GOlaW(裏口)
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──何を、間違った?──何故、こうなってしまう?──ただ、姫君を想い続けていただけなのに!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ということで、まずは『鶏肖魔人』こと修周について、背景の描写を含めて語りましょう。 “兵士の姿に逃げ惑う修周の姿”に、目の端に涙を溜めてしまったのは私だけでしょうか。 いや、分かってるんですよ、修周の理論って“ストーカー”と同じだということは(汗)。これが人間だったら、ぶっ飛ばすべきですけどね。 “異質のメンタリティを持つ妖怪が、人間を愛する”ということは、こういう悲劇性も持ち合わせているんですよね。 そんな“報われる事の無い一途さ”と、“滑稽ともいえるほどの、修周という妖怪の哀れさ”に、すごく切なくなりました。そして、同じ“純粋さと愚かさ”を秘めた悟空が、仲間に誘うシーンがすごく良かった。 …ファンタジーに絡められると、相変わらず自分は弱いです…(←第二話の、八戒の失恋でも涙腺が緩んだ)。 それだけ本筋は良かったんです。良かったのに…。 なぜ、“冒頭のギャグシーン&殺陣”で、主題のメッセージを相殺しますか(号泣)? 悟空が二重人格に見え、なおかつ他の二人も“悟浄の存在の有無を意識していない”ようにも見えちゃいます。 そして“修周の仲間勧誘”の説得力が無くなるんですって(激しい頭痛)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 修周の妖力・妖術は“変化”ですね。 まずは“人間変化”。 ボス妖怪のほとんどが人間もどきの姿をしているのは、『古代中国における鳥獣蔑視』が由来です(これに関しては、すでになんども触れていますね)。 ですが疑われないレベルまで人間に化け切れるということは、ちゃんと妖怪化している証拠なのかもしれませんね(半妖怪程度だと、そこまで変われない)。 もう一つは“鳥への変化”。 これは本質に関わる姿なので、先天的に持っている妖力だと思われます。 幼い姫に近づいたのは鶏の姿と推測されます(「姫様はいつも鳥と話をしていました」より)。 鶏に変化しただろうという事実から、一つの可能性が浮かび上がります。『冒頭に出てきた鶏は、修周か?』 “悟空と悟浄の戦い”を見て、利用しようと考えたのかもしれません。(…確かに近くには『養鶏で成り立っている村はある』とありますが、逸れた鶏がお寺に逃げ込むのはちょっと都合良過ぎ?) また妖術ではありませんが、修周にとって何より大きな武器は“不可解な森に対する知識の深さ”だったと思われます。 その他はそんなに強くないのかもしれません(実際、妖怪避けの封印を解くには、彼では役不足だった)。まぁ、“チキン(へなちょこ)”ですもんね(をひっ)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 修周が実は妖怪、という展開は良かったです。 『敵妖怪が同行』、『間違った愛情』というギミックを上手く組み合わせ、使いこなしていたと思われます。そして“悟空の共感と信頼が、その感情を動かす”展開も良かったです。 修周を疑うべき悟浄を別行動させたのも、このためかもしれませんね。(それに一時間で活躍を描くには、四人が限界じゃないでしょうか。←管理人の持論)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ まず、凛凛と修周のモノローグだけで出てきた情報を整理するとこうなりますね。『修周、冥鈴姫が五歳以前に接触。 「鳥になりたい」という言葉を鵜呑みに』 ↓『五歳の時に、国王に姫を戴ける様に接触』 ↓『国王、妖怪に姫をさらわれるのを恐れ、森の奥に軟禁』 ↓ 数年経過 ↓『悟空が現れ、修周は狂言を使って姫の下へ』 こうして書き出すだけで、かなりの描写漏れが噴出してきますね(汗)。 『修周の主観』と『事実の読み上げ』の二つしか出てこないのが、原因なんですけれど。★幼い姫の「鳥になりたい」との発言。実際はどの程度本気だったのか。★国王は“相手が妖怪だから”という偏見で拒絶したのか、それとも“娘の発言まで理解して”拒絶したのか。★国王は娘を幽閉する際、“将来の政略結婚のため”だったのか、“娘を愛していた”からなのか。★幽閉期間、姫はどのような生活を送り、幽閉のきっかけとなった妖怪をどう思っていたのか。★幽閉期間、修周は“姫を解放する”誓いを元にどう過ごしていたのか。 この辺り、当時のシーンをちらりと映すだけで、かなり描写できると思うんです。 そしてこれらの背景を視聴者が理解できるだけで、より“修周の純愛”、もしくは“滑稽さゆえの哀れさ”が際立ったと思います。(幼い姫様、鶏に話した言葉なんて、言ったそばから忘れてたのかもしれません…。汗) また、今回の修周のメンタリティの異質さは、そのまま“物語における妖怪の異質さや差異”を描写し、世界観の補強にもなりました。 “異質なメンタリティの生命体が、そこらじゅうに存在すること”を強調すれば、さらに視聴者を物語の中に引き込むのではないでしょうか。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ また、修周の背景描写を掘り下げて欲しかった理由はもう一つあります。「似てるけど、違う!」という悟空の叫びです。 “悟空役の香取君の若い頃に似ている”と言われたことのある成宮さん。そんな彼をキャスティングしたのも、“悟空と修周の類似”を強調するためだったのでしょう。 悟空が修周を助けたかったのは、もちろん彼に共感したからです(これは前回と同じ。そして共感から来る言葉は、説得力がありました)。 その共感の理由こそ悟空の心の中にある、同質の“愚かさ、純粋さ”です。 修周の背景を掘り下げて描写する事で、『人間の心』に憧れる悟空の内面もそれとなく連想させる事ができたはずです。 そして“どこが違うから、結末まで変わったのか”ということに、視聴者は思いを馳せることもできたはずです。(出会った相手の違い、それだけなんでしょうね…)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回はすごく良いネタを扱っていたと思います。 ただ、修周を憐れむにしろ、共感するにしろ。あるいは彼を真剣に救おうとする悟空を応援するにしろ。 あまりに描写不足で、視聴者の脳内補完に頼りすぎているのが無念でした。 でも、その悲劇性も含めて、今回の本筋は相当面白かったです。
2006/02/15
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