一人で山登りはきついな。
大した山ではないけど。
十五夜の時は、かぐや姫と一緒だったから、
もうすぐ離れ離れになると思っても、
いや、だからこそ、
居てくれるだけでよかったのだ。
十三夜の今日、一人で同じところを登っていると、
まざまざと浮かんできて、切なくなる。
彼女がいないことを思い知らされるのだ。
ようやくお昼を食べた場所に着き、一息つく。
コンビニ弁当を買って、一人で食べるのはわびしい。
かといって、何も食べないのでは持たないしな。
さっさと食べて、また無心に登り始めた。
涼しいというより、寒くなってきた。
もう汗ばむことはない。
それでも、歩き続けていると、
体が温まってきて、力が湧いてくる。
うちに閉じこもっているより、ずっといいな。
木々の間から日が差し込み、
足下をちらちらと照らす。
枯葉が舞い、行く手をさえぎる。
それでも進むしかないけど。
前より早めに頂上に着いてしまった。
これから、一人で夜を待つのも辛いなあ。
展望台から街を見下ろすと、
なんて小さいのだろうと思ってしまう。
人間なんてとても見えない。
くよくよ考えてても仕方ないんだよな。
月から見て、地球の人間が見えるわけがないと思うのだが、
かぐや姫は人間じゃないからな。
宇宙人なのか、なんて思ってしまう。
そうとも思えないのだが。
まあ、月の精というところかな。
夕焼けが辺りを包んできた。
ようやく夜が近づいてくる。
まだ月はぼんやりとしか見えないが、
確かに満月に近い。
あそこに彼女がいるんだよなと見つめていると、
かすかに動くものがある。
それがだんだん大きくなり、
彼女の顔に見えてくる。
また幻覚が見えるのか。
そして幻聴まで。
「来てくれてありがとう。
約束を守ってくれたのね。
十三夜の今日だけ逢えるの。
私はもう地球に行けない。
たとえ行けても、またあなたを苦しめるだけ。
もしあなたが月に来てくれたら、
私たちは永遠に一緒に居られるのよ。」
彼女が微笑みながら答えを待っている。
そんなことが出来るのだろうか。
「地球人と月の精は交われないのではなかったのか?
月には空気も水もないから、僕は生きられないよ。」
一緒にはいたいけど、不安になってしまう。
それに地球にも未練はあるのだ。
「心配しなくても大丈夫よ。
私があなたを守るわ。」
僕に手を差し伸べる彼女。
その手を取っていいものか。
この一ヶ月の生活を思い出した。
抜け殻のようになってしまった日々。
またそれを繰り返すのか。
それなら彼女と月に行くのもいいかな。
白い手が伸びてくる。
僕がその手をつかむと、
細いくせに力強く引っ張るのだ。
僕はただその手を頼りに空を上っていく。
このまま月まで行くのだろうか。
彼女の片えくぼを見つめているしかなかった。
翌日、展望台で死んでいる男が発見された。
見つけた人が不思議に思うほど、
その男の顔は幸せそうだった。
彼の魂は月に上ったのだろうか。
(終わり)