元気力UP!

元気力UP!

2015年01月10日
XML
カテゴリ: 吾輩は猫である


「はあ」と主人が極めて冷淡に受ける。


「実は私はつい御近所で――あの向う横丁の角屋敷なんですが」
「あの大きな西洋館の倉のあるうちですか、道理であすこには金田と云う標札が出ていますな」と主人はようやく金田の西洋館と、金田の倉を認識したようだが金田夫人に対する尊敬の度合は前と同様である。


「実は宿が出まして、御話を伺うんですが会社の方が大変忙がしいもんですから」と今度は少し利いたろうという眼付をする。
主人は一向動じない。


「会社でも一つじゃ無いんです、二つも三つも兼ねているんです。
それにどの会社でも重役なんで――多分御存知でしょうが」これでも恐れ入らぬかと云う顔付をする。


元来ここの主人は博士とか大学教授とかいうと非常に恐縮する男であるが、妙な事には実業家に対する尊敬の度は極めて低い。
実業家よりも中学校の先生の方がえらいと信じている。


鼻子の方では天が下の一隅にこんな変人がやはり日光に照らされて生活していようとは夢にも知らない。
今まで世の中の人間にも大分接して見たが、金田の妻ですと名乗って、急に取扱いの変らない場合はない。


どこの会へ出ても、どんな身分の高い人の前でも立派に金田夫人で通して行かれる、いわんやこんな燻り返った老書生においてをやで、私の家は向う横丁の角屋敷ですとさえ云えば職業などは聞かぬ先から驚くだろうと予期していたのである。


しかし、主人は終始冷淡な態度を崩さず、最後に軽く本をめくるだけで、何の反応も示さない。
鼻子はついに諦め、静かに部屋を去っていった。

トラ猫は、まるでこのやり取りを楽しんでいたかのように、満足げに伸びをしていた。


本連載は青空文庫収録ファイル「吾輩は猫である」(新字新仮名、作品ID:789)から引用・編集し提供させて頂いています。
夏目 漱石
慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる。本名は夏目金之助。帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する。帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表。1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表。1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社。そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる。1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠。享年50歳であった。

オーラリング エスニック 【チャイハネ】 公式 CHGZ6713★【チャイハネ】全店人気No.1のリング★『あなたのオーラは何色!?』気分によって色が変わる不思議なリング!!あなたの心の内をこのリングが教えてくれるよ♪さあ今日は何色かな!?※1点ずつの販売でございます ※サイズ





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2025年03月25日 12時11分43秒
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: