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迎賓館赤坂離宮は既に紹介済みでしたが、迎賓館和風別館の紹介です。迎賓館は紀州徳川家の江戸中屋敷があった広大な敷地の一部に、明治42年に東宮御所(のちに赤坂離宮となる。)として建設されたもの。明治時代の一流建築家や美術工芸家が総力を挙げて建設した日本における唯一のネオ・バロック様式の西洋風宮殿建築だそうです。とはいっても理解不能。早い話が、ベルサイユ宮殿をまねて造られたらしい。この建物は、昭和天皇や今上天皇が一時期お住まいになった以外、東宮御所として使用されることもなく、戦後、建物、敷地、共に皇室から、行政へ移管され、国立国会図書館、内閣法制局、東京オリンピック組織委員会などの公的機関に使用されていた。この間、日本が国際社会への復帰し、国際関係が緊密化し、外国の賓客を迎えることが多くなったため、昭和42年~49年に「旧赤坂離宮」を改修して迎賓館に充てる。前回紹介済みの迎賓館「赤坂離宮」正面前回紹介済みの迎賓館「赤坂離宮」主庭この間、迎賓館和風別館は、昭和49年迎賓館の大改修時に、谷口吉郎の設計により新設されたもので、「游心亭」と名付けられた。いわば和風の迎賓館と言ったところでしょうか。和風別館正面玄関と渡り廊下の坪庭・和風庭園・主和室・即席料理室・茶室・待合所などがあります。和風別館の見学風景和風別館は迎賓館の隣にあり、裏口からの入場にります。完全ネット予約制で定員は20名、毎回の約40分の見学時間で、ガイドが案内します。時間指定あり(時間厳守)入場料(迎賓館見学のみ1,000円)、(迎賓館+和風別館見学のセット1,500円)和風別館迎賓館とは違い、落ち着いた上質な和風建築室内の見学の際、妙に豪華さとは不釣り合いな、スリッパが並べてありました。と!思ったらそれは見学者用のスリッパ。賓客は素足のようです。道理で・・(笑)和室の大テーブルは掘りごたつ式になっていて、正座する文化の無い海外の賓客に配慮し、電動で格納できるようです。琴や日本舞踊などの披露は、賓客の要望に合わせ準備。派手さはありませんが、至るところに人間国宝とされる職人の技や最高の素材が!靴を履いて歩く床は、宮城県産の雄勝石、東京駅の赤レンガ駅舎の屋根にも使用されている上質な硯用の石で、粗削りなのに、黒々と光る質感がすごく印象的でした。和風庭園和風庭園の奥には、紅梅や白梅の木が。池には錦鯉日本人には当たり前の風景ですが、外国の賓客には、室内から錦鯉へのエサやりが喜ばれるらしい。錦鯉が綺麗に見えようにした、浅い池。盆栽賓客を招くときのみ館内に飾られるようで、普段は台のみ置かれています。東宮御所と迎賓館の境ここから先は宮内庁の管轄。一般人は立ち入りできません。迎賓館、和風別館とも内部の撮影は禁止です。迎賓館内部は各部屋とも、非常に煌びやかですごいが、ここに泊まるのは遠慮したい。不眠症になりそう。和風別館には宿泊施設はありません。
2016.07.11
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労働安全衛生管理者のセミナーで、玉掛け作業という言葉が出てきましたが何のこと?クレーンなどで荷物をつりあげる作業の事だそうです。なんでこれを玉掛けというのか、その語源って?*HPいろいろ参照。◆1装身具などに使われた勾玉(まがたま)というものがありますが丸い穴のあいた石の先が鉤型(かぎがた)に曲がっているもので、この形がフックに似ているところから言われる説で「玉掛け」とは、フックに掛ける作業のこと。◆2玉掛け用ワイヤーロープの端末にアイが作られてこのアイの部分が丸い形をしているところから玉と考えられ「玉掛け」とはフックにアイ(玉)を掛ける作業のこと。◆3昔は大切なもの、貴重なもの、宝もの等を玉と呼ばれていたらしくこの宝もの(玉)を瓶(かめ)等に入れ、綱(ロープ)で吊して動物(ラクダや馬等)で運んだところから「玉掛け」とは、荷物に玉掛け用具を掛ける作業のこと。◆4「弾」(たま)すなわち鉄砲や大砲の弾丸です。これは危険きわまりない代物で、慎重に扱わないといけませんから「玉掛け」とは危険をともなう作業なので慎重に行わなければいけない作業のこと。◆5丸いもの、すなわち球形のもの(玉)を吊るときの玉掛けは非常に難しい、複雑な形状のもの、重心のかたよったもの、貴重品など「玉掛け」とは難しい作業のこと。ん~!真相は明らかではありませんが、昭和22年に公布された労働安全規則に玉掛けという用語が記載されているので、それ以前から使用されていたことは間違いないようです。
2006.11.06
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白髭神社と書かれているのになんで?日向(ひなた)神社は、8世紀に日向薬師を開いた行基に、協力を惜しまなかった渡来人、「高麗若光」を讃えて創建され、長い間、白髭神社としてしられ 【新編相模国風土記稿、皇國地誌】などに記載されている古い社です日向薬師とは違いますのでご注意呼び方が「日向神社」に変わったのは昭和8年で、国が全国の神社の資格を調べて整理、無資格社を村社として格上げし、村から祭祀料を出す制度にしたことによるものだそうです。明治維新以来、国家としての統一感を促進する背景も影響し、やがては過酷な戦争を招く、国家神道強化につながることに。日向の周辺に住む人は、何らかのつながりでその地域の産土神社の氏子になるのが、一般論になります。洗水の人は諏訪神社に、新田では飯綱神社というように。さらに、大きな地域を守る鎮守の神(日向神社)との関係も生まれていきます。現在では信仰の自由が尊重されていますから氏子を強制することはありませんが、日常生活や季節に応じて行われる神事(お祭り)に自然と対応することになります。白髭神社(日向神社)ここに一頭(一匹?)の野性ザルいましたが、近寄ったら逃げられてしまいました。そこから日向薬師に向かう途中、サルの大群に遭遇(車内から写す)。今度は集団で、威嚇するように道をふさがれる。車を走らせるとチビザルは藪の中に消えましたが、ボスザルなのか最後まで威嚇。この辺りは無人の野菜の直売所があちらこちらにあり、それを狙っているのかも。この付近の畑には今までになかった電気柵があちらこちらに設置されるようになりました。困ったものですね。こちらが唯一残った「日向薬師宝城坊」日向薬師は奈良時代初頭の霊亀2年(西暦716年)に、僧行基により開山されました。 僧行基が熊野を旅していた際、薬師如来のお告げにより、相模国のこの地(現在の神奈川県伊勢原市)に、 日向山 霊山寺(ひなたさん りょうぜんじ)を開山した、と伝えられています。現存するのは「日向薬師宝城坊」のみですが、江戸末期には13坊あったと言われ、日本三大薬師の1つとも言われたことも。明治初期の神仏別離令、廃物棄釈によって消滅したか?宝城坊は国の需要文化財で、平成の大修理(5年間)がようやく終わり、2016年の末に落慶。屋根は茅葺鎌倉時代には、源頼朝、北条政子も参詣しています。
2017.01.27
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ミカンの木オーナー制度でミカン狩り午前中は快晴でしたが、昼頃になると急に曇り空にスマホ画像では少し無理があったかも。画像はミカン畑がある丘から湘南方面を映したものです。沖合に江の島が見えているのですが・・・みえませんよね~。みかんの木オーナー制度で、今年契約したみかんの木です。午前中は快晴だったのにみかんの木オーナー制度は、一年単位でミカン農家さんに契約栽培していただき、その年に実ったミカンをすべて収穫できる権利)この木の場合、約80キロ収穫が見込める木で契約金は、13,000円(予定量が収穫できなかった場合は、補填してくださるそうです)ミカンの価格と言うより、収穫を楽しむ制度です。孫呼び寄せる代金と言ってもいいかも。今年も娘家族(孫)と一緒にみかん狩りを楽しみにしていたのですが、都合で来れないというので、今年はカミさんと二人で寂しく収穫することに。収穫したミカン大きな段ボール7箱収穫、みかん箱(10キロ)換算で10箱今年は猛暑がよかったのか、カメムシが少なく昨年とは違い大豊作で、甘く味も濃く粒ぞろいです。
2025.11.19
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何処の空き地にも咲いている花ですが、北アメリカから入ってきた草(帰化植物)で、「ハルジョオン」と「ヒメジョオン」の2種があります。ハルジョオンは春に咲き、ヒメジョオンは初夏から夏。ハルジョオンはつぼみが下向きに付き、ヒメジョオンは上向きに付くのが特長。ヒメジョオンは少し小振りでスッキリし、可憐に見えます。ヒメジョオンヒメジョオン posted by (C)sanpoネジバナネジバナ posted by (C)sanpo小さな黄色の花 小さな黄色の花 posted by (C)sanpoこれも小さな花です。小さな花3 posted by (C)sanpoと・・こんな写真をとっていると野鳥撮影の人に出会う。そこに写っていたものは「カワセミ」で、すばらしいショット!お散歩カメラの私には、少し衝撃的な画像でした。
2008.07.06
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今年の箱根駅伝、いいレースになりました。昨年は青山学院の独走であまり見所はありませんでしたが、今年の箱根はシード権の獲得競争がすごかった。沿道の応援もいつにもなくすごかった。10区のOP参加チームの幻の区間賞、記録は参考記録扱いでも区間賞はあげてもよかったのではと・・。OP参加チームがシード権内に入ると、OP参加の枠が一つ増えるそうですね。過去に一度だけその事例があったそうで、その時のOPチームを指揮した監督も青山学院の原監督。だったそうです。2017年、我が家のベランダのガラス越しから撮った、新春の日の出。まるでダイヤモンド富士のよう。パワースポットの新谷山神社「富士吉田市」。何かパワーを感じます。日本一の金運の神様と言われています。参拝時の作法がありますので、事前にご確認を↓金運とは日本一の金運神社新屋山神社2012年7月16日訪問時の画像賽銭箱に小銭(気持ちだけ)を入れて、絢爛豪華な社内の祭壇を見ていたら、宮司さんが出てきてお祓いをしますから、中へどうぞと・・。神前の前で、一人お祓いを受けることが出来ました。その時目にしたもは、大きな三方(奉納物をのせる台)の上に、一万円札が扇のように並べられていました。一瞬!我が財布の中を心配しましたが、御祈祷料とかは不要でした。人の少ない時季だったので、宮司さんも暇だったのか、それとも貧乏人に見えたのか(笑い)入口に、寒さ対策にガラス戸が(確か自動扉)。
2017.01.04
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