花と蕎麦とリハビリと

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2017年10月01日
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カテゴリ: 近況雑感
 ブログ友のだいちゃんさんの大海神社の秋例大祭が近づいている。以前に調べてブログにアップしていたのを、見直していたら見つけたので再掲してみた。
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 神話の時代の我が国は、日本海や太平洋を渡って来た航海術にたけた海洋民族が支配していたのは間違いない。 山幸彦海幸彦 の神話にまつわる神を祭っているのが 大海神社 で、ブログ友のだいちゃんさんは代々、この大海神社の社司家の子孫で神代から連綿と続いている家系の当主です 。徒然なるがままに、勝手に歴史をひも解いてみた。因みに大海神社の秋例大祭は10月13日です。
 大海神社(オオワタヅミジンジャ で現在は ダイカイジシジャ と読む 住吉大社の摂社 にて、住吉大社境内の北側に西向きに建っていて、鳥居や参道は西側にある。創建当時は海岸近くだったと想定できる。 阿曇磯良(アズミノイソラ) の後裔の津守氏の氏神的存在であり、津守氏は住吉大社の社司家で、大海神社の社司も津守氏の嫡男が務めている。 民間伝承では阿曇磯良は豊玉毘売命(=豊玉彦命=山幸彦)の子
 神功皇后 が三韓出兵する時に、福岡地域の海域を支配していた阿曇磯良(志賀海大明神)に海路の安全を願って応援を依頼した。阿曇磯良を招聘したのは 住之江神 であり、住之江神は東瀬戸内海の海域を支配していたのだろう。阿曇磯良は三韓出兵の成功後に神功皇后に従い難波の都に移り住んだ。 阿曇磯良(志賀海大明神)と住之江神が手を結ぶことにより、瀬戸内海から対馬海峡までの海域を支配したことになる
 住吉大社は三韓出兵帰還後に神功皇后の命により 田裳見宿禰(タモミスクネ) が創建した。阿曇磯良と田裳見宿禰は同一人物または同族のような記述が見受けられる。その子孫が 津守姓を朝廷から賜り 、住吉大社の社司となり、津守氏の氏神である大海神社の社司も長男が大領氏を名乗り務めている。朝廷の命で創建した住吉大社の格式が上だが、津守氏としては氏神である大海神社も大切で、大領姓も摂津を治めていた地方最高官位職名だったので、後世まで存続させるべく長男に大領姓を継がせ社司に就かせたのかな。
 大海神社の祭神は豊玉彦命と豊玉姫命である。 豊玉姫命 綿津見神 の娘で、 大山津見神 の娘である 木花之佐久夜毘売 の子供、 火遠理命(豊玉彦命)






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最終更新日  2017年10月01日 15時58分50秒
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