松阪市の学習塾・双葉

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2016.01.16
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カテゴリ: れいめい塾
センター初日が終わった。

今日のことは一旦忘れて明日に臨んでほしい。


今年の国語は「やおい」がどうとかこうとか…。

SNSが普及してからというもの毎年のように国語にはツッコミが入る。

それだけ誰もが物を申しやすい環境になったということだ。

そんなノイズには耳をかさなくていい。


東進やらベネッセやらも、例年同様、難化だの、易化だの発表している。

彼らはそれが仕事だから仕方がない。いちいち一人ひとりの気持ちなど慮って入られない。

だから、それも今は気にしなくていい。




プロから見た客観的事実として確かにそういうことはあるのだろう。


しかし、生徒たちは問題が簡単だから点が取れるわけでも、難しいから点を落とすわけでもない。

そんな単純なことではない。

特に国語など、興味のある分野からの出題か、そうでないかだけで天と地の差がある。

今日のために解いてきた問題も違う。

生徒によって苦手とするところが違い、間違い方が違う。

私も「この問題は簡単やな。」ということはある。

それは教えていて、この問題ならこの子はとれる問題だと思うからそう言うのだが、それですら当てが外れる。

教えた視点から問題を見ていないどころか、あさっての視点から問題を眺めているときがある。

そういうものなのだ。



私など怖くてまだ問題すら見ていない。




ギリシャ関連が出たのか…。

そこは確かSDRと絡めてかなり話したはずだけれど覚えていてくれただろうか。

そもそも話したことが問題を解くキーになっただろうか。

紛争についても一度まとめて話したはずだけれど、あのときあの子欠席してなかったか。

そんなことばかりが頭を巡る。




私が考えるべきは、「あの子はこの問題がとれたか。」であり、「この問題は難しいか。」ではない。

ひいては「自分の指導は効果があったか。」であり、作問の難易度で責任逃れをする気もない。



最終的には、ボーダーを読むために、自分の生徒と平均の差というものは考える必要は
どうしてもある。

だが、今はその時じゃない。生徒はまだ戦いの最中だ。

撤収戦かどうかは結果全てのトータルで決めるべきで、局地戦の戦果を今は問うべきではない。


すくなくとも、生徒を集団として扱っているのではなく、データとして扱っているのではない、生徒を個として扱うべき個人塾の人間は、個である生徒に対して、軽々に一括りに「易化」などとは伝えてはならないと私は思う。





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