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嫌なことがあって、注意をしたり怒ったりすることがあります。でも、それを面白がってニヤニヤしたり、ふざけて返してくる人がいます。相手が子供や大人関係なくそんな態度をとるひと許しません。相手がどれだけ傷ついているか、真剣に悩んでいるか、少しでも想像してくれたらよいでしょう。冗談なら何を言っても許されることをいう人もいますが、それは冗談ではなくただの攻撃です。「我慢が足りない」と言われることもあるけれど、我慢の問題ではなく、最低限のリスペクトの問題でしょう。注意をされたときや怒っているとき、反省するどころか「笑ったり」「言い返したり」する人がいます。それは、相手を下に見て馬鹿にしている証拠です。相手が大人や子供関係なく人の痛みを理解させるべき立場です。それなのに、面白がって反応を楽しむなんて、不誠実という言葉だけでは足りないくらいです。「怒るほうが損」なんて言われることもあるけれど、そうじゃないです。真剣に接している人間に対して、笑って返すという「無礼さ」に私は怒っています。冗談で許される問題や我慢して済む問題ではないです。人の心をエンタメや遊び道具みたいに扱う人たちには、この苦しみは到底わからないでしょう。誰にも邪魔されない自分のブログだからこそ、今のこの怒りをここに置いておこうと思います。
2026.04.30
私は過去に在職したある組織において、個人の尊厳を根底から否定されるような苛烈な差別とハラスメントを経験しました。現在もその組織が何食わぬ顔で運営を続けていることに対し、強い憤りを感じています。これまでいくつかの職場を経験してきましたが、当時の言葉や扱いは今も深い心の傷として残っています。風化させてはならない事実として、ここにその実態を記録します。1. 個人の尊厳を破壊する「言葉の暴力」職場の職員から私に対し、**「結婚するな」「子供を産むな」**という、極めて悪質な発言が投げかけられました。これは個人の生き方や権利を根本から踏みにじるものであり、単なる指導不足や冗談では済まされない明らかな人権侵害です。勇気を持ってハラスメントを訴えた際も、周囲からは「気にしないでほしい」と一蹴されました。こうした無責任な対応は、被害者の心情を著しく軽視するものであり、さらなる精神的苦痛(二次被害)を招くものでした。2. 教育の放棄と「使い捨て」の体制現場では適切な指導が一切行われず、労働力を使い捨てにするような差別的な体制が常態化していました。「見て覚えろ」という強要具体的な手順や論理的な説明を省き、個人の習熟度を無視した一方的な指導が繰り返されました。不当な選別と人格否定「すぐにできない」という一点のみで、「信用がない」「指示がないと動けない」と人格を否定されました。その結果、本来の業務から外され、連日掃除ばかりを命じられるといった不当な扱いを受けました。即戦力のみを過度に求め、スタッフを育成する視点を欠いた組織のあり方に、断固として抗議します。3. 退職時の不当な拘束(診断書の強要)退職の意向を伝えた際、女性上司から**「病院の診断書がなければ辞めさせない」**との発言がありました。日本において労働者には「退職の自由」が保障されています。法的な根拠のない不当な条件を突きつけ、労働者を拘束しようとする対応は、管理職として、また組織として信じがたい暴挙です。結びに代えて現場の責任者や部長職を含む管理層が、これらの惨状を把握していながら改善に動かず、責任を回避し続けた罪は極めて重いと考えます。私は、こうした深刻なハラスメントを放置し、平然と運営を続けている当時の職場の姿勢を、決して許すことはありません。いじめや嫌がらせは、一生消えない傷を残すのです。なお、本件は組織としての猛省と体制改善を強く求めるものであり、私個人への謝罪や接触、返信等は一切不要です。そのため、現住所等の個人情報の開示もいたしません。
2026.04.05
学生の頃、私はいじめに遭い続けてきました。 周囲からの悪口や根拠のない噂、そして「冗談」という名目で行われた辛さ。 これらにどれほど深く傷ついてきたか、それは許されるものではありません。当時、助けを求めた教員から返ってきたのは、「無視しろ」「気にするな」 という、あまりに無責任で突き放すような言葉でした。さらに許せないのは、教室での光景です。 私の会話を聞いてあざ笑う生徒たちがいたにもかかわらず、教員はそれを見て見ぬふりをしました。 被害者の心に寄り添うどころか、いじめに加担した教諭。 精神的に通学が困難な状況にあっても、無理やり授業を受けさせた教諭。 彼らが私に刻んだ心の傷は、今も癒えることなく残っています。周囲の反応も、残酷なものでした。 いじめや心ない「冗談」を真に受けて、私を疎ましく思い、離れていった人たち。 信じていた人からの裏切りに遭い、近くにいたくないと避けられ、陰で悪口を言われる。 逃げ場のない場所で、私はどれほど孤独だったか。私はすでに、当時の同級生や先輩・後輩の氏名も記憶も、意識的に一切を切り離しました。 もし街中で声をかけられても、私にとっては「知らない人」であり、無視を貫く。それが私の意思表示です。しかし、未だに当時のことを揶揄し、嘲笑するような関係者が存在することを知りました。 そのような卑劣な人々がいる環境で、平穏に過ごすことは到底不可能です。だからこそ、私は卒業した学校に対し、正式に書面で苦情を申し立てました。 封筒には「親展」と記し、校長、学校長宛てに送りました。私はもう、あの場所の一部ではありません。 私の名前や姿が、私を傷つけた場所や人々の記憶に残ることさえ、今は耐え難い苦痛です。過去をなかったことにはさせませんが、私の未来に彼らが関わることは二度と許しません。 当時の同級生や教員に揶揄され、嘲笑されるような環境から自分を切り離し、一人の人間として静かに生きていくために、私はこの権利を主張し続けます。宮崎あいりは私の写真学生の頃許可なく写真撮って、ラインやTwitterに投稿やチャットに送っていました。それに、修学旅行の私の写真撮って勝手にアルバムのせたことも教員は適切に管理されないまま放置されていた事実も今でも許せないので手紙に書きました。裏切りやいじめ、暴言など学生の頃、他人にいじめられた渡辺なおみさん、吉田さゆきさん、東ゆかは私を面白がっていじめた。それに他人にいじめ人にやり返しするきないひとです。見返すこともできない人です。私減竿聞くにないので、友達ではないので裏切りです。私今でも許せないんで、痛い目合わないとわからない人です。
2026.04.04
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