元気力UP!

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2016年03月22日
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カテゴリ: 吾輩は猫である
この男は学者作家に共通なる頭を有していたと云う。
吾輩のいわゆる学者作家に共通なる頭とは禿 と云う意味である。
なぜ頭が禿げるかと云えば頭の営養不足で毛が生長するほど活気がないからに相違ない。
学者作家はもっとも多く頭を使うものであって大概は貧乏に極 っている。
だから学者作家の頭はみんな営養不足でみんな禿げている。
さてイスキラスも作家であるから自然の勢 禿げなくてはならん。
を有しておった。
ところがある日の事、先生例の頭――頭に外行 も普段着 もないから例の頭に極ってるが――その例の頭を振り立て振り立て、太陽に照らしつけて往来をあるいていた。
これが間違いのもとである。
禿げ頭を日にあてて遠方から見ると、大変よく光るものだ。
高い木には風があたる、光かる頭にも何かあたらなくてはならん。
この時イスキラスの頭の上に一羽の鷲 が舞っていたが、見るとどこかで生捕 った一|疋 の亀を爪の先に攫
亀、スッポンなどは美味に相違ないが、希臘時代から堅い甲羅 をつけている。
いくら美味でも甲羅つきではどうする事も出来ん。
海老 の鬼殻焼
さすがの鷲 も少々持て余した折柄 、遥 かの下界にぴかと光った者がある。
その時鷲はしめたと思った。
あの光ったものの上へ亀の子を落したなら、甲羅は正 しく砕けるに極 わまった。
砕けたあとから舞い下りて中味 を頂戴 すれば訳はない。
そうだそうだと覗 を定めて、かの亀の子を高い所から挨拶も無く頭の上へ落した。
生憎 作家の頭の方が亀の甲より軟らかであったものだから、禿はめちゃめちゃに砕けて有名なるイスキラスはここに無惨 の最後を遂げた。
それはそうと、解 しかねるのは鷲の了見である。
例の頭を、作家の頭と知って落したのか、または禿岩と間違えて落したものか、解決しよう次第で、落雲館の敵とこの鷲とを比較する事も出来るし、また出来なくもなる。
主人の頭はイスキラスのそれのごとく、また御歴々 の学者のごとくぴかぴか光ってはおらん。
しかし六畳敷にせよいやしくも書斎と号する一室を控 えて、居眠りをしながらも、むずかしい書物の上へ顔を翳 す以上は、学者作家の同類と見傚 さなければならん。
そうすると主人の頭の禿げておらんのは、まだ禿げるべき資格がないからで、その内に禿げるだろうとは近々 この頭の上に落ちかかるべき運命であろう。
して見れば落雲館の生徒がこの頭を目懸けて例のダムダム丸 を集注するのは策のもっとも時宜 に適したものと云わねばならん。
もし敵がこの行動を二週間継続するならば、主人の頭は畏怖 と煩悶 のため必ず営養の不足を訴えて、金柑 とも薬缶 とも銅壺 とも変化するだろう。
なお二週間の砲撃を食 えば金柑は潰 れるに相違ない。
薬缶は洩 るに相違ない。
銅壺ならひびが入るにきまっている。
この睹易 き結果を予想せんで、あくまでも敵と戦闘を継続しようと苦心するのは、ただ本人たる苦沙弥先生のみである。

ある日の午後、吾輩は例のごとく椽側 へ出て午睡 をして虎になった夢を見ていた。
主人に鶏肉 を持って来いと云うと、主人がへえと恐る恐る鶏肉を持って出る。
迷亭が来たから、迷亭に雁 が食いたい、雁鍋 へ行って誂 らえて来いと云うと、蕪 の香 の物 と、塩煎餅 といっしょに召し上がりますと雁の味が致しますと例のごとく茶羅 ッ鉾 を云うから、大きな口をあいて、うーと唸 って嚇 してやったら、迷亭は蒼 くなって山下 の雁鍋は廃業致しましたがいかが取り計 いましょうかと云った。
それなら牛肉で勘弁するから早く西川へ行ってロースを一斤取って来い、早くせんと貴様から食い殺すぞと云ったら、迷亭は尻を端折 って馳 け出した。
吾輩は急にからだが大きくなったので、椽側一杯に寝そべって、迷亭の帰るのを待ち受けていると、たちまち家中 に響く大きな声がしてせっかくの牛 も食わぬ間 に夢がさめて吾に帰った。
すると今まで恐る恐る吾輩の前に平伏していたと思いのほかの主人が、いきなり後架 から飛び出して来て、吾輩の横腹をいやと云うほど蹴 たから、おやと思ううち、たちまち庭下駄をつっかけて木戸から廻って、落雲館の方へかけて行く。


本連載は青空文庫収録ファイル「吾輩は猫である」(新字新仮名、作品ID:789)から引用・編集し提供させて頂いています。
夏目 漱石
慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる。本名は夏目金之助。帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する。帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表。1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表。1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社。そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる。1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠。享年50歳であった。






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Last updated  2016年03月22日 22時30分44秒
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