元気力UP!

元気力UP!

2015年01月29日
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カテゴリ: 吾輩は猫である



「ついまだ忙がしいものだから報知もしなかったが、実はこの間から東京の本社の方へ帰るようになってね……」
「それは結構だ、大分 長く逢わなかったな。
君が田舎 へ行ってから、始めてじゃないか」
「うん、もう十年近くになるね。
なにその後時々東京へは出て来る事もあるんだが、つい用事が多いもんだから、いつでも失敬するような訳さ。
るく思ってくれたもうな。
会社の方は君の職業とは違って随分忙がしいんだから」
「十年立つうちには大分違うもんだな」と主人は鈴木君を見上げたり見下ろしたりしている。
鈴木君は頭を美麗 に分けて、英国仕立のトウィードを着て、派手な襟飾 りをして、胸に金鎖りさえピカつかせている体裁、どうしても苦沙弥 君の旧友とは思えない。

「うん、こんな物までぶら下げなくちゃ、ならんようになってね」と鈴木君はしきりに金鎖りを気にして見せる。

「そりゃ本ものかい」と主人は無作法 な質問をかける。

「十八金だよ」と鈴木君は笑いながら答えたが「君も大分年を取ったね。
たしか小供があるはずだったが一人かい」
「いいや」
「二人?」
「まだあるのか、じゃ三人か」
「うん三人ある。
この先|幾人 出来るか分らん」
「相変らず気楽な事を云ってるぜ。
一番大きいのはいくつになるかね、もうよっぽどだろう」
「うん、いくつか能 く知らんが大方 六つか、七つかだろう」
「ハハハ教師は呑気 でいいな。
僕も教員にでもなれば善かった」
「なって見ろ、三日で嫌 になるから」
「そうかな、何だか上品で、気楽で、閑暇 があって、すきな勉強が出来て、よさそうじゃないか。
実業家も悪くもないが我々のうちは駄目だ。
実業家になるならずっと上にならなくっちゃいかん。
下の方になるとやはりつまらん御世辞を振り撒 いたり、好かん猪口 をいただきに出たり随分|愚 なもんだよ」
「僕は実業家は学校時代から大嫌だ。
金さえ取れれば何でもする、昔で云えば素町人 だからな」と実業家を前に控 えて太平楽を並べる。

「まさか――そうばかりも云えんがね、少しは下品なところもあるのさ、とにかく金 と情死 をする覚悟でなければやり通せないから――ところがその金と云う奴が曲者 で、――今もある実業家の所へ行って聞いて来たんだが、金を作るにも三角術を使わなくちゃいけないと云うのさ――義理をかく、人情をかく、恥をかくこれで三角になるそうだ面白いじゃないかアハハハハ」
「誰だそんな馬鹿は」
「馬鹿じゃない、なかなか利口な男なんだよ、実業界でちょっと有名だがね、君知らんかしら、ついこの先の横丁にいるんだが」
「金田か? 何 んだあんな奴」
「大変怒ってるね。
なあに、そりゃ、ほんの冗談 だろうがね、そのくらいにせんと金は溜らんと云う喩 さ。
君のようにそう真面目に解釈しちゃ困る」
「三角術は冗談でもいいが、あすこの女房の鼻はなんだ。
君行ったんなら見て来たろう、あの鼻を」
「細君か、細君はなかなかさばけた人だ」
「鼻だよ、大きな鼻の事を云ってるんだ。
せんだって僕はあの鼻について俳体詩 を作ったがね」
「何だい俳体詩と云うのは」
「俳体詩を知らないのか、君も随分時勢に暗いな」
「ああ僕のように忙がしいと文学などは到底 駄目さ。
それに以前からあまり数奇 でない方だから」
「君シャーレマンの鼻の恰好 を知ってるか」
「アハハハハ随分気楽だな。
知らんよ」
「エルリントンは部下のものから鼻々と異名 をつけられていた。
君知ってるか」
「鼻の事ばかり気にして、どうしたんだい。
好いじゃないか鼻なんか丸くても尖 んがってても」
「決してそうでない。
君パスカルの事を知ってるか」
「また知ってるかか、まるで試験を受けに来たようなものだ。
パスカルがどうしたんだい」
「パスカルがこんな事を云っている」
「どんな事を」
「もしクレオパトラの鼻が少し短かかったならば世界の表面に大変化を来 したろうと」
「なるほど」
「それだから君のようにそう無雑作 に鼻を馬鹿にしてはいかん」
「まあいいさ、これから大事にするから。
そりゃそうとして、今日来たのは、少し君に用事があって来たんだがね――あの元 君の教えたとか云う、水島――ええ水島ええちょっと思い出せない。
――そら君の所へ始終来ると云うじゃないか」
「寒月 か」
「そうそう寒月寒月。
あの人の事についてちょっと聞きたい事があって来たんだがね」
「結婚事件じゃないか」
「まあ多少それに類似の事さ。
今日金田へ行ったら……」
「この間鼻が自分で来た」
「そうか。
そうだって、細君もそう云っていたよ。


本連載は青空文庫収録ファイル「吾輩は猫である」(新字新仮名、作品ID:789)から引用・編集し提供させて頂いています。
夏目 漱石
慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる。本名は夏目金之助。帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する。帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表。1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表。1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社。そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる。1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠。享年50歳であった。







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