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超えるべき山が次々と現れ、毎日が山場のような日々でしたが、その連なる山々の最終(?)。13日(日)が次女ヤッピー☆の成人式でした。ヘアメイク&着付けは、着物を買ったお店でやってもらえるので、隣の市内のデパートへ。ヘアメイクが9時から、着付けが10時からの予約でしたが、早めに出たので8時半には到着。早く受付できたのですぐにヘアメイク開始してもらえました。しかもヤッピー☆は、メイクは自分でやりたいということで、その分早く終わり、予定より早く着付けも開始。おかげで着付けも早めに終わりました。はっち☆の時と同じく、着付けが終わってからすぐに母のホームに向かいました。そこから車で50分くらい。退院後ホームで元気にしているようでした。おばあちゃんに晴着を見せ、ホームの職員の方々にお褒めをいただき(笑)帰宅。お昼を食べてから成人式会場に向かいました。式の開始は午後2時からでしたが1時半から受付開始。1時半に行くと友達も続々集まり記念撮影大会wはっち☆の時もそうでしたが、うちの町の成人式はおとなしいものです。奇抜な恰好も無く、騒ぐ新成人もいません。来賓のあいさつ中も静かに聞いています。携帯の音が響くこともありません。式は二部に分かれていて、第一部は町主催の式典。二部は新成人の実行委員による会。第一部の式典も司会進行は新成人の実行委員が担当します。町内には中学校が一校しかないので、全員中学校の同級生。久しぶりに会うとは言え、みんなお互いによく知った仲です。なので、とても良い雰囲気の成人式でした。ヤッピー☆は友達とプリクラを撮りたいと言って、式後すぐに隣の市内のショッピングモールに直行することに。はい、運転手は私ですwところが、夕方で道が大渋滞!プリクラ撮って戻って、着替えて二次会の同窓会に行くことになっているのに、車が動かず!とにかく何とか帰ってから大急ぎで着替え、大急ぎでおばあちゃん(義母)の夕飯だけ先に出して、着替え終わったヤッピー☆を乗せて、また隣の市の某ホテルまで送り届けました。まあ、よく走り回ったこと!一日で180キロくらい走ったかな?疲れたけど、とにかく大きな山が終わってホッとしました。
January 13, 2013
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手術前の説明では、最短で手術後一週間で退院できると言われていましたが、それはあくまでも普段元気な人の場合。母は元気ですが、高齢ということもあるし、持病もあるし、手術前5日間ほど寝たきり状態だったので、リハビリがどれくらい進むかによって退院日を決めましょうと言われていました。術後の傷の具合などもどうなるかわからなかったし。私としては、1月いっぱいかかるかな?と覚悟していたのですが、5日には先生から「もういつ退院しても構わない」と言われました。受け入れ側の施設(老人ホーム)と病院とで色々と連絡を取り合ってくれて、リハビリも毎日午前と午後やってもらって、11日退院ということになりました。退院時は、ホームの方が迎えに行ってくれるので私は立ち会わなくても大丈夫と言っていただき、私は3時間目まで学校に行って、早退して病院の支払いだけ行きました。7日の始業式以来、連日のように休んだり早退したりの毎日。1日勤務できたのは水曜日だけ。母と夫の病院のはしごの日々もあり、毎日多忙でしたが、ようやくこの日に母も退院し、病院通いが終わりとなりました。この程度で済んだのは、本当に不幸中の幸いだったと思います。
January 11, 2013
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元々予定していた入院と手術(心臓の血管にステントを入れるカテーテル手術)ですが、まさか母の入院と重なるとは思ってもみなかったことです。でも、本当は12月中に手術したいと希望していたのに、病院の予約の空きが無くて1月7日入院、8日手術ということになったので、もしも希望通り12月中だったとしたら、母の手術と手術日が重なっていた可能性も大いにある。しかもその日は義母(夫の母)の通院予約日だったので、もしも3つ重なっていたらどうなっていたことか!(でも、もしそうなっていたとしても、どうにかやりくりしてあっちこっちそっちと行かなきゃなんなかったろうな・・・)そうならなかっただけでも不幸中の幸いか。7日は、始業式の日。お昼前に下校になるので、私は午前中だけ仕事に行き、その足で三女わっち☆の学校まで迎えに行き、わっち☆を拾って帰宅。お昼を済ませて、今度は夫の入院で病院に向かう前に、母の病院へ。夫とわっち☆と私で母の病院に行き。日々回復している母に、夫の方が「お大事に」と言われる始末。(爆)そしてそのまま夫の入る病院へ。(隣の市内)入院手続きを済ませてナースセンターに行くと、すぐに病室に案内され入院着に着替えて、すぐ点滴が始まりました。その日、私は夕方から仕事があったので帰宅して夕飯の支度など済ませて仕事へ。翌日(手術当日)は、仕事を休み病院へ。当初2番目になるはずだったのに、緊急の患者さんの手術が一人入り、二人入り、結局4番目になり。さらに、1時間程度で終わるはずの手術が予定を大幅に上回り2時間半以上かかりました。このドア↓の前の廊下の長椅子で3時間近く待たされました。予定以上の造影剤を入れて、何度も映像で確認しながらの処置だったようです。血管にバルーンを入れて血管を広げる時に一旦血流が止まるために相当苦しくなったと言っていました。まあ、何とか無事に終わったので良かったのすが、待たされている間、どうなっているのか中の様子が全くわからず・・・。途中経過とか教えてくれるといいんだけど・・・。一応時間をつぶすためにお茶のペットボトルと勉強道具は持って行ったので良かったんですが、お昼すぎには終わると思っていたので食べるものを持って行かず。全部終わって病室に戻ったのが3時過ぎ。お腹がすきすぎてクラクラしました。翌日、私は普通に1日勤務してから病院へ。(母の病院に先に行き、その後で夫の病院へ)本当は翌日には熱が下がるはずなのに、なぜか1日微熱が下がらず、夜になっても点滴が外れず。10日の退院予定が伸びるか?と心配しましたが10日の朝には36度台になり、退院直前まで点滴をしていたものの、延期にならずに無事に退院できました。
January 8, 2013
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(さかのぼり日記です。)元日は、毎年地区の新年会があります。地区には七十数軒ありますが、一軒に一人ずつ出席して行う地区の総会を兼ねています。そして今年はその新年会の当番班の班長なので、前日(大晦日)に材料の買い出しなど、全部行いました。大晦日に長女はっち☆が帰省することになっていたので、母が入院している市の最寄駅で下車してもらい、駅で拾って母の病院に向かいました。はっち☆がおばあちゃんと会うのは相当久しぶり。母は手術後日々回復していて、手術前とは別人のようにはっきりと話しもできるようになっていました。はっち☆の履いていた靴に気づいて「すごい靴履いてるね。」なんて言うほど。よく気づいたね~。手術前は本当に弱っていて、何を言ってるのかわからないほどで、会話がままならなかったのに。そして、病院を出てからそのまま翌日の新年会の買い出しに行きました。お店のカート2台分の上下段に山のように積み混み、長~いレシートを受け取って帰りました。買い出したものを、地区の集会所に運び込み。買い出しだけでも大変な騒ぎでした。何しろ、50人分のお料理を作る材料と飲み物(ビール、お酒、焼酎やソフトドリンク類)ですから。お弁当とお刺身は12月上旬に注文し、当日の開始時間ギリギリに配達してもらう手配になっていましたが、煮物や汁物を作ったり、お新香を切って盛り付けたりします。うちの班では、前回の当番の時に班長だった方がノートに用意したものを記録して渡してくれたので助かりました。その時(4年前)のメモと残っているレシートを頼りに材料を買い揃えました。そして、当日の朝。班の集合は9時でお願いしておきましたが、班長なので私は8時過ぎに行って、空気の入れ替えや掃除機をかけたり、座布団を日に干したりしていました。班の方々が集まれば、あとは皆さん勝手知ったるもので、どんどん作業が進みます。いつも味付け担当してくれる方にお願いして、私はいつもの通りほぼ雑用だけw11時開始予定で、15分前になってもお刺身(町内の魚屋さんに注文)もお弁当(町内の定食屋さんに注文)も届かず、ひやひやしましたが、ギリギリに届けて欲しいとお願いしてあったので、本当にギリギリに届きましたwお昼には一旦家に戻っておばあちゃん(義母)のお昼を出して、自分も大急ぎでかき込んでから集会所に戻りました。(夫は新年会に出席中)いつもの年よりも、皆さんお帰りになるのが早く、片付けも順調に進み、2時過ぎには帰宅できました。それから今度は母の病院へ。元日からバタバタとした一日でした。
January 1, 2013
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