世の中の動きについて行くのが精一杯なのでござるよ、実際。(愛知万博なんか現在どーなってんのかサッパリわからん)なんか最近じゃ御庭番の国許にある動物園のアライグマが立ったとか何とかでえらい騒ぎらしく、商標登録するのしないので物議を醸しているようですな。別の動物園のHPで”動物を見世物にしないで”とかのたまわっているらしいが、お前んとこの動物は見世物と違うんかいとツッコミ入れたくなるのは拙者だけなんでせうか?あ、そうそう。そういう意味で珍しい動物なら拙者も知ってますよ。それもただ立つだけじゃないんです。こいつ↓あっはっはっは(T▽T)嘘こけコラ(笑)この貴重な動物の目撃情報・タレコミお待ちしております。(但し、商標登録は無理っス)
2005年06月04日
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皆様御久しびしでござります(いや、ホントにすまんと思っとる)。一時的に復活しながらまたもや長らくのご無沙汰で誠に申し訳ござりませぬ。実は最近野放し状態のこのお城、御庭番が職場放棄している訳では無いです。アレです。ネットに接続できなくなっちゃった(T▽T)卯月から弥生にかけて忙しく、日記を更新するどころかネットに接続する機会も減ってしまった。で、皆様にも退屈凌ぎをさせてあげることができなくて誠に申し訳無く思っておったのでござるが、久しびしに日記を更新しようとPCを起動させようとしたのでござるが、インターネット接続ツールでアクセスしても
2005年05月25日
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一応ね、日記を更新しとかないと何を書かれるかたまったモンじゃないですからムリヤリ書きますが、本調子に戻るまで(って何時になるんだ)、しばらく素で日記を更新します、今メシ食って帰って来た所です、麻生百合之介ですよ、皆様こんばんわ。なんかどこかでガセネタだのネタ切れで逃走だの言いたい放題書かれちゃってますが(しかもトラックバックとは手の混んだ事してくれるじゃないか、恥絵の友<ぷ)、この2ヶ月疲労困憊で日記を更新する気力も無かったと言うのはホントの所。特に卯月の後半は正しく地獄絵図と言っても過言ではござりませんでした(何しろ御客人相手に説教しちゃってたからなー。 ̄ー ̄;)で、滅多にしないことなのでござるが、折角なので、こいつをネタにさせて頂きまふ。【お笑い・麻生百合之介】 「★つ・ぶ・や・き★(65535)」 [ あははは! ] (←まずこの”あははは!”が許せない) いつものとおり、貴重なガセネタを入手した。誰か、「虚構新聞」の記者に知り合いがいたら、リークしてもらいたい。・・・しょっぱなからツッコミ入れるのも何ですが、”貴重な”の言葉を外すといつもガセネタなんですか?何か物凄く信憑性が薄い情報網な気がするのは拙者の気の所為なんでせうか?まあ、相手が知恵の友エージェンシーだけに判らなくもありませんが(^▽^;)。=====麻生百合之介失踪の原因はネタ切れか?(東スポ的)2月11日の記事を最後に日記が更新されていなかった麻生百合之介(永遠の20代)氏が2ヶ月ぶりに楽天の人気サイト「風雲!たのみこむ城」に復帰した。この間の経緯についてはまだ明らかにされていないが、知恵の友エージェンシーが独自調査した内容がこのたび明らかにされた。2月11日 この日が最後の日記更新。記事の内容は「吉牛が食えなくて残念」の一言に尽きる。要は休日出勤が忙しくて吉野家の牛丼1日復活を楽しめなかったというもの。 ウェブ上では、吉牛に車で突っ込んだのは百合之介ではないか、とのウワサが広まった。 また、下衆の勘繰りでは3日後に控えたバレンタインデーでチョコがもらえる見通しが立たなかったことを苦にしての自殺か、との思いが広まった。この愚か者めが!今年の拙者は例年の拙者とは全く違ったんでござるぞ!それを証拠に今年のバテレンタイン・・・・ぢゃなかったバレンチン・・・でも無く、バレンタインでーはチョコ4つも貰ったもんねー・・・・・・・・。ギリギリ義理チョコだったけどな(T▽T)(いーんだ、どーせ拙者は虫歯なんだから)3月上旬 初春の中央アルプスで遭難したパーティーが遺体で発見された。当初事故かと思われたが、手には遺書らしきものを持っていたとの一部報道により、自殺説が高まる。3月中旬 その後、遺書らしきものは実はネタ帖だったことが判明。マスコミ各社は肩透かしを食うことになるが、これにより自殺の線が濃厚となる。 いや、あのですね・・・何で”遭難したパーティー”って言うだけで拙者だと思ったんでしょうか。(--:)しかも・・・”遺書持ったパーティー”って何なんですか?フツー居ますか、そんなパーティー今流行の集団自殺ですか?居ないだろ、そんな馬鹿(笑)まあ、あんまりいぢめると著作権者が泣いてしまうといけませんのでこの辺で。はい、次。3月下旬 遺書を鑑定していた長野県警から鑑定結果が公表される。結果はシロ。すなわち、自殺ではないことが判明。決め手は以下の2点。 (1)「遺書」となるところが「違書」になっていたこと。 麻生百合之介はイタイ日記で有名なるも、有名(どんな大学にも名前は有る)大学に一浪で入学し、一部(のご機嫌)上々企業に勤務するなど、この手の誤字は考えられないこと。 (2)ネタ帖の中身 ネタ帖の中身に、「先立つ不幸・・・拙者のほうが先に立ってしまったのでござるよ」など、女性との交際に関わる記述が見られたこと。(ただし、その後、この記述は同性相手のケースも考えられるとの研究者の指摘により鑑定結果が修正された。)字が違うだろうが!愚か者!漢がなぁ、漢が”たつ”って言ったら・・・・”勃つ”って書くんじゃああああああああああッッ!!(ここは魁!男塾調に読んで下さい。こめかみの血管が切れるくらいに<ぷ)しかしドサクサ紛れに”同性相手のケースも考えられるとの研究者の指摘”とか書く辺り、ホントに拙者のこと疑ってるみたいだな・・・(--;)。。。 4月上旬 新宿でバカ騒ぎをしている男ばかりの集団がいるとの情報により警察が駆けつけたところ、中に一人ござる調でホームレスに説教をしていた男性がおり、警察で諭して帰宅させたとの報道があった。これにより、麻生百合之介近日復帰の確証を得たマスコミも多い。何で知ってんだ貴様ッ!!(T▽T)た、確かについ先日歌舞伎町で傾(かぶ)き過ぎてコマ劇の前で暴れた記憶が薄っすらとあるが・・・”ホームレスに説教”はしてない・・・・と、思うぞ、多分・・・・。4月10日 何をいまさら、というようなエイプリルフールネタで復帰を飾る。2案あったうちのひとつは結婚ネタだったが、あまりにもイタく、お蔵入り。ああ、これは間違い。ホントのネタは・・・まだナイショだ(⌒▽⌒)(まー、来年にでも使わせて頂きませう。それまでこの城が存在していればの話だが←意味深)麻生百合之介氏の今後の活躍が期待される。 (これからも、与労死苦!)と、ここまで延々続いた某サイトの日記、冗談半分は良いとして、結構笑かして頂いたので良いのだが、最後にまた余計な一言が。=====本原稿は信じるに足らぬ些細な思いつきで執筆されたものであり、知恵の友の公式見解ではありません。今後、知恵の友もしくはその関係者・未関係者を問わず、本原稿と異なる見解を発表することを妨げるものではありません。本原稿の影響により発生した損失について知恵の友は関知しませんが、利益もしくは名声が生じた場合は大いに関知します。なお、好評の場合に限り著作権は知恵の友に帰属します。 ・・・・この画像貼りたいが為にここまで引っ張らせて頂いた訳ですが何か(゜▽゜)?
2005年04月11日
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やあ、皆さんお久しぶりです。拙者のこと覚えてますか?(恐る恐る)”たのみこむ”ではちょっとは名の知れた(嘘)暇人でしがない発案家で・・・一白水星蟹座A型で・・・独身貴族の・・・麻生百合之介です皆さんこんばんわ久々なんでちょっと思いっきりアピールしてみました。何しろかつてはほぼ毎日の様に下らない毎日を綴った日記を更新していましたが、ほぼ弐箇月振りの更新。多分その内、麻生百合之介は死んだなんてウワサがたっちゃうかと思っておりましたが、皆さん想像していた以上に冷静ですね。(いーんだいーんだ、どーせ拙者なんか居なくってもさーT▽T)久々の日記なんで口調も素に戻っちゃってますね、拙者(それでもしぶとく一人称はいつも通りだ)。この2ヶ月間、何で日記を更新しなかったのかと皆様訝しく思われて居られると推察致しまする。まあ、どうせ誰も気にしてやしないと思いますが、一応ご説明しておきますと実はここ2ヶ月の間、御庭番は山で遭難してました(T▽T)正確には参週間程冬山で遭難していた訳なんでござるが、その間飢えと凍傷で身体に思いっきりなダメージを受けて、遭難した山のある県の麓にある県立病院に入院、一ヶ月の療養で、なんとか生還した次第でござる。・・・同行した友人は過酷な冬山の環境に耐え切れずに亡くなりました。拙者も無事には済まず、凍傷で左手の指2本と右脚の指を全て失い申した。・・・もう山には登りません。”死”と言う物をあれ程間近に感じたことは無かったです。こんなに辛く、哀しい登山は二度と御免蒙ります。拙者は、友を救うことができなかった十字架を背負いながら生きて行く苦しみに耐え切れる自信があり申さぬ。。。ここももう廃城しようかと思います。拙者ばかりがこんなに浮かれた人生を送っていては、死んだアイツに申し訳が無いのです・・・。ごめん、嘘(笑)この頭のてっぺんから爪先まで嘘っぱち話は、実は卯月一日の日記で書こうかと思っていた日記でござる(実はもうひとつ嘘っぱち話も考えていたんだけどよー)。でも、更新できませんですた。忙しすぎて(T▽T) 前回の日記を更新した如月十一日から先、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日(あー久しびしだなこれも)残業してました(ほぼ毎日が午前様)帰ってきても疲れちゃってるんで日記を書く気力もありません(と言うよりはご奉公ばっかりでネタがねーT▽T)それに加えてPCの調子も悪いんで、リカバリするかWINDOWS更新しなきゃならんのでござるが、土日も忙しくてそれもままならず、日記の更新する餅餅小が上がりませんですた。今日は久しびしにお休みだったんで日記を更新したんでござる。まあ、ほとんど誰も見てねーみたいだけどな(T▽T)(一時期日に100人来ていたこの城が、いまや日に20人弱のHITとは・・・;--)まあ、自業自得と言われればそうなんでござるが・・・そろそろマジメに更新しないとホントに廃墟になりそうなんですが・・・で、久々に他の皆様のHPも拝見していたら何でもこのお城に過去よく来ていた御婦人が離婚したとかしないとか・・・それを見て御庭番ビックリしました。へぇ~?そうなん?(◎_◎;)・・・はいここで、問題。この日記には何回”そうなん”と言う言葉が入っていたでしょう?(久々の日記でこんな寒いネタですまん^▽^;)
2005年04月10日
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なんってことだああぁぁぁぁーッ!! 知ってました、知ってましたよ、今日は建国記念日じゃなくて、”バンザイ”が生まれた日(実話)でも無く、今日は牛丼復活の日じゃあ~りませんかどんなにこの日を待ちわびたことか・・・インターネットでダウンロードした牛丼の画像を見ながら松屋の牛丼食って自分を慰めた日々・・・”ご奉公と牛丼とどっちが大事なんだ””わたしと牛丼とどっちが大事なの!?”と問われたら紛れも無く牛丼と、素で答える自身がある自信がある(どんなシチュエーションだ)この拙者が・・・ 酒呑んだくれた後でもシメに牛丼食っていた拙者が・・・週に四回は吉野家に通っていた拙者が・・・牛丼食えませんですた(T▽T) 行列に並ぶ過当競争に負けた訳じゃないです。 今日と言う日を忘れていた訳でもありません。 まして金子が無い訳でもない。 てめーらのミスを解消する為に御庭番に休日出仕させる客が悪い(呪)(憶えとけよ、@◎@▲□-×¥←客名伏字) 建国の日ドラマスペシャル・”牛をたずねて三千里” (はるか~♪草原を~白く光る丼が~) 都内某所 22:15 『ぎゅ、牛丼はまだござりまするか?』 「すみません、売り切れました。」 都内某所 22:43 『ぎゅ、牛丼はまだ・・・』 「あいすみません、先ほど売り切れました。」 都内某所 23:12 『牛丼は・・・』 「すいませんねー売り切れなんですよ。」 神奈川県某所 23:37 『牛丼・・・』 「もう売り切れです。」 神奈川県某所 23:43 『牛・・・』 「豚丼ならありますけど・・・」午前零時十分捜索断念(T▽T) ということで、タボーな御庭番の今日の食生活は三食コンビニ弁当ですた。 前回のTOP画像はただのギャグですが。。。 今回はマジで呪ってやる(T▽T)(大八車で行列に突っ込む様な真似はしませんが)とは言え、人を呪わば穴二つ、せめて今日は気分だけでも牛丼復活の日を祝おう・・・(泣)――――――――――――――――――――――――――――――――― 今回に限り自慢話のレスはお断りさせて頂きますのであしからず。
2005年02月11日
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やぁああっほーッ!!実に二週間近くも日記オチしてしまいますた。と言いますのもここん所相棒の調子が悪くて起動時に固まってしまうわ、IE開いてOutLook開くとすぐにメモリが一杯になってしまうわお気に入りのエロサイトは画像のダウンロードが遅いわで嫌になっちゃいました、本人もPCも体調不良の御庭番でございますよ、皆様お久しゅう御座います(まあ、更新遅延の最大の理由はネタが無いと言うことなんでござるが)。 まあ、上の様な次第なんで更新が遅れた訳なんでござるが、暫く楽市楽座にコメント頂いた皆様に返事もしなかったモンで、一部の方にご心配お掛けしてしまったようでどもごめんくさい。取り敢えず生きてますから安心して下さい。ただ、実はですね・・・最近御庭番・・・大変ショックなできごとが・・・え?”また女にフラれたのか?”ですって?そんなんもー慣れっこだわい、この痴れ者めが(言っててビミョーに目頭が熱い・・・) そんなんじゃないんでござる。実はこれなんでござるが・・・ この発案は、御庭番がたのみこむに参戦して間もない頃に投稿したもの(当時はまだ侍口調ではなかった)で、御庭番の発案の中では案外世の為人の為になりそうな発案と手前味噌ながら思っておりまする。その為、このお城の手前味噌蔵でも、”たのサイコロン”に次ぐ期待の発案として挙げている。で、皆様から頂戴したコメントの履歴をご覧頂くと判るので御座るが、謎の商品企画開発委員O から、”この案件に対し、生活用品のメーカーさんが非常に興味を持ってらっしゃいます。製造にむけて検討をはじめるそうです。みなさん、より一層のプッシュをお願いします!私も一票! (03/02/10 [Mon])”と言う力強いコメントがあり、御庭番は一日千秋の思いでこの発案が実現される日を待ち続けた。雨の日も風の日も・・・雪の日も酷暑の日も・・・花が咲き、枯葉が散っても・・・シカシソノ後御庭番ノ下ニ商品化ノ朗報ガ届クコトハ無カッタ・・・・ ほとんどのユーザーに忘れ去られたこの発案、しかし御庭番は尚も”其の日”を待ち続けた。そして半ば諦めかけていたその時―。放浪の旅を続けていた御庭番は、あるサイトに辿り着き、そこで―。信じられない光景を目の当たりにした!なんだもう特許取られちゃってんじゃん(T▽T)御庭番が”使い捨て魚焼き網”を投稿したのが2002年の12月19日、しかしこの御発案は2000年の12月に出願して2002年の1月には公開されている。にも係わらずこの御発案が商品化された形跡は全く無い。恐らく企業の目に止まっていないか、開発を検討したが商品化できないと言うことに相異無い。しかし何よりも御庭番の投稿した発案が、既に他の者に特許を認められている限りは・・・実現不可能ってことじゃな~い? ま、まあ、御庭番としては発案が実現するしないと言うことよりもこの発案で多くの主婦の皆様の労苦が少しでも軽減されれば良いなとは思っていたのでござるが、でもやっぱりな、御庭番が投稿するより二年も前に同じこと考えていた人がいたって言うことの方がショックがデカイ。だって馬鹿みたいじゃね?拙者(T▽T)(何より商品化を真剣に考えていた某生活メーカーの皆様に大変申し訳無い)投稿する前の下調べが足りないと言えば反論するべくも無いが、当時はまだPC買ったばかりでサイトの検索なんてよーわからんかったし、何しろ特許庁のホームページの存在なんて考えもせんかった。皆様も特許庁のHPでご発案の物が申請されていないかお調べになられた方が宜しいかも。ちなみにこんなんもありますた(御庭番の発案にも類似の発案アリ)。(これで拙者の発案の大半が消されるハメになりそうで怖いんですが・・・(--;)。。。)ちょっと立ち直れそうに無いんで今日はもう寝ます。皆さん次回の更新を期待しないでお待ち下さい(T▽T)。
2005年02月06日
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腹が痛い・・・(--;) ノロウィルスが蔓延している昨今、皆様いいウンコしてますか。腹巻と股引が冬のトモダチ、麻生百合之介ですよ、皆さんこんばんわ。 御庭番は元々鉄の胃袋を持つ漢なんでござるが、寒くなってくると腹壊し易い体質なもので、冬になるとピーピー言ってます。まあ、ノロウィルスってのは冗談だとしても、最近朋友が次から次へと風邪で討ち死にしているので、もしかすっと御庭番も風邪引いているのかも。熱が出ないのは昨年エライ風邪引いたので免疫が出来ているのかも知れませぬ。皆様も体調にはくれぐれもご留意下され。で、皆さん風邪引いた時ってどうやって治します? 民間療法では焦がした玉葱を手拭いに包んでクビに巻くとか、卵酒呑んだりとか、果ては黄門様に長ネギ突っ込むとかとんでもない治療法まであるらしいが、まあ、大抵の方々は病院行って薬呑んで寝るってのが一般的でござろうな。しかし御庭番はその昔、薬をやり過ぎて薬嫌いになってしまった(いや、フツーに医薬品ですが何か?)ので、余程の大病で無い限り、薬師の調合した薬ってのはあんまり呑まない。度々ご紹介しているように、パロパロ鼻嗽とか最強のユンケル一気飲みとかで治している訳なんでござるが、それに加えて、一撃で風邪を撃退する治療法がある。それを今日は皆様にご紹介しませう。風雲!たのみこむ城!!三分治療薬!!!(テレテッテッテ♪テレテッテッテ♪テレテッテッテッテテテテテ~♪←キューピー3分クッキングのテーマだと思え) 壱.湯のみ 弐.おろし金 参.熱湯 そして最後に・・・ 四.大蒜 壱.大蒜をおろし金で摩りおろす 弐.湯のみに熱湯を注ぐ 参.壱で摩り下ろした大蒜を弐の熱湯にぶち込む そして・・・ 四.冷めない内に一気に呑む これでイッパツで治ります。御庭番はちょっとした程度の風邪ならこれで大抵治して来たんで人体実験の保証付きです(因みに腹が痛い時は自生しているアロエを引っこ抜いて来て生で齧るに限る)。あ、そうそう、この民間療法はですね、皆様もよくご存知のお相撲さんの治し方だそうです(力士ってよー、霜焼けで割れた足の裏にコールタール塗って治すんだってな・・・(;--)。。。)今は亡き人気力士・蔵間殿に教えて貰った治し方ですよ。是非皆様も一度お試しアレ。但し呑み過ぎると胃に穴が開くそうですが。と言うことでこの治療法試して体調が悪化したと言う苦情は一切受け付けませんのであしからず。自分の胃に自身がある方限定でお願いします。
2005年01月24日
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ああ、すいませんすいません。ハワイ編の日記更新したら燃え尽きたわけじゃありませんが四日も日記オチしてしまいました。今日は久々に日記を更新。えー実は一昨日御庭番は遅まきながら屯所の新年会がありまして、そちらに参加したんですが小半刻程して戦線離脱しました。と申すのも、其の日はたまたま上方から大馬鹿道場の腐れ朋友・毬栗則兵衛がご奉公の関係で上京したんで、他の連中も集めて新年会を決行した次第(屯所の新年会なんか参加するくらいならこっちの方がなんぼかマシなんでね)。で、東海道五十三次の品川宿でしこたま呑んで旧交を温め、其の日は則兵衛を御庭番の詰所に泊めた翌日、則兵衛曰く、「なー百合之介、俺温泉入りてー。」『なにー?温泉?ここら辺にはそんなモンは無いぞ。』「じゃ健康ランドでもいいよ。」『この辺は銭湯位しかござらん。大八車で温泉郷にでも行かねば温泉は無いぞ』「じゃあ、車出して」と言うことで御庭番、二日酔いがやっと抜けた体で大八車を運転するハメに。則兵衛が東海道を西上する都合を考えると、温泉に入りたいと言う則兵衛の願いを叶えるにはあそこしかない。と言うことで行って来ました大江戸温泉物語(詳細は”浮世風呂 ~オススメ癒しスポット~”をご覧アレ) 皆様に”オススメスポット”として紹介しておきながら、ついぞ行くことができなかった大江戸温泉物語に行って参りました。 この”大江戸温泉物語”、なんで”大江戸温泉”でないのか疑問なのだが、場所は皆様ご存知のお台場にあります。近代的なテレコムセンターの傍にポツリと建つちょっとだけお江戸ぽい建物があり、葵の紋モドキが染め抜かれた幔幕が張られている。御庭番は大八車引っ張って行ったんですが、場所が判りにくいです。お台場の外れ、レゴブロック並に積み重ねられているコンテナ置き場の傍にある駐車場に大八車を停め、いざ入場。不必要にデカイ自動ドアをくぐると大広間。ここが帳場に当たるらしい。御庭番は下足札に草履をしまうと、則兵衛と共に帳場に行き、払った金子約参〇〇〇両。ちょっと高い気もするが、まあ、今日日スーパー銭湯だってそれくらいはするから取り敢えずは納得。で、受付で小判を受け取った後、帳場の横にある越後屋へ。この館では定められた服装に着替えることが必須。その格好と言うのは・・・浴衣で~す柄も新門辰五郎とか堀部安兵衛等、高嶋おひさ等色々あるのだが、御庭番は迷わず遠山金四郎に決めました。あれば暴れん坊将軍でも身に纏ってマツケンサンバ踊りたかったのでござるが取り敢えず桜吹雪でガマンします。で奥に進むと脱衣所が。どうやらここで着替えることになるらしい。御庭番はここで借り物の浴衣に着替え、萌黄色の長い帯をくるくると巻いてロッカーの鍵を閉めて入場。すると、「広小路」と呼ばれる狭い通路がある。ここがどうやらこの建物の核心部らしい。そこは江戸情緒豊かとはとても思えない店が立ち並ぶ。まず目についたのが矢場更にその傍には手裏剣道場更に更に隠し金山小判釣り と言う、縁日の小ゲームみたいな催し物がずらり。手裏剣道場では何か忍者みたいな格好したお兄さんが呼び込みしてましたよ。客はガキとガイジンしかいませんでしたが(^▽^;) 御庭番と則兵衛の目当ては温泉だったので、そこには目もくれず、男湯の暖簾をくぐる。入り口には貴重品を預けるロッカーがあり、そこでも鍵を閉めて湯の脱衣所へ。そこで浴衣を脱ぐとまたロッカーに鍵が。なんでこんなに鍵ばっかりあるのか疑問ですな。最初の脱衣所で全部預けりゃいいだけじゃないかと思うのだが。 御庭番と則兵衛はみっともない腹晒しながら湯殿に向かう。ガラガラと窓硝子の戸を開けると、目の前に如何にもゆと言う文字が似合いそうな櫓がある。どうやらここがメインの風呂桶らしい。御庭番と則兵衛は入浴前に体を洗ってから湯船に漬かると、なるほど、本当に温泉らしい。何でこの風呂桶だけ一段高く作っているのかと疑問に思いながらその風呂桶を囲うように並ぶ湯船に入ってみると、なんかカルキ臭いんですが(--;) 湯温もやや温めの感じがしないでも無い。その内則兵衛が、「よー、百合之介、ここってジャグジー無いんかな」 と聞いて来るが、拙者が知るわけ無いだろ。しかし、浴室の片隅に泡風呂発見。則兵衛はそそくさと泡風呂に漬かってしまったので、御庭番はもうひとつ広めの湯殿に漬かったのだが、ここもやっぱりカルキ臭い(--;)。長く漬かるのも憚られたので、今度は露天風呂へ。二枚ある扉を開けて外に出ると、浜風でめちゃくちゃ寒い(T▽T)慌てて露天風呂に飛び込んだものの、外にあるだけにこちらは湯もぬるめ。ってか露天風呂までカルキ臭いのは何でなんでしょうか。どうやら最初に入った湯殿以外の風呂は水道水の風呂みたいですな。なるほど、”大江戸温泉”って言うよりは”物語”ってビミョーなネーミングの方がバッチリな気がします。 御庭番はこの後、力石徹バリにサウナで汗を流し、水風呂で水垢離した後に風呂を出て、則兵衛と連れ立って”八百八丁”で蕎麦を食う。で、蕎麦食う前に「風呂上りはやっぱビールやろ~」って、則兵衛め、御庭番が大八車を運転しているのをいいことに、独りでガンガン呑みやがります(貴様は遠慮と言う文字を知らんのかい(T▽T))。御庭番は羨望の眼でその光景を見ながらぼそぼそと蕎麦を啜っていた。 風呂は他にも無料の足湯があるが、岩盤湯とか砂風呂とかは全て有料です。館内の飲食や有料施設の利用料は腕につけたバーコードキーで全部精算できので便利は便利だが、自分が幾ら今使ったかが判らないので、無駄遣いしてしまう可能性大ですな。子供なんかは味しめたら駄菓子屋なんかで大人買いしてしまいそうです。 建物の中には何時間でもいられるのだが、則兵衛は上方まで帰らねばならないので夕暮れには風呂を出て、御庭番は東京駅まで大八車を引っ張って腐れ朋友を送り出すことに。館内で利用した金子を払い、駐車場代を払うと一人頭五〇〇〇両以上になります。ちょっと高いんじゃありませんこと?水道水の癖に(T▽T)。まあ、テーマパークとして考えれば趣向も凝らしているんで、一回は行ってみる価値はアリとは思いますが。御庭番達が行った時は団体客もそれほど無く、空いていたので結構寛げましたが。 東京駅でへべれけになった則兵衛を見送り、御庭番はそのまま帰宅することに。道に迷いながら詰所に戻り、暗い部屋の中で行灯の火を点すと、足元に何やら見たことのある柳行李が。”こ、これは・・・(T▽T)。。。!!!”と、その時御庭番の携帯糸電話が鳴った。見れば則兵衛からの電話。『申す申す、こちら麻生百合之介。誰だ貴様、名を名乗れ(T▽T)。』”を~、百合之介か~?お疲れさ~んあのさーオレ、お前ん所に荷物忘れて無い?”『あるよ、ありますよ、今正に拙者の目の前に(T▽T)。』”ありゃりゃ~、やっぱほーかー。今から戻る訳にもいかないしなー。んーどーしよーかなー。よし、そいじゃ百合之介、宅配便で送ってくれ。着払いで”・・・(T▽T)。 則兵衛よ・・・”人”と言う字は・・・”支え合って”成り立つものなんだよ(T▽T)””忘れ物”と一緒に貴様の悪行の数々の名残も同封して送ってやるから思いしりやがれ(悪)。
2005年01月23日
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”Hi!よいこのみんな、今日も夜更かしかな?今日は顔出しの御庭番だよ!皆さんこんばんわ! 松の内も明けてもう正月から2週間も経っているってのに過去最長の日記に付き合ってくれてどうもかたじけない。流石に最後は御庭番も飽きて、日記を尻切れトンボで終らせてどもごめんなさい。 ”う~ん、でも、一部の人は作り話じゃないのか とか、実は常磐ハワイアンセンターに行ったんじゃないかなんて疑惑の眼差しを向けられているみたいで、御庭番哀しいよ・・・。だってホントにハワイに行ったんだよ。拙者(まあ、力説するほどのことじゃないけどね、HAHAHAHA~♪)(画像と今回の日記の群れは全く関係ありません)”信用して貰えないって哀しいよな・・・””どうしたら信じて貰えるかな・・・””御庭番本人が映ってる画像でもUPしたら信じてもらえるかな・・・””いよぉし、それじゃイッパツ、ジェットスキーで大事なアレを強打した直後の御庭番のアップを・・・”321"ぎぃやああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!@#&Σ♂♭"はい、ここまで(笑)都合八回に渡る無駄に長い日記は前回までとさせて頂きます。今日からまたいつもの寒い日記ですよ。麻生百合之介です、皆さんこんばんわ。 元旦早々(つっても日本では既に睦月二日)に悲惨な一年の始まりを迎えてしまった御庭番、その後は部屋でボーッとしているのもアレなんで、DUTY FREEに行ってお土産を買い、次の日の昼にはハワイを発って日本に無事帰国、翌日からまたご奉公先で血みどろの戦いが始まった(今月は御客人の年度決算だったので本当に死にました)訳なんですが、記憶が薄れる前に皆様に旅の模様をお伝えしたって訳です。因みに全て実話ですが何か?(T▽T)(身内がガンダムキャラってこと以外は) 過去の日記をご覧の皆様にはお分かりのことと思いまするが、拙者の場合南の島でバカンスは絶対にできないってのが最早
2005年01月19日
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”ぶ・ら・り途中下車の旅 ~ 御庭番・憧れのハワイ航路~ ” 12:30 1 JAN 2005一番高い時期にハワイに来て、嵐の中出航する離れ業をやってのけた御庭番、亀見て愉しむ親子の純粋さにあ痛痛痛 と、叫びたい衝動を抑えて船に戻ったんですが、波飛沫がスゴイ勢いで顔を撃つんで目開けてられません。それこそホントに”あ痛痛痛痛”でございました(T▽T)。 船に戻ると既に昼。他の客は船で出されたカレーライスを食っていた。元旦早々カレーライスかと思い、食わずにデッキに立っていると、クルー達が慌てふためいている。見れば対岸の小高い丘の上からは真っ黒な雲がもうもうと煙のように流れています。船室に戻った頃にはもはや全ての人間が燃え尽きずに灰になっていた。そんな中、マイキーが眼を血走らせながら、”あー、麻生さん!?亀見た?亀!!じゃ、今度はジェットスキーやろうかっ!”待ってました(゜▽゜;) 今回無理を押してまでツアーに参加したのは、長年機会を得られなかったジェットスキーに乗るため。これをやらずして何がマリンスポーツと言えるのか。御庭番、逸る気持ちを抑えてジョン・ヤマダさんから簡単な操作方法を習い順番を待つ。何のことはない、原付と同じじゃありませんか。”は~い、お父さん、お帰り!どう?楽しかった?” 普段冷たくされる娘を乗せて男らしさを眼一杯見せつけたと思っている日本人の父親、喜色満面の笑顔です。娘も満更では無い様子で、母親と一緒にきゃーきゃー騒いでおりました。”はい、じゃあ船にご飯用意してますからね~、あ、滑るから気をつけて。はい、じゃ次の方~。” ついに来た―。御庭番はヘルメットを装着し、タイヤの無い原付みたいな水上バイクに跨ると、目の前にYAMAHAのロゴが。アメリカ製だっていい、日本製だっていい。拙者はこの瞬間を待っていたのだ!!「Are You ok?・・・・Redy・・・」 クルーの中には珍しく、日本語が喋れないえなりかずきみたいな兄ちゃんがジェットスキーのスロットルを抑えて・・・”GOーーーーッ!!”ビィィィィンンンッ・・・!! 合図と共にエンジン全開!御庭番は嵐の海の中に飛び出す!!ジェットスキーは爆音を轟かせて猛スタートを切った!!!だが、次の瞬間!!!!どおぉぉぉんっ!!って・・・すげぇ横波が(T▽T)!!(ぎゃーーーッ!!あ、あぶねぇッ!!) 怒涛の攻撃を受けた御庭番とジェットスキー。しかし命からがら抜群の運動神経でこれを避け、大きく旋回すると、波を乗り上げるようにしてジェットスキーをウィリーさせる!!そして次の瞬間・・・!!御庭番は空を飛んだ(T▽T)。 そのままジェットスキーは海面に着水。御庭番は渾身の力を振り絞って両腕を踏ん張り、何とか転倒しなかったが、大事な所を強打し、しばし戦闘不能に。”荒れ狂う海面”だけに・・・カイメンタイがエライことになってます(下品)(がっ・・うっ!ぐ・く~。。。) ジェットスキーと言うよりはまるでロデオみたいです。原付で粋がっている珍走団なんか所詮小物ですな。悔しかったら嵐の海でハコ乗りしてみやがれ。(しないで済むならしない方がいいぞマジで) しかし、何周かしている内に操作や波の方向を読み取るのに慣れ、ジェットスキーの上で立ち上がったり、ハングオンまでやり始めたぞこのお調子者。(6周したら戻ってきてね~♪)とマイキーに念押しされていたので、そろそろ戻ろうと船の方を見たんですが誰もいません。(あの時拙者が波間に消えたらアイツラどうするつもりだったんだろう(--;)・・・) 仕方が無いので7周目、更に8周目に突入する御庭番。そろそろ疲れて来た。奔ると弾丸みたいな波飛沫が顔を撃つし、何より寒いです。やがてデッキにジョンさんとえなりくんが現れたのだが、横からバナナボートもやって来た。で、客を下ろそうとしているのだが、波が荒くて上手く下ろすことができずにモタモタ。御庭番が、大きな声で、『Can I Back!?』と呼びかけると、ジョンさんが”NO~ッ!!”しかもえなりくんまでが大きく腕を回して合図している。どうやら暫く廻ってろと言う合図らしい。あんたら拙者殺す気ですか(T▽T) しかし、ボートの客が全員降りねば帰還することはできません。御庭番は再びスロットルを回し、嵐の海に飛び出す。10周―11周―。もういいだろうと思って船の方を見ると・・・。まだだよ、まだ(T▽T) えなりくんは更に”Go!Go!!”って叫んでやがります。御庭番は最早息も絶え絶えながら、『なんじゃいそりゃあああぁぁっ!!??』と、叫びながら再び荒波に挑んで行った―。1:15 1 JAN 2005波には勝ったが、寄る年波には勝てなかった御庭番、戻って来た頃には波飲んでお腹一杯です。寒さと疲労で震える脚でデッキに立ち、すぐに船室へ。”やーお帰り!楽しかった~?♪” と言うマイキーを無視して、お昼のカレーを頂く。腹の中にあったかい物詰め込まないと命が危ない。食後のコーヒーも飲んで、さて、再び隣の船に戻ると、先程まで船内にはいなかったオッサンが。どこかで見たことのあるオッサンだと思っていたら、出発の時に”ボン・ボヤージ!”って作り笑いで送り出したオッサンじゃありませんか。オッサン険しい表情でマイクを持つと、開口一番こう言いました。”皆さん、残念ですが、この後、天候が更に悪化すると言う情報が入りました。よって今回のツアーは中止とさせて頂きます。誠に申し訳ございません。”・・・( ̄▽ ̄;)え?。。。中止でつか(T▽T)?(あの・・・まだウィンドサーフィンとかボートスキーとかあったんじゃあ・・・) しかし、周囲の客の悟りを開いたような表情を見ると、それ以上無理を言うことはできなかった。御庭番が着替えて船室に戻ると、午前コースの客が携帯電話で主催者に抗議をしている。それを横目に先ほどこっぴどく怒られていたマイキーに近寄り、御庭番は慰めの言葉を掛けた。『短い間でござったが楽しゅうござった。この天候は天命じゃ。貴殿らの所為ではありますまいに。』 すると、さっきまで死んだマンボウみたいな顔をしていたマイキーが屈託の無い笑顔で、「いやぁ~こっぴどく怒られちゃったよ」(なんかお前の日本語の流暢さがムカつく(--;)) この後、中止を説明したオッサンとも話をした。『生憎の天気残念でござった。もうちっと早く中止にしていればこんな騒ぎにもならなかったであろうが・・・』 すると、 「ボスにも散々中止を進言したんですがねぇ・・・今日は新年だから中止にしちゃ縁起が悪いってね。。。」 と嘆息をついており申した。縁起が悪いからって死にそうな目に遭わされたことはこの際言わないことにしておきました。だってあんまり可哀相だったから。2:00 1 JAN 2005 嵐の海から無事に帰還した御庭番、ホテルに戻ると、おとんとブラザーが待っていた。「をー戻ったか。」おとんはどうやら昼寝していたらしい。「よーあにき、ちょっと聞いてくれよ!」『なんじゃい。』「俺達午後のコースだったじゃん?昼にオヤジやおふくろと一緒にバスで港まで行った訳よ。そんでいざ船に乗ろうとしたら”今日は中止になりました”だってよ!なんだよそれって感じだよ、ホントにもぅ・・・」『そりゃあ、残念だったの。因みに拙者はジェットスキーやったぞ。』「マジ!?あー俺も朝からのコースにすれば良かった・・・」 羨ましそうなブラザーの姿に、本当のことを言うことはできなかった。「おお、そうじゃ、百合之介。ほれ。」『何でござるか?この金子は?』「ツアーが中止になったじゃろ。だから全額返済になったんじゃ。聞いとらんかったか?」マジっすか(゜▽゜;)?「あーハワイくんだりまで来て海に一度も入らないなんてホント虚しいよな・・・」「ボヤくな。これもまた人生じゃ。」 と落ち込む愚父とブラザー。御庭番は、シュノーケリング、ジェットスキーをやって亀見て昼飯までご馳走になったのにタダ。”一年の計は元旦にアリ”と言う。今年はきっといいことあるかも。と、素直に思えないのは何故なんでしょうね(T▽T)? こうして御庭番の2005年初の”馬鹿んす”は幻のまま終わりを告げたのだった―。
2005年01月18日
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”ぶ・ら・り途中下車の旅 ~ 御庭番・憧れのハワイ航路~ ” 6:30 1 JAN 2005えーっと・・・なんですかこれ?・・・。紛れも無く1月1日ハワイの空ですね(T▽T) 前日の夜、旅のお守りとして持ってきたお伊勢さんをぶら下げて、約○○年振りにこさえたテルテル坊主は全く効果無くかくの次第となり申した。 まあ、考えてみりゃ・・・ハワイの空まで日本の神様は面倒見きれんわな(T▽T)(しかし凄いのは嵐を呼ぶ漢のワールドワイドな神通力と思われ) マリンスポーツパックツアーの集合時間は朝7:00。御庭番を除くその他大勢共は午後からのコースに参加することになっていたので、元旦の早朝から海に飛び込むのは御庭番のみ。こんな天候でホントに決行するのかと半信半疑ながらも、中止の連絡が無かった為、御庭番はまうい島で買ったサーファーパンツとABCマートで買ったタオルとデジ亀を持ち、これぞハワイのバカンス野郎の正装とも言うべきアロハに短パンで出陣。もうお馴染みとなったバスストップへと向かった。朝早いにも係わらず、バスストップは送迎用のバスを待つ人々で溢れかえっていた。が、皆眼が死んでます 睡眠不足って訳じゃなさそうですね。元旦早々遊び呆けてやろうと意気込んで来たのに思いっきり出鼻挫かれて挫折した表情と言った方が正しいんじゃないでしょうか。みんな拙者の仲間です。 やがて御庭番が参加しているツアーのバスが到着。中から飛び出して来たのはどう見ても日本人のオッサンにしか見えない関西弁を駆使する日系三世ジョン・ヤマダさん。御庭番はぢょん山田さんに”はよ、乗って~”と促されるままにバスに乗り込んだ。 ”皆さんあけましてハッピーニューイヤー。今日は元旦早々エライ天気ですが、今日の天候はごっつぅ難しくて、どう変わるのか、ウチらでも判りまへん。ウチのボスからはツアーを決行するように言われてますんで一応港まで皆さんをお送りします、ジョン・ヤマダです。皆さんきばってや。ウチらも頑張るさかいに。”と、ビミョーにインチキな関西弁で挨拶した瞬間、スゴイ雨が降り出しました。(何かバスのワイパーが16ビートになってますけど・・・) ”こんなんで泳げるのかしら・・・” ”こいつぁ駄目だな、中止だ中止だ”と、御庭番の周囲の席からヒソヒソ声が聞こえて来ます。しかしバスはそんな声には耳も貸さずに嵐の中を疾走して行く。小高い丘を乗り越え、トンネルを抜けるとそこは灰色の海でした(T▽T)。 到着した先はオアフ島東に位置するカネオヘ湾。風は無いので海面は穏やかだが、凪いだ海の上を滝の様な雨が叩いてます。しかも御庭番はアロハに短パン姿なんですごく寒いです。常夏の島に来たはずなんですが・・・何処夏の島に来てしまったようですな(T▽T) バスを降りて暫くしてもなかなか船は現れない。待っている間に過去日本の皇室も乗船したと言うハワイで唯一の木造船に乗って雨を凌いだのだが、雨漏りしてやがります、この船。なんか環境保護教育に大活躍している船らしいですよ。縁があれば皆の衆も乗ってみて頂きたい。 やがて、本船がやってきたので、乗り換え。ふと見ると、最初バスに乗り込んだ時よりも人数が少なくなっていた。利巧なお方達は自主的にキャンセルしたようです。でも、拙者は諦めませんでした。だって”馬鹿んす”ですから(T▽T)しかしこの後、事態は思わぬ方向に向かうことになる。10:00 1 JAN 2005 船を乗り換えて、嵐の中を出航。港にいたハワイアンの”ボン・ボヤージ!” って作り笑いの声が嘲笑の声に聞こえたのは拙者の錯覚だろうか。オンボロ船は海面を滑るようにして沖へと進む。30分程すると、別の船が近づいて来てドッキング。どうやら二艘の船を繋げて安定を保とうとしているらしい。んだけどね ノロノロ モタモタ ぎゃーぎゃーわーわーなんか動き悪いぞこの船乗り共(--;) どうも潮が非常に難しい流れらしく、船を接続するのに手間取っているらしい。待ってる間、御庭番はデッキから海面を見た。なるほど、雨は降っているものの、海の中は綺麗な様子。潮流が激しいということだが、これだけ透明度が高ければダイビングや海中を歩くシーウォークも可能かも知れんなと思っていたら、突然”もあっ”と海中に砂煙が”おーい!碇のロープが絡んじまったぞーっ!””そっち巻け、そっち!!”って、何か日本語で喋ってますよこのハワイアン共。船を安定させる為に碇を四つ降ろしたようですが、どうやらしくじったようです。こいつらホントにハワイのセーラーマンなんでしょうか。日本の漁民の方が手際が良さそうです。 結局小半刻程悪戦苦闘して、やっと船を停泊させることに成功したらしいのだが、午前中のコースで参加していたお客人の中には、流石に痺れを切らしたのか、船員に詰め寄り、”ボスに連絡しろ!””言いたいことがある”とクレームも出始めた。が、丸一日海で遊ぶ御庭番はTake it Easyな気分で待ち続けておりました。 よーやっと馬鹿んすが始まったのは11:00頃。多少雨も治まってきたので、御庭番はツアーを仕切っているマイキーの割り振りでシュノーケリングに参加することに。しかし、昼前になって気温が上がって来たとは言え、サーファーパンツ一丁で海に飛び込んだら心臓発作で死ぬかもしんまい。御庭番は25$払ってレンタルのウェットスーツを借りて着込むとフィンとゴーグルを付け、食パン持って海に飛び込んだ。ざぶんッ! うぐおッ!つ、冷てぇ!!(T▽T)HAWAIIなのに・・・・New Years DAYなのに・・・Vacationに来たのに・・・なんで寒中水泳やってんでしょうか、拙者(T▽T) 食パンを水に濡らさない様に勃ち泳ぎしてたら波被りました。ハワイの海もしょっぱいんですね。当たり前のことですか、海ですから。しかし、涙の味もしょっぱいんだよな。確か。ハワイの海水呑んでオエッってなりましたが。 水夫に教えられたポイントまで泳いで辿り着いた御庭番、頃合を見計らってシュノーケルを装着し、海に潜った。カネオヘ湾は港はどん深だが沖へ出ると珊瑚礁がある、遠浅の海。天候が悪く水の中は暗かったので、最初は何も見えなかったのだが、暫く珊瑚礁に向かって泳いで行くと魚群発見!!御庭番が手に持ったパンを千切り魚群に向かって放ると、よって来ました魚共 千切っては放り、千切っては放りしていたのだが、余り大きいと食いつきません。食べ易く切れってんでしょうか。生意気ですね魚類の癖に。 そうして30分程海面を漂いながらエサをバラ撒いて愉しんだ後船に戻った御庭番、久々の寒中水泳でもう、息切れしてます。船の上では仕切り屋のマイキーが、どう聞いても日本人にしか思えない流暢な日本語であちこちに指示を飛ばしている。 と、突然マイキーが御庭番を手招きして言うには、「麻生さん?!よし、亀探しに行こう亀!!」(いや、拙者まりんすぽーつしに来たんですが・・・(T▽T)。。。) しかし、ハイテンションなマイキーは御庭番の微妙な表情の変化などを読み取る気も無く、汚いモーターボートが横付けされるや、”はい、乗って乗って!”と有無を言わさぬ。こうして御庭番は己の意思の入り込む隙も無く、嵐の海へと繰り出した。蒼い空、白い雲、耀く太陽に、水着の美女、そしてトロピカルなハワイアンミュージックが流れる―なんてこたあ無く、サブちゃんか鳥羽一郎の演歌が流れそうな世界です(T▽T)(お~とこわ~♪ま~つり~を~♪) モーターボートは波を切り裂きながら飛沫を上げて更に沖まで進み、やがて速度を落とした。「さー、見っえるっかな~?♪」 と言うムリヤリなハイテンションの親方、否、水夫が昼なのに薄暗い海の上を見渡していると、「Look at That!!(見ろ!)」と指差す。しかし御庭番の目には波しか見えません。しばらく水夫が指差す方向に眼を凝らしていると、ぱこっかぽっと言う音が近づいて来た。そして、しばらくすると波間からパカッっと亀様登場でございます 同乗していた親子が”きゃーいたいた!””をーでかい!”と騒いでいる中、御庭番は
2005年01月17日
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”ぶ・ら・り途中下車の旅 ~ 御庭番・憧れのハワイ航路~ ” 8:45 31 DEC 2004 ハワイは比較的治安が良い地とはいえ、暴走族も居れば置き引きもいる。荷物持ちとしておととを付き添わせていたものの、バカなので喧嘩でもしている可能性は否定できない。まして手に持つブランド品の紙袋の数々、 鴨が葱背負って歩いてる も同然。御庭番が不安に駆られているその時・・・「ただいま~ッ!あーッ疲れた!!」とブラザーが手に手に荷物を持って入ってきた。他ならぬ我がをとと。その横にはおかんがこれまた大屋政子みたいな格好で立っていた。『何をやっとんじゃ!!もう集合時間じゃぞ!!』「ちょ、ちょっと待ってくれよぉ~。オレは母ちゃんの買い物に付き合わされただけだぜ?!』『母上も集合時間に遅れないようにお帰りあるようにあれほど申し上げたではありませぬか?!』「ん?だから間に合うように帰ってきたではありませぬか。」そう言うことじゃなくて~(T▽T)しかし、ここで口論している暇は無い。御庭番は遅れて来た母子を急き立て、集合場所へと向かった。21:45 31 DEC 2004 サザエさん一家並のドタバタ劇はあったものの、何とか無事にバスに乗り込んだ御庭番一行。若干一名を除いてパーティに参加する”らしい”格好。今更説明するまでも無い若干一名は他ならぬ御庭番。昼間に購入した勝負服・アロハに短パンを着込み すね毛丸出しで、クルーザーに乗り込む。ハーバーでは来る新年を祝う人々が、オリエンタル色満載なファイヤーダンスで盛り上がっていた。クルーザーは三層構造になっており、上から順番にハイソなお方達が集う。で、御庭番一行は、とーぜん・・・一番下でした(T▽T) 船内でのディナーは立食式かと思いきや、狭いテーブルがすれ違う隙間も無い程並べられていた。御庭番一行は、ウェイターのお嬢ちゃんに案内されてその一席に着く。ふと見るとその席には”HAPPY NEW YEAR”と書かれたプラスチックのシルクハット(ってちょっとおかしいが)とニコちゃん大王の鼻みたいな被り物が。『なんじゃこれ。こんなものかぶれるか、全く。』と、御庭番はこんなちゃちなオモチャには目もくれず席に着き、ところで、母上今日は・・・』なんぼ銭を遣ったのかと聞こうとしたら・・・おとんとおかん被ってました、オモチャ(T▽T)(しかも喜色満面の笑顔で)「どうじゃ?似合うか?」「百合之介、写真撮ってたもれ」『嫌です。馬鹿っぽいから(--;)』 と言って鄭重に断りましたよ。従って写真はございません。あしからず。22:00 31 DEC 2004 新年まで後2時間、御庭番一行を乗せたスター・オブ・ホノルル号出航。天気は良く無いが、ハーバーに隣接するホテルや街並みの明かりが波立つ海面に映えて美しい。御庭番はしばしその風景に見蕩れることなく薄暗い船内を見回した。が周りにいるのは家族連れか年老いたアメリカ人ばかりで、美女なんざ独りもいらっしゃいません。仕方が無いのでテーブルに置かれた食前酒のシャンパンをちびちびやっていると”はいど~も~、皆さんこんばんわっ!今日はスターオブホノルル号にご搭乗頂きまして誠にありがとうございますっ!今日の司会進行を勤めます、私、チャーリーでございます!宜しく~”ってインチキ臭い外人が(ってか、こっちじゃ拙者の方がガイジンなんだが・・・)。どうしてハワイのアメリカ人ってヤツはヤンキーテンションの日本人みたいに日本語ベラベラなんでせうか。英語が苦手な御庭番としては助かるんだがなんか胡散臭い気がしないでも無いですな。 船が出港して暫くはチャーリーの捲くし立てるようなトークと、ジャズ演奏でディナーを楽しむ。が、元々御庭番は近くに美女がいないので音楽には興味が無く、ひたすら出てくる酒と料理を食い散らかしておりました。中でも旨かったのがロブスター。ロブスターと言えば巨大なアメリカザリガニ のことだとばっかり思ってましたが(昔、国許の田んぼで採れたザリガニ生で食ったことがあるが泥臭くて食えませんですた)、ハワイのアメリカザリガニは馬鹿うまでございました(殻が固くて歯が欠けそうになりましたが・・・。) 何時の間にやら演奏が終わり、船内が一際暗くなった。すると船室の向こうから腰蓑付けた肌も露な男女が登場、そう、ハワイアンダンスの始まりだ フラダンスの様な可憐な踊りとは異なり、こちらはアップテンポのダンス。サンバっぽいって言えばサンバのリズムのような気もするが、正直憶えてませんなんか後からドロンジョ様みたいのも出てきて胸をフリフリお尻をフリフリやってますたが、御庭番は食うのに専念してましたので、ほとんど見てませんですた(^▽^;)。 ショーの後は再びチャーリーが出てきて軽口叩いた後にジャズ演奏再開。その途中、”It is 10 more minutes till 2005.”と言うアナウンスが入った。さあ、いよいよNEW YEARだだだだだ!!!!!23:55 31 DEC 2004 アメリカザリガニ食ってワインも呑んで腹一杯の御庭番、”新年まで後10分”のアナウンスを聞くやデジ亀と呑みかけのワインを持ってデッキへと飛び出す。湾内には他のディナークルーズの船が何艘も出て、皆思い思いに悲喜交々の2004年に別れを告げるべく盛り上がっていた。”It is 1 minutes till New Year”再び合図のアナウンス。デッキの蓮向かいには大きな船が船影を波に揺らしていた。時計を見ると残り30秒。後15秒・・・10秒・・・そしてカウントダウンが始まった。FiveFourThreeTwoOneZeroYeah!Happyy~NEWw~Yearr!! 放たれる花火は夜空を焦がさんばかりに次々と舞い上がり、暗い夜に大輪の光の華を咲かせた。それは正に今、年が変わった瞬間だった―。『いやー!はっぴぃにゅういやあああ!』 興奮した御庭番が隣に立っていた髭面のガイジンに握手を求めると、「ハッピーニューイヤー」と言って笑顔でシェイクハンドしてくれましたよ。人差し指が無かったんで凄い違和感感じましたけど・・・(^▽^;)。1:45 1 JAN 2005 新年を無事に迎えた船内は、年が改まるやチークダンスが始まり、御庭番が居心地の悪さを感じながら酒を呑んでいると、やがて船は船首を港に向けて出航したハーバーに戻った。『いやー、楽しゅうございましたな。』 御庭番は上々の気分でバスの隣の席に座ったその他大勢にそう言ったが、「わしゃ、疲れた・・・」「わらわ、眠い・・・」「あー、なんか、やっぱ日本の正月の方がいいわ・・・」と、ヘタレておりました。なんつーか、根っからジャパニーズなんですな。拙者の身内は。『あ、明日はいよいよ待ちに待ったワイハの海で馬鹿んすじゃ。楽しみだのう。』と言って期待に胸を膨らませていると、バスはホテルに到着。御庭番は独り自室に戻ると、徐にテレビを付ける。(お、天気予報やっとる)グッドタイミングでアメリカ全土の天気予報がやっている。英語なので何言ってるのか判らないが、画面には一目見て明日の天気が判るマークが。どうやらメイン(本土)は新年早々生憎の空模様らしい。(わはははは♪元日早々気の毒なこってすな) 御庭番は日本から携えてきたジョンダニエル氏の小瓶をちびちびやりながらやっていると、画面が切り替わり、”HONOLULU”と言う文字が。どれどれ、明日の天気は・・・っと。・・・・(゜ー゜;)。。。なんじゃそらそら(T▽T)画面を見て一瞬にして酔いが覚めた御庭番、唐突に枕元にあったてっしに手を伸ばし、大量のてっしを取り出して、ベッドの上で何やらモゾモゾ。2、3分ほどして・・・テルテル坊主完成(あのですね、○○歳過ぎたいい大人がテルテル坊主作る心境って判ります(T▽T)?) ハワイは今は乾季。風の向きが変わると天気がコロッと変わるので、天気予報は必ずしもアテにならないと聞いていたが・・・全く無風なんですが(T▽T) さあ、新年一発目の馬鹿んすはどうなるか!?御庭番は”失われた夏”を見事奪還することができるのか!?ドキドキの展開は次号を待て!!(と言うことでまだ続く)
2005年01月13日
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