元気力UP!

元気力UP!

2025年05月31日
XML
カテゴリ: 吾輩は猫である





身内《みうち》の筋肉はむずむずする
最早《もはや》一分も猶予《ゆうよ》が出来ぬ仕儀《しぎ》となったから、やむをえず失敬して両足を前へ存分のして、首を低く押し出してあーあと大《だい》なる欠伸をした
さてこうなって見ると、もうおとなしくしていても仕方がない
どうせ主人の予定は打《ぶ》ち壊《こ》わしたのだから、ついでに裏へ行って用を足《た》そうと思ってのそのそ這い出した
すると主人は失望と怒りを掻《か》き交ぜたような声をして、座敷の中から「この馬鹿野郎」と怒鳴《どな》った
この主人は人を罵《ののし》るときは必ず馬鹿野郎というのが癖である
ほかに悪口の言いようを知らないのだから仕方がないが、今まで辛棒した人の気も知らないで、無暗《むやみ》に馬鹿野郎|呼《よば》わりは失敬だと思う
それも平生吾輩が彼の背中《せなか》へ乗る時に少しは好い顔でもするならこの漫罵《まんば》も甘んじて受けるが、こっちの便利になる事は何一つ快くしてくれた事もないのに、小便に立ったのを馬鹿野郎とは酷《ひど》い
元来人間というものは自己の力量に慢じてみんな増長している
少し人間より強いものが出て来て窘《いじ》めてやらなくてはこの先どこまで増長するか分らない
我儘《わがまま》もこのくらいなら我慢するが吾輩は人間の不徳についてこれよりも数倍悲しむべき報道を耳にした事がある
吾輩の家の裏に十坪ばかりの茶園《ちゃえん》がある
広くはないが瀟洒《さっぱり》とした心持ち好く日の当《あた》る所だ
うちの小供があまり騒いで楽々昼寝の出来ない時や、あまり退屈で腹加減のよくない折などは、吾輩はいつでもここへ出て浩然《こうぜん》の気を養うのが例である
ある小春の穏かな日の二時頃であったが、吾輩は昼飯後《ちゅうはんご》快よく一睡した後《のち》、運動かたがたこの茶園へと歩《ほ》を運ばした
茶の木の根を一本一本嗅ぎながら、西側の杉垣のそばまでくると、枯菊を押し倒してその上に大きな猫が前後不覚に寝ている
彼は吾輩の近づくのも一向《いっこう》心付かざるごとく、また心付くも無頓着なるごとく、大きな鼾《いびき》をして長々と体を横《よこた》えて眠っている
他《ひと》の庭内に忍び入りたるものがかくまで平気に睡《ねむ》られるものかと、吾輩は窃《ひそ》かにその大胆なる度胸に驚かざるを得なかった
彼は純粋の黒猫である
わずかに午《ご》を過ぎたる太陽は、透明なる光線を彼の皮膚の上に抛《な》げかけて、きらきらする柔毛《にこげ》の間より眼に見えぬ炎でも燃《も》え出《い》ずるように思われた
彼は猫中の大王とも云うべきほどの偉大なる体格を有している
吾輩の倍はたしかにある
吾輩は嘆賞の念と、好奇の心に前後を忘れて彼の前に佇立《ちょりつ》して余念もなく眺《なが》めていると、静かなる小春の風が、杉垣の上から出たる梧桐《ごとう》の枝を軽《かろ》く誘ってばらばらと二三枚の葉が枯菊の茂みに落ちた
大王はかっとその真丸《まんまる》の眼を開いた
今でも記憶している
その眼は人間の珍重する琥珀《こはく》というものよりも遥《はる》かに美しく輝いていた
彼は身動きもしない
双眸《そうぼう》の奥から射るごとき光を吾輩の矮小《わいしょう》なる額《ひたい》の上にあつめて、御めえ[#「御めえ」に傍点]は一体何だと云った
大王にしては少々言葉が卑《いや》しいと思ったが何しろその声の底に犬をも挫《ひ》しぐべき力が籠《こも》っているので吾輩は少なからず恐れを抱《いだ》いた
しかし挨拶《あいさつ》をしないと険呑《けんのん》だと思ったから「吾輩は猫である
名前はまだない」となるべく平気を装《よそお》って冷然と答えた
しかしこの時吾輩の心臓はたしかに平時よりも烈しく鼓動しておった
彼は大《おおい》に軽蔑《けいべつ》せる調子で「何、猫だ? 猫が聞いてあきれらあ
全《ぜん》てえどこに住んでるんだ」随分|傍若無人《ぼうじゃくぶじん》である
「吾輩はここの教師の家《うち》にいるのだ」「どうせそんな事だろうと思った
いやに瘠《や》せてるじゃねえか」と大王だけに気焔《きえん》を吹きかける
言葉付から察するとどうも良家の猫とも思われない
しかしその膏切《あぶらぎ》って肥満しているところを見ると御馳走を食ってるらしい、豊かに暮しているらしい
吾輩は「そう云う君は一体誰だい」と聞かざるを得なかった
「己《お》れあ車屋の黒《くろ》よ」昂然《こうぜん》たるものだ
車屋の黒はこの近辺で知らぬ者なき乱暴猫である
しかし車屋だけに強いばかりでちっとも教育がないからあまり誰も交際しない
同盟敬遠主義の的《まと》になっている奴だ
吾輩は彼の名を聞いて少々尻こそばゆき感じを起すと同時に、一方では少々|軽侮《けいぶ》の念も生じたのである


要約
ある春の日、吾輩(猫)は昼寝後の用足しで主人の前から這い出たところ、主人に「馬鹿野郎」と罵られる。不当な怒りに腹を立てながら裏庭の茶園へ向かうと、そこに堂々と眠る巨大な黒猫がいた。彼は「車屋の黒」と名乗る地域でも有名な乱暴者で、吾輩はその威圧感と風格に驚く。見下ろされながらも吾輩は「吾輩は猫である。名前はまだない」と冷静を装い応じるが、内心は緊張していた。会話の中で、車屋の黒の傲慢で無教養な態度に軽蔑を感じながらも、食に恵まれたその体格に羨望の念も抱く。初めての強敵(?)との対面に、吾輩は内心動揺しながらもなんとか自己を保とうとする。
解説
この章では、猫である「吾輩」が出会う“車屋の黒”という強烈なキャラクターを通して、明治時代の社会的階層と人格の対比が描かれています。主人に理不尽に叱られるという導入から、吾輩は外の世界に癒しを求めて茶園に出ます。そこで遭遇する“車屋の黒”は、物語上初の明確な「敵意ある他者」として登場します。
車屋の黒はその恰幅のよい体格と傍若無人な態度で、「乱暴者」として地域の猫たちから敬遠される存在です。彼は典型的な“強者だが教養のない存在”として表現され、一方の吾輩は“弱くとも観察力と知性を持った存在”として描かれます。この対比構造は、漱石が批評的に見ていた当時の社会における「力ある者と教養ある者」の乖離を象徴しているとも言えるでしょう。
また、主人の「馬鹿野郎」発言や、人間に対する吾輩の批判的な独白には、漱石自身の人間観察の鋭さがにじみ出ています。特に猫たちの会話を借りて描かれる社会風刺は、動物視点というユニークな手法を使いながらも、実は極めて人間臭い心理と階層の対立を浮き彫りにしています。
夏目 漱石
慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる。本名は夏目金之助。帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する。帰国後、第一高等学校で教鞭をとりながら、1905年処女作「吾輩は猫である」を発表。1906年「坊っちゃん」「草枕」を発表。1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社。そして「虞美人草」「三四郎」などを発表するが、胃病に苦しむようになる。1916年12月9日、「明暗」の連載途中に胃潰瘍で永眠。享年50歳であった。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2025年05月31日 21時48分19秒
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: