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羊たちの沈黙と宇宙戦艦ヤマト
1992年第64回アカデミー賞では、映画「羊たちの沈黙」が主要5部門を受賞した。
この後、映画、TVドラマ、小説、コミック等において「猟奇殺人」あるいは「プロファイリング」が頻繁に取り上げられるようになる。
この後にも続く「ハンニバル・レクターもの」の原作となる小説を書いたのが「トマス・ハリス」である。
彼は生涯で(現在まで)5作品しか発表していないが、すべてがベストセラーであり、全てが映画化されている。そのうち4作品はハンニバル・レクターものである。
そして、トマス・ハリスの残る1作品(最初の発表)が1975年の「ブラック・サンデー」である。
内容は、アメリカン・フットボールの優勝決定戦「スーパーボール」の開催地でのテロをあつかっている。実際、この後、無差別テロはアメリカで現実に起こることになる。
そして、この作品もやはり、この後の、映画、TVドラマ、小説、コミック等において「プロファイリング」と組み合わせた「地下組織」「ドキュメンタリー・タッチ」「都市破壊テロ阻止もの」などを量産させた。
「ブラック・サンデー」の原作は1975年発表で、1977年に映画化された。映画の方も名作だと評判が高かった。(1977年とは、沢田研二とピンク・レディーが歌謡界を凌駕していた年)
日本では、1977年夏休み期に劇場公開の予定だったが「上映を実行した場合、劇場を爆破する」との脅迫が配給会社に届き、検討の結果中止となった。
すでに大々的にチラシの配布や予告編の上映が行われていたのだが、直前になって公開が中止(延期)になった。
テレビ予告の飛行船とスタジアムのカット・シーンだけが当時の若者の脳裏に張り付いたまま残っているはずだ。
「ブラック・サンデー」に登場する「黒い九月」は実在のパレスチナ過激派組織で、1972年9月、「ミュンヘンオリンピック事件」で人質のイスラエルのアスリート11名を殺害している。
2005年12月公開のスティーヴン・スピルバーグ製作のアメリカ映画「ミュンヘン」はこの事件をリアルに描いたが、やはり物議を醸した。
実際、トマス・ハリス自身が「ミュンヘンオリンピック事件」後、ブラック・サンデーの執筆をはじめたという。
いったい、どの組織からのどこへ向けての爆破脅迫であったかは定かではないが、当時は、「パレスチナ」「闘争」「爆破予告」などは、日本でも微妙で現実的な問題であり、日本がそういった危険にさらされている実感があった。当時日本政府が親アラブ的姿勢を保っていたこともあるだろう。
まだ、「テロリズム」という言葉は一般的ではなかったが、当時の背景は、
1972年5月30日、テルアビブ空港乱射事件。26名死亡、73人重軽傷
1973年7月20日、ドバイ日航機ハイジャック事件。
1974年1月31日、シンガポール事件。石油施設爆破。
2月6日、在クウェート日本大使館占拠事件。
8月14日、昭和天皇乗車の列車を爆破未遂。
8月30日、三菱重工ビル爆破事件。8名死亡、385人重軽傷。
9月13日、ハーグ事件。大使館員ら11名を人質、警官負傷。
10月14日、三井物産本社爆破事件。17人重軽傷。
11月25日、帝人中央研究所爆破事件。
12月10日、大成建設本社爆破事件。9人重軽傷。
12月23日、鹿島建設爆破事件。
1975年2月28日、間組本社、工場爆破事件。5人負傷。
4月19日、オリエンタルメタル社、韓国産業経済研究所爆破事件。
4月28日、間組京成江戸川作業所爆破事件。1人重傷。
5月4日、間組京成江戸川橋鉄橋工事爆破事件。
8月4日、クアラルンプール事件大使館襲撃事件。
1976年3月2日、北海道庁爆破事件。2名死亡。
6月27日、エールフランス139便ハイジャック(エンテベ空港奇襲作戦)
1977年9月28日、ダッカ日航機ハイジャック事件。
10月27日、神社本庁爆破事件。6人負傷。
いずれにせよ、突然の「ブラックサンデー」の上映中止により、全国の映画館が夏休みの目玉を失ってしまった。
話をすすめる。当時、テレビアニメの「宇宙戦艦ヤマト」が急速に人気を得ていた。
これは「スター・ウォーズ(日本公開は翌夏)」に始まる宇宙ものSFブームの盛り上がりが大きく関係している。
「宇宙戦艦ヤマト」は、1974年の本放送では、視聴率が振るわず短縮されてしまうほどだったが、再放送により再評価され人気が沸騰した。
そんな時、ファン向けに一週間だけ夏休み特別上映ということで、テレビ版を再編集した『劇場版「宇宙戦艦ヤマト」』が安価に制作され、1977年8月6日、『劇場版「宇宙戦艦ヤマト」』が東京で公開された。しかし上映はたった4館だった。(当初予定では1館のみだった)
ところが、突然の「ブラックサンデー」の上映中止の見舞われた全国の映画館に、夏休みにぴったりで大人のヤングも見られるアニメ映画として全国ロードショー配給された。
なんと、結果的に225万2千人の観客を動員、9億3千万円の配給収入、21億円の興行収入をあげた。この社会現象を一体誰が予想できただろう(棚からぼたもち)。1977年の日本映画では9番目の興行成績となる。
さて、『劇場版「宇宙戦艦ヤマト」』の奇跡的な成功は「宇宙戦艦ヤマト」の地位を決定的に確立し、その後もブームが続いていく。
翌夏8月には「さらば宇宙戦艦ヤマト・愛の戦士たち」を公開。恐るべし400万人の観客を動員、21億2千万円の配給収入、43億円の興行収入であった。(「さらば」といっているが、まだまだ続く)
これは、同時期のSF「スター・ウォーズ」の期待された公開との相乗効果となり、結果的に日本ではお互いを盛り上げた。
つまり、「宇宙戦艦ヤマト」は、まぎれもない日本のアニメブームの先駆であり、それは、その後の世界のアニメブームへとつながっていく。
アニメから、キャラクター商品やソノシートのみならず、映画化、実写化、ゲーム、音楽展開、ノベライズ、コミカライズ、コスプレ、プラモデル、アニメ雑誌、ファンジン、声優人気、アニメものまね、あるある、アニメ専門店、大人のアニメ、オタク文化、邦画復興、古典アニメ復興、ジャパニメーションなど、メディアミックスの先駆ともなった。
後の2001年、ついにアニメ映画「千と千尋の神隠し」は、日本国内で2千350万人の観客を動員。興行収入304億円は今でも邦画史上1位である。世界的興行収入も2億7490万ドルと健闘した。
同年、トマス・ハリス原作のアメリカ映画「ハンニバル」も公開。日本での興行収入は46億円(6位)、世界的興行収入は3億5189万ドルだった。
話を戻すが、1977年公開(中止)の「ブラックサンデー」と同じ年、やはりテロをあつかった作品「エンテベ急襲」(元はアメリカテレビ映画)が、劇場公開中止になっている。
内容は1976年7月4日のエンテベ空港奇襲作戦で、ハイジャックと人質救出の物語だった。
この作品は10年もたった1987年に、やっと「特攻サンダーボルト作戦」と改名され劇場公開された。
1994年、有楽製菓より「ブラックサンダー」という名前のチョコレート菓子が発売された。
ブラックはチョコレートを表し、サンダーは「おいしさイナズマ級!」を表しているという。
2008年の北京オリンピック体操個人総合において銀メダルを獲得した内村航平の好物として知られ、ヒット商品となった。
この2008年は、1977年の『劇場版「宇宙戦艦ヤマト」』から30周年にあたる。
それを記念して、バンダイネットワークスが「宇宙戦艦ヤマト・デスラー総統ワインセット」を発売した(税込み1万3650円)。
ガミラス帝国総統デスラーが、優秀な功労を挙げたガミラス艦隊隊員に授与するワインだ。
ワインのラベルには、デスラー暦「D.E.103」が表示されている(西暦2199年)、ということはガミラス産だろうか。
こちらは、お菓子ではなく本当のワイン、それも、えらく高い(中身は山梨シャトー・ルミエール)。しかし完売したらしい。
このワインを購入すればもれなく「デスラー勲章」が授与されたという(購入特典)。これは安売りだ。
それにしても、2199年産というのは恐ろしく若いワインということになる。
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