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昨日は、1ヶ月ぶりの健診の日。超音波画像の中の映像に驚く、おどろく。私の胎盤はほとんど完成しているそうで、もりもりと膨らんだ胎盤とベイビーが並んでうにうにと動いているのを見るのは、なんだか見てはいけないものを見ちゃったんじゃ。。と思ってしまうくらいリアルでした。たった16cmの命だけれど、脊椎も肩甲骨も頭蓋骨も上腕骨も、立派にあって、それが本当に私のお腹の中にいるんだぞと思うと、「おぉぉ、いっつあめーじんぐ!」と叫んでしまいそうです。実際、いのちの存在そのものがあめーじんぐなんだと思います。今日は、ものすごく気持ちのよい日でした。休日出勤してちょっと残った仕事をしてから、うろちょろと街を歩き、そしてふらりと映画館に行ってきました。観た映画は、『大いなる陰謀』。私の大好きなロバート・レッドフォードが監督出演をし、さらにメリル・ストリープやトム・クルーズといったビッグ・ネームな方々も出演したこの作品は、ずばり私達に問題提起を投げかけている作品でした。なんで私はこんなにも無関心になれるんだろう、と常々思います。こういった作品に触れると、そういった自分に再び喝を入れられるような気がいつもします。社会問題や政治問題について、日常生活で話し合う時間ってありますか?私に関していうなら、驚くほどない。と答えられます。旦那さんとは良くそんな話にはなりますが、友人や職場では皆無といっても過言ではないなぁと思います。今の日本のマスメディアがプロパガンダ化していることも、原因のひとつなんでしょうか。岩国に米軍がくるのを反対したら、国が地方交付金をやらんぞ!と脅しをかけたり。(それで結局、市民が折れる 折れざるえないってことか。。)なんでわざわざプルトニウムを集めて、再利用しようとしているのか、とか。9.11事件の真相について、アメリカ政府の言う真実のみしか探ろうとしない浅はかさとか。この国の裏側で隠されているようで、堂々と起きている様々な理不尽さは、マスメディアこそが問題提起して議論を起こしていかなくてはならないんじゃないの?と思うのですが。テレビの中のアナウンサーたちはみんな涼しい顔して、悲惨な出来事や、嬉しい出来事も一緒にさらりと言ってのけている。批判するにも勉強がいるのですが、やっぱり今の世の中の大きな流れは経済つまりはマネーが牛耳っているのだと思わざるおえません。そして、無関心。ああとってもマイナスな考え方ですが、やはりあるんじゃないかと思う流れです。こういう話をすること自体、なんだか悪いことをしているような変な気分になる自分が不思議です。皆さんはどう思うでしょうか。でも、これも私達が学ぶ過程のひとつなんだと思います。きっといつか私達自身が無関心ではいられない状況がむこうからやってきて、そのときにきっと誰もが学ぶチャンスがやってくるんだろうと思います。私のお腹の中にいる命。あと70年生きてるかわからない私にとっては大事な大事な次の世代。そのことを思うと、言い難いこともやっぱり口に出していくことは必要なんじゃないかと独りよがりになってそうで心配な独り言でした。
2008年04月20日
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ご無沙汰しすぎです。こんにちわ。このHPに書き込まずにこんなに時間が経っていました。というのも、mixiなるものを始めてしまったら、思いのほかそちらに書き込んでしまって。今、なんだか宙ぶらりんのこのHPをどうしようかと考え中です。かれこれ7年くらい色々なことを書き込んでいたりする私にとっては大切な場所なのですが。。。もう少し悩みます。
2006年12月05日
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ただいま、朝の4時半過ぎ。もうすぐ夜明けです。昨日、無事に2ヶ月間の実習を終えることができました。実習先の皆さんと、焼肉を食べに行って、生中を4杯と立て続けに、するすると入ってしまって、口も同じようにするすると言葉が飛び出て、帰ってきて、やっぱり酔っ払って眠ってしまって、起きたら2時。それから、なんとなく眠れずにいます。夜更かしは、大の苦手なのに。不思議。夜中にごそごそと、引越しのための荷造りしてみたり、読みかけの本を読んでしまったり、楽天で日記書いたり、あーなんで眠れないの?疲れてるはずなのにこの実習行く前は、けっこうなめてました。正直。2年におよぶ学生生活、ぬるくて(自分でぬるくしてたんだと思うけど)こんなもんかって勝手に思ってました。でも、今回の実習でいろいろと思うようにいかず、いつの間にか自分でもわからないくらい自分を追い詰めてたりして、そんな時に1年目の先生にすごく単純に声をかけてもらって、驚くくらいスッキリ見えてきました。自分は、自分で考えて答えを出せる、と思ってたけど、追い詰められたりすると見えないもんなんですね。話は大きく変わりますが、私は中学の時に、吹奏楽部に入りました。すごく思いつきで、何の楽器がいいかなんて何も考えてなかったので、自然、人の足りなかったホルンを始めることに。同時期、もう一人、ホルンを始めた子がいて、その子と一緒に先輩から教えてもらいました。何の楽器もそうだと思いますが、正しい音が出るまでが大変だったりしますよね。木管や金管も、マウスピースを鳴らせなくちゃ始まらない。自分は、このマウスピースを鳴らすようになるのに、異常に時間がかかりました。もう一人の子は、器用に着々と習得していくのに、自分は音すら出せない。悲しくて、情けなくて、悔しくて、でもなぜかあきらめることは考えず。たぶん、おっそろしく単純に、やめるという事を考える脳がなかっただけだと思いますが。そんなときに、先輩が「あなたは、肺活量がある。これは、すごい強みだ」と励ましてくれたのです。そのときは、(へ~そうなんだ、でも音が出なきゃ始まらないじゃん!)と思ってました。でも、それから2年後(たしか)、吹奏楽部が全国コンクールで金賞を取り、さらに上のレベルのコンクールで招待演奏をするという華々しい時期がやってきます。その年は、夏合宿でも、学校の寮を借りて、音大の学生さんがやってきて教えてくれたりなんか異様に盛り上がってました。ホルンは影役者という役割で、課題曲のマーチではいわゆる「あとうち」が多かったのですが、そのあとうちを一日朝から夕方まで、ひたすらひたすら「ン・タッタ・ン・タッタ・・・」とやり続けるという、今考えてもストイックな毎日を送ってました。でも、あとうちの奥深さとか、極めることの喜びとか感じたのを今でもよく憶えています。そんな充実した夏を終えて、迎えたコンクールは本当に楽しくて、金賞とって招待されるのも当たり前だわ!というくらい、みんなの演奏はまとまってました。そして、そのコンクールを最後に、私は吹奏楽部をやめました。理由はいろいろあったと思うのですが、今は忘れるくらい些細な事だった気もします。で、そのときに顧問の先生が一言。「やめるのか。なんでだ。もったいない!」その一言が、私のホルンを始めてからの短い期間の全てを肯定してくれました。長い話になりましたが、ようするに私は一見、器用だったり回転も良いように言われますが、それは単なる反射的なもので、本当の意味で理解は遅く、苦労して人の倍時間かけて、やっと分かった時に、本当にしっかりと自分のものにしていくことができる人間なんだと、ホルンと関わっていた頃から分かったのでした。直感的に理解して、すぐさま自分のものとできる人には羨望の眼差しを送り、自分には決してない部分だと残念ですが思います。今の自分の状況も、まさにそうだなぁと思い、いつか「うん、これについてはわかってきた」と掴めるように毎日を辛抱強く、過ごしていこうと思います。風が強くなってきました。いつの間にか、窓の外が明るくなってます。夜明けを見るのは久しぶり。今日一日も、良い日でありますように!
2006年06月30日
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実習3週間目が始まりました。1週目は、ながぁく感じたけれど、今はだいぶ時間の過ぎるのが早くなって、ちょっとこんなんでいいのかなーと思ったりしてます。ただいま医療法の改悪(うちが行ってる病院ではそう呼ばれてる)のおかげで、リハビリ部門もバタバタとしており、バイザーの先生も午後は系列病院へヘルプに行ってたりして、いまいちがっちり学べてないような気がしてます。自習しようにも、いまいち燃えてこない。いかん。そんなこんなで久しぶりに日記なんて書いてます。週末は、倉敷から鈍行でゆっくり呉に帰って、パートナーとのんびりするのが、気晴らし。なにも呉に帰らなくても、倉敷の街に出れば、大原美術館でピカソにも会えるのですが。 そういえば、この前の土曜に公開した『ダビンチ・コード』観てしまいました。結構、楽しかったよな~歴史っていろいろ隠されてるよな~、でもちょっとラストが納得いかないよな~あえて詳しくは述べませんが、原作を帰りの電車の中で読み始めました。それなりに知的好奇心をそそられる内容ではありましたよ。帰りの鈍行列車は、海沿いを走るのですが、どんどん日が暮れて、それはそれは美しく、週末が終わった切なさで、ちと感傷的な気持ちになってしまったりします。それでも、今はこれが私のやることなので、がんばります。
2006年05月22日
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実習一週間終了。実習2週間前に、回復期から急性期に変更になって、初めてのことばかりで毎日てんてこ舞いです。なんのこっちゃと思われる方も多いかとおもいますが、つまり病気になって救急車とかで運ばれて、とりあえず安静。。。という方が多いのが、急性期。だから、リハビリもベッド上で関節を動かしたり、筋力を低下させないようなことが多いのです。これに対して、回復期は、急性期である程度安定された方が、どんどん動いて在宅に帰れるように具体的な生活動作を習得するようなリハビリを主体に行う場所。リハビリの持つ性格がぜんぜん違うんですね。急性期は、体調が変わりやすい方が多く、リハビリ行うものにも緊張感が伴い、悪化させるようなことはもちろんできない。病気についてしっかりと理解して、その対策をわかっていないと致命的。そして、私はその部分が薄い。今まで、何やってたんだろー。バイザーの先生(指導者)が、とてもベテランの先生で、基本的なことをきっちりと指導してくれる。「習ってないの?」としばしば言われるのが、痛い。“習ったかな~?習ったような、習ってないような・・・”そんなことを自問しつつ、でも身についてないってことは、習ってないことと一緒だよなと思う。学校では、それなりに出来て、こんなもんかと思っていたけれど、ぜんっぜん足りてないってことを実感しました。もう、しょうがないよね。誰もが通る道。どんなに呆れられようが、くじけず吸収しまくって帰ろうと思います。他のみんなもぶち当たってるんだろうなー、壁に。いや、私だけだったり。。。
2006年05月13日
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今日、また一つ年を取りました。明日から実習も始まるのでいまいち心がワクワクしてこない。でも、今夜は待ちに待った浜田真理子さんのコンサートがあるのです。最大のイベント。それが終わったら、速攻で新幹線に乗って、倉敷へ向かいます。病院寮は、鍵に『医師住宅』なんて書いてあるけど、めちゃくちゃボロくて、お化けとか出そうで、夜あの部屋に一人でかえると思うとちょっと凹む。でも、近くに銭湯もあるし、呉にはないTSUTAYAもあるし、ちょっと行ったらすてきな倉敷の町並みに、シネコンもある。なかなか便利な街なのです。幼なじみからもらった四葉クローバーの苔玉と、初女さんのおにぎりの本を抱えて、いざ出陣です。
2006年05月07日
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一昨日、山陰の方へ小さな旅をしてきました。 初日は、パートナーが昔しいたけ作りを手伝っていたという広島県高野町(今は、庄原?)によって、人生初めてのワニを食べました。 『ワニ』ときいて、なんで山の中でワニ?!と驚きましたが、サメのことなんですね~。 知らなかった。 いやでも山の中でサメ食べるのもやっぱりちょっと不思議ですが。 そこから、三瓶山へと向かいます。 この麓にある三瓶温泉は、知る人ぞ知る名湯。 以前に三瓶山登山後に入浴したところ、疲れがめきめきと取れるのを実感したことがあります。 源泉は35度くらいで今ぐらいだとちょっと寒いくらいですが、加温した湯船と変わりばんこに入ると良いです。 飲んでみると、ちょっと口の中で「ジュワジュワ~」とする感じ。 疲れを取るしかけの一つに炭酸水ってのがあるみたい。 翌日は、3500年前の三瓶山火山爆発の後にできた埋没林と、世界遺産登録申請中の石見銀山へ行って、最後は日本海の浜辺で遊んで帰ってきました。 と、1文で書いてしまうと呆気ないのですが、どれも見ごたえたっぷり。 書き始めると埒が明かないのでやめときます。 山陰、けっこう熱いです。 次行ったら、見そびれた三瓶山の自然感に行って埋没林から出てきた古代の昆虫見て、その昔、石見銀山から温泉津までの銀を運んだという古道(約12キロ)を歩いてみたいな。 『石見銀山の龍源寺間歩の中』『石見銀山の町は、町並み保存地区となっています。すてきなミシンの看板を見つけました』『みたまんまです』『日本海の浜辺で似顔絵かきました』
2006年04月21日
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映画を観てきました。『ホテル ルワンダ』。この映画、東京では結構話題になってたりして、私もテレビで見て気になってたのですが、先週末より広島でも公開されました。いつもはまず並ぶことはない映画館なのに、今日は大入り!相当前評判が伝わっているんですね。1994年という比較的新しい歴史的事実を映画化したものですが、簡単にいってしまったら“現代版 シンドラーのリスト”。ルワンダで、フツ族とツチ族の民族紛争が始まり、主人公のホテルの支配人(フツ族)はツチ族である妻と子供たちを守るために、そしてホテルに逃げ込んできた1000人あまりの人々を助けようとします。国連軍も撤退してしまうような事態となって、もうほんとに絶望的な状況ながらも、彼はあきらめずにホテルマンとしての役割、父親としての役割、そして何より一人の良心を持つ人間としての役割を果たそうとするのです。私自身としては、こういうテーマの作品には虐殺シーンが必ずあるものだし、(実際目をそらしたくなる場面もたくさんあったのだけれど)観終わった後にズドーンと落ち込むことが多いのですが、この作品に関してはなぜかそれほど落ちなかったのです。なんでかな、と思うとやっぱりラストが希望を含んだものであったり、感動的だったというのもあるのでしょうが、映画の中の随所に人間の良心がちらほらと現れているからのように思います。主人公自身の働きも素晴らしいのだけれど、同じく戦った国連軍や、赤十字の女性、カメラマンなど皆、それぞれの良心をしっかりと持っていて、だけどもっと大きなものには抗えずにジタバタしていたりする。結局、一人ひとりは無力なんだと思わせるのですが、同時にこの映画を観ている自分自身の中に良心みたいなものが生まれたのが何よりもすごいなと思ったのです。この映画を観て、ちょっとでも良心がうずく人が増えていくのかなと。遠く離れた一見平和な国に住む(その実怪しくなってきましたが)自分でも、たくさんの良心の一部ならば何かできるのかもしれないと。目をそらしたくなる事実がたくさんあるのですが、それでも今日の映画は知りたいという気持ちを応援してくれるような、少し勇気をもらったようなそんな気分になる作品でした。
2006年04月16日
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久しぶりの書き込み。 だいぶ元気になってまいりました。この前は、学校が休みで一人で近所の山へ登りに行ってきました。山ツツジが満開で、平日だったので誰もおらず、一人で満喫してきました。頂上近くにある大きな岩の上で、おにぎり食べながら東京方面眺めて(遥か遠くですが)亡くなった友人のことを思い出していました。だいぶすっきりして、前に進んでいます。 今日は雨で、週末だから学校も休み。 朝から石鹸仕込みました。 今回の調合は、スィートアーモンドオイルを贅沢に使った洗顔石鹸。 苛性ソーダを水と反応させてたらおもいっきりこぼして焦りました。 洗面台で作ってて良かった! 80度くらいの温度が出るので、危険なんです。 ガスも出るので、防護策は徹底します。 マスクに、水中眼鏡という井出達で台所に立つ怪しい姿は、誰にも見せられません。。。 でも、出来上がった石鹸たちは、使うたびに嬉しくて、それだけで肌にも心にも良い!って感じ。 何でも作れるものなんですよ。 ほんと、作ってしまうと簡単だし。安いし。 自分好みのものが作れるし。 やめられません。 『熟成中の石鹸たち』
2006年04月15日
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雨というのも手伝って一日ただただぼーっとしている。ぼーっとしながら考えるのは、私が呉にくる前の生活。大学時代に自転車のツーリング部に入ったところから、私のアウトドア魂に火がついたのだけれど、そこでは本当に多くの人に出会った。自転車から、山へとだんだんと私のキャパシティも広がっていって、いろんなレースに参加する機会も増えて、限界のわからなかった私はただただがむしゃらに走ったり、登ったりしていた。「いける、まだいける」と妙な確信を持って突き進んでいたように思う。そういう気持ちでいると、まわりにいつの間にか強者が集まりだしていく。どこからそんな力が?と不思議に思うほどタフな人々がいる。私もそんなタフな人間になりたい、と思っていた。旅にもよく出ていたが、自分自身がタフであればなんでもできると思っていた。でも、ある時から私は自分がやっていることのリスクを感じるようになった。クライミングを始めたのは私が23才の頃だったが、心身ともに絶好調で危ないことが大好きだった私は筋肉痛に大喜びながら誘われるたびに登っていた。しかし、室内ジムから自然壁へとフィールドを移したときに初めて心の底から恐怖感を感じた。壁の途中で、足がガクガクと震えるくらいのどうしようもない恐怖。これは、よく「ミシンを踏む」なんていう言葉で表現されるのだが、それが私にも起こった。ロープ一本で体を支えている事実。変な落ち方をしたら、どんな怪我をするかわかったものじゃない。しかし、それでもリスクを抱えた状況に興奮もしていた。まだまだ先へ進もうとしていた。そんな中、25才のときに知人が山で亡くなった。初めて、自分がいる世界は「死」と隣り合わせだということを実感した。どんなに自分がタフになったとしても、それでもそれ以上の力が働くときがある。怖くて、怖くて、だけど惹かれて。いつかは誰もが死ぬということは当たり前だけど、好きでやっていることで死んでいく。今の日本では、趣味のひとつでしかない。趣味で死んでいいの?私はなんで登るの?怖いのに。今、自分と山との付き合い方は随分変わったと思う。 それでも、危険であることを忘れてはいけない。 どんな山でも。 きれいな世界は、怖さも持っているってことなんだと。 今も昔の仲間の中には、山を忘れずに山と密着した生活をしている人がいる。 逆に家庭を持って、山から少しずつ離れている人もいる。 ハラハラするのは、前者。 だけど、同時にうらやましくもある。 怖いけど、本当にきれいなものが見れるから。 山と関わると、日常で見えない生と直面できるんだね。 何がいいのかなんてわからないけれど。
2006年04月10日
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昔のクライミング仲間が亡くなった。今日、知った。クライミングを始めて間もない頃によく一緒に登りに行っていた仲間の一人。登山経験もそれほどないのに、いきなりアラスカのデナリに登ってしまうようなタフな人で、クライミングを始めたのも私と同時期くらいなのに、はるかに上手だった。無口なのだが、酒が好きで、バカな話をするとにやりと笑う。登れないような壁に出会うと、静かに闘志を燃やす人だった。彼が話していたことで、日常よく思い出すどうでもいいことがある。それは、年齢についての彼が言っていたことだ。「30越えるとね、がくんと疲れがとれなくなった。疲れが残るんだよね」しみじみとそういう彼の言葉が、最近自分もそうなっているような気がして、よく思い出していた。それでも、とてもパワフルな人だったけど。こうして書いていても、すべて過去形なのが驚きだ。2年くらい会ってもいなかったけれど、この体の力が抜けてしまうような喪失感。心から彼のご冥福をお祈りいたします。
2006年04月09日
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先日参加した映サの花見は、とてもインターナショナルだったのですが、自分の英語力がとっても落ちていることがはっきりわかる機会となりました。 これでも、大学時代に無駄に英会話スクールに行ったり、海外旅行に行っては適当に話したり、(英語圏ではない国ばかりですが…)英語にはそんなに苦手意識がないはずだったのに。 やっぱりつかわなければ、どんどん忘れていくのですな。 言い回しや、単語や文法! 基本的なことが抜けてしまっているようです。 ちなみに、1年以上勉強した中国語、ロシア語は遥か彼方に消えてしまいました。 そういう意味では、中学から少なくとも10年以上勉強してきた英語が若干残っているのは当然なんだけど、だいぶ目盛りは減ってる(泣) そんなわけで、反省&心機一転、ちょっくら英語を勉強しなおすぞ!というわけで、NHKの英会話みはじめました。 パートナーが買っていた『栗原はるみの挑戦 こころを伝える英語』(3ヶ月トピック英会話)をまずは見てみました。 栗原はるみさんの料理本は、最近とても参考にさせていただいていて、この講座でも毎回彼女のレシピが英語で紹介されるなど、+要素が嬉しい。 内容は、「ちょっと簡単かな?」という気もしますが、それでも英語独特の言い回しは、文法のおさらいになっていいです。 同時に、こんな表現も忘れてる…と凹んだりもしますが。 語学は、なんといっても使わなければ廃れていきます。 後は日常でどう生かしていくか。 彼は同じくこの春、韓国語を始めたので、私も一緒に韓国語もやって、会話の中で英語、韓国語が飛び交うってものいいかもしれない。そんなにいろいろ、無理か。
2006年04月07日
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実家に帰ってきています。しかし、もう明日帰ります。こちらに帰ってすぐに、ヒロシマで食べた貝(あさり)にあたったようで、嘔吐&発熱おこし、ぶっ倒れていました。2,3つ食べた後に、「むぅ、これはちょっとやばいかもね」ということでやめといたのですが、その2.3つがダメでした。二日後、クライミングジム帰りに寄った友達宅で発症。ヒロシマにいる彼に電話したところ、グロッキーな声で電話口にでた様子から「まさか」と思ったら、ほぼ同じ症状で彼も倒れていたのでした。ここで、二日目の貝と断定。笑えるような、笑えないような。でも、今では減退していた食欲もだいぶ回復し、元気になってきたので笑い話かな。みなさん、貝は“におい”だそうです。磯の香りが強く(つまり生臭く)なったら、ちょっとやめといた方が良いみたいですね。今回のはそんな匂いがしてました。さて、正月以来の実家ですが、いつもと変わらず私だけが暇で(家族みんな働いていたり、学生してたり)毎日のんびりプラプラとしています。桜が都心部よりだいぶ遅れて、やっと今日ほぼ満開状態を迎え、ますますぼ~っとしてしまいます。幼ななじみが一戸建てを買い、今日もその居心地の良い家にやってきて、押し入れを改造してつくられたPCルームでこの文章も書いています。大きなスピーカーからjazzが流れて、みんな昼寝中。のどかですねぇ ほんとに。明後日からは再び学校が始まります。いわゆる“新学期”ということになりますが、ぜんぜん学年が変わるという実感がありません。区切りは、国家試験が通るまではもうあんまりないかもしれませんね。アイドリングしていて、まだ走り出していない状態で、エンジン切るほどの休みでもないって感じです。4月、実習前の最後の休み、どこへ行こうかな。
2006年04月03日
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昨日、呉映画サークルの記念講演会に行ってきた。朝日新聞社の○藤さんというジャーナリストが、世界65ヶ国を旅してきた経験に基づき、今の日本社会について考えるいろいろな話を聞かせてくれる。とても熱い人で、2時間の講演時間じゃぜんぜん足らないようだった。私は、テレビをほとんど見ない。それは、まぁ良いのかなと思うのだが、恥しいことに新聞も取ってないので本当に世間のことに、うとかったりする。勤めていた頃は、仕事中に会社のパソコンでニュースサイトをちょくちょくチェックしていたのでまあまあ知っていたのだが、それも今は皆無に近い。たまにテレビをつけてニュースを見ると、悲しい話が多くて気分が滅入るので、「あえて知りたくない」という気持ちが働いているのかなとも思う。メディアのやり方は、画一的なところがあってそれを変えることは一個人には無理なような、そんな軽いあきらめのようなものもあるのかもしれない。そして、テレビや新聞を見なくてもけっこう生きていける。本や映画から、自分の内面を豊かにすることはできるし。世界でいろいろなことが起きていて、それはいつか自分にも降りかかってくることかもしれないけれど、その時はその時なんじゃない?ってどこかで思ってる。多くのことを背負うのは、しんどいから。でも、昨日の講演で○藤さんがとっても当たり前のことを話してくれた。それは、「メディアは、視聴者がいて成り立つもの」という話。だから、「おかしいと思った情報は、しっかりとメディアに返すこと」、つまり投書だ。そして、ポイントは「良い情報だと思ったら、やっぱりそれも返すこと」。作業療法の世界でも、フィードバックの大切さは常々言われていることなのだが、何よりも「正のフィードバック」の力は大きい。メディアと視聴者の間の距離がどれだけ離れているか。私に関して言えば、相当離れている。それを縮める努力をすべきなのは、たぶん私なんだろう。まずは。自分がしんどくならない範囲で、もう少し知る努力をしなくちゃと思った一日だった。
2006年03月26日
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我が人生二度目のスノボに行ってまいりました。広島の才乙(さいおと)スキー場は、もうシーズン最後の最後でしたが、なんとか雪もあり一日という短い時間でしたが、すべってきました。午前中は、クラッシュの嵐でしたが午後からだんだん思い出してきて、逆エッジも減り、楽しく終えることができてよかったです。しかし!今日の筋肉痛はちょっとここ数年なかったかもという、激しいもので、基本動作から難しく、顔を洗うにも一仕事。コタツに座ってしまうと、立ち上がるのに数分かかるという始末です・・・。でも、心地よいです。この疲れ。この筋はなんて名前だったかね、と思い出したりしながら、体が自由に動かないもどかしさをじっくりと味わっておこうと思います。『島根が限りなく近いゲレンデ、才乙』
2006年03月21日
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今年の5月からはじまる長期実習の行き先がわかりました。1期→岡山県倉敷2期→広島県呉市3期→広島県尾道市御調ということで、2期以外は呉を飛び出します。2ヶ月ずつ。とりあえずは1期の倉敷をどうすごすかと考えて楽しみな気分でいます。実習はゴールデンウィーク明けの5月8日からはじまるので、その前日に28歳の誕生日を迎えて出発ということになります。はぁ、28歳です。倉敷情報とくにお風呂&カフェ情報募集中。
2006年03月09日
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精神障害領域の2週間の病院実習が昨日、無事に終わりました。はぁ~疲れた。でも、終わったときのあの充実感は何物にも変えがたい!この2週間は、人生で初めて使用するマンスリーマンションにてホテルばりの生活しとりました。広島県竹原市というところにいたのですが、のんびりとして良いところなんです。しかし、昨日昼に実習が終わってから夕方には彼に迎えにきてもらい呉に帰ってきました。帰り途中で、風早というところにある『凪の蔵』というお店で食事。海沿いにある古い旅館を改装して作られたこのお店は、前から気になっていたのですが、とうとう昨日行くことができました。風早駅(もちろん無人駅)からすぐの本当に静かなところにあるこのお店ですが、中はステキに改装されていて、とても落ち着いて食事ができます。海幸がお手頃な値段。瀬戸内にまた一つ、お気に入りの店ができたようです。今日は洗濯して、来週に控えている症例発表会の資料つくり。とりあえずこれで私の2年生は終わりそうです。3年生は、5月から始まる長期実習(2ヶ月)で再び呉を去るかも。行き先、どこかいね~とドキドキしながら待っています。
2006年03月05日
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一週間、終了しました。土曜日もある病院だったので、一週間が長かった~。今日は心底疲れていたのか、11時過ぎまで眠り込んでしまいました。これから、レポートやっつけないと。先週の金曜日は、ずっと再放送をやっていた『やまとなでしこ』(松嶋奈々子主演)の最終回でした。最近はとんとドラマは観なくなりましたが、このドラマは当時(大学生くらい?)も大好きで、毎週かかさず観ていました。病院が終わるのが、6時だったので5時からやっている再放送には当然間に合わず、私はちゃっかりビデオ録画予約して、週末に観るのを楽しみにしていました。昨日、今日と溜まっていた分を観て、はぁ~幸せです。これぞささやかな小確幸。(村上春樹氏の言葉、小さな幸せのこと)病院実習が始まって、学校生活が遠い遠い世界に思えます。たった一週間なのに、随分と違うものだと。この一年は、こんな風に学校からは遠く離れた世界で過ごしていくのだと思うと、なんだか変な感じがします。
2006年02月05日
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長くて、ハードだった試験期間も終わり、来週からいよいよ実習です。最初は、ここから通える病院で二週間。そのあとは、レオパレスに入ってさらに二週間。二年あまりの机上の勉強も、もうほぼ終わってしまったのだなーと、やっと今少し実感し始めました。この一年は、いわゆる大殺界に入っているらしい私ですが、流れるままに進んでいきたいと思っています。ところで、私の住んでいる呉には、映画館が二つあります。今日はその話を。『呉シネマ』と『ポポロ』というふたつの映画館があるのですが、その昔、海軍さんでにぎわっていた呉の街には、これ以外にも何件もの映画館があったそうです。今では、その残ったふたつの映画館が、ほそぼそとアニメやハリウッドの大型映画を広島市内よりも少しずれたタイミングで上映している状態。それでも、私が初めてこの街にやってきた時、映画館がふたつもあることに喜びました。中でも、『呉シネマ』は、大きなスクリーンと二階建ての席が、ふたつも備えてある大型映画館。初めて観にいったのはなんだったか忘れましたが、確か一人でした。高い天井に、洋風な黒く塗った階段の手すり。広々とした階段にぼんやり灯るランプのひかり。白かったであろう、壁もくすんでます。そのレトロさに、私は感激しました。関東地方に住んで、シネコンや個性派のミニシアターの新しい建物の映画館に慣れ親しんでいた私にとって、時が止まったままのようなその様子にすっかり魅了されてしまったのです。その昔、毎日毎日、大勢のお客さんを招いていた頃の『呉シネマ』は、今では一日の動員数は恐ろしく減っているのでしょうが、その建物の魅力は今も決して衰えてないと思います。そんな風に思っていたら、このところ立て続けに『呉シネマ』からみのうわさが耳に飛び込んできました。ひとつは、風呂場。最近できたリゾートスパを気取っているお風呂屋さんに、ちゃかしにいって、塩サウナに入っていた時でした。お隣に座っていた女性が塩すりすり、こう話すのが聞こえてきたのです。「呉のシネマは、怖くてとても一人じゃいけない」『えぇえ!?』同じく塩すりすりしていた私の手が止まりました。映画館が怖い。これは全く新しい観点でした。私は、この映画館にお客さんがこないのは、そもそも上映作品に魅力がないのではないかと思っていました。もしくは、音響が古く、その物足りなさで、新しい映画館に行ってしまうのではと。しかし、“映画館が怖いから”という観点もあったのです。私にとってはとっても魅力のあるあのレトロさも、一歩間違えれば『怖い』となってしまうのだな、と目から鱗が落ちる思いでした。この話を、パートナーに話すと彼も苦笑いで、「確かにあそこのトイレは怖い」と言っていました。そう、そうか。やっぱり怖いんだ。こうして、ようやく私も納得しました。そして、今日も呉の情報誌の中で読者からの意見の中に、「呉の映画館はさびしい」とかかれており、いよいよ私の考えも固まってまいりました。これは問題なのは上映作品の内容でも、音響でもなく、その雰囲気なのでは!もちろん、魅力ある上映作品も、素晴らしい音響も大切です。しかし、“映画館にお出かけ”という非日常の空間つくりとして、『怖い』のは最もまずいですよね。映画館に怖くて一人でこれないなんて。私の考えはどんどん発展してます。私が感激したあのレトロさを、ただ『怖い』で終わらせてしまうのがとても悔しいからです。時間が作り上げたレトロさは、貴重です。買おうと思っても、買えるものではありません。このまま言ったら、『怖い』まま、呉の映画館は消えていってしまいそうです。安芸灘地震にも耐えたのに勿体なさすぎる。歯がゆい気持ちを抱えつつ、どうにもしようがないのが残念。残念なままとりあえず、勝手な独り言は終わりにします。画像は、我が友人で、みんながかしずくサクラです。
2006年01月27日
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みなさん、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。ということで、2006年です。昨年末は年忘れ九州の旅に行って参りました。今回は自転車でも、徒歩でもなく、なんと飛行機(プロペラですが)にレンタカーに列車と今までにない快適な旅となり、私の旅人生にも新たな一ページを刻むこととなりました。全行程三泊四日で、宮崎県の日本一の照葉樹林のある綾町から、雪をかぶった鹿児島県のえびの高原、霧島温泉郷とまわり、そのあとは北上して湯けむり漂う別府で地獄めぐり。そこからバスとフェリーで広島に帰ってきました。特にしっかりと計画もせずにぷらぷらとした旅で大変のん気な年末となりましたが、時間の経ち方がひときわゆっくりくっきりとしており、一日一日がとても長く感じました。帰ってきてからのこの三日間は、びっくりするくらいあっという間です。やはり旅は良いものです。今日、NHKで放送していた『男はつらいよ』の寅さんは家族と喧嘩しては飛び出し、女にふられては旅立ちますが、旅のひとつの原点だよなぁとほのぼの思いました。私の中の旅心がうずうずとしています。今月末から始まる実習を皮切りに、今年一年はあちこちの病院や施設に行きます。寅さんみたいに飛び出すことはそうそうできませんが合間を見つけて旅することを忘れずにやっていこうと思います。今年の抱負。“ちょい先ばかりを見ててもしょうがない、もっと先を見ろ”それでは、みなさんにとって良い年になりますように。
2006年01月01日
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お久しぶりです。秋が深まり、日に日に寒さが身にしみる今日この頃です。忙しさにかまけて、このページの更新も滞っていました。今回は、大学の頃に所属していたクラブの記念文集に寄せる文章をそのまま載せます。10月20日までの締め切りに間に合わなかったのですが、言葉がどんどん出てきてとまらなかったので、最後まで書き上げてしまいました。今、自分がやっていることをはじめて客観的に言語化したので、ちょっと新鮮でした。人に説明するのが、こんなに難しいとは!お暇な方、どうぞ読んでみてください。☆☆☆☆☆☆☆『私は今、広島にいます。大学を卒業して、かれこれ4,5年が経ちましたが、その間、ぷらぷらしたり、就職したり、そして今は再び学生。自転車で走り回っていた自分からずいぶん遠くへ来てしまったような、ぜんぜんあの頃と変わらないような、不思議な気分です。そんな今の生活を少し皆さんにお伝えしたいと思います。近くにお出かけの際に思い出していただけたら幸いです。私が今住んでいるのは、瀬戸内海に面した広島県呉市というところです。最近、話題になっているらしい戦艦「大和」が作られた街です。“大和ミュージアム”なんていう地元の人にもピンとこない施設ができ、大型バスがたくさん走るようになりました。先日、その施設のレンガがはがされるという事件があったそうですが、何か意味深なような全く無意味なようなそんな事件で、私たちの生活には何の変化もありません。土日になると海上自衛隊の若い学徒たちが、セーラー服に水平帽という井出達で一斉に小さな呉の街に繰り出してきます。初めて見た時は、それはそれは新鮮でしたが、今ではごく普通の光景となりました。むしろ、せっかくの休みなのに、そんな目立つ服着て何するの?と思います。バイト先の居酒屋にも、一目見て自衛隊員という方々が大勢やってきます。この街は、それで成り立っているのだとしみじみ感じる瞬間です。呉は、自衛隊とセットで造船もさかんです。呉工業地帯という言葉を小学校くらいで習ったような気がしますが、本当に工場が多いのです。当然空気も影響を受けているはずで、呉に来ると鼻毛がよく伸びると聞きましたが、幸運にも私はまだ実感していません。工場が多いせいなのか、呉に来て1年半ほどになりますが海の存在を驚くほど感じていません。神奈川にいた頃は、山間部に住んでおり海を見たら素直に感動したものですが、ここ呉の海は、あまり主張のない海だという印象があります。それもこれも、瀬戸内海といういたるところに島がある、ということに端を発してるような気もします。海沿いの道のどこを走っても、すぐ近くに必ずひとつかふたつの島が見えます。晴れた日は、四国も見えます。私にとっては、「でっかい湖」に近い感覚でいつも眺めてしまうのです。ただひとつ決定的に違うのは、潮の満ち干気の変化をすぐに感じることです。川がひとつ涸れたり、反対に満ちてあふれ出しそうになったりします。そんな時、「あぁ自分は海の側に住んでいるだな」と実感するのです。さて、山に関して話したいと思います。これは、呉だけだと物足りないので少し幅を広げて見たいと思います。広島には、1400mを超える山はありません。この時点で実家の裏山といえる丹沢山系にも追いつかないというわけです。最も高い山でも、1300m代をいくつか、という程度で、そのせいか私が今まで行った山々はどこか里山の雰囲気が色濃く残っています。先日は、安芸冠山という標高1300mちょいの山へ登ってきました。紅葉には少し早かったのですが、熊笹が生い茂り、頂上付近にはブナの原生林が少し残っており、その変化が楽しい山でした。10時半に登り始めても、4時過ぎには下山できてしまうぐらいの山ですが、広島の山にはまだどこか野生の香りがするのは、まだまだ登山人口自体が少ないせいかもしれません。広島には、そんなマイナーで味のある山がたくさんあります。さて、山の話となると次は温泉となるところですが、これも広島にはあまりありません。お隣の島根や岡山、山口には良い温泉がたくさんあるのですが、不思議なくらい広島にはないのです。それでも山の帰りは、いくつか湧き出した温泉(当然循環湯ですが)によって帰るのがならわしですが。つらつらと書いてきましたが、ここらで私が今学んでいる作業療法について少し紹介して終わりにしたいと思います。作業療法士は、3,4年の養成学校もしくは大学で学び、その後国家試験を受けて、ようやく資格取得となります。私はその養成学校の現在、2年生。下は19歳から上は30代後半まで幅広い年齢層の中で、日々勉強しています。この仕事は、リハビリテーションの専門職として最近は少し知られるようになってきました。先日、ドラマで放送されていた『オレンジレンジ(合ってる?)』で主人公が目指していた職業が、この作業療法士だったことも影響があるのでしょうか。介護保険も、“予防!予防!”と騒がしく、リハビリテーションが日の目を見る日も近いかな、とほくそ笑んでもいますが、何よりこの仕事、なかなか面白いのです。リハビリテーションに関わる職種には、大きく理学療法士と作業療法士、そして言語療法士など様々ですが、中でも理学療法士と作業療法士の区別がつきにくいと、よく言われます。おそらく皆さんが、「リハビリ」と聞いて浮かべるイメージは、このうちの理学療法士に近いものがあるかと思います。スポーツ選手が怪我をして、さあリハビリしましょう!となったときの機械を使って温めたり、マッサージや筋力訓練などがそうです。理学療法士は確かにこういった物理的な方法を使って、痛みの原因や動きにくい部分へ直接、アプローチしていくということがまずあげられると思います。一方、作業療法士は、もっとなんだかぼやーんとしたものです。基本的に、理学療法士がやっていることに作業療法士も関わります。しかし、方法は実際に日常生活で使っているものの具体的な使い方や、もっと便利にするにはどうしたらよいか、という点に着目して訓練します。つまり、理学療法士の武器が物理療法なら、作業療法士の武器は自分自身の観察力と発想です。本当に「何でもあり」な職業です。そんな何でもありな部分に惹かれて私は作業療法士を目指すことにしたのですが。しかしながら、ここまで書いてきて自分でも「やっぱりまだまだつかみきれん」というのが正直な感想です。ただ、この1年半あまりの学生生活で、柔軟性の大切さや、人が生きていく上で大切なものがいろいろと見えてきたように思います。これは、私が目指している仕事がもろに人の「生活」に目を向けているものだからだと思います。そして、その「生活」は本当に千差万別で、だからこそ柔軟性というものが何よりも求められているのです。これからの長い人生で、この3年間は大学の頃に自転車で走り回っていた4年間と同じく、きっと一瞬なことでしょうが、「うーん!苦かったけど、おいしかった!」とエスプレッソのように濃い時間となっていることは確実です。そして、その背景には今まで私が経験してきた全てをひきつれているのです。こんなに心強いことはありません。卒業と共に29歳の誕生日をむかえ、じき30代突入です。いろんなものを脱ぎ捨てて、30代はとても自由になる予感がしていますが他の同期はどんなかな?また、いつか飲む機会を楽しみに!それでは、長くなりましたのでここらで。2005.10.28.』
2005年10月29日
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まだまだ蒸し暑さ残る今日この頃ですが、それでもやっぱり確実に秋に近づいているのを感じます。9月1日から続いていた、試験&実習の日々にもようやくけりがつき、久しぶりののんびりとした週末です。昨日は、本屋でぶらりとして、スティーブン・キングの新刊かって、読みかけだった川上弘美さんの『古道具 中野商店』(新潮社)を喫茶店で読んで過ごしました。今さっき、この本を読み終えて、とても気持ちよい気分です。川上弘美さんの『センセイの鞄』は映画化もしていて有名ですが、私は八ヶ岳の小屋にいるときに読み始めて、いっきにひきこまれて以来、川上ワールドにどっぷりつかっています。次に控えたキングにすぐに移るのは、なんだかもったいなくってとりあえずPCをひらいてみました。本屋をぶらりとするのは、長いこと私にとっての至福の時間でした。このところは地元の本屋でも品揃えが豊富になってきていて、楽しいのですが、昨日は広島ダイアモンドシティの中にある広島ではもっともマニアックなものがおいてあるであろう本屋さんに行って来たのでした。本に囲まれているとなぜか安心します。特に昨日いった本屋さんは、迷路のように本棚が並んでいるので、目当ての物があったり時間がない場合はちょっと焦ってしまいそうですが、時間あって特に目当てもない場合は、心地よく迷いながら、目に付いた本を手に取ってみる、、、といった至福の時間を過ごせます。ある友人が、国立図書館の書庫でバイトをしていましたが、どんなものなのか想像するとドキドキしますね。そういえばこの前の「通販生活」の中で、読者からこんな質問がありました。“国立図書館はエロ本も収蔵するのですか?”答えは、Yes(何でも置きます)でした。ただし、基本的に国立図書館にある本は出版社による持ち込み、寄贈なんだそうです。おそらくエロ本をわざわざ寄贈する出版社は少ないですよねー。話は大きく変わって。今度、彼の実家で『快療法』の入門講座が開かれることになりました。これまた聞き慣れない言葉とお思いの方も多いかと思いますが、快療法とは、「治療の主役を医療の専門家ではなく、病気をもっている人自身と、それをサポートする家族である」という立場にたって、食べること・動くこと・呼吸・考えること・環境という5つのバランスを保つことを目指すものです。講師は、その世界では知らぬ人はいないといわれる先生らしい。(鍼灸の世界ではよく知られているのかな?)気になる方はご連絡を。(広島ですが・・)それでは、そろそろキングを開くとします。今回の新刊の帯には、『スタンド・バイ・ミー』が好き『グリーン・マイル』には感動した『アトランティスのこころ』は傑作!『骨の袋』の愛の切なさに涙したというチェック項目が書かれており、これにあてはまった人は必読だそうです。つまり、ホラーじゃないキングです。悔しいけれど、ホラーじゃないキングが私も大好きなのです。
2005年09月11日
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8月21日から昨日まで、屋久島へ行って来た。2000年にも一人で行ったのだが、その時は縄文杉に会うことがメイン。今回はそのもっと奥にある山を登りにいった。23日から山に入り、黒味岳(1831m)、宮ノ浦岳(1936m)と越えて、25日に下山。画像は、宮ノ浦岳から眺めた永田岳(1886m)。太陽があらわれると全てが美しく、一瞬で雲が来て、次の瞬間には雨。瞬く間に変化する屋久島の山に、ただただ感動していた。一月に35日雨が降る、と言われるくらい雨の多い屋久島で、しかも台風シーズン真っ盛りの中の登山となったが、台風11号は思い切りそれて東京へ行ってしまったので、山の上はおおむね晴れ渡った姿を見せてくれた。自分たちの幸運に感謝して、山の中で過ごした3日間だった。そして、屋久島にはもうひとつ縁があった。今回はそちらの話。彼の妹さんが、屋久島で自然療法の勉強をしながら生活をしているのだ。自然療法といっても聞き慣れない言葉だけど、スイスなどでは一般的な方法となっているそうで、日本では屋久島にだけ学ぶことのできる施設がある。これだけ聞いてもあまりぴんとこないし、自分自身もよく理解はしてないのだけれど、今の西洋医学の足りない部分を補うような医学であって、自分の中にある自然の治癒力を信じ、それを呼び起こすといった代替医療だとHPでは説明されている。(ホメオパシーや、薬草 etc・・・)難しいことがたくさん書いてあって、その部分についてはよくわからないのだけれど、“自己治癒力”という言葉がキーワードな気がした。そこで学んでいる人たちの文章を読ませてもらったが、社会で何らかの生きにくさを感じたり、疑問を感じた人たちが多く集っているような印象を受けた。ここまできて、自分の心がざわざわとしてきた。私が今学んでいる作業療法も、アプローチの形は違うかもしれないが、どこか近いところがあるような気がしたのだ。屋久島で学んでいる人たちは、実に自分を率直にみつめ、受け入れようとしている。OTは治療者であるけれど、その前に人間で、人間は決して完璧ではない。治療者として決して傲慢になってはいけない。でもって、それは自分自身をよく理解しないとできないことだ。授業で、「自己の治療的効果」という考えを学び、強く印象に残っている。作業療法では、自分自身も治療の道具と考えるのだ。どうしてこの考えがこんなに心に強く残ったのかと思うと、「人が人に与える力は、どんな薬や治療法よりも強いのではないか」と自分自身が感じているからだとぼんやりと思う。そのためには、どうしても自分を知ることが必要で、それは結構怖くて、しんどいことであるけれど、やっぱりそれをやれる強さを自分は持っていきたいと思う。すぐにできなくても、これからの長い時間をかけて、ゆっくりと。リトルトリーの祖父母のように。彼の妹さんを通して、また一つ新しい世界が開けた気がして、私は今すごく嬉しい。自分の向かっている方向が間違ってない、もっと広がっていく、ということを確信できた気がする。これは、この瞬間すごく幸福なことだと思う。
2005年08月27日
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昨夜見た筑紫さんの『ヒロシマ』という特集番組。最近感じていた違和感をまた感じた。小さい頃は、「これは正しい」「これは間違い!」というのがハッキリしていたけれど、ここのところはそんなに簡単に分けられないのはなぜだろう。理屈じゃないってことだろうけれど。ともかく今日という1日は、そういうことをひたすら考えるためにあるんだと思うので、考えてみましょう。
2005年08月06日
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長らくこのページの更新も滞っていました。7月は試験期間だったり、グループワークの締めだったり、なんだかんだと学校が忙しくて毎日フィードバックする余裕もありませんでしたが、それもこれもなんとかめどが立ち、昨日から本格的な27才の夏休みです。この年になって、約1ヶ月もの休みが貰えるなんてありがたいことです。はい。この夏の予定としては、もうすぐ正月以来帰っていない実家に帰って、家族で八ヶ岳。盆には広島に帰って、レポート片づけて、今度は屋久島です。2000年の春に一人で行って以来の5年ぶりの屋久島。今回は山がメイン(いつもだけど)なので、楽しみ~です。そうそう、今週の土曜日(8月6日)は広島市被爆60周年の日にあたります。広島では、平和を祈る様々なイベントが目白押し。去年の今頃は、四国遍路中で愛媛のコンビニで休憩していた時に黙祷をささげる放送がかかっていたのを憶えています。今年は、ここ広島でその日を迎えたいなぁと考えていました。そんなわけで、太田川の灯籠流しと、広島平和コンサートに参加してきます。今日も暑い暑い日です。せみがみんみん鳴いています。
2005年08月04日
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彼の実家は、古民家を改築してフリースペースとして使っているのですが、先日そこで藍染めの会が開かれました。平日だったので行けなく、残念に思っていたら、「藍が残ってる」という情報を得て、さっそく古ぼけたTシャツやら生地を持って伺いました。化学藍じゃなくて、天然藍。よぉっくかき混ぜてから、いろんな形に縫ったり、しばったりした生地をつけていきます。藍は、空気に触れる前は緑色をしていて、取り出して空気に触れると一気にあの鮮やかな藍色に変わります。その変化はちょっと感動もの。グラデーションや、濃い藍に染めるには、何度かつけて調整します。染め終わったら、よく水洗いをして干して終了。非常に楽しくて、時間が経つのも忘れて没頭していました。まわりにある白い物を片っ端から染めたくなりました。犬のサクラでさえも。(真っ白けなわんこ)下の画像は、干している我がTシャツたち。一番手前のは、だいぶ前に出場した「自然人レース」の記念Tシャツ。後ろにでかでかと書かれていて、いまいち外着にはならない代物でしたが、これで晴れて思い切り切れる物となりました。字が薄くなったのです。夜、そのまま夕飯をごちそうになり、NHKを見ていたら、この前のアメリカ独立記念日にNASAが『Deep Impact(ディープ・インパクト)』という衛生を彗星にぶちあてた話を特集してました。なんだかたくさんのことがわかっているそうですが、それにしたってあてられた彗星は、たまったものではないでしょう。宇宙で大規模な実験をしたという訳ですが、どことなく違和感を感じています。宇宙という空間に当てはまる法律がそのうち必要になるのでは。。。ともかく、アメリカNASAの代表者がマイケル・アハーンさんという人だったのが、面白かったのでここに記しておきます。
2005年07月17日
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夏に実家に帰ったら、家族全員で八ヶ岳に登ろうと思っています。広島に来て、何が物足りないって3000m級の山々。約半年帰っていませんが、恋しくて仕方がない今日この頃です。家族で山登りは初体験ですが、比較的初心者でもお手軽に高山が楽しめる八ヶ岳を選びました。何度か行っていて、なじみ深い山でもあります。(初めての冬山&アイスクライミング体験をした場所でもあり)さっき、山小屋に電話して予約して、もう後にはひけない現実味をもった計画となりました。学校では試験前ですが、すでに心は八ヶ岳。わくわくドキドキしております。
2005年07月10日
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寮のすぐ裏にある空き家に子猫が4匹生まれました。警戒心の強い野良たちですが、好奇心も旺盛。ちょこっと顔だした瞬間を激写。昨日は、ディジュリジュというアボリジニの楽器と、ネイティブアメリカンフルートのホームコンサートに行って来ました。初めて耳にするアボリジニの楽器は、ユーカリなどの木の中をシロアリがきれいにしてくれて、その空洞を利用して、不思議な音を奏でてくれます。地の底から聞こえてくるような、だけどどこか懐かしいような不思議な音に、気持ちよく揺れてきました。最後に、お試しさせていただいて、吹いてみたんだけれど、唇をふるわせて音を出す辺りは、ホルンと同じだった。だけど、力はいらないんだって。いかに力を抜いて、遠くに飛ばすかがコツだそう。去年の今頃にはちょうど世界先住民会議が開かれていたのですが、その一年後に再びネイティブの世界に触れることができて、因縁めいた不思議で幸せな気分になりました。
2005年06月12日
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『スプートニクの恋人』という村上春樹さんの小説を読んだ。けっこう前の作品だ。登場人物は、「僕」と「すみれ」と「ミュウ」。不思議な恋物語だ。村上春樹さんと私はもしかしたら一度ごくごく近い空間を共有したことがあるかもしれない。2年前のサハリン旅行で、一緒の飛行機に乗っていたらしいのだ。国際便とはいえ、乗客は50~60人も乗ればいっぱいになってしまう小型のプロペラ機で、乗っていた日本人もそんなに多くはなく、実のところ思い返すと私の隣に座っていた人のような気がしている。サハリン空港について迎えにきていた友人に教えてもらい、あとで写真で確認したけれど、雰囲気は似ていた。その人も本を読んでおり、私は辺見庸さんの『もの喰う人々』を読んでいた。それまで村上春樹さんの小説を読んだのは『ノルウェイの森』くらいで、そんなに興味もなかったのだけれど、最近は彼の作品をよく手にする。旅行好きで、猫が好きで、酒も音楽も好きで、どうやら映画もよく観ていて、フルマラソンに出てしまうような人らしい。小説家というとどちらかというと体を動かさないという偏見があるのだけれど、どうやら彼はちょっと違うみたいだ。『スプートニクの恋人』は冒頭の文章からすっとひきこまれていった。言葉というのは、その時は理解できずとも、時間の流れやその間の出来事を通して、ある時ふっと理解ってしまうことがよくあると思う。初めて村上春樹さんの文章を読んだ時は、私にはそれほど響いてこなかったけれど、今、「すみれ」が体験している恋物語は不思議なくらい理解るような気がする。その話もまたいつかしたいな。このところ、学校の授業や提出物やらでゆっくり本を読む時間がなかったけれど、久しぶりに本を読むと、やっぱり私は本が好きなのだなぁとしみじみ思った。さあ次は何を読もうかな。
2005年05月28日
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みなさん、お元気ですか?私は元気にやっております。先週は怒濤の一週間で、毎日帰っても寝るだけの生活でしたが、それも一息ついて今日は少しのんびりの土曜日です。昨日は、私と相棒で苔玉作りのプレゼンをしました。その準備に追われていたわけで。みなさん、苔玉ってイメージわきますか?名前のとおり、土を苔で丸く包んだものです。その中に植物を一緒に植え付けて、部屋などで観葉植物として楽しむわけです。けっこう、かわいくって、最近はよくインテリアショップなどでも苔をあつかった商品がならんでいたりします。その苔玉を自分たちで作ってしまおう!という作業療法の活動例として紹介したのでした。これが大変!で面白かった!授業とはいえ、費用はそんなに出るわけでもなく、苔と植物をもとめて、呉の街をあちらこちら。病院の敷地内の壁に大量の苔を発見し、土曜日の朝からお好み焼き用の巨大なへら(相棒のバイト先より借用)で苔をそぎおとしていれば、通る人通る人に「罰ゲーム?」と言われ、朝の8時からシャベルを持って植物を抜き取る。。。何しろ20人分の苔と植物だから大変なのです。でも、道ばたに何気なく咲いている葉っぱたちが、実はよく見るとものすごくかわいらしいものだということをしみじみと感じました。そして、大変だった準備を経て、昨日50分かけて、みんなで苔玉を作りました。わいわいがやがやと大いに盛り上がって、何よりも先生たちの食いつきが一番良くって(笑)、園芸療法の中でもこの「苔玉」は少し新しいアプローチだったみたいで嬉しい限りでした。20個あまりのいろんな大きさ、形の苔玉が並ぶ姿は本当に素敵でした。みなさんも簡単なので、良かったら挑戦してみてくださいね私は図書館で借りた本を参考にしました。軍手を使うと簡単です。心地よい疲れに包まれて帰ると、隊長からサハリン行きの計画書が届いていました。夏の10日間。行こうか、迷ってます。
2005年05月21日
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2年生になりました。新1年生40人が入学し、もう2年になるしかないのです。今日から本格的に授業が始まります。呉の街に来て、1年が経ったのですね~。ふうぅ・・・この週末は、香川県に行ってきました。目的は、『イサム・ノグチ美術館』と小豆島。世界的な建築家であるイサム・ノグチさんが晩年をアトリエ兼住居としていた高松市郊外の、石がゴロゴロしている庵治の近く。予約制の美術館で、その日も13時の回が満杯で、10時からと早い回に、呉の街を6時に飛び出していってきました。石なのに、そこに彼の手が入ることで、いろんな想像をさせる石たち。とても楽しくて、一時間しかない見学時間じゃ足りないのでした。作品は、地面の上にどーんと置かれて、タイトルも説明も一切なし。それは、ノグチ氏自身が、自由に感じてもらいたいと希望したからだそうです。偉大なアーティストだったんだと、改めて知ることができました。そこから、今度は小豆島にわたって、猿にトッポを奪われました。ここの話は長くなるので、また今度。ところで、ところで。そもそも香川行きを計画したのは、北海道から友人が実家である香川に帰ってくるというので、会いに行くことが目的だったのです。しかし、彼女は自転車で高知、愛媛をまわっているらしく、結局、呉で会うことに。明日、フェリーで1人のチャリンコツーリストが呉の街にやってくるのであります。彼女との付き合いは、大学一年からなので、もう8年ばかし。同じテントで夜遅くまで話したり、東京日暮里の安アパートにはよく泊まりにいったものです。サハリンにも一緒に行きました。今は、北海道の旭川で自然観察員の仕事につき、『地球交響曲』の自主上映に着手したりと精力的にいろんなことに挑戦している人なのです。広島と北海道と、離れてはいるけれど、なんだかんだで半年に一回くらいは会っているのが面白い。呉の街に彼女がくるのが本当に楽しみです。それに、さらに嬉しいのは、古い知り合いでこの春より新社会人となった真衣ちゃんが、今月の終わりくらいに呉にくるかもしれないと連絡があったのです。この前は、幼なじみのぷーも来てくれたし、けっこういろんな人がやってきてくれるので嬉しいですねー。呉の街をどう紹介するか、いつだってそれがfビッグプロブレムです。
2005年04月11日
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一年間の6畳2人部屋生活を終えて、一人部屋に引っ越した。昨日、半日かけて荷物を移動し、先輩から譲り受けた家具を入れ、だいぶ部屋らしくなった。なんだか新しい生活が始まるという実感が湧いてきて、今、新鮮だ。昨日、届け物が二つ届いた。ひとつは、幼なじみから送られてきた颯太の写真と、使わないからとルーズリーフ。何気ない贈り物が嬉しくてたまらない。日に日に大きくなっていく颯太。表情が豊かになりもうしっかりとした人格すらできているのではないかと思わせる。もうひとつは、大学の先輩が仲間とそしてある教授と作っている冊子だ。内容は、それぞれが自由に旅のことや、今の生活の中から感じたこと、本や映画の感想など多岐にわたっているが、さすが文学部英文学科出身の文章という感じで非常に読み応えのある文章が多い。書いている方も、すでに大学は卒業し、社会人として生活しながらも教授の授業には出たいと熱心に通っている方ばかり。その意識の高さと、学びたいという意欲がすごいなぁと素直に感動してしまう。私といったら、最近はじっくりと何かを考えて、それを言葉にするという作業をすっかりと怠っている。ただただ毎日を過ごしている。それはそれで、良いのだろうけれど。もらった冊子を読んでいると、ものすごく豊かな気持ちになれた。誰かが深く考えて、一生懸命書き上げた文章。たくさん文章についての勉強をして、その力を精一杯出し切ろうとしているのがよく感じられる文章。今、学校の提出物やちょっとしたことで求められる言葉は、私が教えてもらった方法をほんのちょこっと使えば十分に事足りてしまう。あくまで求められているのは文学ではなく、結果だから。私も授業を受けて、この先生から教えてもらったことは、何よりもまず「想像力」の大切さだった。想像力で、人は旅もできる。想像力で、毎日が新しくなる。というか、同じ日なんて決してないのだけれど、そのことを普段は忘れてしまうから。想像力を深めることで、毎日が豊かになる。そのことを一番教えてもらった。先輩たちの文章を読んでいくにつれて、自分もまた想像力を深める努力をしなくては、と強く刺激された。先輩の今年の目標は、「映画を100本、本を50冊」だという。私もがんばろう。
2005年03月25日
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テスト月間も終わり、のんびりの平日。ふとん干して、洗濯物干して、ほっと一息ついてます。最近ほとんどの時間をここ、彼のアパートですごしている。ここはにぎやかな寮とは違って静かで、家のアパートの裏側からは大空山という山が続いていて、鳥や猫なんかがうろちょろしているような場所。彼は、その猫たちに名前をつけていて、いつのまにか私もその名前で呼ぶようになってしまった。すごく親しみを感じる。さっきも洗濯物を干そうと庭に出たら、彼が“マイケル”と呼ぶ太った猫がのっそりと歩いていった。すごく穏やかな時間をここでは過ごせるので、この場所が私は大好きだ。さて。今日は特に予定もないので、ビデオで借りたジェームズ・スチュアート主演の『素晴らしき哉、人生!』をこれから観ようと思う。上・下巻の大作。白黒。クラシカルなものは、やはり王道をいっていて楽しい。
2005年02月28日
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広島市内の体育館に小さいけれども壁があるときき、昨日映画を観たついでに見に行ってみた。ものすごく立派な施設だった。そして、そして、クライミングウォールもなかなかどうして立派なものだった。興奮して、靴下でしばらくのぼってしまった。これから私の生活にまたクライミングが入り込んでくる楽しい予感。ところで、昨日観た映画は、『アフガン零年』という映画。そのタイトルからも想像できるようにタリバン政権下のアフガニスタンが舞台。出ている役者もすべて現地の人々で、特に主役の女の子の何かにおびえた演技はこちらの胸をどうしようもなく不安にさせる。何か良いことが起こる予感はほとんどないまま、エンドマークを迎えた。痛い現実をそのまま映画にしたものだった。こういう作品を作ることにはちゃんと意味があるんだろう。あるに決まってるか。
2005年02月21日
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最近、なんだか敏感肌だ。下着類などが化繊のものを着ていると痒くなる。もっぱら綿素材に切り替えた。今までは、いたって丈夫な肌で、ちょっとやそっとじゃびくともしなかったのに。。。でも、考えようによっては敏感な肌というのは良いものです。巷に溢れているいろいろな化学物質やらなんやらを受け付けないので、体に優しいものしか身に付けない。体に優しいものというと、やっぱり自然から直に、余計なものがつかないものになる。例えば、普段のバスルームで使うものたち。市販のシャンプーやリンスの原料は、たいていが石油。長年使っていたら、頭皮に染み込むなんて怖い話もきいたことがある。これは要は洗剤と一緒で、頭皮や髪に自然にある油分を取りすぎてしまう。さらに髪にツヤを出したり、さらさらの質感を出すために、いろんなものが入って、防腐のために薬品も入っている。確かに香りがよくて、洗い上がりも良いけれど。そんなわけで、私は石鹸。オリーブ油で作られた手作り石鹸を使っているのだけれど、余計なものがまったく入ってないので、洗い上がりはきしむ。これは、髪の毛がアルカリ性に偏ってしまったから。そこで、クエン酸を水に溶かしたリンスを霧吹きで全体になじませると、中和されて、本当に驚くほどさらさらになる。しかもこのリンス、洗い流さなくていいのだ。クエン酸がなければ、りんご酢とかワインビネガーでも良い。一度、りんご酢を試したけど、匂いがけっこうきついがやっぱりさらさらになった。ちなみにオリーブの石鹸は、体を洗うのにも使っている。手作りものなので、皮膚の表面にある自然な油を取りすぎずに洗えるので、乾燥しやすい人にはお勧めだ。そんなわけで、寮のお風呂の私のたらいには、大きな石みたいな石鹸1つとクエン酸リンスの入ったボトルだけ。頭に石鹸をこすりつけてる姿にみんなギョッとしてるけど(笑)この前の整体の話にも通じるのだけれど、たぶん肌は本来、自分できれいになる力を持っている。それをちょっと補佐する程度で良いのだと思う。さっきは、みつろうとグレープシードオイルをあわせてクリームを作ってみた。驚くほど簡単にできて、しかもつけ心地がべたっとせず、さらりとするので乳液かわりに良いみたい。こんな風にどんどん自分の周りがシンプルになっていったらいいと思う。
2005年02月11日
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PCが壊れました。今、彼のを借りて書いてます。とうぶん買い換える予定がたたないので、ますますこの日記も更新しずらくなってしまいました。。。まあ、なにはともあれ今日は日曜日。先週末からあれよあれよと風邪をひいて、この週末はひたすら眠る眠る。試験期間に入って生活リズムが崩れたところに何年ぶりかの寒波がきたせいでしょう。いつもはすぐに薬を飲んでしまう自分ですが、昨日は薬をたって自分の体と会話するかのように眠っていました。これは、彼に借りた野口晴哉著の『風邪の効用』を読んだせいなのです。整体の考え方によれば、風邪をひくことで体の調子がよくなるらしい。体の鈍ったところが敏感になるらしい。そんなわけで上手に風邪をひけ、と野口氏は語っているのです。本来、人間には自然な免疫力が備わっていて、薬を飲んで無理やり熱をさげたりするのはその力を弱めてしまうだけ。そうやって体は鈍っていく。そういう体は風邪さえひかなくなってしまう。むしろ、風邪はしょっちゅうひいたほうが良いのだ。要は、上手に風邪を経過させれば良いのだ。これくらいになると、むーんとうなってしまう。上手に風邪を経過させるという表現が面白い。それで、昨日は時間もあったし、自分の体で実験してみたのでした。といっても、ひたすら眠るだけ。そして、呼吸をゆっくりと自分の背骨あたりに集中してみる。ときどき起き上がって、背骨を揺らしてみる。腰の左側と肩甲骨のあたりが痛い。しばらく揺らしたら、また横になって、痛いと感じた部分にまた意識を集中して、一番楽な姿勢をとってみる。そうやっているといつしかぐっすりと眠っています。夜、帰ってきた彼に痛かった部分を押してもらって、今朝。久しぶりにすっきりとした気分で朝を迎えました。なぁんだ、薬に頼らなくても治るんじゃん!と嬉しくなりました。自分の体の悪いところが少し出て行ってくれたような気分。上手になると、1日あればすぐに風邪が経過していくようになるんだそうです。そこまではまだまだでしょうが、少し自分の体の持っている力を感じれた気がします。次の木曜日には、久しぶりに雪山へいってスノーシューの予定。あとはまた体調を戻していくだけです。
2005年02月06日
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遅ればせながら、明けましておめでとうございます!長らく更新せずにいましたが、年越しを実家で迎えてようやく寮に帰ってまいりました。今年もよろしくお願いいたします。画像は、クリスマス前に行った九州、やまなみハイウェイ。
2005年01月07日
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今日はクラスメイトのわっさんの誕生日だ。わっさんは30歳になった。山口出身のわっさんはルパン三世似の渋い男で、営業してた頃の名残かよく手をもみ合わせては「あのですね~」と話し出す。釣りが好きで、自転車で磯釣りに繰り出すのが最近の楽しみらしい。独特の言い回しと、気のいい性格でクラスのみんなから慕われている。部屋には狭い押入れには大きなクリアケースに入った服がつまっていて、洋服もちだけど普段はそんなに気を使っていない。なんで着ないのとたずねたら、取って置きのためにとってあるそうだ。取って置きっていつのこと?と心の中で小さく聞いてしまうがそんな小さなこだわりが微笑ましくっていい味だしてると思う。12月にはいりました!でも今日もぽかぽかと暖かく、とても冬とは思えないですね。きーんと冷えたあの空気がちょっと恋しい。
2004年12月02日
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行ってきました。お四国へ。今回の旅は、松山で開かれた松山映画フェスティバルに参加することがきっかけで足を向けました。土曜の朝にフェリーに乗り込み、松山城に道後温泉。そして、『パッチギ!』の試写。『パッチギ!』というのは韓国語(朝鮮語)の“頭突き”1960年代後半の京都を舞台に高校生たちが一生懸命、恋をして喧嘩して笑って泣く姿が、ラストたくさんの涙を流しつつ観ることができました。その後は、プリデューサーの講演に交流会と、久々のアダルトで映画好き特有のあの雰囲気を楽しみました。この映画、お勧めします。来年1月公開予定だそう。そして。2日目は、再びお遍路マークを追いかけます。自転車なので、すいすいと気持ちよく、午前のうちに46・47番と打って、美味しい麦飯にさつま汁をかけたランチの後にも48番。その後は、奥道後温泉のジャングル風呂(本当にジャングル)に生ビールと、フェリーに乗り込む頃には日もとっぷり暮れて、心地よすぎる疲れに波の揺れが眠気を誘うまさに充実の旅となりました。この旅には初めて一緒にツーリングをする彼と並んで、ひさびさの自転車の旅を満喫してきました。素直に「楽しかった!」と言える時間でした。今日の授業は、まさにリフレッシュした後の軽い気持ちで受けれて、明日は小テストだけど、「なんとかなるわーい!」と楽観的。明日で11月も終わり。そしたら今年もあと一ヶ月となります。信じられないけれど、一年前は働いていたんだなぁ。。。最近はすっかり学生気分でいるけれど、やっぱり早く働きたいと思います。自分の力で仕事をして、美味しいものを食べて、旅をしたい。あのしんどいけれど、めりはりのある生活。いつか嫌でもくることはわかるけれど。
2004年11月29日
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日に日に寒くなってきた。今朝は、寮を出た瞬間に薄着だったことを後悔。気づくとマフラーをしてもおかしくない季節に入ってきたのだな今、学校のPC室にいる。今日は午前で授業が終わり、これから畑に行こうかと思っている。知人の方の畑にこの前、はつか大根と小松菜と絹さやを植えてきたのだ。みみずや、幼虫や、いもりがうろちょろしている良い香りのする土に触れているのは気持ち良くて。芽を出したらいいな後期に入って、早くも3ヶ月目。前期に比べて、作業療法と理学療法で授業が分かれることが多くなり、20人という作業療法の仲間と毎日を過ごすことが多くなった。授業の内容も、より精神的な内容へと移り、物理療法を主体とする理学療法とは本当に様相が異なってきた。のんびりとした20人という狭い世界にいるせいか、それとももっと違う何かが原因なのか、五月病らしき症状がちらほらでている。毎日をこなす日々。ダメよね。。。と思いつつ、どうしようもなく。だから、こんな時は思い切って気分転換です。今月の終わりに、また四国へ行こうかと。土日だけのショートトリップだけれども、お寺をまた回ってこようかと思ってます。非日常を演出するのが、自分はとことん好きで大切な過程なんだとつくづく思う。
2004年11月16日
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私たちの部屋に炬燵がきた。知人の方から「借りる」という形で。6畳の部屋に、小さいといえども炬燵が居座り、狭くなったけれど心地よい狭さ。今も、圭子は炬燵でうたた寝。勉強の合間にふいに横になってしまうのです。山登りも学園祭も終わり、怒涛の10月が終わった。気が抜けたのか、どっと疲れが溢れでて、マッサージに余念がない。環境的にも、マッサージの上手な人が多いのが嬉しい。書きたいことがたくさんあるようで、うまく言葉にすることができない。今日ふと、実家に電話した。相変わらずの母親の声に、この前行った山のエピソードを聞きつついたら、無性に津久井の地を踏みたくなった。こっちにきて初めてのホームシックだ。なじんだあの土地で、なじんだ部屋の、なじんだベッドの上で、裏山を眺めながら、ただただぼーっとしたい。そんな風に今おもう。生きてたら、そんな時もあるわなー。明日は、絵画の授業だ。のんびり、風景画。毎日を大切にしたい
2004年11月09日
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毎日毎日、なんやかんやとあってPCの前に座っても日記を書く気になれずにいました。すっかり秋めいた今日この頃。食欲に、芸術に、大忙しです。10月は、我が学院の体育祭と文化祭があり、小規模ながら手づくり感溢れるお祭りの準備にてんやわんや中。自分は、詩の朗読と、チアリーディングに参加予定。後は、購買部で豚汁と炊き込みご飯を売るのです。高校生の頃も、こんなに活発に動かなかったのに、今さら張り切っている自分がおかしい。チアリーディングは、同部屋の圭子の昔からの憧れ。うまくのせられての参加です。踊るのは楽しいが、あんなに短いスカートはいたことないのに。。。もう、やけくそです。詩の朗読は、きよという女の子の手製の詩を、彼女の即興のピアノに、波の音や、鈴の音、ろうそくの明かりなどを使って、想像力をかきたてるような空間を作ろうと。そして、ついさっきまで炊き込みご飯の試作を寮で作ってみんなで食べていたのでした。購買仲間のけんちゃん(19歳)は、180cmを越す長身に、めがねの似合う美青年。めがねを取ったら、美しい目がこちらを見返します。しかし、一言口を開いたら、けっこうな毒をはくというそのギャップが愛しい人。ハジけてほしいと、炊き込みご飯の名前を『けんちゃんご飯』にしてみました。彼はすぐさま「訴える」と巻きたてていましたが、なんのなんのけっこう嬉しいはずなのです。そんな彼を中心に、2種類の炊き込みご飯を作ってみました。『ジューシー』は豚バラを使った沖縄風。そして、『海鮮炊き込み御飯』はハモのだし汁に鮭、たらこ、えびを入れるという豪華で手間のかかるもの。けんちゃんの部屋で試食会をしていたら、わらわらと寮中の一年生が「一口食べさせろ」とやってきます。みんな、大絶賛でした。これは並じゃなく美味しい。前評判は、上々。当日は、けんちゃんに花柄のエプロンを着けさせて、マダムの心を捉えていただきたいと思っているのです。あー忙しい。だけど、楽しいな
2004年10月15日
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真言宗のお寺があるというので行ってきました。広島県の東広島にある福成寺。山の上にあるお寺で、夕方近くに行ったからか、ひっそりとしていて、とても素敵な場所でした。お寺で手をあわせて、お太子堂でも合掌。なんとこのお寺、『広島新四国八十八箇所第42番礼場』でした。“43番まで31キロ”と書かれた文字を見て、あの旅がオーバーラップ。まだ四国が終わってないのに、またはじまってしまったかも?大きな楠木がそびえていて、その木の下でしばし休憩。涼しい風が吹いてきて、空には雲ひとつなく、土の感触が心地よくて。たくさんのお寺を見て、中には流れている空気に何か力があるような場所がいくつかありました。ホッと安心できる風景が。ここも、そんな場所でした。きっと長い時をかけて、空間にはいろんな要素がどんどん加わって深みを増していくんですね。満開の彼岸花と、ちらほらと咲くコスモス。日本は奇麗です。 『棚を作った100均で買った板6枚と、釘と、たんこぶ1つで完成ゆらゆらと揺れるけれども、脆くて板のはじっこが割れてたりするけど、釘がはみ出ているけれど、なかなかかわいい次は何つくろうかな』
2004年09月20日
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テスト後半戦。今さっき、心理学の試験を終え、学校のPC室にこもってます。今日が山場で、3つの試験が終わった。後は、水曜に1つと金曜に2つ。いやはや、懐かしい。。。彼に借りたBonnie Pinkのアルバム。今まで彼女の存在がなぜ私の中に入ってこなかったのか不思議でたまらない。それぐらい、なんだかぴったしくる感じ。まだまだ私の気づかない出来事が眠っているんだなー。当たり前といったら当たり前の話なんだけど。発掘するのが楽しみ。つけたし。下の画像、相部屋の圭子が冷蔵庫に貼り付けたメモ。冗談かと思ったら本人マジで気づかなかったらしい。よっぽど内臓が頭の中にこびりついてるのねとしばし4階生で盛り上がる。 本人曰く「漢字検定2級合格したんやで」まっこと疑わしい。
2004年09月06日
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9月1日から学校が始まった。さいっしょから試験試験しけーん!!今日、やっとふぅっと息をつけた。今週は終わり。あとは来週だ。まぁ試験といっても、午前中で終わってしまうので体的にはいたって元気なものなのですが。夏休みをあけて久しぶりに会うクラスメートたちは、なんとなく雰囲気の変わった子とかもちらほらいて、見ていて楽しい。新鮮だ。ちょっとこそばゆい気もしたり。「お遍路どうだった?」ときかれる。しかし、うまく答えられない。ガンガンと照りつける太陽の下、ひたすら歩いていたあの体験が、どんな言葉にしたら伝えられるのか。昨日、ひさしぶりにこのHPの過去の自分の日記を読み返した。23歳の頃から書き綴っているんだということに今さらながら驚いた。今は、26歳。卒論を書いていた頃の自分からは想像もつかないところに今、自分がいるんだということだ。自分で書いた言葉に少し慰められたり、アホねぇと笑ったり。もしかしたらすごい宝物かもしれない、このHP。なんて思ってみた。お遍路の旅も、きっと言葉にしたら未来の自分は喜ぶ気がする。がんばるわー
2004年09月03日
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呉に帰ってきたと思ったら、さっそく9月1日から始まる試験勉強に追われています。お遍路の旅が遠くへいっちゃうなー。でも、きっとそのうちまとめます。はい。昨日は、隣の街の友人宅を借りて勉強させてもらいました。知り合って間もない彼ですが、今、大切な人となりました。勉強しなくちゃいけないのに、そんな出来事も重なって、なんだか浮ついているのが幸せな悩みですね。呉に来て良かったなとまたひとつ思える出逢いでした。おっとー、そういえば今日は弟の誕生日。今、ミャンマーにいるヤツは、9月の終わりまで帰ってこない。元気にしてるんだろかー。(便りくらい書きなよね!)
2004年08月29日
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ようやく呉に帰ってきました。今年の夏は本当に暑かったですね~!お遍路の旅は、予想もつかない出来事の連続で、15日に無事に88番札所を踏んだ時には、切符の買い方を忘れるくらいに歩きの旅に入り込んでいました。何から話したらよいのか。。。ひとついえるのは、まだ終わっていないということ。実家に帰って、体の底にたまっていた疲れを癒し、友人や家族の顔を見て、そして呉にも帰ってきました。ぼちぼちエピソードをまとめていこうと思います。(その前にテスト勉強しないといけんのじゃけど。。)『熱く焼けたコンクリートの上を歩いていく』
2004年08月27日
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台風10号が通り過ぎた後も、なんだかんだと芳しくない天気。まぁどうにかなるでしょう。明日の早朝、隣町から出るフェリーに乗って、四国に渡ります。どんな旅になるのか全く想像もできませんが、今の気分としては、「実感なし!」たぶん、明日、四国について、歩き出した時くらいにやっと実感するでしょう。皆様、良い夏を!
2004年08月03日
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ビーチバレー大会に、『チーム骨(こつ)』初出場を遂げました!台風が近づく瀬戸の海は、不穏な色をしつつ、強風吹く中、砂の上をかけまわってきた。たいして練習もできずにいたけれど、なんと一試合目の『海猿ビーチガールズ』には勝利!しかし、二試合目のシードチーム『J-ファイト』にはボロ負けして、初のビーチバレー大会は終えました。なんと『コツコツ頑張ったでしょう』で、八朔のジュースをたっぷりもらった。それに、同級生が応援にきてくれたりして、みんなで勝った!負けた!と大騒ぎしていたら、「やっぱり来てよかったじゃん!」と思えるものです。だけど、けっこう悔しかったりもする。来年も、、、そう軽く心に誓っていたりします。 『チーム骨出場の証拠写真。最初、アナウンスで“チームほね!”と叫ばれ、訂正してもらった。まあ普通、そう読むわな。。。』『チーム骨。帰宅時の寮の前でのポラロイドショット。赤Tで揃えてみた。みんな、すごく良い顔してる左から、こうちゃん、圭子、私、サム』
2004年08月01日
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日曜日。朝起きると、布団がしっとりするぐらい暑くてたまらない。明日はテストだけれど、こんなに暑くちゃ勉強できん!と、思い隣町のTさんに電話。Tさんとは、世界先住民会議で出会った。広島のあの大きな記念聖堂で、たまたま隣に座っていたのがTさん。マウイ式の挨拶を交わした時に初めて話した。そしたら、隣町に住んでいることがわかって、一気に話は盛り上がる。Tさんは、面白いことをやっていて、古民家を改造してスペースをつくり、そこでコンサートを開いたり、いろんな催しをして地域に働きかけている。改造したスペースは、本当に素敵で、庭を眺めながらボーっとするのに最適な空間だ。今日、暑くてたまらないのでそこを借りて勉強しようかと思って電話したのだった。そしたら、電話口でTさん「あらっ暑いんだったら、野呂山いきましょうよ!あそこで勉強したらいいわ~」迷わずOKして、行ってきました。誰もこない穴場スポットにハンモックつるして、コーヒーのみながら、ひぐらしの鳴く涼しい林の木の椅子に座って、木の机に向かい、木漏れ日の中、午後を過ごしてきた。Tさんは、母親ほども年が離れているのだけれど、無邪気な人。社会福祉士の資格の勉強をしていて、そのレポート作成に頭を悩ませている。そして、一緒にきた彼女の旦那さんはなぜかモトクロスバイクで山の中をかけまわり、静かな息子さんは私の貸した『リトル・トリー』をハンモックに揺られながら読んでいる。最高の環境。気持ちよすぎて、勉強もほどほどにしてハンモックに揺られていました。飯ごうで炊いたご飯で夕飯を食べて、暗くなる前に下りてきた。久しぶりに素敵な午後を過ごせた。明日はテストだけれども、心は軽いのです。
2004年07月25日
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