元気力UP!

元気力UP!

2015年02月11日
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カテゴリ: 吾輩は猫である







吾輩目下の状態はただ休養を欲するのみである。
こう眠くては恋も出来ぬ。
のそのそと小供の布団 の裾 へ廻って心地快 く眠る。
……
ふと眼を開 いて見ると主人はいつの間 にか書斎から寝室へ来て細君の隣に延べてある布団 の中にいつの間にか潜 り込んでいる。
主人の癖として寝る時は必ず横文字の小本 を書斎から携 えて来る。
しかし横になってこの本を二|頁 と続けて読んだ事はない。
ある時は持って来て枕元へ置いたなり、まるで手を触れぬ事さえある。
一行も読まぬくらいならわざわざ提 げてくる必要もなさそうなものだが、そこが主人の主人たるところでいくら細君が笑っても、止せと云っても、決して承知しない。
毎夜読まない本をご苦労千万にも寝室まで運んでくる。
ある時は慾張って三四冊も抱えて来る。
せんだってじゅうは毎晩ウェブスターの大字典さえ抱えて来たくらいである。
思うにこれは主人の病気で贅沢 な人が竜文堂 に鳴る松風の音を聞かないと寝つかれないごとく、主人も書物を枕元に置かないと眠れないのであろう、して見ると主人に取っては書物は読む者ではない眠を誘う器械である。
活版の睡眠剤である。

今夜も何か有るだろうと覗 いて見ると、赤い薄い本が主人の口髯 の先につかえるくらいな地位に半分開かれて転がっている。
主人の左の手の拇指 が本の間に挟 まったままであるところから推 すと奇特にも今夜は五六行読んだものらしい。
赤い本と並んで例のごとくニッケルの袂時計 が春に似合わぬ寒き色を放っている。

細君は乳呑児 を一尺ばかり先へ放り出して口を開 いていびきをかいて枕を外 している。
およそ人間において何が見苦しいと云って口を開けて寝るほどの不体裁はあるまいと思う。
猫などは生涯 こんな恥をかいた事がない。
元来口は音を出すため鼻は空気を吐呑 するための道具である。
もっとも北の方へ行くと人間が無精になってなるべく口をあくまいと倹約をする結果鼻で言語を使うようなズーズーもあるが、鼻を閉塞 して口ばかりで呼吸の用を弁じているのはズーズーよりも見ともないと思う。
第一天井から鼠 の糞 でも落ちた時危険である。

小供の方はと見るとこれも親に劣らぬ体 たらくで寝そべっている。
姉のとん子は、姉の権利はこんなものだと云わぬばかりにうんと右の手を延ばして妹の耳の上へのせている。
妹のすん子はその復讐 に姉の腹の上に片足をあげて踏反 り返っている。
双方共寝た時の姿勢より九十度はたしかに廻転している。
しかもこの不自然なる姿勢を維持しつつ両人とも不平も云わずおとなしく熟睡している。

さすがに春の灯火 は格別である。
天真|爛漫 ながら無風流極まるこの光景の裏 に良夜を惜しめとばかり床 しげに輝やいて見える。
もう何時 だろうと室 の中を見廻すと四隣はしんとしてただ聞えるものは柱時計と細君のいびきと遠方で下女の歯軋 りをする音のみである。
この下女は人から歯軋りをすると云われるといつでもこれを否定する女である。
私は生れてから今日 に至るまで歯軋りをした覚 はございませんと強情を張って決して直しましょうとも御気の毒でございますとも云わず、ただそんな覚はございませんと主張する。
なるほど寝ていてする芸だから覚はないに違ない。
しかし事実は覚がなくても存在する事があるから困る。
世の中には悪い事をしておりながら、自分はどこまでも善人だと考えているものがある。
これは自分が罪がないと自信しているのだから無邪気で結構ではあるが、人の困る事実はいかに無邪気でも滅却する訳には行かぬ。
こう云う紳士淑女はこの下女の系統に属するのだと思う。
――夜 は大分更 けたようだ。

台所の雨戸にトントンと二返ばかり軽く中 った者がある。
はてな今頃人の来るはずがない。
大方例の鼠だろう、鼠なら捕 らん事に極めているから勝手にあばれるが宜 しい。
――またトントンと中 る。
どうも鼠らしくない。
鼠としても大変用心深い鼠である。
主人の内の鼠は、主人の出る学校の生徒のごとく日中 でも夜中 でも乱暴|狼藉 の練修に余念なく、憫然 なる主人の夢を驚破 するのを天職のごとく心得ている連中だから、かくのごとく遠慮する訳がない。
今のはたしかに鼠ではない。

本連載は青空文庫収録ファイル「吾輩は猫である」から引用・編集し提供させて頂いています。
夏目 漱石
慶応3年1月5日江戸牛込馬場下横町に生まれる。本名は夏目金之助。帝国大学文科大学を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する。帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表。1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表。1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社。そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる。1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠。享年50歳であった。







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