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鬼龍院花子の生涯【Blu-ray】 [ 仲代達矢 ]鬼政親分、前半はものすごく粋でかっこよかったのに後半の残念さがすごい土佐犬の闘犬場に女性を引き連れて乗り込んでいく冒頭のシーンかっこよかった。白い中折れ帽子に白い着流しで現れる鬼政、オシャレすぎる。その隣に座る岩下志麻のインパクトもすごい。あの夜叉みたいな顔の迫力。鬼政に閨に呼ばれた二人の女性が「姐さん、上がらせてもらいますき」と頭を下げ「上がりや」と応える怒りと疲れに燃えるような顔が素晴らしかった。まだ仁義のあるやくざの映画か。どもりの小僧を下男として使っていたり、買って来た少女が学校へ行きたいと申し出たのを行かせてあげたり。「女学校に行かせてきっちゃ」「おなごに教育などいらん!」のやりとりがあった次のシーンで、松江が大学卒業したというのが流れて目頭が熱くなった。夏目雅子の演技は初めて見たけれど、画面に映った時の見栄えがすごい。一番地味な着物を着ているのに、華やかで清廉で賢さがあって素敵だ。鬼龍院花子のバカ面もピッタリすぎてハマリ役だった。大親分から堅気に手を出すなとたしなめられて激高した時から運命が変わってしまったのかな。有名な「なめたらいかんぜよ」ってこれか。陽暉楼 [ 緒形拳 ]三部作2話目は女衒の話?緒形拳のたたずまいカッコイイなー3話目を見た後では、このかっこよさの裏に何があるのかが分かってしまった何だかツライけど。気の強い素人娘は浅野温子だったのか!何も知らない世間知らず美人は何も知らないままで良かったんじゃないのか。親の借金を背負ってもいない子に芸事は教えられない、自由気ままでは困るというのはすごい断り文句だな。芸事を覚えられなかったら最後の居場所であるここを追い出されるかもしれないという恐怖と共にあの踊りと歌は成り立つのか…桃赤さんも堅気の女の子がわざわざ芸者になりたいと行ってきたら、やめときっていうだろうな。自分に立てついてきたとしても立場が全然違うのだから、素人は黙っておきな、ということろか。雨の中「大阪に行くことになった、さいなら」という別れのシーン良かったな。彼女たちの「さいなら」はもう永遠に会うことのない「さようなら」なのだろうな。子供ができたとか、和食の店を開いたとか、人生に新しい風が吹いてきた時にへし折られてしまう女のやるせなさに泣いちゃった。櫂 [ 緒形拳 ]2作目の緒形拳のイメージが全部覆ったぞ。世話した女性を娘同然だと思って手を出さないかっこよさはどこかへ消え、知り合った女性はすべて手を付けるみたいな人に変わってしまった。まともだったり、情に厚かったりする人間はすべて死ぬか痛い目に合うかする映画だったな。女衒家業を汚いと毛嫌いしながらも家の切り盛りを頑張って、病気で倒れたりしても踏ん張っていた喜和がとうとう家を出ていき、蔵みたいなところで封筒張りの内職をしながら生きているところに岩伍が来て、当てつけは止めろと髪を引っ張ったら髪がごっぞり抜け落ちるというシーンが心に迫る。疲れて老けた顔に薄く塗られた白粉が老齢を際立たせる中で、緒形拳の手に毛束が纏わりつくという画が強すぎる。岩伍は喜和を家に呼び戻したいと思っているようにも見えたけれど、もはやそれは何のために呼び戻そうとしているのかもわからない。世間体なのか、一緒に暮らしている他の者達への印象操作なのか、長年連れ添って来た義理なのか、愛なのか背負える重荷って大事だな。身軽に生きてると生きるとっかかりというのを失ってしまうかもしれないな。
2024.08.22
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自分の中のイメージのストックが底をついたので、映画百本ノックをしようと思い、アマプラで東映オンデマンドに課金しました。14日の無料体験で飽きれば無料、ということで、可能な限り見まくろうと思っております…四季・奈津子 [ 烏丸せつこ ]昭和の女優さんは脱ぎまくりなんですね…少女のような太陽の光で日焼けしたみずみずしい肉体美が素晴らしかったです。少女性とは不釣り合いなほどの巨乳がまた倒錯的。九州から宛てもなくなく東京に出てきて、偶然出会った人たちと生活をしていく。こういう宙ぶらりんな生活というのが映画らしくて良かった。映画とか小説の主人公は無職が一番向いているよね。しかし一歩間違うと食い物にされてしまう都会生活の中で物凄い危うい均衡を保っているなと思いました。不思議な生活力のあるケイは案外しっかりものですね。少しの施しですぐに体を許してしまう割に、決めるところは決めるし、断るところは断る。未来がどうなっていくのかなんて考えもしないのだろうな~。「あなたは真夏の光のように生きるのよ」というセリフが印象的。この時代1980年代くらい?の真夏は一瞬で通り過ぎる美しい光だった!気温30度程度で風が吹くと気持ちいいと思えるような夏だった。2024年の38度超え熱中症死亡者数が毎年更新されていくような夏ではなかったのだ!結構残酷な言葉でもある。夏はすぐに過ぎ去ってしまうからな。しかし少女性とはそういう刹那なところがいいのだよな。決して触れられない、すぐに壊れる儚いものなの恐怖女子高校 女暴力教室 【DVD】池玲子うつくしい~と思ってシリーズをいろいろ見てみました。女番長ブルース 雌蜂の挑戦女番長 タイマン勝負恐怖女子高校 女暴力教室恐怖女子高校 不良悶絶グループ一番ライトな不良悶絶グループが最も面白かったです。他の作品は女子高生たちがやることが酷すぎて胃もたれしてしまった…何かと仁義を切るところが面白い。女番長引退仁義・新女番長襲名仁義とタイマン仁義低い声で周りを圧倒する池玲子キレイ。アイラインの引き方も際立っていた。洋風なお顔が素敵なのかしら。そして物凄い脱ぎっぷりです。リンダが自分にひどいことをした男を殺すために包丁抜いたシーンではちょっと涙が出ました。刺し違えてでも殺すという覚悟が良かった…魔界転生 [ 千葉真一 ]沢田研二の天草四郎のヴィジュアルが素晴らしかった…細川ガラシャも良かった…余白多めのうりざね顔が良いのか。含みのある艶っぽい顔に引き付けられました。かなりキツイ化粧も素敵。光があたると金色に光る目なども厨二心を誘いますね。魔界で自由な心を持って強くなるためには、女を心のままに犯してこいと言いながら、未熟なきり丸にキスする天草四郎にゾクっときました。BLもあるのか!天草四郎はそういうイメージですね。そのシーンだけ気合の入り方が違ったぞ。女を犯せと言いつつ、自分はやったことあるのか?細川ガラシャも宗教的な野心があるのかと思いきや、一番欲しいのは殿の寵愛か~女なのですね…とちょい残念な気持ちになった。
2024.08.16
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所有せざる人々/アーシュラK.ル・グィンめちゃくちゃ面白かったー!あらゆる贅沢品に囲まれた資本主義の欲望惑星ウラスvs荒涼とした資源に乏しい星で何も所有せず国民ですべての者を分かち合うアナレスこの設定だけでも面白いのが確定している。資本主義・競争社会・成果主義・物が常に溢れていることに飽き飽きしている、そしてその中で自分が大したものを得られない程度の能力しかないことにも飽き飽きしている私にとっては、アナレスこそが地上の楽園と思えるような出だしでした。しかし、革命主義・所有しないことを信条としているアナレスでさえも、個人にはさほど自由がない。楽園なんか結局どこにもないんだなと思わせるようなリアリティ。政府や統制の全くない自治組織のアナレスでは、隣人と仲良くやっていくことが最も大事。でも仲間内でも好き嫌いはあるし、人が集まれば権力のようなものが出来上がっていく。自分より才能のあるやつが現れたら、そいつが活躍できないように足を引っ張る。普段は自分の好きな研究を大学みたいな施設でやってて、当番制でゴミ処理とか農業とか力仕事を数か月やってまた研究に戻るという理想的な晴耕雨読の惑星という記述から始まる。でも、郊外に住んでいる私は、洗練された学問というのは都会にしかない、と思ってしまうな。色んな最先端の文化とか多様な人間に触れて初めて刺激を得られる気がする。地方にも立派な大学はいっぱいあるし、優秀な人間はどこでも成果を上げられると思うけど。少し出歩いたときに得られる情報には田舎・郊外・都市で雲泥の差があるもの。そういう中で、シェヴェックが、銀河系のどの惑星にもない理論を導き出せるくらいの素晴らしい頭脳を持てたことに驚きを感じた。他の惑星から相対性理論を仕入れて、思考が拡大したのもあるかもしれないけれど。アナレスでは実用一辺倒で、飢饉とか水不足に即対応できるような技術・学問しか大事にされないので、その場ですぐに使えない時間の理論は研究価値のないものとみなされてしまう。アナレスで研究の手段を失ってしまったシェヴェックはウラスに行くことに。アナレス人が共通して信奉している革命思想に少しでも反対の立場を示したと思われたら、精神病院に押し込められることになってしまうのも恐ろしかった。結局言論統制されてるじゃないの。プア充の経済学を聞いたことがあるけれど、それに近いかも。お金を持っていないので、仲間をめちゃくちゃ大事にする。食料も仕事もお金も娯楽も全部仲間と分け合う。気が合う内は楽しいし、困った時は助けてもらえるけれど、一度モメると生活の基盤すべてを失うことになる。だから仲間のことは一番大事と思わざるを得ないし、和を乱すことは絶対にできない。そこで孤立してしまったシェヴェックが主人公。ウラスはこの世の楽園みたいなところに思えた。ちょうど、この本を読んでいるときに東京都現代美術館でディオール展をやっていたので見に行ったのだが、ウラスを歩いているようで頭が混乱した。贅を尽くしたドレスが並ぶ。今までの価値観を覆すような大胆なカッティングの中に伝統的なレディの装いが混ざり合って、物凄く洗練された服飾の嵐だった。細かい所まで完璧に作り込んで、虚飾の楽園だったのだが、あの圧倒的な美しさには強い肯定力みたいなものを感じた。おそらくシェベックはディオールのような物凄いルッキズムで完璧にキメたウラス人の群れの中にボロボロの作業着で乗り込んでいったのだろうな。所有しないことが当たり前で豪華に装うことに何の価値も感じないどころか、そこにお金や資源を使うのはバカげていると思っているようなシェベックでも、高度に洗練されたウラス人の装いの中に入ると自分がみすぼらしく感じる。文化の圧力しかし、このなんでもそろっている研究者の楽園のようなウラスの大学でも、整備され過ぎていて逆に何も捉えることができず、すべてのものが手から滑り落ちていくとシェヴェックは考えるものなのだな。本棚の群れを見るとどれを読むか選べないけど、近づいて行って、一冊の本を手に取って読み始めれば捉えることはできるのでは?などと思ってしまった。そして、物語の最後になって、シェヴェックがなぜウラスに招待されたのか、という核心を説明してくれる章があったのがありがたかった。単なる旅行記ではなかった。このバカ救済措置のおかげで私はこの本が言いたいことがわかった…!アナレスでは無用の長物だと思われた時間の理論は、ウラスにとっては全宇宙の支配者になれるかもしれない重大な理論だったので、シェヴェックを買い取って理論を絞り上げたいというウラスの魂胆。でもシェヴェックはウラスの利権のために理論を発表したくないので、全宇宙に向けて無料で利用で閲覧可能な理論にしたい。アナレスとウラスというどちらも考えようによっては楽園なのに、そのどちらにも所属できないシェヴェックが珠玉の理論を生み出せる。優秀で一番大事にされるべき人がないがしろにされる話ともいえるな。そして、日本はウラスよりだと思うのだが、徐々にアナレス化していってるなーと思った。丁度良い折衷案で完結しないかなーあふれかえる富はもう私物化せずにレンタルして使い終わったら返却する。娯楽は徐々にそうなっていってるよな。世界の富を本当に平等に分配できるのなら、地球人は一人残らず安穏に生活していけるだけの配当はあるだろうにそして、折角ウラスに住んでるなら、できる限り文化的に過ごしたいかもなーとも思った。なんか最近ルッキズムから解脱してしまった感じがある。とりあえず仕立ての良いスーツを2着買ってそれを延々に着まわすだけの生活。でも見かけの上では効果上々。これだけ沢山の物が周りにあるのだから、選ぶ自由を楽しまないと損なのかもなー目の前にあるものを楽しんで味わうことができるかどうかが問題だから、所有するかしないかはどちらがより楽しい気分になれるかで決めることだな。と結論付けられるのも自分がウラスよりの人間だからだろうなー所有できるだけの物資と資金を持っている上で、所有しないことを選ぶというのが文化的な人間の権利だから。
2023.02.18
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【中古】ライトノベルセット(文庫) 真・デビルマン 全4巻セット【中古】afbずーっと作業しながらyoutubeで岡田斗司夫チャンネルと山田玲司のヤングサンデーを視聴しているのですが、どっちもデビルマンは殿堂入り古典マンガの扱いだったので図書館で借りてきました。漫画かと思ったら小説版でビックリした。こういうストーリーだったのか…!愛によってもう滅茶苦茶!という感じに思えました。人間を愛してしまった神の話なのかー!壮大なストーリーだ…でも、飛鳥了がどのタイミングで不動明を愛したのかがめちゃ気になるな…幼馴染だったものの、遠くで別々に暮らしていた時間の方が長い気がする。サターンが了の人生に成り代わる間に、了の記憶の中の明が魅力的だったとか?人間の弱さに惹かれてしまったのかもしれないな。1巻読んだ時に、了は既にサターンだったとしても、デーモンに襲われて大事な幼馴染の了が傷つきながらカーチェイスしている時にも明はまだ戦う覚悟がつかなくて、明の逡巡のせいで了は大けがを負うことになったのに、その明を了が愛するというのは何なんだろうなーと思ってしまうな。自分が死ぬかもしれないというところですら、人を殺すのをためらう明の心の構造に惹かれたのだろうか。妖鳥シレーヌはこういうキャラだったのか。冨永愛の実写版しかしらなかった…勇者アモンの姿をしているデビルマンに「愛してるよ」って言われたら、戦うのをやめそうな気もする、愛ゆえに歪んでしまったシレーヌ。「お前は今の方が美しいよ、シレーヌ、愛している」って明に言って欲しかったな。その辺の愛憎がどういう感じで生まれたのかが分からなかったけれど、自分よりも妹を愛したアモンを憎んでしまったとういうことなのか。でも、明は何もできない美しいだけのイフェメラよりもシレーヌの方がより美しいと思ってたようだけどね。明がもうちょいプレイボーイだったら、この世界の様相は大分変っていたように思えるなー明と了が人間時代に良い仲になっていて、それなのに明は美樹ちゃんともプラトニックな愛を交わすような感じになっていて、でも明の中には愛の順位とか優劣なんかはなくて、どっちのことも物凄く大事な二人と思っている。了は自分のことだけを愛して欲しいのに、明があまりにもピュアに真剣に自分を抱くのに、明日になれば美樹ちゃんに想いを寄せて、それに対して全く罪悪感を持たないことに身悶えしまくっているところに交通事故にあって、その甘酸っぱい痛痒みたいな愛情をサターンの心に植え付けていたらいいのになーそして、満を持してサターンの姿で明の前に現れた時に「私はお前がすきだ!私を美しいと思うか?」と聞いたときに明がめちゃくちゃさわやかに「俺もお前が好きだ!お前は美しい」と屈託もなくさっきまでシレーヌと愛し合っていたのに、ニカって笑ってサターンを抱きしめたりしたら神の順列も変わってたんじゃないのか。両性体のサターンが明に女にされるアース。悪意を持って戦い、殺すことだけを考えるデーモンのことしか知らなかったサターンが、悪意もなったくなく愛情をまき散らすことで相手を破滅させる人間不動明に滅茶苦茶にされてしまう。というネタでメシうまいぜ!サターンが手で隠していた乳房を見せたら決意がちょい揺らぐ明はなんか面白かったなー宇宙のかなたから神が大集合したら、サターンは神に滅ぼされてしまうのかしらー悪魔王と合体したら、神格を失うことになってしまうのだろうか。
2023.01.22
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エアーズ家の没落 上【電子書籍】[ サラ・ウォーターズ ]リトルストレンジャーの映画が面白かったので原作も読んでみました。読みながら、全盛期の超ゴージャスな館と荒廃して崩れそうな館を同じ場所で撮影した映画ってどういう風に撮影したのだろうかーなどと思った。エアーズ夫人は人生の中盤まで超ゴージャスだったのに、人生が晩年に入ると凄まじい荒廃に身を落としていったんだな。自分の財産が維持できないのなら破産して清算後、働いてこじんまり暮らせばいいのにと短絡的に考えてしまうんですけれど領主様の妻で、かつては人を雇う側。それも大勢の使用人を束ねて豪華な館を運営していく自宅の中でレースの手袋に宝石のついた指輪を何個もはめて、盛装して座っているって、すごい時代だな。家はリラックスして自堕落に過ごす場所ではなく、上流階級の夫人として君臨するために自分を研ぎ澄ますための場所というのをエアーズ夫人から感じました。それが没落していくにつれて、衣装やアクセサリーも売りに出してしまったけれど、残された、使い古しとはいえどスーパー高級品を大事に身に着けて、今自分ができる最大限の身嗜みで常に家にいる。言葉遣いは昔のまま。浮世離れした貴婦人という迫力をめちゃくちゃ感じました。一方キャロラインの方はもう少し現在の状況に適応しているようにも見えました。おそらく、「貴婦人」の母、という性質は誰にも変えることはできないと思い、母が生きているうちはハンドレッズ領主館に留まろうと思っているものの、死去したら館を出ようと決めていたのだろうな。この本でめちゃくちゃ真に迫って思えたのが、ファラデー医師からプロポーズされた時に「あなたは私のことが好きなのではなく、この館で領主様と奥方様という立場となりたいだけだわ」というようなセリフをキャロラインが言ったこと。館を脱出して自活するというキャロラインの意思とそれをくじこうとするファラデー医師の思惑がぶつかり合った結果の最終局面。幽霊否定派ファラデー先生は館で起こる怪奇現象を全て心の病気のせいだと滅茶苦茶断定していたのに悪意を感じる。エアーズ家自体が前時代の亡霊みたいなのだもの。幽霊を否定するのはエアーズ家自体を否定するようにも思える幽霊が出ると訴える患者を頭から否定することで混乱させて、精神病の進行を速めた感じ。ロデリックが今日これから幽霊出るぞー、と言った時、絶対に出ないのを私が泊まり込みで証明する!っつってロデリックの部屋でファラデー先生が夜明かししてほしかったな。エアーズ家だけを狙った幽霊なら、霊障は出ないかもしれないけど。「リトルストレンジャー」に該当するのはメイドのベティだけベティ犯人説が有力みたいですけど。これだけ色んなことを全てベティがやったらすごいよな。温厚で人懐っこい犬をけしかけて子供の顔を食いちぎらせるってどうやってやったんだ!?家に火をつけたのもベティ!?それは無理では?しかし、この恐ろしい館にずっと居続けたのが逆に怪しいかもしれない。通常の精神状態なら火事が起きた時に辞職して家に帰るのでは?ロデリックが入院した費用を払うために、電気を使えなくなって蝋燭の火だけでこの広大な夜の館を動き回らなきゃいけなくなった時ですら、ベティはメイドを続けていたけどイタズラが調子出てきたから館に留まって、もっとやってやろうと思ったとか?領主だけが知っているような前時代の装置、子供部屋から地下の厨房に繋がっているマイクに異常が出たのはベティのイラズラレパートリーには入れられないとも思いますけれどジャンル分けが難しい本だと言ってますが、私は「ホラー」だと思いました。説明のつかないことが沢山起こってますから。ミステリーだったらタネ明かししてほしかったな。最近、理由がわからない、読んだ人によって解釈が違う、という本も少しは楽しめるようになってきました。
2023.01.14
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「ゲド戦記」アーシュラ・K.ル=グウィン]闇の左手がめちゃくちゃ面白かったけど難解だったので、何か理解できる手立てはないものかーと思い、もう少し理解できそうなゲド戦記を読んでみました。これだったら理解できるーそして面白いーなんとなくスターウォーズっぽいものを感じました。フォースとは善ではなく、善と悪のバランスの中に在る力であり、ジェダイはそのバランスを取る者ゲド戦記で言う魔法とは善悪そのものではなく、いにしえの言葉でそのものの本当の名前を呼びかけることであり、呼びかけることで世界のバランスを少し変えることだけど、バランスを変えた結果の報いを受けることになる。善と悪、光と闇のバランスについて語られているけれど、闇を語る割合の方が圧倒的に多くて、闇は何か恐ろしいけど強大でどこにでも存在していて、光よりもむしろ人間と密接に関係しているものだけど、その姿がどのようなものなのかは直接には語られない。恐れれば恐れる程力は強くなる。でも闇が何なのか見極められれば、闇の方から自分から遠のいていこうとする。追いかけると逃げてしまう。自分が光になると、闇とは接することはできない、というのがなんか面白かった。映画のゲド戦記ってこういう話だったか?ハイタカが大魔法使いになるのは、もともと素質があったからなのだろうか。強い素質があって、強力な魔法を使えたから、傲慢さが大きく影響したように思えました。小さな力しか持っていない者はたとえ心が多少傲慢であっても、その傲慢さに脅かされるような結果をもたらせない。ハイタカが傲慢さ故に影を解き放ってしまったというのも、影を呼び出すことのできる力がそもそもないと解き放つこともできなかっただろうし。もともと素質のある人が精神的な鍛練と冒険で成長していくという話なのかな。よわっちい人間が努力で力を得ていくという話に共感するタイプなので、なんだーもともと天才なのかーという残念さがある。2巻のこわれた腕環まで読了。闇の巫女の生き方とそれにかかわるハイタカのやりとりがめちゃくちゃ面白かった。神殿の地下には迷宮があって、明かりをともしてはいけない闇の迷路の中に宝物庫がある。でもそこには名の無い闇の住人がすんでいて、大巫女以外のものが足を踏み入れると怒りを買って二度と迷宮から出られなくなる。この闇の住人が何なのか最後までわからないところがサイコーだった。何かよくわからないものを恐れて敬う大巫女のアルハと、闇の住人のことなど恐れなくなった巫女のコシル。闇を恐れない者は既に闇に食い尽くされているというのも面白い。闇と同化しているせいなのか。闇の怒りの章で何が起こるのか超楽しみにしていた割に、結構サラっと終わってしまったのが拍子抜けでした。闇の住人の怒りのせいで迷宮から出られなくなるかと思いきや、ハイタカの地震封じの魔法のおかげで無傷脱出。脱出した瞬間に迷宮は崩れてしまうも、地震を鎮める魔法で姿を見せるはずだった底なし地獄もアッサリ閉じて普通の地面に戻ってしまう。底なし地獄をのぞき込むシーンが読みたかったよ。落ちていったアナンはどうなったのか。永遠に落ち続けるのか。どこかに着地したのか。そしてアナンが光の住人だったのかも分からないところが恐ろしい。ハイタカに似た存在ということは善の心のある人だとは思うけど、ハイタカのことを底なし地獄に陥れようとスタンバイしていたのは悪人ぽかったし。ずっと神殿で暮らすうちに徐々に闇に喰らわれていったのかもしれないな。これで闇の者への信仰は徐々に薄らいで行ってしまうんだろうな。恐れて敬われているうちには、闇は強い力を持ち続けるけれど、それを顧みる人がいなくなったら闇は力を失っていく。膨大な財宝を地下迷宮に抱えたまま、闇の住人は人間は誰も入れなくなった迷宮でひっそり生き続けるんだろうな。神ではない存在というのが何とも恐ろしいなーいつかまた迷宮への道が開くのだろうか。何かが住み着いている恐ろしい土地、かつては栄えたけれど今は失われたという。光:闇が2:8くらいの割合で語られている割に、闇は最期に力を完全に失う感じのストーリー展開だ。光がより強烈なのかな。
2023.01.04
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聖徳太子(2) 聖徳太子(2)【電子書籍】[ 池田理代子 ]ひえー最近山岸凉子の日出処の天子の完全版を購入したところで、この漫画の存在を知り、読んでみました。二つの漫画を交互に読んでみると面白さ倍増。パラレルワールドみたいだ。両親から愛された厩戸王子はこんな素直な可愛い子になるのか…!そして絵がとにかく上手だ。イケメンパラダイス。凉子さまの厩戸王子が、疫病が蔓延して民の死骸が河原に溢れているのを薄ら笑いを浮かべながら見下ろしているのに対し、理代子さまの厩戸皇子は民の遺体の処理を雑にしようとする役人に「もっと丁寧に扱ってほしい」と提言する。理代子さまがわざと比較するように制作してるのが、ありありとわかりますね。そしてそれを見比べながら読むのが死ぬほど面白いです。聖なる徳に溢れた太子なのだから、理代子版が本当なのだろうな。しかし、毛人の存在が全く別なものになっているのに驚き初恋の優柔不断男vs自分の子孫を根絶やしにする厄災凉子版毛人が自分の息子と結託して、皇子の子孫を死に追いやるのもなんか燃えるな!両方とも共通しているのは、聖徳太子が自分の持てる能力を最大限発揮して法律を新たに作って、仏法を普及して倫理観を根本的に変えたり、仏教芸術を広めて文化度を上げたり、世の中のために尽くしても、聖徳太子自身の財産になるようなものは何もなかった、という考え方。自分の使命に奔走するあまり、自分自身を顧みることがあまりなかった愛情深く多くの人間と接するあまり、最も近くにいる家族に割く愛情が少なくなってしまった理代子さまの漫画の悲劇は潔癖で美しく、崇高な使命のための自己犠牲という感じで安心して読めた上に涙も流せてデトックスになるな。凉子さまの悲劇はその人の持つ最も暗い欲望をかなえようとした結果の大惨事。目を覆いたくなるような醜さがある。感情移入もできなければ感動もできない。ただ茫然とことの成り行きを見守り、袋小路に追い詰められる人間を見つめていることしかできないの。凉子さまの漫画の没入感はものすごいものがあるな。二つの漫画を見比べてみると画力が天と地ほどの差があり、凉子さまの絵、気合入ってるところとどうでも良い所の差が激しい。背景とかさっと描いたような細くて薄い線なのだが、それでも没入感はけた違いだった。聖徳太子に関する同人誌と学習漫画くらいの差があった。どっちも好きだ。二つの漫画を並べていつも読んでいたい。
2022.12.10
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幼年期の終わり (光文社古典新訳文庫) [ アーサー・チャールズ・クラーク ]そろそろハインラインとは別のSF作家の本を読もうと思って、手に取ってみました。めちゃ面白かったー!オーヴァーロードに支配されたぬるま湯世界でのんびり暮らしたいよー!!資本主義を廃止して人類が完全に平等になったら、生産能力を全て平等に分配して、日用品とか食物は十分全人類に行き渡らせることくらいできるよな。配給されるものを食べたり使ったりして生活すれば何不自由なく、働くこともなく過ごせそう。急いで社会に出る必要がなくなったので、30代まで大学で好きなことを勉強するのが一般的になる。そういうの羨ましいなー18歳で専攻決めるとか無理があるものーその反面、芸術が全然育たないという弊害が発生する。社会問題があるからこそ芸術家が新しい倫理観を持ってセンセーショナルな作品を生み出すわけだから、そもそも社会問題がなくなると芸術が生まれなくなるというのは一理ある気がするなーしかし、のんびり好きなことを探求できるのであれば唯美的な、ずっと眺めていたくなるような夢幻世界の美しい幻みたいなのを作りたいと思う人は増えそう。オーヴァーロードと人間の関係が面白かった。人間は争いを好む幼稚な種族だけど、創造性と根気に富んでいる。オーヴァーロードは成熟した精神をもつ強靭な生物だけど、創造力がない。オーヴァーロードの住んでいるところは、創造性とか芸術みたいなものがないので、とにかく合理的な都市で生活しているのだろうな。遊びのない合理的なだけの空間と思考で生きるって、おそらく人間にとっては全然魅力のない世界なのだろうな。オーヴァーロードは人間がどのように成長していくか支配しながら見守っていますけど、最終的に人間が一段進化したら、もう用済みの存在だし、人間よりも能力に劣る生物に一気にランクダウンしていくのね。テレパシーとか精神感応が使えるようになると、人間は個々の存在ではなくなり、同じものを考える全体として生きることになるのだろうか。その時肉体も消失して宇宙に浮かぶ思念みたいなものになってしまうのだろうか。人間が個を捨てて全体としての思念になったとして、それをオーヴァーマインドはどのように使っていくのだろう。オーヴァーマインドが宇宙を支配しようと思っていても、同じ思念となった人間がその支配を拒もうとしたらどうなるのだろう。恐らく相いれない存在同士なのではないかな。思念同士でケンカしたらどういうことになるのだろう。テレパスを持った人間がオーヴァーロードの存在を予知して、悪魔として恐れたというのも面白かったな。想像上の存在ではなく、予知で実在の存在を知っていた。でも、それが安寧をもたらす神ではなく、何か恐ろしい人間を地獄に引きずり込む悪として感知したのはなぜだろう~悪魔の方が人間にとって本当は必要な存在だということなのーキリスト教への反骨精神を感じた。
2022.12.10
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訪問者 [ 萩尾望都 ]トーマの心臓のオスカーって、こんな少年時代だったの!?あまりにもビックリして訪問者を読んだあと、トーマの心臓を再読した。飄々とした大人びた態度の美少年、というイメージが強かったオスカー。オスカーは父親のことが大好きなのに、父親の方ではオスカーと一緒にいることができない。オスカーが父親と一緒にいようとすればするほど、父親はやつれて見すぼらしく、汚くなっていく。初めて会う人の目に、異常な人間と写るほどやつれ果てていく。少年という年代もキツイ。働いてお金を稼ぐことができない以前に自分の人生を自分で選択することもできない。この父親にとって、守らなければならない存在というのは相当の重荷だったのだろうな。この時代に女性の妻に働かせて、自分は大した稼ぎもないという生活ができたのは逆にすごいぞ。家にいることを許して欲しいと望んでいるオスカーだけど、父親から見ると、オスカーの存在こと、自分を断罪する神であるのが、もう…壮絶過ぎて何も言えなくなる。自分を断罪する神と一緒にいられるわけがないもの。父に「もう許してくれ」と言われたら、許すしかないよな。しかも許す=別れで、それがどうしても止められない父が母を殺すのを目の当たりにし父が精神的にどんどん追い詰められていって弱り果てていくのを見て他人の悪意も見てそれで入学したギムナジウムはさぞかし甘ったるい空間だったのだろうな。貧しさの極限と耐えられるギリギリの精神的な状況を味わったから、許容範囲がめちゃくちゃ広そうだな。多少のことでは動じない。その経験が優雅さにつながったのだろうかだから同じように「許されたい」と願っているユリスモールに惹かれたのだろうか。オスカーから見たら甘ったるいお坊ちゃんだろうけど、凛と立つ姿に自分とは違う自分自身の律し方を見たのかもしれないな。ヘビーなマンガ多いな…
2022.11.02
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悪徳なんかこわくない 上【電子書籍】[ ロバート・A・ハインライン ]男として経済的に大成功した人が90歳を超えて老衰で死ぬ間際に、自分の脳を若くて美しい女性に移植してもう一度女として人生を再出発する。女として生きるリスクを全く回避する必要なし、リスク全取りでやってみたいことをやる人生ってどういう風な生き方になるんだろうと楽しみにしていました。上巻は金持ち男性が突如、脳は自分・体は若い女になった場合の法律的な立場について語っていたら終わった。体は他人のものになったとしても、自分はヨハン・スミスでいられるのか。その場合、莫大な財産はヨハンのものになるけれど。はたから見ると、頭のおかしな女性が自分は金持ちの老人だと言い張り、財産を横取りしようとしているように見える。ストーリーにリアリティをもたせるには必ず必要な話だとは思うのだが、読みたいのはそこではない感。そして、老人になったハインラインは老大作家として若いネーチャンにちやほやされたかったという願望が現れているのか、ネーチャンと老人との間の会話が超キモい。恐らく未来の人種なのだから自分の権利は最大化されていて、見た目や年齢に捕らわれず、相手の良いところをそのまま評価できるほど人間として成熟しているから、年の離れたカップルなんか普通だしむしろ、年齢を気にして若い人と恋人同士になれないと思っている老齢の人間の方が考え方古いという世界なのだろうけれどそれにしてもキモいなー。会話にいちいち「私の可愛いいらずらオールドボーイ」とか「ディア・ダーリン」とか入れるか!?元上位と秘書の間柄で!?70歳超えの弁護士ジェイクとの間に熱烈な愛人関係があったというのも信じられん。魅力的な人は魅力的なのだろうけど、70歳超えの上司の頭のニオイに吐きそうになりながら仕事しているから、「ジェイクのキスはすごいのよ」というセリフに口の中が酸っぱくなった。これはノれないかもしれないなー頭はヨハン・スミスなのに、20歳年下の仕事仲間との間に子供をもうけようとしているのか!?今のところ、ヨガをしながら可愛い看護師の女性をたぶらかし、元仕事仲間をくどき、だけど決定的なことはしていないという感じか。下巻もがんばって読むか…
2022.11.02
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愛に時間を 3【電子書籍】[ ロバート・A・ハインライン ]ラザルス・ロングは4,000千年生きて人生に飽き飽きしたけど、まだやったことのないことをやりに過去へタイムスリップした、とあらすじに書いてありましたけれども、そのやりたかったことって母親との性交だったの!?という驚き。医学技術が進歩して、障害児が生まれる遺伝子を全て排除することができるようになったら近親 相姦を禁止する必要はなくなる。それを禁止するのは単なる慣習だ、というのは驚きの理論ですけれどもハインラインの未来は個人の権利が最大化されている世界ですから、当然性交には双方の熱烈な同意があって初めて実行されるもの、という前提があって、近親 相姦やりたい人間が二人いて、熱烈な同意があり、障害児が生まれる可能性もゼロ、肉体や精神が傷つく可能性もゼロなのだからするのは自由という考え。うーん。やりたいなら、どうぞ、私はしないけど、という感じだ。わざわざどういうことをやりたがるって、王族とか、尊い人たちの間だけな気もします。それか、作中に出てきた別の惑星に移民して新しい生活を始めるも、周りに人間がおらず、自分の家族の中で新しい家族を作らなければいけないという状況とか、特殊でそれ以外に選択肢がない場合のみに考えられる事柄だと思えます。最大のタブーがタブーじゃなくなる条件みたいな思考実験は面白かったな。このタブーを破ったら、もう他に何のタブーもなくなって、人生飽き飽き状態に戻った挙句、自分は罪深いことをしてしまった、という後悔に苛まれる気がするけどな。ラザルスはずっと自分の子孫とは交わらないという考え方だったのに。孫の孫みたいな女性から言い寄られても、子孫とはできないと跳ねのけるシーン多かったぞ。それが、医学的に問題がないと知るや、自分とほぼ同じ細胞で作った双生児の双子との間に子供を設けたり、挙句の果てには母親と寝たり、考えられるタブーを全て破ってしまった。でも、母親には真実は告げなかったよね!?私はあなたの息子ですとは言わなかったのはズルイ!しかしこの本からは常に新しい気持ちで人生を生きていくにはどうすればよいか、というのは学べました。やったことのないことに挑戦するというのが一番だけど挑戦するためには、今まで獲得したものを全て捨てて行く覚悟が必要ということ。長い人生を生きるにはかなりの蓄財が必要だと思いますけど、どんなにお金貯めてもお金の価値自体がゼロになることもしばしばあるから、財産に縛られず、常にゼロから始める覚悟を持て、というのが難しそうだなーと思いました。そして、ラザルスは若返り術を受けられるから、若い体で再出発できるけど、それが使えず老年になって貯金ゼロからスタート切れって言われたらもうムリーとなりそう。人生が無限にあったら、いろんな職業に挑戦してみたい気もするなーちょいちょい仕事して、お金が溜まったら色んな専門学校行ってみたいなーラザルスが料理したり洋服を仕立てたり鍛冶までやったりするのはかっこい良いと思った。そのくらいだったら私も挑戦できそうだな。何も、今の生活を全て捨てて、未開の地を開拓しに行く必要はないしな。毎日会社で息をひそめて、いかにトラブルなくやり過ごせるかだけを考えて生きているんだけどやり過ごすことを主眼にしてしまうと、日々の無意味さがバカバカしいとしか感じられないな。会社の仕事のやりがいというのは、なんかまやかしなんだよな。申込書を右から左へ流すことに意味なんかない。それを毎日就業時間いっぱいに作業することがあるから、忙しく8時間を過ごしたから充実していたと錯覚しているだけで、行為に意味なんかないんだよな。やって意味があることとは?農業とか?と突き詰めていくと意味のある事を私がすることはないのだろうなーという結論に行ってしまう。この無意味な人生の中で一番必要としていることは銭を稼ぐことなので、合理的に稼げる会社員をやっていくのが最も有意義だということもわかっている。毎日が退屈で無意味と思うのは、問題がないから。ラザルスから一番嫌われるタイプの人間だわーせめて料理をスキルアップしていこうかな。生きる上で食事は一番必要なことだから。無限の生を手にした人間がいかに大胆に振舞うか、というのを楽しく読んだけど、自分が無限の生を持っていないから同じようには振舞えないと思ってしまう。それじゃあ、もうすぐ老衰で死にそうな男性が、若い女性として生き返ったらどういうふるまいをするのか「悪徳なんかこわくない」を次に読み始めているけど、ある程度金がないと人生って楽しめないものなんじゃないか、と思い始めている。
2022.10.30
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ウは宇宙船のウ [ 萩尾望都 ]レイ・ブラットベリを読んでから読もうかなーと思っていましたが、辛抱きかずに読んでしまいました。ブラッドベリってこういう感じか。やりきれなしどうしようもないことを切なく書くという感じ。ウは宇宙船のウクリスとレイフの友情関係の中にただよう空気がなんとも切なかった…家族や生活基盤があるクリスとないレイフ。天真爛漫でわがままなクリスと大人びて何かを諦めたことのある空気を漂わせるレイフ。多分、宇宙飛行士としての素質はレイフの方があるんだろうなー幼年期に多大な苦労を経験済の人は、ものすごーく卑屈で他人にも同じ苦労を味わわせてやりたいと思うタイプかかなり超然として以前体験した苦労に比べればどうってことない、むしろ今のこの境遇が幸せに思える、というタイプのどちらかのように思えます。レイフは超然タイプなので、時分より素質の劣るクリスが宇宙飛行士訓練生に選ばれたとしても、喜ぶし応援するのだろうな。クリスは訓練生になっただけだから、もしかしたら、宇宙飛行士になれずに戻ってくるかもしれないな。それも含めてレイフは受け入れたのだろうな。ぼくの地下室へおいでこれで終わりかー!と思いましたが、きっと地下室への階段に踏み込んだが最後、もう自我をうしなうのでしょうから、主人公の人格としての記憶はこういう風に唐突に終わるのだろうなー霧笛切ない恐竜SF。もし、人間が絶滅してしまって仕方なく地下深くに一人避難してずっと暮らしていたとして、地上から人間ぽい呼びかける声が小さーく聞こえてきたら、それが何なのか確かめに行きたくなるだろうなー少しずつ地上の方へ登っていかないと気圧の変化に耐えられないから、ゆっくりゆっくり、はやる気持ちを抑えてようやく登ったと思ったら、そこには人間ではなく謎のサイレンがずっとなってただけだったと思ったら辛すぎてサイレン出す装置壊すだろうなー恐竜が毎年、灯台を見に来るのだったら、来るたびに失望して海に戻るも、またサイレンの音が聞こえるともしかしたら昔の仲間かもしれないと希望を持ってしまうのだろうな。宇宙船乗組員奥様の繊細な心の動きとかすごくドラマチックで物語としては素敵なのだか…そもそもなんでこんなに価値観が合わない人間同士が結婚するのかがわからん。結婚したあとにスペースマンに転職したのか。子供が生まれた後にスペースマンになりたくなって家を長くあけるようになった、という事情だったら旦那無責任じゃない?
2022.10.20
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愛に時間を 2【電子書籍】[ ロバート・A・ハインライン ]スターウォーズ見てた時に、どうしてこんなに文明が進んだ未来にあって、ジャングル暮らしをしたり砂漠で焚火したりするのだろうか、と思っていましたが、その理由がなんとなく分かってきました。母星が人口過多になってしまって、ほかの惑星に移住した場合、その惑星は未開の地なので、西部開拓時代に逆戻りすることになるのね。すごいなー寿命が4000年超える超金持ちで、どんなにケガしても、病気になっても、絶対に病院で治せる、自分の見た目も若返り病院で老け顔にも童顔にもどちらにもデザイン可能、というチートがあったら、未開の惑星に移住しようと思うのかしら。相当飽き飽きしていないとそうはしないように思いました。開拓民になる素質解説が非常に面白かったです。アメリカ人はこうして海を渡ってアメリカ大陸にたどり着いたのかしらー日本が税金高くて居心地悪いから海外に移住、というレベルが既に達成できない私にとっては、理屈は理解できるけど、それを自分の人生に反映させるのは絶対ムリーと思いました。高知能で好色という素質。一つの判断で命を落とすかもしれないと言うときに、大胆に決断できたうえに運を天に任せられる。そして、子供を作りまくる。子供を1ダース、というのが本当にすごいな。ラザルスが植民地を出て新しい住処を獲得するために冒険に出る時、妻の妊娠を確認してから行くというのが{?}と思いました。新しい住処が見つかって、そこが充実してきてから子供をつくるのでは遅いのかしら。妊婦が未開の荒地を一日何キロも歩けるものなのだろうか。切迫早産しそうじゃない?人手確保、それも信頼できる人間=子供をつくりまくる、という考えなのね。そして、とにかく子供がたくさんいることが大事なので、一妻一夫という観念に縛られない。縛られないからこそ開拓民として成功できる、という考え方も?でした。そうなのかーこれはもう検証しようがないけどねー後から合流してきた割と信頼できる開拓仲間となりそうな家族が到着したとき、夫婦がスワップ的に交わっても何とも思わない、むしろいろんな血が混ざったほうが、生まれた子供が開拓地で次の子供をなした時、障害児が生まれる可能性が低くなる。たしかに開拓民3世とか、下手したらかなり近親の中で配合せざるを得なくなりそうだな。そして、学校があるわけでもなく、ただその日を生きるための知恵だけを身に着ける開拓地生まれの子供の道徳観はきっと親とも違うものになるんだろうな。親はある程度、地球で教養やら常識やらを積んで、娯楽に飽き飽きしてから別惑星に飛び出していますけど、別惑星で新たに生まれた子供は地球がどういうもので、他の人間が沢山いる文明化された社会をまったく知らないわけですものね。選んでやってきた人と、生まれた時にすでにこの環境だった人の違いってすごいんじゃないのか家族であっても価値観の違いに悩みそうだな。そしてとうとうミネルヴァが人間になった。最強の人間なんだろうな。計算式さえ思い付けば、絶対に間違わずに瞬時に計算でき、なんでも論理的に考えられる。しかし合理的な人間というのはどうなんだろう。何か創造するのが人間のような気もする。絵を描く高性能AIがぞくぞく登場していますけど、その創造性と合理的・論理的考え方を使い分けることができれば人間として最強になりそうだな。何かを無駄遣いしたり怠惰に陥ったりはしないだろうし。人生のテーマを決めて、その達成のために創造・合理・論理を使えばかなりのクオリティで物事を達成できそうだ。メカじゃなくて有機物にだって・・・ラザルスの双子も。ものの考え方はラザルスっぽくないというか・・・知能が高く好色なのだろうけど。3巻目がどういう風になっていくのか楽しみだ。ちょっと読み疲れてきた感じもするけどー
2022.10.20
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愛に時間を 1【電子書籍】[ ロバート・A・ハインライン ]未来史シリーズを読んで、ラザルズ・ロングの半生が気になり、読んでみました。4000年の時を生きるラザルスが、長生きだから、という理由で死の床から無理やり救出させられ、生きていた中でどういう経験をしたのか語らされる、というのが1巻目。過去のことを話し出したラザルスでしたけど個人の自由と権利が幅を利かせるあまり、セクハラ・パワハラが完全消滅した漂白された未来に突然、昭和のエロ・グロ・ナンセンスが到来して下ネタを話しまくるジジイが現れた感じがしてウワっと思いました。殺菌消毒済の水しか飲んだことが無い人に向かって、昔は井戸水をそのまま飲んでたんだ、というような。なんかラザルスの存在を結核菌みたいに思ってしまった。清潔になりすぎて結核にかかる人が全くいなくなり、結核菌自体が絶滅していたと思われていた時に、突然今にも死にそうな生きてる結核菌が現れたら、今後の人類のために是が非でも生かし続けなければならない。大事にシャーレに保管。ただ存在しているだけで大いなる価値のある結核菌ですが、存在理由はただ実験に使うためで、一緒に生きるためではない。とても価値のある人物だが、結核菌のように有害なので、共に生きることはできない。完全に殺菌された無菌室で、全身消毒したばっかりの看護人が部屋に入って来た時、「女性の看護人には体のラインがハッキリとわかるようなドレスを着せて、殺菌はせず、体臭がわかるようにしろ」と要望を出した時に、こんなセクハラ男は木賃宿で見殺しにすればよかったんだ、と気分が悪くなりました。どころが、下ネタを堂々と話すということは、その下ネタを罪深いと思っているからこそ、わざと大胆な態度をとっているだけで、性に対する欲望を隠そうとしていることの現れだったのかも、と思い直しました。未来を生きるラザルスの子孫たちはそもそもセクシャルな事柄に関するモラルがまったくなくなっているから、彼の要望になんら気分を害したりせずに応じられるし、むしろラザルスが知ったら驚くほど人権に関する観念がオープン。患者のプライバシーよりも、患者の身体の状況を知っておくことの方が職業上重要なため、ラザルスのトイレの個室にも付いていくし、マスター ベーションしているところもずっと監視。おそらくこの子孫たちは、自分が患者となった時にこれをやられる側になっても平気なんだろうな。ラザルスの4000年生きてもまだ自分が体験していない新しいことがあったら何か探してくれ、という問いに、ラザルスの女性クローンを作ってそれに脳を移植して女性としていきてみる、という答えを出し、ラザルスが却下したにも関わらず、いつでも移植手術のできる女性クローンを育てておくためにラザルスの許可なくラザルスのクローン女性を妊娠して黙っている子孫たちには驚きました。妊娠すること=誇らしくて悦びに満ちているという考え方を彼女たちが持っていることも驚き。ラザルスの女クローンを生んだ後、どれくらい彼女にかかわるか、というのは想定されていない感じだった。母娘関係を維持していこうとか、その中の問題などは一切考えず、ファミリーに預けて自分は自分の人生を楽しむ。大金持ちのファミリーの一員で経済的に困ることは絶対にない、いつでも若返り可能で体になにか傷が残るようなことがあってもクローンから皮膚や内臓はいくらでも移植できるという状況なら、何でも楽しめるのだろうか。家族のきずなは強くても、家族とは別々に暮らして自分の幸福をとことんまで追求するのがハワードファミリーって感じだから、子育て義務がそんなに強くなさそう。でも困ったことがあったら、他のファミリーが手助けしてくれそう。こういう家族関係は羨ましいかもなー割と簡単に結婚して、割と簡単に離縁するものな。寿命が長い分、結婚は当然何回かするもの、という考え。そして、ラザルスくらい長生きになると、金銭への欲求とか文明的に暮らすことへの欲求もなくなるのか紙幣なんかいつまで価値が続くかわからないものだから、長く持っていても仕方がない。金を持っていてもインフレとか経済危機で価値がゼロになったり、何度も破産したりそして常に新しいものを求めると、未開の惑星へ移民してそこでジャングル暮らしから西部開拓時代のような暮らしをして、定期的に野蛮人に逆戻りする。野蛮生活の中で遭難したり、飢餓を体験したり。ものをたくさんもっていても、お金を持っていても、大して意味がないという。方丈記っぽい考え方が延々とくりかえされていた。こういう境地までたどり着きたいけど、彼らはいつでも若返り可能だからバイタリティが湧いてくるんだろうな。日本の生活に飽き飽きしたから海外へ出ようくらいの気持ちになれるバイタリティが欲しかったなーそれは今でも可能な気がするけど・・・でもそれも限界は40代くらいまでだろうな。50過ぎてある程度蓄財できてたら、守りの態勢に入りそう。今も大して攻めてないけど。
2022.10.16
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11月のギムナジウム [ 萩尾望都 ]生き別れた双子の片割れと突然出会う短編集。そういう設定流行ってたの…!?12歳とか17歳とかで、どうしようもできない理不尽な出来事を動揺したり傷ついたりしながらも受け入れるしかないという心構えになれるのがすごいな。この中で作業中に聞き流していた、きたがわ翔のyoutubeで聞いた、萩尾望都は雑誌の母の日企画で他の漫画家たちが家庭のほのぼのした親子の話を描く中で、少年が母親を自宅の2階から突き落とす話を描いて注目をかっさらった、という「かわいそうなママ」が収録されていて、これかぁー!と思った。萩尾望都だけの文庫本で読むと、こういう話得意だよなーと思って案外すぐに納得してしまうけど少女漫画のうるさいくらいの幸せをまき散らす他の漫画家たちの作品の中に、この暗くて深い井戸みたいな作品が混ざっていたら、当時は凄まじい反響があったのだろうなと想像した。子供のセリフがおそろしすぎる。「いつだってママの手はとても冷たかったんだよ。もうずっとまえから ママは死んでしまっていたのかな」「死んでしまったひとのことを考えるってそんなに悲しい…?生きているうちに考えられないの?」心が揺さぶられ過ぎたー。死んでしまっては何にもならない、生きていなけりゃ。という考え方がまったくできないくらいからっぽの抜けがらになってしまったママと過ごすのはつらかったろうな。何をやってもがらんどうのママの瞳には何も響かない。その様子をずっとみていた近所のおじさんまでも、小さな息子が母親を二回から突き落としたところを見て、あの母親の不幸は終わったんだと安堵してしまう。死によって、マイナスがゼロになったことをママを取り巻く人たちは喜んだのだろうな。メランコリィ、というか。萩尾望都作画だとなんでも美しくて安心する。母親が重度のうつ病だけど、小金持ちなのでお手伝いさんを雇えるから家の中は常に整頓されて、おいしい料理も出て来る。萩尾望都作画だからどんなに鬱でも毎日完璧なヘアセットでドレスを着たママが窓辺にたたずむ。これが最近だと鬱描写がとにかくリアルで家の中のちらかりとか、風呂に入らないことによる悪臭とか陰惨さがケタ違いだっピハインラインの世界だったら電気ショック療法で精神を再調整されてたぞママ。年相応のなまいきな少年少女が、理不尽でどうしようもないことに直面して達観した瞳になる。これが大人になると言うことなのか…!?大人の条件→理不尽に動揺しない。あーむり。永遠に子供~
2022.10.07
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人形つかい (ハヤカワ文庫) [ ロバート・A.ハインライン ]このくらいポップな感じのストーリーだと読みやすい…1頁目からイキナリ本題。ナメクジみたいな宇宙人に背中に乗られると思考を支配されて操り人形のようにナメクジに支配されてしまう。ナメクジに支配されている人間が幸福そうに見えるところが恐ろしいな。支配されることを物凄く嫌がっている割に、いざ支配されたら不安が一切なくなり幸せそうな状態になる。不安とか雑音が一切なくなった状態っていうのを体験してみたいな。いっつも時間に追われ、疲れた体を休めるか、疲れたまま振り絞って好きなことをやるかの2択を一瞬で決めないとどちらにも転べなくなる。そして大抵はどちらにも転べずにスマホいじってたらAM1:00。翌朝はAM6:00に起床しないといけない。そんな毎日。私の背中にナメクジが乗っかってくれることを祈ってしまった。でも折角乗られるんだったら私の才能をバキバキに開花させて、それを100%使って欲しいですナメクジ様。どんな訳の分からない、くだらない才能でもいいから、一番性に合った職業を無我夢中でこなしている自分の姿を客観的に見ていたい。そしてSFが何なのか全く分からない時に見たトム・クルーズ主演の宇宙戦争で、地球を侵略しにきた超強い宇宙人が地球のバクテリアに殺されたというオチにえ!?チャンバラとか爆発ではなく、バクテリア!?と思ったけど、SFをなんとなくかじってからは、なんか生物学的な何かでサイエンス・フィクションやってるなーと思えるようになった。ナメクジも謎の病に死んでいった。生物学的な何かを感じた。
2022.10.07
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動乱2100 未来史3【電子書籍】[ ロバート・A・ハインライン ]前に読んだ「宇宙の戦士」は民主主義が敗北した世界が舞台でしたが、どうやって民主主義が負けたのかが描かれていたのかな。そして民主主義を復活させたところまでを描いた感じか。精神力学という謎の学問が普及するにつれて独裁政権が誕生するに至った。人間の思考が脳内の電波によって行われるのなら、うまいこと電気信号を流して自分が考えていることだと思い込ませて、都合の良いことを考えさせることもできるようになるのだろうか。テレビとか公衆がみている画面で催眠術みたいなことをして集団を操るとか。こんな怪しげな宗教によってアメリカが支配されてしまうことはあるのだろうかーと思っていましたが、開拓時代とか案外、反知性主義みたいな集団があったと前に本で読んだことがあった。キリスト教徒が教会に集まって神の奇跡による恍惚状態に入ることが唯一の娯楽みたいな。そういう民族性があるから、集団催眠による独裁政治が始まってしまったのか…?神を妄信する人たちは、神の近くに立っていて直接神に縋れる立場だと自称する指導者の創作を信じる人たちなのだろうか。しかし一度は反知性主義みたいなことをやっても、そこから早々に醒めて行く人たちが多いのかも。国民の60%以上が妄信して思考停止状態になっている中で、残りの40%はそれに疑問を感じているか反発しているというのがなんだかリアルな数字だ。一旦は預言者を倒して自由を取り戻したエンディングになりましたけど、結局また大衆はまたしても何かに縋りつきたくなるというのを上手に利用したのが「誓約」なのだろうか。より強力な催眠。神の啓示から民衆たちの知恵みたいなものを妄信するものなのだろうか。市民としての義務と権利みたいなものか?しかしアメリカ人が一番好きそうな「正義」がそこから除外されるのが、アメリカ人だから考え付くことのように思えた。ある程度社会主義的に、富を全社会で分配し、社会がよりよくなるために自分の能力を発揮して、他人の能力の恩恵にあたり、他人に損害を与えないことを求める。そこに正義が介入しなければ、単に他人に損害を与えないことだけが優先されるので道徳観念みたいなのがなくなってしまうように思えるのだが、それはいいのだろうか。困っている人がいたら助けるとか、配慮に欠けた言動をたしなめるとか、そういうのは誓約には記載されていない。だから侮辱的なことを言われた時に他人を殴ったデイヴは疎外地行きになってしまった。おそらくハインラインは何が「正義」なのか判断できるようになるためには、軍人教育が必要と思っているんだろうな。社会全体の福祉みたいなことを自分個人よりも優先的に考えられるというのが正義で、その正義の感覚を持っている人にだけ市民権は与えられるべきだ、という。自分のことを社会よりも優先する人たちはみんな精神病院で脳に電気ショックを与えるべき無害な羊の群れみたいな人間は社会の中を泳がされ一握りの自分で判断できる人は軍人となって最前線へ行くか、技術者となって宇宙の果へ冒険にいく。この3パターンの人間しか出てこない気がする。
2022.10.07
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ハインラインをかじったため、SF基礎がなんとなくできたからか、萩尾望都SFシリーズを楽しく読めるようになった。感激した!ありがとうハインライン!ありがとう、としお!11人いる! [ 萩尾望都 ]SFの世界観の作り込みがいかにすごいかがようやく理解できるようになったんですけど、やっぱり気持ちが行くのはフロルの魅力ですね。圧力服のヘルメットを脱いだら美少女が現れる。しかもよくよく話を聞いてみると、男性でも女性でもない両体性。フロルの搭乗にみんながソワソワしだす。わたしもソワソワしだす。大学の難しい試験をパスしてきた猛者の11名ということですけど、フロルはペーパーテストは得意なタイプなのか!?そういう知能があるようには思えませんけど。ハインラインの宇宙の孤児がそうだと思いますけど、巨大な宇宙船で宇宙を長期間漂流するという話がある。今度読んでみようかなー電動ツタが謎の存在だ。宇宙で金属を植物のように育てて必要な時に使うということなのかな。それが一定以上温度が上がると病気をもたらすという設定も面白かったな。室温の上昇でツタがどんどん成長して病原菌をまき散らす。宇宙船の空間で病気がどんどん広がっていくというのはホラーだったろうな。一定区画ずつ真空状態にしていけば、その区画は強制的に生物を駆除できそうだけどな。グループ行動の時は王様みたいな統治者の存在も必要だけど、宇宙船となると問題発生に対応できるエンジニア舵取りすることになるんだな。問題が特殊すぎて宇宙工学がわからない王様では対処の判断ができないもの。疑心暗鬼の中、深刻になりすぎずに場の雰囲気を和ませる人も必要なのね。そして色んな惑星条件の宇宙に住む人たちの生活環境もめちゃ面白かった。両性体で時期が来たら男か女のどちらかを選択できる、もしくは自然とどちらかに成長するというの凄いな。フロルはどっちになるのだろう。本当に女になるのだろうか。下手をしたら死者が出るかもしれない大学試験ってすごいな。
2022.10.02
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すごい話だったな。メッシュ 3フランソワーズという名前から本当は女性なのではないかと思っていましたが、やっぱり男性だったんですね。1巻の父親との確執よりも母親との確執の方がよっぽど問題だと思いました。こんな人間関係の元で育って、よくこんなに素直で繊細な子になれたな。3巻以降は、あれだけ不安定な存在に思えたメッシュが常識人みたいに見えてくるのは不思議だ。メッシュの目の前を通り過ぎていく人たちの方が闇を抱えていて、生きていくのが大変そうだったものな。ミロンのところに下宿したことで落ち着いたから、メッシュは心を取り戻せたのかしら。それでいても根無し草みたいにその場に漂っているように思える。そういう不安定さに触発されて、メッシュにあった人は自分の不安定な部分が倍加されてしまうのかしら。社会的地位を確立しているように見える人でも、メッシュと関わると築き上げてきた物が足元から崩れていくもんな。特に男色趣味を隠していた人は、性別がどっちなんだかぱっと見分からないメッシュに翻弄されまくる。化粧する男性は異常という考え方の時代なのね。でもメッシュには惹きつけられてしまうのね。ラストのネタバレをチラっと読んでしまって心配していたんですけどメッシュはこのラストで大人になっていくんだろうな…と遠い目になってしまいました。もう何にも縛られず、本当の自由を獲得したということなんだろうな。多分ここからは性別がどっちだか分からないということもなくなり、イケメン男性になっていくんだろうな。ヒゲとか生えて。母親との確執で女性性が芽生えていたようなものだもの。父親からは跡取りとして求められることになるのだろうけど、追う側から追われる側になった途端に父親への興味も喪うのだろう。自分一人が息子だとわかったところで父親への執着心もなくなったのかな。メッシュとミロンのコンビが好きでしたけど、ミロンはメッシュに居場所を与えるだけで良識があまりなさそうだからな。あの強烈な母親を見て、今すぐパリヘ強制連行させるくらいの甲斐性はないんだもんなーメッシュにとっての幸不幸は結局、メッシュが判断するものだけども、あの異常性の前に平然としていられるミロンは大したものだ。ミロンはメッシュに生活の糧とか術を教えることもなく、メッシュがひどい目にあって帰ってきてもただ寝る場所を提供するだけで手を貸してやるようなこともなかったし。宙ぶらりんでいられる時期というのもここらへんで終わりなのだろうなーメッシュの行先だけ示されず、とにかくただ自由になったというラストはかなりすがすがしい!けど心配だなー生活費とか払っていけるタイプなのかなーこれはめちゃくちゃ好きなマンガだった。電子書籍で買うか、紙で買うか迷う
2022.09.27
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ゴダール監督の訃報と共に、岡崎京子マンガのことが話題になったので、すぐに手にはいった本から読んでみました。電子書籍でチワワちゃんも読んだ。ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね【電子書籍】[ 岡崎京子 ]チワワちゃんの単行本に出て来る「おカネないけどシャネルのバッグ買っちゃおう~家賃払えないから家を出て、持ってるお金で行けるところまで行くんだー」と言って片道切符で地方行きの電車に乗り込む、せいぜい25歳以下くらいの派手な感じの女の子が岡崎京子マンガのイメージ。逞しくも強くもなく、むしろ精神的に不安定で愛に飢えてて、刹那的に自分を幸せにしてくれる人を探して、ろくでもない男に自分のすべてをのっけて、その結果すべてを失っても笑ってるような女の子。自分が堅実派なので、こういう人を見ているとたとえ物語であっても落ち着かない気持ちになります。若いからまだ見栄えがするような人生ってどうなの!?と思ってしまう感じ。しかし若さを使わなくてどうするの!?という気持ちもある。どうせ失われるものなのだから、使えるうちに使って若さゆえの過ちを犯しておかないと。使いそびれた後に失敗したら、それはもう若さゆえの過ちではなくなる。この本も、ものすっごく忘れっぽい男女二人が出会うところから始まるんですけど恋人の顔もよく覚えていないから待ち合わせ場所に居た別の男性を彼氏と間違ってデート開始。翌朝ベッドでそれが彼氏じゃなかったことに気が付く若くて蓮っ葉だけど可愛い女の子だったら、そういうこともあるのかもねーと思いますけど、これが精神の不安定さが臨界点を超えるか超えないかの中高年の話だったら背筋がゾワァっとするなー中高年だと、恋愛とか勘違いとかすれ違いとかで心や体にキズを負ったとしても、誰も関心を払わなくなるのも恐ろしい。物語の中で人間が病み衰えて腐敗していく。彼氏とケンカしているときに、自分の目玉をくりぬいてしまった女の子の話は映画のベティ・ブルーをずっと連想していた。ベティ・ブルーは女の子が精神病院に入ったあと、もうどうしようもなくなった彼氏がこっそり病院に忍び込んで彼女を窒息死させるという、後始末を付けてくれる人がいましたけど岡崎京子版だと自分の人生の後始末はもう付けられないのだなと思ってしまうな。彼氏は徐々にフェードアウトしていってしまう。取り残された女の子は片目の無い第二の人生が始まる。雲行きはあやしい。冷蔵庫に入れたホルマリン漬けの自分の片目を毎日眺める。おとぎ話のお姫様たちがどんどん破滅していく話が面白かった。マックスの不幸からマックスの幸福へ、急激に上昇していった女たちは結局離婚して女性同士のシェアハウス暮らしに。ディズニープリンセス風なハーブティーと石鹸の暮らしが、徐々に魔女化して毒薬と殺人になっていく。招き入れた客人を美しい顔で魅了しつつ、ドアを閉めたらものすごい虐待劇が始まる。継母から受けた虐待を今度は自分がするようになる。どんなに複雑にこんがらかった状況になっても、どこにも着地せず、ただ歩き続けるだけ。たとえ片目がなくても、片脚を失っていたとしても、とにかく歩き続ける。歩いている人に「どこへ行くんですか?」とは絶対に聞かない。どこに?と聞かないでいてくれるのがこの赤いコートの女の子の聡明さであり退廃だなぁ、という一文が一番好きかもしれない。
2022.09.27
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図書館で名作漫画をレンタルできることを知りました。めちゃくちゃ大判でハードカバーの漫画だったので、図書館で出された時はビックリしましたが、読んでみると5段編成のコマ割りでめちゃくちゃ小さく、もっと大きいサイズでも良かったと思うほどでした…萩尾望都作品集II メッシュ有名どころしか読んだことのない萩尾望都作品。ポーの一族やトーマの心臓を読んだ時くらい感動しました。手負いの小鳥みたいな主人公!自由で透明すぎて、少しの濁りも受け付けないような体それなのに父親がマフィアのボスだからというのもあって、悪いことをしようとする。けど出来ない。性も知っているはずだけど、性の匂いが全然しない中性な存在。最高の設定やーこの純粋で不安定な存在にみんなが翻弄されていくんだわーある程度純粋な魂の人はメッシュのことを好きになれるのだろうな。そして何か自分の願望みたいなものをメッシュに投影して苦しむんだわ。多分、自分の中の常識とかに縛られている人はメッシュを理解できないのだろう。医者の家の向かいに住んでるタイピストのように。しかし息子にフランソワーズという名前をつけるか!?本当は女なのではないかと思っています。まだ1~2巻しか読んでませんけど、ちょっとネタバレを見てしまって陰鬱な気持ちになってきました。手負いの小鳥を画家が保護してあげますが、ケガが治ったらまた籠から出て飛んで行ってしまうのねー
2022.09.25
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地球の緑の丘 未来史2[ ロバート・A・ハインライン ]月は無慈悲な夜の女王の要素がたくさん入った本でした。果てしない監視月の基地にたくさん並べられた核弾頭を使って革命を起こそうとする軍上層部の動きを阻止しようとする。月から地球へ何かを投げる発想は月は無慈悲な夜の女王そのものという感じだった。悪者がちゃんと逮捕されて、核弾頭を無力化させるために粘った若者が英雄となれて良かった。良くあの状況で若者の方がテロリストだと思われなかったな。坐っていてくれ、諸君月では人間の生活空間に少しでも穴が開いたらオワリなのだな…地下暮らしなので電気が無くなったら真っ暗。空気が抜けたら死亡。宇宙の植民地に適用するためには閉所恐怖症と広場恐怖症の克服が必要宇宙船の中は閉所だけど、宇宙は際限なく広がっているし、植民地となる月は広大な荒地だから。私には耐えられそうもない。月の黒い穴月でお行儀よくできない人は即死というルール小さい子供にとっては少しの悪ふざけが即死要因。月で生まれ育ったなら、こういうことはないんだろうけど。地球育ちのわがままボーイが月に来て地球のノリで悪ふざけすると真空を呼吸することになるんだ。しかもその親は圧力服代を弁償させられる。イタズラっ子の両親が「開拓者精神がないあなた方はもう二度と月へ来ないで下さい」と言われていてその通りだなと思ってしまった。帰郷月で一定期間以上暮らすと地球の重力に耐えられなくなる。月で暮らしていた人が6倍の重力の地球に来ると、靴を履いていられないのね。誰でも簡単に月に行かれる程には宇宙旅行が発達していない時代には、宇宙へ行く人はかなり優秀だもの。地球に住んでいる人のことがバカに見えて来るってのはあるかもしれないな。進化したスペースノイドと重力に縛り付けられた旧弊な地球というのはガンダムで聞いたことがあるな。たしかに。宇宙にはなぞの都市伝説もよくわからん土着の信仰もなさそう。犬の散歩も引き受けます重力制御装置は一体どうやったら作れたの!?こうしてスペースコロニー開発が進んでいくのだろうか。地球の緑の丘いかがわしい詩ばっかり書いていた元宇宙飛行士が視力を失って美に目覚める。地球の緑の丘に吹く涼しい風、という物凄く美しい想像の世界は、想像だからこそ美しいのだろうな。故郷は遠くに在って想うものだけど、決して帰る場所ではなさそうだ。「帰郷」でも語られていましたが、宇宙へ出てしばらく重力の軽い世界に慣れてしまうと地球の重力には耐えられないし。涼しい風、というのも雑菌だらけの不潔なにおいのする風に変わってしまう。この歌を作った人も結局地球へは帰らずに宇宙を放浪し続けた。宇宙へ出て行こうとする人は地球暮らしがそもそも向いていないのだな。そういう新しい人種が宇宙に住む時代は来るのかしら。徐々にSFを読む土台ができてきた感じがします。
2022.09.25
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以前、岡田斗司夫ゼミをyoutubeで聞いていた時「日本の経営者はSFを読んでいないから未来予測ができない。ソフトバンクの孫さんが、「いずれ手を使わずとも頭で考えるだけでスマホが反応する時代が来る」と言っていたけれど、それは単なる技術屋の発想で、SF読んでいないことが分かる典型例だ。SFを読んでいれば、テレパシーのようなものが使えるようになった時に、家族や恋人とのコミュニケーションがどのように変わっていくか想像がつくはずだ。」と言っていて、テレパシーでどのように変わるのだろうとワクワクしていたら、その未来予測については話してくれなかったことがあり、気になっていました。そしたら、メトセラの子にヒントを発見しました。メトセラの子ら[ ロバート・A・ハインライン ]長寿の家系同士で子供を作り続けることで、何百年も生きられるようになった人たちが、短命な人種に迫害されて、地球とは別の惑星に生きる場所を探しに宇宙へ旅立つ、というのがあらすじに書かれています。生きる場所を探しに宇宙旅行した先で、地球のような惑星を見つけたら先住民がおり、それがテレパシーを使えるタイプの宇宙人だった。今の地球人が考えていることを共有できるようになったら、ウッカリ本音が漏れてしまった時に、ウソがバレたり、悪口が対象の人に伝わってしまったりして争いが起こりそうだなぁ、というのが誰でも想像できる顛末ですけど。じゃあ、テレパシーをうまいこと使いこなしている集団がいるとしたら、どうなっているのか。この本では2つのタイプが出てきました。個々に色んなことを考えるから意見の違いが出てくるわけで、全員同じことを考えていたら、争いは全く生まれない。全員が一つの考えしか持たないタイプの種族。集団に所属している者達が、とにかくその集団にとって快適であるということに全ての技術をつかう。その集団にとって居心地のいい場所、おいしいと思う食事の開発に専念して毎日がピクニック。貧富の差はなし。平穏だけど、平穏すぎて刺激が全くなく、退屈すぎる楽園みたいな生活。もう一つは、一人のカリスマだけがものを考え、その他大勢は、そのカリスマの下で下僕のように生きる。一人のカリスマだけが神殿で神のように暮らす。下僕であっても尊厳を踏みにじられるようなことはなく、ただ平穏に、神のような存在の意思が伝達した時にだけその意思に従う。二つの種族はともにプライバシーがない。考えていることが分かってしまうのなら、住居に壁を作る程度のことをしたところでプライバシーは保てなそうです。もし、こういうテレパシーを人間が使えるようになったら、どうなるんだろうか。完全に同じ考えを集団の全員がするというのは難しいように思えるけど、普段は個々にいろいろと考えているけど、テレパシーが発動したらみんな同じ方向に向かって何らかの行動を始める、みたいなことになるのだろうか。一番簡単に起こりそうなのは、カリスマが現れて自分の集落をつくって、ヒッピー村とか新興宗教とかを始めそうだな。全員が同じことを考えるタイプの集落に属すと、その集団に古くから属する人の考えも吸収できるから、自分の死後も自分の考えを永久に語り継ぐことができて、それが人格の不死みたいなところに繋がる、というのも面白かったな。肉体は滅びても自分の人格が次の世代に残るから不死、というのは本当だろうか。死んだことないから分からないけど、死は終わりなんじゃなかろうか。そもそも人間はテレパシーに耐えられるのだろうか。この本でテレパシーを使える人間は知能や精神に問題を抱えている人だけだったぞ。ピュアじゃないと考えていることが丸わかりになる状態に耐えられなそう。そして本の最後に最強のアンチエイジングが出てきた。体の老廃物を洗い流す作用を補い続けることで老けない肉体に。自分の血液を外部で培養して、常に若い細胞で成る血液と入れ替えることで老廃物をなくし、不老不死を実現する。認知症は脳の老廃物が溜まることから成る説もあるし、これは本当の長寿の方法なのかもしれないな。私の老化も止めて欲しい。でも老化を止められるのだったら25歳くらいで止めたかったなぁ、などと思った。
2022.09.23
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ハインラインをどういう順番で読んでいこうかなーと考えていたんですが、宇宙史を順を追って読んでいこうと決め、第一弾を読んでみました。デリラと宇宙野郎たち 未来史1[ ロバート・A・ハインライン ]生命線人がいつ死ぬか分かる時代はいつか来るだろうな。ゲノム解析とかでその人の寿命とか、いつ病気になるかは分かる時がきそう。そうなったら、生命保険はなくなるんだろうなーと思いましたが、寿命みたいなある程度予見できる要素だけではなく、突発的な事故まで言い当てるのは可能だろうかー預言者は殺されてしまう運命なのか!?などと思った。道路を止めるな爆発のとき職業倫理のはなしだ。何か新しい技術が生まれて、その技術に一般人の生活が依存してくるようになると、その技術を管理する人たちはかなり高度な倫理を持って職務にあたることを求められるようになるのだな。当然なのかもしれませんけど。それが生活に不可欠だけど、大きな危険を伴うものとなると特に。自分のような個人のことは考えず、公共の利益を常に優先して危険を顧みずに働く=軍人経験が必要というのがハインラインの考え方なのだろうか。宇宙の戦士でもこの考え方が出てきました。原子炉を監視する技術者を監視する精神科医を置くシステムによって、極度に緊張状態を強いられる技術者がどんどんメンタル不調を起こしていくのは有り得そうだなと思いました。進んだ技術はどんどん考えられるかもしれませんけど、人間のメンタルとか倫理感を飛躍的に強くさせたり進歩させたりするのはできなそうです。最新の技術を扱う人間は常に原子のままの体・心を持っているというのを意識しました。原子力発電所を宇宙に移すっていいアイディアだな。だけど、発電した電気をどうやって地球に運ぶんだろう。月を売った男職業倫理バキバキの鋼鉄の男の話の次に、私利私欲しか持っていない男の話が出てきてビックリしました。株式とか月の土地の所有権とか正直よく分かんないなぁ。民間人が月にロケットを飛ばした広告費で、月を植民地化できたらすごいな。どこかで事業を国とか何かに乗っ取られる気がしますが。そういえば月の土地って結構簡単に買えたと思いましたが、あの売買契約の効力はいかほどー土地を持つということは税金かかるということでもありますけど、月の土地の税金は誰に払えばよいのです?デリラと宇宙野郎たちここまで斬新で面白いことばかりだったのに、突然女性差別の話になって逆にビックリしました。宇宙開発は男性ばかりの職場なので、女性が一人で働きに来たら危ないから職場に来られないようにするためクビにしようとする。この後、ハインラインは狭い宇宙船の空間に何か月も閉じ込められる時は、独身の搭乗はNG。夫婦を何組か乗せるのが最適という考え方に落ち着いたように思えます。若くて美しい女性(/男性)がいたほうが仕事が捗るというのは人間の永遠のテーマなのだろうか。職場に若いイケメンがいたらそりゃあ捗るわなー毎日おしゃれして会社行っちゃうわよー化粧直しちゃんとするよー人間関係まじ大事だな。もしかして、これが月世界におけるイヴの誕生だったのかしら。ここから産めよ殖やせよと月市民が増えていくのかもしれない
2022.09.12
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今年はハインラインを読んでたら終わる気がする。宇宙の戦士 [ ロバート・A・ハインライン ]モビルスーツの元ネタということで読んでみました。ハインラインって元軍人なんだ。ハードボイルドなアメリカ軍人的な考え方だーと思ってついていけないところが序盤は多かったんですが、終盤になって世界観が分かって来るとようやく面白さを感じられました。父親が事業で大成功しているおぼっちゃま高校生が、本当なら卒業後は大学に行って経営学んで父親の事業を継ぐはずだったのに、親友が軍隊に入隊するって言ったのをじゃあ僕も入隊する!と思ってもないことを口走り、そのまま流れに任せて入隊してしまったという。高校で教えられた退役軍人の先生による道徳哲学「非行に走る青少年はムチで殴ってやらねばならぬ!」を知らず知らずのうちに体現していくストーリー。ボンボンで小生意気なだけで、別に非行に走っているわけではないのに主人公がバシバシ鞭で殴られまくって鋼の男になっていく。ヒィーっと思いながら読み進めていくと軍で2年間お勤めして退役すると「市民権」が与えられる、という文があり、しかもその市民権は私の知っている市民権とは違う意味らしいということが分かってきました。民間人は市民権を持っておらず、軍で2年以上勤めて退役しないと市民権は得られず、投票権もない。その理由が、民主主義が敗北したから、というもの。結果として個人の利益に優先してグループの福祉を考えて実行するという困難な職務を自発的に行える人間だけが投票権を得られるようになった。これには賛成。そもそも政治家は自分がやったことが自分に返ってくるような年齢の人がやってほしいな。現時点で60歳超えの人たちは、自分の失政によって自分の将来に影響被る前に死んじゃうし。40歳くらいの、自分や近隣の人たちの利益に優先して国の福祉を考えられる人が政治家やってくれーそして投票率が上がれば上がるほど、民度は下がっていくしのも事実。先日の選挙について、投票行こうキャンペーンがSNSで行われていることなんか違和感がありました。Twitterで「投票してきました」とわざわざ報告するような人たちはほとんどがアンチ自民党。インボイス制度の廃止と消費税0を求めていた。もし、この選挙の投票率が100%になったら、共産党が政権を取るのではないかと思った。貧困層にとって一番都合の良いことを挙げているのが共産党だったから。それって民主主義の勝利なのか?という疑問。しかし、本作では、その困難な職務を自発的に行えるというのは、軍で教育を受けた者という意味。大学で政治なり経済なりを学べば市民権を得られるというものではなく、軍教育だけが市民権を得られるというのはちょっと偏り過ぎではないの?燃えるようなやる気を持って志願してきた人ですら、かなりふるいにかけられて脱落していくし志願兵の教育課程で死者がでるというのも驚きだった。優秀な頭を持っていても、戦場には絶対に向いていない人というのもいるだろうに。しかも、物を考えるのは士官がすることであり、下々の兵はただ命令に従っていればいいんだ、というのも踏まえると、投票権を持てるのは将校だけになってしまうのでは…?鋼鉄の国が出来上がりそうで恐ろしいな。そして「暴力は歴史におけるほかのどの要素と比べても、より多くの事件を解決している」という考え。ロシアの侵攻を目の当たりにしている今、暴力反対を主張したいところだ。しかし、相手が宇宙から侵略してくる宇宙人が相手だと、そもそも話が通じない相手なのだから、暴力で解決するしかない!と思わせられる。宇宙の蜘蛛が大量発生して地球を侵略しに来る。宇宙全体での人口爆発が起こった場合、隣り合う惑星の宇宙人から攻撃される危険は回避できない。だからと言って、地球人が人口を抑圧したところで、空席を宇宙人が取りにくるのだから危険は増えるばかりだ。それに宇宙蜘蛛を退治するために、戦死者がかなり出るのだから、補充できるだけの人員を確保するために軍には常にたくさんの志願者が必要。地球全体が一丸となって戦おうと思える共通の敵がいたら、各国が協力できるのかも。ロシアあたりは抜け駆けして何かを交渉し始めそうだけど。そして、第二次世界大戦は戦ったこともない大学エリートに将校をやらせており、全体の15%は将校だったそうだが、絶対に戦ったことのない人間は昇進させるべきではなく、将校の数も全体の5%以下にするべきだ、という軍人だからこその主張もあり、この辺には納得した。ハードな読み物であった…
2022.09.05
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ガンダムのコロニー落としの元となった本と聞き、気になっていました。月は無慈悲な夜の女王 [ ロバート・A.ハインライン ]しきりに出て来る「無料の昼飯はない」という言葉が印象的でした。地球連邦と交渉する際に、月世界人は税金を払っていないじゃないか、という意見に対して、税金を支払うことで地球人が得ている社会保障がそもそも月にはないのだから、税金を支払う理由はない地球では空気は無料だが、月では有料と応えるところが印象的でした。これだけでも月世界の生活がかなり過酷なのが分かります。空気は酸素を購入する必要があるし、水は岩を掘って氷を取らないと手に入らない農作物を作ろうとしたら、土を買い肥料を買い水を手に入れないと始められない何もかもが高価だ。そんな中で昼飯を無料で配布しようとしたら、その昼飯を得ようとする人は、その昼飯の経費をどこか他の所で支払わないといけない。だから結局必要以上に高くつく。こういう世界では家族の結びつきが物凄く大事になってくるのは当然なのかも。会社とか部族だとか、財産を共有できない人間同士の集まりだと利害関係が生まれてうまくいかないけど、家族だったらすべてが共同財産で運命共同体だから、結束していくしかない。女性が圧倒的に少ない月では、女性が物凄く権力を持つと言うのに対して、そういうものなのか、と思いました。少ないから管理されるべき奴隷みたいになってなくて良かった。女性が家長となったら、どういう家族制になっていくのだろう。財産を拡大するために活力を使うというよりは、快適さのために働くようになるような気がする。快適に暮らすために必要なものを取りに行く。こういう考え方いいなぁ…会社は利益を取りに行くところだけど、結局その利益は平等には分配されないしな…快適に生きるためだけに労力を使えるのなら、こんな必要以上に疲れないし嫌な思いもしないだろうに…しかし、家族が単位だとかなり排他的なってしまう。身内とそれ以外が厳格に区別されるので、身内になるための審査がめちゃくちゃ厳しい。家族を持つ前に淘汰される人間が90%くらい?あとがきに「月は厳格な女教師」とタイトルを訳す例がありましたが、私はこちらの方がしっくり来ました。出来の悪い生徒、この学校の中にいるのにふさわしくない生徒は追放。「真空を呼吸する」こととなる。部族型の結婚と家系型の結婚という別も面白かったです。家系型の方が安定していて裕福だけど、その家の身内となる審査がめちゃくちゃ厳しいそこに入れなかった人は部族型結婚をすることになるけど、これはどちらかというと会社型なのかなと思いました。部族の中でも自分に近い人たちとそうでない人たちが一緒に暮らすので、結局不平等が起きてモメる。①家族同士の強いつながりを持っている→主人公②独身、無所属。優秀な頭脳を持っていて、教師としてその知恵を大勢の人に与えることで、彼から与えられた人から恩恵を返される→教授③少数精鋭部族のエリート→ヒロイン一番安定しているのが主人公だったな。いつでも帰るところがあって、お金にも困っていない。人生の功績でいうなら教授がいちばんだろうけど、物凄く孤独だったんだろうな。財産を持たず、自分の能力と生活物資を物々交換みたいにして生計を立てる。色んな人に必要とされはするが、居場所はない。そして、ヒロインは少数精鋭からスタートしたけど、最初の試みは失敗したよな。マイクがいない状態で革命を起こそうとしたとして、ワイオミングは革命を起こすところまでたどり着けずに真空を呼吸することになっていたんじゃないか、と思ってしまった。主要登場人物が月型経済集団のすべてに振り分けられてるのもすごいな。これは今の時代にも言える集団の振り分け方だなと思いました。金持ち家族が最強というのは当然だけど、家長性ないしは家族という繋がりを強調するのはもうやめようという風潮のもとに、どんどん貧しくなる国に属して、②か③の生き方をするしかない状況はかなりキツイ。ほとんどの人が③になるんだと思うけど、集団に属していてもその集団の中の分断にいつも悩んで、それでもその集団を離れられないのだから、結局家族の中に居ようが、別の集団に居ようが、いつも同じ解決できない問題があり続けるのは仕方がないのかもね。地球と月が戦争する際、月は資源が何もないことが制限だけれど、地球の方でも月に行くだけで物凄い費用がかかり、月から地球へ帰る際にはもっと費用がかかるという制限があるのが面白かったです。マイクの存在がチート過ぎてバランスが狂いまくっていますが、物語進行に絶対的な制限があって、それをどう克服するかというのがSFでは面白い所だなと思いました。月は終身刑となった極悪人の流刑地。だから、地球からすれば、片道旅行であり、帰ってくることは想定していなかった。技術面でも月に到着したとしても、行程の中で使い切ったエンジンや燃料タンクなどを全て捨てて最小限となった機体がギリギリ無事に着陸できる程度。そこから地球へ戻るにはエンジンを積みなおし、燃料を補給してからようやく出発できる。つまり月を完全に占領しないうちは地球へ帰るための準備ができない。そして、月は地球が飢えないようにするための農作地だから、下手に爆撃して農地を荒らすことはできない。月に乗り込んでいって戦うにも1/6の重力下では素早い動きができない。地球側にも制限があるけれど月の制限もかなり過酷だと思いました。爆撃されて居住区に穴が開いたら終わり。爆弾6発で殲滅させられる。月から地球へ行くことはできないでもないが、帰って来るには地球人の助けがいる。地球へ降りると重力が6倍なので、10歩歩いたら心臓に負荷がかかりすぎて気絶してしまう。この状態で戦争するってすごいな。地球側は何かと、月に住んでる=犯罪者、税金を払わない人、ということで迫害しようとするけれど、そもそも犯罪者の子孫で三世代目というのは何か罪を犯した人間なのだろうか。二世代目だって罪はないと思うけれど。支払いが終わった罰金をいつまでも請求できないとは思うものの被害者の子孫は被害者ではないけれど、その傷はいつまでも残るものだよな、とも思った
2022.09.03
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異星の客/ロバートA.ハインラインめちゃくちゃおもしろかったけど、男尊女卑というかセクハラな文が多すぎて、終始カチンと来る本でした。アメリカの白人男性である著者が想像する全くの異文化というのは、一夫多妻で女が互いに嫉妬もせず、子供を一人で産んで、一人で責任もって育てて、いつも機嫌よく若くて健康な体で男性を迎えてくれることなのか?という感じにげんなりしていましたが、火星の謎の超能力を身に着けた人間が好きに振舞う社会になったらどうなるか、というのが最後にちょろっと出てきて、そこんとこをもっと詳しく書いて欲しかったなと思いました。女が自分がその気になったときだけ妊娠し、病気にかからず、自分たちの気の向いたことにしか関心をもたなくなったらですよ・・・しかも、女の態度がすっかり変わってしまって、クレオパトラも夢にも思わなかったような全身全霊の性交を望み、しかも男どもは、女にそう認識されたら、女を犯そうとしただけで、あっという間にわけもわからず死んでしまうとしたら?火星で生まれ、火星人に育てられたからと言って、体は地球の一般男性なのに超能力を身に着けることは可能なのだろうか、というのは置いといて。自分の体を自分で完全に支配することで、細胞から健康に。自分好みの容姿に自分をデザインできる超能力。火星語を身に着けることで、この能力も身に付くらしい。こういう能力を人間が身につけられるようになったら、自分の理想の顔・体で生きられるのだから、完全に自分に満足しきった状態になるのだろうな。細胞がものすごく活性化しているのだから、おそらく凄く賢くなっているだろうし、コンプレックスまるでなしの人たちが街中にあふれることになるのね。自分に自信満々だから、同じように自身満々な他人から理解されなかったとしても傷つくこともない。自分の欠如を埋め合わせるために他人と一緒にすごしたり、未来への不安を減らすために他人とつきあったりすることがなくなり、望まない妊娠が絶対にない状態で交接するのだから、全身全霊の性交を望むようになるのだろうな。女性が完璧な自信を身に着けた社会で、一夫多妻制が許されたとすると、男性の方では物凄い競争に勝たないと所帯が持てなくなるのではないか?非モテは黙殺され、モテる人には無限に人が集まる。横柄だとか不愉快な人間だと判断されたら即切られるから、対人的にはかなり礼儀正しくなるのだろうな。男性の方でも女性が完璧に強くなったらと恐れを抱いていますけど、自分自身も完璧な男性になるのだから、心配ないと思うけどな。この能力を身に着けることができたのなら、不安が無くなって、今この瞬間というのを思いっきり楽しめるようになりそうだな。羨ましいー。学校の先生が、自分よりよく知っている生徒をどうあつかいます?みんなが健康だったら医者はどうします?衣類が必要なくなって、女たちがいまほどおしゃれに憂き身をやつさなくなったら(完全に関心をなくすことはないでしょうか)、衣類産業はどうなります?まして、みんなが尻を出して歩いても平気になったらどうです?雑草に成長しないように教育することができて、しかも作物が国際農産物収穫社に儲けられずに取り入れできるようになったら、農業問題はどういうことになります?一方で、完璧に満足した人間の社会には、幼児の火星語学校くらいしか産業はなくなってしまうのかもしれない。おいしいものを食べて、美しい衣装を着て、快適な住処で漫然と時間を過ごす、ということになるのかもな。他人のためにサービスしたり働いたりする必要性から解放されたら、他人の分も畑を耕そうとか、レストランを開いて他人のために料理しようとする人はいるのだろうか。本編で何日も何も食べなくても大丈夫だとか、眠らなくても大丈夫という文章が出てきましたけれど、必要最低限のものを自給自足で作り出し、後はのんびり空でも眺めているような暮らしになるのかな。自分の体に満足して、しかも尻丸出しで歩いていても誰も何とも思わなかったら服着ないだろうな。パンツくらいは履くかな。着たくもないTPOに合わせるための服とか、食べたくもない安いだけの食べ物とかはなくなるんだろうな。自分が考案したおしゃれな服を作って売ろうにも、他人はその人の最高のおしゃれの概念があって相いれないために自分自身以外のアイディアを受け入れられないとかね。芸術もどうなっていくのだろう。他人の作品をすんなり美しいと認識するのか、まったく興味を示さないのか。火星にも芸術があると言っていたから、なんか複雑で知的な芸術が生まれるのかしら。どんな社会になっていくのかが気になる。火星は上述のような環境だったのなら、そこから突然引き離されて地球に連れて来られたら、かなり混乱するだろうな。満ち足りた環境から、損得とか劣等感をベースにせわしなく生きている人たちの中に放り込まれるのだもの。しかし、火星の生存競争は物凄く熾烈というのも恐ろしい。子育て制度なしで、その辺で放っておかれ、生き抜けた者だけが成長することを許される。成人までの死亡率90%、強者の中の強者だけが完璧な自由を謳歌できる世界それに比べると地球は弱者であっても命だけは守られるものの、建前と本音が物凄く複雑に重なり合って、死にたくなるほど窮屈で卑屈な思いをしながら何とか生き続けることだけはできる。多分私は火星で生まれたら3年以内に死ぬだろうな。それもちょっとした風邪を自力で治せなかったとか、そんな理由で。フォスタライト教は凄まじい宗教として描かれていますけど、超能力のないただの人間が火星的にモノを考えようとしたら、この宗教みたいになるんじゃないかな。火星的に生きるには超能力がないと絶対にムリだと思いますもの。フォスタライト教とジュバルおじさんの快楽主義を火星風にアレンジしたのがマイク流の教えだと思いました。最初、自分の小さな庭(といってもカリフォルニアのプール付き大豪邸ですけど)で美人3人を秘書に自由気ままに暮らしている老作家の生活はなんて満ち足りてるんだー美女に給料は払っているけど、人間関係の根底には慈愛があってバランスを保っているこの庭を支配している力関係。金を持っているが、老いていて肉体的な魅力はないと自分のことを思っているジュバルと若く美しいけど金銭のために邸でこき使われ完全な自由はない美女三人。この関係に、老いを克服できる能力と完全な自由を与えて、更に大きな庭で暮らそうとしたマイク。最初は絶対に見えたジュバルの力が、最後の方は弱りに弱って消えてしまったのも面白かったです。最終的に火星の長老的なポジションについて、今後も地球に干渉していくことを選んだのかしら。それにしても、分裂するのは早すぎたのではないのかしら。地球に幼少時代に生存競争がないことで、火星と同じ環境の社会をつくるのが難しいと認識したにも関わらず、子供のころも大人になってからも生存競争なしの社会を作ろうとしたのだもの。自分に満足する術だけを与えられた弱者だらけの地球が、その後どうなっていくのかを見届けて欲しかったなー
2022.08.26
7月下旬ごろにコロナに罹患して、倦怠感と熱で何もする気になれない中、youtubeでずっと岡田斗司夫さんのジブリ解説を流していました。今までずっと、何か腑に落ちないジブリのキャラ同士のやりとりーと思っていたことがすっと腑に落ちました。私は今までジブリの何を見ていたのだ・・・と落ち込む。そして、ジブリ解説を一通り見終わった後に、オススメSF小説も見たので、早速読んでみました。神の目の小さな塵岡田さんいわく、宇宙人との遭遇。魚類から進化した知的生命。人間は生涯で2~3人ほどしか子供を産まないけれど、魚類は一度に数千の卵を産むので、子供を可愛がったりしない。むしろいかに優秀な個体を残すために間引きするかを考えるようになる、というストーリー説明だったので有能で美しいものしか生きることを許されない、物凄くクリーンな種族のディストピアが出て来るのかーワクワク!としていました。実際に読んでみると、多産な宇宙人ではあるけど、自分の子供は物凄く可愛がって、淘汰するなら他の種族の子供と考えているように思いました。沢山子供を産む種族は統制されるけど、子孫を残したいという本能がそれに抗うから統制はしきれない。SFというと、宇宙人が地球に攻めて来る話だと思っていました。アインシュタインは宇宙人と出会ったらどうすればよいか、という質問に「愛想よく振舞え。絶対に攻撃してはならない」と応えたのが印象に残っています。この話もそんな感じでした。地球人が満足に宇宙飛行ができない時に、宇宙艦隊を率いる異星人と出会ったら侵略されるかもしれませんが、地球人が他の惑星にも居住地を広げて、難なく宇宙飛行できるようになってから出会う異星人とは、出会い頭に戦争は起きないのかもしれないな。双方ともに自分の種族の不都合な歴史や本音を隠しながら、物凄く愛想よく、通商条約を結ぶために相手の機嫌をとるのだけど、文化の違いからいろんな齟齬が生じるのが面白かったです。多産種族とあまり子供を産まない種族の齟齬というよりかは寿命が短いが故に物凄く合理的で悲観的な種族と寿命が長く何事も政治的に妥協する楽観的な種族の齟齬という風に受け取りました。モート人が人間の振舞いとか対人関係でどのような行動を取るかを考察しているところがとても面白かったです。「建前と本音が複雑に絡み合っていて、誰も独立した人間はいない」「マスターですら、自分の利益だけを追求できず、支配下に置いたものたちの利益も追及せざるを得ない」「この人はどのマスターのミディエイターなのだろう」マスターのミディエイターに見えるような人たちですら、マスターのためだけに全力で働くということはせずに自我が邪魔して会議が前進しない人間が帝国国家を自称しているけど、特に帝国とは自称していないモート人の方がよっぽど独裁社会なのも面白かったです。小さな部族のマスターが沢山存在して、マスターの意見は絶対。マスター同士が話し合うとケンカになるので、意見を代弁するミディエイターが交渉にあたる。ミディエイターはマスターと同化するので、自分自身の感情はない。合理的過ぎて贅沢品にはさほど興味を示さない。知的生命体なのに服を着ないというもの合理的だからだろうか。何かを身に着けて、それによって個性を主張するということもなさそうです。見た目にはほとんど頓着しなそう。美醜の基準というのがそもそも存在しなそうです。そういう種族が、日和見主義で相手によって自分の立場も意見もコロコロ変わる人間と接すると発狂してしまう。この辺が共存の可能性は低そうだなぁと感じました。モート人の方でも、一番人間にとって有益と思われるエンジニアが最も多産で、短時間で宇宙船がぎゅうぎゅうになるほど子供を産みまくって共食いを始めるというのも恐ろしかったです。なんでも自分たちに都合の良いものをあっという間に作ってくれる存在は羨ましいなーモート人はエンジニアをどのように制御しているのだろうか。ある程度増えると戦士たちに人数調整するのだろうか。もし、モート人が多産でなかったら、モート文明はどのようになっていくのだろうか。合理をきわめて、技術がどんどん発達していくような社会はどこへ行きつくのだろうか。合理的に子孫を増やすという方向に進んだから多産なのか?その逆にムダなことが大好きで、何かにつけてはさぼろうとし、くだらないテレビ番組とか芸術とかにうつつを抜かす人間の方が文明としては長持ちするのか。結局、人間はモート人との共存は不可能と判断しましたが。このラストの感じだと、どこかのタイミングでモート人を人間に都合の良い奴隷のような感じで帝国領土に連れて帰ってきて、とんでもないことが起こる未来が想定されました。SFって面白いな。宇宙に関する科学+生物学でこんなに面白い話になるのか。SF全然知らないので、ヒューゴー賞周辺から読んでいきたいと思いました。
2022.08.20
作業しながら見るのはアニメのテレビシリーズが一番丁度良い。字幕読める程画面見られないし、2時間映画で展開速いのは追いつけないし、アニメは結構ゆっくりペースだから作業しながらでも置いていかれない。ということで無駄にアマプラでいろいろ見ている。ヴァニタスの手記万年中二病だから吸血鬼とか言われるとテンション上がっちゃう。特殊能力ある割に、戦闘能力一番低い主人公のあぶなっかしさに萌えまくった。マッドサイエンティストに体をいじられまくった幼少期からの、伝説の吸血鬼に力を与えられて人間ながら吸血鬼と対等に渡り合おうとするヴァニタス。何!?過去に何があったの!?そしてサイコーな設定が、吸血に快楽が伴うという。花江夏樹が喘ぎまくるシーンは何度も見た。正直作業どころではなかった。全方向に萌えまくっているけれど、ルスヴン卿×ヴァニタス前提のノエヴァニで行こうと思います。謎の掟のせいで人間ながら殺されることはないヴァニタスだけれど、出過ぎたマネをしたとかなんとかでいろいろされてほしいですね。2期も来るの?アマプラで待機してまーす美少年探偵団1話目の出だしで悪い意味でぞわっとしたけど、見始めてみると面白かった。行動の動機が美しいかどうか、というのは素敵だな。面白いか面白くないか、美しいか美しくないか。なんか貴族ってかんじだ。これだけ奔放な団長なのに、その兄には一体何があったんだろう。何かすごい嫌がらせされて全部嫌になっちゃったのかな。それでも弟の奔放さには特に口出ししないあたり良い人なのかもね。しかしこれだけ純粋な存在となると指示している周りの人が見苦しいものから遠ざけたくなるものなのだろうか。本物の悪みたいな存在が出てきた時、なるべく団長の目に触れなくて済むようにみんな動いていたものね。団長はそういう常識だとか性善説みたいなのがまったく通用しない相手が目の前に現れて、ただ楽しさに水を差してやりたいとか、ひいては傷つけてやりたいと行動に出て来る人に対してどう振舞うのだろうか。お兄さんはその辺で何か嫌なことされたんじゃないかな。見える子ちゃん謎のエロシーンがたくさん入った心霊ものだった。幽霊ってこんなに妖怪みたいな感じなのだろうか。親友が霊を引き寄せまくる体質だけど恐怖よりも友情を優先するのは素敵だ。3カウントは一体何だったんだ!?続きが気になる岸部露伴は動かない(実写ドラマ)キャストもストーリーも素敵だったけど、露伴先生が住んでるおうちが一番すてきだった。アンティーク家具と本に囲まれたアトリエで仕事するって素敵すぎるなー羨ましい!私もこういう家建てたい、という方向に感動した。先生どの辺に住んでるんだろうか、鎌倉とか!?高橋一生がブリッチしながら宅配便に応対するシーンが一番面白かった。
2022.01.04
桃山の美とこころという本を読んで、室町時代の美術が豪華絢爛を求める心とわびさびを求める心が表裏一体となっているという解説にめっちゃ納得してしまった。感動したところ①宣教師ザビエルと禅僧の忍室の会話。(ザビエルって名前久しぶりに聞いたなー)青年期と老年期のどちらが良いか、という問題をめぐっての会話ザビエルが「一艘の船がぜひとも目指さなければならない港を目指している場合、嵐にさらされる航海中よりも、目的地の港までもうすぐそこまで来た段階の方がより一層嬉しい。だから老年期の方が良い」と言ったのに対し、忍室が「目的の港に行こうとしている人にとって、それは大変喜ばしいことであるが、私はどの港へいくか決めていないし、どこへ上陸すべきなのかわからない」と応えた。キリシタンは神から与えられる試練を乗り越えて理想へたどり着くことが人生のゴールと捉えているけれど、禅僧にとってはいく「べき」ところなどはなく、超越的で絶対の存在もなく、ただ現在を現在と捉えるのみ。理想、将来から現在の未熟な自分を見るのではなく、現在の自分を捉えるのみ、という考え方がサイコーと思った。こういう考え方よっぽど自信がないと無理な気がする。分かりやすい目的があって、それを達成するための途上に自分がいて、どこへ行けばいいのか道を示してくれる絶対的な存在があるって物凄く楽な生き方だ。自分で決めてないから。現在の自分がただそこにあって、目の前の物を味わうってのが今の私の理想の生き方だわ。これだけ生き方が多様化している中でこうあるべき姿というのはもうないもの。分かっていても、目の前の物を味わい尽くすっていうのがなぜかできない。目の前の物が目減りしないように、できれば増えていくように、少し先の未来に向かって努力するという考え方が無意識のうちにしみこんでて、楽しんで使い切るよりはセーブして長持ちさせようと考えてしまう。価値があるものという認識だって、世間一般の人が価値があると言っているものを妄信しているだけな気もする。禅の思想にもう少し触れてみようかしら。②華麗な金襴の屏風と幽玄の水墨画の対比桃山時代の美術というと金箔張りの屏風を思い浮かべるけれど、シックな水墨画もたくさん書かれたらしい。南蛮人の豪華な衣装や遊女たちの華麗な姿を金箔張りの豪華でエネルギー溢れる絵にした一方で、精神的な深い場所へ潜り込んでいくような奥行きある水墨画が描かれた。なるほど、と思ったのはエネルギー溢れるように見える金襴の絵の方が、鑑賞者は受動的な見方をして、墨の濃淡で描かれた水墨画の方が、観賞することで自身の精神の奥深くまで到達しようとする能動的な見方をするということ。自分もなぞの創作活動をしているけれど、水墨画に漂う禅の考え方には共感してしまった。豪華さとか美しさだけを求めるのではなく、鑑賞者の心にある暗い心の襞みたいなところに共鳴できるものを作りたいと思っているから。可愛らしくてうっとりする、というものも素敵だけれど、もっと心の深い所で溶け合うような、見ているとその対象が自分なのか作品なのかわからない、自分と作品との境界すら曖昧になってしまうようなものを作りたいと思う。③伏見城には絢爛な御殿があった一方で、めちゃくちゃシンプルな掘っ立て小屋みたいな草庵があった。秀吉のわびさびへの関心は千利休の影響によるものではなく、もともと持っていた傾向が千利休によって伸長された、という説。草庵の設計は秀吉自身が行ったのではないにしても、内部構造に物凄いこだわりがあると書かれている。草庵の中で正座すると、狭い室内なのに奥行きが感じられるとのこと。窓から入る光がものすごく淡く来客を照らすらしい。そういう草庵を城内に作ったということは秀吉自身がわびさびを強く求める心があったという説にはそうかもしれない、と思ってしまった。それにしても風流すぎる。御殿で狩野永徳の絵画を楽しみ、内省したいときはわびさびの境地の草庵にこもる。やりたいこと全部やった人って感じ絢爛豪華とわびさびの二面性を詠いながらも、わびさびの方がに好みが寄っている本だった。これがわびさびなのか、というのは解説つきじゃないとわからないことが多かった。草庵はただの掘っ立て小屋に見えたし、わびを体現した茶器は素人がテキトーに泥をこねて焼いたツボにしか見えなかった。そしてこの両極端なものが2つそろってようやく効果を発揮するのだとも思った。豪華なだけじゃ成金だし、わびだけでは廃墟のようだもの。比較の仕方とか配置の仕方にセンス問われる感じ。これを言葉で解説すれば美学となるのね。
2021.12.31
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美少女戦士セーラームーンSアマプラで配信されてたことに気づき、セーラームーンをS→SuperS→スターズと何度目かの視聴。幼いころの憧憬のすべてが詰まっているー!太陽系5戦士の可愛さが異常だし、外部太陽系戦士のかっこよさも異常だ。はるかさんとみちるさんの麗しさに終始ドキドキしていた。うさぎちゃんの向上心の無さにちょっと驚き。勉強はもちろん、運動とか料理とか裁縫とかすべてのシーンで完全な無能さを晒しているのに、うさぎちゃんは自分ができないことにさほどコンプレックスを感じていない。ちびうさにもっと出来るようになるよう努力しようと思わないの!?と呆れ半分に叱られても、自分としては頑張ったんだからこれでいい、という返し。セーラームーンの世界観では強さ=魂の輝き=美しい夢を持ってる、だからな。向上心があって努力しているから強いというわけではないのね。ジャンプの主人公みたいに技を習得するために修行するシーンがない。うさぎちゃんの場合、仲間のことが大事だなぁと思った時に魂が一番輝く。そしてその輝き方が、己の才能を発揮することで魂が輝く他の戦士たちよりも強い、ということでセーラームーンが最強なのかな。仲間とのつながりが強固になると新しい技が自動追加されるもの。物凄い才能がある人は孤独にならざるを得ない、という考えがこの世界観にある気がする。みちるさんもはるかさんもヴァイオリニストとして、F1レーサーとして凄い才能があるけれど、それゆえに孤独にしているしな。その孤独を分かち合えるから一緒にいる感じがする。二人は才能がない人にはほとんど目もくれないし、才能がある人でもそれを開花させるための努力を尋常じゃない量こなせない人は怠惰くらいに思いそうだからな。ネヘレニアもセーラーギャラクシアも才能を持っているが故に孤高になり、その孤独の心の隙間から悪に浸食された感じがする。はるかさんは目的を達成できない自分へのいら立ちから、あれだけ色んなものを持っていてもなんか余裕がないし、融通きかないし。何もできない自分を肯定しても良い、というよりも肯定も否定もする必要すらなく自分の存在を受け止められているうさぎちゃんに衝撃を受けたって感じがする。最終的にパワー勝ちというよりは説得勝ちだもんな。そんなに自分を犠牲にしてキリキリ努力してどうするんですか?自分に足りないものがあれば、それが得意な友達に補ってもらえばいいのです。友達がいなくて寂しくないんですか?私が友達になってあげますよ、という風に聞こえた。無能な人間には価値がない=無能な自分は許せないの価値観から解放されて絆された人が多い気がする。なんでうさぎちゃんが女王になれるんだろうって昔は思っていたけれど、才能・努力の実力主義の外部太陽系戦士が女王だったら、弱者切り捨て型の恐ろしい独裁政治やりそうだけど、うさぎちゃんが女王だったら自分は全くなにもできないから得意なことがある人を取り立てて活躍の場を与えつつ、どんな人もただ存在するだけで価値がある、みたいな多様性を認めて調和を大事にする感じがするから実は一番女王向きなのかもしれないと思った。
2021.11.07
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薔薇密室皆川作品3つ目。以下ネタバレストーリーの進行はめちゃくちゃ面白いのに、結末がこれじゃない感がすごい会いたいと思っている二人は最後まで会えずじまい、目的は達成されない。これだけのページ数を割いて、登場人物の欲望とそれが達成するかもしれない期待を膨らませてきたのに誰の望みも成就せずに終わるってどういうことだーと思いながら本を閉じた。しかしプロセスがものすごくおもしろいので、そこにある退廃とか血なまぐささの中に溺れようと淀んだ沼の中に自分から潜っていく感じ。欲望が連鎖していくのはとても面白かったです。薔薇の若者を生成しようとしたラウレンツの欲望がコンラートを刺激。美しく素描した絵を銅版画にして印刷したいという欲望につながるも成就せず。残された素描がヨリンゲルとユリアンに刺激を与えヨリンゲルは次の薔薇の若者を生成、ユリアンは銅版画の材料で仇に毒ガスを吸わせようとする。この分岐がめっちゃ面白かったな。美への欲望の連鎖から毒殺の欲望が生まれる。醜いものは美に執着するけれど、美しいものは美へは無頓着。そしてその様子を俯瞰するナタニエル。ヨリンゲルが生かされた理由が残酷すぎる。本当だったら美の資格を持っていたはずなのに、それを剥奪されて現世にリリースされた感じ。薔薇と一体化するには美しさと無垢さが必要なのかしら。自分を美しいと認識する必要すらないほどの美しさ。ヨリンゲルは自分を美しいと認識してそれを武器に使っていたから薔薇の若者への資格がなかったんだろうか。罰せられるように梅毒に罹患させられて美を奪われる。ユリアンの成長しない美少年っていう設定も最高なのに、復讐は成就せず、死の間際の大活躍は一行で済まされ。鬱屈だけ長々と読まされて、それが孵化してジャンヌ・ダルク的な存在になったその部分ちょっとした説明でおわりかー!そこらへんは自分で妄想補完してってことなの?ミルカの存在も?だったな。ユリアンを肉付けしていくのには必要な人物だったけれど。ユリアンがジャンヌ・ダルク化する理由になるほど魅力のある人物には思えなかった。ラスボスのナタニエル・ホフマンの野望が霧消してしまったのが残念だと思いつつも、美に魅了される者の欲望は成就しないっていうテーマなら仕方なかったのかな。ナタニエルは自分が見たいとおもっている物語の主人公に仕える存在なのかな。仕えるというには物語を支配しようとしてかなり大柄に主人公に働きかけすぎているけど。ゲームの進行が支配的すぎて、物語がのびやかに進展していかなかった感じ。ナタニエルの支配から離れたユリアンが突然大きく活躍しだす感じもするし。物語に執着するあまり物語から見放されてしまった。慈しみの女神たちの下巻、途中で放棄してたな、読もうかな、と思った。
2021.08.27
50代半ばの先輩(女性)が新卒プロパー20代後半(女性)の生活が信じられない、と言っていて、その理由を聞いているうちにジェネレーションギャップすげーと思ったので書く。いわく、折角の20代なのに、遊びに行きもせず会社と家の往復で休日もずっとおうち。恋愛もおしゃれもしないしこれといって趣味もないのは信じられない、とのこと。いやーわかんないですよ、家帰ったら神絵師かもしれないし。趣味を話すほど信頼されてないだけの話ですよ、という言葉を飲み込みながらも、20代の子と話していると本当に趣味がなさそうにも感じられる。対する50代半ばの先輩はバブル最盛期にお立ち台でジュリアナ踊ってた人。ザ・バブル!の話がすごいんだよな。夏は軽井沢でテニス。冬はスキー。お金は連れてってくれる男が出す。そりゃあ、趣味がないって信じられないだろうな。でもさ、あなたも別に趣味はないんじゃないの?流行に乗っかってただけで、それは本当に自分がやりたかったことなの?やった結果何か身に付いたの?何にもならなかったとしても、それらから得られる優越感はすごかったんだろうなぁ。工藤静香みたいに可愛かったもんな。輝いてたし、今も輝いてるよ。ギラついてテカってるとも言う。30代半ばの私は趣味のために働いているような無気力・自分本位なゆとり世代って散々言われてきたけれど、それでもやりたいことだけはあったな。オタク的な活動を20代に始めたけれど、活動するためのインフラが20代の時に整いつつあったからそれに乗っかった感じ。レイヤー活動してたのもそのころだったけど、イベントが増えたり衣装がネットで安く買えるようになったりレイヤー人口増え始めのころだった。手を伸ばせば届く距離に色んなものがあった。自分より素敵な人はたくさんいたけれど、私もやってみたいと思えるよう距離感だった。それに楽しいことには自分から能動的に動かないとアクセスできなかった。SNSはmixiがあったけれど、まだイベントで実際に会うのがメインだった。それが30代を超えたあたりから、面白いことが向こうから無料で押し寄せるようになった気がする。映画とかマンガって無料では見られなかったし。レンタルはあったけれど、店に行って選ぶっていう動作は必要だった。今ではスマホ持ってればタダでなんでも見られるし。無料コンテンツを消費しているだけで一生終わる。その中にyoutubeもあって、自分が興味あることを圧倒的技術でこなしている人が無料で自分の体験を放送してて、観衆からお金もらってるってことに驚いた。自分でもやってみたいと思えるようなレベルをはるかに超えたすごい人がたくさんいて、大勢の人がそれを見せてくれてありがとうって感じでお金払ってく。それだったら自分もその他大勢でいいんじゃないかなと思える。自分で体験するから他人の体験を見るにシフトした感じがする。もしかしたらスキーに興味を持った時、50代半ばの先輩は自分で板履いて雪山に行くけれど、20代の子はプロスキーヤーのyoutubeを見ようって思うのかもしれないな。自分で雪山行ったところで出来ることなんか限られてるし、次の日疲れるし、だったらプロの動画見た方がよっぽど特別な体験ができるって考えるのかもしれない。レイヤーも私が自分でやってた当時からphotoshopはあったけれど、今人気の人たちはこれCG?人間の骨格的にこれはありえなくない?という超カワイイ二次元顔・二次元ボディでどんだけすごい縫製技術持ってるの?という完成度の衣装を着てすごい頻度で写真upする。人気ある人とない人の収入差もすごいし。コスプレってお金かかるだけの趣味と思ってたけど、今は好きなことやって稼げる仕事らしい。この時代に10代・20代を迎えていたら、私は何をやっていただろうと思う。何かしようと思えたのかしら。と何かを不安に思ったのだけれど、結局今は今でなぞの手仕事アートマーケットに手を出しつつあり。これだったら私にもできるかも、ってか私の方が上手かもって思えるところを突っつきまくっている感じはある。やりたいことへのアクセスの仕方は世代によるのか人によるのか考え方違うと思うけど、私は20代の子が趣味ないって言ってもなんかわかる気がするなーソシャゲーやってアマプラでも見てればいいんじゃない?と思うし。乗れそうな波を見極めて乗っかるしかない。パフォーマンスは波に乗っかってからだ!やりたいことがない自分はダメだって方向に行ったら、それは違うと主張したい。それまでは黙っていようと思った。
2021.08.17
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双頭のバビロン 上今年は皆川博子を読みまくる年になりそうだ。と思うほど前回読んだ「開かせていただき光栄です」が面白かった。以下全部ネタバレ双頭のバビロンも物凄くおもしろかったんだけど、ツヴェンゲルの存在が素敵すぎてゲオルクとユリアンは双頭である必要がそもそもあったのかなぁと思ってしまった。貴族の嫡男として選ばれたゲオルクと体裁の悪い障害児として見捨てられたユリアン。双子が交感するというのがメインストーリーだけれど、女装したツヴェンゲルの妖しい魅力に二人がとりこになっていつまでも消えない憧れみたいに焦がれ続ける謎のBL三角関係の方に気を取られてしまった。双子が精神的とか肉体的に交感できるのかって実験を行うって聞いたことがある。医学部ありの大学の付属校で双子を入学させるときに「実験に協力します」って念書書かせるって聞いたな。癒着して生まれたゲオルクとユリアンはそれこそ実験対象としては素晴らしい存在だったのだろうな。境遇が全然違う双子、ユリアンが生きていることを知らないゲオルクが、ユリアンが語り掛けて来るとしたら何を伝えたいのか知りたいと交感した時に、もっとも記憶に残ったのはツヴェンゲルの麗しい女装姿。それが頭を離れず、何気なく取った絵筆で面影を描いてしまう。本人が自分だとわかるほど明晰な筆致。なんか倒錯してるよな!ユリアンとの交換にはさほど意味はなく、ツヴェンゲルの映像が見えたことにしか焦点がいかない気がする。そしてツヴェンゲルと実際に会った時に、あの女装は彼だったのか、と気づいて寝食を共にしてツヴェンゲルをテーマにした映画を撮ろうとする。それも滅びの美学のような映画だし。皇帝に仕える女形、革命は失敗して皇帝は没落。女形も阿片窟で行き倒れる。なんとなく自分たちの境遇が重なる。ユリアンの方でも幼いツヴェンゲルの女装姿を生涯忘れられてない感じがするし。ゲオルクに一番伝えたかったのはツヴェンゲルのことなのか。ゲオルクに全てを奪われてしまったユリアンだったけれど、そのユリアンはツヴェンゲルの人生を食い荒らしたように思える。このストーリーのヒロインはツヴェンゲルで間違いない。戸籍のないユリアンと違ってツヴェンゲルは実在しているのだから、相続もできれば職業を得ることだってできたのに。ヴァルター先生の一番の関心の元になれなかったから、ヴァルター先生が一番関心を持つユリアンに仕えることにしたというのに何か愛憎を感じる。引け目と引け目が強く結びついたような感じ。お互いを大切に思っているというよりかは、何も持たずに生まれてきた人生の中で唯一近くに居た人間がお互い同士だったって感じ。ツヴェンゲルがゲオルクに接触したのは、ユリアンのことをより深く知るためだったのかもしれない。芸術家の家が破綻したときに、別の職業に就いて自分の人生を生きることはいくらでもできたはずなのに。あろうことか、就職した先がゲオルクのところ。自分を苦しめるために選択しているように思える。ユリアンが会いたくてたまらなかったゲオルクに接触して、そこでもゲオルクの影のように付き従う。自分の境遇は語らずに、ゲオルクの内奥の思考に触れる。身の回りの世話をすることで交感にも手を貸しているように思える。礼儀正しくて思慮深いユリアンとツヴェンゲルが、自分たちを害そうとする他者に対してタガがはずれたように攻撃的になるのはなんか素敵だったな。彼らの欠落した部分をより一層際立たせるかんじ。内側と外側。内側の人間には触れるのも恐れるようなソフトタッチなのに、外側の人間には容赦なく刃物を突き立てる、みたいな。最終的にユリアンはゲオルクとの交感に意味を見いだせなかったのかもしれないな。光と影の存在が分かれてしまった時、なんとなく影が光のところへ帰ることを想像させていたけれど。影はもっと深い闇の方へ進んでいった感じがする。人間の心の闇みたいな卑小な意味じゃなく、もっと根源的な宇宙の闇の中、みたいな。そして同じく闇に溶けたツヴェンゲルと溶け合った。ゲオルクの過去に触れたって今更どうしようもないことだしな。一瞬はゲオルクとしてこの世に生き直そうと考えたはずだけれど、ゲオルクが生きていたからそれが頓挫したというよりかは、生きる目的がそもそもなかったから可能性を手放してしまった。ゲオルクはその後、ムーランの映画を完璧に完成させてツヴェンゲルの面影を銀幕の中に永遠に固定するんだろうな。凄まじい喪失感、影を失った男として生きていくだろうけれど、ゲオルクは光そのものだから影を必要としないのかもしれない。ゲオルクの存在は虚飾のハリウッドで黄金色に輝き続けるんだろうけど、その内部に燻っている創造の力が闇と汚濁を源泉にしているのが超萌える。
2021.08.07
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鏡を見たときに「あれ?私老けたわ」って実感した時にクローゼットの中身を全部入れ替えている。老いというのはなだらかな坂道を下っていくわけではなく、平坦な道を歩いていると急に崖があって落下するように老けステージが1段下がる。突然の転落。30歳になるのを気にする女性は多いけれど、私が老けを実感したのは32歳だった。30歳なんか何も変わらない、恐れるに足りないものだわって思ったけど、それはただ平坦な道の途上にあっただけで、ステージが変わる段階が来るのが少し後だっただけ。そしてそこへ降りてみると、もう二度と崖を登ることはできないと気づく。気づいたときに今自分が持ってるワードローブに違和感を覚える。急に似合わないような気がしてくる。というか服に対するテンションがものすごく下がる。好きなものからお別れ宣告をされている。27歳~鬼の様に買ったヴィヴィアンスーツを着ると「奇抜なおばさん」の様相を呈している。もはや服に求めるのものは清潔感と礼儀正しさだけだ・・・と思って、ナラカミーチェからメールで「3日間限定!フラッシュセール80%OFF」ときた時にだけ服買う。会社用の。試着もせず。スーツ上下+普通のブラウスで3万円くらいの出費。喜びはないけど、会社での職務をきちんと果たしている感じがする。人形作りから片足一歩踏み入れたサブカルアート界隈では、高円寺あたりの古着屋でブランドコートを2万円くらいで探し出して、めちゃくちゃおしゃれに着る、って人をよくみかけてうらやまし~~と思いつつ、どんなに頑張って取り入れようとしても会社と両立できる服は見つけたことないぞ。古着屋に行くと、どんなアイテムも何かしら定番から外れた奇抜さで買い物カゴから脱落する。「会社で着る」というアタマがある人とない人では選び方絶対に合わない。しかしいい服買っても、会社辞めたら途端に用のないものになる気がして、ばかばかしいなと思う節もある。誰にも会わない休日は防寒できてスッピンでもスニーカーでもOK、洗濯OKな服しか着なくなる。それにいいコートのクリーニング代はユニクロのダウンジャケット代と同じくらいする。無職じゃコートの維持もできないよ~こういう考え方だから一生マインドが「会社員」なんだよ。見栄は捨てて実用性だけで生きろ!そしたら満員電車とくだらない人間関係を我慢しなくてよい好きなことにフォーカスすると途端に貧乏になる。好き重視で価値観を選択する意味でもナラカミーチェ80%OFFに自分を慣らしていこうと思ってたんだけどね・・・気晴らしで入った伊勢丹で試着したマックスマーラのカシミアコート・・・素晴らしかったな。これだったら40歳になっても似合うな。マヌカンも50代くらいの女性だったし。伊勢丹マジックで目つぶしされたけれど、タグに60万円って書いてあって目が見えるようになった。しかしその隣にショップだしてるウィークエンドでは1/3の値段でカシミア買えるんだ・・・これは一度かったら10年はイケる。奇抜なおばさんから上品なおばさんにアップデートだ!と思ってアイカードを取り出した。マックスマーラ Weekend Max Mara レディース コート アウター【ottanta coat】Camel結局価値観が振り出しに戻った。服はパっと見の「わぁ!キレイ!」で選ぶという価値観。高くても安くても奇抜でも定番でも一瞥したときに「わぁ!きれい!」と思えるとそれは素晴らしいものだ。「は?なんか残念」ってなったらオワリだ!私は「今を楽しむ」ってことがなんかできない人間なので、40歳の自分に持っていてほしいもののために現在を選択すると考えるようにしている。結局今から種をまき始めたものが収穫できるようになるのは40代だしな。無理なく続けられ、楽しく、そして成果が出る。脱会社、脱都市って考え方をする場合でも、今から準備したら40になるだろう。実家で寝起きしてバイトしてれば問題なく食いつなげるだろうけど、それを40歳の自分がしていると考えると、よっぽど中身が充実していないと納得できない。今の方がましだと思える。何が納得できないのかって、同じ時間を労働に費やした時の収入差と何かを選ぶときの選択肢の範囲について。無理に変えようとしたり、ガマンしているとストレスがかかって、結局前の価値観への揺り戻しが起こる。とりあえず奇抜な服からお上品な服をクローゼットに用意する。年齢を意識し始めた時から、筋トレと上品ベーシックに移行するんだよ。
2019.12.07
2日目目が覚めたら8時半。昨晩のワインボトル飲みの後遺症は残らなかった。ホテルの朝食にギリギリ滑り込み。超豪華じゃないかラッキー。卵かけごはんを死ぬほど食べて部屋に戻りシャワー浴びて二度寝。再度目が覚めたら11時。やばいグダグダになってきたぞ。とりあえず嵐山へ。雷電という路面電車に乗る。噂の竹林の小径は物凄い観光客で足の踏み場もない感じ。竹倒れるんじゃね?って人混みの中を人力車が通る。写真も撮ったけど、この大混雑が映らないように写真を撮ろうとすると必然的にカメラが上向きになり、よくわからん竹林の写真が残った。竹林の真ん中にある野宮神社へ。縁結び・子宝というのをスルーして学問の神様にお祈りしてお守り買う。大通りへ戻ると人混みの激しさが増している。沿道のお店は長蛇の列。リラックマカフェ、スヌーピーカフェというわけのわからん店もある。スルーして天龍寺へ。ここはなんかあんまり記憶がない。天神図だったか?で平成になってから画家が大きな龍神の墨絵?を書いたのが公開されていた。どの角度から見ても龍神と目が合い、顔の角度も変わる。すごい、どういう構造になってるんだろうか。目の錯覚?天竜寺はマップが広大でものすごく歩いた。石畳歩き放題で昔にマラソンで痛めた膝がしんどかった。売店でアイス買って食べてまた雷電乗って仁和寺へ。雷電の中のチラシに仁和寺の373年間公開されなかった秘宝を見せます!って書いてあって行ってみようと思った。お寺の入場料かなり高いな。本殿の拝観料・お庭入場料・宝物館入場料の三段構え。お寺儲かってます!って感じ。ペイペイ賽銭は実施されておらずニコニコ現金払い。売上ちゃんと申告してんのか?京都に来てオートチャージパスモが全くオートチャージされていないことに気づき、小銭を出せと言われた時のあたふた感。しかし仁和寺はイチバン来てよかった寺でした。秘宝まじすげぇー超豪華な千手観音と仏像36体大集合+豪華な壁画。373年間寺を守る皇族にしか公開されなかったのか。ごく一部の特権階級だけの街だよな。千手観音の「千」ってのは当時、千以上の数は無限と同じ意味だったから、人々を救うための手を無限に持っている観音様で、そのほかすべてを見渡す千の目を持ち、助けを求めている人を見落とさないようにしている。でも千手観音が助けを求めている人のことを音で察知している、などの説明を聞く。いいねー!救う神!罰する神の方がポピュラーじゃない?と思いながら合掌。私、日蓮宗で葬式上げる家系だけど許してくれる?音で察知ということは助けてほしかったら「助けてください」と声にださないと観音様は察知できないのですね。しかしそれを皇族のためだけの観音様であったのだから、ご利益というのは限定されているのでは?とも思う。そして本殿へ行き、門とか庭のこけとか壁画などを見る。お寺に来た記念に「千手観世音菩薩護符」をもらう。千の手で助けてくれそうな感じ。お隣の竜安寺へ。段々歩き疲れてきました。竜安寺もマップが広大。超歩く。当初、仏教芸術を楽しみに来ましたけれど、段々パターンが分かってきておなか一杯になってきました。仏様の表情はいろいろと違えど、決まったポーズ、決まった顔、決まった種族と例外はない感じ。あまり自由に作ったらいけないのが仏像なの?と思いながら駅へ向かう。道すがらお茶する。入ったカフェで初めて京都生まれ京都育ちの人に出会う。竜安寺が散歩コースで四季折々の花とか紅葉の様子などをいつも見ているという話を聞く。みやび~竜安寺周辺の地元感がものすごい。観光客向けというより生活スペースって感じ。市街地からは若干離れているからか。また雷電に乗り、ホテルへ。またこの時点で6時。ダラダラ観光してもちゃんと見られるし疲れが夜に響かないのもいいね。この時二条城のプロジェクションマッピングをスルーしてしまったことが悔やまれる。またホテル裏手のおばんざい屋さんへ。京懐石っぽいコースメニューを食べる。マスターは30年間京都に住んでるけど、京都にはあんまり興味がなくてお休みの日は別の所へ遊びに行くという話を聞く。京都に住んでいるとうらやましがられるけど、住むメリットはあまりない。税金はほとんど観光客のために使われるし地元住民向けには生活用品すらあまり売られていない。トイレットペーパーを入手するのが大変。たまにきて楽しむのが正解。などの話を聞く。住むには適さないのかしらー長期滞在してじっくり観光してみたいとは思うけどね。すっぽん料理などをいただく。すっぽんって京料理なの?2日目終了。3日目最終日。徒歩で二条城へ。城の中が超豪華だった。時代ごとに装飾の趣味も変わるなーってくらい豪華だった。将軍用の超広い部屋と比べると老中の控えの間は狭くて可哀相だなって思うけど、普段私が住んでる6畳と比べたら2倍以上広いなー。金箔張りまくりの豪華さはあれど、ごちゃつかないのが日本の美意識なのかしら。余白があって目が疲れない感じ?仁和寺は皇族のためのお寺だからかわびさびがあったけど、二条城は将軍のための住まいだから豪華さで来客を威嚇するようなつくりだった。常に何かと戦ってて敗北を恐れている感じ。襖絵も虎だしな。虎が3匹子供をうんだら一匹は豹だった、という絵。そんなことあるか。床を歩くと、床下の鉤がきしんで鶯が鳴いているような音がでる。ものすごい数の観光客がひっきりなしに歩くのでキィキィキィキィ鳥害騒音かってうるささだった。京都市立美術館へ移動。円山応挙を見る。サントリー美術館に来てたような・・・その後、東寺へ。期間限定・五重塔の1階部分を公開します。すごい行列を突破して観賞。まにまにのあくまみたいな黄金像が。しかも東西南北4方向に像がびっしり。中、こうなってたんだ・・・一人で行列の中待っていると、他の人の話していることがものすごく聞こえてくるんだけど。どうしようもないギャル男集団も出張のついでに来たっぽいどうしようもない営業も遊びまくりの大学生も、千手観音の前ではお賽銭投げて頭を垂れて合掌するっていうよく知らないなりに絶対に敬って大切にしなきゃいけないって共通認識があることっていいなって思った。時間ギリギリに新幹線に飛び乗り東京へ。京都旅行終了。国宝見ながら普段自分がやっていることのサブカル感に打ちひしがれたぞ。そして自分がハイカルチャーの中には今後入っていけないだろうことにもね。もし平安の時代に自分が生まれていたなら、仁和寺とか五重塔の中がどうなっているのか知る由もなく字も読めず絵を描くって発想も持てないまま畑耕して死んでたんだろうなーという文化格差を感じた。今何かを作って何かを勉強しようと思えて、そして多少なりとも実行している状況は私個人としてはとてもいいことなんだろうなぁ・・・ということを考えながら家に帰った。帰った先に、レポート提出期限のお知らせや科目試験の案内があり、部屋には作りかけの人形がごろつき、フラッシュセールで買った洋服等の荷物が届いていた。途端にいつもの生活が押し寄せる。
2019.11.04
転職してから初の旅行。4年ぶりくらいに旅行した。人形制作と大学入学で会社行く以外はほとんど机に向かってなんかする生活をしてたら、この世のほとんどのことから興味がなくなってしまった。人形では粘土をずっといじくってだんだん自分が求める表情に変化していくのを見るのが面白いし、大学のレポートは18世紀の文学について考察することを求められる等、俗世との隔たりがものすごい感じ。たまには家から出ようと思って京都に行ってきました。1日目12時半に京都着の新幹線で出発。中学校の修学旅行ではいかなかったところへ行ってみよう。徒歩で三十三間堂へ。近くもないけど歩けなくもない距離。黄金に輝く仏様大集合。そしてその手前に国宝の立像。穏やかな顔をした仏像をバックに怒り狂った筋骨隆々の風神雷神、梵天とか他の像。穏やかさと激しさのコントラストがものすごい。このテンションの違い。雷神像はうつむき加減で立っているので、膝をついて見上げないとお顔が見えないんですけど、その場にいたすごく幼く見える中学2年生と思われる女生徒がナチュラルにすっと膝をついて見上げ祈りを捧げた時にはなんだか感動してしまった。まさかこういう風景が見られるとはね。そしてそのまま国立博物館へ。三十六歌仙の絵姿展示。柿本人麻呂・紀貫之の似顔絵展示。イヤホンガイドはちはやふるの声優。うわーはるか昔に教科書で読んだけど全部忘れたしアニメも最近全然見ないから何が何だかサッパリわからないなー。贅沢の限りを尽くした絵巻物を36個に切断して超金持ちで分け合う。誰がどの絵をとるかクジ引きで決めたのには住友財閥の創始者も参加した、みたいなケタ違いの金持ち感。人気職業No.1は和歌詠む人ってのも文化レベルの高さに驚く。この風雅さを持続させるにはすごいパトロン必要だなーと思いながら鑑賞終了。お茶してそのまま清水寺へ。すれ違うレンタル着物の観光客。着物の可愛さとクオリティがめちゃくちゃ高い。浅草とは違うわー大正ロマン柄もいいし、成人式みたいなハデなのもいいし、シックな灰色もいい。小物までカワイイお土産町でアイス食べて和傘買って境内へ。ものすごい人です。ほとんど外国人。カワイイなって思うと大体韓国人、中国人は家族連れでよく見ると服が全部ブランドもの、欧米の人は登山ルックでめちゃくちゃバイタリティ高そうな感じ。比叡山でも登るのかな。日本人はレンタル着物のインスタグラマー以外は地味で安そうな服着て控えめに観光していた。国ごと分布図。わかりやすく「ハイ!楽しんでください!」と言われた時に人がどういう行動するのかが全部見られて面白かった。自分がどこの分布図に当てはまるのか。お土産もの屋さんは店員がほとんど中国人だった。売ってるものも外国人向けで日本人が見てもあまり面白くない感じ。この辺は浅草と同じ。日本人観光客と現地在住の人はあまり期待されていない。唯一普段使いできて周りから浮かないのが和柄の傘かなーと思い購入した。カフェとレストランは混雑しすぎて入れないのでアイスをテイクアウト。抹茶ソフトがほんとうにおいしい。清水寺は改修工事中。出世の大黒様見て大仏様みて清水の舞台から写真とってホテルへ。ここまでで5時間くらい。5時にはお寺・神社は閉門なので観光リミットが早い。夜ごはんどうしようかなーと思いホテルへ歩く道すがら、料亭へ突撃するも、「ご予約ですか?どちら様からかご紹介ですか?」などの質問を突破できず門前払い。悲しみに暮れながらチェックイン。しかし時間的にはまだ5時半だぜ。仮眠してホテル裏手のイタリアンへ。金曜日の夕方なのに人が誰もいない。2件目を探しに行くのも面倒なのでここで酔いつぶれようと決める。アラカルトでいろいろ注文しながら赤ワインをボトル一本飲み干してホテルへ戻る。駅出てすぐに観光地。ホテルも市街地の中心にあるなんてサイコーかよぉーと思いながら気絶するように爆睡して1日目終了。
2019.11.04
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ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド オリジナル・サウンドトラックリックと一緒にいる時のクリフさんがいかに愛に満ち溢れているかについてはサントラの歌詞で確認できます。買ってみてめちゃくちゃ驚いた。これは・・・!タランティーノ監督・・・!狙ってるな・・・?他に解釈できないもんな!クリフだけが映っているシーンでは渋くてカッコイイBGMが流れる。その効果もあってクリフが主演映画俳優みたいにゴージャスに映る。それに対してリックが映るシーンではあまり音楽は流れない。演技に成功するときだけカッコイイ西部劇の音楽が流れたな。成功しているゴージャスな人間の後ろにだけ音楽が流れるっていう設定なのかしら。ポランスキーとシャロンのシーンではポップで素敵な音楽がいつも鳴っているし。クリフのシーンはかっこいいんだけど、音楽の内容は完全にリックにメロメロですってラブソングなのがちょっと恐ろしいな。これは内面的な余裕を表しているんだろうか。クリフの方がはるかに生活レベルも劣っていてハリウッドでのキャリアもないし、明日の自分の身がどうなっているのかもわからない状況。それなのに超豪華な音楽付き渋い演出。しかしこれが最後の最後に逆転する感じもする。そしてどんな状況でもクリフがへらへら笑顔を張り付けている理由。これがアド・アストラで解説された感じ。笑顔を張り付けていることで自分の内面を隠す。(あまり隠せてない)人を遠ざけておくために。ブルース・リーとケンカして現場を追い出された時も特に言い逃れはせずにヘラヘラ笑顔を浮かべて退場。心の底からどうでもいいんだろうな。自分に自信があるってことでもある気がする。本当に何も持っていない人だったら人の評価が気になるだろう。これがリックと一緒にいる時だけは異なる。同じように笑顔を張り付けるにしても。仕事を得るとか、それで成功するってことはクリフにとってはどうでもいいことなんだな。リックと一緒にいられさえすればよい。奥さんのことはどうやって殺したんだろう。ただ単に海に突き落としたのだろうか。そもそも海が荒れることを知っていて奥さんを船に乗せたんだろうか。その船はリックの船なのだろうか。人を愛せなそうなクリフが妻を娶ろうと考えたってのに驚き。奥さんの方も「みんなからあなただけはやめておけって言われたのにそうしなかった自分がバカ」みたいなこと言っていましたけど。クリフ評はリック以外からは最悪だな。多分リックに会うまでのクリフはだれに対してもこんな感じだったんだろうな。それを劇的にリックが変えちゃった感じ。昔のクリフを知っている人はリックに会った後のクリフを見て驚くんじゃない?第一印象サイコーだけど5分後に決別のクリフと第一印象最低のリックが出会った時、必ずひと悶着あったと思うんだけどな。自分をリック・ダルトン様だ!と思ってちやほやされて粋がっている流行りの俳優時代のリックと戦争帰りの荒れ果てたクリフでしょ?リックが大きな口叩いたときに、ブルース・リーにしたみたいなことしなかった?ものすごい大ゲンカからの仲直り→次の仕事も頼むよ的な?ヒッピー娘に笑いかけた時のクリフは一体何を考えていたんだ?単純にカワイイなって思ったのかな。純真そうで野心がないところとか?リックがヒッピーを毛嫌いしているのに対してクリフは寛容だったな。クリフ自体がヒッピーみたいなもんだもんな。同族意識でも持ったのか?1回目に見た時には一発ヤってやろう位考えてたんじゃないかと思ったけど、ヒッピーから誘われてもかたくなに拒否していたし。貧乏であてもなさそうだけど毎日楽しそうな女の子をうちへ送り届けてあげようっていう良いおじさんの考えだったのか。でもスパーン映画牧場に住んでるって聞いたときに目の色変わった感じがする。ヒッピーコミューンを犯罪者の巣窟か犯罪の芽くらいには思ってそうだな。自分は人を殺しまくるクセに。コンビ解消を言い渡された時のクリフさんの表情がなんとも言えず。怒り出すこともなく、泣き出すでもなく、ただ一言オッケーと言ってそれで終わり。ちょっと泣きそうになってない?でもな、きっとリックがフランチェスカと長続きするはずもないってわかってるんだろうなーフランチェスカ家事何もできなそうだし、リックがヨワメンタルなことも知らないんじゃないの?イタリア映画では主演張ってチヤホヤされまくってたリック・ダルトン様がアメリカに帰ったら大して有名でもない俳優でしかも仕事もない。豪華な暮らしもできない。LAの豪邸に来て喜んでたフランチェスカだけど、リックがなんとか生活を続けるために売却してアパートの引っ越そうとしていることは知らなそうだしな。アメリカでしみったれた生活をするくらいだったらイタリアに帰って女優業やりたいと言い出しそう。この三角関係がまんまポランスキー・シャロン・ジェイの関係と同じだな。破局するのをじっと待ってる。失恋ソング「キープミーハンギンオン」を大音量で流し感傷に浸ろうと思っていたところにヒッピーに襲撃されてなんか喜んでたもんな。「君を忘れさせてくれ、君が俺を忘れたように」フランチェスカと結婚したことで案外あっさりクリフとのコンビを解消しようとするところにクリフもきっと思うことがあったんじゃないのか。「君に会えばまた心が砕けるだけなのに?自分ではそれをどうすることもできないのに!」うわーーーー!それでもリックがそう決断したのなら従うまで。裏切りに近いことをされた上に、LSDでハイになっていてもリックは守る。だがフランチェスカはおとりとして死んでもいい。そしてこの鬱憤を晴らせる。合法的に人を殺していい状況になったことを喜んで笑っているようにしか見えない。犬に人を襲うように躾けておくってのがものすごいよな。しかもご飯あげる時と同じ合図で人を襲うように躾ける。口笛?合図もどういう意図か犬に分からせておくのが凄い。どうやって躾けたらああなるんだ。犬もきちんと凶器をもっている手に噛みついてたぞ。ラリっていたとはいえ、無傷で勝てそうなものを、実はクリフさんわざと刺された?リックのためにケガを負ったとなったら、リックが悲しんでお別れの時間を長引かせることができることは必然だもんな。クリフが病院に運ばれた後、ポランスキー邸の門が開くところは何だか象徴的だった。成功への扉が開いた感じ?門の先は上り坂。そして音楽が流れる。リックにも主演男優の資格が与えられた感じ。しかし病院に運ばれるクリフには音楽なし。とうとう立場が逆転してしまったんじゃないか。これから先、スタントマンとしての仕事は更に少なくなるハリウッド映画史。クリフのキャリアとしては縮小傾向だけど、リックが成功したら金銭的な理由でお別れを申し出たから再雇用ってのもありうるな。一生、親友兼家政婦として過ごしていくんだろうか。リックはクリフの性格を知っているんだろうか。あの凄惨な殺し方はあまり見ていなかった感じもするしな。リック自体も火炎放射器でヒッピーを焼き殺しちゃったりはするし、容赦ないところある。しかし、道具を使ってそうやったリックと違ってクリフは素手で女の顔を割るってものすごい殺し方だったしな。異常性に気づかないのかな。しかし昔々~で始まるおとぎ話は、末永く幸せに暮らしましたで終わるから。きっとリックとクリフについても末永い幸せライフが待っているんじゃないか?サントラ聞きながら円盤発売を待ち受ける。
2019.09.29
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ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド オリジナル・サウンドトラック [ (オリジナル・サウンドトラック) ]軽い気持ちで見に行ったらどっぷり沼に浸かってしまったワンハリ。4回見た。ブラピかっこよすぎだろー!1回目見たときは売れないスタントマンのクリフが落ち目俳優のリックのワガママに振り回されてて、内心怒ってんじゃないかな・・・この顔のアップはイラつきを表してるのか・・・?と恐々見てたんですけど・・・2回・3回と見ていたら、いや違う、クリフはリックに心底惚れ込んでる、到底理解できるレベルじゃないほどに・・・!と気づく。ブラピ沼にドハマリしてオーシャンズ11→12→13とファイトクラブを再鑑賞してみました。男が妄想する理想の男を演じているブラピ。いつでもスマート、超有能、プリミティブな狩猟民族みたいな犯罪者役、ダンディズムというかマッチョイズムというか。今回のワンハリではカッコイイ理想そのもののキャラ設定の中にサイコホモ要素を混ぜたのはタランティーノ監督の故意だよな!そうじゃなかったらこういう映画にはならなかった!と確信しました。以下ネタバレ冒頭、リックがシュワーズにアメリカにいても落ち目なんだからイタリア映画出ろって言われた時~翌朝の別の撮影に臨むまでの時間だけでも濃密なクリフ→リック愛が展開されていました。シュワーズの発言に傷つくリック、涙目になってるのを見たクリフが「何があったんだ」「あいつに何を言われたんだ」「どうしたんだ」って詰め寄りまくる。質問を重ねるごとにシリアスになる感じ。返答によってはそのまま店に乗り込みシュワーズぶん殴るみたいな感じ。俺に関する真実を言われただけだ・・・と泣き出すリック。泣いている所を誰かに見られていないか辺りを見回すクリフ。多分ここでリックが泣いていることに気づいた奴がいたらものすごいニラみを効かせて来るんじゃないか。図星突かれると人は怒りだして攻撃的になるって心理がありますけど、リックの場合は特に怒りはシュワーズに向かず自分自身にしか向かないんですね。しかも情けないって内省がメイン。ワガママでどうしようもなさそうに見えて人の悪口は絶対に言わない。そういうところが好きなのか?リックの方でもクリフがなんでも受け止めてくれるって知ってるからサングラスで涙隠せって言われた時も素直にクリフの方に向き直って掛けてもらうの待つ。しかもサングラス返さずに自宅に戻ろうとしてクリフをちょっと足止め。普通だったら自宅まで付いたらリックをおろしてそのまま帰宅するだろうけど、玄関先までお見送り。で、クリフがリックのお守りを終えて自分の車に乗り込むと、人が変わったような荒い運転へ。1回目では、そうだよな・・・こんなヨワくてダメな奴がボスじゃあこうなるわな・・・って同情してたんですけど・そうじゃない。ここで流れるBGMがサマータイム。坊や、お前の父親は金持ちで、母親は器量よし、だから何も悲しむことはない。いつかお前は翼を広げて大空へ飛び立つ。安心おしよ、その時までお前を傷つけるものはなにもないのだから。という歌詞。ビリーホリディ版が哀愁漂っててめちゃくちゃ好き。スゴくなーい?お前はハリウッドに邸宅構えられるほどの金持ちでハンサム、何を悲しむことがある。いつかまた俳優として再ブレイクする日が来るまで、お前を傷つけるものから俺はお前を守るんだ、だから安心して今日は眠れってことでしょう?普段の運転の荒さから、リックを乗せて車走らせるときの安全運転の心がけのハンパなさがわかります。リックが調子いい時はあまり話しかけず一歩後ろに下がって着いていくクリフ。傷ついて帰ってくるときにだけ受け止めて慰める。大空へはばたくときにはきっと、少し身を引くんだろうな。で、クリフの帰宅シーン。超きたねートレーラーハウス。ポランスキーと遭遇してちょっと機嫌がよくなったリックに「お前も家を買え!屋敷こそ存在の証だ」とか上から目線で言われたのにイラついてたのかなーと1回目は思いましたがそうじゃない。至るところにリック・ダルトンフィギュアが飾られ、テレビガイドやら映画雑誌やらを買いまくり、リックが出演する情報を集めまくっている。しかも屋敷を買うことなんかまったく興味ない。リックが行くところがクリフの居場所だからどこでも移動できるトレーラーハウスで生活するのがベスト。ただでさえ出張が多い俳優だもんね。で、翌日リックを撮影現場に送り届ける時も「お前はリックダルトン様だってことを忘れるな」って言って慰める。この時リックが声ガラガラで風邪っぽくなってるのを気遣って、クリフがミントタブレット渡してますよね。リックの車ではタバコ吸わないクリフはガムだかタブレットだかを常備してますから。テレビのアンテナ直しといてと言われるクリフ。超有名な半裸でアンテナ直しのシーン。胸板+シックスパックが飛んでもなかったけれど、どういう傷負ったらこういう傷跡が体に残るんだってくらいものすごい傷だらけの体。戦争の英雄って言われてましたけど、本当に最前線で陸軍一兵卒だったんじゃないのかと思わせる、普通の人の生活感のない体を披露。そしてここで取り出すタバコがリックがCMやってるレッドアップル。多分クリフがCMやってるから買ったんだろうな。そして、テレビのアンテナ直したのはその夜に放映されるリックのFBIを一緒に観賞するため。リックの方でもクリフを誘いたかったし、クリフの方でもFBIの放映日が今夜であることはテレビガイドで知っていたはずだから、「アンテナ直して」ってのは今夜一緒にFBI見ようねって相互の了解だったのではないか。で、撮影の演技も高評価を得られ昨日の荒れた気持ちが直ったリックを迎えに行ったクリフが特にリックに何も声をかけないのは、様子を見れば撮影がうまくいって、良い演技ができて周りからも一目置かれたってのが分かったから野暮にいろいろ話しかけなかったんだろうな。リック様が大空旋回中は何もしないクリフ。地上に降りてきたときにだけ手を広げて迎え入れるんだなーFBI観賞中もリックを褒めるばかり。そしてLSDタバコを買ったからここに置いておく、吸うんだったら俺の分も残しておけっていうクリフ。またここに来るがいいな?って意味だよね。しかもタバコケースってリックが毎日使うものだし、その中に色が違うタバコが一本だけ入ってて、一目見ればクリフを思い出す。そして特別なトリップ用のタバコだから気分が沈むときとか良いことがあってめちゃくちゃに騒ぎたい時があったらクリフと一緒に吸おうとリックに思わせる。リック愛がめちゃくちゃ詰まりまくってて場面を上げたらきりがない。リックのことは好きだけれど、スタントマンとしての仕事を円滑に乗り切るって考えが全くないのが驚き売られたケンカはみんな買う。相手が誰であろうと関係ない。そしてとりつくろったりせずにこの場から出て行けと言われたら文句も言わずに出ていく。ちゃんと立ち回れたらブラッドピット並みの超有名俳優になれたってことでしょう?リックよりも偉大な俳優になれたかもしれないのにそれをしない。クリフは第一印象はめちゃくちゃいいのに、知り合って5分後には相手からものすごい嫌悪を向けられますもんね。思いやりが足りないとか自分勝手とかそんなレベルではなく。「気味が悪い」って煙たがられる。きっと演技できないんだろうな。日常生活だって多少はいい人を演じるものだけど、そういうのも一切できないもんな。リックの前にいるときは別として。この気味悪さに唯一気づいていないのがリックだろうな。それを隠そうとする努力をしているのか。リックはクリフがめちゃくちゃ優しくて気の利いてイイヤツなのに、なぜかスタントマンの仕事が入らない、俺が落ち目だからクリフにも迷惑かけているのかも位には思ってそうだな。クリフが何も好意を感じていない人を目の前にしたときに、自身が抱えているサイコ的な面を一瞬のぞかせるんだろうな。のぞかせようとしなくても出てきてしまうものなのだろうな。そして逆にリックは第一印象は最悪なのに、最終的にみんなリックのことを好きになる。ランディだってクリフは嫌いだってハッキリとリックに伝えてスタントマン起用はしないと宣言しているのにリックになだめられて起用することに変えたし。多分どうにかしてあげたいって思わせるタイプなんだろうな。タランティーノ監督がインタビューの時に言ってたけど、スタントダブルは俳優と同じ背格好・同じ仕草をする。ってことはクリフはリックの仕草について練習したりしたんだろうな。冒頭のバーでカクテルを飲むときの仕草全く同じだったもんね!飲んでるものは違ったけど。カメラに映るクリフの行動はリックと判断がつかないはず。人の気持ちを思いやったことが一度もなさそうなクリフがリックについては歩き方・体の動かし方がそっくり。そして体の動かし方がわかるってことは何を考えているかもわかってるってことか。どういう判断でこの行動・この演技をするかってわかってのスタントだもんね。しかもスタントをするってことはハデな見せ場ってことだし・リックの演技のかなめでもある。うわー映ってないところにもリック愛があることがわかる。愛が溢れすぎててしんどいー
2019.09.29
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【映画ポスター】 アド・アストラ Adワンスアポンアタイムインハリウッドを見てからブラピ沼に沈んでしまい、アド・アストラを見てきました。ワンハリ見た時もビックリしたけど、やっぱブラピ老けたなー。自分の中のブラピ像がオーシャンズシリーズで止まっていたので顔のシワ加減に驚きを隠せない。オーシャンズとかファイトクラブとか、刹那的な生き方・欲しいものはその場で手に入れろ・恐れるな・手にしたものはすぐ使い決して保持しようと考えるなって、強い男のイメージだったのがアドアストラで変わりました。刹那的に行き過ぎた男が最終的に50歳超えて、いろいろやってきたつもりだったけど実は自分の手元に何も残っていないんじゃないかと悟るかんじ。他の映画からのイメージなのでアドアストラと関連ははいんですけどね。自分の私生活を演技に反映させたってインタビューを聞くと深読みせずにはいられない。宇宙飛行士になるほどのエリートが冒頭で「感情を抑えること、笑顔でひとと接することで自分の本心を隠す・俺に触るな!」と言っていたのがまんまワンハリのクリフじゃないのって思って感激してしまった。宇宙飛行士については何も知りませんけど、ものすごく社交的で全世界と友達になれるタイプじゃないと選ばれないと聞いたことがあるような。笑顔の下をものすごく隠してんだろうな・・・ロイ視点で描かれているので人当たりの良さがそこまで表現されていなかったけれど、多分一目姿を見せればクルー全体から信頼を寄せられて場の雰囲気が安定したり緊張するような場面を和ませて任務達成が容易になったりするんじゃないかな。(ブラピ贔屓)しかし結局のところ宇宙飛行士を志したのは超優秀な父親の影響。自分で選び取った人生ではないとか、努力しても父親の期待に応えられるレベルに到達していないとか、そういう面が悪影響を及ぼしていそう。家族愛の欠如っていうのは永遠のテーマだよな。克服できたりできなかったりする。大体はできないなりにもっと自分らしく生きていいんだって結論付ける。設定が「近い未来」というだけあって、火星が人間の居住地になっているところを見ると、宇宙飛行士っていうのはそこまでエリート職業じゃないのかもな。海王星まで79日で行けちゃうってのもね。ブラピの目の演技が素晴らしかったってものすごく聞くけれど、私はトミーリージョーンズの目の演技が好きだったなぁ。仲間の死体が漂う宇宙ステーションで浮浪者みたいになりながら自分の研究を続けている。しかもところどころ仲間と争った跡がある。父親は自分の宇宙ステーションのせいで地球人4万人が死んでるってことを知ってるのだろうか。知っていて動じていないのだろうか。アメーバみたいなの探すのに犠牲出し過ぎじゃない?決死の覚悟で迎えに来た息子を見て、「自分の旅路はここで終わるんだ・・・」と悟った時の動揺の目。この人は孤独を感じたことがなかったのだろうな。幼いロイはもしかしたら父親にとって足手まといでしかなかったのかも。青年になったら優秀になるとしても、そこまで待つって考えを持てなかったんだろうな。そして、息子の姿を見たことで海王星に生物がいるって希望が崩れたのかもしれない。まだ希望を持っていたらきっと息子を殺してでも研究を続けそうな気がしたから。彼にとってこれまでに死んだ4万人はどうでもよかったってことでしょう?海王星まで来て人間世界と完全に別れようと決めた父親と、地球に帰還して身近な人こそ大事にしようと決意した息子。身近な人を大事にするって発想が、父親との決別・所属していた軍への命令違反から国を敵に回して排水の陣・79日間の完全孤独状態を経験するまで出てこないってのもすごいけどね。人と接する煩わしさを孤独が凌駕したときにだけ、人を大切だって思えるものなのかしら。ロイの場合、宇宙に求めることが何もなくなり、今後は仕事と割り切って宇宙にかかわっていくだけなのだから、元妻と再婚したらうまくいくかもしれない。トミーリージョーンズ最高だったなー。人生の最終局面で救助に来た息子の手を振り払う自分の研究にそこまでのめり込めるんだったら私はそっちの人生の方を歩みたい。
2019.09.28
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摩擦する「母」と「女」の物語16世紀~フランス文学を読んできて、本当に古い慣習の中で物語が展開されていくのが新鮮なようでもあり、あまりに古すぎてもはや学ぶものもなさそう…と思ったり。女性は娘時代には処女であることが求められ、青年となったら結婚して妻となることが求められ、妻となったら母となり、子供を賢く育て夫には完全服従する良妻賢母の家庭の天使であることを求められる、っていう冒頭の文読んで「またこれか~」とげんなりしていたんだけどね・・・また、って思うのも、典型的な女性のあり方とか、古い人が考えそうな女性って瞬時に思うことが既に慣習に囚われているってことなのかしら、と思った。娘時代に処女を失うとか、結婚しないとか、結婚したけど子供を持てない・不倫相手との間に子供をなすとか、求められていることからはずれた女性に対する処罰が文学作品の中でいかに厳しく描かれているかをこれでもかー!と紹介されます。「赤と黒」のレナール夫人の心境というのは面白かった。不倫している自分を罰しようとして、神様が可愛がっている末息子を病気にした、という考え。息子が死んでしまうのは自分のせいだけど悔い改めることができない、だってジュリアンを愛しているんだもの。あぁ、神様、どうぞ私にこんな犠牲を払わせてまで恵みを与えないでください。悔いているようでもあり、喜んで息子を神に差し出しているようにも思える。地獄!と叫ぶ夫人の目に、本当に地獄が映っているのか天国が映っているのか。出世をもくろむ貧乏男(イケメン)にそそのかされる金持ち女性というのなら、まだ女性にとっては逃げ道が残されているように思える。社交界では不倫は公然と認められた特権みたいに見えるから。しかしバレたら夫は妻にどんな罰を与えてもよいという不平等ルールが敷かれている。逆パターンの金持ち男が暇つぶしに女中に手を出すっていうのは物凄く女性に不利で可哀相になった。このパターンの方が圧倒的に多いんだろうな。避妊技術もなく、経済的に困窮している女性が金持ちに手を差し伸べられたら色んなことを妄想しそう・・・こういう身分の女性の言う「結婚って法で認められた売春でしょう?」→そんなのイヤよ!or上手に利用して合法的に安楽に暮らしましょう!ジョルジュ・サンドの女主人公が自分は売春婦じゃないと高々に宣言するシーンはなんだか胸に迫った。これが現代にも根深くはびこる結婚の様式だと思うんだけどね。結婚相手の年収マウンティング問題。自分一人が生活していく上で惨めにならない程度の収入もない女性が良い条件を求めて婚活市場をさまようのは合法的売春だと思うわ。そういう女が自分の権利を主張するのために「フェミニズム」を利用することは許しがたい。人権という漠然とした居場所をノブリスオブリージュ的に許されるような人間は下等だと思うわ。話がそれたけれど。現代だってこういう考えが割と頻繁に出てくるような状況なのに、19世紀の労働階級の女性が結婚なんて売春と一緒と思って拒否するのはなかなか難しい。男性側の方でも男らしさをもって堂々と生きるってことが実現しづらい時代だったということが語られる章ではこれこそ現代と同じ病が語られていると感動してしまった。ナポレオンが失脚して軍人であることに価値がなくなり、ブルジョワとして蓄財しつつ、家族の生活のためにうまく立ち回れるセックスアピール強めの男性がちやほやされる時代。これができないと無気力に陥るけれど、とりあえず生活は確保できる産業革命でGDPは割と高め~な生活。この中で世の中の何にも興味が持てず、唯一興味を持てるのは自分だけ。その自分にだってほとんど無関心に近い程度にしか興味を持てない男。会社行ってるかソシャゲーやってるかしか生活がない男がこんな感じじゃないか。そういう男が唯一本気になれたのが恋愛。でも女を本当に愛しているのではなく、女から見た自分が男らしくあるために徹頭徹尾演技する、演技に白熱しすぎて引き時も逃して転がり落ちていく。この時代はまだ実在する女性だったからよかったのか。現代の場合、相手がバーチャルだったりする。不幸になるのは自分だけだからまだマシなのか?気力はないけれど、体は元気でなんか持て余しているっていう青年が最終的に救いを求めたのがキリスト教というのが19世紀らしくて良かったな。あまりに自由でだらしなく快楽まみれの生活していると節制して何かを鍛えている気持ちになりたいのか。自分は何かを我慢している、と思えることが良いのか。自分のことばっかり考える時間を制限することが良いのか。ともかく修道院に引きこもってめでたしなんだよな。現代で言ったら修道院の代わりは会社なのか?この本を読んでいると独立独歩でやっていくしかないんだな。と思いつつ、そんなことは無理なわけで。家族関係も近づきすぎると地獄になるので母親や夫に支配・依存をしない・されない距離感で自分で収入をもつこと!がいいんだろうけど、それを手に入れることがほとんど不可能なくらい人間関係が自分の精神に食い込んできたり、収入を得る手段が社会のどこにもなかったりして誰にも知られる事もなく蝕まれていく物語の登場人物をただ茫然と眺めているって感じだったな。結びに書かれている、「男らしさ」も「女らしさ」も実体がない幻想にすぎない、というのが素晴らしかったな。幻想を抱かせ、その中で生かしてくれるような人間関係を持ちながら夢見心地で生きていくのがベスト。幻想の中に登場事物を生かしてやらないってものすごい強い意志を持った作家が、幻想を完膚なきまでに破るってのが恐ろしい文学構造だよな。これだけいろいろ語って最終的に自分が他者に抱くイメージは幻想って言いたかったのかな。感じ方次第で好きになったり憎んだりするもんね。少しでも良い幻想を抱けるといいですね・・・と恐れおののきながら結末しなきゃいけない世界こわい
2019.09.02
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風の歌を聴け [ 村上春樹 ]初期ってこういう感じだったんだーへぇー。ダンス・ダンス・ダンスが続きものの最終章と知って、一番最初に戻ってみた。どんな困難でも大して弱音を吐かず、自分を見失わず、感情の起伏すら周囲には見せない村上主人公の幼年時代はかなり問題アリだったぞ・・・!この話には出てこないけれど、この主人公と同じクラスに五反田君がいたとしたら、それはかなりの差になる。なんでもできずイケメンリーダーと、まったく言葉を話すことができず精神病院に通っていた少年。理科の実験室で優雅にガスバーナーを付けた五反田君がこの主人公を見て、「いつも自分のペースでゆったりと実験してていいなぁー」とはまず思わなそうだったぞ。むしろ本当にそう思っていたなら五反田君の心にも何か相当な問題があるか、ただ単に嫌みを言っていただけなんじゃないか。自分を周りにどう見せるかとか、相手にこうして欲しいと感じることをスマートに口に出してその場にいるすべての人を感心させて、欲しくもないものすら自分の手の中に引き寄せる五反田君が、自分の思っていることを半分も口に出せない内気すぎる少年のことをどう思っていたのか。それを覚えていて、34歳になった時に中学生の時のクラスメイトだって名乗り上げてきたときにどういう風に回想したのかが気になる。主人公もこれでよくいじめられなかったな。確実に下だと思っていたのだろうな。ハンディキャップを背負っていて、自分と同じようには走れない人間、自分が主導に立って彼を守ってあげなくちゃいけないとか、不手際があったらフォローしてあげなくちゃいけない存在だと思っていそうな感じもする。そういう人物が大人になってうまいこと自分自身そのままで生活するってすべを身に着けていてそれで嫉妬したんだろうか。人は成長するというか、ひどい方向にいかずなんとかうまくまとまることもできるんだと思ったのだろうか。嫉妬するには仕上がり方が違いすぎる。とこの本を読み始めて思った。多感な時期に決定的に人と違っていたという経験が変わった出来事を引き寄せるのだろうか。それとも、なんもかもが不毛だと思っている世界に突如超常現象が起こって隠されてた意味が表に出てくるってことに希望を抱いているのか。もっとも驚いたのはまさか村上春樹の小説の主人公が人間の存在理由について小説を書こうとしているとは思わなかった。存在理由など考える余地もなくただすでに存在している自分について自信をもっているように思えるんだけどね。存在は本質に先立つ、みたいな。存在しているのだから、なぜそこにいるのかではなく、どうやって快適に暮らすかの方を考える。そうではなく、自分が思っていることを人に伝えようと思って苦しんだ経験があるっていうなんともフツーな大学生時代を過ごしたってことが驚きだな。どうやってこの時期を乗り越えたら、ユキとかアメにわりときつめの説教したり、どうしようもない減らず口屁理屈をペラペラとしゃべれるようになるのだろうか。1973年のピンボールを読んでみたらわかるかな
2019.05.16
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ダンス・ダンス・ダンス(上) [ 村上春樹 ]GWの最終日にウォッカ飲みながらダラダラ読んでました。何もやることがない休日に読むには最適。以下、完全ネタバレ。まだ読んでない人なんていないよね?って本ですけど。またしても定職についてないけど金に困ってない独身30代、でも寝られる女は結構いる飄々とした男性主人公。どの話も多様な謎に遭遇するけど、主人公はいつも同じ人物のように感じる。また君か・・・みたいな。こういう人物が自分探しをするってことに驚いてしまった。「失い続けていて、混乱している。自分が何を求めているのかわからない」私にはこの主人公は満ち足りているようにしか見えないんだけどなぁ。自分がこういう人生を一度だって歩んだことがないせいなのか。疲れ切ったサラリーマンが周りと同じように高校まで良い成績でがんばって大学出て就職して、好きでも無い仕事して妻を養っていたのに、ある日突然妻が出ていった、どうしていいかわからない、だったらうなづけるんだけどね。文学的には意味はないかもしれないけれど、自分の才能を発揮できるものを書く仕事でひと財産つくり、しかもフリーランスだから周りと歩調を合わせる必要もなく人間関係で行き詰ったりすることもない在宅ワーク、毎日おいしいご飯を自炊してお酒飲んで音楽聞いて寝るって生活のどこに不満があるのか。大体、自分自身を枠にはめて窮屈そうに生きている人間を「大変ですね・・・」って一歩引いたところから傍観して、まぁ僕には想像もできない生活だけどって思ってそうなクールガイだぞ。自分の価値観がわかってない人間を憐れむ側のひと。自分のことを常識があってまともと思っている、精神的に不安定な人物が沢山出てきて、その人たちの周りで不思議な現象が起こりまくる本作の中で唯一不動の地平線みたいにどっしり構えているのに。実はその地平線もグラついてて、どこも観測点になるような確固たる不動のポイントはないんだ、とも思った。「いろんなものを失った」の中に奥さんも入っているのだろうと思うけれど。包容力のあるまともで確かな人につかまっていたいと思う、少し精神的に弱めな女性はこの主人公に耐えられないと思う。結局、自分が不安定になってその気持ちを主人公に話しても、手を差し伸べてくれず、結局は自立してやっていくしかないんだ、って顔して傍観されたら手を放すしかないだろう。失ったというよりも、拾い上げなかっただけなのでは・・・?逆に精神的に成熟している女性だったらこの主人公と一緒に過ごす意味がなさそうだしな。私は私でやっていくから、あなたはあなたでがんばってやっていってね!みたいなさわやかなお別れ。どこにいても自分は自分、何かの役を演じたり、自分を大きく見せようとする必要などまったくなしの主人公にすら影響を与える五反田君はすごいなと思ってしまった。メイが死んだって五反田君に報告したとき、横浜のホテルで酒を飲まないかって誘いに乗ったら、主人公は殺されてたんじゃないかなと少し思った。主人公が自然体でいすぎることとか、五反田君が耐えようとも思わなかった警察からの尋問に3日も耐えたとか、しかもそれが五反田君のためだったとか、主人公に対する嫉妬というか恐怖というか自分の存在を脅かすものと思って殺害しようとしたんじゃないか。でも主人公に誘いを断られたからすぐに引き下がった。五反田君の家にいた、何かの動物の存在ってのは悪としての羊だったのかな。五反田君が生み出したものなのか、羊に憑りつかれたからなのか。主人公が五反田君の家で何かの動物の存在を感じて、それが消えたことも感じたとき、五反田君から悪が離れていったのか。それと同時に自分が今までしてきたことが耐えられなくなったのかもね。その人が一番気が付きたくなかったことを気づかせることにかけては霊媒的能力をもってるよな。そして本物の霊媒少女ユキからも、まともな女性ヒロインって役割を与えられているユミヨシさんからも「あなたという人間の実体がわからないわ」と言われるあたり、やはり主人公はどこか欠落しているのか。それとも自分を常識にあてはめない、何の役割も演じない、他人と比較することなしに自分を確立できる人間を他人はどう判断していいのかわからなくなるものなのか。ユキに対する接し方も、助け方が中途半端だよなーと思う。家族のきずなが崩壊してて、破天荒な父・母に育児放棄された傷つきやすい13歳の少女に対してできることは限られていると思うけれど。可哀相だと思って母親にちょっと説教したりするけど、駆け寄って助け起こして抱きしめてやるようなことはしないんだよなぁ。依存されない程度に離れたところから少し手を貸してやるだけ。むしろアドバイスをもらったのは主人公の方。ユキの引き際は鮮やかだった。「あなたいいひとだったわ」ユキは主人公とのつながりを断ち切ったんだな。この変化はなんなんだろう。何かを学んでみたくなったって思った時からユキは社会とつながったので主人公とのつながりがきれたのか。それとも大人になったのか。6体目の白骨はいったい誰のものなのだろう。実際にいなくなったのは羊男だよなー。主人公が正しくダンスステップを踏んでみんなを感心さえたからいなくなったのか。羊男が主人公と悪の五反田君を結び付けて、悪と戦わせるためにユキを結び付けて。悪にうち勝ったのか。壁を通りぬけたユミヨシさん。夢の中で壁を通りぬけて自室に戻ってきた主人公。主人公はこっち側に戻るために壁を通りぬけたけど、ユミヨシさんはあっち側へ行ってしまったように思える。きっと、ユミヨシさんもいつか消えてしまうんだろうなぁ。霊媒少女のメイを殺したのは一体だれだったんだろう。五反田君の部屋にいた悪の動物が、別の人間に憑りついて殺させたんだろうか。それとも五反田君に殺させたときには意識すべてを則って、自分が殺したことすらわからないような状態にさせたのだろうか。キキとジューンは生きている可能性があるけれど、メイは本当に哀れだ。メイ自身が望んでこの役割を演じたのか、それとも何か超自然的なものが憑りついて演じさせたのか。殺された後の死体になったメイは普通の女の子に戻っていたし。なんだかかわいそう・・・謎が謎のまま。どういう風にも読める。で?結局なんだったの?ではなく、この謎自体を楽しむのが大事、みたいな読後感だからよっぽどヒマな時でないとしんどくなる。今はヒマだからオッケー!
2019.05.15
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ザ・セルアマゾンプライムでおすすめ映画欄にずーっと表示されていたんだけど、なんとなくコスプレっぽいアイコンからチープなSF映画みたいに見えてスルーしてたけど、見てみたらめちゃくちゃ素晴らしい映画だった。治療目的で人の精神世界に入りこみ、意識不明の人間を呼び戻す実験をしている施設に、意識を失った分裂症の殺人犯が運ばれてきて、彼の意識に入り込んで監禁されている女性の居所を聞いてくれって依頼が来る話。殺人を犯した人が精神疾患だと無罪になるってのは法律的にどうかと思うけどね。過去に虐待を受けた経験があったら無辜の人間を何人殺してもいいのか。そいつが再犯したら弁護士も併せて処罰を受けるべき。とういうのはこの映画とは関係ないことですけど。事故で意識不明になった少年の心の中が砂漠というのが可哀相なような。その心の中に入り込んでくる主人公の服装の変化は、心の主の好みで決定されるのだろうか。そうなると、広大な砂漠に白の女王みたいなドレスで現れるキャサリンはエドワードにとって自分を助けてくれるお母さんとか守ってくれる女王様みたいな存在なのかしら。しかし外から攻撃されるというよりかは、驚異的な存在に自分自身が支配されているような感じ。モンキー・ロックは彼自身みたいに見える。深層心理でエドワードに呼びかけて、現実世界のエドワードの目を覚ますには一体どうすればいいのか。キャサリンが海に連れて行って、とエドワードに海を想像させて具現化させる。想像の船で航海に出られれば、深層の世界から抜け出せるのだろうか。船が壊れているのはエドワードが恐れているからか。船で漕ぎ出した後、エドワードがモンキー・ロックに変わってしまったらキャサリンとしてはリスク高そう。経験値少なめな子供の精神世界と、いろいろ経験した殺人犯の精神世界はまるで違っている。狭いガラスケースに閉じ込められているところから、脱出すると同時に真っ逆さまに深層へ落ち込んでいく。彼の良心や純粋な部分が子供の姿で現れて、永遠に父親から虐待された経験を反復し続ける子供のころ人形遊びがしたかったのを父親から咎められた、という経験から殺した女性を人形のように扱う殺人犯に成長したとして子供の自分が、大人になって女性の死体をコレクションしている自分をみたときにどう思うのだろうか。こうしたいと思っていた、って感じるのか?心の中に異物を排斥するガーディアンがいて襲い掛かってくるってのがゲームっぽくて良かった。自分の理想の王国を自分の心の中に作ったのに、そこに誰かが入り込んでくるというのはスターガーにとっても相当なストレスになりうるわけだし。洗礼を受けて生まれ変わる自分、その後王国の王になる自分、そこで好みのものをコレクションしていくって映像が圧倒的だった。キャサリンとしてはスターガーの良心の部分を刺激して、分裂症の治療を試みたんだと思うんだけど結果的に治療はしきれなかったみたいだった。多少の接触で王国を全て覆して、純粋な少年の姿に戻すってのは不可能だろうし。少年に自分の手で自分を終わらせようと思わせた、そしてスターガーはキャサリンの精神の中で死んでいく自分を現実だと思った。結局、ジュリアの居場所を聞き出すこともできず、救いを見出すこともできなかった。精神世界にダイブすることで、犯人の心から犯罪の証拠を探し出すことはできるのかもね。FBI捜査官は犯人と接触したことよりも、精神世界にあったマークから現実世界の工業メーカーのエンブレムを探し当てたことで事件が解決する。この後キャサリンは人の精神の中に入り込んでいくのはやめるんだろうな。自分自身の精神に他者を引き込むことで自分を媒介に、しかもイニシアチブを握りながら他者の性質を少しずつ変えていくことで治療しようとするんだろう。異界の巫女みたいな立場。キャサリンが圧倒的な善であり続けなければかなりの危険を伴うと思う。精神世界での接触がどのように行われたかによって、患者が目覚めた時に全く別人になっていたってこともありうるんだろうな。異空間を探索しまくる映画だいすき。美しくてただっぴろく、始まりも終わりも救いも未来もない世界にキャサリンが今後どれだけ耐えられるのかを考えると心配になってくる。
2019.05.12
ブログ書かなくなって1年経過か。普段自分が考えていることを文にしていなかったせいか、ふとした時に言葉が出てこなくなってしまった。あきらかに語彙が減っている。外回り少なめの営業になったこともあり、内勤続きだと一昨日・昨日・今日の区別もつかなくなる。同じことを繰り返しているだけで一日の密度が薄い感じ。毎日ぼんやりして頭蓋骨と脳が接している所に白く濁ったビニールが挟まってるみたいな、思考が鈍る感じがする。なにかを考えようとしても、このビニールが思考を遮る。頭を全く使わなくてもこのルーティーンはこなせる。達成感と疲労感が釣り合わないからぼんやりするのだろうか。今日は休日出勤で朝8:30にみなとみらい駅集合。10連休明けの5連勤最終日は朝5時半起き。あまりの眠さに意識が途切れ途切れになってしまった。案外早く終わったので、横浜美術館に寄って帰宅した。行くたびに感動してる割に、遠すぎてなかなか足が向かない。30周年記念の祝賀ムードとは裏腹に、展示されている作品と展示の仕方がなんとも不気味で不安定な気持ちになる感じ。「こころ」をアートで表す、みたいなことが書かれていたけど、それって不安を可視化することなのかしら。やはり一番心に残ったのは作品はダリの彫刻だった。バラの頭の女ダリの絵は正直よくわかんないけど、モチーフを立体化するととんでもなく素敵に見えるものなのね。手足が細長くて綺麗だからかな。いのちの木の展示も迫力があって素晴らしかった。生命力大爆発。木が成長して空を覆いつくすように生命にあふれかえっている割に、なんか薄暗い。個別の生物同士は仲良くはなれないし、共存もできないけど、自分の生命力を外に向かって発散してる感じ。それでいて反発しあわないそして木を前面に押し出している割に、命をはぐくむのは太陽の光だけではなく、夜の闇も重要ということが伝わる感じ。成長ホルモン出るのは夜だしね。私、不安定でグラついてまーす、という主張にも思えるんだけど、それはものすごいスピードで成長というか増殖というか、大きくなっていっているから、自分で自分の最終形態がわかりません、みたいなそういうのが心に響いた。外に向かって発散されて、どんどん大きくなっていくような印象を受けたことが今の私にとって重要だった。この作品たちは、一昨日より昨日より今日の方が大きくなっているんだわ。私は自分が過ごした3日間の区別もつかないというのに。有意義な一日を過ごさなきゃいけないと考えるよりは、今日の自分は生命力にあふれていたかを重視してみるとか?ということを考えるほど行き詰っている感じがする。はぁ~いいもの見た―と思いながら電車に乗ったら座った瞬間気絶するように寝て座席から転がり落ちそうになった。
2019.05.12
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ノクターナル・アニマルズ/夜の獣たち 【Blu-ray】アマゾンでタダになるのを待って視聴。最近ヒマつぶししかしていない気がする。内容がヘビーな割に得るものがあまりない映画だったので、タダで見られて良かった。期間限定100円レンタルに入った作品は後々タダで見られるシステムなのね。私待つわ。タダになるまで19年前にひどい別れ方をした夫からの復讐!みたいな感じのストーリー説明でしたけれど、復讐という感じは特にしなかったです。むしろ、ひどいことをしたのは女性の方なのにも関わらず、被害者意識を持ち続ける女性のイヤな面をアートっぽい画を使って浮き彫りにした感じ。大学生の時に知り合った小説家志望のエドワードと結婚した上流階級の娘のスーザン。最初はブルジョワの息苦しさの外にいるエドワードに魅力を感じていたけれど、なかなか日の目を見ないエドワードに愛想をつかして上流の男性に乗り換えてしまう。19年後にエドワードが突然小説を送ってきて、読んでみたら、才能がとうとう開花したかと思われる素晴らしい作品だったのでもう一度会いたいと思う反面、小説がバイオレンスな内容だったので、もしかしたらこれは私に対する復讐なんじゃ・・・と思い始める。スーザン役のエイミーアダムズは、美人で聡明な外見なのに肌がそばかすっぽいからか、ものすごく疲れているように見えるんですよね。がんばりぬいていろいろ手に入れたけど、その代償にものすごく疲れてますって雰囲気が良いところもあり、見ていてつらくなるところがあります。おそらくスーザンのブルジョワ束縛母親からの反感からエドワードとの交際がスタートしたと思うんですけどね。結局母親を軽蔑しているにも関わらず、最終的に母親と同じ考え方に戻って同じように行動してしまった。エドワードから送られてきた小説の内容はバイオレンスでしたけれど、復讐要素はなかったと思います。妻子を無残に殺される夫とエドワードが同じ俳優でしたけど。エドワードの方がむしろ被害者。妻子が殺される様子が鮮明に長々と描写されているので暴力的に映りますけど。その犯人をエドワードなりに追いかけて行って最後は殺してしまう。スーザンから弱いと罵られたのを克服しようとしてこの小説を書いたように思えます。弱いという表現も、当初のスーザンはエドワードのことを「繊細な感性の持ち主」と言っていましたが、スーザンの母親は「弱い」男と罵倒。時を経てスーザンも同じくエドワードのことを弱いとののしってしまう。これがエドワードの頭にずっとあったんだろうなーこれを克服しないことにはスーザンにつけられた傷が癒えない。そして妻子が殺されるっていうのも、事の発端はエドワードとの間に子供ができたスーザンが、乗り換え相手の男性と再婚するためにエドワードに相談もなくその子供をおろしてしまったところにあります。小説でも突然理不尽に子供が失われてしまうって書き方でした。スーザンがこの小説を復讐だと思ったのは自分で自分を追い詰めたせいじゃないかと思います。「リベンジ」って書かれたアート作品を自分で購入したスーザン。きっとこのリベンジは母親に対する決意だったんじゃないかと思います。でも、自分で買ったことすら忘れてて、急にエドワードが怖くなったタイミングで再びこのリベンジって書かれた作品を見て、エドワードは私に復讐しようとしているって思ったんじゃないか。スーザンの職場に飾られている作品が血にまみれていたり、何かと暴力的ですけど。それをそのように展示しようとしたのはキュレーターのスーザン自身ですし。なにかとその作品を自分自身が攻撃されている被害者のように結びつけたのもスーザン自身。エドワードは愛する女性と一緒にいて、貧しくても小説を書ければそれでいいってタイプでしたが。もう一度エドワードと一緒に食事をしようと提案するスーザンが白いテーブルクロスの敷かれた高級レストランを予約して、隙なくドレスアップして出かけていくので、はやりエドワードのことなど考えず、自分の好み自分がやりたいことを優先させるんだなと思いました。エドワードはこの選択を知っていたのか。指定されたレストランを検索すればわかることだとは思いますけど。冒頭に出てくる著しく太った女性が品を作りながら踊る映像は、スーザンの心のゆがみを表しているのかなー。それで踊る映像を前にして実物の女性たちが床に倒れて死んでいるのは、スーザンのあきらめを表しているのかなー。女性って利己的でイヤね、って大勢の人は思うと思いますけど。でもさー上流階級に生まれて、自分もそれなりに良い大学出て、仕事もうまくいっている女よ?スーザンが心のどこかで、養ってほしい、母は父に養われてたって思うから別の男に目移りしたんじゃないの?そこがスーザンの弱さじゃないかと思います。生活レベルを高めに設定してそのために働きまくって疲れたーって言うタイプと、生活はそこそこで良いから心の豊かさを優先するタイプは絶対に分かり合えないんだから、そこは割り切らないとダメだとも思いますけどね。エドワードとよりを戻すってことは、スーザンがエドワードを養うってことですからね。努力する対象が違うからといって相手を否定する理由にはならない一方で、わざわざ理解を示して一緒にいる必要はないでしょ。エドワードが主張した、「一度人を愛したら、それを簡単に捨てることはできない」ってとても人間的で素晴らしい考え方だと思いますけど。人の心は変わるものだけども。変えようと努力したけど、根底にある基盤みたいなものが自分の意志に関わらず変えられなかった場合がスーザンだと思います。変えようと努力しているスーザンを愛したエドワードは、スーザンの奥にある基盤の部分を愛しきれなかったから再会を拒んだんでしょう。捨てるのに19年かかりました。簡単にはいかなかった、というのが本当のところなのか
2018.09.17
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ファイト・クラブ [DVD]現代版ジキルとハイドか。ブラッドピットのチンピラ役がハマりすぎててすごい。私もこんな風に生きてみたいよ。鬱憤たまりすぎたサラリーマンにしか共感できない映画なんじゃないかなーと思いました。ある程度自由を矜持しながら暮らしている人には思いつかないようなストーリー。飛行機に偶然乗り合わせたチンピラと、ケンカ道場みたいなファイトクラブを作って毎夜一対一のファイトする。入会者が増えて段々クラブが大きくなってテロ組織になっていく。チンピラの破天荒さにあこがれてたけど、それが度を越えるようになって手に負えなくなってしまう。もうこんなことは止めさせようとするけど、実はそのチンピラは自分自身が作り出した二重人格だった。すべて自分が起こしたことだった、、こんな風に生きていきたいけど、それは絶対にダメだと心に規制をかけている、という状態が悪化して完全二重人格になってしまい、片方の人格でいる間は片方の記憶が抜けてしまっているのが哀れなところだなーと思ってしまった。ここまで人格に区切りをつけないと別の人生を歩めないのか・・・本当は執着していて、捨てたくないと思っているものを捨てないと別の自分になれない。そのために自分のアパートに爆弾を仕掛けて給料貯めて買った高級家具とか電子器具をすべて爆破してしまう。新しく買い直すことを絶対にしないのはなんでかなーと思っていました。空き家に勝手に住んでモノのない暮らしを謳歌。どんなところでも人って住めるんだな。しかし収入源だけは確保しておく。会社の上司に反抗しまくるものの、テレワークできる部署にちゃっかり異動して収入アップを図ったうえで、ボロ空き家で仕事しながら夜はファイトクラブで憂さ晴らしする。そしていくら役になりきっているとはいえ、あんなヒョロヒョロの男がファイトクラブを始めて、そこに入会しようと思って、そのルールに完全に従う気になるもんなのかな。駐車場で自分で自分を殴りまくっている男だぞ。彼に従ってクラブに入会した面子は、最初はタダのサラリーマンの気休めで週末にケンカして鬱憤を晴らしてたのに、興が乗って本格的に体を鍛え始めたら、もっと悪いことをやりたくなってしまったというところ?でも、基本的に従順に勤務してたサラリーマンなので、新しい上司の命令に完全に従ってしまう。きっと憂さ晴らしが楽しいなと思っていたところで、タイラーの口車に乗せられてテロを起こすところまで行っちゃたんだろうな。ホワイトカラー頭脳労働から、脳筋ブルーカラーへ。頭脳使わない分、脳筋で上に従っている方が楽なんじゃないか。ルールを口外するな、と言われれば、それを決めた上司にルールを言えと言われても、命令で言うなと言われているので言えませんという。彼の名前は、ボブ・ポールセン、と唱和するシーンは結末まで見た後に思い出すと切なくなります。会社にあるわけわからんルールを、わけわからんまま絶対順守しているサラリーマンにしか見えなかったからです。しかしどういう精神的状態であれ、テロを完全遂行できる計画性と勤勉さは大したもんだなと思いました。この辺から当のタイラーまで自分が何をしようとしているのか分からなくなってくる。組織を大きくして大それた仕事をしてみたいってのが根底にあったのか。しかし、そこから先のヴィジョンが持てなかったんじゃないか。それで組織が先走ってテロを起こそうとするのを、なぜ単なるファイトクラブだったのがテロリストの集団になってしまっているのか理解が付いていかず、元の自分に戻ってしまった。タイラーを殺すよりも、自分を殺してしまった方がよかったんじゃないかと思いました。この後、彼はきっと逮捕されますけど。残党たちは、リーダーが逮捕されて凶悪テロリストって報道されるのを聞いて喜ぶとは思いますけど、きっとタイラーが収監された後はヘッドがいなくなって統制が取れずに散り散りになってしまうんじゃないか。それともタイラーが支持した計画を着々と実行していくのか。どちらにせよ、刑務所から出てきたタイラーが元のサラリーマンに戻ってしまってたら彼らと合流することはできなそうですし。タイラーに惚れたように見えるマーラはこの後どうするのでしょうか。普通の男とはつまんなくて付き合えないというのでしょうか。幻であれ、自分を理想のギャング像に仕立て上げて思い通りに行動するってのがうらやましーと思う反面、狂乱状態から急にシラフに戻ってしまう瞬間が一番恐ろしいと思ってしまいました。一度狂気に針を振ったら、二度とシラフに戻りたくない。
2018.09.17
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ザ・コンサルタント 【BLU-RAY DISC】バットマンからベン・アフレック沼に突然落ちて、毎日寝ても覚めてもベン・アフレック状態になってしまいました。沼は入りたてが一番楽しいですよね。ハァーーー幸せーーーで、直近の出演作を見たわけなんですけど、なかなかヘビーな内容で、考察とか読んでたらまた別の意味で夜眠れなくなりました。クリスチャン・ウルフが会計士として超有能なのは、高機能自閉症だから。母親から捨てられたトラウマ。父親は障害のある息子が優しくない世界でも生きられるように軍隊式トレーニングでしごきまくる。それを近くでずっと見守ってる弟。ヘビーすぎる。会計帳簿を見て、不正を暴きまくる冷酷な感じ不正の原因は何と推測する?と聞かれて「私は推測しない」感情を全く抜きにして事実だけを述べる場面もあるけど、大してお金もってない農家の夫婦がお金に困ってると税額控除のやり方教えてくれるハートフルな一面も。このセリフが死んだ目のベン・アフレックから発せられるとすごいキュート。でも、命の恩人がマフィアに殺されたと知るや、アジトに乗り込んでいって全く無駄のない動きでマフィア全員の命を奪う。会計士の表の顔と殺し屋の裏の顔。天才と障害の二面性ってのに焦点が当てられてましたけど。殺しは仕事ではなさそうですけどね。必要に応じてやってはいるけど無報酬そのクリスチャンが常に執着している数字が「3」射撃の的は常に3つ。ナイフ・フォーク・スプーン3本だけ入った引き出し。食事の際の目玉焼き・ベーコン・パンケーキの数。会計帳簿の不正を暴くときに注目した数も。3って三位一体のことで、永遠の調和を表しているらしいです。そして、寝るときにいつも見上げる絵画がポロックのfree form。ルノワールの絵を売るのは許可したけど、ポロックは手元に残した。あの抽象画は何を意味しているのか調べてみたら、これも「宇宙の調和」らしい。人間の持ってる観念をすべて取り払って純粋に美だけを抽出したとき、すべての物事からは境界がなくなって色はまじりあう。完全なる無意識、つまり先入観の排除。クリスチャンは生まれながらに先入観を全く持てなかったタイプなんじゃないかなーと思いました。それで、先入観を排除した調和が描かれている絵を理解して見入った。そこでは自分が人と違う、異質なものという意識もなくなる。他者とコミュニケーションを取ることなしに、世界のすべてが混ざり合って、自分も世界と同質の存在ないしは、世界の一部だと感じられる。この絵を見ながら眠りにつくときの顔がすごく安らか。ベン・アフレックの寝顔が死ぬほどキュートなのです。健常者から見ると二面性に見えることがらも、クリスチャン本人からすると、自分は異質ではない。世界の調和の一部だってことが表されているんだと思います。そして、他者とのコミュニケーションのとっかかりとなるのが、アナなんですど。ETみたいに義手の指と人間の指が触れ合ってるポスターの前にクリスチャンが立っているシーン。あれはアナの指とクリスチャンの指を表しているのか。機械みたいに会計士の仕事をして、正確にマフィアの額を銃で打ち抜くクリスチャンに寄り添おうとする人間?ETのあのシーンって、ケガした指を治してあげるシーンだから、治療ってことか?クリスチャンが死ぬほど求めていた調和だけど、それをあきらめてアナと自分の間に境界を作って、その扉を自ら閉めてしまう特典映像で監督が、クリスチャンはいつも箱の中に閉じ込められてるって言ってたのが印象的でした。箱を連想させるトレーラーの中で、ポロックの永遠の調和の絵に見入るんですよ。ウっ、涙が・・・ブルース・ウェインもこんな心境?ウっ、萌えが沸き上がってきました。しばらくこんな感じで忙しくなりそうです。
2018.07.01
今の会社に転職を決めたのは、死に物狂いの努力をしなくても稼げる仕組みがあるから、だったんですけどね。結局、個人の能力に左右されない営業基盤がある会社って、優秀な人は物足りなくて流出していくから、会社にしがみついて残るやつは雑魚しかないってことですね。今回、気分屋で何かと仕事をさぼる割に、自分はちゃんとやってると主張するタイプの雑魚と出張したわけですが。出張初日~次の日は、仮病で来なくて、全部私がセッティングして仕事こなしてたのに、3日目からしれっと来て謝りもしなければ礼も言わないで、機嫌悪く座ってるだけ。本当に雑魚の中の雑魚だなーとあきれてしまった。しかし、こういう雑魚しかいない会社なので、普通よりも気が利かない程度の仕事ぶりでナンバー1になれる。この先輩から、入社してから大して給料があがらないがそちらはどうか?と聞かれたけど、私は入社半年からずっと昇給している。本当に毎日つまらないし、楽過ぎてデスクで寝そうなんだけどね、そういう仕事ぶりでこの昇給はまず起こらないことだな。この先輩とご飯を食べながら、「もっと成果だしたほうがいいですよ。干されてるの気づかないんですか?」って言おうとしたけど、先輩いわく「一番仕事を頑張っているのは私なのに、評価されない」2年間働いて、先輩方を見てきたけど、ここは笑顔でそうですよね、おかしいですよね、と機嫌を取っておくのがいい。余計なことを口にだして、わざわざ恨みを買うこともないな。こいつは自分の味方で、自分よりも下だ、と思わせておいて、勝手に上がってく給料でアフター6を楽しんだほうがよい。自分のことを正しいと思っている人に何を言っても無駄。学んだことは「いかに黙っていられるか」で立場が大幅に変わるということだ。口は災いの元だ。どんなに低俗な人間でも自尊心があって、それを傷つけられると怒り出す。その怒りは仕事で足を引っ張られるとか、こちらの上げ足を取りをする方向へ行く。躓きの原因となるようなことをわざわざ作る必要もない。しかしこの無駄に時間だけ拘束される勤務形態で黙っているというのはなかなか気力のいることなのです。部署を超えて評価の高い営業の人は、この先輩のことを「お嬢」と呼んで、何かと褒めている。毎日2~3分程度の雑談持ち上げで、その後の仕事ストレスが半減すると考えるとか賢いやり方なのかもね。と思いながら、食事を終えて驚いたことは、これだけ迷惑をかけておいて、食事代は割り勘かよ。金の使い方も3流だな。
2018.05.26
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無花果とムーン [ 桜庭一樹 ]主人公が女子高生という小説にはもう感情移入ができないのかもしれない。大学生ならまだセーフかな・・・この小説の中で一番納得したのは、一郎の兄貴が奈落はしょせん高校までのスターって言ったところです。その場を盛り上げるだけ盛り上げとして、言ったことを実行しない。そばにいる大事な人に迷惑をかけてばっかり受験の準備もまともにできない、適当に受けた大学は落ちて、その後勉強もせずにフリーターになるこのセリフだけがこの小説のなかで私にとって唯一の真実でした。学生の頃のスターって、お調子者で目立ってて、なんとなく成績が良くて、さらに見た目が良かったりすると面倒なことが免責になりますもんね。スクールカーストってやつ?面倒なことを引き受けてくれるのは、そいつよりも一段カーストが低い層の人たち数名で、連帯責任で分担して処理してくれる。こういう高校みたいなコミュニティの中では光っても、そこから離れると魔法が解けるかのように取るにたらない人間に変わってしまうんだなそれを銀行員の兄貴はよくわかってるんだな・・・奈落が作ったシルバーアクセを叩き壊しながら、こんなの作れて何になるんだー!って言ったのもリアルでした。そうなの、そういうアクセ作ってアーティスト気取りに売って小銭稼いでる人いるけどね、多少周りのひとより器用にできる程度のスキルじゃ、アーティスト気取りくらいしかできないの。女子高生のお友達ネットワークにも恐ろしさを感じました。毎日狭い教室の中で10時間くらい一緒に過ごす友達とうまくいかないってのは学生にとってかなりの苦痛ですもんね。私は会社でいけすかない先輩と毎日12時間くらい一緒に働いてますけど。学校生活の中で団体生活ストレス許容量をじわじわ大きくしていった人は会社員になれる。悩みと言ったら受験くらいの金持ち進学校生徒が、毎日悲劇のヒロイン面してる学生に気を遣わせられるってのは耐えられないでしょうね。という感じで完全に他人事状態で読んでたら、本筋の「死者が生前にかかわりがあった人の所に現れ、心情を吐露して成仏していく。そして生者も救われる」みたいな構造にそこまで興味を持てなかった・・・奈落が、美人な奥さんをもらって子供と楽しく暮らす生活を死者ながらイメージして満足したって言ってるのを読んで、そこまで行くのにかなり面倒で現実的な決定をしなくちゃいけないのに、お前はその責任をなんとなく回避しようとするんだろ?ってたわいのない文章にも反感をもった。この中で一番いい人はイチゴ先輩だなー。一番損な人でもある気がします。面倒見が良くて、いけすかない人間のために自分を後回ししてしまって。しかもお調子者に終始振り回されたのに、その後誰もケアしてくれない。将来はこの狭い町のカフェ経営者になって、昔は可愛かったババアになるんだろうなそして、偶然であった車上生活者の密に惹かれたのは、ろくでもない奈落と同じ顔をして、経済観念ガッチガチに持って実弾(賃金)を装填してたからじゃないのかなと思いました。地に足のついた奈落。私から見ると、崖の上に立ってるように見えましたけど。密と約の関係もめちゃくちゃ際立っていました。狭い田舎町では絶対に許容されないような生活ですもの。性的マイノリティで住所不定。流浪の生活の中で一つだけ確かなことがあります、それは愛ですってのがすごい。主人公から見えている二人の生活は割と表面のきれいな部分だけですけど、一歩中に入ったら、どろどろぐっちゃぐちゃなんじゃないか・・・!?ってかここにBLぶっこんでくるの!?奈落がもってる魅力的だけど安全なところでちょっと危なっかしいことすることと、密の魅力的だけど一枚はがすと退廃カオスな人物が同じ顔をしてるってところに萌が止まりません。いやはやしょうもない大人になったもんだなー高校生のこういう生活は我慢ならないわりに、「じごくゆきっ」に出てくる、しょうもない社会人の毎日惰性で会社行ってるけどつまんないでもお金は必要~。みたいな文章には全力で共感する自分が乗り越えて忘れてしまった時代の話を読んでも、へえーそれで?ってなる。
2018.05.19
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