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前回この配列、地球の後ろに土星、前に太陽と木星の配列だったのは、1990年6月約20年前で、そのときの事はよく覚えております。バブルの頂点の時で、とてもエネルギーに満ちていました。僕は渋谷の事務所に通い5億円のプロジェクトを計画中でした。 この配列のとリンクする様に その絶頂から突然の変化が起きました、僕の人生の流れが突如、変わり始め日本はバブル崩壊へと進み失われた10年と世界から言われる時代へと突入しました。 今回2010年の3月15日付近がピークですが、2011年の4月1日あたりも近い配列が来ますどちらかと言うと、来年の4月の方が強いかもしれません。土星は29,5年で一周、木星は11年で太陽を一周するので、土星は地球の1年で365割る29,5で、12日分進みます。木星は365割る11なので33日、約1ヶ月分進みます、そんなスピードなので、直列には木星の位置が、今年は少し手前で来年はすこし通りり過ぎています。20年に一度この配列に近い状態に成ります。 今回のこの配列をリーディングすると「やるべき事は、しなくては成りません、人々を救う生き方を 始める事が大切です怖がらず、逃げず、今まで続けてきた事を改め新しい取り組みを始める事です、地球や人類全体の事を みんなで救う事を始めましょう。世界各国が協力して取り組む事で協調性が生まれ無益な争いが無くする事が出来ます。愛のある 世界へまた一歩 進み出る政策を人類の政策として築き上げましょう」 個人的テーマを読むと「愛の為に、信念や目的を修正する時です個人的目標ではなく、全体の為に方針を展開するべきでしょう。苦痛を増やすべきでは無く むしろ愛のある感動を目指しましょう。許しと 救いと 共生がメインテーマです!悪人を見つける事では無く理解と救済を始める時です 自らの過去を改め協調的リズムで共に、シンフォニーを奏でよう”助け合いにより苦痛が減る事で、友愛の意識が人類に育ちます」 この時期一人一人の 理解が 世界を救う事ができるでしょう。
2010.02.28
近頃の振動は、すでに10日前くらいから土星の支配権に入ったピークは3月半ばそれに加え木星が太陽を挟んで、対極に位置するこのポジションは数年に一度しかないが、多分一番強い 破壊と変容と進化 を進める時期に成る。 空間の緊張は最高度まで上がり土星と太陽の間に地球が入りそれがピークを迎える、、この時期僕は体調を乱す事が多い。要注意が必要です! イリス女史は3日前から子供の頃時々出ていた症状が体に出始めて、プロセスが進行中です。早く良くなるといいのですが、、、今朝は、善い表情です! 大きなシフトの時期です昨年の12月のテーマの答えがこの時期に、現れそうですが、ネガティブなテーマも理解が必要なので要注意の期間ですね。。
2010.02.27

僕らは予想を超える出来事に合うと心臓をドキドキさせ予定外の出来事にハラハラ、オドオドし 血が騒ぐものです。 それは夕方だったメインプールを横切りホテル内の小さなコンビニに向かっていたそこでは、お菓子やジュース類が手に入った部屋の冷蔵庫の中の飲み物より少しばかり安く手に入るのですその他にはハーゲンダッツしかないのですが、アイスクリームも手に入れて冷凍庫にいれておくのです。 その日は人だかりが出来ていたカート用の道路とショップの間に少しばかりの木々と芝生があるのですが小3年位の白人の男の子と5歳ぐらいのその子の妹とスタッフの女性が大きな声で英語で何か喋っています僕らは気にせず買い物をすませ帰ろうとすると、、すると。。。3人の前にある細い木に 何かがくっいています 薄い黄緑色で丸い感じです「なに なに・・・ 」少年は手に持つ水鉄砲をそれに向けて今にも発射しそうです!! 僕はその物体を見た時頭の中が、???????と分析不可能の文字が出てきた。。動物だと思う???猫ほどの大きさです木にへばりついています丸いつぶらな目も見えます動きません”” 「なにこれ ・・・・」動物の知識は豊富な方ですが、テレビでも見たこと有りません!一番近い感じは、小さなコアラ???でも色や 耳が違いますし ここはオオストラリアでは有りません!見るからに不思議な生物です。。。 「FLYING FOX」スタッフが何度もその単語を繰り返しています、多分その生物の名前なのでしょう僕は横で水鉄砲を発射しようとしている少年に言った「NO !! 」 少年は諦めたでもしぶしぶ何故撃ってはいけないのか解らないだろうが、、彼は諦めた とても可愛いくユウモラスな姿でしたが僕の血は騒ぎ 警戒し 骨盤は緊張していた人間のDNAに刻まれた警告シグナルが起動していた。初めて見る生物に対する警戒の必要性を体は示していた。その反応は僕にとっては、面白い出来事でした。 僕らはカメラにその生物を収めその場を去った途中少年と妹とその母が居ましたがその生物の事を会話して 別れました 地球上には想像もしない生物がまだまだ居るものです””想定外の出来事にドキドキしている体の反応がなにより面白かった。
2010.02.22

ランカウイ島最初の朝夜明けごろ僕は気持ち善く目が覚めたカーテンを開けると外は快晴今 朝日が出る前の時間帯思わずカメラを持って一人海岸まで出かけます。 ヴィラから70メートルも歩けばそこは砂浜です まだ人影は無く太陽もまだ丘から顔を出す前でした。あたりは静まり返り 波はまったくありません鏡のように静まり返った 海と明け行く空は独特の朝の静けさの中に包まれ僕は一人砂浜に座り その時間に溶け込み何も無い静けさと一つに成りその中に潜む 美しさと神秘の瞬間をただ待っていた。 海岸線んには沢山の木々が有るのですがその木々がなんだか騒がしいガサガサと人が作業してるような音がしますでもアタリには人影はありません木の方に近づくと野性のサル達が木の実を取っています僕と数匹のサルと目が合い 警戒している様子でしたニホンザルより少し小さく黒い色をしています。ホテルの敷地内ですが野生のサルが直ぐ側に居ます。 やがて 太陽が昇り始め空が 薄水色に輝きだした瞬間 突然に波がザブンと音を立てて生まれた”” それは驚く様に 瞬間的で突然にだったしばらく静まって何も起こらなかったそのアタリに何かが起きたように 突然動き出した。。。 神秘的な瞬間でした、静けさから 誕生へ 宵闇から朝日へアタリはその瞬間 音を立てて激変した。。夜の支配が終わり 太陽の支配に変わったのです。 サル達の姿はもうなく この島の 美しさは 日差しの中に隠れて行った 白人の老夫婦が散歩に訪れ 僕らは会釈と挨拶を交わした もうそこには、あの静寂と神秘は 消えてしまっていた。
2010.02.20
3日目僕らはクアラルンプールの空港でランカウイ行きの便の搭乗口に向かった。B5の国内行きの搭乗の場合モノレールには乗らない免税店をなんとなく見ながら奥へと進む航空券とパスポートを見せて待合所の中に入るとすでに40人程の人々がベンチに思い思いに腰掛けていた。 僕らの目を引いたのは、オーストラリア人夫婦(白人)の2,3歳のお嬢さん金髪くりくりを二つに結びみんなの前であいそを振りまいていた。多くの人がそれに癒され カメラを向けたりした、今回の旅行最大の衝撃は、名も知らぬその子供の話なのです。 同じ待合所には、2,3組のカップルでアラブ系の人たちも居た僕らでさえその黒ずくめで目だけ出している(二カーブ)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%A0%E5%9C%8F%E3%81%AE%E5%A5%B3%E6%80%A7%E3%81%AE%E6%9C%8D%E8%A3%85その姿は必然的に注目を集めてしまう男の方はアルファベット入りTシャツにズボンで普通だが眉毛が左右繋がり くりくりの髭全快なので、それも目立つのです、 当然話題の癒し系女の子もそのカップルに視線が、釘ズケでじーーーーと見ていますその若い多分25,6の黒ずくめの女性も見詰め合っていますその距離4メートル その子は興味に負けて徐々に近づきます、両親は見ているがほっといてます、距離1メートルの所で 右手に持つ小さな人形をその女性に恐る恐る渡すしぐさをして50センチまで近づきます その黒ずくめの女性は左手で人形を受け取るふりをしてサッと 子供の右手首を掴み手繰り寄せますその時 僕達は目の前で見ていて ドキッ、、、、とした。女の子はフリーズして、恐怖で目が涙目ですさっと手首を離し 人形を受け取り渡し返します、、 彼女達はサイキックを使う、、その蓄積は半端では無いただその行為を通して解った事はアラブ社会は権力を持つものが支配しており所有権と言う価値観をあまり持っていないことそして、サイキックな力を日常的に使用する事をあまり気にしていない。。。 多分、日本人は外国人の子供の手首をいきなり握る事は無いだろう。仏教徒で資本主義に慣れた日本人には、衝撃の瞬間だった、、、その子は、何が起きたか解らず 涙目のまま泣き出しもしないで、両親の元に戻った。アラブ系の女性の手の甲にはほとんど全員にタトゥーが入っているの事を見つけた薄いオレンジ色なので、遠目では気づかない、機内の雑誌に書いていたのですが、永遠の愛を誓い 結婚時期に入れるらしい、、、 日本ではタトゥーを入れる事は 親に背く行為ですが、アラブでは賞賛される 必修行為なのでしょう。。 アラブのイスラム系の人々の持つ独特の世界観をその後多く目にすることに成った。。。 続く
2010.02.18

クアラルンプールでまず勧められる物はVINCCI初めて聞くブランドですホテルの従業員もYさんもお勧めしてくれます。最寄の場所は、パビリオン4階3人でパビリオンに向かいお店を探しますが、なにせ広いので、色々なところで聞かないと場所が解りません。。 やっとのことで、ビンシーを見つけました。そこは女性物のサンダル専門店僕はよくバリなどのおみやげ物屋で見かけるアジアンテイストなお安いサンダルだと思っていたら、、いやいや銀座のダイアナ真っ青なおしゃれな現代的ディザインのミュールが3千円クラス(100リンギット)でザック ザック そろっています。 ちなみにイリスさんはVINCCI+(ビンシープラス)とゆう格上ブランドのサンダルを気に入ったご様子で、、試着を頼みました。店員さんは忙しく2,3、人のお客を同時に面倒みていますさすが人気店、お客様もザックザックやってきます。結局イリスさんが決めたのはベイジュ色に金のアクセントが沢山付いた南国リゾート風のミュール(男性的にはミュールとサンダルの違いが解らない??)お値段4千円クラス 日本よりは全然お安い”” レジで驚いたのは、アフリカ系黒人の富豪女性が使用人の女性3人ほど連れて靴を30足ほど買ってました””わーお 数が違うそう、、この街のお金持ち率が高いのですSクラスのベンツがウヨウヨ走っているのにE,Sクラスはほとんど走っていないなんか日本との違いが、凄いんです!! なぜイリス女史が地元の靴を買うのか?それはこの国のエネルギーフィールドに直接プラグインしやすくするためです日本製の靴ではログインに無駄に時間が掛かりますが地元製の履物は、地面につながりやすくしてくれるので、旅の魅力を倍増するアイテムだからです!! さっそくホテルに帰り部屋で空けてこの靴が届いた理由を私がリーデングします。 この国のもつ独特の魔法を理解するにはこの靴が欠かせないらしいのです、明日からのランカウイ島での物語が楽しみになります。 続く
2010.02.17

そもそも何故今年マレーシアに来たのか?それはYさんに会うため!Yさんは秋田のフォルメンに来てくれて居たのですが、昨年クアラルンプールに配属の日本人の方と結婚されたのです、それも、、、地元秋田で友人の結婚式に出られその二次会で1,2時間ほど新郎の友人男性とお話をされて、その後秋田とクアラルンプールとでメールのやり取りが始まり1年半後にゴールインしたのです。これもミラクル””フォルメンの伝説に成っています! そのYさんと久々の再会それもクアラルンプールのホテルのロビーで午前11時の約束です、20分前に携帯が鳴り Yさんから・・・「タクシーを予約していたのですが、来ないので、連絡を入れたら 忘れてたと言われました””なので20分ほど遅れます」との報告。 さすが海外ですよねタクシーが予約を忘れるあげく、ほっておかれる(フォロー無し)のは、日本では罰金ものです!!3人とも大笑いですそして11時20分ホテルのロビーで再開します。 なんか痩せてないですか??(ルイ、イリス)そうですかね??(Yさん)まずはお部屋で積もる話でも・・ベトナムやらビルマやらタイやら色々旅行されているらしいのですが前回も最終日に氷入りのジュースを飲まれてから上から下から出るのが止まらなくなり自宅マンションに戻られてから1週間トイレがお友達に成ったお話を聞きました。 海外の怖いのはまずは、水、氷、サラダ、なのですよね、、基本水を使う料理は気おつけないとね聞いてる合間に、私もトイレに駆け込み下したのですが・・・その後なんとも無かったです。。。 昼は予約していた2Fの中華料理店に飲茶を食べに行きました、名前は 麗苑空いていたので3組位しか居りません飲茶と北京ダックのコース一人50リンギット(1500円)を頼みました。 とにかくここでのサービスは早いのが特徴お茶も 盛岡のわんこそば状態で 注いで来ます一口飲むと直ぐ注いてきますなんか落ち着かない、、Yさんがお食事を食べてる最中も「目が合ったのに、お皿持って行かれたーーーーー!!」三人とも爆笑!”?$#それでも料理には大満足イリス女史は北京ダック初体験らしい??目の前で焼きたてのダックをさばきます野菜とお味噌で包んで出てきます。。。どお??「おいしい・・・」 料金は部屋に付けてもらい、3有志は鎧を付けて街に繰り出すのでした。続く
2010.02.15

僕は気持ち善く海外初日の朝を迎えた時計は現地時間の7時暗かった部屋のカーテンを思い切り開けた、 「・・・・」 「えっ、、、なにこれ、、、???」 「夜ジャン・・・ 」 時計を見たが7時、日本時間で8時間違いないなんと外の景色が夜8時の到着した時と変わらないのだ??後でクアラルンプールで暮らすYさんに聞いたら7時真っ暗よ、、7時半に明るくなるかな”” 確かに8時には明るく成り一日が始まったちなみに夜8時くらいまで明るい赤道近くの国は、日本の常識とは違うのですイリスさんと9時にはホテルの朝食を食べに降りた この国はイギリスの統治が在った為にフロア表示はイギリス式です、ちなみに日本はアメリカ式占領されたからね””1階がGROUND FLOOR2階が1 FLOOR3階が2 FLOOR ですレストランは1FLOORで降りますそこには世界中のビジネスマンが食事中でしたスーツ姿に革靴、白人の方が多いのですが次にアジア系 アラブ系と続きます僕と言えば短パンにサンダル ちょっと場違いな感じ””すこしばかり恥ずかしいのでした、ちなみに日本人はその日 居ませんでした。 ホテルの朝食のゴージャスな事さすが世界一流と言われる一端を感じました。慣れない英語で話しますそしてメニューが英語のみ、、、知らない単語にイメージを膨らまします!初日はマレーシア料理に挑戦 何が出てくるか解りませんが、頼みますスタッフお勧めだったので、決めてみます。 ちなみにイリス女史はパンケーキ、バリの同じホテルで食べたそれが忘れられないらしい。 味もサービスも最高と言いたい所ですが二日目に日本料理をオーダーして塩鮭(秋田ではボダッコ)がグリルで出た事と味噌汁がプレートに盛られてスプンで飲む事ちょいと日本人的には、んんんん----????違うと思うのです。。。銀のお弁当箱の中に(塩鮭の上が味噌汁、味はともかくスプーンでしか飲めません??) でもその雰囲気は超一流隣で全身黒ずくめで、目だけ出してる奥様が(アラブ系富豪たぶん)朝食に文句を付けています向かいに小学生位の娘が座っているのですがTシャツにズボン 顔は出ています何歳から頭巾を付けるのか、二人で考えてしまいます????そんな感じで初日の朝は始まるのですーーー!! 初日はYさんとの海外での再会です!!! 続く
2010.02.14

夜の8時にはクアラルンプール(ウィキペディア)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%BC%E3%83%ABのブキッビンタン地区にあるホテルにチェックインを済ませスタッフの東さん(日本人)が丁寧に案内してくれた。僕はなんとも言えない 3,4,5チャクラが固まったような不愉快さを外すためベットで1時間ほど調整のをする。 その間、イリスさんはお腹が空きすぎたらしく ルームサービスでナシゴレン(それしか知らない)を頼んだが、届いたのは、海鮮チャーハンにしか思えなかった。。。彼女はその味にもホテルにも満足げだった。僕は気持ち悪さで食欲はまったくなくむしろ機内で食べたパンを口から出したいくらいでした、、 1時間後には完全に調整が上手く出来て、普段の状態に戻ったので、夜の9時ぐらいでしたが、通貨リンギットへの両替(成田では両替できない)とミネラルウォーターを仕入れに両替所の場所をホテルスタッフに教えてもらった。夜の外は暑く27度位 なんだか嬉しい気持ちに成ります (成田では当日雪でした)南国独特の匂いがした。高層ビルの間はネオンや車でゴタゴタしていた。 初めての国なので、少し緊張しながら歩道を進む地元の人の集団には、距離を開けて通り過ぎた、目的地パビリオンは超近代的で見た目で、六本木ミッドタウンに近い、設計者が同じかもしれない?(設計:SOM、日建設計、隈研吾他)GUCCIやPRADAなど世界ブランドが軒を連ねる東京銀座のラグジュアリーと六本木のおしゃれが同居するような、ここブキッビンタンには世界中の人種と アジアの夜が有った 日本人は少なく イスラムのマレー人 インド人 中国、韓国人 それと黒ずくめのアラブ人、アフリカ系黒人 勿論白人が同じ場所に混在していて、アジアのニューヨークとでも呼びたい””そーいえば、ヒスパニック系は見かけていなかったので、アメリカとはその辺が違いました。それにしてもこの人種の混ざり具合にイリス女史は、映画MIBの宇宙人移民局を思い出したそうです(笑) 両替を少しだけ済ませコンビニらしき店で、水とポテチ(日本では食べない)を買い込んだその店の中で大柄なアラブ系男性がイリス女史をにらみつけていたので、ちょっと怖い感じでした。。夜も遅いので、、、 そうそう、、HISのガイドに言われました「アラブ系の人には気お付けて・・・あの人たちは魔法を掛けてくるから””」「えええぇぇぇぇぇーーーー!!マジで””---」」」僕らの業界では普通な話ですが一般人の方からこう言われるとマジで面白いと 思うのでした!! でもこの街で真に怖いのは横断歩道を青信号で渡っているときマジでバイクや車が信号無視で突っ切って行くので口あんぐりーーーでした。。車の運転は歩行者確保をまったくしませんので どうぞ御気をつけて横断ください!!! マレーシア旅行記2 ・・・・ 続く
2010.02.13

僕らは7時間半のフライトを終えてクアラルンプール空港に到着した。故 黒川紀章氏の設計によるもので、鉄骨構造材をむき出しに見せて、あえて、近代合理主義のポストモダニズムを主張させていた。 空港本体とはモノレールで繋がれていて高速で移動する、、車内は多様な人種が乱れていて日本人率はかなり低い。 日本人に近い見た目の人々はほとんどは、中国人系で、この街では、中国語の看板やアナウンスは普通に見られた。 いつもの事なのだが、僕は始めての国に入ると全身のチャクラが止まった様に硬くなり言葉にしがたい苦痛を感じるのだ、肉体的に気持ちが悪く成り 顔は青ざめるイリスさんは快適そうだ、、例年どうり この原因をいつも思うに国の持つエネルギーフィールドに支配され体の持つ周波数に二重に振動が重なり合い今回の場合マレーシアの持つオリジナルの周波数に体が変容するまでこの状態は続く、、、、 ホテルまで車で1時間ホテルのベットの上でで周波数を合わせるのに2時間3時間後には、ほとんど元の状態に戻れるのだがいつもながら この不愉快さが 好きには成れない。 調整中のベットの上でマレーシアの持つ波動をこの様に感じた。「前進するエネルギーが旺盛で無駄な理解を広げる余裕は無くクールなまでに、経済的発展を推し進め近代社会への参加を猛スピードで勧めているが人種や文化への理解は、解決されておらず実態を経済力に頼る所が大きく 心の広がりは先の課題に置く」 その国の持つ周波数は独特でその国の集合無意識の力は強くそれ以外に出る事は、個人にとっては難しいことなのだ。。。 これから始まるこの国との 相互理解が この時から始まった。。
2010.02.10
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