元気力UP!

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2016年08月24日
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カテゴリ: 吾輩は猫である
 玄関へ飛び出した迷亭は何かしきりに弁じていたが、やがて奥の方を向いて「おい御主人ちょっと御足労だが出てくれたまえ。
君でなくっちゃ、間に合わない」と大きな声を出す。
主人はやむを得ず懐手 のままのそりのそりと出てくる。
見ると迷亭君は一枚の名刺を握ったまましゃがんで挨拶をしている。
すこぶる威厳のない腰つきである。
その名刺には警視庁刑事巡査|吉田虎蔵 とある。
虎蔵君と並んで立っているのは二十五六の背 ずくめの男である。
妙な事にこの男は主人と同じく懐手をしたまま、無言で突立 っている。
何だか見たような顔だと思ってよくよく観察すると、見たようなどころじゃない。
この間深夜御来訪になって山 の芋 を持って行かれた泥棒君である。
おや今度は白昼公然と玄関からおいでになったな。

「おいこの方 は刑事巡査でせんだっての泥棒をつらまえたから、君に出頭しろと云うんで、わざわざおいでになったんだよ」
主人はようやく刑事が踏み込んだ理由が分ったと見えて、頭をさげて泥棒の方を向いて鄭寧
泥棒の方が虎蔵君より男振りがいいので、こっちが刑事だと早合点 をしたのだろう。
泥棒も驚ろいたに相違ないが、まさか私 が泥棒ですよと断わる訳にも行かなかったと見えて、すまして立っている。
やはり懐手のままである。
をはめているのだから、出そうと云っても出る気遣 はない。
通例のものならこの様子でたいていはわかるはずだが、この主人は当世の人間に似合わず、むやみに役人や警察をありがたがる癖がある。
御上 の御威光となると非常に恐しいものと心得ている。
もっとも理論上から云うと、巡査なぞは自分達が金を出して番人に雇っておくのだくらいの事は心得ているのだが、実際に臨むといやにへえへえする。
主人のおやじはその昔場末の名主であったから、上の者にぴょこぴょこ頭を下げて暮した習慣が、因果となってかように子に酬 ったのかも知れない。
まことに気の毒な至りである。

巡査はおかしかったと見えて、にやにや笑いながら「あしたね、午前九時までに日本堤 の分署まで来て下さい。
――盗難品は何と何でしたかね」
「盗難品は……」と云いかけたが、あいにく先生たいがい忘れている。
ただ覚えているのは多々良三平 の山の芋だけである。
山の芋などはどうでも構わんと思ったが、盗難品は……と云いかけてあとが出ないのはいかにも与太郎 のようで体裁 がわるい。
人が盗まれたのならいざ知らず、自分が盗まれておきながら、明瞭の答が出来んのは一人前 ではない証拠だと、思い切って「盗難品は……山の芋一箱」とつけた。

泥棒はこの時よほどおかしかったと見えて、下を向いて着物の襟 へあごを入れた。
迷亭はアハハハと笑いながら「山の芋がよほど惜しかったと見えるね」と云った。
巡査だけは存外真面目である。

「山の芋は出ないようだがほかの物件はたいがい戻ったようです。
――まあ来て見たら分るでしょう。
それでね、下げ渡したら請書 が入るから、印形 を忘れずに持っておいでなさい。
――九時までに来なくってはいかん。
日本堤 分署 です。
――浅草警察署の管轄内 の日本堤分署です。
――それじゃ、さようなら」と独 りで弁じて帰って行く。
泥棒君も続いて門を出る。
手が出せないので、門をしめる事が出来ないから開け放しのまま行ってしまった。
恐れ入りながらも不平と見えて、主人は頬をふくらして、ぴしゃりと立て切った。

「アハハハ君は刑事を大変尊敬するね。
つねにああ云う恭謙 な態度を持ってるといい男だが、君は巡査だけに鄭寧 なんだから困る」
「だってせっかく知らせて来てくれたんじゃないか」
「知らせに来るったって、先は商売だよ。
当り前にあしらってりゃ沢山だ」
「しかしただの商売じゃない」
「無論ただの商売じゃない。
探偵と云ういけすかない商売さ。
あたり前の商売より下等だね」
「君そんな事を云うと、ひどい目に逢うぜ」
「ハハハそれじゃ刑事の悪口 はやめにしよう。
しかし刑事を尊敬するのは、まだしもだが、泥棒を尊敬するに至っては、驚かざるを得んよ」
「誰が泥棒を尊敬したい」
「君がしたのさ」
「僕が泥棒に近付きがあるもんか」
「あるもんかって君は泥棒にお辞儀をしたじゃないか」
「いつ?」
「たった今|平身低頭 したじゃないか」
「馬鹿あ云ってら、あれは刑事だね」
「刑事があんななりをするものか」
「刑事だからあんななりをするんじゃないか」
「頑固 だな」
「君こそ頑固だ」
「まあ第一、刑事が人の所へ来てあんなに懐手 なんかして、突立 っているものかね」


本連載は青空文庫収録ファイル「吾輩は猫である」(新字新仮名、作品ID:789)から引用・編集し提供させて頂いています。
夏目 漱石
慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる。本名は夏目金之助。帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する。帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表。1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表。1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社。そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる。1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠。享年50歳であった。






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Last updated  2016年08月24日 07時50分09秒
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