宮城と栃木のハーフの私
今でも新聞やTVの被災状況を見ては涙が止まらず
小さい頃に海水浴に連れて行ってもらった海岸
あの松島が・・・松島が。。。。
それでも難を逃れ避難所暮らしを余儀なくされる方々の
ひとを思う優しさ
生きていく事への力強い決意に
奮い起される思いでおります
私は震度5強の地震時 病院で患者さんにおやつをあげている最中
車いすのおじいちゃんに覆いかぶさるように
いや実はしがみついていた
一旦はテーブルの下に隠れたのだが
車いすの方々は入れない
すぐに出て 二人のおじいさんの間を右往左往
(ひとりは全く関係なく おやつを食べ続け)
ニュージーランドでの地震をすぐさま思い出し
3階建の建物は壊れると感じた恐怖
どんな行動が我を助けるか
いや咄嗟のことで
出口にまっしぐらだった同僚
揺れながらも各部屋を巡回回る看護主任
どうすればよかったのか
どうすべきだったのか
私は・・・
と地震直後から ずっと考えていた
津波が来たら・・・
きっと・・・
私は どうしたんだろう・・・って涙が止まらなくて。。。。。
水不足 計画停電
みんなで乗り切ろう!!
なのに ある患者は「水がなけりゃ飯が食えない」
「風呂に入れず どうしてくれんだ?!」
と我儘放題
地震後 とうとう爆発
「ガタガタ言ってんじゃ~ねえ!!」
「文句あんなら出ていけ!すぐに!」ってね
精神科だからって
患者だからって
ガタガタ言ってんじゃねえ!!
私の最後がもしかして こいつと??!!
辞めたいと泣きながら主人にお願いもした
ところが・・・
数日後 なんと謝ってきた
「横柄な態度 申し訳なかった」と・・・
おまけに
人事異動発令
先日の夜勤 計画停電中
こっそり患者に打ち明けた
「えっ!?」と皆驚いたあとに
「その男勝りのところ 好きだったんだよな~」
「朝のあの起こし方!布団の上から乗っかってくる人いないっすよ」
「いつも笑顔でおっす!の挨拶できないのかよ~」
・・・
もっと他に褒めようがないのか!?と苦笑い
涙流す女性
落ち込む兄ちゃん
私がここでしてきたこと やってきたこと
間違いなかったのかな
と思えるようになってきました
守れないかもしれないけれど
手が届かないかもしれないけれど
来るべき災難
一緒に逃げようと
被災された憲さん
まだまだガソリンスタンドは並ぶとのこと
それでも開くかわからぬお店に並び
福島の知人宅まで届けられたとか
大吉にゃんさん
自分には出来る事があるとボランティアに名乗りをあげられたとか
メソメソ いじいじ私だけだぁ
とやっと殻から出てきました
名古屋へお墓参り兼ねて旅行もしてきたのですが
どうも非国民のような気がしてならなかった
ホヤさんの一言で気がついた
そうだよね
みんなで落ち込んでいても始まらない
頑張ろう みんなで
頑張る私も