株式会社SEES.ii

株式会社SEES.ii

2017.02.19
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 愛知県民サイクルフェスタ。
 募集定員300名。参加費5000円。知多半島を2周、距離は約140㎞。想定所要時間は9時間。
開始時刻は午前8時。交通法を遵守し、違反者はペナルティ。交通事故は自己責任。
休憩は自由。サイクルコンピュータを基本採用し、順位を決定……。
 ……立派な大会だね。
 パソコンで大会の概要を見ながら、女は思った。実に誠実で、実に清々しい……
順位や成績に関係なく、全ての参加者が自由気ままにサイクリングを楽しむイベント。
大会は随所でテレビ中継され、和やかな雰囲気で進行し、みんなが手を繋いで一斉に

誰も不機嫌にはならないだろう…………彼が参加できれば、の話だが。
 女は口元を歪めて、笑った。「あはっ、あはははははっ」
 ――笑いが込み上げて仕方がなかった。
 こんな大会など、どうでもいいことだ。こんな大会への出場など、本当に、
どうでもいい。

 女は想像した。掌で下腹部をさすり、熱が上がるのを嬉しそうに楽しみ――
また想像した。
 男の顔を思い浮かべる――あの、純粋で、儚げで、どこか美しい……そう、まるで、
雨の中に放り出された子供のような――悲しい瞳をした男を……。
「ああー…早く……」
 囁くほどの小さな声で、女は呟いた。

 彼の思い、夢、希望……そして、その体に詰まった……何か。……そう。私は知っている。
彼が……彼自身も知らない、何かとてつもない、不可思議なエネルギーで包まれていることを。
 私は知りたい、彼の全てを知り、理解したい。それだけなのだ、私の願いはそれだけなのだ。
そして、もしも――願わくば……絶望と苦痛に悶え、必死に助けを懇願する彼を……。
「……最後は私にすがりつき、泣き叫び、許しを乞う……」

「……私は全てを許し、導くのだ。自分には、私が必要だと……」
 女は微笑んだ。
 彼が、もうすぐ自分のものになる。
 女はひたすら想像した。未来はもう、すぐそこにあった。
 最高の舞台へ――準備は全て整っている。後は――彼を、そこへ連れてくるだけだ……。

―――――

 ――レースは明日の朝だ。さすがに、これくらいの事はやらせてくれよ。
 CF1のメンテナンスを彼にそう願い出たのは、多少なりとも、責任を感じていたからだ。
 テナント契約の件は、たぶん、弁護士を雇うなりすれば問題ないはずだ。ヤツには
そう説明したが、「それは最後の手段にしてください」と言いやがった。負ければ自分が
どうなるか、わかってるのか?
   バカなのか、アホなのか…不思議な野郎だ……。
 自転車屋のオーナーである男性は、真剣な表情で――目の前にある、自身が知りうる
最高級のロードバイクを見つめた。整備を買ってでた以上、これは仕事だ……と、
自分に言い聞かせた。

 ディスクブレーキの点検を終える。
 カーボンフレームの微調整を終える。
 タイヤの調整、ラグの調整、バランスの調整、空気圧の調整を終える……問題は無い。
 チェーンの洗浄を始めるため、洗剤を用意する……。

「こいつも……不思議な自転車だな……」
 これまで無数のロードバイクを見て、触れて、売買してきたオーナーは、ひとり
静かに呟いた。
 ……コルナゴのFシリーズは現在5世代目に突入している。どれもが高性能かつ個性的……
しかも《1》は、歴代の中でも性能と人気は群を抜いていると聞く……表現を変えれば、
これはモンスターマシンだ。とてもあんなヤツが乗りこなせる代物ではない……はずだ。

『伝説の有機体』と称されたコルナゴの最上位車……乗り手を選ぶ暴れ馬、か……。
 プロでも乗りこなすのは難しいとされる、繊細な技術とパワーバランス……購入を
考えるのはプロ中のプロだけ。素人が乗れば数メートル持たずに転倒するだろう……
自転車屋のオーナーである俺でさえ、正直難しい……というか、こんな高級車、
乗車するだけで金がかかるし……。
 なぜだ……?アイツは――コレは父親から譲り受けた、としか言ってなかったが……。
自転車競技は高校で辞めました、とか何とか言うし……悪いヤツじゃないんだが……
わけがわからん。
 チェーンの洗浄を終え、注油をする。 
 オーナーはあの――純粋で、儚げで、どこか美しい……そう、まるで、雨の中に
放り出された子供のような――悲しい瞳をした男の事を思い出した。自分の会社の唯一の
社員であり、店舗の存続を賭けたレースのドライバー……不相応なチャリに乗ってやがる、
そう思っていただけのヤツに……自分の店の運命を託しちまうなんて……な。
どうかしてやがるぜ、俺も、まったく。
『同感だわ』
 ……?
 ふと、何かを囁く、女の声が聞こえたような気がした。
 そう。オーナーは知らなかった、目の前に佇むのは女性であること……。
 そして――、店舗から離れた柱の影に、また――別の女が居たことに……。

―――――

 ……これから、彼はどうなるのだろう?
 比較的広い車の中で、暗闇しか見えない窓を見つめ、エルは考えた。

 自分は翌朝、店を訪れた彼と共にレンタカーへ乗り込み、知多半島の県民レースに
参加する予定だった。レースでは彼をできうる限りサポートし、入賞を目指すはずだった。
あの女に結果を報告し、ひきつった顔を拝んで悦に入り、彼と喜びを分かち合う予定だった。
 しかし――……実際は何もかもが嘘……いや、それも何かが違う……。女には明確な
目的があり、私はその手段に利用されたのだ。目的の目標はおそらく……。

 オーナーが帰宅した直後――、あの女は私の前に笑いながら近づき、鎖を断ち切り、
私を車に押し込んで連れ去った。どこへ向かうつもりなのか……わからない。いったい、
私をどうするつもりなのだろう?外国に売り飛ばすのか?分解し、バラバラにして
捨ててしまうのか?
 ――そして……もう、二度と、彼とは会えないのだろうか……?
 振り払えない不安と、かつてない孤独を募らせながら……エルは、走る車の窓の隙間から、
少しだけ漏れる街の明かりを見つめ続けた。そうしていると、いろいろなことが頭を巡った。

『キミは自転車乗りに愛を与え、希望をもたらす存在だ。我々の誇りだよ』

 エルネスト様……創造主はそう仰り、私を日本へ送り出した。……それから5年、
私は懸命に彼をサポートし、共に走り、共に生きた。そう。夢を見ていたのだ。彼が
いつしかロードレーサーを志し、いつか私を創造主の元まで運んでくれるという夢……
それがCF1として生まれた理由であり、使命だった……はずなのに……。
 そう考えると、珍しく気が滅入った。
 ……私は、欠陥品、なんだな。そう思った。
 ……私は、自身を使って勝利を重ね……やがて塗装が消え、やがて誇り高い《跳ね馬》も、
《クローバー》のエンブレムも消え、ボロボロになった私を「いらない」と言って
捨ててくれるレーサーを期待していた。しかし……アイツは笑ってばかりいた……
勝利や勝負に興味のない人間もいるのだな……最初はそう思っていた。私が適当に走り、
適当にフレームをしならせ、適当にホイールを回していただけで、アイツは喜んだ。
喜んで、私のフレームやフォークを優しく撫でた。触れられて、褒められて……私も嬉しかった。
そう……喜んでいたのだ……。本来ならば、私は彼の成長と共に老い、勝利と共に朽ちる
……つまりは死ぬ運命であった。それがロードバイクとしての喜びであるハズだった……
それなのに……私は……平和と安心に……ただ、ただ……酔っていた……。
 ……そういう意味では、私は本当に欠陥品なんだな……。
 ……そういう意味では、私は長生きしているほうなのかな……。
 こんなことは考えたくもなかった。だけど……もしも……例えば……私が人間の女で
あったなら……手と足があり、彼と違う形で出会っていたならば……もしも……私に
声と顔があり、彼と心を通じ合わせることができたならば……運命は変わっていたのかも
しれない……もっと違う形で、彼に愛を与え、希望をもたらすことができたかもしれない
……そうだ……そうなのだ。エルは理解した。
 ……エルネスト様……お許しを……私は……私は……。
 真実を問う神へ、全てをさらけ出す使徒のように――――……エルは答えた。 
 ……はい……夢も……希望も……愛も……与えられていたのは……私のほう、でした……。

  ああ…神よ……。
 エルは自身の創造主に祈りを捧げた。これから彼に降りかかるであろう災いを、
危惧しないではいられなかった。あの――純粋で、儚げで、どこか美しい……そう、
まるで、雨の中に放り出された子供のような――悲しい瞳をした男の事を思い出した。
 ……私はどうなろうと構いません……エルネスト様……あの女は危険です……。
 ……どうか……彼に、御身のご加護を……。

―――――

 午前8時――。
 愛知県民陸上競技場――。
 収容人数15000人の観客席、陸上競技ならばほぼ全種目対応が可能、そして…今日の
メインである、400mトラックがある。全天候型舗装であり、一般的な楕円形。完璧な会場だ。
 女は唇を舐めた。もうすぐここに彼がやって来ると想像しただけで、また下腹部が
熱くなるのを感じた。あの――純粋で、儚げで、どこか美しい……そう、まるで、
雨の中に放り出された子供のような――悲しい瞳をした男の事を思い出した。
 彼のことを調べ、調べ尽くした上でも――まだまだ知りたいことは山のようにある。
それもこれも全て、今日、答えを聞かせてもらえるのだろうか……?
「……あなた、どう思う?嬉しい?楽しい?それとも……怖い?」
 傍らには、既に準備を終えた彼の愛するロードバイクが据え置かれていた。
女は自転車競技に興味はあっても、別に特定の車種にこだわりがあったわけではない。
ただ、少しだけ、このCF1と呼ばれる自転車が、羨ましかった。
 こんなにも大切にしてもらえるなら……別に人間じゃなくても、嬉しいはずよね?違う?
 大丈夫、彼は来る。予感がある、確信がある……この自転車を取り戻すためなら、彼は、必ず……。
 最終的な準備も、無事に終了した。メールも送り、詳細も送った。もし、ここに
彼ではなく警察が来るような事があれば、それはそれでいい。所詮、彼はその程度の男なのだ。
遠慮なく……コイツを破壊し尽くしてやればいいことなのだ……。
「さて――…」
 女は軽く深呼吸をし、髪をかき上げ、衣服の乱れを整える――すると、背後から歩く
人の気配がした。近くではない。おそらくは入場ゲートの付近からだ。当然、彼ひとりだ。

「…………エル」
 彼が何かを言っているようだが、残念なことにうまく聞き取れなかった。
 まあ、いい……。これから存分に見せてもらうのだから……私のためだけの、最高のショーを。

―――――



 パートcに続きます。
 ↓を見た時は鳥肌が立ちました。そして、値札を見た瞬間……最高のホラーでした……。

 一人称を繰り返す表現は楽だけど、徹底しないとダメですね。やはり客観的表現で
文法を揃えたほうが私的には好きだし、書きやすい。……そろそろ話にムチャが出ています。
笑ってください(涙)。その程度のヤツです(私が)。
 長編を短くまとめる作業は思ったよりキツイ。しかし一度始めた以上――
責任を全うすべきかと……過去作のリメイクは「やってみたはいいが…」感が強く、
新鮮味がなくモチベーションが上がらないのが難点す。次作の構想も全て完成しているのに
……みたいな。
 ちなみに次の話はアパレル関係?の話。全て構想済み……早く書きたいけど……仕事が……。



 今日のオススメ曲。↓ 千葉さ~ん…助けて……。
仙台貨物
 ミクさんのオススメアルバム。すげーわ、この人たち。


こちらは今話がオモロければ…ぽちっと、気軽に、頼みますっ!!……できれば感想も……。

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Last updated  2017.05.04 23:23:49
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