『リトル・トリー』讃歌


タイミングが合わなければ、それは運命じゃなかったという。
いや、タイミングが外れたこともまた運命だったのかもしれない。

私はこの本“リトル・トリー”に出会うべき時に出会った。
他の時でも、他の場所でもきっとあれほどの影響を受けはしなかったのではないかな。

その本を初めて手にしたのは、中学三年生の冬だった。
いわゆる遅刻常習者であった私は、スクールバスに乗り遅れると、路線バスを待つ時間をのんびり本屋に立ち寄って過ごしていた。
他のみんなが、スクールバスに揺られている間に一人の時間を持てることが嬉しかったのかもしれない。友達だけじゃない。世の中の人々が、みんなそれぞれやるべきことを持ち、それぞれがそれに従って生きているのに、自分はその流れに逆らっている勝手な心地よさ。
自分がやるべきことからあえて逃れ、そうすることで流れの外にたって世界を傍観しているような気分でその時間を過ごしていたように今では思ったりする。

その本に出会ったのも、遅刻してバスを待つ間に本屋に立ち寄った時だった。うろうろと何か面白そうな本はないかと歩いていると、ふっとその本が目に飛び込んできた。値段は1854円。決して安い買い物ではない。
でも、たくさんある本の中から、私はその本を選び出した。
理由は憶えていないのだけど。たぶん、表紙に描かれていた男の子の絵が素敵だったとかその程度。けれどもそれは最高のタイミングで、運命だった。

バスがやってきて、学校までの30分間で、あっという間にこの本のとりこになっていた。
休み時間も、帰宅時間も、私はその本を読みつづけた。声が出てしまうぐらい笑ったり、涙が止まらなくて困った。
読み終わったのは確か初雪が降った夜で、窓を開けるとシンとした静けさとピンと張りつめた冷たい空気の匂いがした。
裏山の杉たちにも雪が降り積もり、月は隠れていたけれど奇妙に明るかったな。
私はなんだか体中が洗濯されて、あったかい太陽の陽射しをたっぷりと浴びたような気分だった。全てがクリアで、私の全ての感覚が普段とは比べものにならないくらい敏感に周りの世界を感じ取っていた。
自分がそれまで抱えていた様々な思いや考えが、すーっと消えていくのを感じた。

私と“リトル・トリー”は、ある秘密を共有している。それは、たぶん他人に言っても何の意味もない秘密なんだけど。でも、その秘密は私の中で大切な大切な核の部分を担っている。

秘密について。
“…今、山は身じろぎし、ため息をついている。吐き出された蒸気は白くこごって小さなかたまりとなって漂う。太陽が氷を融かし、死の鎧から木々を解放してゆくと、ピシッピシッという鋭い音、またブツブツという低い音があちこちから聞こえてくる。
ぼくらは目をこらし、耳をそばだてていた。木々の間を笛のように低くうなりながら朝の風が吹きはじめると、山の音はいっそう高まってきた。
「山は生きかえった」目を山に向けたまま、祖父が低くつぶやいた。
「はい」ぼくは緊張して答えた。「山は生きかえりました」そしてそのとき、ぼくにはわかった。祖父とぼくは、だれも知らないひとつの秘密について理解を分け合ったのだと。…“   『リトル・トリー』より








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