「あしあと」 マーガレット・F・パワーズ
ある夜、わたしは夢を見た。
わたしは、主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでのわたしの人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上にふたりのあしあとが残されていた。
ひとつはわたしのあしあと、もう1つは主のあしあとであった。
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、
わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。
そこには1つのあしあとしかなかった。
このことがいつもわたしの心を乱していたので、
「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき、
あなたは、すべての道において、わたしとともに歩み、
わたしと語り合ってくださると約束されました。
それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、
ひとりのあしあとしかなかったのです。
いちばんあなたを必要としたときに、
あなたが、なぜ、わたしを捨てられたのか、
わたしにはわかりません。」
主は、ささやかれた。
「わたしの大切な子よ。
わたしは、あなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。
ましてや、苦しみや試みの時に。
あしあとがひとつだったとき、
わたしはあなたを背負って歩いていた。」
。
Sepia Moonさんの掲示板でお見かけし、俊さんのHPに飛び、
マーガレット・F・パワーズの「あしおと」という詩を読ませていただきました。
以前、読んだことがあったのですが、うろ覚えだったので、
あの詩だ!と思い、感激しました。
是非、クリスマスに皆さんにも読んでいただきたく、
俊さんの許可をいただいて、リンクさせていただきました。
画像もBGMも詩にとても合っていて、独特の世界です。
紹介文も引用させていただいています。
俊さん、ありがとうございます。
また、わざわざ掲示板に書き込んで、
俊さんに紹介してくださったSepia Moonさん、
ありがとうございました!
俊さんの「あしあと」の紹介文です。
「最近は、お祭り化しているクリスマス。
主イエスを思い出すよう、
マーガレット・F・パワーズの詩で『あしあと』を贈ります。
これは、クリスチャンの間でも有名な詩です。
この詩は、彼女が知らない所で有名になっており、
彼女が入院した時に、看護婦から勧められたのが、
自分で書いたこの詩だったそうです。
クリスマスの時期なので、
何かを感じ取っていただければ幸いです。」
俊さんのサイトが無くなってしまい、残念です!
詩が無くなって慌てて探したら、
下のサイトが見つかりました。
とても素敵な画像もあるので、見に行ってくださいね。
Jedidiahさんの部屋
。
この詩を読んでると、涙がこみ上げてきます。
神をうらむこともあったけれど、
そのときでさえ、一緒にいてくださったことを感謝します。
主は、ささやかれた。
「わたしの大切な子よ。
わたしは、あなたを愛している。
あなたを決して捨てたりはしない。
ましてや、苦しみや試みの時に。
あしあとがひとつだったとき、
わたしはあなたを背負って歩いていた。」
神を信じない人は、
主を、身近な愛する誰かに置き換えてみてください。
親や恋人、友達など・・・
やがて出会うであろう愛する人かも。
遠藤周作
の描くイエス像が好きな私です。
宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ」の
デクノボーのような非力なイエス。
それでも、つらい時には必ず寄り添っていてくれる。
時には背負ってさえくれる主イエス。
この詩と重なって感じられます。
柴門ふみの 「あすなろ白書」
の掛居君も、
そういう人になりたいと言っていました。
クリスマスに独りの人こそ、
主イエスは背負ってくださると思います。
「しめやかな聖夜に舞う雪見上げれば愛もあなたに降り注ぐらん」by friendly
2009年1月5日の日記
にまた載せさせてもらいました。
携帯では青の文字が読みにくいので、
茶色にしましたが・・・
なぜまた載せたのかは、日記を読んでみてくださいね。
このフリーページの原文は、ずっと前の日記だと思いますが、
いつのものか忘れてしまいました。
それも書いておいた方が分かりやすいですね。