元気力UP!

元気力UP!

2015年01月27日
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カテゴリ: 吾輩は猫である


実はその洗髪を乾かすために唐縮緬 の布団 と針箱を椽側 へ出して、恭 しく主人に尻を向けたのである。
あるいは主人の方で尻のある見当 へ顔を持って来たのかも知れない。
そこで先刻御話しをした煙草 の煙りが、豊かに靡 く黒髪の間に流れ流れて、時ならぬ陽炎 の燃えるところを主人は余念もなく眺めている。
しかしながら煙は固 より一所 に停 まるものではない、その性質として上へ上へと立ち登るのだから主人の眼もこの煙りの髪毛 と縺 れ合う奇観を落ちなく見ようとすれば、是非共眼を動かさなければならない。
主人はまず腰の辺から観察を始めて徐々 と背中を伝 って、肩から頸筋 に掛ったが、それを通り過ぎてようよう脳天に達した時、覚えずあっと驚いた。
――主人が偕老同穴 を契 った夫人の脳天の真中には真丸 な大きな禿 がある。
しかもその禿が暖かい日光を反射して、今や時を得顔に輝いている。
思わざる辺 にこの不思議な大発見をなした時の主人の眼は眩 ゆい中に充分の驚きを示して、烈しい光線で瞳孔 の開くのも構わず一心不乱に見つめている。
主人がこの禿を見た時、第一彼の脳裏 に浮んだのはかの家 伝来の仏壇に幾世となく飾り付けられたる御灯明皿 である。
彼の一家 は真宗で、真宗では仏壇に身分不相応な金を掛けるのが古例である。
主人は幼少の時その家の倉の中に、薄暗く飾り付けられたる金箔 厚き厨子 があって、その厨子の中にはいつでも真鍮 の灯明皿がぶら下って、その灯明皿には昼でもぼんやりした灯 がついていた事を記憶している。
周囲が暗い中にこの灯明皿が比較的明瞭に輝やいていたので小供心にこの灯を何遍となく見た時の印象が細君の禿に喚 び起されて突然飛び出したものであろう。
灯明皿は一分立たぬ間 に消えた。
この度 は観音様 の鳩の事を思い出す。
観音様の鳩と細君の禿とは何等の関係もないようであるが、主人の頭では二つの間に密接な聯想がある。
同じく小供の時分に浅草へ行くと必ず鳩に豆を買ってやった。
豆は一皿が文久 二つで、赤い土器 へ這入 っていた。
その土器 が、色と云い大 さと云いこの禿によく似ている。

「なるほど似ているな」と主人が、さも感心したらしく云うと「何がです」と細君は見向きもしない。

「何だって、御前の頭にゃ大きな禿があるぜ。
知ってるか」
「ええ」と細君は依然として仕事の手をやめずに答える。
別段露見を恐れた様子もない。
超然たる模範妻君である。

「嫁にくるときからあるのか、結婚後新たに出来たのか」と主人が聞く。
もし嫁にくる前から禿げているなら欺 されたのであると口へは出さないが心の中 で思う。

「いつ出来たんだか覚えちゃいませんわ、禿なんざどうだって宜 いじゃありませんか」と大 に悟ったものである。

「どうだって宜いって、自分の頭じゃないか」と主人は少々怒気を帯びている。

「自分の頭だから、どうだって宜 いんだわ」と云ったが、さすが少しは気になると見えて、右の手を頭に乗せて、くるくる禿を撫 でて見る。
「おや大分 大きくなった事、こんなじゃ無いと思っていた」と言ったところをもって見ると、年に合わして禿があまり大き過ぎると云う事をようやく自覚したらしい。

「女は髷 に結 うと、ここが釣れますから誰でも禿げるんですわ」と少しく弁護しだす。

「そんな速度で、みんな禿げたら、四十くらいになれば、から薬缶 ばかり出来なければならん。
そりゃ病気に違いない。
伝染するかも知れん、今のうち早く甘木さんに見て貰え」と主人はしきりに自分の頭を撫 で廻して見る。

「そんなに人の事をおっしゃるが、あなただって鼻の孔 へ白髪 が生 えてるじゃありませんか。
禿が伝染するなら白髪だって伝染しますわ」と細君少々ぷりぷりする。

「鼻の中の白髪は見えんから害はないが、脳天が――ことに若い女の脳天がそんなに禿げちゃ見苦しい。
不具 だ」
「不具 なら、なぜ御貰いになったのです。
御自分が好きで貰っておいて不具だなんて……」
「知らなかったからさ。
全く今日 まで知らなかったんだ。
そんなに威張るなら、なぜ嫁に来る時頭を見せなかったんだ」
「馬鹿な事を! どこの国に頭の試験をして及第したら嫁にくるなんて、ものが在るもんですか」
「禿はまあ我慢もするが、御前は背 いが人並|外 れて低い。
はなはだ見苦しくていかん」
「背いは見ればすぐ分るじゃありませんか、背 の低いのは最初から承知で御貰いになったんじゃありませんか」


本連載は青空文庫収録ファイル「吾輩は猫である」(新字新仮名、作品ID:789)から引用・編集し提供させて頂いています。
夏目 漱石
慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる。本名は夏目金之助。帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する。帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表。1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表。1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社。そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる。1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠。享年50歳であった。

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