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毎回うんざりするほど目障りな広告たちを、どうすることもできないままストレスがたまっておりました。どうにも対策方法がないようなので、耐えられずに引っ越します。このブログも5年目になるのかな。長らくのご愛読ありがとうございます。 引っ越し先でにはまだ不慣れな状態ですが、気分を変えてはじめる予定ですので今後ともよろしくお願いします。→新アドレスは、shinadatomomi.blogspot.com/
2009/03/13
きょうは天を仰いで「私は幸せだー!」とほんとうに叫んでしまう出来事がありました。極力お金をかけずに(というよりお金がかけられない)ガーデニングするのが趣味の私にとって、このうえない植物のプレゼントが転がり込んできたんです。 このところ学期の終わりなので成績つけのために神経をすり減らす日々が続いていましたが、ようやく終ってポストに投函しにいく途中。なんといつも眺めている盆栽と山野草と植木のお店(というよりはふつうの民家)の前をとおりがかると、「ご自由にお持ちください」と張り紙とともに植木鉢類が置かれているではないですか。 「えー、これもらってってもいいんですか?」と庭で鉢植えに水やりをしていらっしゃったおじさまに尋ねると、「どーぞどーぞ、このへんにあるものどれでも持ってっていいよ」とおっしゃる。駐車スペースをつくるため、数日中に一部の植木鉢類がお釈迦になるのだそうです。いつも指をくわえて眺めていたものをタダでいただいてよろしいなんて。。。ずっと予算がなくて買うのを我慢してきた植物が、しかも植木鉢ごと大量に手に入るなんて信じられない。用事の途中なので出直してきます、と足取りも軽くそのまま本屋にでかけ、いつもは出たばかりで買わない新刊の小説「ポトスライムの舟」を勢いで購入(ここで散財)。 そのあと台車をお借りして2往復分の植物をいただいてきました。おばさんはもっと持っていってほしそうにみえました。種から育てたレアな椿の苗が6本くらい入ったプランターは、「種から育てると子どもみたいに思えて」と泣きそうなくらい悲しそう。東京を引き払うときにたくさんの植物を人にあげて来た私にも、その気持ちはとてもよくわかる。でもさすがにこれ以上は引き取れないのでぐっと我慢。ほかにもきれいな色目の石もいくつかゲット。川から拾われて来たものだそうです。私もここ数ヶ月は「石拾い」をしてましたが、近くではこんなきれいなものは手に入りません。 こんなふうにガーデニングの場合、資材や植物は待つとタダで手に入ることが多いのです。金にまかせていっぺんに買うのは×。葉を挿し芽したり種を少しとって蒔けば費用はかかりません。石とかレンガなども拾ったりもらったりでかなり調達できます。叩き売り状態の植物を一鉢買えば、どんどん増やせるし、種を取れる植物は保存して毎年蒔けばいい。 けれど新しいスタイルの庭を創ろうとすると最初は多少お金をかけないと「ゆかしい」感じになりません。予算がなく進まなかったのですがもう大丈夫。かなり素材はそろいました。あとは器と配置デザインに集中すればよし、と。すっかり日差しが明るくなってきたと思ったらきょうは立春でしたね。本格的な春の訪れが待ち切れなくなりそう。
2009/02/04
言葉の持つ力が信じられている社会はやはり強いな、としみじみ感じ入りながら演説全文に目を通しました。理想が言葉にこめられて、その言葉が現実を動かしていく。アメリカと近代社会の希望を背負い、歴史の大きな節目を意識させてくれる演説です。ただし日本語にしてしまうと、朝日新聞版と読売新聞版を比べればすぐわかるように、全然違うものみたいになって出てくる(笑)。朝日の方がかっこよさげで、読売は直訳風で堅い感じ。というわけで、表現のことはまるで語れませんが内容のことでいくつか印象に残ったくだりがありました。 歴史の認識のこと:あそこにでているファシズムって、私たち日本との戦いも強く意識されていますよね。勝利宣言の時の演説には、「湾に爆弾が落とされた」って書いてあったから間違いありません。そりゃ、パールハーバーのあるハワイにいらっしゃった以上当然ですが。就任演説では少々表現が丸くなったとはいっても、ついこの間打ち勝った敵として日本のことはシンプルに認識されているんです。もちろん原爆落としたっていう反省はナシ。ううう、ここは普通にアメリカらしくて悲しいです。また、打ち勝った敵として共産主義も出てきましたが、BBCのサイトによれば中国のニュースはここを削除して報道したとか。。。それもナンですが日本のメディアは人ごとみたいに騒ぐだけでちょっとノーテンキすぎませんか?やはり、米国的民主主義の価値を際立たせるためには敵が必要ですので、イスラム世界とは対立的な構図にないことを丁寧に語っておきながら、政治体制には容赦がない。 責任の所在と助け合い:ある意味では究極に国民一人一人の責任が強調されています。演説前日に奉仕活動として自らペンキ塗りをやっているくらいですから、体をちゃんと使って自らが仕事せよ、ということです。失業している人をただ見ていないで、自分の仕事時間を減らして分け合えと主張している!ところなどはかなり泣かせます。残業する正社員のかたわら非正社員をクビにする企業などはもっての他だということでしょう。かなりすごいことをいってると思います。考えてみると、政府ができることはわりと少ない、と言われているような気もしなくもない(^^;;;;。 もしこんな演説をする政治家が日本にいたとしても、悲しいかな誰にも本気だって信じてもらえないでしょうね。この国でも言葉がもう少し政治の場で力を持てるようになるといいのですが。
2009/01/25
この間は3兆円という金額のことを書いたけれど、きょうは2兆円の定額給付金の話。なんだかこれも同じような予算規模なのね。この間3兆円がかなりの金額だと理解したので、このまま2兆円バラまかれてはちょっと困ると思っている。しかも「景気刺激して雇用が生まれるから高額所得者ももらえ」とかいわれると、勘弁してほしいわ。もしこのまま政策が実現してしまうのなら「定額給付金基金」でも創って寄付を募ってみたらどうかな。NPO法人のかた、ぜひご一考を。政府にまかせておいたらろくな使い方しないんだから。いま貧困状態にある人にある程度まとまってお金が回るようにしたらどうでしょう。なにせ厚生省が派遣村を出る人に一時的に「貸す」お金がたった5万円だっていうんだよ。情けなさすぎるでしょう。小口で事業を始める人たちに融資するグラミン銀行のようなスタイルもありえると思う。「派手に消費してもらって景気刺激」したからといって、その恩恵が貧しい人に回るという保証はまったくない。どこに消えてしまうのかわからない定額給付金なら、使い道がみえるようにできるだけまとめて、意味があるところで消費されるよう考えたい。
2009/01/08
このところお金にまつわるニュースが引きも切らない。そんな中で最近、2つの記事で取り上げられていた3兆円超という金額に目がとまった。1つめはわが職にかかわる全ての私立大学の年間支出金額。もう1つはオレオレ詐欺やネット架空取引その他の消費者被害による経済損失の金額である。3兆円というお金がどの程度のものかは私の感覚で理解できる範囲を超えている。でもこの2つが同じ程度と知って正直にいって落胆している。私立大学ってそんなにささやかな産業規模だったのか。全国民にならすと1人当たり2万3千円。GDPでいうと0.7%だそうである。まあ逆に消費者被害が甚大であるというニュースではあったのだけれど。 そこで、ほかに最近話題になった3兆円という金額を調べてみたら、いろいろとみつかった。直近でいうと資金繰りが悪化した中小企業のための緊急信用補償費用、メタボ関連ビジネスの規模、埋蔵金、アメリカ自動車会社ビッグ3の再建費用、サウジアラビアにおける喫煙による健康被害総額、フランスの景気対策予算、、、。お金の価値というものはどうもよくわからない。ますます大学業界はふけばとぶような産業規模のようにも思える。いいんだろうか、それで。 教育業界は不景気がただちに及んでくるタイプの産業でないとはいっても、子どもの学費が出せなくなる親はかなりいるだろう。ますます確実に職につながる大学教育への期待も高まるはずだ。けれどそうやって目先に追われ続けてきた結果、社会がジリ貧になっている気がする。教育、妊産婦や小児医療、介護(3%報酬が切り上げられるとはいっても)など、人手がかかりもうからない業界で問題が噴出している。人は霞を食っては生きられないし奉仕の精神に頼るにも限界がある。 「モノづくり」は大事な日本の産業だが、この際、「ヒトづくり」という目にみえて形に残りにくい産業にも十分なお金がまわっていく仕組みへの変化を期待したいところだ。
2008/12/28
この街にもどってきて半年が過ぎたところで、うすうす感じ始めた。もしかすると、名古屋は「住みだおれ」と形容するにふさわしい街なのではないか。大阪の食いだおれ、京都の着だおれは現代にもしっかりうけつがれている。日常生活への関心度合いで、いつも物事を考える癖がある私は、「衣食」と来たら「住」はどこだろう、と考えを巡らせたとたん、はたとわが在住の地で見聞きする生活様式が頭に浮かんだ。ちなみに、東京はよくいえば文化のハイブリッド、悪く言えば寄せ集めの都市だから、このような分類にはなじまない。 ここに住んでいると単に土地が安いから、というだけでは説明できない住環境の水準の高さに感心する。節約するところではしっかり財布の紐をしめ、かけるべきところに大枚をはたくのが名古屋流とはよく知られた態度である。娘3人持つと身代つぶす、とか豪華な婚礼家具などの習慣が知られているが、じつはその家具を入れる器となる住居へのこだわりこそ高い。そういうハコモノがあって耐久消費財である家具も際立つのだから当然ではある。骨董品を扱う店も妙に多い。輸入・国産を問わず質の高い家具を扱う店もめだつ。古い建物も意外と保存されていて、古民家カフェなどはそこらじゅうにある。そういえば、明治村には日本中から運ばれて来た古い建物が飾られているではないか。新しくても「和」な雰囲気をうまくとりいれた住居が印象的だ。その延長に庭づくりやガーデニング、雑貨などへのこだわりがある。街を歩いていて住居まわりの工夫を見るのがとても楽しい。本当によく吟味されて行き届いた作りの家が多いのだ。 名古屋に転居する前に私が住んでいた街は、雑貨ショップの天国で知られる自由が丘だった。けれど、驚いたことに先日久しぶりに行っても、目にとまるモノは売られているように感じることができなかった。東京では、雑貨は「女子どもが関心を持つもの」に留まっていて、一家の世帯主たる男性がかかわる領域にはなっていない。名古屋ではそこに男性が関与するようだ。心なしか雑貨屋に行くと一人で品定めをしている男性の姿が目立つ。結果として、わりと落ち着いて値ははってもグレードの高い品物の並ぶ割合が増す。もともと婚礼家具のタンスは手堅い財産の生前贈与である、という解釈もあるくらいだ。たかが雑貨、などと考えずに高価でも質が高いものに投資するには妻のみの判断というわけにはいかないからだろうか。 その延長線上にモノづくりの世界が広がっている。ああ、だからこの街でデザイン博と万博はOKで、オリンピックには縁がなかったのか。いまは大変な逆風にさらされているトヨタだが、この界隈でモノづくりが発展した背景に、このような生活に深く根付いた価値づけがあるのなら、今後もそう簡単にかたむく産業にはならないだろう。そして、「モノの問題」だと常々私が思っている環境問題に名古屋市が熱心な理由も腑に落ちる。あらゆる現象がすーっと一本の糸でつながっていくような爽快感。自己満足ですね(^^;;;;. けれども、名古屋という都市の暮らしについて、揶揄でも面白半分でも自嘲でもなく語られた言葉は意外と少ない。それも理由がありそうだ。この街はコトバ、などというモノとちがってかたちに残らないものにはあまりり高い優先順位をおいていない。中央図書館の蔵書数が多いといわれるが、とどのつまりは本などというものにお金をかけない、つまり買わないで借りるという伝統があるのだ。私のような書き物を生業の一部にしようという人間には厳しい習慣でもある。 それでも、衣食住のうち圧倒的に住への関心が高い私にとって、この街で暮らせるということは幸せかもしれない。周囲に触発されて、暇を見つけると「和」なデザインを取り入れたバルコニーガーデンづくりに余念のない日々を送っている。
2008/11/20
黒沢清の映画はちょくちょく見てるので、彼が家族映画を撮ったならどうしてもロードショーでみなくては、と(この地域で)始まるとすぐ出かけてきました。期待以上にじっくりと映画の世界に没入させられてしまい最後は少しじんわりするほど。(うまいなー「月の光」。つくられすぎなのに魅せられる)。映画の設定と同じく子どもが大学生だったりするし、小泉今日子のお年頃からいってもまさに自分の家族と同じライフステージ。 失業という設定が現実味を増してしまいそうな昨今なので、余計にそう感じられるのかもしれないけれど、この家族像はなかなかリアルです。かりにも家族の研究者しているわけですから厳しい目でみてしまうのですが、日本の家族のツボがよく押さえられていて脱帽です。例えば、普段「食べる」っていうことでぎりぎりつながっているところとか(^^;;;.。食卓シーンがやたら多いでしょう。これっていかにも日本の家族らしい。母親が折角つくっても「いらない」っていうし(わが家にはこういう母親はいませんが(笑))。 やっぱしこの監督は小津ファンだったか、と納得しました。リアルといっても、細かい筋でいうと「そりゃないだろ」という出来事の連続なんですけれどね。芸術作品として成功しているんでしょう。戯画的に描いてもそこに私たちが真実を感じ取ってしまうような何かがちゃんとある。どの瞬間ごとに映像の場面を切り取ったとしても、最新の注意が払われているのがスゴイ。クモの巣のように張り巡らされた電線の向こうの一戸建て、仕切りを隔てて見える食卓。目に焼き付いて離れません。ただ、わざとでしょうけれど家の内部の設定は少しずつ古い。黒沢清が育った時代の家の風景が基本に据えられてるのかも。トレンディドラマの家族とはかなり違っております。 家族生活の「底」と日本という社会の「底」がこんな風につながってると私も常々表現しているつもりですけれど、文章というまだるっこしい手段を使わずに映像を使って表現できる監督が、ちょっぴりうらやましくもあります。 そうそう、このブログを前から見てくれている方はなんでまた「空中庭園」に戻ったの?と思われたでしょう。単純な話、フットサルは引退したものの屋上ガーデニングは引退できなかったからなんです。年の始めに消滅?が予定されていたはずの家族生活でしたが、諸般の事情で空中庭園とともに存続しております。トウキョウソナタはそんな私の生活と少々シンクロしてしまった貴重な映画となりました。
2008/11/10
ついにここまできたか、と思わずにいられない記事をつづけて2つ目にした。 1つは、離婚が環境に悪いという論文が米国のPNASというかなり知られた科学紙に載ったという記事。もう1つは、日ごろ読んでいる日本の新聞で「大家族で住むのは環境にいい」という理由を説明している記事。どちらも大まじめであった。 じつは私も講義で環境の話をするときには、世帯人数が少なくなると1人あたりの資源やエネルギー消費量、ごみの量などが増えるというデータは示している。これはエネルギー関係者にはよく知られた事実なので、いまさら目新しい事実でもなんでもない。1人暮らしするんなら、ルームシェアなんかもいいよ、とすすめたりすることは私だってある。家族のかたちがエコロジーと深く関わっているのは事実である。 でも、だから「離婚しないほうがいい」とか。「核家族より拡大家族の方がいい」、とは絶対にいわない。そんなことが簡単にいえる社会学者はモグリだろう。自然科学の人は、意外にこういうことをさらっと言えてしまうのだ。かつて工学の人だった私はその思考様式も想像できるだけに、なかなか辛い。 私は家族・環境双方の社会学会で研究活動をしている変わり種である。日程が重なったりして困ることさえある。それほど両方で活動してる人は少ない。日ごろこういう研究がどちらの学会でも話題になることはほぼありえないだけに、世間はすでに先を行っているのだとあらためて実感させられた。 家族の規模が小さくなっていくのも、それなりに理由あってのことなのだ。より従来型の家族から離れた自由な人生を選びたいという人々の価値と、環境への負荷を高めないほうがよいという価値は別ものである。どちらか一方の価値がより重要だ、と簡単に優劣はつけられない。エコロジーのために離婚を思い止まる人は、まずいないだろう。人の常識的な思考は、環境を研究する科学者の思考よりもまっとうなのかもしれない。
2008/10/18
ずいぶん長いことアメリカで起きている話を聞いていても、あまり感心することがなかったから、議会が銀行救済の法案を否決したと聞いて、「うわー、すごい」と久しぶりに思った。日本だったら、「空気読めないのか!」と非難されそうな行動なんじゃないだろうか。なんというか、民主主義の原理原則にしたがって民の声をちゃんと届けるというあたり。議員の投票履歴をチェックするという有権者もすごい。個人の判断を積み重ねるというのはこういうことなのか、といまさら感心した。 株のニュースは嫌いである。投資するような余剰資金のない私には、株価の変動を一喜一憂する必要もないけれど、上がったり下がったりするのは当たり前のものなのに、下がると大騒ぎになるからうんざりする。実在の世界を舞台にして複雑なルールを作り、「詐欺」にならないすれすれのところでゲームを楽しみ巨額のお金を儲けている人たちがいる。「ばば抜き」に参加したのだから、最後までスリリングなゲームをじたばたせず全うしてほしい。「恐慌が起きるから銀行を救え」って脅し文句には飽き飽き。世界は意外にタフに出来ていると思うよ。終わりはいつも始まりなのだから。 それにしても、日本の銀行がこんな状況にならないのは、住宅ローンを返せなくなったからといって、当事者が生きている限りは個人が借金を取り立てられるという容赦のない日本の制度のおかげ。返せなくなったら銀行が困るアメリカとは真逆なのだ。というわけで法人は生き延びやすく、個人は自死にまで追いつめられたりするわけで、世界には迷惑をかけないけど、かなり惨めな社会でもある。お金にめぐまれない人ももう少し堂々と生きられなくては。 しかし、上に立つ人は真摯に状況を受け止めてほしい。ちかごろ政治のトップにたった人は、どうみても「あっけらかん」としているように感じるのはなぜだろう。
2008/09/30
そろそろ海外で滞在する日々も残り少なくなってきた。国外ですごす人が誰しも感じさせられることだろうけれど、どんなに1人の個人でいようとしても日本人である、ということをいつも背負って過ごしていた気がする。時にはめんどうな思い込みに辟易するとはいえ、たいていは過去の日本人が積み重ねてきたふるまいと経済的繁栄の恩恵を被っていると実感する。 1つの象徴が「ビザ」。アジア人でこれだけ自由にビザに縛られず多くの国を行き来できている国は少ない。私のようにちょっとイギリス国外を旅行してくる、などということを多くの周りの仲間はできないのである。中国人の日本への個人旅行を目的としたビザがこれほど難しいということもよくわかっていなかった。日本人は気楽にいけるのだから、こんなに不平等な状況はない。もう1つの恩恵は「通貨」。ずいぶん弱くなった円だとはいえアジアの国々の水準から比べたら決定的に違う。同じような日常を送っているので、値段に対する受け止め方の感覚の違いが際立つ。同じような距離にありながら、「また来ることはそれほど難しくない」という気楽さは彼らにはない。 「技術」のブランド力に関していえば完全に日本信仰が存在している。安くてよい製品をつくるために人々が生活という面で払っている代償は大きいけれど、そういうネガティブな情報は出ていかずに製品だけが氾濫していく。日本を訪れた人はその信仰を補強するような面を探して帰ってくる。新幹線に象徴される公共交通網はたしかに素晴らしいかもしれないが、大半のエレクトロニクス製品はいまさらmade in Japanでもないだろうに。日本人だからカメラをはじめ機械の操作に強いと思われても、はっきり言って困る。だいたい車は持っていないから種類とかには全く関心ないし。最近人気の領域が「ファッション」である。若い女の子の関心は日本の化粧品や洋服のブランドにある。翻訳されてる日本の雑誌を購読してたりするから舌を巻く。ほかにも「アイドル」ってやつもある。ちゃんと日本語のフレーズで歌えたりするから脱帽するけどあんまり詳しくない。というわけで、かなり期待外れの日本人になってしまう。 なんとか対応できるのは「マンガ」くらい。「ナルト」にはもう驚かないが、でもマイナーなものは私の方がわからない。さすがに、ナイジェリア人の子に「ハナヨリダンゴ」って知ってる?と聞かれたのには驚いた。どうやらドラマが翻訳されて放映されてるらしい。ここに来ている学生たちは決して親日派ではない。イギリスを留学先に選んでいるのだから。それなのにこれほど好意的な情報を持って来ているということは、素直にありがたいと受け止めるべきだろう。 そして「食」である。スシを毎日食べると思われるのは困る。とにかく高すぎるから日本食はほぼ食べられなかった。さすがにこの面では早く帰りたい。ところがほかのアジア人は必ず自分たちの食生活をそのまま自炊で維持できている。ここの食事はrubbishなんだそうだ。私は郷に入れば郷にしたがえで、ここで一番安くておいしそうなものを食べればいいという考えなんだけれどな。あらためて気づいたのは日本食というのは保存が利かず新鮮さを重視するものが多いし風土との結びつきが強い料理だから、海外で維持するのはかなり無理があるということ。これは大変重要な問題かもしれない。中国料理は保存の利くものと現地で手に入るものとの組み合わせでなんとかなる。東南アジアや中東の食も素材よりは香辛料などの違いで差別化されるものだから、それさえあればなんとか日常食が維持できる。ところが日常食の新鮮な「アジの塩焼きと納豆」などという料理はどうしてもここでは食べることができない。幸い「うどん」は割と安く手に入るので助かったが、太くて何かの生物みたいで気味が悪くみえるといわれた。 こうやってずらずらと並べてみると、なんとたくさんの領域で「日本人」であることを背負わされていることか。ある意味では凄いことだと思う。(ほとんど私に説明を期待されても困る領域だが。)人は周りを見て自分たちの特徴を感じ取る。結局のところ私でさえ、もの静かで生真面目!?な日本人の1人にすぎないことを実感しつつ帰途につくことになりそうである。
2008/09/01
ときどき軽く雨が降る涼しい夏の日曜日、ニューカッスル郊外の街Gatesheadで開かれているflower show に出かけた。名前につけられたとおり花が中心のイベントかと予想していた期待は少々裏切られたけれどいろいろと楽しめた。地域のあらゆる団体の出店が並び、アマチュア出品部門では野菜が種類ごとに品評されるかと思えば、手作りクッキーやケーキもずらずらと陳列されていた。優良なズッキーニやニンジンをどうやって選出してるのだか、謎であった。バラ部門とかまではなんとか理解可能なのだけれど。。。メインのフラワーアート部門では、完全に流行が「アジア色を取り入れたもの」になっていて、扇子や竹や仏像、果ては神社の鳥居をかたどったオブジェ!などを使ったものが軒並み高評価を得ていた。カメラ忘れて行ったのを一生後悔しそう(幸い携帯電話写真はあり)。BONSAI部門ももちろんあったが、評価の基準は日本と違いそうな気がする。BONSAIは出店も充実しており、だいたい地味なおじさんが店主。アジア人がほぼ皆無の会場でBONSAIを前に少なからぬ白人男性が何やら語らっている風景はかなり不思議にみえる。 そう、ここは郊外の小さな街なのだ。バスでたったの20分ほど。中心市街地から離れるとアジアやアラブ系の人種が激減する。アジアは彼らにとって遠い神秘的な異国で、普段から顔をつきあわせている隣人ではない。flower showの会場はこの街にあるヨーロッパで最大の郊外型ショッピングモールからほど近くにある。今日の散策のもう1つのお目当てはこのモール。 一時はニューカッスルの中心市街地を寂れさせたといわれるこのモールは、確かに巨大でそこそこ賑わってはいた。けれどどこかでみた風景なのである。郊外のショッピングモールは国境を越えて同じような表情をしているのだ。背景となる街が消え去ってしまえば、巨大なモールの中には店と人しかなく、そこを歩いている人の肌の色が違うだけでマクドやスタバ、最近は日本にも進出しているNextやHMVが並んでいたら見分けがつかない。実につまらない空間となるわけだ。店内ではイベントをしかけたり工夫もあるが、雨を心配せずにさっさと買い物をしたいファミリー層は集められても、若い子たちにはあまり人気がなさそうだ。車を自由に乗り回せない若者にとって、ここはアクセスがいいわけでもないから当然である。このモールにある店の多くが中心市街地にもあるとなれば彼らは街へ繰り出すだろう。 ただし、都心へともどった人の流れが、再び郊外へと流れてしまう可能性もあるように思う。理由の一つは最近イギリス中を震撼させている若者のナイフによる殺人の多発である。都心で日夜路上でたむろしているティーンエージャーたちがナイフを持ち歩き、小競り合いから重大事件になるケースが相次いでいる。都心が危険な場所になってしまったら中流層は郊外へと退避するだろう。いまやロンドンはニューヨークより危険だ、といわれるくらい犯罪問題は彼らを悩ませている。 ところで、日本では、若者は路上ではなく家庭で寝ている親を刺すようだ。以前書いた本の中で、引きこもりが問題化する日本と子どものホームレスが問題化するイギリスを対比させたことがあるが、若者の殺人の場所も日英の違いを象徴しているように思う。イギリス政府はもっと家庭に責任を追わせよう、という政策を匂わせてさっそく不人気を買っている。日本では夫を殺されているにも関わらず加害者の母親は学校に謝りの電話を入れる。家族に働いている強力な磁力を破壊するかのように子どもは親を攻撃する。どちらの子どもが幸せなのかはよくわからないが、両国で若者たちが攻撃的になっている、という共通のトレンドが発生しつつあるのかもしれない。
2008/08/04
友人が招いてくれたので息抜き?を兼ねて週末にポーランド旅行に出かけてきました。じつはまったく予定外の旅行。イギリスとポーランドは遠いと信じ込んでいたから、考えても見なかったんです。ヨーロッパは狭いと体感してきました。直行便でほんの2時間。ちょうど東京から北海道や九州にでかけるようなものですね。イギリスからポーランドってほとんどヨーロッパをまたいでいるわけで、お隣の国はロシア!初めての旧共産圏の国への旅でもありました。 ワルシャワ(Warsaw)とクラクフ(Krakow)にはどちらも国際空港があるのですが、newcastleからの安い直行便はKrakowしかないため短い時間で2つの都市を訪ねることになりました。ワルシャワは人口約200万人近くの首都でクラクフが歴史的建造物が保存されている古い街。東京と京都みたいな関係だ、ということです。2つの街の間には「新幹線がほしい!」と強く望まれているようですが、確かにのんびりとした特急で約3時間の移動でした。うー、国内の移動の方が遠いとは。。。友人によれば当分スピードアップ計画はなさそうだということでした。 ワルシャワと東京には、第二次世界大戦でひどく破壊されてしまった都市、という重要な共通点があります。だからこそ、その後の再構築のしかたの差の大きさに圧倒されました。ワルシャワは執念を持って歴史的建造物の復元をし、「普通の」ヨーロッパの都市らしさをすっかりとりもどしているのに、東京にはその熱意はみられません。(とはいえ復元しようがないという気もしますが)かわりに私たちは技術の粋を尽くして新幹線を造り、つぎつぎと都市の拡大を支える新しい地下鉄網を建設し、高層ビルを建てつづけています。優先されるものの違いはいかんともしがたい結果となって実際の街の形状に現れているわけです。 イギリス滞在中にポーランドに移動するという得難い経験をして、あらためて感じたのはヨーロッパは1つの文化圏だということ。もちろん彼らはそう思わないでしょう。英語もほとんど通じませんし、食べ物から気質まで互いにわかりあえていないらしいのですけれど、日本と比べればなんと微妙な差なのでしょう。どちらも都市には広場があってモニュメントが立ち、広い公園が備わってる。イギリスの新聞でプレミアリーグにスペインから移籍してくる選手の「カルチャーショック」のケアを、先に移籍した選手がしているという記事があったので笑ってしまいました。その言葉の重みはアジアとヨーロッパを移動する私たちに残しておいて欲しい。 中東もまたヨーロッパの周縁であって、イギリスの地方都市からも直行便が飛べる立地なのです。言葉の壁もそれほど深くないので彼らは容易に溶け込んでいます。東南アジアやアフリカなどその他多くの地域との関係では、植民地の経験を通じた蓄積がありエリートはイギリスの大学に来るのが普通で交流は深いです。しかし、東アジアは格別に遠くまさに極東としかいいようがありません。これから中国という東アジアの人々が大量に入り込んできたとき、イギリスはかなり戸惑うのではないでしょうか。もちろん日本人や韓国人もそう見えていたことは間違いないのですが、人口規模のレベルの違いに恐れを感じているはずです。歴史的に彼らが積み重ねてきた異文化コミュニケーションなどという学問が用意している射程は、それほど広くないのではないかとつくづく思えてきました。
2008/07/29
都会なのか田舎なのか不思議な空間で生活をしはじめて2週間たちます。キッチンの窓からは、のんびりと草を食べている牛を毎日眺め、通学路では至近距離で牛にご挨拶。時には途中に彼/彼女たちの落とし物が飛び散っていて、あわててジャンプしたりする。朝には歩道に馬の落とし物も。ここはイギリスのニューカッスル。それほど小さくない都市の中心から徒歩で15分くらいのところです。 それほど準備せずどたばたやってきた短期的な留学ですが、来てよかったと早くも帰る日が悲しくなりつつあったりもします。なんだかんだと、ここ3年は毎年イギリスに来ていますね。それぞれ用事があってゆっくりしてはいなかったので、こんなに長期的に滞在しているのは初めてです。天がくれた休養期間に感謝しなくては。 この都市のコンパクトさは素晴らしい。都心にどーんと大学の敷地があってとなりにサッカー場(もちろんニューカッスルユナイテッドのスタジアム)。ここの人たちにとってアクセスがよくないと困る重要なものはこの2つなんでしょう。あ、もう1つ隣にありました。例によって池つきの広い公園です。たくさんの種類の鳥がいて生態系の多様性も抜群です。だいたいこの3つがイギリスの都市の必需品でしょう。ただ博物館だけは少ないような気もする。本屋にも不足しません。とにかく私にとって必要なものが身近にそろっているせいか、毎日安らかな気分になれます。これまで訪れたどの都市よりも暮らしたい場所かもしれません。 地元の人はGeordieと呼ばれたりする特別な方言で話すことで知られていて、イギリス人でもときに聞き取れないくらいです。この国も多様なんですよね。そしてもちろんあらゆる国から学生たちが集まる場所でもあり、訪れた人たちがここの住人ともなって家族や知人を呼び寄せ、多様な人が集まる「都市らしさ」をつくりだしています。東京にいてもそういう意味での「都市らしさ」はたいしてありませんからね。ここは数十万人の規模の都市。日本ではいま一番中心市街地の維持に苦労している規模でしょう。これだけみごとに中都市で中心市街地活性化に成功している都市は世界でも少ないかもしれません。公共交通の計画のしかた、不断の都市再生事業が成功しているんだと思います。 それにしても、あの牛たちは完全に開放された牧場で日々草を食べているなんて、なんと健康的なのでしょう。毎日朝から晩まで見てますけど、だれも世話をしている様子もなく極限まで省力化された放牧!?しかも、ここはだれでも入れる共有地で、横切る人も犬の散歩にくる人もデートする人もいます(注意が必要なんで私はあまり歩きたくないですけど)。出したものがまた地の栄養となり、みみずがたくさんいる滋養にとんだ土地になって、鳥が訪れて虫を食べています。牛を飼うのはこの土地にいると、しごく簡単そうにみえます。とはいえ、こんなに海に近い町なのに魚はほとんど売っていません。マグロと鮭くらいしかないなんて。何がこんなに島国どおしの生活を分けへだてているのでしょうね。しばらく観察の日々を楽しみたいと思います。
2008/07/12
あれ、人と話しただろうか、ときょう1日を振り返ってがく然とした。郵便局と銀行の窓口とコンビニのレジでしか会話してない。同居人が出張に出たらすぐこんな1日になるのだ。いままでずっと家族が多く、地域で歩けばすぐ知りあいに会うほどの生活で、孤独になりたいと考えていたくらいの日々は、ある日簡単に孤独な日常に反転する。 そんな日に、秋葉原の無差別殺人犯が数日前から書き込んでいた文章をYou tubeで読んでいたら悲しくなってしまった。孤独が痛いほど伝わってきたのだ。 三島-名古屋-福井-名古屋-三島-東京-三島-東京 彼の通過地点は、どこも私にとって馴染みの深い場所である。 福井までナイフを買いにいって「店員さん、いい人だった」と書いたあと、「人と話すのっていいね」と書いている。そして「タクシーのおっちゃんともお話しした」と。そんなさりげない人との会話がうれしく感じられる瞬間は誰しもある。でも、それだけでは彼の孤独は癒されなかった。 しかも彼は「ナウシカに間に合うかしら」と書いているではないか。そう、6月6日は金曜ロードショーで風の谷のナウシカをやっていた。どれほど多くの人が好きな映画だろう。私だって家族で何回見たことか。これだけ普通の人と同じような感性を持ちながらあれほどの犯行に至ってしまうものなのか。だからこの事件はかなり恐ろしい。 2004年労働者派遣法が改正(悪)され、工場労働への派遣が解禁された。モノを作るためのヒトのジャストインタイムが完成したのだ。ここ名古屋の地元雑誌にのっている求人も工場労働派遣だらけである。しかもみな宿舎つき。事務の「ハケン」と違って工場は不便な場所にあることが多いから宿舎は必須なのだろう。工場から工場へと、その地域に馴染む暇などないうちに日本を移動して歩く派遣労働者。都会のオフィスで事務をする「ハケン」ライフがいまは牧歌的にみえるほど、苛烈な労働のしかたが出現している。物を扱う仕事はそれだけで寡黙なものだ。その方が気楽でいいという人もあるだろう。安定した雇用関係ならば職場には少なくとも仲間はできる。しかし転々とする環境で友人を新たに作り、維持しつづけるためには相当な努力が必要だ。 そして、彼にも生まれ育った場所に家族はいたのに、今は「いなかった」のだろう。両親は25歳で家を離れて自活している子どものために、どうしてこんなにすぐ人前に出て謝罪しなくてはならなかったのか。親業とはつくづく終わりがなく辛い商売である。お決まりのように「大人の前ではいい子だった」という話が出てくる。「いい子」じゃなかったらそれはそれで辛い目に合わされるのもこの社会である。じゃあ、どうすればいいんだろうね、全く。親も子も必死なのだ。もし、よい職についている父親が彼の人生を認めることができていたら、彼は最後の一線を超えなくてすんだかもしれない。 この世界から「はじかれ」ないように。実際彼はぎりぎりで踏みとどまっていたつもりのところを、まさに「はじかれ」そうな不安にかられた。こんなに事前に書き込みをしてサインを出していたのに、誰も止めることができなかった。彼はずっと頼ってきたバーチャル世界の中にも、結局底なしの孤独しかないことに気づいてしまったのだろう。 生身の人と人が気楽に会話をしてつながっていくための社会的なしかけがほとんどない日本社会で、それに変わる役目を果たしてきた「職場」という濃密なコミュニティをなくしてしまったツケが、これからそこかしこで吹き出してくるような予感がして震えている。
2008/06/11
私がいま唯一誇れることといったら、おそろしくエコロジストだということだけです。 理由は簡単で活発な行動をしていないから。毎日家にいて仕事にもいかず遊びにもいかず家事もろくにしない。お金も使わないから資源も無駄遣いしていない。唯一やっていることといったら、パソコンに向うことと本を読むこと。資源とエネルギーを使う活動ではありません。もしかしてこれって引きこもっているっていうことでしょうかね(^^;;;;。政府がさかんに言っている1人1kgの二酸化炭素減らそう運動ですが、私はもう減らせませんからたくさん出してる人が減らしてください。「平均」1人1日6kgといわれても困るんですよ。そのうち2kgは車なんですから、車にのらなければすでに2kg少ないわけで。最近の政府って、何かと一律がお好きですよね。後期高齢者医療制度とか。お金に余裕のある老人の保険料をいまさら安くしてどうするつもりだったんでしょう。 こんな生活でもやらなくちゃいけないことはままあるのですが、これまで高密度の人生を送ってきた私にとって、この活動量低下状態はどう考えても人生最低密度のレベルだ、というわけでエコなんですよ。行動密度とエコには関係があります。生活を時間で測って行動を記録したデータで研究をつづけてきた私にとって、「時間圧力」は気にかかる問題でした。生活の密度は増すばかりで、そこに耐えられない人たちがどんどん離脱しているのが現代社会。離脱した人の方がまともなのではないかとときどき思うのです。ついに自分も離脱「させられ」ましたけど。そこは自分自身を例外扱いせず肯定的にとらえたい、と暗示をかけてたりします。 私たちは資源とエネルギーを消費して行動の密度を上げつづけて疲弊しています。そうしないと、失業してしまい食べていかれないからです。厳しい世界になりました。密度を高めるには、合理的な人生への生活態度が肝心です。めんどうなこと、友人や家族や知人にかまける時間をできるだけ避けること、お金を稼げないことを避ける、これが大切。おなじ手間がかかることなら仕事に直結する行動に厳選しなくてはいけない。私にはできなかった。密度が低めの人でもそこそこ食べていかれる世の中になってほしいものです。 人が社会から切り離されたときに感じる孤独は恐ろしいもの。自分の存在というものを確かめるために人間は職を持ち、家族に頼ります。どちらもなかったら相当にそれに代わる居場所を持たないと存在しつづけられません。自分の著作で書いていることそのまんま体験中(笑)。人生はほんの紙一重。昨日入っていたはずのお金は今日入らなくなるってことです。 究極にエコロジカルな日々に乾杯!
2008/06/06
ミャンマーで甚大なサイクロン被害が起きたと思ったら中国の四川で大地震。激しい自然災害と縁の切れないアジアの一員であると思い知らされている。亡くなる人の数は桁が違う。被災した人の数といったら、信じられない規模になる。人の命の軽さと政府の腰の重さをみるにつけ、日本という社会で時々見え隠れしがちな出来事を、クローズアップして目の前にさらされているように感じてしまう。ただでさえ意気消沈の日々を過ごす私なのに、心底身につまされて体にかなりこたえる。 ところが大災害をよそに、政府と経済界は洞爺湖サミット前の前哨戦とあって、地球温暖化問題の話題で持ちきりである。最近、購読新聞をNK新聞に変えたら世界が反転してしまった。あらためて「現実世界は新聞ごとに異なる」を実感中。この問題はすっかり商売ネタになりつつある。 サイクロンは温暖化による気候変動との関係が多少はあるにせよ、地震はかなり別の自然災害である。大災害の恐怖に日ごろから晒されているアジア人たる私たちが、気候変動問題まで考えがなかなか及ばないのは、ある意味いたしかたない。どちらが差し迫って問題であるのかと考えれば、明日建物の下敷きで死ぬかもしれないリスクを回避させることが大事、と普通は思うだろう。地球温暖化の議論はさして身につまされない出来事に感じてしまうのだ。けれども、普段巨大サイクロンや大地震にさらされる危険がない西洋びとにとっては、これほど重大な自然災害はない。それに彼らには「無常」などという宗教観による精神の救済も用意されていないからますます大変だろう。 いつどこで地震が起きるかもしれない日本なのに、小中学校でさえ41%が要警戒建物だという状態で、温暖化防止のために建物を省エネ型に改修しよう、という話はやっぱり二の次ぎだ。普段地震のことを忘れていられる人は、温暖化のことなどもっと簡単に忘れられる。この際だから、建物を耐震化と同時に省エネ性も高める公共投資を集中的にやるくらいのことを政治主導でしてほしい。二酸化炭素の数十%削減を約束したら具体案は必ずそういう内容で降りてくる。意味がある公共工事にこそ最優先で税金を使ってもらいたい。
2008/05/24
名古屋に移動して2週間。ようやく生活空間が落ち着いてきました。移動には楽しみもありますけど、引っ越しは体にこたえます。じつは、ここは生まれ育った馴染みの地域。とはいっても、なんと四半世紀もたってしまって戻ってきたので、知らない土地も同然。すっかり変わってしまっているし、毎日発見の連続です。だいたい10代の頃は、自分で暮らしを立てているわけでもないから、初めて体験していることも多いのです。 まずは子どもの頃通いつめた公立図書館に行ってみました。これが当時そのままの状態で残っていたから驚き。道路は拡張され、あらゆる建物が建て替えられているというのに、ひっそりとその図書館は昔のままのたたずまいを残していました。入るとあの独特の匂いが漂ってきて、思わず涙ぐみそうなくらい五感に訴えられてくる。さすがに、子どもの本は新しく入れ替えられていたのですが、コーナーの仕切り方やおそらく、一部の張り紙までもすっかり保存状態。逆にここまで更新されていないと心配になりますね。さすがにOPACは設置されていたとはいえ、この地が図書館の改善に熱意を持っていないことは明らかで、少し残念に思いました。しかたがないでしょう、人もそんなに入っていないのですから。人々に優先されていることに税金がかけられていくわけです。子どもの頃には十分に見えた広さが、大人になってみると貧弱に感じてしまうんですね。 いままであまりにも人口密度が高い土地にいたので、密度の低さは少し心地よく感じられます。狭い土地をめぐって争奪戦が繰り広げられている東京は、やはり日本の中でも特殊なところです。そして都心から周辺への広がりが果てしなく続くところも特別。規模としては、名古屋くらいまでが他の先進国の都市では最大値といったところでしょう。便利なところに住んでることもあって、暮らしやすさを実感しています。 それにしても、モノ1つ買うにしてもカルチャーが違います。ドラッグストアにいけばポイントカードに加えて、毎回何かと「クーポン券」をくれます。新聞チラシ、フリーペーパーなどおトクな割引クーポンの山。地下鉄の広告も、おトクを全面に。東急ハンズもあるんですが、ディスプレイの仕方からちがいます。イメージ戦略は皆無ですね。ここでも抽選券をたくさんもらいました。行列してて抽選しませんでしたけど。渋谷のハンズで抽選券もらった記憶はありません。こういうところで育つと金銭感覚が変わるかも。私も知らず知らずのうちに影響受けてたんでしょうか。お金をコツコツ節約するのは、どうも苦手だと思うけどなんだかんだ無駄な出費に気をつけてはいるのかもしれない。あー、恐るべし名古屋人の経済感覚。 ちなみに、ネイティブの親を持たない私は名古屋では「移民」の子だったので、結局名古屋の言葉を完全には話せていませんでした。四半世紀に及んだ東京暮らしからまだ身体が切り替わっていません。ううう、日本は広い(長い)。西の方に散った子どもたちとも異文化/異言語の話題を楽しんでいます。
2008/05/06
子どもたちはそれぞれ新天地を求めて旅立っていきました。普通の親よりは少し早めのいわゆる「空の巣」状態ですね。幸い心にぽっかり穴があくほど親業に専念していたわけではないので、抜け殻になることはなさそうです。それでも、ふといつもの街を歩いた時、ここを子どもと歩くことはもうないかもしれない、と少し感傷的な気分に浸っていることも確か。 じつは、私も今ごろ新天地にいるはずだったのに、直前になって予定が変わりました。多くの方から4月の新生活はどうですか、というご連絡をもらうのに十分返事ができなくてごめんなさい。それに、ご連絡が行き届いていない方が大勢います。事情を説明しつづけるのにも疲れてしまいました。残念ながら経緯につきましてここでは詳しく語れないことをお許しください。事実を単純にいえば非自発的な失業をしたということになります。思いもよらないことで、今は茫然としつつも目の前の雑事をこなしています。 職を失った日から自分でも驚くほどにニュースの見え方が変わり、新鮮でした。そこは転んでも社会学者の魂だけは消えなかったみたいです。失業者に関する記事とか労働関連ニュースが自分に置き換えできる「一大事」として目立つ。そして地球温暖化とか環境問題のニュースがどうでもよく見える(笑)。というわけで全然緑じゃないブログが続くかもしれません。やはり人間先立つものがなければ周囲のことまで考えられないのでしょう。まして、いつか遠い将来の話に関心を持てなくなるんです。さすがに雑草のごとく生きてきた私もすぐに頭を切り替えられませんね。 それでも私はいまのところ多少の蓄えがあったりして何とか食いつなぐこともできていますし、周りの人も何かと支えてくれる恵まれた失業者でしかないんですが。ただ、この業界には失業保険というものがなく、私は「失業者」にすら数えられない存在にすぎないのですから、弱いものですね。 とはいえ、少し時期は遅れたものの、諸般の事情からもうすぐ遠方へ引っ越しします。そこでようやく私にも予定とは違った旅立ちの春が訪れるでしょう。それがよいものとなるように、準備していきたいと心しています。皆さんの暖かい励ましに感謝しています。けれど、正直に言ってあんまりすぐには頑張れません。子育てと仕事で忙しかったこの18年間を振り返りながら、自分を見つめる一年にしたいと思っています。もちろん、新たな職探しにも力を注ぎます。今後とも、変わりないお力添えをよろしくお願いします。
2008/04/09
緑とは関係ないかもしれない、いまも私の涙がとまらない別れの会の話。 それだけ大事だったんです。ここでフットサルの仲間と出会えたこと。かれこれ6年ちょっとになるんですね。ありがとうみんな。きょう、さよならの飲み会にみんな来てくれて。大事な大事な場所でした。この場所でフットサルを一生懸命いっしょに練習しながら、子どもたちのこともお互いブツブツこぼししているうちに、月日は過ぎていった。職場でもない業界でもない、日常の大切な場所。いまもいろいろ辛い状況の私だけれど、優しくみんなまんまの私を受け止めてくれる。 またぜったい遊びに来るからね。みんながいなかったら、私どこかで人生outしていたかもしれない。気分がさえないときも、ボールを蹴ればいろんなことを忘れられた。私はこのチームのメンバーだったこと、一生大切な想い出です。十分皆に伝えられなかったけれど本当に感謝してる。これまで大学や大学院、会社。。。たくさんの卒業を経験してきたのに、こんなに悲しい卒業は初めて。でもうまく伝えられなかった。許してね。私は何よりもここ数年このチームのメンバーだったんだ。 私はこれから新しい生活を始めます。でもきっと、ずっとずっと皆のこと思い出すから。優しすぎていつも自分がキツくなってる仲間たち。みんな自分のこともっと大事にしてね。じゃないと長生きできないよ。私からのお願い。じゃ、また今度飲もうね!
2008/03/15
ガソリン税をめぐって、いやな感じの流れが出ている。暫定税率は維持されなければならないと、ついに元環境社会学会会長の嘉田由紀子滋賀県知事までもが進んで決起しているらしい。表だっては必要な道路が整備されていないから財源確保のために必要だとの理由である。自民党の主張によれば、ガソリン税は「環境にやさしい」そうだ。これだけ長期にわたり、環境税導入に抵抗してきた政権党がなにをいまさら、である。セールストークになりそうなことなら何でも使え、の営業マンみたいではないか。 私はいったん廃止してガソリンを値下げするべきだと思う。(とにもかくにも暫定という名前は気持ち悪いし。)まずはガソリン高による庶民やしわよせを受けている中小企業の困窮を救済することが大事だからだ。環境派の人の意見は逆の場合が多いのか沈黙を感じる。ガソリンの高騰が運輸部門からの二酸化炭素排出量を抑制して削減している可能性は確かにかなり高い。ただでさえ増加基調に困り果てている政府からすれば、税率を維持したいのもやまやまだ。嘉田由紀子氏もこの点を少し勘案されているのだろう。でも、道路整備のための税金のままでは長期的な解決には役立たない。一般財源化までしなくても、税率を維持するならばせめて鉄道や自転車を含めた公共交通整備などへの支出が可能な税金へと転換してもらいたい。もう一歩進めて、省エネルギーのための投資に使えるようにすればまさに環境税になる。せっかく「ガソリン税は環境にやさしい」という議論まで出てきたのだから、多少の値下げとセットで税金の使途を環境目的に広げる、といった方向で与野党で協議してほしい。 暫定税率維持派が主張するように、道路整備が行き届いていない地域がたくさんあるのを私も目にしつづけてきた。三島市に住んでいたとき、新幹線の駅から続く幹線道路でありながら、危険すぎる状態で放置されている道路が学区を貫いていて、子どもたちは自転車移動にヘルメット装着を義務づけられていたことに驚いた。そうかと思うと鄙びた山あいの温泉地に出かければ、整備が整った道路を悠々と対向車もない状態で快適ドライブし続けられたり。問題は、道路のためのお金の量の不足ではなくて、どの道路から優先的に手をつけたらいいのかを合意し、限られた財源をうまく配分して生活空間を改善する知恵のなさにあるような気がするのだが。 それにしても、最近「環境」とはすっかり与党の専売特許になったかのようである。考えてみれば20年前は逆であった。複雑に絡まり合った糸を1つずつほぐしていかないと、議論の対立軸はなかなか見えてこない。
2008/02/10
再生紙の古紙配合率が偽装されていたことが明るみに出た。問題のすそ野はかなり広いのに、ここしばらくの報道で企業の倫理観が問われてばかりいたことに幻滅してしまう。私はグリーン購入法の施行、しいては過去10年以上にわたって次々と環境省が主導で成立させた法律がつくりだしたきしみが出始めた結果だと理解している。なぜ業界がこれほど基本的な数値を偽装しなくてはならなかったのか、そこを掘り起す報道が増えてほしい。それとも環境省とその政策はいまや誰もがだまる聖域なのか? 私はふだんから再生紙はトイレットペーパーしか購入していない。(100%古紙原料のコピー用紙で品質を保てるはずがないと常々感じていたし。)おかげでだまされたという気分にはならなくてすんだ。コピー用紙に関しては再生紙でない方がむしろグリーンである、といまのところ判断している。学生にも推奨していなかったから本当に良かった。今回のニュースはエコマークすら悲しいほど参考にならないという現実を白日のもとにさらしてしまった。その罪はあまりに重い。 実際、製紙会社は自社のホームページで、エネルギー(二酸化炭素排出量)的にみても、パルプから紙を作るほうがよいのだと、語っているではないか。木材から作った場合には原料から同時に取れる黒液が燃料となるからで、再生可能なバイオマス資源でなんとかなるところを、再生紙を作るときには化石燃料が大量に必要になってしまうという。最初からはっきりやめようとかできないと言えばいいのだ、相手がお上だろうと、市民だろうと堂々と。環境のために何かをしたという気分を共有したい私たちにも、問題の根はある。現実から目をそらしたい人々の間に、企業の偽装というニーズは時にぴったりとはまるのだ。 発端となったグリーン購入法の導入時に、どこかの製紙会社が高い古紙配合率でもやれます、といいだして皆が後に引けなくなってしまったのだろうか。どの会社も最初から知っていたとしか思えない。中国が古紙を高値で買い取ってしまうからこうなった、という論調の記事もあった。人のせいにされてはあちらもたまったものじゃないだろう。技術的に紙のリサイクル率はどうやっても6割程度が上限のところ、すでに日本人は既に集めすぎているのだから、余った古紙が輸出に回るのは当然だ。しかも、いろんな紙が混じったものも多く手を加えないと使えないものも多い。質の低い雑紙でも人件費が安い場所では価値がある。しかも税金と人々のアンぺードワークを投入して「安くなるように」集めてあげているからこそ、ひき合っている。 あらためてグリーン購入で指示されている特定の品目リストを見たら恐ろしくなった。国を初めとしてあらゆる公共機関で購入を推奨されているモノたちとは、基本的に「再生品」である。全国津々浦々に、もしかしたら体によくないモノが含まれているかもしれない再生品から作られた物資が続々と納入されつづけている。当然公共工事、つまり建物に関してまでもこの思想のもとに資材を選ぶことになっている。紙だけではない。ここにも強引に「リサイクルこそが正しい」という理念を貫き通した跡がみられる。一刻も早く、環境にとっての「正しさ」を再度考えた上で法律見直しの議論をしてほしい。 当面個人が再生紙の購入に頼らなくてもできることも少しはある。使う紙を減らすこと、送りつけられてくるパンフレット類を断るために面倒だけど電話をかけて拒否を発動すること。うーん、でもついつい毎週のように買ってしまうサッカー雑誌はやっぱりやめられない。
2008/01/23
年末のクロワッサンは『環境のために、暮らし方を変えてみよう。』という特集だったので、ついにここまで真正面からタイトルつけるのか、と興味を持って購入。そこで紹介されていたのが、宝島社の「うちエコ入門」。彼らは、普通の日本人が出すごみの量から94%減の生活をしているそうで、どうやってるんだろう?と純粋に興味があったし、これまでの類書と違うかもと期待を持ってこちらも読んでみました。著者は環境コンサルタントを名乗るスウェーデン人で、ペオ・エクベリさん。彼が運営にかかわっているHP(http://www4.famille.ne.jp/~oneworld/)では自分が出しているCO2の計算ができたり、なかなか充実しています。 残念なことに少しがっかり。すごく基本的なところで、計算の仕方がヘンだったから。ペオさんのご自宅で出しているごみ量には、資源ごみははいっていません。分別してリサイクルしたりしているものは全部「ごみ量」にカウントされていないんです。それは別にいいんですが、割り算する時には、同じ内容の平均を使わないとフェアじゃないでしょう。でも、使われていたのは、日本人の一般ごみ全部の平均。ここには、家庭だけでなくて事業系での排出も資源ごみも粗大ごみもはいっているんです。最新の環境白書で使われている1人1日あたりごみ量は、1086gですけれど、これを単純に365日かけた値、約400kgとペオさんちの全部リサイクルに出して残ったごみ50kgが比較されてるんですよ。もちろん、ごみが少ないことは間違いないですけれど、ここは一番強調されている数字なのですから丁寧に比較してほしかった。 彼らのごみを大幅に減量しているのが生ゴミのコンポストです。でも、考えてみると生ゴミが分解されてしまうと二酸化炭素は結構出てしまうってことになるのでは?植物が炭素を吸収してくれるのは、光合成をする量が呼吸(植物もするんです)する量を上回っている季節だけですし、枯れて分解されると結局CO2を出してしまう。これとおんなじような意味合いです。森林を炭素吸収源とするかどうか議論がつづいているくらいです。今朝も植物の光合成と呼吸の季節変化に関する研究がネイチャーに出た、とニュースになっていました。じつは焼却場で燃やしてしまっても、最近はごみで発電されていたりもするので、結構エネルギーの節約に貢献するとも考えられます。 昔の農家でなんでも燃えるかまどで農業廃棄物を燃やしていたのが究極のバイオマス利用でしたけれど、これを「大きなかまど」であるごみ焼却炉で燃やして、温水と電力で利用するという発想はさほどズレた技術の応用例ではないように思います。しかも東京は自区内処理が基本だから、区内で焼却してますし、移動距離も大きくありません。 ごみが出ない生活を心がけることは当然ですけれど、手間ひまがかかるわりに、努力が報われない可能性が高いので、出てきてしまったごみについては、私はあまり強くリサイクルにこだわらないことにしています。
2008/01/04
明けましておめでとうございます。もう元旦はすぎてしまいました。 今年は東京を離れガーデナーも引退します。昨年にようやくこれまでの仕事をまとめた本を出版できたので、そろそろ私が4半世紀考え続けてきた環境と生活様式という問題に研究の中心領域を移していこうかな、と考えています。20年前から仕事でかかわっていた地球温暖化(気候変動)問題はすっかり政治問題となり、身近な話題となりました。それなのに、どうしたら気候を変化させなくてすむのか?という問いへの答えは相変わらずよく見えてきません。 昨年度たくさんのインタビュー調査を経験して心に残ったのが、少しでも答えがわかっていたら教えてもらいたい、という多くの意見でした。ここ数年大学の講義でも話してきましたけれど、なかなか研究論文にはならないHow toにも語ることに意味があるんじゃないかと思い始めました。私は「まだ何もわかっていない」「まだ書けない」とずっと考えていたけれど、少しでもわかったことを書いていかないと間に合わないかもしれない。 それに、やはり環境問題にはウソが多い、というのは事実だと思うのです。「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」という本がベストセラーになったり、著者の武田さんがテレビのバラエティに出てウケたりしているのは、なんとなくみんながうさんくさいと思っていることを、言葉にしているから。私は最近の彼の著作には疑問点がありすぎると感じていますが、「リサイクル幻想」までの議論はおおすじで正しいと理解しています。環境派vs温暖化懐疑派で水掛け論をすることほど後ろ向きな事態はありません。そこで私も違う切り口から言葉にしてみよう、と心に決めたのです。 さっそくですが、元旦の東京新聞一面に気になる記事がでていました。「車は西口 お買い物はバス 新宿でパーク&ライド」でCO2が削減できると都が計画しているというニュースです。これはかなりおかしい。もともとパーク&ライドは、都心への車の乗り入れを減らすという目的のためにある方式。なのに西口から東口への移動をバスにしてその分を減らす、という計画なんですよ。結局渋滞解消が主な目的だと思うのですが、問題は西口の駐車場がオフィス街のために休日は閑散として約8千台あって空いているのを活用する、というところにあります。この駐車場を東口のデパート客のために開放したら、買い物客の利便性は向上するかもしれませんけれど、これまでは、混んでるから電車でいこう、といってた客が遠方から車で来られるようになるわけです。これでどうやって二酸化炭素排出が減らせるんでしょうか?デパート業界はほくほくでしょうが。 なんの疑いもなく都の発表をうのみにしてこういう記事が書かれてしまう。 耳障りのいい言葉の影には必ずといっていいほど産業界の思惑がありますが、行政ははっきりものをいいません。気候変動問題とは、もちろん「私たちの」問題であるとはいえ基本は「彼ら」の問題です。1人1kg減なんてまともに受け止めていると、ずっと繰り返されてきた公害問題と同じように、責任の所在をごまかされますから、気をつけないと。 ではでは、今年もよろしくお願いします。
2008/01/01
またまた、ずいぶん書いていませんでした。買ったばかりのMacBookで書く初めてのブログです。(つい、絵文字を使ってみたりして。)諸般の都合から光回線に変え、パソコンを変え、メールアドレスも移行中。新しいことだらけでいろいろ不慣れです。iphoneが購入できないうさばらしに、ipod touchまでつい買ってしまった。うわー、こんなに買い物したのは何年ぶりだろう。もうすぐ生活が変わるのを見越して、仕事周りも変えています。長かった髪もばっさり切ってすっきりしたし。こうやって自分の周辺を再構築するのは楽しいけど、やっぱりエネルギーも使いますね。 ここ数ヶ月、余りにも忙しくして時間があっても、ブログを書く気力が残っていませんでした。8月は初めて英語で論文を書いていて、脳みそがしばかれているみたいな日々でした。まさかそんな事態になるとは思わず、ESA(ヨーロッパ社会学会)のポスターセッション発表に応募したら、希望者が多いから論文書く人だけ受理になり、予定外にきつい夏になってしまったのです。それでも、行ってよかった。学会があったグラスゴーといえば、中村俊輔のいるセルティックのホームタウン。例によって出張として学会に行っているので、全く観光する時間はないけれど新しい街に行くと絶対に発見があるし、歴史を学べる。俊介が表紙に載っている雑誌やカトリック系のアイルランド移民とともに歩んだセルティックサポーターの文化をまとめてある本、Celtic Minded2を購入できました。同じ街にはプロテスタント系のレンジャーズがある。こちらの方がどちらかというと裕福なのね。滞在ホテルはレンジャーズ系だった。歩いている人には緑と白のシマが目立った気がする。ちなみに青はレンジャーズの色。事前に緑と青を来て歩き回らない方がいいといわれていたけど、そこまで緊張感はなかったですね、さすがに。しかしまあ、バイキング上陸地だったり血なまぐさい歴史を背負う街だけあって、洗練された都市とはいえないところで、大味な印象でした。ロンドンには何回か行っているので、スコットランドだからってそうそう違いはなかった印象。ただ、訪れた9月上旬は最高にいい季節だったけれど冬はかなり寒そうでした。 学会がまた新鮮でした。ヨーロッパ中から社会学者が集まっている大きな学会で、日本人は同行した友人と現地滞在の2人と合計5人しかみあたりません。ところが、髪の毛や肌の色がちがうだけで、「あ、あの人日本にいる○○さんそっくり!」が続出するんですよ。服とか髪型や眼鏡なんかも似てる。持ってる鞄とか。要するに社会学者って世界中、こういう感じの人たちなのね(苦笑)、と再認識した次第です。 でも、運営は違いました。とにかく案内は不親切です。だから初日なんかみんな右往左往して、セッションの司会者も来てなかったり、変更になってるのに気づいてなくて発表者がいなかったり。現地の人に聞いたら、この会が特にごたごたしているのではなく、こういうものだということで、過剰に親切な日本の学会になれている身では適応するために頭を切り替えなくては、と身にしみました。ちなみに、ポスター部門ではこの分野はだめです。ちゃんと口頭で発表しないと認められません。純正日本の受験英語育ちの私には大変厳しいですが、これからほそぼそと向上をめざさなくては。(といって、へたりそう) 9月は2つの原稿書きに追われていました。幸いこの11月に1冊の単著と1冊の共著の出版が決まっています。博士論文からずいぶんたってしまったのですが、ようやく改稿・出版できて一区切りつけられました。単著のタイトルは「家事と家族の日常生活;主婦はなぜ暇にならなかったのか」(学文社)。共著は、岩波ジュニア新書の「いま、この研究がおもしろい」2に「家族の日常生活を学問する」などというタイトルで書かせていただいています。 書くことは私にとって至福の時を与えてもくれるけれど、同時に心身にはこたえるわけで、その合間にフットサルの試合で念願の入賞などというイベントもはさんでしまったので、しばらく疲れて暇があると昏睡していました。自業自得です。これで心置きなく今期を限りにサッカーを引退することができそうです。 このあたりで、1ヶ月くらい温泉で湯治でもしていたいところですが、1泊箱根旅行でごまかして容赦なく後期の授業と校正に追われる日々に突入しております。かわりに、私の気分転換の一つは人とのおしゃべりなので、久しぶりの友人知人とお茶したりして、ゆるやかに回復途上中。ようやくブログを書く気力がでてくるところまできたわけです。めでたしめでたし。 この週末も仕事からは逃れられてない状態ですが、明日はまたまたちょっとした試合。台風も行っちゃって天気よさそう!あと何回できるかわからないけど、無事に戻ってくることを目標に楽しんできます。
2007/10/27
つづきが1ヶ月後でした(^^;)。北京から帰ってすぐ「段ボール肉まん」事件の報道、やらせだったと否定報道、と最近は製品問題で中国関連の報道が出ない日がありません。行く前よりもメディアに出る中国の話題が目に止まるようになりました。すこしこなれた時期につづきを覚え書きするのもいいかな。 どうして偽物を売ってもいい、とか毒入りを売ってもいい、という人がいるんだろうと考えてみると、なぜか街のすがたが浮かんでくるんです。街路に向かって背を向ける住居。クーリエジャポンの記事によれば、福建省周辺の「客家」の住居はドーナツ型で巨大だけれど、外に向けて一階は家が窓1つない完全な壁になって内向きなところは同じ。このスタイルは中国でよくみられるんでしょうかね。近づくと徹底的にその地区の住民が「よそモノ」を排除するという感じです。実際おなじ「楼」に住めるのは血のつながった一族だけ。こういう建物の近くを歩いていると、同じ人間であるという感覚を強く否定されてる気がしてくるわけです。人類みな仲間という意識がなければ、何を売ってもいいわけで。 いままで欧米の国々を旅してこういう住居にであったことがなかったから、すごく新鮮でたびたび記憶がよみがえってきます。よく、ガーデニングの世界で、家の窓をエクステリアとして位置づけて外の人に向けるかたちでデザインしていくのは、ヨーロッパ的。日本の家屋はわりと内向きである、といわれるんだけれど、中国式はもっと完全な内向き。日本家屋は「なんで狭いところにやたら塀をつくるんだ」、という話もあるんだけど、窓は外にむいていて、塀や生け垣でワンクッション入れるところは、ちょうど西洋と中国のしきりかたの中間にあたるんじゃないかと思いいたりました。 もう1つ街を歩いていて衝撃だったのが、地図にあった水辺にたどり着けなかったこと。どうやら、家屋で全部囲まれていて外の人は簡単に入れるようになっていない。都市中心街区の水辺といったら市民の憩いの場であるという意識が染み付いているから、必死に探してたんです。でも、考えてみたら外からの外敵から守るという様式なんだから、水辺の周りを守るように住居で囲って、背を街路に向けるのが一番安全ですよね。別にオープンスペースにする必要はないといえばない。そのあたりは、官僚たちが住む高級住宅街になっている、という話も小耳に挟みました。ほんの少し郊外にあるマンションのメンテナンスは全く行き届いていないのに、その地区は本当にこぎれいなんです。 公共という意識は都市とともに生まれたものといわれたりします。何か全然違う発想でつくられてる都市が北京でした。公共とは威厳を示すために作られたひたすら巨大で立派なもので、庶民の住居はやはり貧しいまま。ローマは小さな都市街区の周りを塀で囲みましたが、北京の少し郊外には宇宙からも見えるという万里の長城が作られています。遠くの壁と強固に親族単位で守りを固める家。塀の中は一応はみな市民のローマ式。人々の隔て方、というものは建造物と切っても切れない関係にあります。 輸出先の人たちを同じ仲間と考えるという発想の方がむしろ「近代」特有のもの。中国では同じ街に住む人たちでさえも、仲間の範囲はとても狭い。そこが極端な不平等状態へとつながるのでしょう。日本でも、そう公害病がひどかったあのころ、東京オリンピックの前とはまさにそんな時代でした。ひどい目にあっている人をエリートたちは同じ仲間だと思っていなかった。それから少しは変わったのだろうか、と他国をみるにつけいまの日本社会のことを考えてしまいます。
2007/08/03
中国環境社会学の設立を記念した国際学会に参加してきました。ほんの数日ですが東アジアに滞在したのが、初めてでとても印象が深い旅になりました。少ししか大学の外を歩く時間はなかったけれど、散歩で中心地区と郊外地区の住宅街を体感したので記憶にとどめたいと思ったことをつれづれなるままに。 まずは、大学の建物のこと(中国人民大学)。つくりが大きくてしっかりしている。天井が高い。質の高い内装品が使われている。敷地も広くてとても立派なんです。日本の普通の大学の建物みたいに、「ちゃち」ではありません。大学は街の中心地にはなく、たいがい北側の郊外地区にあります。5-6kmくらい離れているかな。この立地は、古い欧米の都市とは違う。だいたいあちらは中心にあるので。中心には、旧皇帝の住居がある。つまり政治と商業ですね。特に食べ物関係のお店はもちろん大変に充実しています。大学の存在は、「文化」とかかわるのでその領域が、あまり中心では目立たないってことですね。 東京と同じ1000万人を超える人口がいるのに、割とコンパクトな都市になっています。それは、20階を超える中高層集合住宅が郊外まで建っているし、中心市街地にも狭い住居に人がたくさん密集しているからでしょう。うーん、公共交通は十分とはいえないですね。バスやトロリーバスはあるけれど、地下鉄にあたるものがないんです。だから、大学の前でさえいつもタクシーが行列している。これでは、交通量は増えるはず。中国の幹線道路といえば、車や自転車や人が錯綜し、いつぶつかるかわからない状態のカオスを乗り切らなくてはなりません。これはうわさどおりで、乗っていたタクシーの運転手さんは、ふらふらと自転車こいでるおじさんに怒鳴りまくっておりました。郊外地区ですと、さらに荷物を運ぶ「馬」もいますし。 中心地区の下町は、オリンピックを控えて次々と立ち退きが迫られていて再開発が進んでいます。せっかく都市に味わいを出している場所なのに残念です。街の片隅にあったあの北京ダックのお店は、残ることができるのでしょうか、、、。中心地の下町は、伝統的な住居様式ですべての家が道に接するところに窓がなありません。古くから異民族が襲来してくることが多かった北京では防御が固いつくりになってる、という話。いわゆる四合院といわれ、中庭に向かって四方を部屋が取り囲むスタイルです。これって、ローマ式じゃん!れんが造りの建物の横を歩いているとどこかヨーロッパ的。漢字がみえなければ、ここってアジアだっけ?と感じる。コンクリート造りの近代的な建物と石造りの伝統建築は上手く調和がとれるから、街が日本みたいに支離滅裂な感じにならなくてすむんだと思う。ちょっとうらやましい。(つづきは、あとで、、、)
2007/07/03
きょうはかなり情けない話です。国民健康保険料の納入通知書が来て、あまりの金額の大きさに衝撃をうけて立ち直れません。今年から国税から地方税への税源が移譲されるのは知っていたけれど、総額は変わらないと宣伝されてました。ですが、増えた地方税と連動する国民健康保険料がそのまま算出されるなんて、、、。うかつでした。正規雇用者のみなさんにはあんまり実感がないと思いますが、私はずっと自由業で、とぼしい収入で確定申告暮らしをしてきたので、この種の話題はかなり身につまされます。今年は激変緩和措置、というのがとられているようですが、どうにも実感できません。どうやら私のように低所得の人にはこの改革は、恐ろしいものだということが身をもってわかりました。これから健康保険/介護保険に入らなくなる(入れなくなる)人が続出するのではないでしょうか。私も真剣に悩んでしまいます。 そもそも、国民年金の金額には所得による差がありません。無収入だって払わないといけない、が原則ですからね。この金額ももちろん大変重いけれど必死に払っている。それでああいう状態だとぐったりくる。子どもがいて出費が多い、仕事に出る時間がない、こういう理由とは関係なく支払う年金額が一律とは、平等ではありましょうが、どうも公平と思えない。そのうえ、住民税までも今年から所得金額による税率の差がなくなり、どれだけ所得があろうと10%。もともと、所得税は収入が少ないとあまり払わなくてもよかったところ、住民税はたとえ所得が年間100万でも、5%は払わなきゃいけなくて厳しかったけれど、今度から一律10%!ううう。本当に情け容赦がない。ローンも払い終わって悠々自適ながら収入が少ない人たち(主に高齢者)からも税金を払ってもらおう、という意図はわかりますけれど、私たち若いもんはどうすればいいんでしょうか。これが高齢化率20%の現実だとすると、数十年後に40%になったときどうなるのか、考えるだけで頭がくらくらしてきます。 私は裕福ではないけれど貧しいとはいえない。なのにこんなに日々のお金に悩まされて生きている。もっと悩んでいる人がいかに多いか、と考えるととても贅沢はいえない。でも、東京にいると、金ぴかの暮らしをしている人たちがたくさん目に入って神経は常に逆なでされる。どろどろとした怨嗟が社会の底にたまりつづけているのを感じている。
2007/06/19
フジ木曜10時のドラマはたまにハマるのですが、久々に欠かさず見てる。子どもたちにリアルだと共感されてるという噂どおり。今日の報道でも、自殺者3万人がつづいていてしかも若い子たちに増えているという。まさに現状はドラマなみに深刻なのである。ドラマには身近で見聞きする生活シーンの断片が丁寧に入ってきて、いちいちうなずいてしまう。もう少し身の回りの大人たちは信頼できる存在でしょう?と、もちろん自分も含めて主張してはおきたいけれど、「正義感」で突っ走れるほど人間は単純な存在でない、ということを見せつけられて悲しくもなる。 このドラマには家族生活の場面がほとんどでてこない。学校とビルと繁華街で子どもたちは日常を過ごす。子どもが小学生だったころにこのドラマを見ていたら、多分リアルに感じることがなかったように思う。でも、子どもたちが中学、高校となったいまでは想像できる。とにかくこの年代の子を持つ親たちは生きるために毎日必死で働いている、という現実をいつも肌で感じているから。 数年前に、ある郊外地区の中学校へ学生とインタビューに出かける機会があった。その時に、校長先生がしんみりと語っていた「子どもたちはみんな、寂しいんですよ」という言葉が、ずっと心の奥に引っかかっている。実際、ひとり親の子たちも多く、2人いても仕事で出ずっぱりなのは当たり前。子どもを置いてどこかに消えてしまっていることさえめずらしくない、という地区だった。移民率も高く貧困層も多い。そして印象的だったのは、全く違う恵まれた地区に住んでいる学生が、心底ショックを受けていたことだった。同じ都道府県の中で、ほんの電車に少し揺られただけなのに、世界にすざまじい分断があるのだ。 私はたぶん恵まれてはいても混在している地区にいる。子どもが幼いときから似たようなペースで働いてきたら、いつのまにか私はヒマがある人間になっていた。この間まで専業主婦だったはずのまわりの母親たちは、パートに出て、いまではいくら条件が悪くてもフルタイムなみの長時間仕事に出ており、文字通り忙殺されている。PTAの仕事などとてもできないのは当たり前かもしれない。ふつう彼女たちには家事を分担してくれる人などいないし、介護すべき人をかかえていることもある。厳しい家計を捻出して、子どもたちは受験のために塾で忙しい。留学生ホームステイの引き受け手が、ここ数年全くいなくなってしまったという。何かがすっかり変わってしまったのだ。もう、どこにもゆとりある主婦たちはいない。 痛々しい子どもたちの陰で、親たちは子どもたちのためにこそ、自分を損なうまでに働きつづけている。みんな頑張っているのにすれちがっていく。この恐ろしい循環からどうやって抜け出せばいいのだろうか。ドラマは、こんなやりきれない現実から目をそらさずに語りかけてくる。
2007/06/07
離婚後300日以内に産まれた子どもを前夫の子とみなす、という制度のあまりの不合理さにようやく官庁が重い腰を上げ始めた。300日だと離婚してすぐ妊娠しても、少し予定日より早めに産まれただけでダメである。救済策ではこの人たちだけが条件付きで今の夫の子とみなしてもらえるらしい。「子どもはイエのもの」という家制度の名残が強い民法規定が、現代的な親子関係の認識と完全に合わなくなってるのである。 厚生労働省が児童手当の申請などを認めたし、外務省は条件つきながら旅券の発行を認めようという動きがある。皮肉なことに、部分的な民法改正すら認めないと、現政権の中枢を担う政治家たちがまったをかけたため、制令での対処しかないという流れになった。民法改正が家族制度を崩壊させる「アリの一穴」になってしまう、という保守派の恐れから始まったというこの展開が、もしかすると戸籍制度にとっては崩壊への第一歩になる。人々の生き方と制度が大きくズレていると、ついに露呈してしまった事実は大きい。近代的な社会で、制度に人々を従わせようと思ったら必ず無理が生じて破綻する。だから人々の日々の営みに合わせて制度を変えていくことが本来の政治のはずなのだが、、、。政治家がどれだけ信念を持って「家族制度」を維持させようと試みても流れは変えることができない、と歴史を学んだら人はそう考える。 私は事実婚を選んでいる。戸籍制度が自分のしたい生き方と合わないからという単純な理由からだ。子どもは1人ずつ私と夫の姓をついでもらった。意外に私の周りにはそういう友人/知人が少ないけれど、つい数日前に、事実婚している幼なじみと10数年ぶりに話す機会があった。家族に姓の異なる夫や子どもがいると「なにか重大な秘密が隠されているのではないか」、と周囲は遠慮がちで質問すらできないという経験を私もしているが、彼女もそうらしい。私は、なんで戸籍作るために姓をかえなくちゃいけないの?という程度で、わりと単純なところでやっているので、なるべく最初に「ややこしい家族でごめんなさい。事実婚なんです~」と言うようにしている。表面的には「あ、そうなんだ~」程度ですぎていくものである。最近では気にもしていないので久しぶりに今回の話題で思い出した。 それにしても、この300日規定がらみで「無戸籍」の子どもが毎年1000人に1人くらいは出現しているらしい、と計算してみてあらためて驚いた。これだけの数であれば世間もさすがに無視はできない。私の場合にはたまたま子どもは無戸籍ではなく、一度婚姻届けを出してペーパー離婚しているために、2人とも嫡出子で現民法でも不利益はない。幼なじみは一度も婚姻せず非嫡出子とする道を選んだ。嫡出かどうかで子どもの相続に差別がある民法規定こそが、自民保守派にとって変えては困るところなのだが、そもそも戸籍がなかったら差もつけようがない。戸籍がなくても日本国籍は認められ、育児手当ももらえるということになっていくことで戸籍制度はますます空洞化するだろう。この方がより本質的な変化をもたらす。そして戸籍がないと法律婚はできない。つまり無戸籍の子は事実婚になる。東アジア独特といわれる戸籍制度の神髄はなんといっても、親の履歴がたどれるところにあった。だから「戸籍が汚れる」などという言い方がなされるのだ。ここが変わるとかなり深い部分から社会が動く。 考えてみれば夫婦別姓制度を含む民法改正法案を葬り去ったときから、この状態は予想されていた。私もあの節目にもう別姓制度で法律婚なんてめざす必要ないわ、とすっかり開き直ってしまった。戸籍制度の枠組みを壊さずにいかに現代の変化を取り込んでいくかを考えた苦心の末につくられた改正法案だったのに、それでも保守派は反対しつづづけた。法案を改正してもしなくても、人の暮らしと家族の関係は現実にどんどん変化する。戸籍のない外国籍の人も増え続けている。いつか必ず制度を変えるしかなくなるであろう。戸籍なんて別にいらないよ、と日本人がいえる日もそう遠くないような気がしてきた。
2007/05/02
きょうはなんという陽気!私が住んでいる街には、春のおしゃれに身をつつんだ人があふれていて、ガーデニング用の服でふらっと歩いて出てしまった自分がちょっと惨めで反省した。今年の庭いじりシーズン開幕はのんびりと割れていた鉢の取り替えで始めた。この季節:木の芽どきはそわそわとしてただでさえ落ち着かないうえに、花粉は飛ぶし普段の年はもっと辛い。幸いいまのところ薬でコントロールできているせいか、外に出る気がおきる。それだけでとても有り難い。 もう鉢物を増やさないようにしようと決めているので、鉢を片づけたり植え替えなど地味な作業が中心になる。ちょぴり悲しい。それにしても今年は暖かくて例年のカレンダーとズレるから感覚がつかみにくい。温暖化が進むとこれが日常になるのだろう。いつもながらベランダガーデニングって、考えなくてはいけないことが多い。光と水と温度をいつも気にしつつ置いてある植物の様子を見ると、ふと気づけば日照不足になってる鉢があったりする。今年は初めて自生のナスタチウムが大株になったので、花が咲くのがとても楽しみ。この場所で「増える」っていうことには格別の味わいがある。ルリマツリもタネがこぼれて増えたのできょうは、鉢をわけた。まずいまずい。結局全くタネや苗を買わないのに鉢が増えてる!生きてる植物を自分で捨てるのはとてもしのびないので、友人知人のみなさん、よろしかったら少しずつ引き取ってくださいね(^_^)v。移動後の植物の安否は全く気にしませんから。 で、もう1つのシーズン開幕がJリーグ。今年は妙にオフが長く感じた。(娘もそうだという)なぜだろう?早く暖かくなったからかなあ(笑)。とりあえずひいきチーム:清水エスパルスが開幕戦で勝利してくれる、っていう幸せを享受できた。 エスパルスは映らなかったというのに、ついテレビで2試合近く眺めてしまったのは予定外だった。浦和レッズ-横浜FCをみたあと、ガンバ大阪-大宮をみたら、内容の違いに愕然。一言でいってガンバ大阪-大宮の方が断然かっこいい。ゼロックスカップの結果は偶然じゃあない、ってことを理解した。浦和は昨シーズンも何とか勝ってはいたけれど、あいかわらず連動がないサッカーをしつづけてる。これじゃあ厳しいかもしれないね。日本のビッグクラブになってACLで勝ってほしいんだけれどね。まだまだJリーグの戦国時代はつづいてる。 試合を見た余韻で今日は自分がフットサルをすると、パスに追いつけない、ボールもらったあと振り向けない、ぎりぎりがんばってマイナスのパス出しても仲間に届かない、ていう情けなさ。でも、いつもより少しは動き回ってプレスかけられたかな。疲れたけれどやっぱり楽しい。久々にこんな穏やかな週末をすごせたことに、感謝。
2007/03/04
あまり政治ネタは趣味ではないのですが、続発する乱雑な言葉につい反応してしまいました。あのー、お二人ともあまりにも「同質」な発言のしかたでハマっているんですけれど、同じマニュアルでもご参照されているんでしょうかね。わかりやすく例示する、って話法が大事なのは日頃実感してますが、それで墓穴を掘ることもあるんです。このこと、理解されてるんでしょうか。 「人権が尊重され過ぎた状態」ってなんなんだかどうもよくイメージできない。 そこで使われたこの比喩ですが、「肥満、高脂血症、高血糖症(糖尿病)、高血圧などの症状が複合した状態」を「メタボリック症候群」というらしい。うーん、これでなにかわかりやすくなってるんでしょうか?よくわかんない例を持ってくる話術は、いわゆる「はぐらかし」戦術ですね。逆に「産む機械」の方は、ちょっとわかりやすすぎた(笑)。 「尊重されすぎている」のって、誰の人権なんだろう?そう思ってネットの会話をのぞいてみると、みんな自分のことではないと思っているらしい、ということがわかった。もちろん、発言した当人もそうなんでしょう。いやー、第二の性「女」である私には尊重されすぎた状態は想像できません。考えてみると「機械」なら人権はそもそもないんですが。2つの発言をつなげてみると、この内閣の閣僚の方々は本来「機械」なみに制限されなくてはいけない女性の人権は、どうやら「尊重されすぎている」と考えていらっしゃるのでは。と思うとげに恐ろしい。私としては、当事者として受け止め、プルプルとふるえてしまうわけです。 しかし、産まない権利を女性が手にしたら、誰の権利が制限されたんでしょう?うーん、未来に産まれてくるはずだった子どもってことになるのかな。でも、その子はまだいないから人権ないですしー。もしかして、年金もらうはずの高齢者?子どもを持ちたい男性の権利?誰なんでしょうね。 ところで、人権なんて他人の問題でしょ、といっている方々もある日突然犯罪者になってしまったり、心身にしょうがいを負ったり、経済的に行き詰まったりするかもしれない。そうしたら、人権を尊重してほしい当事者になるわけで、そのことを想像できてないのが不思議。 誰かの権利を尊重すると、ほかの人の権利が損なわれる。その状態は確かにある。お互いの得られた権利をたしあわせると結局同じで、その分配のしかたが問題なんだと思う。よりよく分配するにはどうしたらいいかを、延々と考えていくのが民主主義的な世界でしょう。だから尊重されすぎてる、っていいたいなら、されすぎている人と損なわれている人を両方紹介して、どんな権利が問題になっているのかを例示してください。でないと意味がわかりませんし議論にはなりません。これが発言する人ととりあげるメディアへのお願いです。
2007/02/27
いまは大学の仕事がようやくシーズンオフ。ということでほんの少しゆるりとし、懐かしい友人たちに会う機会がつづいた。10年、20年とつきあいのある友人たちとは、会えばすぐにタイムスリップ。日頃の仕事仲間とはひと味ちがった時間を共有できることはとても幸せである。 そして、歳月の長さはそれだけ歩んできた人生の違いも思い出させられる。あのとき同じ場を共有してきた友人たちと、ほんの少しずつのちがった選択。パートナー、子ども、仕事と転職、、、。痛感するのは、私は「家族」を優先して生きてきたようなつもりでいて、彼女たちとはちがって「仕事」を優先して生きてきたんだろうな、ということ。もちろん私が業界で会う人たちは、もっと圧倒的にたくさんの「仕事」をしているのが普通だ。そこでは、私はあまりたくさんの「仕事」をこなしていない人である、と感じさせられる。でも、ここ数日の出会いで、私はあまりたくさん「家族」に何かをしてあげる人でないこともあらためて、気づく。いかにもどっちつかずなのが私である。 こういう人生でよかったのかどうか、いまの私にはよくわからない。でも、1つ1つの選択には後悔していない(と思いたい)。ふと、なにもかもがこれでよかったのだろうか?と怪しくなる瞬間は、私にもあるけれど、「選んできた」という自覚があればあきらめがつく。その積み重ねが人生になる。とはいっても、友人たちが1つ1つ個性的な選択を積み重ねて、全く違う人生を歩んでいるのを目の当たりにすると、月日の重みをあらためて感じ、「私が選ばなかったもう1つの人生」を想像してしまう。 たとえば「姓を変えていたら」私はいわゆる事実婚で別姓であるが、女性の友人は例外なく結婚すると名前が変わっている。「子どもが受験していたら」わが子は2人とも中学受験をしていない。「おかしづくりが得意だったら。」娘にバレンタインチョコのつくり方を教えてあげられない。「新しくて広い家を手に入れていたら」いまも狭くて古いマンションで暮らしている。 あたりまえだけれど、何かを手に入れるということは何かを手にしていないということでもある。そして、私の選択であるようで、それは子どもやパートナーの選択でもあるので、家族全員が「もう1つの人生」を送ることがなかったわけだ。子どもは親をえらべない、ということに時々懺悔する。 でも、親も子どもを選べない。「子どもがサッカーをやっていなかったら」、私の余暇に劇的な違いがあっただろう。私が自分だけの意志でフットサルを始めたとは思えないし、たぶんエスパルスサポもやっていない。ドラマ「東京タワー」はきっとみない。 家族は自分を振り回しもするし、与えてもくれる。そこで自分のポジショニングをどうとるのか、これがとても難しい。多くの女性たちはいつも遠慮がちで、「空いている場所」に自分の位置をとりつづけているように思える。時には自分から「スペースをつくる」動きをしてみてみるのもいいのでは?
2007/02/13
ずいぶん書いていなかった。時間でなく気持ちにゆとりがなかったみたい。きょうは映画を見てきて、久々に何かを書きたいと思えた。きっと新宿というちょっぴり猥雑な空間も元気をくれたに違いない。振り返ってみたら今年は意外に映画館に出かけていた。ここ数ヶ月だけで「ゆれる」「不都合が真実」「カポーティ」そしてきょうは「イカとクジラ」。脈絡がないですか?(笑)。環境のお仕事がらみでみた「不都合な真実」を除くと、ロードショーのうちにぜひ見ておきたいなあ、と選んで出かけた映画はみんな家族の物語。。。 3つ並べて振り返ってみると、どこか壊れてしまってひりひりする家族が登場していることに気づいた。誰もが懸命に自分の人生を全うしようとしているのに、家族という場にあってうまくいかない瞬間が切り取られている。「ゆれる」では、対照的な人生を歩み家族とは無縁の暮らしをしていたはずの兄弟なのに、ある瞬間から互いの人生が深く交錯する。「イカとクジラ」では、10代の子どもが2人いる家族の、まさに離婚で劇的に変わる瞬間が描かれる。「カポーティ」は、やや異色で家族の物語とは言わないのが普通だろう。けれども、この映画はある「完全な」家族が全滅するところから始まり、「壊れてしまった」家族のもとで育った語り手が、同じような育ちをした殺人者の内面へと入り込んでいく。語り手であるカポーティの奥底にある無垢な魂は、おそらく冷酷無比な犯人の中にもかつてあった。2人の人生を分けたのは、家族ではなくほんの一握りの周囲の人々。 たしかに家族は人生に大きく関わりつづける。遠ざかったつもりでもふと関係が蘇る。この関係をほどよいものにするのは意外に大変なのかもしれない。一見したところ完全そうにみえる家族の中にも、必ず暗部が描かれている。たいていは母親が自分の魂を殺している、という設定だ。逆に、母親が自分を生きると家族という形は目に見えて壊れる。(古典的なフェミニストの議論のようだ(^^;;;;;。) じゃあ、真に完全なる家族はどこにあるのか?自分を生きつつ家族を生きる、それは可能なことなんだろうか。みんな模索している。「イカとクジラ」でもその回答は示されず、監督自身の迷いが伝わってきた。私もすっきりとわかりやすい言葉ではなかなか家族を語れない。だからそういう映画を選んで見てしまうのだろう。 でも、現実に私たちはいつも目の前にある出来事に対処して暮らしている。すっきり語れなくてもその都度ちゃんと選ぶことができる限りは続けられる。逃げずに1つ1つ丁寧に関わって、その積み重ねが家族という関係になっていく。とりあえず私はそれでいい、と信じるつもりだ。
2006/12/29
ひんやりとした秋の日、紀子さんが出産された。どんな出産でも母と子の生命が2つにわかれる瞬間であるという重みを背負う。無事お2人が身二つになられたことに、心から祝福したい。 そして、きょうは皇室典範改正が葬り去られてしまった日ともなった。「男の子が生まれてよかった」と堂々と発言して喜ぶ政治家たちの声が報道される。私も含めて社会の半分は女である。あまり聞いていて気持ちのいいものではない。いまどき、孫が生まれたときに祖父母がそういうセリフを娘や嫁にいったとすると、相当いやがられるだろう。市井では「女の子」が望まれる方がすっかり高くなっているというのに、やはりよい血筋をお持ちの方々の考えることは違うらしい。 男系継承論を主張する人が持ち出す伝統という言葉の使われ方にはうんざりする。私にだって保持してほしい日本の伝統文化はたくさんある。建物や街並、里山の風景や古民家。陶磁器や家具や織物、食文化。そういうものを簡単に捨て去っている人たちが持ち出す理論が「伝統」といわれてもしらけてしまう。あまりにも捨て去ってきたものが多すぎるからこそ、天皇制の男系という形式を残すことにしがみつきたくなる心性がうまれるのか。 生き残っていく伝統文化とは、少しずつ形をかえつつ発展してきたものである。変化を拒んで逆に一挙に消滅してしまったものは多い。第二次世界大戦後に日本は様々なものを捨て去った。皇室は、そのときに消えていたかもしれない運命を乗り越えて、形をかえることで生き残ってきた伝統の1つなのである。 政治家はともかく秋篠宮ご夫妻の言葉には救われた。お2人は子どもの性別を事前に知りたがらず、どんな障害があっても自然な形で受け入れたい、と話したとされる。せめてマスメディアに言葉をのせる人たちには、これくらい真っ当な常識をわきまえてもらいたかった。
2006/09/06
しばらくヨーロッパに一人で出かけた。どうもまだあちらの時間帯に身体がなじんでしまっていて、眠れない!というわけでこれを書いています(^^;;;;。研究のための出張でほとんど自由な時間はなかったけれど、デンマーク:コペンハーゲン→オランダ:アムステルダム:→イギリス:ロンドンと短期間に移動したためそれぞれの都市の差異が際立って感じられた。それに、アムステルダム→ロンドンは鉄道にしたから、ベルギーとフランスを通ったことになる。国境を越えるとじつに違う風景が広がっていた。ヨーロッパは本当に多様である、と実感すると同時に、ああ、日本と比べればなんて似通っているのだ、とも実感する。 今回初めて訪れた都市は、アムステルダム。ここは本当に不思議な都市だった。とにかく隠れているものがない。街を歩いているとふっと「コーヒーショップ」(許可されているドラッグを吸うところ)があり、「飾り窓」(政府公認の売春の店)もみかける。人間の欲望をそのままあっけらかん、と表に出されるとかえってやる気もうせるのか、地元の若い子はあまり興味もわかないという。ただし、ここは自由だが無法地帯ではない。完璧なまでの整った制度の上に自由が置かれているのだ。地元フリーペーパーでは、未成年者を売春に雇っている店が摘発されたとの記事をのせていていた。許されざることは徹底的に取り締まるが、大概のことには実に寛容だ。それにしても、これほど自由を享受できる街のすぐ近くについこの間まで息子が滞在していたかと思うと冷や汗がでる。彼がいうには、オランダではなぜか「夏の花火」は固く禁じられているので、これをやってみたい、と隠れてやってみる子が「ワル」になるそうだ。人間の心理とはそういうものらしい。。。 街のつくりは、低密度で知られる北欧の都市コペンハーゲンとは違い、市街地のまわりに緑地帯を厳格に設けて郊外化を防止している点で、イギリスと似ている。だが、圧倒的に都市規模が小さいから電車に10分乗るとひたすらのどかな牛か羊のいる牧草地帯が広がる。郊外の小さな街を訪れると、街中を通行止めにしてトライアスロン大会が開かれており、地元の人が大勢参加していた。家は土の上に建っているものと水の上に浮かんでいるもの!と2種類ある。ここでは水も土も単なるスペースを提供する、という意味で同列らしい。 オランダでひたすらつづいていた平原は、ベルギーに入り、フランスへと移動するにしたがって、起伏を伴うものへとかわっていった。ベルギーでは緑地帯があまり機能しておらず、だらだらと郊外化が進んでいるという意味で、少々日本的な風景がみえた。どうやら駅舎の維持管理にはお金をかけていないようで、ホーム周辺はタバコの吸い殻やゴミだらけで、少し薄汚れた雰囲気であった。隣国どうしは、しばしば対照的な文化的側面を持つことがあるといわれるが、まさにこの2国の都市には当てはまっている。 ロンドンに移動すると、やはり大都市としての東京と同じような雰囲気を感じる。人は歩くのが早く、常に競争の中に駆り立てられ、よりよい職や家を求めて生活している。地下鉄でビジネスマンは無言で書類を読む。同じ季節、アムステルダムでは人々の表情はまるでお祭りのような明るさであったというのに。テロで厳戒体制であったことも関係するだろうが、オランダで感じなかった「階層」と「民族」の住み分け状態を常にぴりぴりと意識させられる。やはり地位を得た人は、丘のある街ハムステッドやノッティングヒルに住みたいらしい。ここでは肌のいろが薄い人が目立つのに、ほんの少し離れた丘のない街には、色の黒い人が多い。 考えてみればオランダには丘がなかった。丘に住みたい人が集まるところでは、どうにも人の差異というものが際立っていくのだとすると、起伏のはげしい東京という街で、きょうも「勝ち負け」ごっこが続いているのはどうしようもないことなのかもしれない、などと考えてしまう。オランダで根付いてしまった「違いはある、でも勝ち負けはない」という究極の価値感がどこまで世界に広がりうるのか。いま、テロの連鎖を断つ思想の光がこのあたりにほのみえた。
2006/08/27
梅雨が明けたのに晴れない気分で、2ヶ月ぶりにブログ書いてます。しばらく家の雑事と仕事がずっと週末にも押し寄せいて心休まる間が本当になかった。この週末仕事の合間に、つい見ていたなでしこvs北朝鮮。この間のオーストラリア戦につづいて気分が落ち込む。そう、この感じ。あの男子W杯の既視感。思い出して2倍に気分がなえてしまってる。これは言葉にしておかないと立ち直れない。(私にとってのブログの効用のひとつです。読んでくれた方迷惑だったらごめんなさい!) 一言でいうと、大橋監督のやり方にジーコ(元)監督がだぶるんです。同じような時期にサッカー協会の幹部が決めてる人選なんだからあたりまえなんですが。ぜんぜんタイプが違うように見えるでしょう、でも体質が似てる。まず、「自分の責任」に絶対しない(つまり反省がない。ブレずに信念を貫くといえば聞こえがいいけれど。最近これ系のトップが流行?)選手の「気持ちの問題」にしたがる。結果として選手との信頼関係を築いていないから、チームとしての一体感を作るのに失敗してる。選手が互いに責任をなすりつけあってしまうのは監督もそうしてるから。中田と澤は同じことをしている。ヒートアップして思いつめている彼らを監督がクールダウンしなければ。頑張っているのはわかるけれど、澤のからまわりやミスも目立っていた。若い選手は澤にしかりとばされたら、余計緊張するだけであまり効果がない。そこでいいかえせるほど根性があると頼もしいが、どのみち不和は増すだけだ。考えてみると不思議である。なぜ日本代表って中心選手がキャプテンになれる人格でないのか。センターバックがキャプテンで、中心選手と信頼関係がない、って構図が男子とそっくり。態度の大きいデキル人を周囲がほめそやすから、謙虚で上手いリーダーが育たないのではないだろうか。 それから、個々の技術が上手い選手をなるべく多く入れれば、チームが強くなる、と信じて人選しているところも似てる。選手のポジションに対する適正や、組み合わせの問題に弱い。安藤をサイドバックにするのは、このレベルの相手と戦うには無理がある。そして、結果的にタレントはかなりそろっているはずなのにうまく力を引き出せていないところまでも。 なでしこがオリンピックに出場して盛り上がったあと、かわった大橋監督でアジア杯で全く勝てなかったことがある。あのときに「なんか上手くいっていない」と思った人は多いはず。そのときから修正できずにここまで来てしまった。メディアはなんにも批判しなかった。サッカーダイジェストは、W杯後に編集長自ら反省文を書いて、メディアの責任も自覚していたが、本当にサッカーメディアはみんな仲間、になってしまっていて批判がなかった。女子のW杯は男子と同じ運命をなぞる。次の監督は原点にもどって「日本の女子サッカー」とは何かを考えることになるでしょう。 それにしても、次回はもう少しクラブサッカーでキャリアを積んだ監督を女子代表につけてもらえないものでしょうか?選手たちのイメージが監督よりも豊かだったとしたら、へたな指導はむしろ有害になったりする。大橋監督は、わりと難しい指示をする、と選手が言っていたことがある。サッカーは前頭葉を通して考えてると間に合わない。教えが身体化されるには長い月日がかかる。つまり、クラブで日々繰り広げられているサッカーを、代表チームが全面的に作り替えることはできないのだ。最後追いつめられて必死になっている時のほうが流れがつながっていて「教えにとらわれて不自然」でない感じがしたのは、気のせいか? 監督を含めて、人に教える立場にある人は、自分のアイディアは限られたものであることを忘れずに、相手の能力を引き出す努力をしなくては。(私も例外ではありませんが)サッカークラブでも学校でも日本のあらゆる場所で、そういう取り組みがないと、これだけ少子化が進む中で、才能を育てる、っていうことは簡単にはいかない。そろそろ覚悟してやり方を切り替えていかないとじり貧になってしまう気がします。
2006/07/31
しばらく晴れて気持ちのよかった天気が一転曇り空になった今朝、新聞で1.25という数字を目にした。夕方には、高齢化率20%突破。東京では出生率0.98だとか。ああ、2人も子どもがいる上に今は3人(ホストファミリー)か、と思うと無謀だったかな(笑)、とつくづく思う。これだけ人が多いのも疲れるから、100年かけて増えたところを100年かけて減るのも悪くはない、ような気もしている。基本的には。 ホストファミリーをしています、というとどういう反応が返ってくるかといえば「大変でしょう」とか、「お仕事しているのによくやっている」とか何かと「ご苦労様です」という言葉の数々が普通である。最近これが寂しい。「それは楽しいでしょう」とか「私もぜひやってみたい」といわれたい。結局、間違いなく物好きがやること、の範疇なのだ。でも、ホスト同士のミーティングに行くとみんな「楽しんでます」と言う。そういう人に限って子どもが何人もいたりして、部屋も別に広くなかったり。それにお金持ちとういわけではない。ああ、同類がここにいたと心温まる。 私たちは身を削ってみな何を得ようとしているのだろう。いくばくかのお金と地位を何とか保つために、たくさんのことを捨てて生きていく。日々のささやかな楽しみ、人との出会い、、、。そして、子どもには金銭を積んで投資し次世代の「地位」を与える。十分な「投資」をしてあげなければならないからこそ、子どもを持てない。 一所懸命に働いてたくさんの安くていいモノを作り、古い家を壊しピカピカの建物をつぎつぎ建てる。世界中からみんなが買い物に来られるように。まるで日本人は世界の人の買い物のために働き続けているようだ。子どもは産まないけれどめまぐるしい勢いでモノを生み出しているのが私たちである。どうやら私はモノづくりより人創り?の方が好きらしい。
2006/06/02
友人に誘われて久しぶりに演劇を見た。一人語りと聞いていたので、うーん、地味かもしれないなと想像していた。ところがたった一人の俳優の語りに、あまりにも深く劇に惹きつけられたから驚いている。 伊藤大の演出は20年前から時々見ているが、今回の劇が一番印象に残った。もともと2人劇のシナリオをさらにきりつめた1人劇。あらゆるものをそぎ落としたシンプルな劇は、聞き手にも集中と想像力を要求する。それが意外にも心地よい。全く飽きさせることなく聴衆を語りに引き込む。こんなにたくさんの言葉を一人で背負ってしまえる俳優、野沢由香里の稀有な能力にも恐れ入った。新潟出身の彼女の広島弁は地元の人にはどう聞こえるのだろう?私にはとても巧く話しているように聞こえたけれど、そこは素人だからわからない点。ともかく、確かな芸のある人なのは間違いない。目の前で職人芸を見せてもらった清々しさで、久しぶりに至福の時を過ごした。 学生時代は演劇によく足を運んでいた。下北沢に住んでいたこともあって小劇場にとっぷりと浸かっていた時代。言葉と身体動作のどちらに比重を置くか。どちらかといえば、当時は身体動作の方に魅力を感じていた気がする。でも、私が言葉へと望みを託す仕事についたこともあるのだろう。あらためて、ひたすら語る演劇のスゴさに自分の思考の軌跡を重ねてしまう。伊藤大は、はっきりと言葉を選ぶと宣言するためにこの劇を演出したのだろうか。 言葉が軽んじられる時代が続いている。講義でも、わかりやすいこと、ビジュアルにうったえることが期待される。10年くらい大学で教えてきて、本当にこれがめざすべき方向なのか?といまさらのように疑問を抱いている。ちょうどゆらぎつつある心に、この一人劇がうったえかけてきた。やはり映像ではなく、言葉で伝えていく可能性をあきらめてはいけないのではないか、と。こんな劇を見たいと思う若い世代を育てたいものである。
2006/04/29
ときどき自宅でパソコンに映写機をつないで即席のDVDシアターをする。きょうは、北野武のHANABIをみた。なんといっても世界でいま一番知られている日本映画だし。あまり北野作品が好みでない私も一度はみておこうか、ということで。 やはり賞をもらった作品だけあって、綺麗に創られている。久石譲の音楽が哀愁を誘う。途中で「風の谷のナウシカ」を思い出してしまった。ここには日本映画の本流がしっかりと受け継がれている。黒澤映画で流される血と、小津映画の沈黙。北野は新たに「笑い」を加えた。ゴダールばりにいりくんだ構成と、いきつもどりつする時間の流れに脱帽である。 それにしても、なんだか居心地の悪い映画だった。やはりたけしはTVの人である。彼は「日本」を訴える術をじつによく心得ている。随所に取り入れられている日本的なるもの。これがあざとさを感じさせる。最後の少女が持っている凧は象徴的だ。ああいう服のあの年頃の女の子が海岸で凧揚げするか?結局心中するのかオイオイ。あまりにも古典的。 随所に挿入される絵など、映像の美しさは秀逸である。だからこそとても残念である。ここには心情しかないのだと開き直ってしまっている様子が、現代日本のそこかしこにみえる右っぽい現象に、妙にぴったりとシンクロしているようで怖かった。救いなのはジャパニーズクール人気の支え手となっている若い子たちに、HANABIはそれほど受けていなさそうなこと。彼らはポケモンと「原宿ガール」みたいなウエットとは無縁の日本の方が魅力的なようだ。
2006/03/24
来週から金髪の女の子が家族にくわわります。北欧のノルウェーからはるばる到着する彼女と会えるのがとても楽しみ。私はこの国のことをあまりにも知らないので、この分野で東京一の品揃えを誇る書店に出かけて歴史や文化についての本を仕入れて学ぼうと思いきや、ほとんど数冊しか関連書籍がない、という事実に呆然(>_
2006/03/09
3月になると次の年度が気になり始める。私は季節労働者なので、いまは成績つけも終わり、一番気持ちが緩むとき。ことしは花粉も少ないようで、気持ちが明るい!はずなんだけれど、どうもすっきりしない理由が1つ。学生のレポート採点で、今年はぐったりと疲れが出ている。 「ダウンロードでまるうつし」の割合がいやに高かったのだ。作る方はラクかもしれないけれど、確証を持って「ダメ出し」するには意外に手間がかかる。私が持っている講義は様々なので、わりと自由度の高いテーマでレポートを課しているものは稀で、その講義内容に最適だから選んだ評価方法だった。さほど大変な課題でもないだけに、残念である。 うつしたくなる人は、考えるのが心底「めんどう」なのだろう。テーマに合いそうな資料をダウンロードして、文頭や文末に加工をいれて、形を整えて、なんてことに頭を使う方が、よっぽど「めんどう」な気がするのに。さらに、もう1つ気になった点は、ずっと思い込んできた常識とか、マスメディア常套句になっている文言なんかを、そのまま書いてしまうこと。もともと社会学は「常識破壊ゲーム」という言葉があるくらいで、「こんなふうにいわれてるけど、本当にそうかな?」というところから私の講義は出発する。「こんなデータや資料からみると、常識が違って見えてくる」という話をさんざんしたあと、テストやレポートで常識そのまま(笑)の内容をみるとがっくりくる。(授業に出ていないか、聞いていないか、聞いても伝わってないか)おお、よく学んでくれた!と心暖まる解答もたくさんあるのはもちろんとして、一部の話ですが。 大学生になるまでに学んできてほしいのは、自分が教えられてきた知識が常に書き換えられる可能性があるという認識。特に、社会科学では多様な学説のぶつかりあいのバランスで、知の体系が作られているという常識。もちろん現在の初等/中等教育、大学入試制度の中で一人で学ぶのは酷だ。様々な主張の折り合いをつけるためには、論理的な文章の心得が必要になり、データや資料で説得する技法も重要となる。覚えることによって身につく知識も大事だけれど、むしろ現代社会で重要なのは、膨大にあふれている情報から、必要な知識をつりあげる力、その知識を使って相手と議論できる力である。 塾や予備校(あるいは学校)であらかじめ「精選された知識」を「わかりやすい講義」で身につけてくると、この力は育たないのではないか、と気になる。塾や予備校通いが当たり前の時代には、入学時の学力と潜在的な知力の関連が見えにくい。むだな勉強や回り道をせず大学に入学し、そのあとも「考える」ことをなるべく避けて学生生活をのりきろうとしたら、人生のどこかで壁にぶつかってしまう。人生そのものには塾や予備校などないのだから。学生時代にせめても方向転換をはかってほしい、との願いを込めて教えているが、もう少し早くに「学び方」を学んできてくれないかと願う。
2006/03/02
久しぶりに生まれたばかりの赤ちゃんに会った。親友がずっと待ち望んでいた初めての子どもである。母子ともに無事で、お産を終えられてとにかくほっとしている。郊外の産院はまるでホテルのように豪華で、思わずたじろいでしまった。生まれたての赤ちゃんが大勢眠る新生児室をみると、少子化なんてどこの世界の話かと思えてくる。 考えてみると私の古くからの友人には、専門的な仕事を得て子どももいる人が多い。まだまだ女性が専門職を得るには厳しい世の中だが、身の回りにはタフに人生を切り開いていく女性が目立つ。ただし、子どもを持った時期はバラバラである。私の一番上の子と今年生まれた友人の子との年齢差は16才にもなる。正直にいって、新生児の世話のしかたはすっかり忘れてしまった。 彼女は仕事でキャリアを得てから子どもを得た人で、私は子どもを得てからキャリアを求める人になる。どちらの人生がいいとか悪いとかいうものではないが、子育てや仕事の仕方はずいぶん変わるだろう。若いときの子育てはお金がないなかで、体力にまかせて乗り切ってしまえる。でも、それなりの社会的地位を得たあと、40を超えてからの子育ては、知恵や経済力を使って乗り切ることになるだろう。人には、自分にあった子育て期があるのかもしれない。 それにしても気になるのは、子どもの妊娠出産がどうにも女性にのみ負担がかかっていること。産むまではしかたがないにせよ、産んでからも女性だけが子育てを引き受けつづけるのは酷だ。過労死が心配になる友人が何人もいる。ジェンダーの区分は、産まれた直後から始まっている。男の子にはブルーのネームプレートと新生児服、女の子にはもちろんピンク。友人の産院は見事なまでに色分けがされていた。いまから始まる「女の子だから」圧力にまけないでね、○○ちゃん。「将来はパイロットにでもなって欲しいんだけど」という友人のセリフに触発されて、誕生祝いに送る絵本はヘリコプターものにしてみました。趣味に合うといいんだけどな。
2006/02/03
きょう、男子高校サッカーの頂点が決まったが、とびかうニュースをみて素直に喜べない。昨日全日本女子ユース(U-18)の頂点が決まったことを、男子の1/10でもいいからメディアにとりあげてほしかったという気持ちになってしまうのだ。公式ホームページもないし、Lリーグのサイトもいまだ結果が更新されてもいない。だいたい、スポーツナビは女子をいつまで「その他」あつかいする気だろう。いいかげんにカテゴリーを作ってほしい。 女子サッカーの裾野はまだまだ広くない。知る人ぞ知る世界である。それにしても、ずいぶんとふえたサッカー人口のほんの一部にでも、情報を提供してあげたなら、きょうの国立ほどでなくても、もうすこしにぎわった埼玉スタジアムの決勝戦が実現したと思う。 これは、主催する側の熱意の差でもある。小学生を無料招待したり、チラシを配ったりと男子高校サッカー選手権にはずいぶんエネルギーが注がれている。あれだけの観客が自然に入ったわけではないのだ。だいたい本当の頂点対決ともいえる高円宮杯や全日本ユース(U-18)より、高校サッカー選手権の方が目立っているのも奇妙だが。 純粋にみて楽しむという意味でいえば、全日本女子サッカー大会(U-18)は遜色なかった。バレーボール、フィギアスケート、ゴルフ、テニスなど、多くのスポーツが男女で人気の差がないか、どちらかというと女子の方が話題になるのに、サッカーはいまだに男性のもの。 男子高校サッカー選手権は、準決勝と決勝の間に一日の休みがあったのに、女子U-18にはない。同じ45分ハーフ、同じ広さのピッチで彼女たちは連日戦った。最後まで足を止めることなくかけまわるなんて本当にすごい。でも、ちょっと過酷すぎないか。それも滞在費が潤沢でない女子の世界ではあたりまえのこと。中1日しかないからキツい、などとよく聞くけど、「女の子」の世界では中0日はあたりまえなのだ。 野洲に負けず劣らず楽しいサッカーを見せてくれた全日本大会出場女子サッカーチームに感謝。遠くから応援に来ていた方々本当にお疲れさまです。そして、日テレ・メニーナ優勝おめでとう!
2006/01/09
いつも実家めぐりの移動中に気になっていた天皇杯。ついに今年は家族で見に行ってきました。しかも、女子はベレーザ、男子はエスパルスとどちらもサポーターしてるクラブが決勝に残ってくれるという信じられない幸運が、、、。午前にベレーザのため朝から行くと、すでに自由席には清水サポと浦和サポがぎっしり陣取ってました。さすがに両クラブのサポは熱いわ~。 前半すこしやきもきしたものの、ベレーザが危なげなくTASAKIに完勝。今年無敗で3冠達成なんだけど、どうみても強すぎる!(もちろん、勝ってくれてうれしいのだけど)考えてみると人が余ってるからあたりまえという気もしてきた。若くてなでしこ入りして話題になった宇津木や豊田は今出てないし、伊藤のケガで途中出場してきた小林弥生だって、スタメン以上の活躍してた。女子は一極集中してるんです。 表彰式のあと、なんと隣り合っていたエスパルスサポとベレーザサポが、自然にエールを交換。泣けてくるほどうれしかったー。「ともに応援しよう」コールもあり。vs浦和では、なんとなくわかりあえる両クラブなのかも。初めてみた清水の人々も、ベレーザの試合は楽しめたと思うよ。 午後のエスパルスは、残念ながら2-1で負けてしまった。チャンスは多かったのに、決めるべきときに決められなかった。でも、一時期のように見ている側を不安にさせる試合運びではなく、力強く勝利への執念を感じられるエスパルスに変化をとげていてよかった。これだけ若手がいるんだもの、来年から強くなるよ。優勝するとヴェルディみたいに気が緩んで降格しちゃったりするといけないから、かえってよかったかな。 私は、午前中からの観戦、試合前の応援合戦で、すでに午後の試合前には疲れ気味となってしまった。完全防備でも寒かったし。でも純粋に勝ち負けの世界に没頭できるサッカーの試合って、楽しい。 ことしは私ももっと勝ち負けにこだわってみようと思うのです。人生に勝ち負けはない、けれど1つ1つの「ゲーム」には勝ち負けがある。いつも「勝利への執念」をみせてくれるベレーザと、それがなかったために落ちていったヴェルディ。長谷川健太監督になって、「かける想い」をとりもどしたエスパルス。技量がおなじでも気持ちを見せられる方が応援したくなる。あたりまえのことを、あらためて気づかせてくれました。 今年一年が平穏でありますように。
2006/01/01
九州とは信じられないほどの雪の中、出張で熊本県にでかけてきた。昨夜の飛行機は大阪行き名古屋行きの欠航が相次ぐなか、幸い東京行きは無事に発着してくれた。たまたま耐震偽造問題で破産申請した木村建設の本社のある八代市で人にあう仕事だったので、市街を少し散策してみた。本社は市街からかなり離れたところにあったようで見られなかったのが残念だ。 いまどき地方都市は歩き回るとどこでも寂しい。しかもこの寒さである。それを割り引いても、ほんとうに寂しい中心市街だった。たまたま休みだったお店もあるが、市街の中心であるはずの商店街の中核に建つサティは、閉店セール中だった。30年前からたっているというのに、、。どうやら、市街から離れたジャスコの出店で、商店街はとどめをさされたらしい。旧駅、城郭跡、新幹線の駅、港湾、これらが連関なく分散して配置している。旧駅裏には引き込み線付きで製紙工場が建っている形式が、チッソ工場のある水俣駅と同じである。そういえば午後のまだ明るい時間帯に歩いているのに、小学生くらいの子どもには、一度も会わなかった気がする。 パンフレットによれば、八代は明治時代に近代的な工場をつぎつぎと誘致した産業都市なのである。オイルショックのころ、公害問題もあり景気にかげりがでるまでは、県庁所在地である熊本市よりも1.73倍給料が高かったそうだ。そこから、活気にはかげりがでて今に至っているのだろう。新しい時代への期待が新幹線誘致にかけられていたが、田畑を貫く新幹線の新駅周辺はまさに人気も街もなく、街の活性化への起爆剤になるとはとても信じられない。 昔日の名残は、林立する歓楽街にもほの見える。札束を握りしめた男性が遊んだ場所があちらこちらに見える。自らの魂を札束と引き換えに一度工場に売り渡してしまった歴史と文化の街は、まだ立ち上がるきっかけをつかめていないうちに、不幸な事件を背負うことになってしまった。 こんな風景は全国のあちらこちらでみられるに違いない。でも、1300年もの伝統のある八代にとってみれば、たかだか100年の出来事である。仕事で出会えた地域を愛し奮闘する人々がここにいるかぎり、八代には新しい息吹が芽生えると信じている。
2005/12/23
専門家はどこまで社会的責任を負えるのだろう。姉歯建築士による構造計算書の偽造問題は、ずっと考えてきた疑問を思い出させてくれた。この舞台に登場する役者は、販売会社ヒューザー(他)、ゼネコン木村建設、検査機関イーホームズ、建築設計元請け(平成設計ほか)。姉歯は1下請け建築設計事務所で、マンションを購入するとき、彼の名前は消えている。つまり、端役にすぎなかったはずだ。常識的に考えれば、主な役者の誰かが気づくはずである。 ところが、現実には彼の偽造計算して整えた書類をもとに、巨大な建物がつぎつぎと建てられてしまった。恐ろしいが、いかにもありえることだと思う。建築物という目に見えるもので、書類も正しい/正しくない、という判断がはっきりできる今回の事件は、責任の所在がまだ見えやすい。 これが建築物とちがって目にみえにくい社会政策だったり制度だったらどうか。たくさんの粗製濫造の政策が「建って」いるとしたら。。。自分だって、いつその一端を担うかもしれない。他人事ではない大きな問題がここには隠れている。 若い頃行政の政策を支えるシンクタンクに勤務していた。つくづく思い至ったのは、責任の重さに見合った仕事を与えられる環境が、この業界(あるいはこの国)にいる以上は構造的に得られにくいということ。私は個人で負える責任の範囲を拡大するために大学院へ行き、力量に見合った分以上は仕事をしない、というやり方でこの問題に対処する道を選んだ。こうすると仕事量と得られる収入は確実に減る。 専門性を尊重される待遇はないのに、責任だけは発生する可能性にさらされた仕事の現場が、日本中に蔓延している。その分、だれかが責任を負うことなくよい待遇を受けていることになる。今回でいえば、姉歯以外の役者たちがその待遇を享受しているはずだ。一見まったく関係ないかのように見える、銀行の派遣社員による横領事件ともつながりがある。非正規雇用化が進むなか、信じられないほどの責任を派遣社員やパートに丸投げしている現場が増えている。 姉歯氏は構造設計を一件100万円で請け負ったという。この仕事をこなすのは、普通は年に3件くらいがやっとだそうで、彼は10件やったらしい。単純計算すると1000万円だが、経費を考えると苦しいだろう。3件では確かに食べていけない。彼が「生活のためにやった」というのもあながちウソではないだろう。だからといって許されるはずもないのは当然だが。 そこで踏みとどまらなくてはならないのが専門家なのである。姉歯氏の「専門家として大変申し訳ない」という言葉は、すずめの涙ほどは残っていたモラルから出たものだろう。だが、違法建築物をなくすための「建築Gメン」を立ち上げた建築士は「仕事が減った」という。ひどく貧乏でも、仕事がこなくなっても、良心にしたがいつづけるのが専門家に課せられた社会的責任でありつづければ、今回のようなほころびが、どこかで繰り返されるだろう。
2005/11/25
IATUR:時間利用調査の研究者が集まる学会に出かけてきました。場所はカナダのHALIFAXという街。紅葉がとても美しい季節でした。ああ、それにしても遠い。北米大陸は広いんだ、と実感。12時間くらいかかって米国東部につき、さらに乗り継ぎ便で2時間。講義が学園祭でお休みだった合間をぬっての強行日程でした。こんなに長時間乗るのにこの超格安のお値段では。。。コンティネンタル航空は破綻するわけです。 世界には、似たようなことに興味を持っている人がいるもんだなあ、と感じてうれしさ半面。たま~に日本の話題が出てくると、「例えば社会政策が貧困な日本などの国では低出生率がみられる」などといわれると、ちょっぴり悲しくなってしまう。西欧の国々、しかも北欧の人が多い学会なので、次の目標となっている福祉の水準はもうず~っと高いところにあって、ついていけない。データが官僚の管理下にあって公開されてない日本はそれだけで評判が悪い。日本の研究者は海外のデータや情報に気軽にアクセスできるのに、海外の研究者が日本のデータにアクセスできない。礼儀を欠いている状態ではどう考えてもまずいでしょう。 ちょっとどうかな、と思った研究もある。「国による生活時間の差が小さくなっているから、もう国際比較の意味はなくなった?」などというアメリカ人は、もちろん「英語で書かれた論文」だけを選んでそう結論づけていました。文字通り、英語で書かれない論文は存在しないことになるんですね。ヨーロッパ人はさすがにそういう見方には批判的でしたが、アメリカ人の「自国(語)が世界の中心」意識には驚かされます。 それにしてもソフトパワーは次世代の日本人観には多大なる影響があるかも。だって、ルーマニアの子どもがもう「シャーマンキング」にはまっているんですよ。母親している研究者は日本のこと何にも知らないのに、子どもは日本(の漫画)に興味があるという。毎日「もうマンガ読むのをやめなさい!」と言ってるらしい。思わず「ごめんなさい~」してしまった(^^;;;;。ポケモン、遊戯王は当然ながら、人気漫画が直ちにあらゆる言葉に翻訳されてるってことですよね。 国内で開かれる学会とはだいぶ趣が違います。ここは、まさに朝から晩まで社交の場。発表の場だけでなく朝からホテルで議論、ティータイムで議論、ランチで議論、レセプション/ディナーで議論。たいへん疲れる(-_-)、けれどおしゃべりな私は英語に不自由しつつも楽しい時間でした。
2005/11/08
文部省の「情動の科学的解明と教育等への応用に関する検討会」の結論が発表された。乳幼児の育て方と人格形成に関係がある、という立場は私自身が「<子育て法>革命」(著作)で示しているので、興味を持った。 概要を読んで、この会の議論はかなり拙速であると感じた。検討会が認めているように、メディア接触と人間の発達などの関係はよくわかっていない。愛着形成についても同様だ。だから幼い頃に保護者が手厚く育てましょう、という誰も反対できないスローガンに合意することになった。 気になるのは、これからは「脳」に注目しましょう、という路線である。「キレる」子の脳に、何か特異な問題がある、ということを実証するには、「キレる」子の判別と異常な脳の判別の両方が必要になる。この2つの判別は、どちらも恐ろしく難しいだろう。発表されているように、健常児のデータがとれない、という問題がでてくるにちがいない。 それは、人間の品定めが必要になるからだ。人格への影響は、簡単には検証できないから、いつも推測で語られる。ケータイを持つと○○になる、ゲームをすると○○になる。動物行動学を人間にあてはめる。それができたらラクだよな、と社会学者のはしくれである私はいつも思う。 ある日突然「キレ」て重大な犯罪を起こした子が、それまではいたって、フツーの子だった、というのがよくある話だ。じゃあ、ときどき「キレる」子って、どんな子?そういうよくいる子たちを集めて、脳を調べるのだろうか。 ゲーム脳のことを書いた本の記述が忘れられない。システムエンジニアの脳とゲーム漬の子の脳が似ていたそうだ。もしそれが「悪い脳」だとしたら、SEにとんでもなく失礼な話である。その子はもしかすると、将来エンジニアになるかもしれない。 文部省の方々には、もうすこし幅のある人間観にたって教育を議論してもらいたいものだ。
2005/10/14
愛知万博が閉幕した。博覧会好きとはいえない私でも、実家近くでのイベントとあって一度は足を運んだので、いまさらながら感想を書いてみたい。私はこの愛すべき名古屋の出身!ということで、少々耳のいたい話にもお許しを。 この博覧会に関連して続々と入ってくるニュースは、「名古屋人らしさ」を思い出させてくれた。とどめのニュースは「185日皆勤賞の主婦」の話題である。毎日の大混雑は、連日通っていた地元の人々のこのような熱意が一役かっていた。彼女がはからずも語ったように、「最初はモトをとろうと思った」という理由は、名古屋人的行動様式そのものである。期間内フリーパス持参の人々は、まさにモトをとるべくして会場に通い、行列に並んだ。外から来る人は、その熱意の前にははじきだされるしかなかったに違いない。 新聞では「消える会場内のトイレットペーパー」と7月末に報じられていた。特別な模様入りトレペがどんどん持ち去られ、在庫が底をつきそうだという。まさかトイレに監視カメラをつけるわけにもいかないから、なすすべは迅速な補給のみ。もちろん、持って帰るのは地元の人だろう。 東京の人は知らないかもしれないが、開店記念に飾られたお祝いの花は、瞬時に通りがかりの人にむしりとられるのが名古屋式である。これが常識なので地元では誰も驚かない。トイレットペーパーなど序の口のはずである。それでも「商売こそ名古屋」であるから、間違いなくもうかって、閉幕するだろうと思っていたら、そのとおりだった。 さて、私の万博は久々に家族4人のイベントとなった。朝はゆったりと出たのでかえって混雑なしで到着し、会場でも人の少ないところしか行かない。すいているところは意外にたくさんある。一番並んだところで、フランス館の15分くらい。のんびりできたNPOコーナーには、子ども達が釘付けになる企画があった。欧米NPOの戦争で障害を負った子ども達を呼んで、癒すプログラムの紹介。地雷などで生々しく負った障害の写真、ビデオ。同じ年頃の子たちに目が止まったようだ。地雷禁止キャンペーンの試みも興味深かった。 真夏の暑いさかりだったけれど、水をミストで噴霧するシステムがよく機能していた気がする。小さな国々の展示を歩く。日頃なかなか入ってこない地域の情報も、平等に展示されている光景にいちいち感嘆する。その間、趣味が合わない子ども(約1名)が、ロボットめぐりに蒸発!したが、何とか合流し、夕方すいたころに会場を去った。 生粋の名古屋人からみたら、まったくモトの取れない一日と評価されるだろう。(まず行列がない(笑))でも、私は十分堪能できたと感じている。夕方になると、地元の女の子たちが着物をきて集合し始めていた。彼女たちは、間違いなくリピーターである。ここは、地元の祭りなのだ。 ふと、強大な「名古屋国」のなかにすっぽりと迷い込んでしまったような気になった。多数の「外国の展示」までも軽々と飲み込んでしまうほどの強力な磁場。。。「100%名古屋人」という本の題名をお借りすると、ここは「100%名古屋博」。生来「モトをとる」能力に欠けている私は、相変わらずこの地の落ちこぼれを実感し、東京への帰路についた。
2005/09/30
生まれて初めて終点の駅で隣の乗客に起こされた。たった一杯ずつのマティーニとハーパーでこんなに酔うわけがない。どうしたことだろう? 丘のない街でリラックスしまったのだ。大好きな街の一つ、吉祥寺に寄り、ふらりと入ったバーで人生で一番濃いマティーニに出会った。今もまだ心地よい酔いが残る。武蔵野台地につらなる吉祥寺は見事に平らである。遠くまで見通せる道がつづくこの街のすごさに、私はあらためて気づいてしまった。ここには目に見えて迫ってくる格差がない。 私は丘のある街に住んでいる。丘は住民に格差をつける。「丘の上の人」と「丘の下の人」。格差は常に目に見える形で存在している。丘の上の人とは、親から土地や財産を相続したり敷地を分割してもらったりした人、あるいは金融業、外資系のビジネスマン、大企業の社宅居住者、少ないがキャリアカップル世帯などである。ただのサラリーマン世帯には、とうてい居住はムリである。もちろん私は丘の下の人である。 丘の下の住人の生活基盤は脆弱である。ハリケーン、カトリーナ被害であらためて露骨になったが、「低地」は洪水への危険性や地震に対する地盤の脆弱さなどで、常に劣位に置かれる。災害で生命の危険にさらされるのは丘の下の住人だけだ。 丘のある街の格差とは、どうやって表れるか。まず子どもを入れる幼稚園が違う。品が良く、料金が高く、お受験可能なところに行くのが普通である。間違っても保育園には行かない。普通は私立か国立の小学校に入れ、「社会経験をつませる」方針の場合には、地元の小学校に紛れ込んでくる。小学校は異なる階層の子どもが出会う最初で最後の場所だ。丘の上の人は99%中学受験をする。丘の上の母親は、キャリア職を除いて子どもが中学になっても通常、パートには出ない。 「丘の上の人」という表現は私のオリジナルではない。古くから丘の下に住んでいる人がそう呼んだのを聞いて以来、使わせてもらっている。丘の上の人は、そういう呼称があるは知らないかもしれない。ただ、住んでいる場所や、住居の形態(マンションか一戸建てか)を間違うと丘の上の人は不機嫌になる。つまり、意識しているということだ。 同じ町名がついていても、誰もが知っている住民の格差。そんな微妙な違いを社会調査はなかなか分析できない。丘のない街が、唯一の民主党議員を送り出したのも、単なる偶然ではないように思う。
2005/09/16
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