元気力UP!

元気力UP!

2015年01月18日
XML
カテゴリ: 吾輩は猫である



来て見ると女が独りで何か大声で話している。
その声が鼻子とよく似ているところをもって推すと、これが即ち当家の令嬢寒月君をして未遂入水をあえてせしめたる代物だろう。
惜哉障子越しで玉の御姿を拝する事が出来ない。
従って顔の真中に大きな鼻を祭り込んでいるか、どうだか受合えない。
しかし談話の模様から鼻息の荒いところなどを綜合して考えて見ると、満更人の注意を惹かぬ獅鼻とも思われない。
女はしきりに喋舌っているが相手の声が少しも聞えないのは、噂にきく電話というものであろう。
「御前は大和かい。
明日ね、行くんだからね、鶉の三を取っておいておくれ、いいかえ――分ったかい――なに分らない? おやいやだ。
鶉の三を取るんだよ。
――なんだって、――取れない? 取れないはずはない、とるんだよ――へへへへへ御冗談をだって――何が御冗談なんだよ――いやに人をおひゃらかすよ。
全体御前は誰だい。
長吉だ? 長吉なんぞじゃ訳が分らない。
お神さんに電話口へ出ろって御云いな――なに? 私しで何でも弁じます?――お前は失敬だよ。
妾しを誰だか知ってるのかい。
金田だよ。
――へへへへへ善く存じておりますだって。
ほんとに馬鹿だよこの人あ。
――金田だってえばさ。
――なに?――毎度御贔屓にあずかりましてありがとうございます?――何がありがたいんだね。
御礼なんか聞きたかあないやね――おやまた笑ってるよ。
お前はよっぽど愚物だね。
――仰せの通りだって?――あんまり人を馬鹿にすると電話を切ってしまうよ。
いいのかい。
困らないのかよ――黙ってちゃ分らないじゃないか、何とか御云いなさいな」電話は長吉の方から切ったものか何の返事もないらしい。
令嬢は癇癪を起してやけにベルをジャラジャラと廻す。
足元で狆が驚ろいて急に吠え出す。
これは迂濶に出来ないと、急に飛び下りて椽の下へもぐり込む。

 折柄廊下を近く足音がして障子を開ける音がする。
誰か来たなと一生懸命に聞いていると「御嬢様、旦那様と奥様が呼んでいらっしゃいます」と小間使らしい声がする。
「知らないよ」と令嬢は剣突を食わせる。
「ちょっと用があるから嬢を呼んで来いとおっしゃいました」「うるさいね、知らないてば」と令嬢は第二の剣突を食わせる。
「……水島寒月さんの事で御用があるんだそうでございます」と小間使は気を利かして機嫌を直そうとする。
「寒月でも、水月でも知らないんだよ――大嫌いだわ、糸瓜が戸迷いをしたような顔をして」第三の剣突は、憐れなる寒月君が、留守中に頂戴する。
「おや御前いつ束髪に結ったの」小間使はほっと一息ついて「今日」となるべく単簡な挨拶をする。
「生意気だねえ、小間使の癖に」と第四の剣突を別方面から食わす。
「そうして新しい半襟を掛けたじゃないか」「へえ、せんだって御嬢様からいただきましたので、結構過ぎて勿体ないと思って行李の中へしまっておきましたが、今までのがあまり汚れましたからかけ易えました」「いつ、そんなものを上げた事があるの」「この御正月、白木屋へいらっしゃいまして、御求め遊ばしたので――鶯茶へ相撲の番附を染め出したのでございます。
妾しには地味過ぎていやだから御前に上げようとおっしゃった、あれでございます」「あらいやだ。
善く似合うのね。
にくらしいわ」「恐れ入ります」「褒めたんじゃない。
にくらしいんだよ」「へえ」「そんなによく似合うものをなぜだまって貰ったんだい」「へえ」「御前にさえ、そのくらい似合うなら、妾しにだっておかしい事あないだろうじゃないか」「きっとよく御似合い遊ばします」「似あうのが分ってる癖になぜ黙っているんだい。
そうしてすまして掛けているんだよ、人の悪い」剣突は留めどもなく連発される。
このさき、事局はどう発展するかと謹聴している時、向うの座敷で「富子や、富子や」と大きな声で金田君が令嬢を呼ぶ。
令嬢はやむを得ず「はい」と電話室を出て行く。
吾輩より少し大きな狆が顔の中心に眼と口を引き集めたような面をして付いて行く。
吾輩は例の忍び足で再び勝手から往来へ出て、急いで主人の家に帰る。
探険はまず十二分の成績である。

 帰って見ると、奇麗な家から急に汚ない所へ移ったので、何だか日当りの善い山の上から薄黒い洞窟の中へ入り込んだような心持ちがする。
探険中は、ほかの事に気を奪われて部屋の装飾、襖、障子の具合などには眼も留らなかったが、わが住居の下等なるを感ずると同時に彼のいわゆる月並が恋しくなる。
教師よりもやはり実業家がえらいように思われる。
吾輩も少し変だと思って、例の尻尾に伺いを立てて見たら、その通りその通りと尻尾の先から御託宣があった。
座敷へ這入って見ると驚いたのは迷亭先生まだ帰らない、巻煙草の吸い殻を蜂の巣のごとく火鉢の中へ突き立てて、大胡坐で何か話し立てている。
いつの間にか寒月君さえ来ている。
主人は手枕をして天井の雨洩を余念もなく眺めている。
あいかわらず太平の逸民の会合である。



本連載は青空文庫収録ファイル「吾輩は猫である」(新字新仮名、作品ID:789)から引用・編集し提供させて頂いています。
夏目 漱石
慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる。本名は夏目金之助。帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する。帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表。1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表。1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社。そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる。1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠。享年50歳であった。

オーラリング エスニック 【チャイハネ】 公式 CHGZ6713★【チャイハネ】全店人気No.1のリング★『あなたのオーラは何色!?』気分によって色が変わる不思議なリング!!あなたの心の内をこのリングが教えてくれるよ♪さあ今日は何色かな!?※1点ずつの販売でございます ※サイズ





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2025年04月02日 21時11分17秒
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: